灰に堕ちるその日まで

こりゃりゃ

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静寂にしのぶ影

微かなずれ

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静かな夕方だった。
病院から帰ってきた鴉は、公安のラウンジの端、窓際のソファに座り、湯気を立てるマグを両手で包んでいた。
窓の向こう、街は灯り始めている。
蓮は、今日もまだ帰ってきていない。

「……またか」

いつもなら、一言くらいは入れる。
“今夜は遅くなる” “ちょっと調べたいことがある”──
そういう雑談が交わされるくらいにはなっていた。

だが、ここ数日、蓮は何も言わないまま夜に出かけ、誰にも行き先を伝えずに戻ってくる。
そして、それを“隠している”ような素振りを見せる。

鴉は静かにマグを置き、席を立った。

事務局に寄って、ログを確認した。
蓮の出入り記録。
夜中に外出した形跡。戻りは午前3時。しかも、行き先の記録は“不明”。

「……変だな」

それだけじゃない。
会話もどこかぎこちない。目を合わせなくなったわけじゃないが、微妙に逸らすような、そんな癖がついている。

気づいていないと、思っているんだろうか。

鴉は机の上に手を置いた。
かすかに傷んだ左腕を見下ろす。

「俺がまだ使い物にならないと思って、ひとりで抱えてんのか……?」

独り言にしては、声がやけに低かった。

──その夜。
廊下を歩く蓮の姿を、鴉は物陰から見送っていた。

いつもの足取りとは違う。
まるで、自分に気づかれないように歩いているかのように。

(まるで……何かに追われてるみたいだな)

鴉の眉がわずかに動いた。

(言えよ、何かあるなら──)

言葉は喉元で止まった。

なぜか。

そう、蓮の背中が、それを拒んでいる気がした。
“これは俺だけの問題だ”と、張りつめているような気配。

「……いいぜ、好きにしろ」

そうつぶやいて、鴉は物陰から背を離した。
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