とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ

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28巻

28-1




 1


 砂龍さりゅう師匠をはじめ、多くの犠牲を伴いつつも有翼人ゆうよくじん達との長い戦いを終えたアースこと自分。
 霜点そうてんさんと皐月さつきさんのお墓参りを済ませた後、その日はそのまま「ワンモア・フリーライフ・オンライン」の世界からログアウトした。


     ◆ ◆ ◆


 そしてリアルの翌日。再びログインした自分は、年をとった龍人の姿をした龍神りゅうじん様と黄龍こうりゅう様に今回の一件のてん末を包み隠さず報告していた。

「と、いうことで……空にいる有翼人達との戦いはかろうじてではありますが勝利に終わりました。しかし、砂龍師匠は……」

 包み隠さず、ということは、もちろん砂龍師匠の死亡も伝えるということだ。こうして自分が報告するまでもなく、このお二方なら砂龍師匠がすでにこの世にいないことは分かっているだろう。だが、こういうものはけじめである。きちんと自分自身で逃げずに報告しなければならないのだ。

「よい。こちらにも非はある。真龍しんりゅうとしての力を十分に得ている砂龍がそこまでせねば勝てぬ相手であったという、こちらの想定を超えた事態であったのだからな。むしろ、そんな状況になってなお、事を成したおぬしを称賛せねばならぬ」

 と、龍神様からのお言葉。そして黄龍様からは……

「うむ。龍神の言う通りだ。胸を張れ! 師を失ったことは実に辛かろう。だが、砂龍はお前を信じて最後の稽古けいこをつけ、力をたくしていったのだ。それを忘れてはならんぞ。しっかりと両の足で立ち上がり、前を見据えるのだ。我が力を託したお前なら、できるはずだ」

 それを聞いて、自分はただ静かに涙を流した。戦いが終わった後にまた色々とあって、忙しく走り回っていた。だから、改めて砂龍師匠を失った現実に向き合った時、抑えていたものがこみ上げてしまった……しばし静かに泣いた後、自分は再び前を向く。

「我が師の名にどろらぬようにこれからも生きていくことを、改めてここで誓います。我が師が残してくれた力を、悪事に用いるような真似をしないことをここに誓います。これからも師の教えを忘れず、修練にはげみます」

 龍神様と黄龍様は静かにうなずいてくれた。あとは、自分の言葉を裏切らないよう行動すればいい。

「気に病むな。病みすぎて弟子がてていくなど、砂龍が一番望まぬことだからな」
「そもそも、龍神がそこまでせねばならぬ相手をお前はったのだ。間違いなく、お前は世界を救った人物の一人だ。おごってはならぬが誇るのは良い。だが、その誇りは口に出すでないぞ? そのような行為はすぐに驕りになって、心がすることになるからな」

 龍神様と黄龍様に再び自分は頷いた。そう、大きな偉業を成し遂げた英雄も、堕落してしまえば新しい世界の脅威きょういになることもある。そうならないように普段から心がけないと。

「それとな、お前の中で眠りについた黄龍の力のことじゃがな……今はそのまま眠らせておく方がよいじゃろう。焦る必要はないぞ、お前が必要になったと強く思った時に必ず目覚める。だから今はそのままそっとしておけ」

 そんなことを、立ち去る前に黄龍様から言われた。黄龍の力だけではなく、指輪に宿るルエットもあれからずっと眠ったままだが……あの戦いで無茶の一言では到底とうてい言い表せないことをさせてしまっているからな。今しばらくはそっと眠らせておいた方が良いな。たたき起こさなきゃいけない時が来るまでは。

「分かりました、ならば焦らずに目覚めの時を待ちます。もっとも、そんな力が必要になるのはぎりぎりまで追い詰められた局面ということになるでしょうから、できればやって来ないでほしいところですが……」

 苦笑しながらそんなことを口にした後、自分はこの場から立ち去った。あとは龍城に行って、龍稀りゅうけ様に面会が叶うか確認するか。前に義賊頭ぎぞくがしらとして来た時に対面していることがバレていないと良いんだけど……



  ――アースが立ち去った後の、龍神と黄龍――


「よもや、こうして直接報告に来るとはな」
律儀りちぎなのは良いことだ。だが、砂龍の死を抱え込みすぎねば良いがな。アースの責ではないからのう」

 アースが立ち去ったことを確認したのちに、龍神と黄龍は話し合いを始めた。

「最悪の事態となれば、出る被害の大きさを完全に無視して我と黄龍が揃って戦いに出向かねばならなかったか」
「幸い、そうはならんかったが……龍の中でも実力者の砂龍がよもやあのような手段を取らねばならなくなるとはな……我らの想定を軽く上回っておった」

 龍神はキセルを吸いながら、黄龍は茶を飲みながら互いにしぶい顔をする。

「よくぞ勝ってくれた、と討伐とうばつに向かった者達を素直にめねばならぬな」
「うむ……大半が戻らなかったと聞く。ドラゴンは報告を終えて倒れ込み、二度と目を開けなかったらしい。大勢の者の盾となって戦い抜いたからじゃろうな……」

 ある程度の苦戦は、龍神も黄龍も当然考えに入れていた。だが、それも有翼人達の戦闘力を神の力ではかった上での想定だった。それがよもや、決戦の最中に有翼人のトップであるロスト・ロスが大勢の討伐隊を吸収し、神に近い力を手に入れてしまったのは想定外もいいところだった。
 この時点で、龍神と黄龍はあらゆるおきてを破り、出る被害など度外視して出撃する準備を始めていた。しかし砂龍がおのが身を砕いて魂を魔剣の中に移して弟子であるアースと共に自らを刃と成し、切り込んで致命傷を与えることに成功した。そのまま止めをされたことでロスト・ロスは消滅。龍神と黄龍はこの時、本気で胸をで下ろしていた。

「まさに今回の戦いに出向いた者達はまぎれもない勇士よ。彼らがいなければ、どうなっていたか想像もしたくない」
「同意だな、邪悪じゃあくな者共が過剰かじょうと言っていい力まで持っておったという最悪な話だったからな。それに加えて大勢の者が洗脳されてしまったからのう……地獄が現世に顕現けんげんするところだったわ」

 渋い表情をくずさぬまま、龍神はキセルの灰を取り、新しい煙草たばこを詰める。黄龍の方は新しい茶を自分で入れ直した。

「だが、この件が終わったことで世界をおびやかすものは今は確認できなくなった。しばらくは穏やかな世となるだろう……おろかな指導者がいくさを始めなければ、だが」
「幸い、そのような指導者はどの種族にもおらん。楽観はできんが、悲観することはないじゃろう」

 ここに来て、ようやく二柱の表情から渋さが取れ始めた。有翼人との戦いは悲しいこと、苦しいこと、嘆くことなどは多々あったが……幸いにしてもう終わった過去のこととすることができた。
 ならば次にやるべきは未来について考えることだ。この一件で多くの者が死んだ。彼らの死が無駄むだになるような未来を創ってはならないのだ。

「龍稀は引退を考えておるようじゃったが……まだ龍姫りゅうきに全てを任せるには早すぎるだろう」
「うむ、当分は後方から支援するように言っておかねばなるまい。まあ、あの者は愚かではない。我らに言われんでもそうするだろうが、一応な」

 これからしばらく先に龍稀は龍姫に龍の国の王の座を渡すのだが、龍神や黄龍の口にした通り、自分も後ろで龍姫の補佐を務めることとなる。江戸幕府の将軍と大御所の関係とでも言えば良いだろうか? とにかく、龍稀の完全な引退はずっと後のこととなる。

「運が悪かった、そう思ってもらう他ないな」
「うむ、有翼人がいなければどの国ももう少し楽ができたであろうにな……我が国とエルフ、ダークエルフ、魔王領あたりは特にの」

 エルフとダークエルフはハイエルフに有翼人がちょっかいを出して思想をゆがめられたがゆえに、余計な苦労をさせられた面がある。魔王領は言うまでもなく有翼人が魔王に直接ちょっかいをかけたせいでいくつもの悲劇が起きている。有翼人がいなければ、起きなかった悲劇がいくつも転がっているのがこのあたりの国である。

「今後はより世界が発展するだろう。だが、その発展の裏で悪事をたくらむ存在は必ず出てくる。これからも見張っていかねばならぬな」
「今は、義賊を名乗る者共が積極的に働いてくれておるがのう。彼らも危ういところがいくつかある……楽観はできん。それに、彼らだけに任せるというのもまた間違いじゃからな」

 アースが義賊頭をやっている、ということはもちろんこの二柱は知っている。が、悪事を働いておらず世界の安定に貢献こうけんしているので口出ししないだけである。アースが義賊をやって人助けをしても、誇らずに隠しているのも二柱にとっては評価する点である。

「不安点は数あれど、それは今までと同じか……」
「それと同時に希望もあるのもまた同じじゃ。神がしゃしゃり出る時は過ぎておるし、今はしばし世の移り変わりを見守ることになるかの。おかしな芽の芽吹きを見逃さぬようにせねばな」



 2


 龍城にて――

「来たかアース。此度こたびの一件、そなたの働きは実に見事であったと報告を受けている。改めて褒めて遣わす、大儀たいぎであった」
「はっ、龍稀様から直々じきじきにそのようなお言葉をいただけたこと、恐悦至極きょうえつしごくに存じます」

 龍城への入場許可と、龍稀様への面会要求はあっさりと通った。ただ、龍稀様の左右に多くの家臣が並ぶ公式の場での面会となったので、自分も龍稀様も普段とは全く異なる口調や態度でやり取りをしているのだが。

「しかし、これほどまでの巨悪がおったとは……きゃつらの計画が完全に動き出しておったら、どれほどの被害が出たのか考えたくもない」
「仰る通りです。空の世界にて、不幸にもあやつらの手の内に落ちてしまった人々の凄惨せいさんな姿たるや、目をおおってもなお、まぶたの裏に浮かび上がるほどでありました」

 左右にひかえている龍稀様の家臣達は騒ぐことこそないものの、様々な表情を浮かべていた。一番多いのは恐怖、次に続くのは怒りだろうか。

「だが、お主を含む地上連合軍の必死の働きによって、その地獄が地上まで及ばなかったことには感謝せねばなるまい。こちらも精鋭の龍人を幾人いくにんも送ったが、ほとんどが帰ってこられなかったことが戦いのすさまじさと過酷かこくさを教えてくれた。戦って散った者に対して、わしは死ぬまで彼らの冥福めいふくを祈り続けよう」

 その龍稀様が話し終えると、誰かが音頭おんどを取ったわけでもないが、この場にいる皆が手を合わせて黙祷もくとうした。彼らは世界のためにその身を盾にして散ったのだ。敬意を払うのは当然と言えるだろう。そしてしばし静かな時間が過ぎ、龍稀様が再び口を開く。

「して、褒賞は何が良い? できる限りは応えよう」
「いえ、褒賞はすでに魔王様より十分すぎるものをいただいております。ここでもいただいてしまっては褒賞の二重取りとなります。故に、お気持ちだけいただいておきます」

 報酬は断っておく。魔王様からもらったもので十分だ……一番の褒賞は、地上が滅茶苦茶にならずに済んだことなんだしね。あの有翼人が我が物顔で地上を支配するようなことになっていたら、悔やんでも悔やみきれない。
 もしその展開を迎えてしまったと仮定すると、自分は有翼人のトップ――ロスト・ロスに食われてアバターや洗脳対策の装備をはじめとしたもろもろをロストしただろうから、一切抵抗できなかったはずだ。後は目に映る者が敵か味方か、人なのかモンスターなのかも見極められずに世界を彷徨さまよい続けるだけになったかな。

「そうか? まあ無理強いはせん。必要ないと言っている相手に押し付けるのは無礼がすぎるからな、儂はそのような下種げすに堕するつもりはないぞ」

 そう言った龍稀様に、自分は静かに頭を下げる。ま、正直欲しいものとしてはスネーク・ソードがあげられるんだけど、この龍の国にはないからなぁ。逆に大太刀だとか、鎧兜よろいかぶとなんかは豊富なんだが自分には邪魔になるだけだ。ずっと昔にこの国の宝物庫にも入ったから、そこら辺のことはなんとなく覚えている。

「では、下がってよいぞ」
「はっ、では失礼いたします」

 最後にそんな短いやり取りをて、龍稀様への面会は終わった。体が回復したことは動きで分かってもらえたろうし、挨拶も終わった。これで龍の国でやることは済んだかな。次は地底世界にいるドワーフのクラネス師匠のもとで新しいスネーク・ソードの入手を考えよう。
 そう考えながら龍城の出口へ向かって歩いていた自分を、聞いたことのある女性の声が呼び止めた。振り向くと、視線の先には龍姫こと龍ちゃんがいた。以前と違って落ち着いた様子で自分に近寄ってくる。うん、何と言うか、以前と比べるとぐっと大人の女性になったような感じがする。

「呼び止めてすまぬな、アース」
「これは龍姫様。何用でしょうか?」

 周囲の目があるので、龍ちゃんとは呼ばない。向こうもその辺は承知しているようで不満を顔に浮かべることはない。

「父より、少々別のところに案内するように頼まれていての。あのような場では決まりきった言葉しか吐けぬとのことでな。すまぬがもう少し、わらわ達に付き合ってもらえぬか?」

 まあ、急ぐ用事はないからいいか。構いませんと伝えて、龍ちゃんの後に続く。
 案内された場所は、小さな茶室。入り方もこれまた昔ならではのせまい入り口をくぐる形を取っていた。その中にいたのは、龍ちゃんの母親。自分の後に龍ちゃんも入ってきて、入り口が閉められた。

「夫より、しばらく貴方あなたをもてなしておいて欲しいとの願いを聞いております。ですがまずは……此度の一件、誠にありがとうございました。共に空の世界に上がった者にも当然感謝をしておりますが、貴方様はそれよりも前からあちこちをめぐり、洗脳対策や人員を集めるなど動いてくださっていたと聞き及んでおります」

 と、今度は龍ちゃんと龍ちゃんの母親の二人に頭を下げられてしまった。なんかこう、お偉いさんに頭を下げられるとすごく居心地が悪いと感じるのは、自分が小物故だろうか?

「頭を上げてください、私にできることを精いっぱいやっただけのこと、それだけにございます。それがたまたま、そうたまたま良い方に転んだだけであって……」

 正直、有翼人の情報は自分に同化した魔剣、【真同化まどか】を手に入れていなかったら知りえなかった可能性が高い。魔王の力だってけに勝っただけであって、実力で手にしたとは言い難い。うーん、運頼りで行き当たりばったりだよ。まあ、それでも上手く行ったんだから良しなんだけどさ。

「確かにきっかけはたまたまかもしれません。しかし、その後の活動や努力はたまたまではないでしょう? そして何より、大勢の戦友を喰って進化を遂げた有翼人から逃げず、立ち向かったのは勇気をしぼったからでしょう? それをたまたまだなんて、言ってはいけませんよ?」

 龍ちゃんの母親は頭を上げた後にそう言ってくるんだけど、なんだろう? 表情も目も笑っているが雰囲気が笑っていない。不思議な威圧感を感じる……うん、逆らわない方が良いな。

「――そうかもしれません。考えを改めます」

 頭を下げながらそう言うと、不思議な威圧感はふっと消えた。やれやれ、何とかやり過ごせたか。
 でも、心構えはこんなもので良いんだろう。龍神様も黄龍様も自分の成果をあまりに誇りすぎれば堕落するきっかけになると言っていたからな。

「ごめんなさいね、貴方は十分すぎる働きをしてくれました。なのに、あまりにも自分自身を過小評価していたようなのでらぬお小言を言ってしまいました。年寄りのおせっかいだと思ってくださいな。さて、ではまずはお茶をたてましょうか」

 龍ちゃんの母親はそんな言葉の後にお茶をたて、ようかんに近い見た目をした菓子と一緒に自分の前に出してきた。万が一にもむせないように、ゆっくりとお茶の入った器を傾けて口につける。
 渋いが渋すぎるということはない。器を置いて次は菓子に手を出す。うん、こちらも甘いが甘すぎず、そしてお茶で渋くなった口の中をほどよい感じに整えてくれる。
 その一方で、同じくお茶と菓子を出された龍ちゃんの方は悪戦苦闘しているようだ。お茶の渋みに可愛い顔を歪め、慌てて菓子を口にしてほっと一息ついていた。そんな龍ちゃんの姿を見て、母親の額に青筋が浮かび上がっていた。あーあ、こりゃ後で龍ちゃんがしかられる展開が見えるよ……
 そんな中、二杯、三杯とお茶が遠慮なくふるまわれる。自分は渋さにも慣れて平気だったが、龍ちゃんの方はもう全く渋さを我慢できていないひどい表情に変わっていた。そして増えていく母親の青筋。うーむ、助け船を出そうにも出せるような空気じゃないんだよな。
 龍稀様、早くここに来て! このままだと龍ちゃんが非常にマズいことになるから!!


 幸い龍稀様はそれからほどなくして茶室にやって来てくれた。おかげで龍ちゃんが母親から直々に指導を受ける時間はすぐに終わった。

「ん? どうした? 少々妙な空気がただよっておるようじゃが?」
「問題ございません、ちょっとしたもてなしの合間に娘が少々客人の前で粗相そそうをしただけですので」

 にっこり笑う龍ちゃんの母親が怖いんですが。だが、そういう感情は、顔にも空気にも出さない。
 それが大人の処世術しょせいじゅつの一つである。これができずに自分の本音をぽんぽん表情に浮かべてしまうと、人付き合いなんてやってられないからね……

「そうか、まあよい。改めてだが……アース、此度は本当によくやってくれた! もちろんこの結末はお主一人の戦果ではないが、お主は早くから動き回ってくれた人物の一人であることには違いはない。あのようなかしこまった場ではろくに褒めることも褒賞を出すこともできぬ。それではあまりにも働きに対しての誠意がなさすぎるのでな。このような場を設けさせてもらった」

 ああ、だから立ち入る人が少ない茶室に呼ばれたのか。そんな龍稀様に軽く頭を下げてから、自分の考えを口にする。

「お気を使わせてしまいましたか。しかし、私としては体が回復したことと、龍の国の方々にはお世話になりましたので改めてお礼を言いに来るのが筋だと考えて行動したまでで……褒賞はいらないというのも本心からの言葉です。何をもらっても、有効活用できないということが分かっていますので」

 この国に来て雨龍師匠に挨拶し、その後のお墓参りも龍神様と黄龍様への挨拶も済んだ。最後に龍稀様への挨拶が終われば全ての用事は済む。
 この後は地底世界に入って、クラネス師匠のところで新しいスネーク・ソードを手に入れたら静かになったであろう世界をゆっくり回るつもりだ。とりあえずフェアリークィーンのところにも顔を出すかねえ。

「律儀だな。しかし、魔王殿の城で見た貴殿の姿はあまりにも痛々しかったが、そこまで回復したのを見て安堵あんどしたのもまた事実だ。あのまま寝たきりになってしまうのでは、と内心では思っていたからな」

 そう言われても仕方がない、それぐらいボロボロだったのだから。まあ、幸い回復してこうして歩き回れるんだけどね。これももしかしたら、砂龍師匠が最後にくれた力の一端なのかもしれない。
 何せ龍の力だ、人一人を瀕死ひんしの状態から回復させることぐらいしても驚きはしない。

「しばらくは寝たきりでしたが、魔王様の配下である皆様が非常に良くしてくださいまして。後は運でしょうか? もしくは、まだ寝たきりになる時ではないという天の采配さいはいなのかもしれませんが」

 理由はどれでもいいんだ。旅を続けられるのは実にありがたいという話なんだから。まだこの旅の結末がどこにあるのかわからないが、行けるところまでは行ってみたいという欲はある。まだ見ぬ種族がいるかもしれんし、見落としだってあるだろう。だから全部の国の足を踏み入れていない場所をしらみ潰しに歩いてみるのもいい。

「ふむ、だが何にせよそこまで回復したのは喜ばしいことだ。今回のような事態はそうそうないと思うが、やはりいざという時に頼りになる者が動けるかいなかは心情的に全く異なるからな。今後も、もし龍の国で一大事件が起きた時に手を貸してもらえるとありがたい」

 そう言われて自分は頷く。龍の国に悪い印象はないしな、手を貸すのはやぶさかではないってやつだ。

「しかし、貴方。要らぬと言われたからといって本当に何も渡さぬというのは流石さすが為政者いせいしゃとしての沽券こけんにかかわるのではありませんか?」
「言われぬでも分かっておるわ。しかし、金子きんすたぐいを出してもこやつは受け取らんぞ? 武具の方も、合うものは確かなかったはずだ。そちらの方でも褒賞として不適切になろう。売り払って金にされても構わぬが……それならば初めから金子を渡す方が早いからな」

 龍ちゃんの母親に、龍稀様がそう言葉を返す。だが、龍ちゃんの母親、まあ龍稀様の奥方なんだが、彼女の言葉は止まらない。

「ですので、私の方で用意させていただきました。どうぞ、入ってきてくださいな」

 その奥方の声を合図に、茶室の入り口が開く。入ってきたのは……空の世界に乗り込む前に自分に薬の修業をつけてくださった先生だった。

「お呼びにより、参上いたしました。例のものも、ここに用意してあります」
「ええ、先生にはお手数をおかけしました」

 小さな木の箱を持って入ってきた先生に、奥方が答える。その箱を、先生が自分の前に置いた。

「開けてみるとええ、奥方様がお主に今回の働きの褒美として渡しなさいと指示をしていたものじゃからな」

 先生の言葉に頷いて、箱を開けると……中にはいくつもの薬草が。だが、おかしい。どれも今まで見てきた薬草に似ているが違うぞ? 一枚一枚手に取って確認するが、やはり色、形が微妙に違っている。


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