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chapter12

白浜海はそっと過去を語りだす。(2)

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 俺は桃坂をどう思っているのか、俺にとって桃坂は一体何なのか、考えても答えは出ない。少し前に安田たちがこんな話をしていた。「とりあえず付き合ってみたけどなんか違うから別れた」とそれは相手の心を弄ぶことになるし、何より、相手が真剣に交際を望みそれが叶いどれだけの歓喜に包まれていたのだろうか。安田がその人に対してしたことは、その人の心を冒涜したことになる。俺はそんな事絶対にしたくはない。だが、俺の今桃坂に対してしている行動も桃坂の気持ちを冒涜しているのではないだろうか。彼女の好意に気付き、それを気付いていない振りをする。それが彼女の心を踏みにじる行為でなくてなんというのか。俺は一体どうしたらいいのだろうか。


「何を辛気臭い顔をしているの? まるで排出物とヘドロをミキサーで混ぜた顔してるわね」
「うるせーよ。俺は元々こういう……」


 そう文句を言いながら振り返ると、そこには風呂上がりで少し濡れているせいか白く綺麗な髪がいつもより宝石のようにキラキラ輝いて見えた。白がベースの青いボーダーが入り混じったボアパジャマを着ており、普段のそれと印象が全く異なった白浜海が居た。ん?いつの間に風呂入ったんだ? 着替えとか取りに来てないよね?


「な、何?」


 俺が風呂上りというレアな白浜に見惚れていて、少しの間凝視していたためその視線がむず痒いのか、身を捩らせている。


「あ、あぁ。悪い。いつもと違う感じがしてな、つい見惚れてた」
「そ、そう。ありがとう」


 決して長くない会話をして、俺たちは会話のない静寂な部屋でお互い距離感を測るように視線だけが慌ただしく動いていた。だが、その静寂を破ったのは白浜の方からだった。


「そろそろ、寝ようと思ったのだけれど、あなたは何時頃に寝る予定?」


 気付けば時計の針は十一時を指していた、俺は長い時間一人で考え込んでいたんだな。


「そうだな、そろそろ寝ようかな」
「そうしましょう。では、おやすみなさい」
「おやすみ」


 俺たちはお互いの布団に入り眠りに就くはずなのだが、……全く寝れる気がしない。だって隣で白浜が寝てるんだぜ? こんなんで寝るとか絶対に無理! 同じシャンプー使ってるはずなのになんでこんなにいい匂いがするの? というか、お風呂上がりの女子ってめちゃくちゃエロくない? こんなの顔も見れない。あー。やばい、考えてたらどんどん目が覚醒してきた。ダメだ。こういう時は、頭の中で数を数えるのが良いんだと噂で聞いたことがある。試しにやってみよう。……えーと、白浜が一人、白浜が二人、白浜が三人、白浜が……、ってなにこれハーレム? こんなことを考えている時点でもうヤバイ。


「東条君。まだ、起きてるかしら?」
「……あぁ」
「今日のデートで何かあったの? 何に、困惑しているの? 私でよければ話を聞いてあげられるわよ」
「何かあったって訳じゃない。これは俺の問題だからな、気にしなくていい」
「すぐそうやって、壁を作るのね。そんなに人に自分のことを話すのが怖いの? いいえ、少し違うわね。人を信用するのが怖いの?」


 俺はすぐさま否定をすることができず、喉の奥で言葉が詰まり、声を出すことができなかった。


 桃坂にも似たようなことを言われた。だが、二人に共通して言えるのは、それは、俺の過去を知らないからだ。
 あのようなトラウマを植え付けられれば、誰だって人を信用することに恐怖を抱くはずだ。それをまるで知ったかのように決めつけられるのは些か良い気分ではない。俺は自分が段々と怒りの感情が出てきていることに気付き白浜の言葉に返事を返すことができなかった。


「少し、昔話をしてもいいかしら?」


 俺が押し黙っていると、その間を埋める様に白浜が口を開く。それは、俺が知りたかったことでもある白浜の過去の話。彼女がどんな過去を経て今に至るのか、俺は相変わらず返事ができなかったが、白浜はそれを了承したと解釈して言葉を紡ぎだした。


「私ね、小学校から中学校卒業までずっといじめられていたのよ。おかげで私は中学の三年間ほとんど不登校になっていたの。」


 まさかの白浜の告白に俺は驚きを隠せず、布団から起き上がって白浜の方に視線を向けると、白浜はいつの間にか布団にはおらず、部屋の腰窓の前に立ち、外を眺めていた。


 窓側から見える白浜の横顔は今にも消えてしまいそうなほど儚い表情をしていた。そして尚も言葉を紡ぐ白浜。


「高校に入ってからはいじめに合うことは無くなったけど逆に私の周りには、下心を持った人たちで溢れていたわ。誰かと仲良くなりたい、ある男の子と仲良くなりたくて、私を利用しようとしてきたの。そういう煩わしい物から解放されたくて、私は今も独りぼっちになっているというわけ。結局人との関わりを拒絶しているのは私も同じなの」


 白浜がいじめに合っていたという事実は正直想像ができないため、なんとも言えないが、白浜に下心を持って接せられている状況は容易に想像できた。持つべき者は、持つべき者なりの苦悩がある。それはまさに白浜が今置かれている状況なのだろう。


「……意外だな。お前にそんな過去があるなんて、俺なんかに話してよかったのか?」
「あなたにだから話したのかもね、それに、私はある目標があるから、ここまで頑張ってこれたの。どう? これが私の過去の一部よ」
「目標? それが何か聞いてもいいか?」
「そうね、簡単に言うと、復讐ってところかしら」


 白浜はその目標とやらのおかげで、ここまでどんな状況でも諦めなかったのだろう。だが、白浜の口振りの様子だとその目標は達成していないらしい。それが俺には全くもって想像もできはしなかった。復讐とは一体、誰に対してなのか。
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