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chapter5

夏休み早々、波乱な日々⁉

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 やばい、なにがやばいってまじでやばい。二人に格好付けていた癖に、あと一点取られたら俺の敗北となる。


 俺は今、件の大学生と五ポイント先取の一対一をしていた。相手の大学生は緩急を上手く使い、俺はいまいちタイミングを掴めずに翻弄されていた。


 そして、今まさに絶体絶命のピンチである。多分、このオフェンスをミスすれば俺の敗北が濃厚となる。くそっ。なんでこの人こんなに上手いんだよ。上手い系の人だとは思っていたがまさか、ここまでのレベルだとは思いもしなかった。


 俺が頭の中で勝利へのシナリオを描けていないのを見兼ねたのか、白浜が声を上げる。


「東条君。ちょっと来なさい」


 手を招き猫のようにして俺を招いている。何それ超可愛い。ギャップ萌えだよ。ドッキュンだよ。などと少し肩の力が抜けた気がした。


「あなた、何を悩んでいるの? 私はてっきりもう、相手の手の内を見抜いたと思っていたのに。じゃなきゃあんなに無様にやられないわよね?」
「いや、いまいち決め手に欠けてる。まだ完全に勝てるイメージが湧いていない。不安要素が残っているのにそれで外したら多分俺は負ける」
「本当に男らしくないわね。そのままあのナル虫共に私たちが連れ去られてもいいの?」


 ナル虫って……。ナルシストとゴミ虫の略ですかね? そもそもこの勝負あなたのせいでこうなっているんですよ?


「そうは言われても、あの人結構上手いんだもん」
「はぁ……。仕方ないわね」


 ため息交じりにそう口にすると俺に一歩近づいた白浜、そして。『チュッ』っと音がするのと同時に俺の頬に柔らかい感触がある。


 さっきまで興味なさそうに携帯をいじっていた桃坂も「なっ」などと驚愕の声を上げていた。君はもう少し応援してよ~。


「な、な、なにしてるんですか⁉」
「いえ、その、こうすると男の子は元気が出ると聞いたことがあったから……」


 そう話している白浜の顔はめちゃくちゃ真っ赤になっていた。まずい。バスケ勝負所の話ではない。俺の顔も自分でわかるほど火照りまくっている。


 ……これが噂に聞くクーデレってやつですか。うん。すごくいい。いい。


「あの、白浜さんや、この勝負に勝ったら、その、ご褒美とかはあったりしますか?」


 欲望剝き出しの俺はもう一度あの感触を味わいたく、白浜に要求できないか交渉を持ちかけたのだが、突如として桃坂が言葉を発した。


「先輩。私からとーっても素敵な罰があるので、そこの隠れビッチさんのご褒美は期待しないで下さい」


 あー、これ絶対般若モードだよ……。しかも隠れビッチって、違うよ桃坂。あれはクーデレだよ。


「え、なにそれ。全然嬉しくないんだけど。でもやる気は出たぜ! ありがとな。白浜」
「私には?」
「お、おぅ。ありがと? な?」


何故罰を受けさせられることに感謝を述べねばならないのか、理解はできないけどこっちを物凄く睨んでいる目線が怖くてつい従ってしまった。このままでは俺はマゾヒスト扱いされてしまう。


「すみません。お待たせしました」
「何、人待たせてイチャイチャしてんの? お前あと一点取られたら負けだからな? 勝負は勝負だから、負けた後に文句言うなよ?」
「はい。わかってますよ。でも、俺は負けませんよ」


 その言葉通り、俺は一度のオフェンスで相手に止められることなく完璧に勝利したのである。


 先程まであった決め手に欠けているピースがピタリとハマり、そこからは相手の動きが俺の推測通りに動き、負ける要素は最早皆無だった。


「んな⁉ さっきまでと別人じゃん」
「勝負ありね。当たり前じゃない。彼はね、自分と同等程度のスペックの相手なら一対一において負けることはまず無いわね」


 それを見越して出した賭けなのかもしれないが、かなりギリギリだった。


「はぁ~、危なかった……。ほんとに」
「あなたなら勝てると信じてたから。それに、あなたにはバスケしか取り柄が無いのだから、その取り柄まで失ったら只のポンコツ以下よ」


 最初こそ称賛してくれていたが、やっぱり期待を裏切らないよ。お前は。


「私は最初から先輩が勝つと思っていましたけどね。先輩に勝つには情報収集される前につまりは、三ポイント先取とかにしないと勝てませんよ」


 桃坂は俺が勝利したにも関わらずめちゃくちゃ不機嫌だった。でもこいつもほんと俺のことを理解している。先程の勝負、三ポイント先取なら確実に負けていただろう。咄嗟に桃坂が五ポイント先取に変更をかけてくれたから何とかなったようなものだ。


「桃坂、ありがとう。お前は最初からそれを見越してくれていたんだよな」
「そうですよ! だから、先輩にあんな事しなくても先輩は勝ってたのに。このビッチめ!」


 頬をぷくっと膨らませながら白浜にあっかんベーと舌を出し、俺の後ろでシャーとか言って威嚇していた。……俺を盾にするのやめて? あいつの攻撃とか耐えられる気がしない。


「あら、妬かせてしまったかしら? ごめんなさいね。でもあなたにとやかく言われる筋合いは無いわね。それに、この男にはこれが一番効果的なのよ? あなたもやってみたら? えっと……、桃尻さんだったかしら?」
「誰が尻ですか! 桃坂です! 効果あるって、先輩ほんとですか?」
「効果がなくもないというか、あったというか、うむ。その一説は実に興味深い。」


いや実際、めちゃくちゃ効果ありましたよ? なんならあの感覚が忘れられないまである。仕方ないじゃん。初めてされたんだもん。


「ふーん? あ、そういえば先輩の罰ゲームまだでしたね」
「は? あ……。忘れてた。……優しくしてね?」
「では、私の前で跪いて下さい」
「はい……。こうでよろしいですか?」


 桃坂の前で膝をつかされて顔を下に向ける、それはまるで、主に忠誠を誓う騎士のような所作だが、俺はというとご主人様に隷属された奴隷のような気分だった。


 これは一体何の罰ゲームなのか盲目し、しばしの間思案していた。すると、そっと誰かの手が俺の額に触れ、前髪を上にずらしていく。


 その触れた先からハンドクリームの香りなのだろうか、柑橘系の香りがふわっと漂い、そして、『チュッ』と今度は俺の額にまたしても経験のした事の無い柔らかい感触が残る。


「へへ。私も負けてられないですから。先輩は覚悟していてくださいね」


 俺の額にキスをした桃坂が茹でタコにも負けないくらいに真っ赤になっていた。


 俺はその場に膝をついたままフリーズしていた。え? なに? なんで俺こいつからもキスされてるの? やっぱりモテ期なの⁉


「ちっ。手癖の悪そうな子だとは思っていたけれど、やはり泥棒猫。いえ、泥棒尻ね」


 白浜は桃坂の行動によりさっきとは別人のような顔つきになり、またしても辺りの気温が下がった気がした。……白浜さんや。泥棒尻は無理がありすぎじゃあありませんかね?


 こうして、突如として始まったバスケ勝負は俺の勝利で幕を下ろした。


「さて、それじゃあ帰るとしますかね」
「そうですね。あ、もちろん送ってくれますよね?」
「私も迎えの者が来てるから。それじゃあ東条君、また明日ね」


 迎えの者って。あいつまさかとんでもないお嬢様だったりして? 仮にそうであっても正直驚きはしないと思う。彼女の佇まい、所作のどれをとっても気品のあるものだったから、毒舌は抜いてね! 白浜の謎がまた一つ増えた気がした。


 白浜と別れ桃坂を最寄り駅に送る道中、俺は桃坂に説教をされていました。


「先輩、白浜さんとどんな関係なんですか。あれ、先輩のこと絶対好きですよね? いつどこで何をどうして知り合ったのか詳しく教えてください」
「それは、また今度な? 今日はもう色々疲れた」


 実際、今日は本当に疲れた。俺のプレースタイルはかなりのエネルギーを使う。なぜなら、体を動かす体力に加え、相手の動きを予測するために常時頭をフル回転で使っているからだ。


「そうですね。確かに今日の先輩はお疲れの様子ですね。体力落ちたんじゃないんですか? だめですよ? 夏休みに入ったら、ずっと寝てそうで心配です」
「それは大丈夫だ。夏休みの間にクラブチームに入るつもりだからな」
「クラブチームですか。いいなぁー。クラブチームなら先輩と一緒にプレーできるのに」
「そう言ってくれるのは素直にありがたいけど、俺はそういうつもりでクラブチームに入るわけじゃないから」
「そうですか。それなら安心です。あ! そうだ先輩忘れてませんか? 私の連絡を無視した件」
「あはは、……覚えてたのね。いいですよ。俺のできる範囲でなら罰を受けますよ」
「ふふふ。そう言ってくれると思ってました。ではでは、それは夏休みに入ったらにしますね」


 俺たちはそんな、なんてことのない会話をして駅にたどり着いた。まさかその罰があんな大変なことになるなんて俺は思いもしていなかった。
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