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夏休み早々、波乱な日々⁉(2)

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 夏休み。それは健全たる男子高校生にとってそれは全ての欲望を満たすスペシャルな長期休暇である。


 更にいえば高校生活において、高校二年の夏休み程特別な事があるだろうか。


 なぜなら、来年には受験が控えており、受験勉強やら、講習やらで、夏休みは常に缶詰め状態になって満喫なんてできやしない。更に付け加えると、俺には部活動といった縛りが無くなったのだ。この全てが揃った状況下において、俺は必ず夏休みを満喫しなければならない。


 えぇ、そう思っていた時期も確かにありましたよ。ほんと昨日の夜までは……。


 朝、いつもより少しだけ早めに起床し、アブラゼミのコーラスや小鳥のさえずりに気持ちよく朝を迎え、今日から俺の夏が始まるのかと胸を躍らせリビングに降り、まずは乾いた喉を潤わせに冷蔵庫を目指す。すると母に出くわしてこんなことを言われた。


「空、部屋片付けておくのよ。母さん、もう少しで出かけるから変なことしちゃだめよ? あと、今日は赤飯にしておくから」


 ……は? 何言ってんだ。赤飯? なんかめでたいことでもあっただろうか。母もこの夏の暑さに頭をやられてしまったらしい。この時の俺は、母の言葉の意味を全く理解していなかった。


 リビングの扉を開き冷蔵庫にたどり着いて、キンキンに冷えてやがるビール、いや、麦茶を飲みながら正面のソファーを見やると、驚愕のあまりほとんどの麦茶が零れ落ちた。


 その原因は何故か夏休み初日の早朝。本来居る筈のない人物が目の前のソファーに座っていた。そいつは白のオーバーサイズのTシャツに黒のスキニーパンツを合わせたモノトーンコーデをしており、仕上げに日光対策にもなる茶色の帽子を被っている白浜海だった。


「おはよう。夏休みだからって少し怠けすぎじゃない? 怠けすぎて生ゴミのような顔をしているわよ。それともマーライオンの真似をしているのかしら? だったらマーライオンに失礼ね。謝りなさい」


 ねぇ。君は何で人の家に上がり込んでおいてそんなことしか言えないの? そんなに俺のことを罵って楽しい?


「上手いことを言ってるようだけど、単に俺を馬鹿にしてるんだよね? そして、君は夏休み早々どうして俺の家に居るのかな?」
「お母様に先程偶然お会いしたの。そしたら親切にもお家に上げてくれたのよ」
「ちなみに俺の母親とどこで偶然出くわしたんだ?」
「もちろん、あなたの家の前よ」
「それは偶然とは呼ばない! 只のストーカーだ!」


 なんでこいつ俺のこと普通にストーカーしてるんですかね? ちょっとは隠す素振り見せなさいよ。それに、お母様何してくれてるの! さっきから訳の分からないことを言っていると思ったらこういう事かよ! まずいよ。ダメだよ。よりによって一番家に上げたくない奴だよこいつは。


「もう。恥ずかしがっちゃって。全く可愛いんだから」
「俺の母親になんて言って声をかけたんだ。正直に答えろ」
「え? 声をかけてきたのはお母様の方からよ」
「は? なんて言われたんだ?」
「『あなた、そこで何をしてるの?』と声をかけていただいたから、東条君をストーキングしていますと伝えたら、そんなストーキングしてないで直接会って行きなさいよと快くお家に案内してもらったの」


 うん。案内してもらったの。じゃねーよ! お願い! 隠して! 少しは誤魔化す努力をして! 俺の母も案内しちゃダメだろ。あぁ最悪だ。こいつに俺のプライベートが全部曝け出される。


「ここではあれだから、東条君の部屋に行きましょうか。……変なことしちゃだめよ」
「しないわ! 嫌だ。断る。帰ってくれ」


 俺は全力で拒否しているオーラを出し、白浜を家から追い出そうとする。


「お手洗いはどこかしら」
「ちょっと待て。そこ、なに自然な感じで俺の部屋を探そうとしてるんだ」
「あら、ゴミライオンにしては勘が働くわね。まぁいいわ。部屋の位置は把握済みよ」


 今度は生ゴミとマーライオンの融合ですか。マーライオンに謝るのはお前だよ。
 しかも、俺の部屋知ってるってほんと何者なのこいつ。


「お前、それもう犯罪の域だよ? それより、ほんとは何しに来たの?」


 俺は焦りと戸惑いを落ち着かせるべく、もう一杯麦茶を飲みながら白浜が俺の家に来た真意を探るべく問いを投げかける。


「そんなの、決まっているでしょ? あなたに会いに来たの。だって、あなたと夏休みに遊んでくれる人がいると思っているの?」


 ゴトン。俺は衝撃のあまりコップを床に落としてしまった。幸いコップの材質がガラスではなくプラスチックだった。ってそうじゃない! 俺は大事なことを忘れていた。


 俺は高校二年になってもう一度学校内に友達が居なくなった。クラスのヒエラルキートップの安田にも、桃坂の件があってから元々仲が良いとは呼べない関係であったが、あの件以降、俺と安田の仲はかなり険悪なものになっていた。


「……忘れてた。でも、もしかしたら誰か誘ってくれるかも」


 俺は現実逃避にも変わらぬ精一杯の抵抗を見せていたのだが、白浜はまるで幼子を見るかのような優しい表情で俺にこう告げた。


「現実を受け入れなさい。でも、安心して。私があなたと夏を過ごしてあげるから」


 やっぱりこいつ、俺のこと好きだよね? 罵詈雑言を飛ばしてくるけど、急に可愛いこと言ってくるし、今も優しくしてくれるし、この前なんてキスしてきたし。こんなことしてくれた人今まで一度もいない! いや、桃坂もしてくれたな。これは、もしかしてトラウマを克服できるんじゃないか? よし。まずは万が一の事も考えて。
(好きでもない奴と一緒に居てくれる奴を俺は知らないからさ、もしかしてって思っただけだよ? だよね! あり得ないよね! よかったー。本気だったら俺も超困ってたわ……)よし、言い訳構築完了。これなら前の失態と同じ目に合うはずがない。ちなみに俺にその気は無いと思わせるのがポイントだ。


 俺は自分の過去を乗り越える決意と言い訳を用意し、白浜に問いかけた。


「お、お前って俺のこと好きなの?」


 うわ。やばい。言っちゃったー。なんて自意識過剰なの。馬鹿じゃねーの! 俺ほんと馬鹿じゃねーの。あぁ……。穴があったら入りたい……。


 言った矢先に恐ろしい後悔に苛まれ。心中で自責の念に駆られていた。


 俺が顔を真っ赤にしていると、白浜は俺をガン見していた。ちょっとその目怖いんですけど。なに? 俺、殺られるの?


 だが、白浜は俺の想像とは異なり、少しバツの悪そうな顔で思案している様子だったが次第に答えがまとまったのか、俺のことをやや上目遣いに見て口を開く。


「えぇ。確かにあなたのことが好きだったわ」


 ん? だった? なんで過去形? いや、この手の話は必要以上に追及すると返って自分のダメージがでかくなる危険が出てくる。よって俺のすべき行動は何もしないことだ。


「お、おぅ。そうか。あー……。後、俺実は今日はちょっと予定があるんだ」
「知ってるわ。桃尻さんに何か頼まれてるんでしょ?」


 ねぇ。君は何でも知ってるの? え? 何でもは知らない? 知ってることだけ?


「俺の予定がなぜお前に筒抜けになっているのかは気付かなかったことにする。まぁそうだよ、急に呼び出されてな」
「あなたも大変ね。私と彼女をたらいまわしにするからこうなるのよ、この浮気物」


 おっかしいなぁー。なんでこの子が言うと浮気者が浮気物に聞こえてくるんだろ。もしかして、俺って人間じゃないの⁉ さっきから生ゴミだのマーライオンだの言ってくるし、このままだと俺のメンタルはこの女によって壊滅させられてしまいそうだ。だからここは負けじと俺も反論することにしたのである。


「浮気って、俺らべ、別につ、付き合ってないし。それに付き合うとかそういうのはお互いのことをだな」
「そうね。でも、私もあなたとそういう関係になるつもりは無いの」
「え⁉ そうなの⁉ だってお前、俺のことを……」


 そこまで口にして、俺は口を閉じた。これ以上は自分で途轍もなく恥ずかしいことを言いそうだから。


「あー、何でもない。そろそろ準備して行くわ」
「なら、帰りはあなたのバイクで送ってくれないかしら?」
「断る。何故なら俺の愛車で二人乗りする時は彼女になった人にヴァージンを捧げると誓っているからだ」
「そう、なら仕方ないわね。じゃあ私はこの辺で、また明日ね」


 あくまでも平然とし、尚も明日もこの家に来る宣言を残し、家から出る白浜を見送り俺は出かけるための準備を……、まぁただ着替えるだけなんだけどね。


 着替えながら俺は白浜について考えていた。白浜を知れば知るほど謎が深まる一方だ。いや、きっとこれは俺が勝手に白浜を知ったつもりになっているのだろう。白浜はどうしてこうも毎日俺の近くに居てくれるのだろうか。白浜はあの類まれる才能を持っているのに部活をやっている感じがしないし、まずそもそも白浜に予定がないのか、交友関係はどうなのか疑問を深く深く彫り込んでいくと、肝心なことを俺は何一つ知らなかった。俺が知っていた気でいる白浜海という人物は、あくまで俺が客観視した人物像である。ほんとの白浜海はどこに居るのだろうか。俺は白浜の心に踏み入れる権利があるのか。ふと、そんなことを考えていた。
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