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影の輪郭
金脈の先に
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郊外にひっそりと佇む昴建設の資材置き場。
夜闇に沈んだその敷地には、まるで音が吸い込まれるような静けさが満ちていた。
冷えたコンクリの隙間を風が通り抜ける。
鉄製のフェンスがきしみ、倉庫のトタン屋根がかすかに鳴るたび、張り詰めた空気が微かに揺らぐ。
高台に身を潜める鴉は、スコープ越しに倉庫裏口をじっと見下ろしていた。
灰色の髪が風に舞うのを、無意識に指で押さえる。もう何時間ここにいたのか、感覚は曖昧だった。
隣で蓮が沈黙を保ったまま佇んでいる。
その姿は感情のない刃。獲物を待つ獣以上に静かで、致命的だった。
「……来たな」
蓮が低く呟く。
黒塗りの車が一台、音もなく裏口に滑り込んだ。
エンジン音が、まるで獣の息遣いのように聞こえる。
車から現れた人影にスコープを合わせた鴉が、すぐに目を細める。
「顔確認。……間違いない、鷲巣恭介。朱鷺会の武闘派。元・格闘家にして、薬物流通の中枢を担ってる男だ」
蓮が無言のまま身体をわずかに前傾させる。
夜の空気が刃のように冷える中、鴉も静かに返した。
「接触はどうする?」
「奇襲で制圧。生かして持ち帰る」
その言葉が終わるより先に、蓮の姿がふっと視界から消えた。
影が影に溶けるように、夜へと滑り込んでいく。
鴉もすぐに背後ルートを選ぶ。
倉庫の裏口へ向かう蓮とは別に、反対側──鉄骨階段を一段一段、沈むように登る。
足音はゼロ。まるで空気ごと飲み込むかのような静けさだ。
鴉は倉庫の上階の窓枠に手をかけ、体を引き上げて中へ潜り込む。
中は薄暗く、鉄と油の匂いが鼻を刺した。
耳を澄ませた瞬間──
「誰だ……!」
低く、警戒した声。
気配が跳ねる。
──来る。
鴉の鼓動が一拍早くなる。
鷲巣が動いた。腰に手をやり、ナイフを引き抜こうとしたその刹那──
「動くな」
蓮の声が闇を切り裂くように響いた。
瞬間、銃口がこめかみに押し当てられる音が“カチリ”と乾いた金属音とともに走る。
だが鷲巣は怯まなかった。反射的に肘を引き、蓮を振り払おうとする。
だがその動きは読まれていた。
鴉が即座に背後へ滑り込み、低く踏み込むと同時に片足を鷲巣の膝裏へ絡めた。
ガクンと重心が崩れ──
「ッ!」
鴉は息を止めると、もう一方の膝を正確に跳ね上げる。
重い肉の塊が一瞬空中に浮き、次の瞬間──
ドンッ!
金属板の床に全体重が落ちた。
振動が床下まで響き、倉庫の隅に吊るされたチェーンがカラカラと揺れる。
埃が舞い、空気がひとつぶれたように感じた。
「……強ぇな、お前ら」
鼻血を垂らしながらも、鷲巣はにやりと笑った。
だがその目には、さっきまでの自信がない。
痛みに耐える余裕の奥に、予想外の連携と正確無比な動きへの驚きと、わずかな怯えが滲んでいた。
夜闇に沈んだその敷地には、まるで音が吸い込まれるような静けさが満ちていた。
冷えたコンクリの隙間を風が通り抜ける。
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高台に身を潜める鴉は、スコープ越しに倉庫裏口をじっと見下ろしていた。
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「接触はどうする?」
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中は薄暗く、鉄と油の匂いが鼻を刺した。
耳を澄ませた瞬間──
「誰だ……!」
低く、警戒した声。
気配が跳ねる。
──来る。
鴉の鼓動が一拍早くなる。
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瞬間、銃口がこめかみに押し当てられる音が“カチリ”と乾いた金属音とともに走る。
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「……強ぇな、お前ら」
鼻血を垂らしながらも、鷲巣はにやりと笑った。
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