灰に堕ちるその日まで

こりゃりゃ

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エピローグ

春には、名前を変えて

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都会の雑踏から少し離れた、河沿いの古本屋。
ガラス越しに差し込む陽の光が、紙の香りをあたたかく照らす。

「いらっしゃいませ」

静かな声で出迎えるのは、一人の女性。
昔の知り合いが見たら、目を疑うだろう。
かつて裏で取引される情報と、血の匂いの中で働いていたあの看護師――ユリ。
今はもう、白衣も、消毒の匂いも、そこにはない。

彼女の店には、医療書や報告書のたぐいは置かれていない。
あるのは、詩集、小さな物語、手書きのポストカード。

「この人……最近売れてる作家さんですよ」

本を手に取った若い女性に、彼女は笑って勧めた。
穏やかで、親しみやすく、でもどこか“深くを語らない”雰囲気。

彼女の後ろの棚には、一冊だけ、何年も動かない本がある。
中身は空。そこにしまわれているのは、偽名のIDカードと、未送信のメッセージ。

──『あなたたちが、まだどこかで生きているなら』

窓の外では、川辺の桜が、今年も静かにほころび始めていた。

「春ね……」

彼女はカウンターに手を置いたまま、優しく目を細める。

──かつて名前を変えて、過去を捨てた。
でも今は、名乗ることも、隠すこともなく、ただ“本を選ぶ人”として、ここにいる。

一度きりの交差だったとしても。
命を扱った日々の中で、一度でも“救いたい”と思った誰かの背中を、忘れることはない。

そして今日もまた、誰かが彼女の本棚を開いていく。
まるで、過去がそっと、物語に変わっていくように。
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