大学生の残念系コメディ

空野奏多

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ギャグで語る! 残念系のススメ

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「あのー……これ、何が始まりますか?」


 手元のレジュメを、ペラペラさせながら友人が言う。


「よくぞ聞いてくれたな……今日のお題はーーこれだっ‼︎」


 バンッッッッ‼︎




    〉〉残 念 系 の ス ス メ〈〈




「えっバカなの?」


 ホワイトボードを押えるポーズをとる姿を目にし、友人はそんな愚かなことを聞く。


「バカとはなんだ! こんなにも熱いパトスをほとばしらせているのに、キミが昨日『何がいいの?』って聞いたからだろう!」

「いやだってわかんないし」



 今でも鮮明に思い出せる。

 深夜1時の、あの、やりとりーー驚愕した。



      『残念系って何がいいの?』



 ナ ゼ こ の 良 さ が わ か ら な い ⁉︎



 いや、違う。きっと友人は知らないのだ。

 なら、知ればいいだけだな。

 そう、沼に突き落とせばいいだけだ。


 そう考えて、深夜にパソコンを起動し、カタカタと作り上げたわけだーーそれがこの資料ッッ‼︎


「そう……キミは『残念系』とはなんたるかを知らないーーだから分からないのだッッッッ‼︎」

「残念系の、なんたるかを」

「そうだ! これを知れば『残念系』を愛でる事ができるようになるし、自分でキャラクターを考える時の幅が広がるぞ‼︎」

「いや別に考えないんだけど」

「考えなくても知識はどこかで役に立つものだ! 知らないのは損だ‼︎」

「それは分かったけど、部屋借りてまでやる事じゃないと思うよ?」


 友人の呆れ気味な声が、2人には広すぎる部屋にこだまする。


「でも今はそんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない」

「いや大事だと思うけどね?」

「これはそうーー前哨戦なのだよ」

「いや何の」

「キミを足掛けに……世界に『残念系』の良さを知らしめるという戦のな……‼︎」


 そう熱く語り、勢いよくガッツポーズで拳を握りしめる。


「キミを説き伏せられないうちは、世界なんて夢のまた夢さ……」

「スケールデカいなぁ……」

「何を言うんだ‼︎ キミは好きなものを増やす事の有意義さを知らないのかっ⁉︎」

「少なくともこれでは無いなぁ」

「ばっっっか! お前! 考えてみろよっ‼︎」


 想いの丈をぶつけるべくバンッッ! と机を叩く。


「どうしよう話聞いてくれない」

「好きな事が増えれば……幸せな気分になるだろう?」

「えーっと、知恵袋知恵袋……」

「幸せな気分になればっ‼︎ 大抵のことは許せるようになるだろ⁉︎」

「あ、あったあった」

「みんなが許し合える世界になればっ! 戦争なんて無くなるじゃないかッッ‼︎ 世界平和ーーそう!」


 大きく息を吸い込む。



「これは世界平和を作り出すための前哨戦なんだッッッッ‼︎」




「と、も、だ、ち、が、は、な、し、を、き、い、て、く、れ、ま、せ、ん、まる、ど、う、し、た、ら「スマホを弄るんじゃなーーーーーーーーーい‼︎」」


 友人の手から素早くスマホを取り上げる。

 友人は「あーまだ途中なのにー」と文句を言う。なんでこの良さを話しているのに、無視するんだ‼︎


「何故私の話を聞かずに知恵袋先生を頼るっ⁉︎」

「知恵袋先生の方が話を聞いてくれるからかなぁ」

「いーから聞きなさい‼︎ この資料寝ずに作ったんだぞ‼︎ 眠いの我慢して話してるんだぞ‼︎」


 もー目がしぱしぱしてるのに、この情熱だけで起きていると言っても過言ではない。


「いや寝ようよそこは……」

「というわけで講義を始めるっ‼」

「抗議したいのはこっちだよ……」

「それではレジュメを開いて下さい!」


 やっと話を聞く気になったのか、友人はため息をひとつ吐いてレジュメをめくる。




【No.1】

      〉〉クズと残念系は違う!〈〈




「……はいせんせー、何が違うんですかー?」

「よく聞いてくれたな生徒1!」

「生徒2も3もいないんですが」

「この2つは根本的に違うのだよ……よく知らないキミみたいな人は、混同しがちだ!」


 キメ顔をして、ビッ! っと友人を指差す。


「まずクズについてだが……これは言うまでもないな。みんなが想像する通りさ」

「具体的には?」

「借金まみれなのにパチンコ行ったり、ヒモになったり、暴力で人に言うことを聞かせたり……」

「あー人間のクズ」

「その通りだ……人に頼り、考える事をやめた人間だな」


 そっと目を閉じる。

 こういう者にはなってはいけない。


「では残念系はというと……普通の人間だ」

「え? それ残念じゃないじゃん」

「その一点だけを見ればな」


 友人の頭の上にハテナが並ぶ。


「しかし普通と違うのは……モテることにマイナス影響する何かがあると言うことだッッ‼︎」


 格好をつけて、バッ! っとポーズを決める。


「彼らは‼︎ その一点においてだけ! 残念と言われる者たちなのだよっ‼︎」

「男の話なの?」

「男女どっちもです」

「どっちもですか……」

「どっちもイイので、どっちにも含まれる話をしています」

「残念、すきなんだね……ほんとに」


 なんとも言えない半笑いで言われた。

 当たり前だろう! じゃなきゃこんな事するか‼︎

 本来徹夜できない人間なんだぞっ‼︎


「この面白さを理解すれば、キミはワンランクアップするよ」

「なんのランクなのかなぁ残念度かなぁ」

「はい、それでは2ページ目に進みます」


 ペラリとページがめくられる。




【No.2】

       〉〉顔は美人か普通〈〈




「あ、これ知ってる。『ただしイケメンに限る』ってやつでしょ?」

「レジュメを読んだか⁉︎ 顔は普通以上ならいいんだよ! あと男とは限らん!」

「でもイケメンとか美少女の方がいいんでしょ?」

「そりゃそうだわ! 誰だってそうだわ‼︎」


 そんなん言ったら、そもそも『残念系』もといの話だ!


「ていうか、さっき言ったろ⁉︎ モテに関わりがあるって」

「あーモテにマイナスって話か」

「そうだよ! 覚えてんじゃん‼︎」


 そう言えばという感じで思い出した友人に、素早く反応を返す。

 もうちょっとで鳥頭って言うとこだったぞ!


「つまりこれは、そもそもプラス値がないと下げられないから必要な要素なんだよ‼︎」

「え、じゃモテるってことじゃん」

「そうだよ! だから残念なの! 『これさえなければモテるのに残念』の『残念』なんだよッッッッ‼︎」


 渾身の力で訴え、はーっはーっ……肩で息をする。


「とりあえず落ち着け」


 そう言って友人がペットボトルを差し出してくる。


「ありがと」


 カシュッ! ゴクゴクゴクゴク……


「ぷはぁ! よし! 生き返った! 再開しよう‼︎」

「再開しちゃうのか……休んでもいいと思うけど?」

「いやいや何を言っている。まだ始まったばかりじゃないかはっはっは」

「いっそまぁ分かったし終わりでも……」

「では3ページ目にお進みください」

「デスヨネー」


 まったく。なんだかの反応は! 気合が足りんぞ‼︎

 そしてまた、ページをめくる。




【No.3】

     〉〉何かに夢中になりすぎる〈〈




「何かって?」

「何かは何かだ……人によって違う」

「うーん、それじゃ流石にわかんないなぁ」


 頬杖をつきながら、ポンとレジュメを机の上に置く友人。


「諦めんなよ! もっと熱くなれよッッ‼︎」

「いやそっちは熱すぎだからね?」

「そうだな、例を挙げるとするなら……バスケに夢中になりすぎて彼女にフラれたり、1つの魔法にこだわりすぎてそれ以外使えなかったり、研究にこだわりすぎて恋人に捨てられたり……」

「いやに具体的だな」

「最初の以外はネット小説発のだぞ。ちょっと男は思いつかなかったから、バスケ漫画から拝借した」

「読み込みが足りないんじゃない?」


 く……っ! 返す言葉もない!


「でも残念な男キャラは女性ウケも狙えるんだぞ! もっと開拓すべきだ‼︎」

「いや別に書かないけど」

「書いたら読むから言ってくれ! もちろん女の子も増やしていいぞ!」

「話を聞け」

「それでは次のページへどうぞ!」


 人生何があるか分からないから、そんなに恥ずかしがらなくていいんだぞ!

 明日キミが小説書いてても、自分は笑わないからな!

 そう思いながら次へ移る。




【No.4】

      〉〉何かに囚われすぎる〈〈




「だから何かってなんだよっっ‼︎」


 バンッ! と勢いよくレジュメを机に置く友人。

 おいおい、行儀悪いぞ。


「何かは何かだ」

「もうそれさっきやったっ‼︎」

「はぁ。具体例をお望みか。キミはもう少し、自分で考えた方がいいぞ?」

「付き合ってやってんのにコイツ……ッ!」


 ふー。やれやれだ。

 何をそんなに奥歯をギリギリ噛み締めているのか。

 頭の固いのは嫌われるぞ。


「まぁそうだな……例えば帰らなきゃいけない事に囚われすぎたり、騎士であることに囚われすぎたり、ネガティブな考えに囚われすぎたりかな」

「またネット小説か⁉︎」

「最後のが違う」

「お前好きならもっとネット小説読めよッッ!!」


 熱いお説教を喰らいました。

 いやほんとにね。その通りです。


「いや、こっちはさぁ残念の敷居が上がってんの、残念求めすぎて。だから『あ。この程度は残念じゃねーわ』ってなるって言うかさぁ」

「何様だ⁉︎」

「いやいや。個性は飛び抜けてこそ個性というものなのだよ」


 噛み付いてくる友人を、しっしっとあしらう。

 飛び抜けてなければ、キャラが立たなくなるんだからな。

 だからこそ、『残念系』は素晴らしい付加価値なのだ。ぜひ一考して欲しい。


「はいそれじゃー次ー」


 そう言って強制的にめくらせる。




【No.5】

      〉〉周りが見えなくなる〈〈





「ダメじゃねーーーーーーーかッッ‼︎」


 友人の雄叫びのような、心の声が口から漏れ出ている。


「当たり前だろう? 残念なのだから」

「ダメ人間じゃねーかっ‼︎」

「そうとも言う」

「認めんのかい!」


 バシッとレジュメを机に投げつけられた。

 レジュメが破けちゃうぞ。

 まぁそれが『残念系』の真骨頂だからな。


「彼らは『何か』に熱心になりすぎるんだよ。『何か』はさっきの『何か』だよ。それを考えすぎるあまり、周りの人間を巻き込む」

「関わっちゃいけないヤツじゃん‼︎」

「キャラが立ってると言ってくれ」

「でも実際ヤバいんじゃ」

「まぁ場合による」

「否定しないんかいっ‼︎」


 今日はツッコミが冴えてるなぁ。


 でも正直その『何か』の規模によるからなぁ。

 ま、作品で見る上では問題ないさ。

 こっちに被害はないからな。


「まぁほら、キャラが薄いより濃いほうがいいだろ」

「周りめっちゃ迷惑……」

「はいはい次~」


 と言う事でまたペラリ。




【No.6】

        〉〉なんか煽る〈〈




「コイツヤバいヤツなのでは⁉︎」


 友人が頭を抱えてそんなことを言う。

 今日も元気だな。


「コイツってどいつだ」

「いや、分かんないけど……」

「分からないのなら、問題ないな?」

「問題だわ‼︎」


 怒られても困るなぁ。

 自分が把握してないんじゃ、こっちは分からんよ。


「まぁ本人は無意識なんだよ。その『何か』を優先させた結果、配慮が欠けてしまうんだ」

「そりゃ怒りたくなるよ……」

「そうとも限らん。怒り以外にーー呆れや諦めになる事があるぞ!」

「良いとこなくないですか……?」

「キャラが立ってて面白いだろう?」

「……。」


 では大人しくなったところで次へ。




【No.7】

       〉〉なぜか許される〈〈




「え、周りの人の心ひろっ!」

「いやいや、これは本人によるところが多いぞ」

「はい?」


 どうも理解していない顔の友人に、心優しくも解説して差し上げよう。


「最初に言ったけれど、彼らは『普通の人』なんだ。ふつーに良い人なんだよ。でも、夢中になりすぎた時は暴走する」

「それが困るのでは」

「けれどそれに有り余る良いところがあるってことさ。まぁ、良い人じゃないときもあるかも知れないが、許せる愛嬌とかがあるんだ」

「それにしても……やっぱり周りがいい人なだけなんじゃ……」


 勝手に困惑しだした、思考が固い友人は置いてペラリ。




【No.8】

       〉〉とっつきやすい〈〈




「おお、初めて良いところが出た」


 なんでそこで驚いてんだよ!


「初めてとは何だ! 全部いいだろう‼︎」

「そう思ってるなら病院行きな……んーでも、どういうこと? 熱中してる人って話しかけ難くない?」

「チッチッチ……そう思ううちは初心者なのだよ」


 人差し指をフリフリしながら話す。

 おっとそうか、友人は残念系ビギナーだったな。


「何かに熱中しているほど話しかけやすい。何故ならそれについて話せばいいからだ」

「おお……確かに?」

「自分の好きなものなら、すごく話してくれるだろう。もしそれが好きなものでない場合は、その点を避ける話ができるだろう?」

「つまり、話題が振りやすい、と」

「その通りだよ分かってきたじゃないか」

「まぁここだけは同意できるかな……」


 うむうむ。納得したようだね。いい調子だよ。


「それに完璧すぎるより、少し欠けていた方が人間味があって良いだろう?」

「それは度合いによるかな」


 あ。雲行きが怪しくなってきた。

 指摘の雨が降る前に次に行こう。




【No.9】

      〉〉全てがギャグになる〈〈




「え? あんな迷惑なので?」

「だからこそだよワトソン君」

「いつからホームズに変わってたんだ……」


 ノリの悪いガキは嫌いだよ。同じ歳だけど。

 もっとのってこうぜ! このビッグウェーブに‼︎


「人が必死に何かをして、それに振り回されている様は面白いんだよ。空回ってるからな」

「かわいそうじゃないかね……?」


 眉を寄せてそう言う友人。

 まぁ当事者じゃないからって前提もあるが。


「キミはお笑いを見たことがあるだろう?」

「うん? うん」

「基本お笑いは話が噛み合わないことが前提だ。振り回されて、空回っているのが面白い。それと一緒だよ」

「あー、それなら分かるかも……」

「そうだろうそうだろう。だからここで全ての結論だ……」



 両手でバンッ! と机を叩いて言う。



「『残念系』がいるだけでその作品は面白い‼︎
 素晴らしいキャラクターなのだよッッッッ‼︎ 」


 つまりーー。


「いるだけで個性もギャグも生まれる……


     『     


           なのだッッッッッッッッ‼︎」



 ふっ決まったな……!

 これでキミもこの良さが理解できただろうっ⁉︎



「あー……なんか分かったかも」


 おや素直だ。珍しいこともあったもんだな。


「ふん、これだけ講義してやったんだから当たり前「これ誰かと思ったら目の前にいんじゃん」」


 ………………は?


「今、なんて……」

「いや、なんか既視感あったんだよねー。納得だわ」

「な、何が……?」

「話聞かないし、顔も整ってるわりにモテないし、振り回されるし?」

「な、なな……」

「いつも面倒くさいけど、なんか面白いし許しちゃうーーあぁ、今の話録音しとけば聞き直したのに」


 お前は鬼畜か⁉︎


 驚愕で固まっているのに、とどめを刺す。


「レジュメより分かりやすい例が居たわ。うん、良さがわかったよ」


 そう言ってレジュメをペラペラしながらこちらを見る友人はーー「ね?」と言いながら……とってもいい笑顔をしていた。
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