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28巻
28-2
「それらは本来、門外不出の薬草。効果はただのコモンポーションであっても、レアポーション並みの効果をもたらすじゃろう。しかし、強力すぎる薬は毒にもなるからのう、むやみやたらと普通の薬師に使わせるわけにはいかなくての。もちろん、取れる量が非常に少ないということも理由にはあるんじゃがな」
つまり、薬草・極みたいな感じなのか。だが、アイテムとして鑑定してみるとただの薬草としか表示されない。説明文も変わらな――いや、スクロールバーがあるな。動かしてみると……その先には「変質しているため、効果が跳ね上がっている」とあった。しかし――
「このような薬草があるのなら、なぜ空の世界に向かう前にいただけなかったのでしょうか? これらの薬があれば、もしかしたらより多くの命を救えたかもしれません」
この疑問は当然出てくる。こんないいものがあるのなら、決戦の前に最高のポーションを作って持っていけたのに。が、この質問を自分がすることは想定内だったようで、すぐさま先生の口から理由が語られる。
「うむ、その質問はもっともだ。儂とてできるなら持たせたかったわ。しかし、時が悪かった。この薬草はな、取るまでに七年と七か月の時を要する。そしてもし一日でも早く取ってしまうと、ただの草に変じてしまうという困った特性を持つのだ。故に渡したくとも渡せんかったのじゃよ」
あっちゃあ、そういう条件が付いているのか。それじゃあどうしようもないか……時に喧嘩を売ったってどうしようもない。
「それとの、その箱の中に入っている薬草は少ないと思ったじゃろう? しかし、それが七年七か月経ってようやく取れる量の全てなのじゃよ……全ての兵士に行き渡るだけのポーションなどとても作れん。故にこの薬草の存在は、当主様やそのご家族、そしてわしのような薬師しかその存在を知らぬ。龍人以外に見せたのも初めてのことじゃ」
やめて、そういうのやめて。そういうものを渡されて心情的に重くなるぐらいだったら初めから褒賞なんていらないよ! こんなことだったら、ちょっとしたお金をもらって終わりにしておけばよかった! なんて心の中で叫んでも後の祭り。ああ、やっちゃったよ……
「お待ちください、そのような希少な薬草であるのならば私がいただくわけにはまいりません。もし何らかの病が流行った時に、あの時の薬草を異邦人に渡さなければこの病を治せる薬を作れるのに、なんてことになったらどうするのですか!」
即興で作った断りの文句としてはまあまあだろう。それに、そんなことが起きないなんて誰にも言えないのだ。未来なんて、どうなるのか一切分からないのだから。この自分の言葉に龍稀様も同意してくれる。
「うむ、アースの言う通りだ。そんなことがいついかなる時に起きないとも限らぬ。そういう一大事が来た時のためにこの【七年七か月草】は城にて厳重に保管することになっておるのだぞ。ましてや、前の【七年七か月草】は全て使い切っておる、ここで補充ができぬとマズいことになるぞ?」
うんうん、流石は龍稀様。自分と同じことを危惧してくれた。が、奥方様は動じない。
「無論そうでしょう。ですからアース様に褒賞として渡すのはその中の数枚です。ですが、その数枚は下手な金子よりもはるかに重いことはここまでの話で分かっていただけたと思います。そして生み出した薬は、貴方がこの先助けたいと思った方のためにのみ使ってください。それが私からの褒賞です」
――箱の中身をもう一度確認すると、確かに薬草は数十枚はあるな。なら、数枚だけならもらってもぎりぎり大丈夫、か? それに、龍稀様や奥方様の沽券の問題ってのも確かにある。ここでも頑なに要らないと固辞するとかえってよろしくない、かもしれない。
「――分かりました。では、数枚いただきます。もちろんこの薬草については他言無用ということですよね?」
返ってきたのは、肯定の意を示すように無言で頷く奥方達の姿。なので、自分もゆっくりと頷いた。ま、一定の信頼がなきゃそもそも見せてくれないだろうし……言いふらすような真似はしないだろうということも踏まえているだろう。その信頼を裏切るような真似は当然しない。信頼ほど、厚くなるほどに脆くなるものを自分は知らない。
先生に小さい袋の中に薬草を七枚入れてもらい、アイテムボックスの中にしまった。袋にはS級薬草と中身を思い出せるように短いメモを張り付けておいた。普通の薬草とごっちゃにしたら大変だ。これを使わなきゃならない時が来ないことを祈りたいところだなぁ。一種のお守りのような存在で終わってくれればいいんだけど。
3
茶室での話も終わり、自分は龍城を後にした。泊まっていけと龍稀様は言っていたが、今回はお断りさせていただいた。代わりに今夜の宿としたのは……
「まあまあまあ、ようこそいらっしゃいました。ささ、どうぞどうぞ。ごゆるりとお過ごしください」
女将さん自ら出迎えてくれる。
六が武の一番でっかい宿屋だ。ここに来るのは本当に久々だな……そんな自分であっても、この宿屋の女将さんをはじめとした皆さんは自分のことを忘れないでくれたらしい。顔パス状態で案内され、あれよあれよといい部屋に通されてしまった。
(こうして六が武の桜を眺めるのも久しぶりだな。何度か来てはいたがそんな心の余裕は全くなかったもんな……)
頭から降ろしたアクアを撫でながら目を閉じれば、有翼人の存在とその企みを知り、いろんな場所を駆けずり回ってようやく阻止が叶った今までの出来事が瞼の裏に浮かんでは消える。
再び目を開けると窓の外に風が吹いて、多くの桜の花びらを空に浮かべていく。文字通りの桜吹雪が目に入る。
(――負ければ、こんな光景も全てなくなっていたんだろうな。本当に、勝てて良かった)
風と桜の桜吹雪ショーを堪能した後、装備を外して浴衣姿となり、腰を下ろしてほっと一息。そのタイミングを見計らったように宿屋の女将さんがやって来た。
「ようこそいらっしゃいましたアース様、ごゆるりとお過ごしください。それと、先に申し上げておくことがございます。今回の宿泊は無料とさせていただきます……お代は、龍稀様がお出しになられるとのことです」
ありゃ、そんな話になっちゃったのか。うーん、でもまあいいか。ここに長居してだらだらと過ごすっていうなら問題だが、いても数日だ。それならまあそんなに負担とはならないだろうし、ここの代金を持つのも褒美の一つと考えたと思われる龍稀様の面子も保たれるか。
「分かりました、ご厚意に甘えさせていただきますと、龍稀様にお伝えいただけますか?」
「承りました」
こんな感じで、感謝の意を示しつつ厚意に甘えさせてもらうという形を取れば間違いないだろう。
面子を潰された時に感じる人の暗い感情ってものは馬鹿にできないからな。ましてや龍稀様は龍の国の王だ。王の面子を潰していいことなんて何もない。争いの種になるだけだ。
言うまでもないことだが、自分は誰かと争うつもりは欠片もない。むしろやっと終わったんだから当分はのんびりとしたい。戦いも必要最小限でいい。世界を回って、綺麗なものを見て、いろんな飯をアクアと共に食べて、そしてまた歩く。明確な目的も当分はいらない。もちろん明鏡止水の世界にはちょくちょく入って訓練はするけどな。
「お風呂の準備はできております、お入りになられますか?」
「そうですね、入らせていただきます」
女将さんにすすめられて、風呂場に向かう。体を洗った後に浴槽の中に身をゆだねる。でかい風呂に独りだけの貸切状態だ。自然とあぁぁぁ……という声が自分の口から漏れ出す。アクアは桶の中にお湯を張った専用風呂の中でこちらも脱力中である。
「あー、癒される……」
「ぴゅいぃぃ~……」
「ワンモア」の風呂は何度も堪能してきたが、飽きるっていうことがない。まあ、リアルの風呂は小さくてのびのびと入れないからより快適に感じるのかもしれないが。風呂と言えば、以前カザミネやレイジが家の風呂は小さいとか改築は不可能で広い風呂など望めないとか話をしていたっけな。
だが、この宿の風呂なら思いっきり伸びをしても、手や足が縁に当たるということは絶対にない。
悠々と入れて泳ぐことすらできそうだ。無論やらないが。とにかくそれだけの広さがあれば、非常に開放感がある。そんな開放感は、リアルではなかなか感じることが難しい快感を与えてくれる。
湯に疲れが溶ける、とはこういうことなのかもな。この感覚こそが、でかい風呂に入る価値の一つなのは間違いないだろう。狭い風呂じゃ、こんな気持ちにはなれない。事実、リアルで風呂に入ってもここまでの開放感を覚えたことは一度もない。
楽しいお風呂タイムを過ごし、部屋に戻るとすぐに食事の用意がされた。刺身にお肉、ご飯に漬物にお味噌汁と豪勢な内容だ。ならば美味しくいただくのみ……「いただきます」の後に一つ一つをじっくりと味わって食べる。うん、刺身は新鮮で肉はさっぱりとしながらも旨味がたっぷり詰まっている。どういう料理法なんだろうか?
ご飯はつやつやと輝いていて噛むごとにお米特有の甘みが口に広がる。お味噌汁の具は豆腐とわかめだけだったが、その両方共に質が高い。この豆腐、専門店の中でも一番いいやつの味に近いな。わかめも美味い。リアルでこのお味噌汁を作るとなると、結構なお金がかかるんじゃなかろうか? 気軽に飲めそうにないな。
食事にも満足し、お膳が下げられた後に腹をさすりながら再び外の景色を眺める。今日も六が武は活気に満ち溢れている。商売人の声が良く響き、子供達が元気よく走り回り、大勢の旅人やプレイヤーが行き交っている。
「アクア、数日はここで休もうか。そして英気を養ったら地底世界に行くよ」
「ぴゅい!」
新しいスネーク・ソードの入手を急ぐ理由もないし、せっかく龍稀様の厚意で宿代を無料にしてもらっているんだ。今は存分に甘えさせてもらってもいいだろう。宿屋の中でも明鏡止水の世界に入る訓練はできるから問題もない。っと、ここでウィスパーチャットが。ツヴァイから? とりあえず出てみるか。
【ツヴァイ、どうした?】
【ああ、アース。カザミネ、ロナ、カナを知らないか? ログインをしていることは分かっているんだが、それ以外何も分からん。ウィスパーも弾かれちまうし……】
ふむ、そういえばあの三人は三が武にある雨龍師匠の祠で修業中だったな。あの空間、そういう外部の接触も弾くのか。そういや師匠達と修業していた時にウィスパーが飛んできたことって一回もなかった。偶然じゃなくて、あの空間内には届かないと考えた方が良いだろうな。
【ああ、その三人なら修業の真っ最中だな。ただ特殊な場所でやってるから、それでウィスパーが届かないんだと思うぞ? 何か緊急事態でも起きたのか?】
自分の言葉を聞いたツヴァイからは、安心するような吐息が聞こえた。その後に……
【そうか、そういうことならいいんだ。しばらくログインはしてるが、どこにいるんだか連絡がつかない状態が続いて心配する声が上がっていたからな。ちなみにどこにいるんだ?】
――細かい場所までは教えられないだろうな。龍の国にいることだけ伝えるか。
【龍の国だな。そこで師匠と特殊な場所で修業しているはずだ。詳しい場所は言えないぞ、師匠に怒られるだけじゃ済まないだろうから】
修業の邪魔をしたら、雨龍師匠は怒るどころか肉体言語での話し合いが始まる可能性が高い。多分九割以上で。そんな馬鹿な真似をしたくはないよ。
【なに、問題なくやってるって情報が得られれば良かったんだ。アカウントハッキングされたんじゃないかって話も上がってきてたからな。修業しているってだけなら、俺もそれを邪魔するつもりはないさ。ありがとなアース、また後でな】
そうして、ウィスパーは切れた。さて、今日はそろそろログアウトしよう。明日から数日は六が武でのんびりタイムだ……
◆ ◆ ◆
ログインして、いつもの装備ではなく宿が用意してくれた甚平を身に着ける。甚平を着たのは本当に久々だが……うん、悪くないな。用意された食事を食べ終えた後に、街に繰り出す。今日は六が武の中をのんびりぐるっと回る予定だ。今日はアクアも自由行動、好きにしていいと告げたら小さい状態のまま外に出ていった。
街に出ると商売人が発する威勢のいい声が耳に届く。桜は咲き誇り、あちこちから笑い声などが聞こえてくる。そんな光景を楽しみながら道を歩いていると、大きな公園らしき場所に出た。自分から見て左半分のスペースでは木刀を持ち訓練服と思しきものを纏った龍人達が、師範らしき龍人の動きを真似ながら一心不乱に木刀を振っていた。
で、右半分では子供達が鬼ごっこをしたり、だるまさんが転んだをしていたり……おお、メンコにベーゴマをやってる子達もいるんだ。メンコやベーゴマ遊びなんて自分の子供の時にはすでになくって、いろんな動画サイトとかで見ただけだったよ。でもこっちでは現役の遊びなんだな。
そんなことを思いながら、公園らしき場所の中に入ってぼーっと眺めていたのがいけなかったのか、木刀を振っていた師範らしき人が自分に近寄ってきた。
「そこのお方、我らに何か用かな? こちらを眺めているみたいだが」
どうやら、気に障ってしまったようだ。揉め事を起こすつもりは欠片もないから、ここは素直に謝っておこう。
「これは、申し訳ありません。皆様の一糸乱れぬ訓練風景につい見入ってしまっておりました。お気に触られたと仰られるのでしたら、心から謝罪いたします」
自分の言葉を聞いて、こちらに争いを起こすつもりはないと理解してくれたようだ。目の前にやって来た師範らしき龍人から感じる威圧感が緩んだ。ただ、まだ警戒はしているようだ。
「そうか、ならばよい。実は先日、こちらに喧嘩を売ってきた者達がいてな。そのような者達と同じ考えなのかと少々身構えてしまった。その気がないというのであればよい……貴殿と戦うとなれば、少々の怪我では済みそうにないからな。我が身命を賭す必要があるだろう」
――こっちの実力をどこまでかは分からないが見抜いているな、この人。今の自分は甚平姿で武器も手にしておらず、一般人とそう変わらない見た目のはずだが。
「いえいえ、そんなことはありませんよ。確かに世界を少しだけ見て回りましたが、そこまでの力は持っておりませぬ」
こんな風に下手に出てみたんだが……警戒を解いちゃくれない。むしろますますこっちを警戒し始めた気がする。
「そんなことはあるまい……貴殿がその気になれば、我と門下生が団結して戦いを仕掛けても薙ぎ払われるだろう」
まあ、愛弓の【八岐の月】を使えば十分可能だけどさ……もちろんやらないよ。他者と積極的に争ったり、無用な傷を負わせたりするためにつけた力じゃないんだから。と、話をしていると門下生と思われる人達までこっちに来てしまった。
「師範代、いかがされましたか?」
「そこの人族が喧嘩を売りに来たのでしょうか?」
「師範代に何か無礼を働いていないだろうな?」
うん、半数が自分に敵意を向けてきた。でも、こっちには争う気はないからね。先ほどの師範代の人に言ったことと大差ないが、「争うつもりもないし喧嘩をするつもりもない。一糸乱れぬ訓練風景に見とれただけだ」と説明しておいた。
「なんだ、そうであったか」
「先日の人族とは違うようだ、失礼した」
「争う気がない人を囲むような真似をしてしまった、申し訳ない」
――門下生の方々はそう口々に謝罪して警戒を解いてくれた。師範代だけはいまだに警戒しているのだけど……まあ、いいか。気に入られたいわけでもないし、争い事にならないのであればそれで構わない。
「――その、こんなことをしておいて申し訳ない。もし時間があるのであれば、少々聞いてほしいことがあるのだがよいだろうか?」
と、ここで門下生の一人が自分に対して声をかけてきた。なんだろ? 敵意とかは感じないから話だけは聞こう。
「向こうで子供達が遊んでいるだろう? あの子達は我々の息子や娘達なんだが……少しでいい、相手をしてやってもらえないだろうか? もちろん無理に、とは言わないが……」
ああ、だから子供達がここで遊んでいたのか。目につく場所にいてくれるのであれば安心だからね。それにここは公園のような広さがあるから、子供達も遠慮なく走ったり飛んだりできるといった都合のよさもあるんだろうな。
「別に構いませんよ、今日はのんびり過ごすだけの日だったので。ただ、最初の顔合わせだけはお願いします。自分が一人で向こうに行けば、知らない大人が近寄ってきたと子供達が警戒するでしょうから」
そんなわけで、子供達の相手をすることに。ま、こういうのもたまにはいい。門下生の一人が顔つなぎをしてくれたので、子供達の警戒も早めに解けた。そして手加減しながら鬼ごっこなんかでほどよい感じで遊んであげたのだが……一方で全然勝てないものがあった。
「はい、ひっくり返ったから私のかちー!」
「むー、またやられたな」
「にーちゃんはまだ投げ方が分かってねえんだよ。教えてやるからよく見とけ!」
その一つがメンコだ。自分はひっくり返せないのに、相手の子供達はパタパタひっくり返してくる。なので、子供達の中でも年長者の子からコツを教えてもらって練習する。そして十数分後、初めて相手のメンコをひっくり返すことができた。
「お、できた」
「にーちゃん、今の投げ方は良かったぜ! それを安定してできるようになれば、にーちゃんもメンコで強くなれるよ!」
教えてくれた子に「ああ、今のでちょっと感覚が掴めたかもしれないから練習するよ」と伝え、何度もメンコの投げ方を練習する。さらに数分後、そこそこ成功させられるようになったので、改めて勝負をすることになった。
「先ににーちゃんが投げていいよー」
「いいの? じゃ、遠慮なく……」
自分の投げたメンコは、相手のメンコを少し浮かび上がらせるにとどまった。次は相手の攻撃だが、これも自分のメンコをひっくり返すまでには至らず。そして次の自分の攻撃にて……
「ありゃりゃ、一回転して戻っちゃったぞ? こういう場合はどうなるんだ?」
「裏返さなきゃ勝ちにならないから、だめー。勢いがつきすぎちゃったねー」
という感じで、相手のメンコが一回転して表になってしまったのだ。むー、結構難しいな。
そして次の攻撃で自分のメンコは裏返されて負けてしまった。
「でもにーちゃん、一気に上手くなったね。さっきの攻撃はびっくりしたよ」
「うん、勝負してて楽しいよ! もういっかいやろ?」
「ああ、もちろんだ。今度は勝つぞ」
「にーちゃん頑張れよ、次は勝てるって!」
応援を受けながら、入れ代わり立ち代わりいろんな子供達とメンコ勝負に興じる。勝ったり負けたりしたが、総合的な勝率からすると、多分自分は四割五分のやや負け越しってところだろうか。
でも、それぐらいの勝率で良いのかもしれない。子供達も楽しんでくれているようだし、自分も楽しい。
「あ、またやっちまった!」
「にーちゃん力んでるねー。一回転させちゃうくせがついてるよ」
ただ、相手のメンコを一回転させてしまうことが結構多いのが悔しい。ほどよい力加減が結構難しくて、加減に失敗するとメンコが一回転してしまうのだ。かといって力を入れなすぎては今度はメンコが浮き上がらない。難易度はかなりガチなのだ。
「あーん、ひっくり返せなかったよー!」
「にーちゃん、投げ方は良いぜ。だからあとちょっとだけ力を抜いてみな。それでいけるぜ?」
年長者の子のアドバイスに従って、軽く深呼吸し力を抜いてからメンコを叩きつけ……今度は裏返すことに成功した。
「おっ、今回は自分の勝ちかな」
「あー、負けちゃったか。さっきの好機を掴めなかった私が悪いのかなー」
勝っても負けても和気あいあいという感じで、とげとげしい空気は一切ない。最初は子供達の相手をするのが結構不安だったんだが、こうして遊べばそんな気持ちはとっくに消えていた。向こうからしても、こっちが適当にじゃなくて本気で遊んでいるって分かったから、やり方を教えてくれたんだろうな。
「じゃ、にーちゃん。そろそろ俺とも一回やってみようぜ?」
「おっと、先生からの申し出とあっちゃあ断れないな。よろしくお願いします」
と、メンコを教えてくれた年長者の子とも勝負をしてみたが、まあ見事にぼろ負け。十回やって、こっちは二回しか裏返せなかったんだが、向こうは八回裏返してきた。うん、経験の差だなこれは。
「くー、強いな。参りました」
「にーちゃんは今日初めてメンコに触ったんだろ? それでこれだけやれればかなり強いぜ。落ちこむなよー」
年長者の子の言葉に、周囲の子からも「私達も勝てないからねー」「そうそう、メンコはこいつが番長だからな」「にーちゃんはうまくなってるよー」なんて言葉が飛んでくる。
こういうの、良いな。学生時代は勉強ばっかりで、友達付き合いなんてほとんどしなかった自分だが……今頃、こういう良さを知るとはな。
ああ、勉強は大切だ。だけど、そればっかり気にかけて、取り落としてきた大事なものがあったんだろう。それに、今気が付けただけでもいいってことにしておこう。人生は死ぬまで何かを学び続けるものなのだ……だから、いつどういうことを学んだとしても、それを理解して受け入れる心があるのならば、遅いということは何もない。
この日は結局、日が落ちる少し前までひたすら子供達とメンコで勝負することになった。だがとても楽しかったので良い日だったと断言できる。次来た時はベーゴマを教えてくれるんだそうだ。
ベーゴマもリアルでは一回もやったことがないから、楽しみだな。
つまり、薬草・極みたいな感じなのか。だが、アイテムとして鑑定してみるとただの薬草としか表示されない。説明文も変わらな――いや、スクロールバーがあるな。動かしてみると……その先には「変質しているため、効果が跳ね上がっている」とあった。しかし――
「このような薬草があるのなら、なぜ空の世界に向かう前にいただけなかったのでしょうか? これらの薬があれば、もしかしたらより多くの命を救えたかもしれません」
この疑問は当然出てくる。こんないいものがあるのなら、決戦の前に最高のポーションを作って持っていけたのに。が、この質問を自分がすることは想定内だったようで、すぐさま先生の口から理由が語られる。
「うむ、その質問はもっともだ。儂とてできるなら持たせたかったわ。しかし、時が悪かった。この薬草はな、取るまでに七年と七か月の時を要する。そしてもし一日でも早く取ってしまうと、ただの草に変じてしまうという困った特性を持つのだ。故に渡したくとも渡せんかったのじゃよ」
あっちゃあ、そういう条件が付いているのか。それじゃあどうしようもないか……時に喧嘩を売ったってどうしようもない。
「それとの、その箱の中に入っている薬草は少ないと思ったじゃろう? しかし、それが七年七か月経ってようやく取れる量の全てなのじゃよ……全ての兵士に行き渡るだけのポーションなどとても作れん。故にこの薬草の存在は、当主様やそのご家族、そしてわしのような薬師しかその存在を知らぬ。龍人以外に見せたのも初めてのことじゃ」
やめて、そういうのやめて。そういうものを渡されて心情的に重くなるぐらいだったら初めから褒賞なんていらないよ! こんなことだったら、ちょっとしたお金をもらって終わりにしておけばよかった! なんて心の中で叫んでも後の祭り。ああ、やっちゃったよ……
「お待ちください、そのような希少な薬草であるのならば私がいただくわけにはまいりません。もし何らかの病が流行った時に、あの時の薬草を異邦人に渡さなければこの病を治せる薬を作れるのに、なんてことになったらどうするのですか!」
即興で作った断りの文句としてはまあまあだろう。それに、そんなことが起きないなんて誰にも言えないのだ。未来なんて、どうなるのか一切分からないのだから。この自分の言葉に龍稀様も同意してくれる。
「うむ、アースの言う通りだ。そんなことがいついかなる時に起きないとも限らぬ。そういう一大事が来た時のためにこの【七年七か月草】は城にて厳重に保管することになっておるのだぞ。ましてや、前の【七年七か月草】は全て使い切っておる、ここで補充ができぬとマズいことになるぞ?」
うんうん、流石は龍稀様。自分と同じことを危惧してくれた。が、奥方様は動じない。
「無論そうでしょう。ですからアース様に褒賞として渡すのはその中の数枚です。ですが、その数枚は下手な金子よりもはるかに重いことはここまでの話で分かっていただけたと思います。そして生み出した薬は、貴方がこの先助けたいと思った方のためにのみ使ってください。それが私からの褒賞です」
――箱の中身をもう一度確認すると、確かに薬草は数十枚はあるな。なら、数枚だけならもらってもぎりぎり大丈夫、か? それに、龍稀様や奥方様の沽券の問題ってのも確かにある。ここでも頑なに要らないと固辞するとかえってよろしくない、かもしれない。
「――分かりました。では、数枚いただきます。もちろんこの薬草については他言無用ということですよね?」
返ってきたのは、肯定の意を示すように無言で頷く奥方達の姿。なので、自分もゆっくりと頷いた。ま、一定の信頼がなきゃそもそも見せてくれないだろうし……言いふらすような真似はしないだろうということも踏まえているだろう。その信頼を裏切るような真似は当然しない。信頼ほど、厚くなるほどに脆くなるものを自分は知らない。
先生に小さい袋の中に薬草を七枚入れてもらい、アイテムボックスの中にしまった。袋にはS級薬草と中身を思い出せるように短いメモを張り付けておいた。普通の薬草とごっちゃにしたら大変だ。これを使わなきゃならない時が来ないことを祈りたいところだなぁ。一種のお守りのような存在で終わってくれればいいんだけど。
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茶室での話も終わり、自分は龍城を後にした。泊まっていけと龍稀様は言っていたが、今回はお断りさせていただいた。代わりに今夜の宿としたのは……
「まあまあまあ、ようこそいらっしゃいました。ささ、どうぞどうぞ。ごゆるりとお過ごしください」
女将さん自ら出迎えてくれる。
六が武の一番でっかい宿屋だ。ここに来るのは本当に久々だな……そんな自分であっても、この宿屋の女将さんをはじめとした皆さんは自分のことを忘れないでくれたらしい。顔パス状態で案内され、あれよあれよといい部屋に通されてしまった。
(こうして六が武の桜を眺めるのも久しぶりだな。何度か来てはいたがそんな心の余裕は全くなかったもんな……)
頭から降ろしたアクアを撫でながら目を閉じれば、有翼人の存在とその企みを知り、いろんな場所を駆けずり回ってようやく阻止が叶った今までの出来事が瞼の裏に浮かんでは消える。
再び目を開けると窓の外に風が吹いて、多くの桜の花びらを空に浮かべていく。文字通りの桜吹雪が目に入る。
(――負ければ、こんな光景も全てなくなっていたんだろうな。本当に、勝てて良かった)
風と桜の桜吹雪ショーを堪能した後、装備を外して浴衣姿となり、腰を下ろしてほっと一息。そのタイミングを見計らったように宿屋の女将さんがやって来た。
「ようこそいらっしゃいましたアース様、ごゆるりとお過ごしください。それと、先に申し上げておくことがございます。今回の宿泊は無料とさせていただきます……お代は、龍稀様がお出しになられるとのことです」
ありゃ、そんな話になっちゃったのか。うーん、でもまあいいか。ここに長居してだらだらと過ごすっていうなら問題だが、いても数日だ。それならまあそんなに負担とはならないだろうし、ここの代金を持つのも褒美の一つと考えたと思われる龍稀様の面子も保たれるか。
「分かりました、ご厚意に甘えさせていただきますと、龍稀様にお伝えいただけますか?」
「承りました」
こんな感じで、感謝の意を示しつつ厚意に甘えさせてもらうという形を取れば間違いないだろう。
面子を潰された時に感じる人の暗い感情ってものは馬鹿にできないからな。ましてや龍稀様は龍の国の王だ。王の面子を潰していいことなんて何もない。争いの種になるだけだ。
言うまでもないことだが、自分は誰かと争うつもりは欠片もない。むしろやっと終わったんだから当分はのんびりとしたい。戦いも必要最小限でいい。世界を回って、綺麗なものを見て、いろんな飯をアクアと共に食べて、そしてまた歩く。明確な目的も当分はいらない。もちろん明鏡止水の世界にはちょくちょく入って訓練はするけどな。
「お風呂の準備はできております、お入りになられますか?」
「そうですね、入らせていただきます」
女将さんにすすめられて、風呂場に向かう。体を洗った後に浴槽の中に身をゆだねる。でかい風呂に独りだけの貸切状態だ。自然とあぁぁぁ……という声が自分の口から漏れ出す。アクアは桶の中にお湯を張った専用風呂の中でこちらも脱力中である。
「あー、癒される……」
「ぴゅいぃぃ~……」
「ワンモア」の風呂は何度も堪能してきたが、飽きるっていうことがない。まあ、リアルの風呂は小さくてのびのびと入れないからより快適に感じるのかもしれないが。風呂と言えば、以前カザミネやレイジが家の風呂は小さいとか改築は不可能で広い風呂など望めないとか話をしていたっけな。
だが、この宿の風呂なら思いっきり伸びをしても、手や足が縁に当たるということは絶対にない。
悠々と入れて泳ぐことすらできそうだ。無論やらないが。とにかくそれだけの広さがあれば、非常に開放感がある。そんな開放感は、リアルではなかなか感じることが難しい快感を与えてくれる。
湯に疲れが溶ける、とはこういうことなのかもな。この感覚こそが、でかい風呂に入る価値の一つなのは間違いないだろう。狭い風呂じゃ、こんな気持ちにはなれない。事実、リアルで風呂に入ってもここまでの開放感を覚えたことは一度もない。
楽しいお風呂タイムを過ごし、部屋に戻るとすぐに食事の用意がされた。刺身にお肉、ご飯に漬物にお味噌汁と豪勢な内容だ。ならば美味しくいただくのみ……「いただきます」の後に一つ一つをじっくりと味わって食べる。うん、刺身は新鮮で肉はさっぱりとしながらも旨味がたっぷり詰まっている。どういう料理法なんだろうか?
ご飯はつやつやと輝いていて噛むごとにお米特有の甘みが口に広がる。お味噌汁の具は豆腐とわかめだけだったが、その両方共に質が高い。この豆腐、専門店の中でも一番いいやつの味に近いな。わかめも美味い。リアルでこのお味噌汁を作るとなると、結構なお金がかかるんじゃなかろうか? 気軽に飲めそうにないな。
食事にも満足し、お膳が下げられた後に腹をさすりながら再び外の景色を眺める。今日も六が武は活気に満ち溢れている。商売人の声が良く響き、子供達が元気よく走り回り、大勢の旅人やプレイヤーが行き交っている。
「アクア、数日はここで休もうか。そして英気を養ったら地底世界に行くよ」
「ぴゅい!」
新しいスネーク・ソードの入手を急ぐ理由もないし、せっかく龍稀様の厚意で宿代を無料にしてもらっているんだ。今は存分に甘えさせてもらってもいいだろう。宿屋の中でも明鏡止水の世界に入る訓練はできるから問題もない。っと、ここでウィスパーチャットが。ツヴァイから? とりあえず出てみるか。
【ツヴァイ、どうした?】
【ああ、アース。カザミネ、ロナ、カナを知らないか? ログインをしていることは分かっているんだが、それ以外何も分からん。ウィスパーも弾かれちまうし……】
ふむ、そういえばあの三人は三が武にある雨龍師匠の祠で修業中だったな。あの空間、そういう外部の接触も弾くのか。そういや師匠達と修業していた時にウィスパーが飛んできたことって一回もなかった。偶然じゃなくて、あの空間内には届かないと考えた方が良いだろうな。
【ああ、その三人なら修業の真っ最中だな。ただ特殊な場所でやってるから、それでウィスパーが届かないんだと思うぞ? 何か緊急事態でも起きたのか?】
自分の言葉を聞いたツヴァイからは、安心するような吐息が聞こえた。その後に……
【そうか、そういうことならいいんだ。しばらくログインはしてるが、どこにいるんだか連絡がつかない状態が続いて心配する声が上がっていたからな。ちなみにどこにいるんだ?】
――細かい場所までは教えられないだろうな。龍の国にいることだけ伝えるか。
【龍の国だな。そこで師匠と特殊な場所で修業しているはずだ。詳しい場所は言えないぞ、師匠に怒られるだけじゃ済まないだろうから】
修業の邪魔をしたら、雨龍師匠は怒るどころか肉体言語での話し合いが始まる可能性が高い。多分九割以上で。そんな馬鹿な真似をしたくはないよ。
【なに、問題なくやってるって情報が得られれば良かったんだ。アカウントハッキングされたんじゃないかって話も上がってきてたからな。修業しているってだけなら、俺もそれを邪魔するつもりはないさ。ありがとなアース、また後でな】
そうして、ウィスパーは切れた。さて、今日はそろそろログアウトしよう。明日から数日は六が武でのんびりタイムだ……
◆ ◆ ◆
ログインして、いつもの装備ではなく宿が用意してくれた甚平を身に着ける。甚平を着たのは本当に久々だが……うん、悪くないな。用意された食事を食べ終えた後に、街に繰り出す。今日は六が武の中をのんびりぐるっと回る予定だ。今日はアクアも自由行動、好きにしていいと告げたら小さい状態のまま外に出ていった。
街に出ると商売人が発する威勢のいい声が耳に届く。桜は咲き誇り、あちこちから笑い声などが聞こえてくる。そんな光景を楽しみながら道を歩いていると、大きな公園らしき場所に出た。自分から見て左半分のスペースでは木刀を持ち訓練服と思しきものを纏った龍人達が、師範らしき龍人の動きを真似ながら一心不乱に木刀を振っていた。
で、右半分では子供達が鬼ごっこをしたり、だるまさんが転んだをしていたり……おお、メンコにベーゴマをやってる子達もいるんだ。メンコやベーゴマ遊びなんて自分の子供の時にはすでになくって、いろんな動画サイトとかで見ただけだったよ。でもこっちでは現役の遊びなんだな。
そんなことを思いながら、公園らしき場所の中に入ってぼーっと眺めていたのがいけなかったのか、木刀を振っていた師範らしき人が自分に近寄ってきた。
「そこのお方、我らに何か用かな? こちらを眺めているみたいだが」
どうやら、気に障ってしまったようだ。揉め事を起こすつもりは欠片もないから、ここは素直に謝っておこう。
「これは、申し訳ありません。皆様の一糸乱れぬ訓練風景につい見入ってしまっておりました。お気に触られたと仰られるのでしたら、心から謝罪いたします」
自分の言葉を聞いて、こちらに争いを起こすつもりはないと理解してくれたようだ。目の前にやって来た師範らしき龍人から感じる威圧感が緩んだ。ただ、まだ警戒はしているようだ。
「そうか、ならばよい。実は先日、こちらに喧嘩を売ってきた者達がいてな。そのような者達と同じ考えなのかと少々身構えてしまった。その気がないというのであればよい……貴殿と戦うとなれば、少々の怪我では済みそうにないからな。我が身命を賭す必要があるだろう」
――こっちの実力をどこまでかは分からないが見抜いているな、この人。今の自分は甚平姿で武器も手にしておらず、一般人とそう変わらない見た目のはずだが。
「いえいえ、そんなことはありませんよ。確かに世界を少しだけ見て回りましたが、そこまでの力は持っておりませぬ」
こんな風に下手に出てみたんだが……警戒を解いちゃくれない。むしろますますこっちを警戒し始めた気がする。
「そんなことはあるまい……貴殿がその気になれば、我と門下生が団結して戦いを仕掛けても薙ぎ払われるだろう」
まあ、愛弓の【八岐の月】を使えば十分可能だけどさ……もちろんやらないよ。他者と積極的に争ったり、無用な傷を負わせたりするためにつけた力じゃないんだから。と、話をしていると門下生と思われる人達までこっちに来てしまった。
「師範代、いかがされましたか?」
「そこの人族が喧嘩を売りに来たのでしょうか?」
「師範代に何か無礼を働いていないだろうな?」
うん、半数が自分に敵意を向けてきた。でも、こっちには争う気はないからね。先ほどの師範代の人に言ったことと大差ないが、「争うつもりもないし喧嘩をするつもりもない。一糸乱れぬ訓練風景に見とれただけだ」と説明しておいた。
「なんだ、そうであったか」
「先日の人族とは違うようだ、失礼した」
「争う気がない人を囲むような真似をしてしまった、申し訳ない」
――門下生の方々はそう口々に謝罪して警戒を解いてくれた。師範代だけはいまだに警戒しているのだけど……まあ、いいか。気に入られたいわけでもないし、争い事にならないのであればそれで構わない。
「――その、こんなことをしておいて申し訳ない。もし時間があるのであれば、少々聞いてほしいことがあるのだがよいだろうか?」
と、ここで門下生の一人が自分に対して声をかけてきた。なんだろ? 敵意とかは感じないから話だけは聞こう。
「向こうで子供達が遊んでいるだろう? あの子達は我々の息子や娘達なんだが……少しでいい、相手をしてやってもらえないだろうか? もちろん無理に、とは言わないが……」
ああ、だから子供達がここで遊んでいたのか。目につく場所にいてくれるのであれば安心だからね。それにここは公園のような広さがあるから、子供達も遠慮なく走ったり飛んだりできるといった都合のよさもあるんだろうな。
「別に構いませんよ、今日はのんびり過ごすだけの日だったので。ただ、最初の顔合わせだけはお願いします。自分が一人で向こうに行けば、知らない大人が近寄ってきたと子供達が警戒するでしょうから」
そんなわけで、子供達の相手をすることに。ま、こういうのもたまにはいい。門下生の一人が顔つなぎをしてくれたので、子供達の警戒も早めに解けた。そして手加減しながら鬼ごっこなんかでほどよい感じで遊んであげたのだが……一方で全然勝てないものがあった。
「はい、ひっくり返ったから私のかちー!」
「むー、またやられたな」
「にーちゃんはまだ投げ方が分かってねえんだよ。教えてやるからよく見とけ!」
その一つがメンコだ。自分はひっくり返せないのに、相手の子供達はパタパタひっくり返してくる。なので、子供達の中でも年長者の子からコツを教えてもらって練習する。そして十数分後、初めて相手のメンコをひっくり返すことができた。
「お、できた」
「にーちゃん、今の投げ方は良かったぜ! それを安定してできるようになれば、にーちゃんもメンコで強くなれるよ!」
教えてくれた子に「ああ、今のでちょっと感覚が掴めたかもしれないから練習するよ」と伝え、何度もメンコの投げ方を練習する。さらに数分後、そこそこ成功させられるようになったので、改めて勝負をすることになった。
「先ににーちゃんが投げていいよー」
「いいの? じゃ、遠慮なく……」
自分の投げたメンコは、相手のメンコを少し浮かび上がらせるにとどまった。次は相手の攻撃だが、これも自分のメンコをひっくり返すまでには至らず。そして次の自分の攻撃にて……
「ありゃりゃ、一回転して戻っちゃったぞ? こういう場合はどうなるんだ?」
「裏返さなきゃ勝ちにならないから、だめー。勢いがつきすぎちゃったねー」
という感じで、相手のメンコが一回転して表になってしまったのだ。むー、結構難しいな。
そして次の攻撃で自分のメンコは裏返されて負けてしまった。
「でもにーちゃん、一気に上手くなったね。さっきの攻撃はびっくりしたよ」
「うん、勝負してて楽しいよ! もういっかいやろ?」
「ああ、もちろんだ。今度は勝つぞ」
「にーちゃん頑張れよ、次は勝てるって!」
応援を受けながら、入れ代わり立ち代わりいろんな子供達とメンコ勝負に興じる。勝ったり負けたりしたが、総合的な勝率からすると、多分自分は四割五分のやや負け越しってところだろうか。
でも、それぐらいの勝率で良いのかもしれない。子供達も楽しんでくれているようだし、自分も楽しい。
「あ、またやっちまった!」
「にーちゃん力んでるねー。一回転させちゃうくせがついてるよ」
ただ、相手のメンコを一回転させてしまうことが結構多いのが悔しい。ほどよい力加減が結構難しくて、加減に失敗するとメンコが一回転してしまうのだ。かといって力を入れなすぎては今度はメンコが浮き上がらない。難易度はかなりガチなのだ。
「あーん、ひっくり返せなかったよー!」
「にーちゃん、投げ方は良いぜ。だからあとちょっとだけ力を抜いてみな。それでいけるぜ?」
年長者の子のアドバイスに従って、軽く深呼吸し力を抜いてからメンコを叩きつけ……今度は裏返すことに成功した。
「おっ、今回は自分の勝ちかな」
「あー、負けちゃったか。さっきの好機を掴めなかった私が悪いのかなー」
勝っても負けても和気あいあいという感じで、とげとげしい空気は一切ない。最初は子供達の相手をするのが結構不安だったんだが、こうして遊べばそんな気持ちはとっくに消えていた。向こうからしても、こっちが適当にじゃなくて本気で遊んでいるって分かったから、やり方を教えてくれたんだろうな。
「じゃ、にーちゃん。そろそろ俺とも一回やってみようぜ?」
「おっと、先生からの申し出とあっちゃあ断れないな。よろしくお願いします」
と、メンコを教えてくれた年長者の子とも勝負をしてみたが、まあ見事にぼろ負け。十回やって、こっちは二回しか裏返せなかったんだが、向こうは八回裏返してきた。うん、経験の差だなこれは。
「くー、強いな。参りました」
「にーちゃんは今日初めてメンコに触ったんだろ? それでこれだけやれればかなり強いぜ。落ちこむなよー」
年長者の子の言葉に、周囲の子からも「私達も勝てないからねー」「そうそう、メンコはこいつが番長だからな」「にーちゃんはうまくなってるよー」なんて言葉が飛んでくる。
こういうの、良いな。学生時代は勉強ばっかりで、友達付き合いなんてほとんどしなかった自分だが……今頃、こういう良さを知るとはな。
ああ、勉強は大切だ。だけど、そればっかり気にかけて、取り落としてきた大事なものがあったんだろう。それに、今気が付けただけでもいいってことにしておこう。人生は死ぬまで何かを学び続けるものなのだ……だから、いつどういうことを学んだとしても、それを理解して受け入れる心があるのならば、遅いということは何もない。
この日は結局、日が落ちる少し前までひたすら子供達とメンコで勝負することになった。だがとても楽しかったので良い日だったと断言できる。次来た時はベーゴマを教えてくれるんだそうだ。
ベーゴマもリアルでは一回もやったことがないから、楽しみだな。
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