たいまぶ!

司条 圭

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第四章 森川厘 ~ローレライ討伐録~

第72話 呪いの唄

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「……なるほどね。厘ちゃんの剣は障壁で防げるけど、五十鈴ちゃんの剣は避けるしか無い。それをよく見た上で、こんな細工をしてきたわけ……上手い上手い。さすがにやられちゃったわ」

 独り呟くローレライ。
 割れた仮面など気にもせず、そのままゲートを目指して飛び始める。

「……ぇ、ぁ。ま、待ちなさいっ!」

 ローレライを追いかける。
 何とか1回の跳躍でローレライの前に出て、対峙することが出来た。

 それにしても、本当に似ている。
 髪型や服装はまるで違うはずなのに、鏡でも見ているようだ。

「言ったでしょ? 時間が無いから、今度にしようって」

「だからって、ここを通すわけには行かない」

「うーん。じゃあ、突破するしかないかな」

 言葉を言い終える前に、私の目の前に現れたローレライ。

 否が応でも顔と顔を合わせられると、分かっていても心が揺れる。
 そんな私の顔を見て、ほくそ笑みながら私の横を通り過ぎた。

「しまった……!」

 それが狙いだったのだろう。

 動揺している隙を突かれ、まんまと抜けられてしまう。
 ゲートとの距離は、あと30メートルほど。



 もうダメか。



 そう思ったその瞬間。

「いっちゃん……後は頼んだぁぁぁぁぁああああああ!!」

 声と共に振り返る京さん。
 その行動だけで、京さんの意図の一部を読みとる。

 私の急務は、全く別のこととなった。
 剣を放り投げると、すぐに手を大きく広げる。
 巨大な手を作りだしてゲートを掴み、そして閉門作業を引き継いだ。

 どんな方法で止めるかは分からない。
 でも、ここは京さんを信じるしかない。

 私が出来ることは、もうこれしかないだろうから。



 一方、京さんの手は、ローレライの目の前に出現する。

「あらあら」

 慌てる様子の無いローレライだったが、それも束の間。
 京さんの手は、ローレライを包み込んでしまった。

「このまま潰してやるっ!」

 京さんの手は合掌する。

 その直前。

 京さんの手は爆発し、四散してしまった。

「あら、案外脆いのね」

 内側から棘の鞭で攻撃したのだろう。
 手持ち無沙汰のようにフワフワと浮かんでいる鞭が、ローレライを包む霧のようになっていた。

「それじゃ、今度こそバイバイ♪」

 何も無かったようにゲートに向かう。
 京さんは、再び後ろを向いてゲートと対峙する。

「やっぱりダメか……それじゃあ、頼むよ、愛ちゃんっ!」

 再び巨大な手を再び出現させる。
 ただ、普段出しているのは両手なのに対し、今回は右手だけ。
 一体、何をするのか。

 そんなことを考えるのは、今の私にとって余所見をしているに過ぎないことに気づく。
 今、私がすべきことは何なのか。
 京さんの思考を推理することか。
 京さんに頼まれたことは何だ?
 京さんから引き継いだことは何だ?
 今の私は、それを全力で行う。
 それが、最善の行動。

 つまりは、ゲートを閉めること。

 それだけをやればいい!

「やぁぁぁぁぁああああああ!!」

 気づけば、ゲートの隙間も残り僅かとなった。
 私1人でも、あと60秒もあれば閉めることが出来る。

 集中しろ。

 60秒とは言うな。

 それをもっと……
 もっと縮めるように、力を込めろ!

 力を込める。
 無駄に終わらせないために。
 全力でやりきるのみ。

 閉めてしまえば、こちらの勝ちなんだから!




 しかし、ローレライのスピードは早い。
 それこそ、10秒もあれば中に入ってしまう。
 その眼前の事実は、私の心を折りに掛かる。

 諦めたくない。

 そう思っていても、やはり内心ではこう呟く。

 間に合うはずがない。
 力の無駄だ。
 もうやめてしまえ。

 そんな悪魔の囁きが胸の内に木霊する。

 ふと我に返り、心に巣くう悪意を払拭するつもりで横に首を振る。
 首を横に降った後、冷静になる意味で、正面を見やった。

「…………えっ?」

 奇想天外。

 目の前に広がる光景を見て、そう形容するしかない。

 京さんが出した右手。
 それが掴んでいるものは…………

 愛さんだった。

「これは……なかなか邪魔ね」

 ローレライが、珍しく感情を言葉に込める。

 そんなローレライを邪魔するのは、愛さんの硬い障壁。
 愛さんが障壁を張ることに専念し、京さんが愛さんの位置を巨大な手で移動させる。
 そうすることで、エアーホッケーでもするかのように、ローレライのゲート進入を阻んでいた。

 それこそ、ゲートはあと40秒もあれば閉じられる。
 後ろからは森川先輩、露草先輩、千里が駆けつけているのも分かる。
 ここが踏ん張りどころ。

 負けるわけにはいかない。

 ここでゲートを閉めれば、私達の勝ちなんだ!






「仕方ない。じゃあ、ちょっとだけ。本気、出しちゃおうかな」


 ローレライの口から出た言葉は、私の背筋を凍らせた。
 そんな寒気が全身を走る、その直前。

 背筋に冷気が走る前に、全身を駆けめぐったのは、凄まじい嘔吐感だった。
 それだけではない。
 倦怠感。
 疲労感。
 脱力感。
 そんな負の感覚が入り交じり、一斉に全身を駆け巡っていった。

 発生源は、言うまでもない。



 ローレライの歌声。



 声そのものは、感覚だけで言えば綺麗なもの。
 オペラ歌手のような迫力もあり、アイドルのような引きつける力もある。

 だが、そんな美しい声が、今の私達には、ガラスを引っ掻く音など可愛いと思えるほど、生理的に受け付けないものとして感知されている。

 幽体である私たちは、本来、そんな感覚とは無縁のはず。
 それなのに影響があるということ……

 それはつまり、魂へ直接ダメージを与えているということだった。

 耳を塞いでも、身体を小さく丸めても……
 ローレライの歌声は呪いのように私たちの魂を確実に蝕んでいく。

 今もなお歌声は続き、ただひたすらに歌が終わるのを待つしかなかった。




 ようやく歌声が終わった頃には、既に壊滅状態。

 露草先輩も、森川先輩も、京さんも、愛さんも、千里も。
 誰しもがみんな、全く動けなくなってしまった。

 唯一の救いは、ローレライが歌っている間は、ローレライ自身も動けていないということだろうか。

 けれど、それも意味を為さない。
 僅か30メートル先を行くだけで、ローレライはゲートを潜ることが出来る。
 皆は、一切動くことが出来ない。
 指先の一つも動かせない。

 そう。

 私だって…………



 ……私も?


 そこでふと気がついた。


 動ける。

 私は動ける。

 歌が響いている間こそ、身体に走る気持ちの悪い感覚が止まらなかった。
 でも、歌声が響かない今、私は普通に動けることに気づいた。

 僅かな距離を詰めようとするローレライ。
 その目の前に、立ちはだかることが出来た。

「ふぅん……カタストロフィーを聞いた後でも動けるなんて、さすがだね、お姉ちゃん」

「あなたに姉と呼ばれる筋合いは……」

「この顔を見ても、まだそう言える?」

 思わず言葉に詰まる。

 こんな瓜二つの顔は、今まで見たことなどない。
 姉妹だと言われて、誰が違和感を覚えるだろう。

「私はね、大事な願いを持ってこのゲートを潜るんだ。そうじゃないと私も消えちゃうんだよ。悪魔のままでは消えたくないんだ」

「……? それってどういう」

「だからお願い。通して? お姉ちゃん」

 私が説明を求めようにも、それには一切触れずに自分の意見を通しに来るローレライ。
 だから、私もこう答えるしかない。

「……願いを持っているなら、尚更通すわけにはいかない」

「そっか、残念。ちゃんとお願いして通ろうと思ってたんだけど、こうなったら実力行使しかないかな」

 期待してなかった、とばかりに鞭を無限に伸ばし始める。
 それを見る前から、私も剣を取り出し、シングメシアを準備する。

 無駄だと分かっていても。
 今の私が出来ることを、しっかりやらないといけない。

 それが、今、私がやらなくてはいけないことだから!

「唸れ、シングメシアァァァァァアアアアアア!!」

 今の、全身全霊を掛けたシングメシア。
 しかし、それを嘲笑うように、光の中を突っ込んでくるローレライ。

「通してくれてありがと、お姉ちゃん♪」

 すれ違うその瞬間。
 そう言い残し、ゲートへと向かっていく。

 私が振り向いた時。

 僅かに開いていたゲートの、見えない闇の中へ吸い込まれて行くローレライの後姿があった。

 その姿が全く見えなくなってしばらくすると、闇でしかないゲートの中が…………

 おぼろげに光った。
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