たいまぶ!

司条 圭

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第二章 樫木・ランバ・千里 ~ユニコーン討伐録

第28話 友人宅訪問……という名の遠征

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 日もすっかり落ちて、周囲も黒ずんだ中、
 オンボロな建物の前に、私と樫木さんがいる。
 その建物は、てっぺんに据え付けてある十字架があることで、
 何とか教会だと認識出来た。
 その横には、やっぱりオンボロな住居が並んでいる。
 それを見て愕然としつつも、樫儀さんに、ケーキを奢れ、
 などと軽口を叩いたことを後悔する私。

 そんな私を横目に、樫儀さんは扉を開けて一言。

「ただいまでーす!」

と元気に入っていった。




 マロンドを出る時のこと。

 先輩たち2人はまだしばらく居るとのことで先に会計を済ませることになった。
 露草先輩の、ゲーム機を叩く嵐のごとく指捌きと、
 森川先輩の見たことのない幸せそうな顔は、もう忘れることは出来そうにない。

 それはともかくとして、レジに来て、樫儀さんが一言。

「ごめんです、一子。100円貸してくれないですか?」

「え、うん。別にあげるけど、足りなかった?」

「50円玉2枚だと思ってたのが5円玉2枚だったです……」

 レジに出された皿の上には、大量の小銭。
 900円払うのにこれはちょっと迷惑な気もするけど……
 店主さんの、心の底からにじみ出る笑顔を見るに、特に咎める必要は無さそう。

 そして、小銭を数えてみると、確かにあと90円足りない。
 私は、5円を取って100円を差し出すと、店主さんがレジを打つ。

「ありがとうございます。またのお越しを」

「はい、おいしかったです」

「でーす!」

 警報と共に跳ね橋を下ろしてもらい、外へ出ると、樫儀さんが前に来て頭を下げた。

「ごめんです、100円は明日返すですね」

「あ、ううん、いいよ。
 やっぱり奢ってもらっちゃうのも悪いし、100円くらいは出させて」

「そういうわけにはいかないです。女に二言は無いでーす」

 そう言われると、ちょっと困る。
 どうしようか考えていると、何故かこう口走った。

「じゃあさ、取りに行くよ。友達の家がどこにあるかも知りたいし」

 何が、じゃあ、なのかもよく分からない。
 ただ、その時の混乱した頭では、それが名案と言わんばかりに言っていた。
 一方の樫儀さんも、混乱した様子。

「……別に私、押し倒す気は無いでーすよ?」

「えっ!?」

 突然の爆弾発言に素っ頓狂な声をあげてしまったが、
 借金を「踏み倒す」気がない、と咄嗟に変換する。

「えっと、何て言うのかな。
 奢って貰っちゃってやっぱり悪いかなーなんて思っちゃって。
 悪いついでに、お友達の家に行ってみたいなー、なんて」

 実の所、これが本音だったりする。

 家は遠いみたいだけど、歩いてきているくらいだから、
 それほどではないはずだろうし、
 高校生になって初めてのお友達の家に行ってみたい。

「ダメかな?」

「うーん、ダメでは全然無いですけどー」

 何か話を濁らせている。
 これは変に突っ込まないほうがいいのかな。

「あ、無理言ってごめんね。じゃあ、また今度にするね」

「いえ、全然無理じゃないどころか、私は大歓迎でーす!
 ただ、私の家は本当に遠いですよ?」

「うん、大丈夫だよ」

「そうですか。では、行きましょうー!」

 そうして私達は、樫儀さんの家に向かっていった。
 これが、遠征になるとも知らずに。




 マロンドを出たのが5時は過ぎていない頃。
 私と樫儀さんは、既に7時を過ぎた頃なのに、まだ歩いている。

「ね、ねぇ、樫儀さん……まだ?」

「もう少しでーす!」

 このやりとりは、覚えているだけで13回。
 樫儀さんの言葉を信じて歩いていたけど、よもや限界が近づきつつある。

 中学でやっていた吹奏楽部。
 吹奏楽と聞くと、おとなしいイメージかもしれないけれど、
 それは大間違い。
 文化系の運動部とも言われる部活であり、
 基礎体力は下手な運動部よりも自信がある。

 その吹奏楽部で培った体力が、ジワジワと削り取られて、今や限界。
 というか、2時間以上の徒歩だけでも相当な運動なのに、
 樫儀さんの歩くペースが想像以上に早い。
 競歩でもやっているかのようだ。
 最初こそ余裕で並進していたはずなのに、
 次第についていくのがやっとという状態。
 今となっては、息が切れ、足が悲鳴をあげ、
 立ち止まれば膝が笑ってしまう。
 入学時に買ったはずの新品のローファーが、
 もう長年連れ添ったかのように、良い皺が出来ていた。


 そして今更ながらに気づく。
 さっきからのやりとりである、

「もう少しでーす!」
 は、私の気持ちを折れさせないための言葉なのだと。

 それでも、大分気持ちが折れてきた。

 もうこれ以上は歩けない。
 そう弱音を吐いて倒れそうになったとき。

「着いたでーす!」

 その言葉に、思わず涙が出そうになった。


 そして、目の前を見て愕然とする。

 目の前にあるオンボロな建物は、
 てっぺんに据え付けてある十字架があることで、
 何とか教会だと認識出来た。
 その横には、やっぱりオンボロな住居が並んでいる。
 樫儀さんは、その住居の入り口に慣れた様子で目の前に立ち、
 鍵を開けると。

「ただいまでーす!」

 と元気に入っていった。
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