灰に堕ちるその日まで

静寂の灯火

静かな火種

　翌朝、午前五時。公安庁舎の灯りはまだ鈍く、始業前の静けさを纏っていた。

　コーヒーの湯気が細く立ち上る会議室で、鴉は窓際の椅子に座り、足を組みながら煙草の箱を弄んでいた。

　「外で吸えって言ったろ」

　声の主は同僚の小川。書類を抱えたまま、呆れたように眉をひそめている。

　「吸ってないだろ、まだ」

　鴉は軽く笑って、箱をシャツのポケットに戻す。窓の外は薄曇り。始業を待つ街が、まだ眠っているように見えた。

　「蓮は？」

　「今日も訓練場。五時から黙々と打ってる。ああいう奴だよな」

　小川の言葉に、鴉はふっと笑う。確かに、そういう奴だ。無駄口を叩かず、黙って的を撃ち抜く。

　まるで機械のように正確で、感情の揺らぎが見えない。

　けれど、だからこそ、時折垣間見える些細な変化が気になるのかもしれない。

　同じチームになって半年。最初はただの“元軍人”という記号だった。
　けれど今は──ふとした沈黙の間にさえ、意味を読み取ろうとしている自分がいる。

　「張り込み、今日の夕方からだろ？ 少しは寝ろよ」

　「昼まで暇だしな。蓮には？」

　「伝えておくよ」

　小川が部屋を出たあと、鴉は静かに立ち上がり、煙草を携えて屋上に向かった。

　冷たい風が頬を撫でる。

　煙草に火を点ける。ゆっくりと吸い込み、肺を満たしてから吐き出した。

　いつもと同じ朝。だが、胸の奥に小さな火種が燻っている。