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6巻
6-2
(今のところは上手くいっていますね)
(あと少しだけ、距離を詰めたい……もうしばらくお願いするよ)
彼女の助力を得た自分は、戦場になると予想される平原に降り立った。時間は夕方。風に紛れて姿を隠しながら移動する。当然、〈義賊頭〉のスキルも併用している。やっていることはまさに斥候というやつだ。
小さな岩の陰に辿り着き、敵陣を覗き見る。
(ここまで来ればよく見える……あんな馬鹿でかい旗に、灰色の鱗を持ったドラゴン……)
(数を数えることはできますか?)
夕方から夜にかけては、暗さに目が慣れず視界が悪くなりやすい時間帯。見つかる可能性は低いと思うが、こんな状況で慢心するわけがない。
(塀の上から見たときのように姿を晒し続けるのは、危険すぎる。見ているつもりが見られていました、なんて洒落にならないぞ)
見つかって大勢に詰めかけられた結果、なし崩し的に戦端が開かれようものなら目も当てられない。急に戦争が始まってしまえば、まだ準備中の妖精国側が一方的に押しつぶされる可能性が高い。絶対に見つかるわけにはいかない。
(あいにく大きな岩も草むらもないのが厳しいですね)
そう、視界を遮ってくれる障害物がほとんどないのだ。その代わり伏兵に忍び寄られて不意打ちを受ける危険性も少ない。一度大きく息を吐いて、覚悟を決める。
(とはいえ、この小さな岩の裏に居続けても仕方がない。ここから先は自分の持てる力を全て使って情報を探るから、ここで待機していてほしい)
(分かりました、御武運を)
おなじみの盗賊系スキルと〈隠蔽〉スキルのコンボで、更にもう一歩、敵陣に近づく。矢も届かないこの距離なら察知されない……はずだ。何とか次の小さな岩陰に入ってひと息つく。ほんの二〇メートルほどの距離がやけに遠く感じた。
〈隠蔽〉発動に伴うマジックパワー消費の激しさもあって、かなり精神的にきつい。だが風の上位妖精であるあの女性が風を操り、自分の速度の底上げや敵の視界妨害などをしてくれたお陰で、最終的には敵陣にかなり肉薄できた。これ以上の接近は無理だろう。ポーションでMPを回復、深呼吸してから再び〈隠蔽〉で透明になって岩陰から顔を出し、ドラゴンを数え始める。
(八……一四……二〇……二三)
ここまで数えたところで、岩の後ろにもう一度隠れて〈隠蔽〉を解除する。
――最悪だ。今の確認で、二三匹以上いることがはっきりした。本音を言えば、ここまで来たからにはもう少し色々探りたいのだが、斥候のプロでもない自分が長居すれば、必ずぼろが出る。早急に撤収するべきだと判断し、もう少しだけ、という欲を必死でこらえる。
(もうかなり日が落ちてきている。松明が焚かれたら、勘のいい奴に怪しまれるかもしれない。逃げる頃合だ、欲を出すんじゃないぞ、自分)
何とか欲を抑え切った自分は、再び盗賊系スキルと〈隠蔽〉を使って上位妖精の彼女のもとへ戻り、報告は街でするとだけ告げて、必死で街を目指した。もちろん必死と言っても走るわけにはいかず、気が付かれないようにそっとだ。
そうして塀の中に無事帰還した頃には、完全に日が落ちていた。
「二三匹……ですか……」
報告を聞いた上位妖精の彼女は絶句した。だがあの僅かな時間で必死に数えて二三匹だったのだ。奥の方にそれ以上いたとしても、自分は驚かない。
「自分は他国の人間だが、はっきり申し上げる。急いでドラゴン族にも応援を要請すべきだ。あの数で攻め入られたらひとたまりもないぞ……あんな盛大な陣を張っているのも、ドラゴンという戦力がいることから来る余裕の表れだろう」
そう、ゲヘナクロスの連中はかなり落ち着いていた。敵国と向かい合う最前線という極度の緊張を強いられる場所にいるにもかかわらず、だ。塀に囲まれた妖精国の人達のほうは、落ち着きがなかったり、こわばった顔をしていたりするというのに。むしろ、戦争ともなればそれが普通なのだ。
これは自分の予想だが、ゲヘナクロスの人間達は、ドラゴンに前線を務めさせて一方的に蹂躙し、その後であらゆる物を略奪するだけの簡単な制圧戦だと考えている節がある。それだけドラゴンという存在はでかい。
「竜殺しの貴方でもそう考えますか」
そう言って、上位妖精の彼女は顔をしかめる。
「竜殺し……か」
ゼタンがそこに反応する。
「あのときは相打ちで何とか、だったけどな。その後でドラゴンの王が蘇生してくれたから、今こうやっていられるに過ぎないんだぞ……」
一応自分から念押ししておく。老いたドラゴン相手ですら相打ちが精一杯だったのだ。その上そこに持ち込むまでに、長い付き合いだった相棒を犠牲にしている……起死回生の《サクリファイス・ボウ》を撃ち込むために。
「ともかく、今すぐ手を打つために城に帰還します、協力ありがとうございました。報酬は後ほど」
そう言い残し、フェアリークィーンの腹心である彼女はあっという間に消え去った。
「厳しい展開になったな」
「全くだな……」
そうしてゼタンと自分は眠りに就いた。ドラゴン族の応援がないのなら、トッププレイヤーの活躍頼りという不安定極まりない戦争になる。
戦争開始まで、あとわずか。
【スキル一覧】
〈風震狩弓〉Lv40 〈剛蹴〉Lv16 〈百里眼〉Lv10(←2UP) 〈製作の指先〉Lv89 〈小盾〉Lv20
〈隠蔽〉Lv49(←1UP) 〈武術身体能力強化〉Lv18(←2UP) 〈義賊頭〉Lv13(←3UP)
〈スネークソード〉Lv24 〈妖精言語〉Lv99(強制習得・控えスキルへの移動不可能)
控えスキル
〈木工〉Lv44 〈上級鍛冶〉Lv42 〈上級薬剤〉Lv17 〈上級料理〉Lv39
ExP30
称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者
妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人難の相
プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人
3
翌日、ログインしたらゼタンがいなかった。恐らく用事があって外出しているのだろう。自分も街の様子を窺うため、宿屋から出る。
(とりあえず、今のところは何とか落ち着いているか……誰かがドラゴンの情報を流したってこともなさそうだ)
斥候能力持ちなのは自分だけではないし、グリフォンとかの空を飛べる子に頼んでゲヘナクロス陣営の様子を見た人は他にもいるはずだ。ただその情報をむやみやたらとばら撒く人がいなかっただけなんだろう。
(掲示板の様子を確認してみるか)
道端にあるベンチに座って、攻略系の掲示板を覗いてみた。
【戦争関連スレッドNo.4】
47:名無しの冒険者ID:25v7f2dc2
前スレの情報にあった灰色ドラゴンって、
調べても結局そのまま該当する前例が少ねえよな?
48:名無しの冒険者ID:v23h7f5rc
ああ、魔法防御に優れたドラゴンが灰色になってるゲームも
あったらしいけど、詳しくは知らね
49:名無しの冒険者ID:bkdmd412E
それがそのまま当てはまるともかぎらねーし
50:名無しの冒険者ID:vb2b7Tf1e
結局ぶっつけ本番で確かめるしかない感じ?
51:名無しの冒険者ID:v7vJFc1e2
だろーな、まあついにドラゴン素材が取れるチャンスだろ
52:名無しの冒険者ID:cx4v7YX21
そっちだよな、ドラゴンに捨てる部分はない
53:名無しの冒険者ID:2v7JFGe1c
鯛じゃねーんだぞw
54:名無しの冒険者ID:7XWQ41x4Wa
でもマジで捨てる部分はないだろ、鱗に骨に皮に肉……
55:名無しの冒険者ID:74b22kGbt
ガチでこのチャンスを生かしてかき集めねーとな
56:名無しの冒険者ID:Oh5g7vRvg
戦争起きてラッキーだよな、ドラゴン素材を運んできてくれたし
57:名無しの冒険者ID:vb7KNBg1R
だな、これで大幅に戦力強化できそうじゃん
58:名無しの冒険者ID:7vcNg1dWd
そして妖精国からの褒賞もでるんだろーから二度美味しい
59:名無しの冒険者ID:n1fgJf12e
俺も生産者としても色々試したいからタップリ持ってこいよー
60:名無しの冒険者ID:c732aQxe5
任せろ
61:名無しの冒険者ID:7v32g1SD
グリフォン素材も気になるし、今回のイベント美味しいな
62:名無しの冒険者ID:4x32dWEdf
例の素材急復活ってこのためだったんじゃね?
63:名無しの冒険者ID:7gD42cvrv
ありうるな
64:名無しの冒険者ID:7vf8c268c
戦争発生しても装備がないから参加できませ~ん、じゃつまらんしな~
65:名無しの冒険者ID:2v32d2cF5
とにかく、ドラゴンやらグリフォンがどんぐらいいるか分からんけど、
倒して素材をがっぽり稼ぎたいね
66:名無しの冒険者ID:2v1Hd1ecv
ドラゴン素材が取れれば等分安泰だろう
67:名無しの冒険者ID:v7Pfg2bIr
やっぱりドラゴン系の装備はロマンだろ~
68:名無しの冒険者ID:vc7v23ECe
てか、当分だろ>>66w 等分って分けちゃうのかよw
69:名無しの冒険者ID:v5b7HJG1r
あと二日か、早く始まらんかなー
70:名無しの冒険者ID:1f32fVCea
裁縫スキル持ちとしては早くいじりたい素材ですねー
71:名無しの冒険者 ID:G2f7hRrwe
早く始まってくれねえかな、もう待ちきれないんだが
鱗集めて鎧にしたいぜ
72:名無しの冒険者 ID:f2d47HE1r
俺はやっぱり剣だな。骨とかで作れそうだ
切れ味はそこそこだが重量で押しつぶすってやつが
73:名無しの冒険者 ID:f5gGE54we
あとは盾か?
ドラゴンの鱗を表面に張り付けて防御力を高める、
とかできそうだね
74:名無しの冒険者 ID:F5d7gwekr
そういうお約束のやつがやっと作れる&装備できるんだよな
長かったな
75:名無しの冒険者 ID:JHk5gf7EZ
奪い合いになるかもね
全員にまんべんなく行き渡るってのはまずなさそうだし
76:名無しの冒険者 ID:Gfg2h5dEf
取れなかった人は買ってもらうってことで一つ
77:名無しの冒険者 ID:HGgf57hER
それはドロップ運が低い俺への予言かよw
やはりついにドラゴンが出てくるということで、倒した後の素材運用の話が中心になっていた。取らぬ狸のなんとやら、にならなきゃいいがな……
直接対峙した経験がある自分にしてみれば、ドラゴンはただただ恐ろしいとしか表現できない存在だ。あのときはこちらも半ばプッツンしていたから、その勢いで戦えたのであって、普段の心境なら即座に全力で逃げ出していたところだ。まあ今回は上位プレイヤーもたくさん参戦すると思うし、ドラゴンの相手はそういう戦うことが好きな人達に任せておこう。
だが、今回の戦争で浮かれているのはプレイヤーだけだ。街を見ると、絶望に沈む人、決死の表情の人、真剣な表情で準備を整えるために走り回る人などばかりで、早く戦争が始まれ、なんて考えている人は見当たらない。お店の人は、義勇兵に「どうか生き延びてください」「御武運を!」と言って見送るし、義勇兵側である色々な種族の皆さんも「戦争後、また来ますよ」「死に急ぐつもりはありませんから」と返している。さすがにそんな空気の中では、早く戦争が始まってほしいなどと実際に口に出すプレイヤーはいなかった。
自分の準備は既に終わっている。十分な数の矢、食料、ポーション。武器の手入れも終えていて、いつでも出撃できる状態だ。ぴりぴりした空気が蔓延しているのを確認できたし、これ以上街を見回っても仕方がない……帰るか。
そうして宿の部屋に着くと、ゼタンが戻ってきていた。
「ただいま」
「よう、お前も出かけていたか」
そう言ったゼタンは、いわゆる「マンガ肉」を食っていた。なるほど、そいつを手に入れるために出ていたのか。
「一つ食うか?」
「いいのか?」
「かまわんぞ」
ということで、一つお相伴にあずかった。
「ほう、美味いなこいつは」
「ああ、そうだろ。これは知り合いが趣味でやっている焼き方でな。他ではまず口にできん」
それはそれは、よい物を食べさせてもらいました。
「やはり開戦が間近に迫っているとあって、どこもかしこも張り詰めた空気だな」
「それはそうだろう、妖精全体が久しく戦争を経験していない。ましてや相手が相手だ……生きて帰れる奴がどれぐらいいるか……」
ゼタンは目を閉じて首を振る。俺達プレイヤーと違い、この世界で生きている彼らは力尽きてすぐに手当てを受けられなければ、もう復活できない。そして戦争では、必ず助けてもらえると期待してはいけない……まして相手になるのはドラゴンだ。踏み潰されたり丸呑みにされたり、文字通り粉々にされたら、いくら魔法であっても手当てのしようがない。それにドラゴンは、喰らえば即死どころか消滅という言い方がしっくりくる、ブレスなんて攻撃方法まで持っているのである。
「一人でも多く、生きて帰れるといいな」
「……全くだな」
そう言って、ゼタンはまた肉にかぶりついた。
「ああ、そうだった。ゼタン、すまないがこの弓にちょっとお前の力を注いでもらえんか?」
重い空気を無理やり払って、【双種子の弓】をアイテムボックスから取り出す。
「変わった形……だが弱々しい弓だな。で、力を注ぐってのはどうやればいいんだ?」
「弓に触れて、力を少し分け与えるように考えてくれればいい……はず」
言い方がはっきりしないのは、自分では弓に力を送ることができなかったからだ。持ち主は適用外なのかもしれない。
「どれ、貸してみろ……ふむ、こうか? ……お、なんだか少しだけ力が抜けて、弓に移った感じがするな。これでいいのか?」
返された弓を確認すると、【双新芽の弓】に名前が変わっていた。攻撃力が16から19に上がっていたが、特殊能力などの追加や説明の変更はない。
「ありがとう、弓がまた一歩進化したみたいだ」
「随分と変わった能力を持つ弓だな……まあ、お前なら悪用はしないだろうが」
雨龍さんにやってもらったときと変化の仕方が違うのは、やはり龍と妖精の差なのか? どの道、この弓はまだ装備自体できないので、検証のしようがないのだが。
更にその翌日。皆、昨日までに戦争への備えを終えたのか、ほとんどの家が窓も扉も閉ざし、義勇兵以外はほとんど出歩いていない。砦街は、あの妖精の国とは思えない寂しく重苦しい空気に支配されていた。
「寂しい限りだな」
部屋の窓から外を見ていた自分は、カーテンを元に戻してため息を一つついた。
「さっさとこの馬鹿馬鹿しい戦争を終わらせて、普段のにぎやかな日常を取り戻したいぜ」
ゼタンが相槌を打つ。
そのとき、ドアがコンコンとノックされた。
「はい、どうしました?」
「私です。アース様にお客様がいらっしゃいましたので、お知らせに参りました」
どうやらノックしたのは宿の女将さんのようだ。
「分かりました、すぐに行きます」
相手が誰か分からないが、あまり待たせるのは失礼だ。ゼタンに「ちょっと行って来る」と告げてから、女将さんの案内を受けて階下に行き、「客人」と対面する。
「久しぶりだな」
そこには、燃えるような紅色の髪を持つ一人の男性がいた。妖精国を離れた直後に出会った、あの男性だ。
「それではごゆっくり」
女将さんはそう言うと、頭を下げて離れていく。
「うむ。女将、分かっているとは思うが、人払いを頼むぞ」
「分かっております。戦争が近いこともあって、誰も彼も部屋の中に閉じこもっておりますけれど……」
それから女将さんも十分に遠ざかったことを確認して、男性はようやく口を開いた。
「さて、まずは自己紹介だが――」
「レッド・ドラゴンの王様が直々に……この小市民に何の御用でしょうか」
「――いつ気が付いた?」
「妖精国を出国して、初めて出会ったときです」
ここはあえて率直に返答してみた。回りくどい問答は面倒だという理由もあったが。
「私の人化の術はまだ甘い、か?」
「いいえ、そうではなく、その髪の毛の色。その紅には見覚えがあります。かつて見たレッド・ドラゴンの鱗と同じです」
赤い髪を持つ人は、この世界ではよく見かける。だが、こんな透き通るような見事な紅はあのレッド・ドラゴンの鱗以外では見たことがない。
「そうか、色に出てしまったのか」
やや肩を落とすレッド・ドラゴンの王様。だがグリーン・ドラゴンが人化したときの髪の色も緑色だったし、恐らく元の色が反映されてしまうものなのだろう。
「もっと訓練をせねばならぬか」
「いやいや。今はもっと大事なことがあるでしょう」
話が進まないので、いい加減流れをぶった切る。
「そうだな、人化の訓練などいずれすればよい。お前の斥候で得られた情報を基に、フェアリークィーンは正式にドラゴン族に援軍要請を出した。我らはこれに応え、大騒ぎにならぬよう人化の術を持つグリーン・ドラゴン達を主軸とした援軍部隊を編成し、一時間ほど前に妖精国に到着した。もちろんフェアリークィーンとの挨拶は済ませてある」
ドラゴン族も今回はさすがに動くか。
「斥候を果たしたお前には直接教えておこうと思って、こうして出向いたのだ。あの憎きゲヘナクロスの邪教連中が抱え込んでいるドラゴンの数は、恐らく合計三二匹だと思われる。その理由は、お前が助け出してくれた我が娘を含めて孵化直前の卵が三一個と、生まれた直後の雛二匹が消えていたからだ」
思わず自分の右目がピクッと反応してしまった。三二匹も連れ去られていたのか……!?
「我々は新しい命を種族全体で世話をするのだが、係が交代するタイミングを知っていたのか、奴らはほんの僅かな時間で世話場に忍び込み、大事な我々の子供達を盗んでいったのだ」
当時の状況を思い出したのか、王様はギリッと歯軋りをする。
「盗みに気が付いた我らは即座に奴らを追った。だが卵を盾にされては、ブレスも吐けず爪を突き立てられもせず……グリーン・ドラゴンが人の姿になって、大半の盗人は殺し得たが、幾つかは外に持ち去られてしまった」
そういえば自分がたまたま王の娘を助けたあの出来事の前後、そういう救助イベントが何度も発生していたと掲示板に報告があったな。その原因は全てゲヘナクロスの連中にあったのか。
「灰色となったドラゴンは、もう完全に奴らの統制下にあるだろう。彼らはもはやドラゴンの外見をした奴らの奴隷に過ぎん……赤にも、青にも、黄色にも、緑にも、白にも、黒にもなれん。ドラゴンとしての誇りも意志も持てぬが故に、外見も色が抜けた『灰色』なのだ……」
それはつまり――
「解放してやるには、殺す他ない。そうしなければ、我らの子は命令を聞いてただただ殺すだけの道具であり続ける。確かに我らも生物を殺す。しかしそれは生きるため、食べるために必要だからであり、必要以上の命を奪う真似はせぬ。力がある生物は、その振るい方を考えねばならんのだ。以前お前に倒してもらったエメルのように、力の振るい方を間違えてしまった同族は殺すというのが我等の法でもある」
しばし、沈黙が訪れた。
「つまり……今回の戦争では、三二匹全てのドラゴンを確実に……殺さねばならない。そして、これだけのことを引き起こしたゲヘナクロスの愚か者達は――」
その沈黙を破った自分の言葉の続きを、レッド・ドラゴンの王様が引き受ける。
「――皆殺しにする。グリーン・ドラゴンと私しか人化の術を扱えぬ故、他のドラゴン達は此度の戦争には参加しないが、戦争を終えた後は、我らドラゴン族全ての力を以てゲヘナクロスの大本を消し飛ばす。そのための手はずも、フェアリークィーンと話をつけてある」
因果応報、か。ゲヘナクロスはこの世界には不要だな……神の教えを信じる国として大人しくやっていけばよかったのに、妄想に取り付かれて取り返しのつかないことをやってしまった以上、彼らは自らが犯した愚かな行為に相応の責任を取らねばならない。
「同じ人族から見てもゲヘナクロスの考えには賛同できません。殲滅作戦に反対する理由は全くないですね」
あいつらの存在など百害あって一利なしだ。滅んでもらったほうがこの世界にとってもよっぽどよいだろう。
「攻め込んできているのは数匹とされていた最初の段階では、大半が別の場所にいるかもしれないためにドラゴン族全体を動かすことができなかったのだが……お前がはっきりとした報告を送ってくれたお陰で、我が同胞が必要以上に爪を血で染める事態は食い止めることができそうだ」
そっちはそっちで苦労してるな……いや、苦労していない者なんてまずいないか。
「できるだけ多くの者を死なせないように我々も努力はするが、灰色となったドラゴンはかなり強い……多くの死者が出るのは避けられないだろう。心してかかってほしい」
意志がないのに、弱体化しているわけではないのか……!? ならばドラゴン族に援軍を要請していなかったら……
「ここでの話は、他言無用に願いたい。教えてもパニックになるだけだ。ドラゴンは我々が食い止める……それを信じてほしいとしか言えぬ」
レッド・ドラゴンの王様は苦い顔でそう言う。
「了解です……最後に、一つだけお願いが」
「なんだ?」
話も大体終わりだろうと目星をつけて、自分は【双新芽の弓】を取り出す。
「以前王様にいただいたこの弓、どうも多くの人達に力を注いでもらうことで進化するらしいのです。なので少々王様のお力を注いでいただけたら、と」
弓を受け取ったレッド・ドラゴンの王様は「ふうむ?」と訝しげに弓を眺めた後で「こうか?」と呟き、弓にほんの少し力を込めた。
「これでいいのか? どうもこの弓は、お前以外には力を見せないようにしている節があるぞ」
受け取った弓を確認してみる。
【双子の若木弓】
所有者の格が足りないため、装備不可能。
効果:Atk+25
特殊効果:「貫通力強化(弱)」「雷光招来(発生確率低)」「砂塵招来(発生確率低)」「矢が光状になる」
攻撃力が上昇して、雷光と砂塵の発生確率が「激低」から「低」に変化、そして矢が光になる、という効果が追加されているな。全体的に底上げされたのはありがたいが、まだ装備できないのは変わらない。一度使ってみたいのだがな。
「では、戦の準備を仕上げるためにそろそろ失礼する。死ぬなよ」
「ええ」
そうしてレッド・ドラゴンの王様は去っていった。いよいよ開戦である……
(あと少しだけ、距離を詰めたい……もうしばらくお願いするよ)
彼女の助力を得た自分は、戦場になると予想される平原に降り立った。時間は夕方。風に紛れて姿を隠しながら移動する。当然、〈義賊頭〉のスキルも併用している。やっていることはまさに斥候というやつだ。
小さな岩の陰に辿り着き、敵陣を覗き見る。
(ここまで来ればよく見える……あんな馬鹿でかい旗に、灰色の鱗を持ったドラゴン……)
(数を数えることはできますか?)
夕方から夜にかけては、暗さに目が慣れず視界が悪くなりやすい時間帯。見つかる可能性は低いと思うが、こんな状況で慢心するわけがない。
(塀の上から見たときのように姿を晒し続けるのは、危険すぎる。見ているつもりが見られていました、なんて洒落にならないぞ)
見つかって大勢に詰めかけられた結果、なし崩し的に戦端が開かれようものなら目も当てられない。急に戦争が始まってしまえば、まだ準備中の妖精国側が一方的に押しつぶされる可能性が高い。絶対に見つかるわけにはいかない。
(あいにく大きな岩も草むらもないのが厳しいですね)
そう、視界を遮ってくれる障害物がほとんどないのだ。その代わり伏兵に忍び寄られて不意打ちを受ける危険性も少ない。一度大きく息を吐いて、覚悟を決める。
(とはいえ、この小さな岩の裏に居続けても仕方がない。ここから先は自分の持てる力を全て使って情報を探るから、ここで待機していてほしい)
(分かりました、御武運を)
おなじみの盗賊系スキルと〈隠蔽〉スキルのコンボで、更にもう一歩、敵陣に近づく。矢も届かないこの距離なら察知されない……はずだ。何とか次の小さな岩陰に入ってひと息つく。ほんの二〇メートルほどの距離がやけに遠く感じた。
〈隠蔽〉発動に伴うマジックパワー消費の激しさもあって、かなり精神的にきつい。だが風の上位妖精であるあの女性が風を操り、自分の速度の底上げや敵の視界妨害などをしてくれたお陰で、最終的には敵陣にかなり肉薄できた。これ以上の接近は無理だろう。ポーションでMPを回復、深呼吸してから再び〈隠蔽〉で透明になって岩陰から顔を出し、ドラゴンを数え始める。
(八……一四……二〇……二三)
ここまで数えたところで、岩の後ろにもう一度隠れて〈隠蔽〉を解除する。
――最悪だ。今の確認で、二三匹以上いることがはっきりした。本音を言えば、ここまで来たからにはもう少し色々探りたいのだが、斥候のプロでもない自分が長居すれば、必ずぼろが出る。早急に撤収するべきだと判断し、もう少しだけ、という欲を必死でこらえる。
(もうかなり日が落ちてきている。松明が焚かれたら、勘のいい奴に怪しまれるかもしれない。逃げる頃合だ、欲を出すんじゃないぞ、自分)
何とか欲を抑え切った自分は、再び盗賊系スキルと〈隠蔽〉を使って上位妖精の彼女のもとへ戻り、報告は街でするとだけ告げて、必死で街を目指した。もちろん必死と言っても走るわけにはいかず、気が付かれないようにそっとだ。
そうして塀の中に無事帰還した頃には、完全に日が落ちていた。
「二三匹……ですか……」
報告を聞いた上位妖精の彼女は絶句した。だがあの僅かな時間で必死に数えて二三匹だったのだ。奥の方にそれ以上いたとしても、自分は驚かない。
「自分は他国の人間だが、はっきり申し上げる。急いでドラゴン族にも応援を要請すべきだ。あの数で攻め入られたらひとたまりもないぞ……あんな盛大な陣を張っているのも、ドラゴンという戦力がいることから来る余裕の表れだろう」
そう、ゲヘナクロスの連中はかなり落ち着いていた。敵国と向かい合う最前線という極度の緊張を強いられる場所にいるにもかかわらず、だ。塀に囲まれた妖精国の人達のほうは、落ち着きがなかったり、こわばった顔をしていたりするというのに。むしろ、戦争ともなればそれが普通なのだ。
これは自分の予想だが、ゲヘナクロスの人間達は、ドラゴンに前線を務めさせて一方的に蹂躙し、その後であらゆる物を略奪するだけの簡単な制圧戦だと考えている節がある。それだけドラゴンという存在はでかい。
「竜殺しの貴方でもそう考えますか」
そう言って、上位妖精の彼女は顔をしかめる。
「竜殺し……か」
ゼタンがそこに反応する。
「あのときは相打ちで何とか、だったけどな。その後でドラゴンの王が蘇生してくれたから、今こうやっていられるに過ぎないんだぞ……」
一応自分から念押ししておく。老いたドラゴン相手ですら相打ちが精一杯だったのだ。その上そこに持ち込むまでに、長い付き合いだった相棒を犠牲にしている……起死回生の《サクリファイス・ボウ》を撃ち込むために。
「ともかく、今すぐ手を打つために城に帰還します、協力ありがとうございました。報酬は後ほど」
そう言い残し、フェアリークィーンの腹心である彼女はあっという間に消え去った。
「厳しい展開になったな」
「全くだな……」
そうしてゼタンと自分は眠りに就いた。ドラゴン族の応援がないのなら、トッププレイヤーの活躍頼りという不安定極まりない戦争になる。
戦争開始まで、あとわずか。
【スキル一覧】
〈風震狩弓〉Lv40 〈剛蹴〉Lv16 〈百里眼〉Lv10(←2UP) 〈製作の指先〉Lv89 〈小盾〉Lv20
〈隠蔽〉Lv49(←1UP) 〈武術身体能力強化〉Lv18(←2UP) 〈義賊頭〉Lv13(←3UP)
〈スネークソード〉Lv24 〈妖精言語〉Lv99(強制習得・控えスキルへの移動不可能)
控えスキル
〈木工〉Lv44 〈上級鍛冶〉Lv42 〈上級薬剤〉Lv17 〈上級料理〉Lv39
ExP30
称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者
妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人難の相
プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人
3
翌日、ログインしたらゼタンがいなかった。恐らく用事があって外出しているのだろう。自分も街の様子を窺うため、宿屋から出る。
(とりあえず、今のところは何とか落ち着いているか……誰かがドラゴンの情報を流したってこともなさそうだ)
斥候能力持ちなのは自分だけではないし、グリフォンとかの空を飛べる子に頼んでゲヘナクロス陣営の様子を見た人は他にもいるはずだ。ただその情報をむやみやたらとばら撒く人がいなかっただけなんだろう。
(掲示板の様子を確認してみるか)
道端にあるベンチに座って、攻略系の掲示板を覗いてみた。
【戦争関連スレッドNo.4】
47:名無しの冒険者ID:25v7f2dc2
前スレの情報にあった灰色ドラゴンって、
調べても結局そのまま該当する前例が少ねえよな?
48:名無しの冒険者ID:v23h7f5rc
ああ、魔法防御に優れたドラゴンが灰色になってるゲームも
あったらしいけど、詳しくは知らね
49:名無しの冒険者ID:bkdmd412E
それがそのまま当てはまるともかぎらねーし
50:名無しの冒険者ID:vb2b7Tf1e
結局ぶっつけ本番で確かめるしかない感じ?
51:名無しの冒険者ID:v7vJFc1e2
だろーな、まあついにドラゴン素材が取れるチャンスだろ
52:名無しの冒険者ID:cx4v7YX21
そっちだよな、ドラゴンに捨てる部分はない
53:名無しの冒険者ID:2v7JFGe1c
鯛じゃねーんだぞw
54:名無しの冒険者ID:7XWQ41x4Wa
でもマジで捨てる部分はないだろ、鱗に骨に皮に肉……
55:名無しの冒険者ID:74b22kGbt
ガチでこのチャンスを生かしてかき集めねーとな
56:名無しの冒険者ID:Oh5g7vRvg
戦争起きてラッキーだよな、ドラゴン素材を運んできてくれたし
57:名無しの冒険者ID:vb7KNBg1R
だな、これで大幅に戦力強化できそうじゃん
58:名無しの冒険者ID:7vcNg1dWd
そして妖精国からの褒賞もでるんだろーから二度美味しい
59:名無しの冒険者ID:n1fgJf12e
俺も生産者としても色々試したいからタップリ持ってこいよー
60:名無しの冒険者ID:c732aQxe5
任せろ
61:名無しの冒険者ID:7v32g1SD
グリフォン素材も気になるし、今回のイベント美味しいな
62:名無しの冒険者ID:4x32dWEdf
例の素材急復活ってこのためだったんじゃね?
63:名無しの冒険者ID:7gD42cvrv
ありうるな
64:名無しの冒険者ID:7vf8c268c
戦争発生しても装備がないから参加できませ~ん、じゃつまらんしな~
65:名無しの冒険者ID:2v32d2cF5
とにかく、ドラゴンやらグリフォンがどんぐらいいるか分からんけど、
倒して素材をがっぽり稼ぎたいね
66:名無しの冒険者ID:2v1Hd1ecv
ドラゴン素材が取れれば等分安泰だろう
67:名無しの冒険者ID:v7Pfg2bIr
やっぱりドラゴン系の装備はロマンだろ~
68:名無しの冒険者ID:vc7v23ECe
てか、当分だろ>>66w 等分って分けちゃうのかよw
69:名無しの冒険者ID:v5b7HJG1r
あと二日か、早く始まらんかなー
70:名無しの冒険者ID:1f32fVCea
裁縫スキル持ちとしては早くいじりたい素材ですねー
71:名無しの冒険者 ID:G2f7hRrwe
早く始まってくれねえかな、もう待ちきれないんだが
鱗集めて鎧にしたいぜ
72:名無しの冒険者 ID:f2d47HE1r
俺はやっぱり剣だな。骨とかで作れそうだ
切れ味はそこそこだが重量で押しつぶすってやつが
73:名無しの冒険者 ID:f5gGE54we
あとは盾か?
ドラゴンの鱗を表面に張り付けて防御力を高める、
とかできそうだね
74:名無しの冒険者 ID:F5d7gwekr
そういうお約束のやつがやっと作れる&装備できるんだよな
長かったな
75:名無しの冒険者 ID:JHk5gf7EZ
奪い合いになるかもね
全員にまんべんなく行き渡るってのはまずなさそうだし
76:名無しの冒険者 ID:Gfg2h5dEf
取れなかった人は買ってもらうってことで一つ
77:名無しの冒険者 ID:HGgf57hER
それはドロップ運が低い俺への予言かよw
やはりついにドラゴンが出てくるということで、倒した後の素材運用の話が中心になっていた。取らぬ狸のなんとやら、にならなきゃいいがな……
直接対峙した経験がある自分にしてみれば、ドラゴンはただただ恐ろしいとしか表現できない存在だ。あのときはこちらも半ばプッツンしていたから、その勢いで戦えたのであって、普段の心境なら即座に全力で逃げ出していたところだ。まあ今回は上位プレイヤーもたくさん参戦すると思うし、ドラゴンの相手はそういう戦うことが好きな人達に任せておこう。
だが、今回の戦争で浮かれているのはプレイヤーだけだ。街を見ると、絶望に沈む人、決死の表情の人、真剣な表情で準備を整えるために走り回る人などばかりで、早く戦争が始まれ、なんて考えている人は見当たらない。お店の人は、義勇兵に「どうか生き延びてください」「御武運を!」と言って見送るし、義勇兵側である色々な種族の皆さんも「戦争後、また来ますよ」「死に急ぐつもりはありませんから」と返している。さすがにそんな空気の中では、早く戦争が始まってほしいなどと実際に口に出すプレイヤーはいなかった。
自分の準備は既に終わっている。十分な数の矢、食料、ポーション。武器の手入れも終えていて、いつでも出撃できる状態だ。ぴりぴりした空気が蔓延しているのを確認できたし、これ以上街を見回っても仕方がない……帰るか。
そうして宿の部屋に着くと、ゼタンが戻ってきていた。
「ただいま」
「よう、お前も出かけていたか」
そう言ったゼタンは、いわゆる「マンガ肉」を食っていた。なるほど、そいつを手に入れるために出ていたのか。
「一つ食うか?」
「いいのか?」
「かまわんぞ」
ということで、一つお相伴にあずかった。
「ほう、美味いなこいつは」
「ああ、そうだろ。これは知り合いが趣味でやっている焼き方でな。他ではまず口にできん」
それはそれは、よい物を食べさせてもらいました。
「やはり開戦が間近に迫っているとあって、どこもかしこも張り詰めた空気だな」
「それはそうだろう、妖精全体が久しく戦争を経験していない。ましてや相手が相手だ……生きて帰れる奴がどれぐらいいるか……」
ゼタンは目を閉じて首を振る。俺達プレイヤーと違い、この世界で生きている彼らは力尽きてすぐに手当てを受けられなければ、もう復活できない。そして戦争では、必ず助けてもらえると期待してはいけない……まして相手になるのはドラゴンだ。踏み潰されたり丸呑みにされたり、文字通り粉々にされたら、いくら魔法であっても手当てのしようがない。それにドラゴンは、喰らえば即死どころか消滅という言い方がしっくりくる、ブレスなんて攻撃方法まで持っているのである。
「一人でも多く、生きて帰れるといいな」
「……全くだな」
そう言って、ゼタンはまた肉にかぶりついた。
「ああ、そうだった。ゼタン、すまないがこの弓にちょっとお前の力を注いでもらえんか?」
重い空気を無理やり払って、【双種子の弓】をアイテムボックスから取り出す。
「変わった形……だが弱々しい弓だな。で、力を注ぐってのはどうやればいいんだ?」
「弓に触れて、力を少し分け与えるように考えてくれればいい……はず」
言い方がはっきりしないのは、自分では弓に力を送ることができなかったからだ。持ち主は適用外なのかもしれない。
「どれ、貸してみろ……ふむ、こうか? ……お、なんだか少しだけ力が抜けて、弓に移った感じがするな。これでいいのか?」
返された弓を確認すると、【双新芽の弓】に名前が変わっていた。攻撃力が16から19に上がっていたが、特殊能力などの追加や説明の変更はない。
「ありがとう、弓がまた一歩進化したみたいだ」
「随分と変わった能力を持つ弓だな……まあ、お前なら悪用はしないだろうが」
雨龍さんにやってもらったときと変化の仕方が違うのは、やはり龍と妖精の差なのか? どの道、この弓はまだ装備自体できないので、検証のしようがないのだが。
更にその翌日。皆、昨日までに戦争への備えを終えたのか、ほとんどの家が窓も扉も閉ざし、義勇兵以外はほとんど出歩いていない。砦街は、あの妖精の国とは思えない寂しく重苦しい空気に支配されていた。
「寂しい限りだな」
部屋の窓から外を見ていた自分は、カーテンを元に戻してため息を一つついた。
「さっさとこの馬鹿馬鹿しい戦争を終わらせて、普段のにぎやかな日常を取り戻したいぜ」
ゼタンが相槌を打つ。
そのとき、ドアがコンコンとノックされた。
「はい、どうしました?」
「私です。アース様にお客様がいらっしゃいましたので、お知らせに参りました」
どうやらノックしたのは宿の女将さんのようだ。
「分かりました、すぐに行きます」
相手が誰か分からないが、あまり待たせるのは失礼だ。ゼタンに「ちょっと行って来る」と告げてから、女将さんの案内を受けて階下に行き、「客人」と対面する。
「久しぶりだな」
そこには、燃えるような紅色の髪を持つ一人の男性がいた。妖精国を離れた直後に出会った、あの男性だ。
「それではごゆっくり」
女将さんはそう言うと、頭を下げて離れていく。
「うむ。女将、分かっているとは思うが、人払いを頼むぞ」
「分かっております。戦争が近いこともあって、誰も彼も部屋の中に閉じこもっておりますけれど……」
それから女将さんも十分に遠ざかったことを確認して、男性はようやく口を開いた。
「さて、まずは自己紹介だが――」
「レッド・ドラゴンの王様が直々に……この小市民に何の御用でしょうか」
「――いつ気が付いた?」
「妖精国を出国して、初めて出会ったときです」
ここはあえて率直に返答してみた。回りくどい問答は面倒だという理由もあったが。
「私の人化の術はまだ甘い、か?」
「いいえ、そうではなく、その髪の毛の色。その紅には見覚えがあります。かつて見たレッド・ドラゴンの鱗と同じです」
赤い髪を持つ人は、この世界ではよく見かける。だが、こんな透き通るような見事な紅はあのレッド・ドラゴンの鱗以外では見たことがない。
「そうか、色に出てしまったのか」
やや肩を落とすレッド・ドラゴンの王様。だがグリーン・ドラゴンが人化したときの髪の色も緑色だったし、恐らく元の色が反映されてしまうものなのだろう。
「もっと訓練をせねばならぬか」
「いやいや。今はもっと大事なことがあるでしょう」
話が進まないので、いい加減流れをぶった切る。
「そうだな、人化の訓練などいずれすればよい。お前の斥候で得られた情報を基に、フェアリークィーンは正式にドラゴン族に援軍要請を出した。我らはこれに応え、大騒ぎにならぬよう人化の術を持つグリーン・ドラゴン達を主軸とした援軍部隊を編成し、一時間ほど前に妖精国に到着した。もちろんフェアリークィーンとの挨拶は済ませてある」
ドラゴン族も今回はさすがに動くか。
「斥候を果たしたお前には直接教えておこうと思って、こうして出向いたのだ。あの憎きゲヘナクロスの邪教連中が抱え込んでいるドラゴンの数は、恐らく合計三二匹だと思われる。その理由は、お前が助け出してくれた我が娘を含めて孵化直前の卵が三一個と、生まれた直後の雛二匹が消えていたからだ」
思わず自分の右目がピクッと反応してしまった。三二匹も連れ去られていたのか……!?
「我々は新しい命を種族全体で世話をするのだが、係が交代するタイミングを知っていたのか、奴らはほんの僅かな時間で世話場に忍び込み、大事な我々の子供達を盗んでいったのだ」
当時の状況を思い出したのか、王様はギリッと歯軋りをする。
「盗みに気が付いた我らは即座に奴らを追った。だが卵を盾にされては、ブレスも吐けず爪を突き立てられもせず……グリーン・ドラゴンが人の姿になって、大半の盗人は殺し得たが、幾つかは外に持ち去られてしまった」
そういえば自分がたまたま王の娘を助けたあの出来事の前後、そういう救助イベントが何度も発生していたと掲示板に報告があったな。その原因は全てゲヘナクロスの連中にあったのか。
「灰色となったドラゴンは、もう完全に奴らの統制下にあるだろう。彼らはもはやドラゴンの外見をした奴らの奴隷に過ぎん……赤にも、青にも、黄色にも、緑にも、白にも、黒にもなれん。ドラゴンとしての誇りも意志も持てぬが故に、外見も色が抜けた『灰色』なのだ……」
それはつまり――
「解放してやるには、殺す他ない。そうしなければ、我らの子は命令を聞いてただただ殺すだけの道具であり続ける。確かに我らも生物を殺す。しかしそれは生きるため、食べるために必要だからであり、必要以上の命を奪う真似はせぬ。力がある生物は、その振るい方を考えねばならんのだ。以前お前に倒してもらったエメルのように、力の振るい方を間違えてしまった同族は殺すというのが我等の法でもある」
しばし、沈黙が訪れた。
「つまり……今回の戦争では、三二匹全てのドラゴンを確実に……殺さねばならない。そして、これだけのことを引き起こしたゲヘナクロスの愚か者達は――」
その沈黙を破った自分の言葉の続きを、レッド・ドラゴンの王様が引き受ける。
「――皆殺しにする。グリーン・ドラゴンと私しか人化の術を扱えぬ故、他のドラゴン達は此度の戦争には参加しないが、戦争を終えた後は、我らドラゴン族全ての力を以てゲヘナクロスの大本を消し飛ばす。そのための手はずも、フェアリークィーンと話をつけてある」
因果応報、か。ゲヘナクロスはこの世界には不要だな……神の教えを信じる国として大人しくやっていけばよかったのに、妄想に取り付かれて取り返しのつかないことをやってしまった以上、彼らは自らが犯した愚かな行為に相応の責任を取らねばならない。
「同じ人族から見てもゲヘナクロスの考えには賛同できません。殲滅作戦に反対する理由は全くないですね」
あいつらの存在など百害あって一利なしだ。滅んでもらったほうがこの世界にとってもよっぽどよいだろう。
「攻め込んできているのは数匹とされていた最初の段階では、大半が別の場所にいるかもしれないためにドラゴン族全体を動かすことができなかったのだが……お前がはっきりとした報告を送ってくれたお陰で、我が同胞が必要以上に爪を血で染める事態は食い止めることができそうだ」
そっちはそっちで苦労してるな……いや、苦労していない者なんてまずいないか。
「できるだけ多くの者を死なせないように我々も努力はするが、灰色となったドラゴンはかなり強い……多くの死者が出るのは避けられないだろう。心してかかってほしい」
意志がないのに、弱体化しているわけではないのか……!? ならばドラゴン族に援軍を要請していなかったら……
「ここでの話は、他言無用に願いたい。教えてもパニックになるだけだ。ドラゴンは我々が食い止める……それを信じてほしいとしか言えぬ」
レッド・ドラゴンの王様は苦い顔でそう言う。
「了解です……最後に、一つだけお願いが」
「なんだ?」
話も大体終わりだろうと目星をつけて、自分は【双新芽の弓】を取り出す。
「以前王様にいただいたこの弓、どうも多くの人達に力を注いでもらうことで進化するらしいのです。なので少々王様のお力を注いでいただけたら、と」
弓を受け取ったレッド・ドラゴンの王様は「ふうむ?」と訝しげに弓を眺めた後で「こうか?」と呟き、弓にほんの少し力を込めた。
「これでいいのか? どうもこの弓は、お前以外には力を見せないようにしている節があるぞ」
受け取った弓を確認してみる。
【双子の若木弓】
所有者の格が足りないため、装備不可能。
効果:Atk+25
特殊効果:「貫通力強化(弱)」「雷光招来(発生確率低)」「砂塵招来(発生確率低)」「矢が光状になる」
攻撃力が上昇して、雷光と砂塵の発生確率が「激低」から「低」に変化、そして矢が光になる、という効果が追加されているな。全体的に底上げされたのはありがたいが、まだ装備できないのは変わらない。一度使ってみたいのだがな。
「では、戦の準備を仕上げるためにそろそろ失礼する。死ぬなよ」
「ええ」
そうしてレッド・ドラゴンの王様は去っていった。いよいよ開戦である……
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