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第四部 また追放されました!?
第14話『薬師、温泉に入る 後編』
しおりを挟む周囲の見張りをロヴェル君に任せて、わたしたち四人は温泉を楽しむ。
「ニーナちゃん、いたいよー」
「メアリー、これくらい強くこすらないと汚れは落ちないんだよー」
「そうそう。もうちょっとだから、我慢してー」
ごしごしとメアリーちゃんを洗う双子姉妹を尻目に、温泉に浸かったわたしはお湯をすくい上げて、その香りを嗅ぐ。
この独特な匂い……主成分はイオウかな。
イオウを含んだ温泉は殺菌作用が強く、血流を促進させる効果もあって……総じて美肌効果があるとされる。
これでわたしの肌もすべすべに……まぁ、誰に見せるわけでもないけど。
二の腕あたりにお湯をかけながらそんなことを考えるも、少し虚しくなってしまった。
なんにしても、温泉はいい。体の芯まであったまるし、いつまでも入っていたくなる心地よさだった。
「ねー、ロヴェルお兄ちゃんも一緒に入ろー?」
「それはダメですーー!」
その時、メアリーちゃんが純粋無垢な笑顔でロヴェル君を誘う。わたしはここ数年で一番大きな声が出たような気がした。
◇
その後、わたしたちに代わってロヴェル君が温泉に入る。
「しっかり体を洗わないと、アンナに臭いって言われるぞー」
「言われるぞー!」
「うっせー!」
ミーナちゃんとメアリーちゃんに言われるのが恥ずかしいのか、ロヴェル君はお湯をかき分けてわたしたちから離れていく。
その姿が湯気の向こうに消えていくのを眺めていると、彼は急に方向転換した。
「うわわわわーーー!」
次の瞬間、ロヴェル君は一糸まとわぬ姿でわたしたちのほうへと駆けてきた。
「うひゃああああ!?」
「み、皆、あれを見てくれ!」
「な、何も見られませんー!」
わたしは顔を覆いながら叫ぶも、すぐにその異変に気づく。
指の間からおそるおそる覗き見ると、ロヴェル君はすでに大事なところを布で隠していて、血相を変えて温泉の奥を指差していた。
「……え。あれはなんでしょうか」
目を凝らすと、湯気の向こうに巨体が見えた。まさか熊!?
その考えに至ると同時に、温泉で温まったはずの背中に冷たい汗が流れた。
次の瞬間、風が吹いて湯気が散った。その巨体の正体があらわになる。
それは熊ではなかった。熊ほどに大きな……狼だった。
その全身は青銀色に輝いていて、恐ろしさとともに、神々しささえ感じた。
「な、なんなんだよあいつ!? あんなやつがいるなんて、聞いてないぞ!?」
「は、早く逃げよう!」
恐怖に顔を引きつらせるロヴェル君たちを見て、わたしは我に返る。
そしてすぐ近くにおいてあったリュックに手を突っ込むと、花火を手に取る。
あの大きさの魔物が花火の音程度で驚くのかわからないけど、今はこれくらいしか対抗手段はない。
……その矢先、メアリーちゃんが巨大な狼にゆっくりと近づいていく。
「え、ちょっと、危ないですよ」
「メアリー! 戻ってきて!」
わたしたちは必死に声をかけるも、彼女の足は止まらない。
あの巨大な狼がその気になれば、小さなメアリーちゃんなど片手で吹き飛ばせてしまうだろう。
早く、早く花火に火をつけないと……!
急いで火打ち石を手に取るも、焦りで手が震えてうまく火がつかない。
その間にも、彼女はますます魔物に近づき……その体にそっと触れた。
……すると、狼は時折低い唸り声を上げるものの、メアリーちゃんを襲うようなことはしなかった。温泉の前で、ぐったりしたままだった。
「……あれ?」
「ねぇねぇ、ちょっと来てー」
不思議に思っていると、メアリーちゃんがわたしを手招きする。
「このオオカミさん、ケガしてる」
近づいてみると、その狼の右前足には、大きな切り傷があった。
何か別の生き物との戦いで傷ついたのか、偶発的な事故に巻き込まれたのかわからないけど……このまま放っておいたら傷が化膿し、最悪命に関わるかもしれない。
「かわいそう……エリンお姉ちゃん、治してあげて?」
その時、メアリーちゃんが純粋無垢な瞳でわたしを見てくる。
「え。いやその、わたしは薬師であって、獣医では……」
「……え、できないの?」
思わず言い訳をしていると、メアリーちゃんは心底悲しそうな顔をする。その瞳には、涙が溜まっている気さえした。
……これは、断れない。
「わ、わかりました。やれるだけやってみます」
「わーいっ、オオカミさん、よかったねぇ」
一転笑顔になったメアリーちゃんを横目に、わたしは覚悟を決める。
「は、初めまして。わたしは薬師エリンです。よろしくお願いします」
恐怖に耐えながら、まずは自己紹介する。
当然、返事はない。狼は警戒心をあらわにした金色の瞳で、わたしを睨みつけてくる。
「こ、これは傷薬です。今から、この薬をあなたの傷口に塗ります。悪いものではありません。安心してください」
言いながら、わたしは軟膏状の薬を自分の腕に塗ってみせる。
自分の体に塗って見せることで、危険なものじゃないと教えたいのだけど……果たして伝わるかな。
そんなことを考えていると、狼は傷のある足をわたしに差し出してきた。
……もしかしてこの狼、人の言葉がわかるのかな。
そんな結論に至ったあと、わたしは慎重に薬を塗っていく。
これは月の花と紫紺草を混ぜ合わせて、ゴマ油を加えて練ったもの。傷口に直接塗るので即効性があり、人間だけでなく動物にも使うことができる。
「グルルル……」
「ひぃぃっ、ごめんなさいごめんなさい。すぐに終わりますから、我慢してください」
痛みがあるのか、傷口に薬を塗り込むたびに狼さんは唸り声を上げるも……それ以上は特に何もしてこなかった。
その治療の様子をメアリーちゃんだけでなく、双子ちゃんたちやロヴェル君も心配そうに見つめていた。
◇
やがて薬を塗り終わると、狼は明らかに一度頭を下げてから、森の奥へと去っていった。
「はぁぁぁ……」
それを見送ったあと、わたしは大きく息を吐く。
思えば、全身汗だくだった。主に、冷や汗だけど。
これはもう一度、温泉に入り直さないといけないかも……なんて思うも、とてもそんな空気ではなく。
わたしは諦めて、子どもたちと一緒に帰路についたのだった。
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