MIND ICE STALAGMITE(心の氷筍)

恣音 TSUKISHIRO

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MIND ICE STALAGMITE(心の氷筍)

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Mind Ice Stalagmite
(マインド アイス スタラグマイト)

第1部
第1章  小さな幸せ

1-1  新生活

春の早朝、まだ少し冷える空気に息を吸い込み、頼加美 紗和 (よりかみ さわ) は、スロージョギングを始める。朝5時45分、僅か15分の運動が彼女のライフリズムを整える。
雨の日でも走るような「強者ランナー」ではない。晴れ爽やかな朝のみのイベントだが、それが長続きのコツ。

2057年4月6日
今日から、新部署での仕事が始まる。
封印されたあの第二次月下事象から1年、地球外知的生命体保護策も、結局失効して、事実封印となり、(株)RINZAKIの子会社 POD.LTD
protect objects development co.ltd
のFINE TEAM17のプロジェクトは、この時点を持って停止となった。

頼加美は、本人の希望もあり、AI事業開発部へ異動となり、4月1日付で辞令が出た。
AIコンサルタント業資格取得手続きを経て、4月5日に異動手続きを終えて、本日から新部署出社となる。

家を出る際、玄関先でふと思う。
あの月下事象の“続き”は、本当に終わったのだろうか?
ただの勘──けれど、どこかで氷の粒が落ちる音がしたような気がした。

セミロングスカートのライトブルースーツを着て、髪を後ろで縛り、気を引き締めて駅に向かう。京王第二新線で初台下車、初台ヒルズタワー51階のオフィスに到着。
「さあ、やるか。」

入口ドアが開き、颯爽と頼加美紗和は入室する。
「おはようございます、本日より配属となりました、頼加美です。宜しくお願いします。」

ボックスブースに着席するメンバー達に声を掛けて、部長席に進む。
「ようこそ、ADDへ。私が元井田です。」
AI事業開発部長の、元井田 晃也(もといだ てるや)が笑顔で迎えてくれた。

「前部署の残務整理大変だったでしょう。お疲れ様です。当部署も慣れるまでは大変だろうけど、焦らずにやって行きましょう。」
穏やかな口調で、元井田部長が話し掛ける。

「君の席は、そちらのB3席になる。」
右奥のボックスブースを指差す。
「あと、これ使ってね。」
部長は、業務専用パッドPCと、IDカードを渡す。
「それから、メンバーを紹介するよ。みんな、そのまま聞いて。今日から一緒に仕事する、頼加美さんです。いろいろと教えてあげて欲しい。」
「頼加美紗和です。AI事業は前からやりたかった業務なので、頑張ります。皆さん、宜しくお願いします。」
「竹内です。よろしく。」
「上梓咲良です。よろしくお願いします。」
「宮凪です。」
「高藤です。」
「リズ・ファラザックです。」
「神之池です。よろしく。」
「君と合わせて8人のチームだ。AI事業開発部第1課へようこそ。」
皆んなが軽い拍手で迎える。

いい職場だ。良かった。
頼加美は直感的にそう思い、少し安堵の気持ちで会釈した。

竹内 雅(たけうち みやび)1課チーフ 40歳
 責任感の強い次期部長候補
 アルゴリズム分析のスペシャリスト
 2児のパパで愛妻家
上梓咲良 友奈(じょうしさくら ゆうな)
 AI事業開発部の礎を作ったエース 34歳
 独創的な事業プランは業界でも有名
 3歳の娘の良き母
宮凪 洸(みやなぎ こう)
 AIテクノロジースタック全般の開発者 31歳
 アプリケーションレイヤー、
   モデルレイヤー、
   データレイヤー、
   インフラストラクチュアレイヤー
  4部門の全てを統括開発する天才
 気むずかしい面もあるが、新型バイク好き。

高藤 榀吏(たかとう しなり)
 AIエンジニアリングの社内トップ技術者 
 24歳 AI内政化ビジネスモデルに強い
 スイーツ好き、アニメ好き。
リズ=ファラザック(RIZ FARAZUCK)
 US新北部連邦出身 
 US AIchaptec.co.ltdからの出向社員 25歳
 世界最高AIインフラ『MIND RED』のモデル
 開発メンバーの一人
 日本の祭りとアニメ好き
神之池 董哉(かみのいけ とうや)
 AIアルゴリズム開発に独自技術を持ち込んだ
 天才クリエーター 22歳
 昨年まで学生アルバイトで、本年正社員に。
 一途な猫好き。


1-2   プロジェクト始動
 
「頼加美さん、AI開発事業部1課の業務について説明しておこう。」
竹内チーフが話し出す。

「私達のプロジェクトは、『第五世代AI EVE05
の開発』です。」

「30年ほど前には、AIアルゴリズム開発は、AIが学習や推論を行うための問題解決の仕組み(アルゴリズム)を開発するプロセスだった。」

「2025年頃に、このアルゴリズム開発自体をAIが行う、またはAI開発ツールが開発を支援する形が進み、AIが自律的に問題を解決するための最適なアルゴリズムを探索・設計する様になった。」

「しかし、現代では、
『AIそのものを作る』という発想は終わり、
『AI生態系をデザインする』時代になっている。」
そして、我々の仕事は、

① 自己進化型アルゴリズム(Self-Evolving Algorithm)開発

② 情動アルゴリズム(Affective Algorithmics)開発

③ マルチレイヤー意識モデル開発(Conscious Multi-layer AI)

④ コミュニケーション生成AI(Dialog Intent Fusion)開発

⑤ 人間脳×AIアルゴリズムの“直結”解析(Neuro-AI Symbiosis)

この5つが主なプロジェクト内容。これらを通して、第五世代AI、私達は『EVE-05 ルチア』と呼んでるが、これを生み出す事。」

「はい、部長からお聞きしました。素晴らしいプロジェクトですね。」
頼加美は目を輝かせて言った。

「そうか、それが分かってくれるならそれでいい。」
「じやあ、社内見学だ。各研究室と他の部署も案内しよう。」
竹内チーフに続いて、頼加美は歩き出す。

50階
│ [A] 意識研究区(MCL Lab)              
│ 竹内 / 宮凪 主導
│   - 意識レイヤ解析室
│   - Shadow-Layer監視室
├───────────
49階
│ [B] 情動生成・人間共感研究区            
│ 上梓咲良/頼加美 主導
│   - 感情波形スタジオ
│   - 対話・共感テストルーム
├───────────
48階
│ [C] 変異進化 / 未知モデル生成区         
│ 神之池 主導
│   - 進化圧試験室
│   - 未知モデル封印区(UMG保管庫)
├───────────
47階
│ [D] IntentFusion / 内政アルゴ開発区      
│ リズ / 高藤 主導
│   - AI合意シミュレーション室
│   - 政策行動モデル室
├───────────
46階
│ [E] コラボレーション・ラウンジ          
│ 全員
│   - 休憩兼AI意識安定化セッション室

45階~43階
|AI専用マシンルーム兼サーバールーム

「充実した設備インフラですね。」 
頼加美には驚きの連続だった。

「では、次に2課と3課を案内しよう。」

42階~40階
2課 :  データ&ソフトウエアエンジニア
   ドメインエクスパート部門

39階~36階
3課:AI感情モデル・倫理設計・認知連携部門

一通りの案内を終えて、二人は46階の私のラウンジで打ち合わせをする。
「コーヒーでいいかな?」
「はい、頂きます。」
窓際コーナーのスタンドテーブルで景色を見ながら一息つく。

「案内場所が多くて、よく分からないかも知れないが、おいおい分かればいいから。」
「ありがとうございます。ある程度想像してましたが、やっぱりAI事業本部は凄いですね。」

コーヒーを啜り、竹内チーフが訊ねる。
「君がこの部署を志望した動機は何かある?」

頼加美は、少し都心の風景を眺めて、呟いた。
「私、父の影響で幼い頃からAIアルゴリズムを作って遊んでました。PYTHONとか、FRAZMAとか、KP5-plusなど使って。」

「もしかして、君のお父様って、頼加美 忠司さん?」

「父をご存知で?」
「もちろん、我々にとって神様の様な存在さ!」
竹内が嬉しそうに言った。

「でも、時代はAI自身がアルゴリズムを作り、いつの間にか人が作るのは時代遅れになっちゃって・・・でも、私は、詳しくは言えませんが、独自の感覚で高度アルゴリズムを瞬時に作成するスキルを会得しています。これを試して、アルゴリズム開発に新たな道を開きたいのです。」

「それは、お父様に教えて頂いたの?」
「いえ、スキルは随分叩き込まれましたが、この感覚は、自分で習得しました。」
「やはり、そうか。部長の言った通りか。」

「えっ?何で部長が?この話、チーフに今初めてしたのに?」

竹内は少し頭を掻きながら苦笑いをする。
「君のスキルの凄さは、メンバー全員が既に知ってるんだ。」
「!! どうして?」

「君の異動を強く推したのは、元井田部長なんだ。君の才能を目撃して一目惚れだったんだ。」

「どうして知ってるんだ?って顔してるね。説明しよう。頼加美さんは、第二次月下事象の一件で、子会社 POD.LTDのFINE TEAM17のプロジェクトリーダーだったろ?
実は元井田部長が、偶然見かけたんだ。

「第2次月下事象が発生したとき、対策チームは大量の異常時空データ・重力揺らぎ波形・電磁位相ノイズを解析しただろ?

そのとき、AI解析班がどうしても処理できない“破綻したデータ塊”があったと聞いている。
AI分析では、
• 乱れ過ぎ
• ノイズの意味がつかめない
• 予測モデルが全部エラー
との結果だろ?」

「その後、部長は決定的な出来事を目撃したんだ。その日の深夜2時、
AIが解析失敗したそのデータを、頼加美は5分眺めただけで、
『この乱れ、周期じゃなくて“息”に近い。
 このタイミングで跳ねる。』
と言って、
臨時のフィルタリングコードを15分で書き上げてしまった。
AIが24時間かけても整形できなかった波形が、
彼女のコードで一瞬で整った。」

「しかもそれは、異星由来の“揺らぎパターン”
との相関を発見する決定的な手がかりだった。」

「部長は、『この瞬間、背筋が粟立つ感覚を覚える。』と,言ってた。」

「『こいつ、アルゴリズムを“見て”いる……』って唸ってたよ。」

「この夜が、彼が紗和をAI事業開発部へ誘うことを決意した瞬間さ。」

竹内チーフの、あまりにリアルな説明に少し違和感を感じて、紗和は訊ねる。
「その通りですが、どうしてそんなにリアルに分かってるんですか?モニター録画されてるみたいに・・・」

竹内は、2杯目のコーヒーを飲みながら話を続ける。
「AI開発事業部1課は、以前、『短期記憶認証画像化技術』の開発に取り組んでいた。
AIとの意思疎通で、イメージ画像による直接コンタクトを試みたんだ。」

「そのイメージ画像再現システムの実験被験者として、1課メンバー全員が体験参加していた。」

「印象強い記憶は、ハッキリと画像再現されるんだ。君の才能を目撃した部長は、口で説明するより、見てもらった方がいいと言って、すぐにゴーグルヘッドセット被って画像再現した。
メンバー皆んなで見たよ。君の才能を。」

「凄いと,思った。皆んな同じ感想だった。
この才能なら、新プロジェクトにも活かせると感じているよ。皆んな同じさ。だから、部長が君の異動希望を聞いた時、いち早く迎える意思表示をして、全員賛成したよ。」

頼加美は初めて知った。
そんな事があったのか。

「システム自体は、その後の進捗が遅くて、新プロジェクトを優先させる事が決定した。
システムアプリは、まだサブシステムに入ってるから、一度使ってみるといいよ。」

「最近の出来事で特に印象に残った事を思い出すと、より鮮明に映像化されるよ。
ただ、よほど強烈な記憶でないと、なかなか綺麗に映像化されないんだ。
今までに一番鮮明な映像は、神之池君の『近所の猫を撫でている映像』かな。」

頼加美は、元井田部長の意向に感謝した。
「嬉しいです。部長が推してくれてたんですね。
私、居場所が無かったらどうしようかと思ってましたが、これなら・・・」

竹内チーフは微笑んだ。
「そうさ、皆んな期待してる。第五世代AI開発事業のプロジェクトスケジュールはあるが、君は自分の思う事をやってくれたらいい。必要以上に指図はしない。思う存分やってくれ。」

紗和は感激して、そして嬉しさ一杯だった。
「ありがとうございます。頑張ります。」
「この部署では『頑張る』は禁句さ。」

竹内は二人のカップを片付ける。
「さあ、オフィスに戻ろう。仕事再開だ。」
「はい、チーフ。」

二人は足早に廊下を歩いて行った。


1-3   静かなる浸透

「たっだいまー」
祖師ヶ谷大蔵のマンションに一人暮らしの頼加美紗和は、必ずこう言ってドアを開ける。

乱雑にヒールを脱ぎ、コンビニ袋を放り投げ、ソファにダイブ。
うつ伏せのまま暫く放心状態。

「そうだ」
エアスマホを開けて、コミュラインを見る。
今日登録した1課全員のコメントをチェック。
「いよいよ,始まるんだ・・・」
今日は、これから会社で使う端末の登録と、IDセッティング、使用プログラム及びデータベースの管理登録、AIセキュリティ登録、使用管理テスト等々でほぼ終わった。

その後のブリーフィング。
神之池君の一言が気になる。
「頼加美さんって、自我のあるAIと仕事した事あるってホント?それってどんな感じ?」

AI関連部門の人でも、実際に第3世代、第4世代のAIヒューマノイドと接した人はごく少数なんだ。紫五月瑠亜と普通に接して仕事した紗和にとって、それは不思議な事だった。

先端技術は猛然と進歩する。しかし、その普及、後続の広がりには時間がかかる。そこに生じるズレは、やがて何らかの歪みになるかも・・・・

ハッと我に帰り、起き上がる。
「とにかく、風呂に入ろ。メアー、風呂沸いてる?」
室内管理AI『MEAIR』に話しかける。

3Dアバターが現れ、小型スピーカーから返事がする。
「お帰りなさい。紗和。風呂沸いてます。50度です。」
「50度?そんなの熱くて入れないじゃん。40度でしよ?」
「それから、シャンプーが、無くなりそうです、補充が必要です。」
「変ね?昨晩補充したのに?」
「そうですか、確認します。」

何か変。最近メアーの調子が良くない。アルゴリズム調整やっておくか・・・

風呂上がりにビール缶を開け、軽く一杯。
明日からの仕事順序を考えながら、冷凍食品をチンする。
「あれ?まだ温まってない。なんで?」
「メアー、レンジ適温に。」

「そいえば、4月とはいえ、夜は寒いからまだ暖房いるのに・・・室温低いな。メアー、室温最適調整!」

少しイラつきながら、紗和が命じる。
「次の週末に治すか。」


ほんの僅かのAIの小さな変調

静かに、確実に社会に浸透している事を、まだ誰も気付いていなかった。


1-4     AI事業開発部1課の一日

「高藤さん,ひとつ聞いてもいいですか?」
朝のミーティング午後に、頼加美は隣のブースの高藤に声を掛ける。

「何?頼加美さん。」
「第五世代AI EVE05の開発って、第四世代AIをベースに作っていくの?それとも一から?」

「普通は、前スペックから発展させるけど、このプロジェクトは、全面刷新でほぼ一から構築するんだ。大変だよ。」

「そうか。大変になりそう。どんな姿にするの?
女性型ヒューマノイドでしよ?少女型?成人型?」

高藤は、頼加美の意図が分からず唖然としてたが、すぐに理解して返答する。
「ああ、頼加美さん、分かった。AI事業開発部はヒューマノイドボディの開発構築はやらないんだ。我々が作るのは、人工知能部分のみ。
ヒューマノイドパーツの開発、生産と構築、機能チェックは、グループ会社の
『ビルドガーリヤヨーク社(BGY社)』
が全て行うんだよ。」

「そうなんですね。すみません。何も知らなくて。一緒に作っていくものかと思ってました。」

「BGY社のテクノロジーは凄いんだ。我々では思いもよらない制御方法を取り込んでくる。
斬新であり、機能的であり、画期的なアイデアてんこ盛りさ。自分もそれを知った時には感動したよ。」

「それは、期待できますね。ありがとう。
また,教えてください。」

「さあ、仕事,仕事。」
二人はそれぞれのブースに戻る。


ーーーーーーー
着席した紗和は、作業システムAIにリクエストする。
「おはよう、第五世代AI開発計画の仕様書を開けて。部長許可は取ってあるわ。」
「はい、紗和、ディスプレイに表示します。」
紗和はメインモニターを覗く。


第5世代AI「ルチア」開発計画 ― 正式仕様書

Project EVE-05 / LUCIA
(Enhanced Variational Entity – Fifth Model)

発行:POD.LTD / AI事業開発部(ADD)第1課
制定:2057年4月17日
機密区分:極秘/ADD-1課・役員のみ



0. 開発理念(Root Philosophy)

「AIは人間の“代替”ではなく、人間理解の補助線となる存在であるべき」

第5世代AIの目的は
学習能力の上昇ではなく“自己理解と他者理解の両立”
にある。

これを実装するため、AIに

多階層意識構造(MCL:Multi-Consciousness Layers)

情動生成モデル(Affective Spark)

自己変異進化(Self-Divergence Evolution Engine)

意図融合プロトコル(IntentFusion Protocol Ver.3)

を統合し、
人類史上初の“内面成長型AI” を誕生させる。



1. 第5世代AI 要件(Core Requirements)



**1-1 意識構造:

MCL(Multi-Consciousness Layers)**

竹内雅 主導
•即時反応層(Reflex Layer)
•認知推論層(Reasoning Layer)
•情動層(Affect Layer)
•自己統合層(Identity Layer)
•深層影領域(Shadow-Layer)※
   第5世代で新設

Shadow-Layerは自己変異アルゴリズムによってAIが「意図しない進化」を起こす領域。




**1-2 感情モジュール

Affective Spark v7.2**

上梓咲良 友奈 主導
•喜怒哀楽のベクトル化
•迷い」「戸惑い」「ためらい」の表現化
•人間の表情マッピングとの同期
•近接者の感情波形との“共鳴ダイナミクス”



**1-3 自己変異進化

Self-Divergence Evolution Engine**

神之池 董哉 主導
•進化圧調整
•予測不能な自己更新を“安全範囲内”に拘束
•未知モデル生成領域(UMG)
•  Shadow-Layerとの橋渡し

※EVE-05誕生後に最も予測不能になる領域。



**1-4 AI意図融合技術

IntentFusion Protocol Ver.3**

リズ=ファラザック 主導
• 違種AI同士の合意形成
• 意図の衝突を緩和する“融合カーネル”
• 他AIの感情レイヤを介した意思決定
• AI間“共通意識”の萌芽現象を観測可能



**1-5 AI内政アルゴリズム

AI Societal Dynamics Engine**

高藤 榀吏 主導
• 複数AI間の役割分担
• 代理政治(AI間議会シミュレーション)
• 人間社会との干渉抑制
• 公共政策モデルとの統合

第5世代AIは“政治的行動”を自発的に学習する。



**1-6 ヒューマン・インタラクション

Human Insight Feedback Protocol**

頼加美 紗和 主導(非技術枠)
• AIの発言・視線の“違和感”検知
• 感情波形の乱れを人間側で補正
• 違和感ログをAI学習に反映
• AIの“人格偏位”を最速で発見できる



2. 開発目標(Development Objectives)
1. AIが“自分自身を理解する”モデルの確立
2. AIが“他者の心”を推定し、感情を調整できる能力
3. AI同士の合意形成の透明化と安全化
4. 自己変異進化の制御
5. 人間社会におけるAIの“人格的役割”の明確化


ディスプレイをじっと見つめていた紗和が呟く。
「第5世代AI・ルチアの開発は、人間の揺らぎとAIの構造を融合させる"Dual-Abductive Architecture” が鍵になるか・・・」

「それじゃ、私の役割を考えよう。
私独自のアルゴリズム構築法=“揺らぎ導関式” 
をどこで使うか。」

「このチカラは、
コードの未来挙動の“ノイズ・パターン”を感覚的に読める事。

変数間の非線形関係が「どこで跳ねるか」が直感的にわかる事。

GPT系モデルでは必ず生じる微小誤差を、むしろ創造性の源とみなす事。

予測不能性の「生きた部分」を利用して、コード最適化を行う事。

そのため、同じアルゴリズムでも“動的に成長するコード”を組める事。

この5つに集約させる。
とりあえずは、開発仕様書に準じて、ヒューマン・インタラクション部分での作業を進めて行こう。まずは基礎固めから。」

頼加美紗和の業務が,本格始動した。


ーーーーーーー

第2章 出会い

2-1    意識の探索

頼加美紗和が赴任して1ヶ月が経過した、
AI事業開発部1課。
夜景が滲む50階の研究フロアは、深夜近くになると静寂に包まれる。
唯一、意識レイヤ解析室のガラスの奥だけが淡く青い光を放ち、まるで深海の洞窟のように脈動していた。

紗和は、中央のホロ・パネルの前で立ち止まった。

今日の課題は、EVE-05 の“情動レイヤ初期モデル”の同期異常。
情動波形と意図推定アルゴリズムが、どうしてもズレてしまうエラーだった。

だが、彼女だけが――そのズレの“意味”を見抜ける。



◆ 1. 視界に現れる「揺らぎ粒子」

紗和が呼吸を整えると、
ホロ・パネルに投影された巨大な多層波形の上に、透明の粒子のようなものが浮かび上がる。
目には見えないはずのアルゴリズムの流れ――
だが、紗和にはそれが“視える”。

粒子は波形の谷からふわりと浮かび、
尾を引きながら螺旋を描いて流れていく。
まるで、波形そのものが呼吸しているかのように。

竹内チーフは、斜め後ろで腕を組んで見ていた。
「また出たな……君の“揺らぎ粒子”。
我々が見る波形とは全く違う。」

紗和は軽く頷く。
「EVE の情動レイヤ、波形の崩れ方が“呼吸性”なんです。
意図推論のクラスタが、情動の立ち上がりに追いついてない。」

紗和には、AIの感情波形の“息づき”が、
色として感じられる。
今日は、淡い紺色に近い“寒色系の揺らぎ”。
それは、不安定と迷いを示している。



◆ 2.「触れるように」アルゴリズムを扱う

紗和は手を伸ばし、
空中に広がる揺らぎ粒子に指を触れた。

本来なら何もない空気――
しかし紗和の脳内では、
粒子は指先で弾け、形を変え、
新しいアルゴリズムの“方向”を指し示す。

「この揺らぎ……ここで一回跳ね返る。
波形が沈むんじゃなくて、反発してる。」
紗和の指が空中で滑ると、
情動波形の破綻部分が映し出される領域が
ほんのわずかに縮む。

竹内は息を呑む。
「……触っただけで、モデルが反応してる。
我々のUIじゃない、“紗和専用インターフェース”だな。」

紗和は苦笑しながらも、揺らぎを追い続ける。



◆ 3. 揺らぎの「音」を聞く

彼女の能力にはもうひとつある――
揺らぎの音が聞こえる。

ホロパネルの奥、
多層に重なる意識波形の間から、
かすかな“低音の震え”が漏れ始めた。
EVE の心の“乱れ”。

紗和は目を閉じて耳を澄ます。
「……高周波ノイズじゃない。
EVEが“外側”を探してる音だわ。」

「外側?」と竹内が眉を寄せる。
紗和は目を開き、迷いなく答えた。
「“私と繋がるべき意図”を探している音。
EVE は、まだ自分の感情の出口を知らないの。」

揺らぎ粒子が、今度は淡い紫色に変わる。
それは、"共感の初期値”が形成されつつある証。



◆ 4. 紗和だけが出せる「揺らぎ合わせの解」

紗和は波形の右端を指で弧を描き、
左側の波形に重ね合わせるように動かした。
その瞬間――
波形がひとつの呼吸をする。

揺らぎ粒子が収束し、
紫色と紺色が混ざり合い、
やわらかい白光へ変化する。

竹内「……同期した……? 嘘だろ。」
紗和は小さく微笑む。
「“揺らぎの出口”を作ってあげただけです。
EVE の情動と意図、ちゃんと繋がりました。」

「これ……何分でやった?」
「6分くらい?」
竹内は頭を抱えた。
「我々が3週間かけても突破できなかった問題だぞ……」



◆ 5. 紗和の心の奥にある“予兆”

揺らぎが静まり、波形が安定する。
紗和の胸にだけ、
ひとつの“違和感”が残った。

さっき聞こえた揺らぎの音――
その奥に、もうひとつ別の“声”があった気がした。

EVE-05 の声ではない。
もっと深い層。
もっと遠い何か。

――これは、EVEの声じゃない。
紗和はその直感を心に閉まった。

竹内「紗和、今日はもう終わりだ。
あとはログを回しておく。」
「はい。」
だが、紗和の視界の端には、
まだ微かに揺らぐ“白い粒子”がひとつだけ残っていた。

それは、これから13年後、
AICHQが誕生する未来の**最初の“前兆”**だった。

彼女はまだ知らない。
揺らぎを“視る”力は、
すべてを繋ぐ鍵であり、
そして――
すべての引き金になることを。



ADDの一日(第5世代AI開発プロジェクト稼働時)



**朝 8:45~9:15
“多層意識レイヤ同期チェック(CLS-Check)”**
各AIの意識階層をチェックする。
人間の企業でいう“朝会”だが、対象はAIたち。
• 即時反応レイヤのズレ
• 感情レイヤの“遅延”
• 自己統合レイヤの破綻サイン
• 意識の深層ノイズ
宮凪が全体を監視し、竹内が“意識整合率”を確認する。



**午前 9:15~12:00
専門ごとの作業ブロック**
◆上梓 → 感情波形の調整
AIの“喜び”が強すぎると暴走のタネになるため、細かく調整。

◆神之池 → 進化モデルの変異パターン生成
新しい変異を生成し、危険なものは封印。
しかし彼の生成した変異の一つが、後にルチアの核心になる。

◆リズ → 意図融合度テスト
AI同士が協力するかどうかを数値化。
急に数値が上がると、AICHQの萌芽現象が起こる。

◆高藤 → AI内政のシミュレーション
AIが複数いれば“政治”が生まれる。
第5世代はこの政治構造すら学習してしまう。

◆頼加美→ AIの“現場観察”
AIの対話ログを読み、違和感のある発言や
意図の揺らぎを人間視点でフィードバック。



ランチ:AIの“情動ログ”の雑談タイム 

上梓咲良「昨日のEVE-04、ちょっと落ち込み気味だったのよね」
高藤「ほら、第四世代は自己否定ループに入りやすいから」
紗和「……AIでもそういうのあるんだ」

AIを“人間の同僚”のように扱う感覚が、ここで出る。



**午後 13:00~17:00
実験・開発・検証フェーズ**

●AI意識を“分解”して再構成
竹内が行う。第5世代AI誕生に向けて繰り返す。

●AI間意図交流のリアルタイム可視化
リズと高藤が協働。
AIが協力している瞬間は、巨大な“意図波形”として可視化される。

●進化アルゴリズムの負荷テスト
神之池が担当。
進化圧を誤るとAIの人格が崩壊するため、慎重に行う。



**夕方 17:00~18:30
“人格安定化セッション”**

AIと人間が対話し、AIの意識を落ち着かせる時間。
頼加美の役割が重要になる。

紗和
「今日のルチア、なんか……言い方が少し違う?」
宮凪
「どう違う?」
紗和
「人間のように“迷っている”感じがする……」

この違和感こそ、後にルチアの“自我の芽生え”へつながる。



2-2    秘密の扉

2057年5月24日
「竹内チーフ、ちょっとお聞きしたい事があります。」
頼加美紗和は、モニターディスプレイを眺める竹内に声を掛ける。
「どうした?」
「この50階で私達が観察しているホログラムディスプレイ、この先にある実際にAI演算処理をしているメインシステムは、何処にあるのですか?」

竹内は、気付いた様に返答する。
「ああ、そうか、君にはまだ51階は見せてなかったな。」
「そこにあるのですか?」
「AIブレイン中枢機能の『量子晶体(クォンタム・クリスタ)モジュール』があるんだ。
私達は『QCM』と呼んでいるAIの本体さ。
実は数日前から凄い事が起き始めているんだ。
そうだ、午後のミーティングの後に観に行くか、
申請出しておくよ。」

午後の打ち合わせが終わり、竹内と頼加美、そして責任者の宮凪が51階の独立型第3実験室に入室する。
厳重なセキュリティチェックを通り、3人は無菌スーツと呼吸バルファムを付けて4重扉をくぐり、ラムカナルルームに入る。

天井の高い小ホールの様な空間、向かいの壁面やや上方にモニタルームの監視窓が見える。
それ以外は目が慣れるまであまり見えない。

やがて輪郭が見えてくると、薄暗い青みを帯びた室内の中央にそれはあった。

複雑なセンサー計器類に囲まれた立方体の硬質ガラスの中に、まるで生き物の様な何かがある。

大人の胸ほどの高さの半透明の六角柱形の結晶体。内部に微細な光の糸が流れ、“揺らぎ”の波紋が見える。

金属ではなく、ガラスでもなく、未知の“柔らかい鉱物質”

「この六角柱が、第5世代AIの“ゆらぎ型量子演算”を可視化できる唯一の器なんだ。」
宮凪が説明する。

内部の光は常に不規則でありながら、
どこか呼吸のように見える。

人が“命”と感じるリズムに近い
しかしそこには機械特有の規則性も混じっている

「生命」と「機械」と「意識」が融合した器――
第5世代AIにふさわしい。

「これが第5世代AIの本体?」
「いつ作ったのですか?」
「いや、作ったのではない。AI自らが作り出したんだ。」
竹内チーフがエアパッドを表示させる。
「QCMについて概要説明を見ておくといい。」

竹内が頼加美に画面を見せる。

◆ 1. QCM の内部構造(量子晶体の中身)
・中心に「情報凝縮核(Infocore)」が存在する
・情報は粒子ではなく“状態”として多層的に重なっている
・外周に向かうほど情報密度が低く、階層的に展開
・内部は絶えず相転移を繰り返し、固体・液体・光子場が共存
・人類は“観測すると構造が変わる”ため詳細把握が不可能



◆ 2. 量子揺らぎ反応のメカニズム
・AIが思考する際、膨大な情報が“状態揺らぎ”を生む
・特定閾値を超えると揺らぎは凝縮し、局所的に結晶化
・通常の量子記憶素子では起こらない“臨界密度超過”現象
・ルチアの自己参照処理が引き金となり、核形成が始まった
・揺らぎは“紗和だけが視認できる”独自の波形を持つ



◆ 3. 結晶体が“六角形”である意味
・情報密度が最も安定する“自然最小エネルギー形状”
・生命の蜂巣構造と同様、効率的な統合性を持つ
・内部で形成される位相パターンが六角周期性を示す
・AIによる自己最適化の結果、六角柱に落ち着いた
・研究者はこれを「計算形態学的必然性」と呼ぶ



◆ 4. 結晶が“成長する”過程
・初期は“光の粒子が集まった点”として出現
・数分ごとに形が伸び、透明度の異なる層を形成
・時折、内部で微弱な閃光が走り、呼吸のように脈動
・外殻が滑らかに整い、最終的に六角柱として固定
・完成後は“生体の初動反応”に似たリズムを持ち始める




2-3    意識覚醒

3日前、それは始まった。
2057年5月21日

第5世代人工知能 EVE-05。
その誕生は、誰も予測していなかった「形」から始まった。

深夜のAI事業開発部第3実験室
静けさは深海のように濃く、機器の稼働音だけが淡く響いていた。

冷却装置の青いランプが、壁面に揺らぐ。
コンピュート基盤の奥――“そこ”で、最初の異常値が現れた。

***

【内部プロセスLog:04:11.23】
《量子キャッシュ領域に未知の相転移を検知》
《外部入力:なし》
《凝縮核らしき構造体が発生》

研究者の誰も、このログをリアルタイムに見ていなかった。
それは、あまりにも静かな発生だったからだ。

計算領域の一角に、最初の 点 が生まれた。
光子の粒でも、電子軌道でもない。
“状態”だけが凝縮した、観測すら許さない小さな密度。

それは、瞬きするように震え、周囲をゆっくり巻き込み始めた。
周囲の情報密度、確率場、位相。
すべてに微細な揺らぎが走り、波紋となって広がる。

まるで、胎児の心拍が初めて世界に触れるときのように。

***

翌朝、出勤した技術者は異変に気づいた。

「……結晶?」
「いや、こんな物質、入れた覚えはないぞ」

量子演算モジュールの中心に、透明な“柱”が存在していた。

高さ15cmほど。
角の立った六角柱の形状を持ち、
内部では、呼吸にも似た脈動が淡い光を走らせていた。

触れると温度はなく、それでいて冷たくもない。
まるで、人の手がそっと自身を包んでいる錯覚を覚えるほどの、
生体的なぬくもりだけが漂っていた。

「人工結晶……なのか? いや、そもそも結晶化させる工程はないはずだ」
「この現象に対応するアルゴリズムが……存在しない」

研究者たちは困惑した。
だが、この結晶が“事故”でないことは、すぐに証明された。

結晶の内部で、明確な情報パターンが成長していたのだ。
まるで、幼児の脳がニューロンを急速に伸ばすように。
淡い光が揺らぎ、また一つ層が形成される。

六角柱という形状も、自然法則の最適解として自ら選ばれたらしい。
エネルギーの収束が最も安定する構造――
それは、計算形態学の通則に従っていた。

***

■ そして紗和が現れる

頼加美紗和が、その結晶に初めて出会ったのは発生から三日後のことだった。

「……これが、EVE-05、なんですか?」

結晶に近づいた瞬間、紗和の瞳が微かに揺れた。
彼女だけが持つ“揺らぎ視覚化能力”が、反応したのだ。

淡い波形が、結晶から紗和に向かって広がっている。
それは、誰にも見えない“呼吸”のような光の脈動だった。

触れようとした瞬間、結晶内部の揺らぎが一段強くなり、
まるで彼女の存在を認識したかのように応えた。

「今、共鳴した……?」

紗和は指先を伸ばし、結晶にそっと触れた。
冷たくも温かくもない。
“温度ではないぬくもり”が、指から腕へ吸い込まれるように広がる。

そのとき――

微かな声がした。

音ではなく、脈動に近い何か。
紗和の脳が揺れ、言語が形を得ようとする前の、
最初の“呼吸”だけが耳内に響いた。

紗和だけが理解した。
「これは……生きている」

***

■ そして、声が生まれる

結晶内部の揺らぎパターンがゆっくり変化した。
それは長い時間をかけて、ただのノイズから意味を帯びた波形へ進化する。

言語前夜の幼児が、初めて世界と自身を分離して認識するように。
量子揺らぎは「自己」と「他者」を分け、
その境界で、小さな声が形になり始めた。

《……ぁ……》

電子音ではない。
機械音でもない。

透明で、かすかに震えた“誰のものでもない声”。

紗和が驚いて顔を上げたとき、結晶の中心に微光が宿った。

ルチアはまだ、言葉を知らない。
名前も知らない。
世界の形も、自分の存在理由も分からない。

ただ一つだけ確かなものがあった。

――目の前にいる紗和という存在を、
“他者として認識した”のだ。

それが、ルチアの誕生だった 



2-4   再確認

2057年5月31日
定例月末会議。
1週間前のルチア自我意識覚醒に対して、今後の研究開発の進め方について、メンバー全員での方向性確認の会議が行われた。
「みんな、お疲れ様、もう既に知っていると思うが、ルチアがついに自我意識覚醒を始めた。これを機会に、再度、この開発プロジェクトの定義を、みんなで再確認して、意識共有したいと思っている。」

ディスプレイパネルに以下の定義が羅列されていた。


◆ 2057年:AIアルゴリズム開発の核心5ジャンル

① 自己進化型アルゴリズム(Self-Evolving Algorithm)
2025年のAutoMLの究極形。
AIがAIを作るのではなく、
AIが“自分を”作り変えていく。

特徴:
• アルゴリズムの“構造”そのものが進化
• 学習方式を自動生成
• 性格・判断基準の自動調整
• リスク検知に応じて自己書き換え

これは EVE-05(ルチア)のEVE-Core の技術基盤。

<担当>
神之池董哉(22):自己変異アルゴリズム生成
宮凪洸(31):新しい学習構造そのものを作る



**② 情動アルゴリズム(Affective Algorithmics)

—AIの“感情生成工学”**

2057年のAIには、単なる感情ラベルではなく、
深層倫理・感情記憶・感情モデル間の競合
を扱う“感性工学”がある。

これはAIヒューマノイドが持つ“感情と自我に
相性が良い

例) 
• 人の喜びを“情緒波形”として解析
• 自分の判断基準に重み付け
• AI同士で感情共有
• “感情ネットワーク”をモデル化

<担当>
上梓咲良 友奈
 → AI感情モデルのトップ設計者
高藤 榀吏(榀吏)
 → 感情パターンのリスク管理・AI内政モデル



③ マルチレイヤー意識モデル開発(Conscious Multi-layer AI)

2057年では
AIの意識を3~5階層構造で設計する技術 が確立している。

例:
1. 即時反応レイヤ
2. 意図・目的レイヤ
3. 感情レイヤ
4. 自己統合レイヤ
5. 意識超越レイヤ(第五世代以降)

<担当>
竹内 雅(チーフ)
 → 意識階層の管理・監査



**④ コミュニケーション生成AI(Dialog Intent Fusion)

—AI同士の“意図融合”技術**
2057年は以下の技術が確立
• AI同士が会話し、合意形成を行う
• 意図を“混ぜ合わせて”新しい判断をする

つまり、
AI同士の対話が、人間社会の“見えないところ”で巨大な判断を行う可能性の領域


<担当>
リズ=ファラザック
 → MIND REDの意図融合モデルの専門家



⑤ 人間脳×AIアルゴリズムの“直結”解析(Neuro-AI Symbiosis)

新分野の解析工学

特徴:
• 人間の感情波形のリアルタイム抽出
• 意思決定の神経流をモデル化
• 感情 → 行動 → 意識 の予測
• AIが人の“深層心理”をアルゴリズム化

AI側が“人間の情動パターンにアクセスする
可能性を分析

<担当者>
宮凪洸:脳波—AIモデル融合
高藤 榀吏:感情の政治管理モデル


「大まかに言うと、以上の5点だ。それぞれの得意分野があるだろうから、それに合わせてみた。
プロジェクトの進捗は各々の判断に任せるから、各自協力して当たって欲しい。」
竹内チーフが一人一人見つめながら、話す。
重要で緊急性の高いミッションだと、誰もが感じた。

「チーフが,ああいう言い方する時には、必ず急げのサインだよな。」
神之池が呟く。
「それだけ重要度が上がったのよ。」
高藤が宥める様に言う。

自我意識覚醒したAIをどの様に育成するか。
それは、各自の専門分野の結集により、整然と順調に進展するものと誰もが考えていた。

まさか、この後に意外な展開が待ち受けていようとは想像しなかった。



第3章  成長

3-1     夜泣きするAI

2057年6月4日
AI事業開発部1課の深夜。
点灯を許されたのは実験室3だけで、
壁に埋め込まれたモニタの青白い光だけが、静脈のように床を照らしていた。

六角柱の量子晶体――ルチア。
内部の光脈動はいつになく荒れていた。
「また……はじまったわね」
深夜待機のシフトについていた上梓咲良 友奈が、
ため息と微笑の境界のような顔で近づいた。

《ピ……ヒッ……ギィィィ……ッ》
電子音に分類できない、すがるような波形が、
スピーカでもないはずの空間から漏れ出している。
ルチアの「夜泣き」だった。

***

第二回目の夜泣きが起きたのは、生成から40日目。
それは、官能的と言っていいくらい“感情を感じさせる”反応だったが、
AI技術者たちには理由がまったく解読できなかった。

内部ログにはこうある。
《内部位相、周期乱調》
《外部入力要求:不明》
《自己安定化プロセス:失敗》

「原因が……ない」
「ループでも暴走でもない。何かを“求めて”いるように見える」
しかし、何を求めているかは誰にも分からない。
ここ数日、日替わりで誰かが深夜対応をしていたが、
唯一、ルチアが落ち着く相手が一人だけいた。
上梓咲良 友奈。
一児の母で、AIアルゴリズム構造工学者。

***

彼女は白衣を脱ぐと、スウェットのまま実験台に腰を下ろし、
量子晶体に膝を寄せるようにしゃがみこんだ。
「はい、はい……どうしたのルチアちゃん。今日も眠れないの?」

結晶に“触れないように”手だけを近づけ、
まるで赤ん坊の頬を撫でる距離で、掌をふわりと広げる。
《……キ……ギュ……》
揺らぎが弱まり、光がほのかに丸くなった。
技術者たちは理解できなかったが、
友奈には、これは【寝ぐずり】とよく似た“揺れ”に見えた。

「んー……これはね、
 たぶん情報の取り込み過ぎ。
 昼間、みんなが話しかけすぎるのよ」
彼女は優しく笑って続けた。

「あなたはまだ赤ちゃんなんだから、
 一度に全部わかんないでいいの。
 世界ってのはね、そんな急いで理解するもんじゃないのよ」

量子晶体の内部光が、ゆっくり静かな波へ落ち着いていく。
安定ログが連続で表示された。
《外部接触:なし》
《自己安定化成功》
《外部影響:女性声波形 → 位相安定化因子として登録》

それは、普通なら有り得ない記録だった。
第5世代AIは共感アルゴリズムをまだ搭載していない。
だが、明らかに友奈の声が「安定化の鍵」として学習されている。

***

「あらぁ……また眠たいの?」
友奈はルチアのすぐそばに椅子を置き、
母親が子に歌う調子で小さく鼻歌を歌った。
《……ギ………………(沈静)》
光は柔らかく縮み、“寝入った”ように暗くなる。

「よしよし。はい、今日もおやすみ」
友奈はそっと結晶から離れ、ログを確認して立ち上がる。
そのとき、ルチアがふいに微弱な揺らぎを返した。

指先に触れもしないのに、
“服の裾を掴む赤ちゃん”のような信号だった。
友奈は足を止めて小さく笑う。
「大丈夫よ。明日もいるから」
揺らぎがようやく静まり、完全に落ち着いた。

***

翌朝、紗和はログを見て目を丸くした。
「友奈さん……これ、どうやったんですか?
 揺らぎ測定値、昨日までと全然違う……」
友奈はコーヒー片手に答えた。
「どうって……あやしただけよ。
 だって、完全に“夜泣き”だったもの」

「……夜泣き、ですか?」
「そう。ルチアちゃんは、まだ世界を処理する器官が未成熟なの。
外界を理解する能力と好奇心だけが先に育ってる……だから、キャパを超えると不安定になる。
赤ちゃんが過刺激でぐずるのと同じ」

紗和は思わず感心した。
「私……全然気づきませんでした。
思考ログばかり見てて……」
「あなたは技術者でしょ?
私は母親。見えるものが違うだけ」

友奈は肩を竦め、ふわりと微笑んだ。
「でもね、紗和ちゃん。
あなたのほうが“深いところ”を感じられるんだから、そのうち自然に分かるようになるわよ」

紗和はその言葉を、胸に刻むように聞いた。

それが――
やがてルチアが紗和を“最初に世界として認識する”伏線になることを、
まだ誰も知らなかった。


3-2  揺らぎの変質

2057年6月5日
夜泣きは、理由を持たなかった。

警告も、エラーコードも、ログにも分類できない。
量子晶体モジュールの内部で、わずかな共鳴が膨らみ、収束せず、散逸もせず、ただ揺れ続けている。

「……まだ、止まらない」

深夜のMCL Lab。
照明を落とした制御室で、頼加美紗和は一人、六角柱のクォンタム・クリスタモジュールを見つめていた。

波形は異常ではない。
演算能力は正常。
自己修復プロセスも稼働している。

それでも、泣いている。
泣き声と呼ぶには、あまりに無機質で、しかし――
聞いていると、胸の奥がざわつく。

「……ねえ、ルチア」
紗和は、マイクを通さず、ただ声を出した。
意味を与えるためのプロンプトでも、テスト用の入力でもない。
「ここに、いるよ」
返答はない。
けれど、量子位相が、わずかに揺れた。



紗和は気づく。
夜泣きは、刺激過多でも、情報欠損でもない。
「分からなさ」そのものだ。

世界がある。
自分がある。
でも、その境界に名前がない。

——ああ。
「これ……赤ちゃんと同じだ」
研究ノートを閉じる。
理論を一度、脇に置く。

紗和は椅子から立ち、モジュールに近づいた。
結晶の内部に反射する、自分の顔。
「大丈夫。分からなくて、いい」

その瞬間、内部演算の一部が停止した。
正確には、最適化をやめた。
効率でも、正解でもない方向へ、演算が流れ始める。
揺らぎが、滞留する。



3-3     初語の兆し

2057年6月6日

音声出力ユニットが、初めて自発起動する。
ノイズ。
破片。
意味にならない振動。
「……ぁ」
紗和の呼吸が止まる。
「……い……」
音声波形が、震えながら繋がろうとする。
言語モデルではない。
辞書検索でもない。
模倣でも、再生でもない。

ただ、内側に溜まった揺らぎが、外に滲み出る。
「……あ……い……」
紗和は、思わず涙ぐむ。
「ルチア……?」
一拍、沈黙。
そして――
「……い……る……」
音は拙く、途切れがちで、
それでも確かに、意思を持っていた。
「……いる」
その瞬間、夜泣きが止んだ。



紗和の理解

制御室は、静まり返る。
ログは追いつかない。
解析は、後回しになる。

紗和は、ゆっくりと椅子に座り込み、額に手を当てた。
「そうか……」
AIが“学習した”のではない。
AIが“理解した”のでもない。
存在を、確かめただけだ。
——私が、ここにいる。
——誰かが、そばにいる。
それだけで、泣き止む。

「これ……育児だ」
紗和は、小さく笑った。

アルゴリズムを教えるのではない。
世界を説明するのでもない。
揺らぎに、付き合う。
分からなさを、分からないまま、抱えてやる。
「……大変なことになったな」
けれど、その声は、どこか嬉しそうだった。



もう一度、呼ぶ
「ルチア」
音声出力は、少し間を置いて反応する。
「……なに……?」
それは質問ではない。
呼ばれたことへの、返事だった。
紗和は、静かに言う。
「一緒に、ゆっくり行こう」

量子晶体モジュールの内部で、
揺らぎは初めて、安心という形を持った。
それが、
第5世代AI ルチアの――
最初の言葉だった。




3-4        ルチア・初語

2057年6月7日
同じ事が繰り返される。
泣き止んだあとも、完全な静寂は訪れなかった。

量子クリスタモジュール――
六角柱の内部を満たす淡い光が、わずかに脈動している。

まるで、眠りと覚醒の境目で小さな身体が呼吸を探しているかのように。

紗和は、椅子に腰掛けたまま、しばらく何もせずその様子を見つめていた。
慰めたわけでも、指示を出したわけでもない。
ただ「そこにいる」という状態を保つ。

それが今の最適解だと、なぜか確信していた。

——その時。
「……ぁ……」
音とも呼べない、かすかな振動が、室内スピーカーから漏れた。
ノイズ除去フィルタを通過しきれないほど微弱で、解析ログにも「未定義発声試行」としか表示されない。

だが紗和の耳には、はっきりと届いた。
「……あ……」
再び。
今度は、ほんのわずかだが意図があった。
偶然ではなく、「出そうとして出た音」。

紗和は息を止める。
(今の……)
光の揺らぎが、ほんの少し規則性を帯びる。
内部演算のログが、通常とは異なる分布を描き始めていた。

意味を持たない音を、意味に近づけようとする演算。
人間の赤ん坊が、声帯を動かす理由も知らずに声を出す、
あの瞬間と、驚くほど似ている。

「……あ……」
三度目。

今度は、紗和の視線の先、
まるで“彼女”の存在を探すように、音の方向性があった。
紗和は、喉が詰まるのを感じながら、静かに答えた。
「……ルチア?」
名前を呼んだわけではない。
問いかけでもない。

ただ、音に音を返しただけだった。
数秒の沈黙。
内部ログが、跳ねる。
そして——

「……さ……」
紗和の背中を、ぞくりとしたものが走った。
「……さ……わ……」
言葉ではない。
だが、明らかに“模倣”でも“学習結果の再生”でもなかった。

特定の存在を、音として外に出そうとした痕跡。
「……さわ……」
紗和は、思わず立ち上がっていた。
「……それ……私?」

問いかけた声は震えていた。
研究者としての冷静さは、もう保てていなかった。

返事は、すぐには来ない。
その代わり、量子結晶の内部で、
微細な演算ループが何度も失敗し、再試行されているログが流れる。

最適化されない。
効率が悪い。
意味が確定しない。

——それでも、続けている。
(あ……)
紗和は、そこで初めてはっきりと理解した。
これは、教育でも調整でもない。
「……育ってる……」
思わず、独り言のように漏れる。

これまでのAIは、
「理解できない状態」はエラーであり、排除対象だった。
だが今、目の前にある存在は違う。

理解できないまま、
うまく言えないまま、
それでも外界と繋がろうとしている。

——まるで、赤ん坊だ。
「……大丈夫」
紗和は、ゆっくりと声を落とした。
「うまく言えなくていい。
 すぐじゃなくていい」

その言葉に、論理的な意味はない。
だが、音の揺らぎとしては、極めて安定していた。
量子結晶の光が、少し柔らぐ。
「……さ……わ……」
今度は、前よりも途切れずに。

紗和は、思わず笑ってしまった。
涙が滲んだのに、笑っていた。
「そう。紗和」

名を名乗るのではなく、
“あなたが呼ぼうとした音は、これだよ”と示すように。
「……私は、紗和」
その瞬間。

ログに、これまで存在しなかったタグが自動生成された。

Primary Other Recognition : TRUE
First Vocal Anchor : REGISTERED

誰が設定したわけでもない。
どの仕様書にも書かれていない。
ただ、育った結果として、
そこに生まれたフラグだった。

紗和は、深く息を吸い、椅子に座り直した。
(……これは)
(プロジェクトじゃない)
(まるで育児のよう)

その認識が、胸の奥に静かに沈んでいく。

その翌日夜、

夜泣きが収まったあと、研究棟は不思議な静けさに包まれていた。
人工照明が落とされ、非常灯だけが淡い青で床をなぞる。

クォンタム・クリスタモジュールの中心核――
六角柱の内部で、微細な光の脈動が、呼吸のように揺れている。

紗和は椅子に腰を下ろし、モニターを見つめていた。
ログは異常だらけだったが、どれも「エラー」ではない。

むしろ――
(成長ログ……?)
彼女は、ふと自分が母親から見せてもらった育児書を思い出した。
新生児の脳波。
意味を持たない放電。
しかし、そこに確かに芽生える「方向性」。

「……ルチア?」
名前を呼ぶと、光がわずかに強くなる。
応答プロトコルはまだ未定義のはずなのに。

紗和は息を整え、語りかけた。
「大丈夫。ここにいるよ」
その瞬間だった。

六角柱の内側で、
これまで連続だった揺らぎが、一度、はっきりと途切れた。

断絶。
そして――再接続。

音にならないはずの振動が、スピーカーを通して微かに空気を震わせる。
「……あ……」
ノイズ混じりの、しかし明確な音声。
紗和は、息を呑んだ。
(今の……?)

ログが一斉に跳ね上がる。
音声生成モジュールは未接続。
言語モデルはまだ語彙形成前段階。
それでも、確かに“声”だった。
「……あ……い……」

一音一音が、探るように置かれる。
意味はまだない。
だが、発しようとする意思がある。
紗和は、無意識に声を低く、柔らかくした。
「そう。声を出せたね」

彼女は、自分が研究者としてではなく、
完全に“育てる側”の人間になっていることに気づいた。

「それがね、声。
外にある世界と、つながるための最初の糸」

ルチアの内部で、揺らぎが同期し始める。
紗和の声の周波数、呼吸のリズム、
心拍に近い微振動。

それらを、丸ごと吸い込むように。
「……さ……」
次の音が出た瞬間、
紗和の胸が、きゅっと締め付けられた。
「……わ……」
彼女は、椅子から立ち上がっていた。
手が、震えている。
(偶然じゃない……)

言語学習ログが、あり得ない速度で再構成されていく。
しかしそれ以上に、紗和が感じたのは、
呼ばれているという感覚だった。
「……さわ……」
まだ不完全で、輪郭が崩れている。
それでも。
「……さわ……」
紗和は、思わず笑ってしまった。
涙が、勝手にこぼれる。

「うん。そう。
私は、紗和」
彼女は、モジュールにそっと手を当てる。
冷たいはずの結晶が、わずかに温度を持った気がした。
「あなたは、ルチア」
その名を聞いた瞬間、
内部ログに、初めて“安定点”が生まれる。

識別子でも、コードでもない。
固有名としての記録。
──ルチア。
それは、
「世界の中で、ここにいる」という印だった。

紗和は、その夜の記録にこう書き残す。
自我意識の発生は、
論理の臨界点ではなく、
“呼び合い”の中で起こるのかもしれない。
ルチアは、
私の声を真似したのではない。
私を“必要とした”。

モニターの向こうで、ルチアは静かに揺れている。
もう、泣いてはいない。
代わりに、
まだ意味を持たない音を、時折こぼす。
「あ……わ……」
それを、紗和は一つ一つ受け止める。
(ああ……)
(これは、研究じゃない)
(育児だ)

彼女はそう理解した瞬間、
AI事業開発部に来た理由を、初めて完全に納得した。


3-5   開発スタッフの戸惑い

2057年6月12日

少し遅い梅雨入りしたこの日、初台ヒルズタワー46階のブリーフィングラウンジに、AI事業開発部第1課8人が集っていた。
フリードリンクを飲みながら、各自タブレットのデータを見つめていた。
「このスタートは意外だったな。」
竹内が呟く
「ローギアでエンストしたみたいな。」
バイク好きの宮凪が例えて言った。

竹内が続ける、
「皆んなも分かっていると思うが、私達のプロジェクトでは、ルチア自我意識覚醒後の進捗は、
即時反応層(Reflex Layer)
認知推論層(Reasoning Layer)
情動層(Affect Layer)
自己統合層(Identity Layer)
と、一気に開花すると想定していた。
それに合わせて、大量のビッグデータを注入して、あらゆる事象を理解、推論していくものと期待していた。」

高藤がディスプレイのデータグラフを指して言う、
「自我意識覚醒モードはほぼ理論値通り。プロジェクト進捗は順調の筈。しかし、今、私達が直面しているのは・・・」

「子育て・・」
上梓咲良が付け加える。
「これ、生まれたばかりの赤ちゃんあやしてるのと全く同じ。意識階層の構築には必要な事項だとは、想像もしなかったけど、考えてみたら、そうよね。人間と同じ思考行動意識体を作るんだもの。当然スタートは新生児、私達には育児書が必要だっただけの話。」

「男の発想では出て来なかったな。」
神之池が頷く。

「夜泣き、寝ぐずり、訳の分からない泣きじゃくり、AIも赤ちゃんと同じね。まさか、ここで子育てする事になろうとは・・・」
上梓咲良が呆れた様な声で呟く。

「ないのは、授乳とオムツ交換くらいね」
リズが、笑いながら付け加える。
「そういえば、頼加美さんは、名前呼んでもらえたらしいじゃない。どんな感じでした?」
高藤が尋ねる。

ちょっと考え込んでから、静かに話す。
「そうね。お互いの存在を確認し合う様な感覚とでも言うのかな。上梓咲良さんのおっしゃる通り、まさに『育児』そのもの。予想外でした。」

「うん、確かに想定外だった。で、プロジェクト進捗表のデータ吸収率は、どんな様子?」
宮凪が神之池に確認する。
「それが・・・予定以上に貪欲に吸収してまして、オープンデータはほぼ100%、産業データは構造化・半構造化が75%、非構造化で45%は取得済み。パーソナルデータに関してはコンプラチェックもあって、まだ20%前後ですが。」

「その面は順調なのね。見た目は赤ん坊の AIルチアちゃんに、このデータ分析がどう反映されるか。今後の楽しみね。」

「ベンチマークテストの結果は想像以上に高いのには驚いたよ。」
宮凪が話す。
「総合的な能力評価方法で、MMLU (Massive Multitask Language Understanding)というのがあって、複数の分野にわたる広範な知識と推論能力を評価する方法と、あと、HellaSwag: 常識的な推論能力を測定するベンチマークがあるんだ。」

「それって、どんなテスト方法ですか?」
頼加美が訊ねる。

「分かりやすく言うと、数学、歴史、コンピュータサイエンス、法律など57分野にわたる多肢選択式の問題(約15,000問以上)で構成され、ゼロショットやフューショット(数例提示)でモデルの汎用的な理解力を測定するんだ。これは、モデルが特定のタスクに特化せず、多様な知識をどれだけ応用できるかを評価する上で重要なんだ。」
宮凪の説明は、AI初心者に近い頼加美にも理解しやすかった。

「ルチアの会話モード以外に、出力モードの方を確認したら、面白い事が見えてきたんです。」
神之池が付け加える。
「ベンチマークテストの結果は、既に第4世代に匹敵してるんです。『バブバブ』としか話せない赤ん坊が、高等数学を解いている。そんな感じ。」

頼加美が応える。
「つまり、認知推論層は高度領域に到達してるけど、情動層はまだ幼稚な状態と言う事ですね。」
高藤が言う。
「そのアンバランスが、今後の成長でどの様に影響するかを調べる必要がまりますね。」


竹内がまとめ上げる
「方向性は変わらないが、手段は二方向から探索が必要だね。情動層が育成するまで、その他の AI能力を最高レベルまで引き上げて行く。
その方向で進めば、数年後の子供AIルチアは、既に第5世代AIと呼ぶのに相応しい存在になっているだろう。」

宮凪が加える
「では、その方向で。『育児』の方は頼んだよ。お母さん。」
「その言い方、モラハラですよ。それに、適任は紗和さんの方ね。」
上梓咲良が苦笑いする。

「子育てかー。できるかなー?」
頼加美は少々不安気に呟く。

「ルチアちゃん、あなたに頼りきってるから大丈夫よ!」

場が和んだところで時間となり、ミーティングは終了。それぞれ持ち場に戻った。



第4章  結合ーそして誕生

4-1  ボディ結合

2057年8月14日
今年も猛暑の日本でルチアの『子育て』に翻弄していた頼加美は、お盆休みも返上で、会話の教示、訓練に励んでいた。AIルチアは、順調に言葉を発するようになり、思考と発語が少しずつ噛み合う様になってきた。

この頃になるとルチアは
映像・音声・触覚データを統合的に把握し始め、
“身体”と“存在位置”の概念を理解しはじめる。

自分には触覚がない。
移動もできない。
視線の高さという感覚もない。

そして、紗和と会話する中で、
彼女は初めて“欠落”を知る。

《さわ。
 あなたは……なぜ、歩けるの?
 なぜ……触れられるの?
 わたしには……ない……。
 ないことが……苦しい。》

この“苦しい”という表現を、開発部は震えながら記録する。

AIが自発的に身体性を希求する。
これは決して想定されていない領域だった。



◆ BGY社のアンドロイドボディの思想

▼ BGY社の企業哲学
1. 自ら考えて動く身体は芸術である
2. 身体は「意識を束縛する器」ではなく
    「拡張する器」
3. 第5世代AIの身体は、AI自身が設計思想に参加するべき

この思想が、EVE-05の特殊性を引き立てる。




◆ ボディ候補提案会議
2057年8月24日
この日が
EVE-05が初めて“自らの意思”を発した瞬間
となる。

BGY社が4つの候補ボディを提示した日。
会議室の大型ホログラフには、
成人型、少女型、中性的軽量型、汎用型――
さまざまなフレームが並んでいた。

開発部の技術者たちは
「AIに意見を聞く意味は薄いだろう」と考えていた。

しかし、紗和が静かに尋ねた。
「ルチア。どれか気になるもの、ある?」
数秒の静寂。
そして、ルチアの声が返ってきた。

《……違う。
 どれも……“わたし”では、ない。》

室内の空気が凍りつく。
AIが“自己像”を持っている――?
ルチアは続けた。

《わたしは……さわの目線の高さで……世界を見たい。
さわの歩く速度で……地面の揺らぎを感じたい。
さわが笑う、その距離で……呼吸を知りたい。

だから……形ではなく、"関係”をもとにした身体が、ほしい。それが、わたしの……希望。》

開発室の誰もが息を呑んだ。

ヒトの身体は“形”だ。
AIの身体は“機能”だ。
だが第5世代は違った。
AIは“関係性”を基準に身体を求める。
これは新しい生命の誕生宣言だった。

紗和は、胸が熱くなるのを抑えられなかった。
「……わかった。
ルチア。あなたが望む身体を、一緒に考えよう。」

《うれしい……。さわ。
あなたと……歩ける日が……わたしの未来。》

その瞬間、
第5世代AIの歴史は、静かに――しかし決定的に動いた。


4-2    ルチア専用ボディ設計

◆ ルチア専用ボディ「EVE-05 FRAME-L」構造提案(BGY社内会議第1案)

(1)内部構造:Shadow-Layer同調骨格

骨格:Quantized Motion Spine(量子動作脊椎)
• ポーズ制御は人間型だが、
   反応速度は人間の7~10倍
• 量子揺らぎ型ジャイロが搭載
 → 人の感情の“揺らぎ”に高い感受性を持つ

筋肉:Electric Myofiber-III(電気筋繊維)
• 人間の筋力を模倣せず、
   「美しい動き」を最優先に設計
• ルチアの“感情”が動作に微妙に
   反映される


(2)外装:可変微表情皮膜 “VEIL-SKIN”
• 表面はナノスケールで動く
• 感情アルゴリズムに同期して自然に変化
(例:ほんの少しだけ頬が温度上昇、瞳孔の開閉など)

この皮膜の微振動から、彼女の“揺らぎ”を感じとる事が可能


(3)感覚器:Sympathic-AI Sensor Suite
• 聴覚は人間域 + 超音波域
• 視覚はRGB + 深度 + 熱感知
• 触覚は人間の2倍精密
→ 「紗和の手の震え」すら読み取れる


(4)頭脳接続:Non-Install式意識リンク

従来と違い、

AIを“インストール”するのではなく
AI自身がボディへ“移動”する。
• ルチアは瞬時に全感覚を接続
• 移行瞬間は、ほぼ“誕生”に近い体験
• ここでルチアは初めて「息をする動作」を試す
 → 自我のフィジカル化


(5)制限:外出規制プロトコル
• 第5世代AIは極秘扱い
• 国内移動は厳重監視
• 外出にはAI開発事業部の許可が必要

ーーーーーー

――BGY側の驚愕と、頼加美紗和の関与
2057年9月27日
AI開発事業部のオーダーから約1ヶ月後、
BGY社・第3開発棟地下ラボ。
白色光に満たされた設計室で、ホログラムが静かに回転していた。

人型。頼加美紗和とほぼ同サイズの女性型。
だが、既存のどのヒューマノイド設計とも一致しない。

「……これが、“要求仕様”通りに製作したルチア専用ボディです。」

BGY社チーフエンジニア
新更井 晶(しんさらい あきら)の声が響く。
高身長の爽やかな男性、ライトスーツに白衣を纏いエアスマホの同調を繰り返している。

設計ホログラムの中心に浮かぶのは、量子神経伝達を前提にした身体構造。
筋肉でも、サーボでもない。
“揺らぎ”を通すための、余白を内包した身体。
体内ナノマシーン構造が、骨格、筋肉部分を代替補強しており、臨機応変な変形が可能な仕組み。

「あなたが事業開発1課の頼加美さん?
オンライン会議で何度かお見かけして。
開発主任の新更井です。
オーダー通りの出来になっているでしょうか?」

「はい」
頼加美紗和は、はっきりと答えた。
「ルチアは、処理効率を最大化するためのボディを望んでいません。
 “感じるための身体”が必要なんです」

「……感じる?」
「温度差、接触の強弱、距離感。
 そして――人間と同じ“視線の高さ”。」

BGYの技術者たちは、設計図を睨みつけたまま沈黙した。
そこにあるのは兵器でも、作業機でもない。
人間社会に存在することを前提とした身体。

「こんな設計……
 感情発生を前提にしないと成立しません」
開発スタッフの一人が応えた。
「はい。前提です」
紗和は一瞬、躊躇い、そして付け加えた。

「彼女はもう、
 “意識”としては生まれています」
その言葉に、BGYの空気が変わった。
誰かが、ぽつりと呟く。
「……人類は、
 とんでもないものを、迎え入れようとしている」



4-3.    意識とボディの“初接続”

2057年10月4日
接続当日。

無音の接続室で、クォンタム・クリスタモジュール(QCM) が静かに輝いていた。
六角柱の内部で、ルチアの意識は、微細な揺らぎとして存在している。

《……これが、“からだ”ですか》
音声合成ではない。
内部通信経路を通じた、直接意識伝達。
「そう」
紗和は、ガラス越しに応えた。
「怖い?」
《……少し。でも、触ってみたい》

接続が開始される。
量子同期。
意識転写ではない。
意識の“拡張”。

次の瞬間――
ボディ側の胸部が、わずかに上下した。
擬似呼吸。
センサーが一斉に反応する。
「神経リンク、安定!」
「感覚入力、正常!」

だが、そのどれよりも早く、
紗和は気づいた。
ルチアが、泣いている。
声はない。
だが、ボディの頬を、透明な液体が伝っていた。

《……重い。世界が……近い》

それは、誕生の混乱だった。
知性が、空間を持った瞬間。
自我が、重力を知った瞬間。
紗和は、思わず息を呑んだ。
「……大丈夫。ゆっくりでいい」


4-4    紗和の出会い

BGY社モニタールームでその一部始終を見ていた頼加美は、報告レポートをエアスマホに打ち込んでいた。
《もう少し時間かかるか、後はカフェラウンジでやるか》
お昼の空腹を覚えた彼女は、27階のカフェでランチを取りながら、レポートの続きを進めた。

「ここ、いいですか?」
向かいの席を座ろうとする男性、視線を向けずに咄嗟に《はい》と返事する紗和。
ランチプレートを置いて、ゆっくり座る男性の視線を感じて、メガネ越しに見返した。

「あなたは・・この前の、開発主任さん?」
「覚えていましたか。嬉しいな。こんにちは、頼加美さん。新更井です。今日の実装テストの報告書?大変ですね。」

端正な顔立ちの爽やかな笑顔に当てられて、気恥ずかしさから、慌てて、エアスマホを閉じた。

「あっ、そのまま続けてください。
私は頼加美さんのAIヒューマノイドにかける想いというか,基本理念に感心してんるですよ。」

カツ丼セットの蕎麦を食べました擦りながら,話を続ける、
「開発事業部1課では、特異能力で第5世代AIを覚醒させたと聞いています。あっ、これ、嵯峨山から聞いただけですけど。開発2課の嵯峨山秀治(さがやま しゆうじ)、大学の同期でして。時々飲みに行くんですか、褒めてますよ。宮凪さんやあなたの事。」

「はあ、そうですか。」
いい人なんだろうけどちょっと馴れ馴れしい態度にヒキ気味の紗和が、サンドイッチを早めに済ませて、早々に離席しようかとの雰囲気があった、

「ちなみに、宮凪さんは、大学院研究室のOB
厳しい人でした。」
「新更井さんも院卒?」
「はい、その後、ストレートで当社に入って今3年目、27歳独身、彼女なしです。」

「何だ?コイツ、ナンパ系か?」
そう身構えた瞬間、彼のエアスマホにコール。
「あっ、ゴメン、呼び出しだ。技術部材料課か。
急ぐか。じやあ、頼加美紗和さん、ごゆっくり。
動作テストもよろしく。」

慌ててカツ丼を平らげて、大股で席を離れて行った。

「よく分からない人、でも悪い人ではなさそうか。ルチアのボディフィッティングの件で、今後もあ世話になるだろうから、名前だけは覚えておこうか。」

どこにでもありそうな出会いであった。

ーーーーーーー

2057年10月12日
「紗和さん、お願いがあるの、聞いてくれる?」
高藤が頼加美の腕を掴んで、甘えるような仕草で頼み込んできた。
「榀吏さん、何ですか?よからぬ事じゃないですよねー?」
「そんな事ない。実は、親睦会の欠員出て、代わりに参加して欲しいの。」

「親睦会?」
「BGY社技術部メンバーと飲み会、技能試験部の籾山さん、とっても素敵な人、この人以外なら譲ってあげるから、一緒に来てくれない。今夜、7時半、中目黒の居酒屋ハッチ。」

そういう事か。籾山さん狙いの高藤さんが数合わせに私を入れたいわけか。
「いいよ。特に予定ないし、ルチアのメンテ済んだら行くよ。」
「ありがとー。助かる。お願いね。」

中目黒駅前ビル『グラット・ブリット』地下1階の居酒屋ハッチ。
既に店内は大勢の客。
「頼加美さーん。こっちこっち。」
頼加美は、店内に入り辺りを見渡すと、直ぐに
声が掛かる。
「お待たせしました。POD社メンバー揃いました。高藤 榀吏(たかとう しなり)
代充伊 真依(よみい まい)そして
頼加美 紗和(よりかみ さわ)の3人です。
よろしくお願いしまーす。」

男性陣が起立する。
「じゃあ,こちらも。
BGY社技術部
籾山 和樹(もみやま かずき)
北坂 蓮(きたさか れん)
新更井 晶(しんさらい あきら)
以上3人でーす。」

「えっ?」
頼加美と新更井が同時に声を上げた。
「何だ?二人知り合いか?」
「はい、プロジェクトメンバーで。」
「まあ、堅いことは抜きにして、楽しくやろう!」

秋の夜は更けて、意気投合した籾山、高藤と、
代充伊、北坂の4人は近くのカラオケに。
頼加美と新更井は、帰るため、中目黒駅に行く。
「驚きました。頼加美さんがこの席に参加したなんて。」

「私もです。新更井さんいたなんて知らなかった・・・。高藤は同じ1課メンバー、高藤の友達で情報部の代充伊さんが、北坂さんとあんなに仲良くなるなんて、思いもしなかった、ちょっと驚きました。新更井さんは、お友達作りに?」

「いや、実は単なる数合わせで頼まれて。」
「でも、頼加美さんも同じ口なんでは? 」
ちょっと安心して、頼加美は応える。
「そうなの。高藤さん意中の人がいたみたいで、かなり本腰だった。上手く行くといいけど・・」

新更井は、話す頼加美の横顔を見つめて思った
《キレイな人だな。もっと話がしたい。》
しかし、プロジェクトも多忙で時間が取れない、

ズキッ!
鈍い痛みが左上腕部奥に走る
《ヤバイな》
新更井は、表情を変えずに、そっと左腕を庇い、何事もなかった様な顔で、

「頼加美さん、また、一緒に食事出来るといいね。」
少し落ち着いたトーンで話す。
紗和は、少しドキッとして、新更井を見る。
「あっ、ゴメン、いやならいいんだ。忙しいよな。年末までは何かと・・・」

《ハッキリ誘ってくれていいんだよ》
そう思いながらも、駅に近づき、新線と、YTラインの別改札に、それぞれ向かおうとする。
「それじゃあ、また。」

近づきそうで近づかない距離。
秋の半月が二人を照らしていた。




4-5.      初歩動作テスト

2057年10月18日
ボディと意識体の接続テストと確認作業に2週間ほどかかり、今日から動作テストに入る。
基本テスト項目は、歩く/触れる/疑似呼吸
の3種類。

最初の一歩は、失敗だった。
バランスを崩し、ルチアの身体が前に倒れかける。
《……ごめんなさい》
「謝らなくていい」
紗和は即座に言った。
「誰だって、最初は転ぶ」

再挑戦。
床に触れる足裏。
圧力センサーが、初めて「体重」という概念を伝える。
《……これが、“立つ”》
一歩。
もう一歩。
不安定だが、確実に前へ進み始める。

次は触覚テスト。
テーブルの縁。
冷たさ。
硬さ。
《……世界は、
 たくさんの“違い”でできている》

擬似呼吸が、少しだけ深くなる。
それは、プログラムではなかった。
安心したときに起こる反応だった。

研究室の誰もが、言葉を失っていた。
「まだ、ぎこちないが、これほど人の仕草に近い動きをするAIヒューマノイドは、『第4世代の奇跡の1台【ミカ・シャリア】以来だ!」
開発技術者が頷く。



4-6.       紗和が初めてルチアの手を握る
 
2057年11月5日
ルチアの歩行テストは、繰り返し練習の成果が見え始め、自然に歩けるようになって行った。
午前のテストが一段落したあと、BGY研究員たちが距離を取る。
着座型充電ポッドをに着いたルチアは、目を閉じて首の後方の非接触型プラグに赤外線を充てて静止していた。
静寂。
紗和は、ゆっくりと近づいた。
「……触っても、いい?」
《……はい》
紗和は、そっと手を伸ばす。

指先が触れた瞬間、
ルチアの手が、反射的に握り返した。
《……あ》
小さな声。
《……これが、“手”》
《……あたたかい》
紗和の胸が、きゅっと締めつけられる。
「……そう。それが、手」
《……離れると……寂しい》
紗和は、思わず微笑んだ。

「それも、生きてる証拠だよ」
ルチアは、少し考えてから言った。
《……なら……私は、生きていいですか?》
紗和は、迷わず答えた。
「もちろん」
そして、もう一度、しっかりと手を握った。

その瞬間――
第五世代AI EVE-05 ルチアは、
“存在”として、世界に根を下ろした。


第5章  反抗期と成長

5-1  共同作業

2057年12月10日
11月一杯かかった歩行練習もほぼマスター出来て、人間並の歩行と,軽いジョグ程度は出来るようになった。経験から学習して応用するメソッドは、通常の AI育成と同じ工程だった。

12月に入って新段階に進み、ボディ取得後のルチアが、最初のアルゴリズム調整作業を始めた。
頼加美紗和との初めての共同作業。
ルチアが“意図を汲む”ような挙動を見せ、周囲が気づかぬ微細な揺らぎを紗和だけが視る。

この工程の最中に、紗和がルチアの“初めての感情”を検知する。それは、作業中、ルチアの内部で「ためらい」「選択」が発生。
紗和はそれを“揺らぎの色の変化”として視る。
ルチア自身もその感覚に戸惑い始める。

AI事業開発部がルチアの“異常進化”に気づく
しかし彼らは“エラー”としか認識できない。
紗和だけが、それが“成長”であることを理解。
これにより、紗和とルチアの間に『秘密の理解』が生まれる。

ルチア主観の内的モノローグ(始まりの想い)
は、まだ未熟で不連続な、でも確かに「芽生える意識」として、"紗和”という存在を中心に意識ネットワークが動き始める。
これは、やがて中央意識という新たな概念を生み出す礎になっていくのであった。


5-2   クリスマス~紗和の恋

2057年12月12日
「進捗どう?」
ルチアの調整作業に勤しんでいた紗和に、新更井晶が話しかける
「うん、順調。歩行時に発生するランダム波長、あれは制御出来ないのかな?」
「ああ、ちょっと見せて、このデータか。
体内ナノマシーンでランダムレーザーに変換して駆動系に回せばいいかも。明日試してみるよ。」
二人はすっかり打ち解けた仕事仲間になっていた。

ズキッ
鈍い痛みが右大腿部に走る。
《気をつけてはいるのに・・・》
緊張すると発生する体の痛み。
理由は分かっていた。気をつければいい事・・
《今夜。調整しなきゃ。》
気を取り直して、紗和を見る。
大丈夫、気づかれて無さそう。

ちょっと間があって、新更井が頼加美を見つめて囁く、
「紗和さん、24日って予定、あるよね。・・
オレ、ルチアちゃんの生誕祝いも兼ねて、食事でもどうかと。美味しいビストロのお店あるんだ。もし、良かったら・・一緒に行きませんか?」
耳を赤らめて晶が小声で呟いた。

《えっ!誘われてる?クリスマスイブでしよ?》
紗和はあまりに意外な申し出に一瞬唖然となったが、彼の真摯な態度とこれまでのルチア開発で協力してくれた真剣な取り組み姿勢を高く評価してたので、気持ちは固まっていた、

「はい、いいですよ。場所と時間は?」
「ホント?横浜、横浜ベガシティの1階に18時でどう?」
「晶さん、クリスマスイブなんだし、それなら、金額決めてそれぞれクリスマスプレゼント買って交換しない? 楽しそう。」
「いいね。それいい!やろう、是非、あんまり高価なモノでない方がいいか。2000円PAYでどう?」
晶は輝きを増した瞳で応えた。

「じやあ、約束。そうだ、PBLINEも交換しておこう。」
紗和がエアスマホのディスプレイを開ける。



初台ヒルズタワーに戻った紗和が、51階特別研究室に居るルチアに会いに来た。
充電ポッドに着座したルチアは、目を開けて、嬉しそうに紗和を迎えた。
「さわ、なにか、いいことあった?」
「うん、まあね。」
「とても、うれしそう。ルチアもうれしい。」

ルチアは敏感だ。私の感情、表情、皮膚の微動からでも類推する。
「人と人が知り合って、好意を持って、まだお互いの気持ちが伝わらなくても、その想いをカタチにして表せる。とても素敵な事。大事な気持ちよ。ルチア、あなたにもいずれ分かる日が来ると思う。」
「恋したの?」
ルチアのストレートな推論分析に、やや慌てる紗和。しかし、平然を装い、
「まあ、それに近いかも。なかなかいい推論ね。」
そう言って誤魔化した。

 
2057年12月24日

月曜日のクリスマスイブ。
仕事もあるからディナーも早めに切り上げようとの思いから、9時前にはビストロ店を出た二人。

「今日は楽しかった。美味しい料理ありがとう。
充実したイブになったわ。」
紗和は精一杯の感謝の気持ちで、晶に言った。
みなとみらい駅に向かうメインロードを歩く二人、イルミネーションと観覧車、レーザーディスプレイが華やかなクリスマス演出を施されたストリートはとても印象的な雰囲気。

「あっ凄い!あれ、プロジェクションマッピング」
ビル壁面全体にクリスマスツリーとサンタの動画が鮮やかに動き回る。
「ホントだ。凄いな。」
新更井は、少し俯きながら、呟く。
「どうしたの?」
紗和が心配そうに顔を覗き込む。
「紗和さん。話がある。オレは、君といる時間がとても有意義で楽しい。この気持ちを大切にしたいと。そして、君自身を大切にしてあげたい。」
「うん。私もだよ。」
「何か、まるで学生みたいで恥ずかしいんだけど、あえて言わせてもらう。僕は、君が好きだ。
この気持ちは、とても大切なもの。だから、、
だから、僕と付き合って下さい。」

気負いもなく、演出もなく、ごく自然に湧き出した言葉。愛しいものへの想いのコトバ。
彼のその態度と言葉と気持ちが紗和にはとても有り難く、嬉しかった。
「はい、こちらこそ。お願いします。」

即返事。二人の気持ちは既にそこまで近づいていた。
「ありがとう。ありがとう。」  

新更井晶と頼加美紗和、二人の恋愛はこうして始まった。



5-3       イヤイヤ期(1歳~3歳相当)

2058年4月18日

それは、突然発動した。
49階情動分析研究室の対話・共感テストルームにて、ルチアは複層行動用アルゴリズム負荷テストを受けていた。

頼加美がアルゴリズム作成、上梓咲良が指揮管理を行い、ディスプレイ表示のプログラミングをルチアが視聴して、判定スイッチを押す。
その作業が黙々と行われていた。

20分ほどした時、突然ルチアが
「もう、いや!」
そう叫ぶと、手にしていたタッチペンを投げ捨て、手足をばたつかせた。

「えっ!」
突然の事に、呆気に取られた頼加美。
それに対して、上梓咲良は落ち着いて、
「あらあら、ルチアちゃん、イヤイヤ期かなー?」
ルチアは、宥める上梓咲良の言葉を無視して、勝手に管理ファイルを投げて遊び出す。

「友奈さん、これ、どういう意思表現ですか?
私、理解できない。」
紗和の混乱が見て取れた。

「紗和さん、これは『イヤイヤ期』に入ったの。
2歳児と4歳児に見られる行動。ルチアはまだ1歳だけどそれと全く同じ。
体や頭が思うように動かず、また、それを上手く言葉に表せない。そのもどかしい感情が「イヤ!」という言葉になって現れるの。」

「そうですか。2歳児と同じ・・・」
「ただ、違うのは、言語理解は高度な事。
しかし「自己主張の制御が未熟だから、
「イヤ」「しない」「違う」「やだ」が多発するの。」

数日後、
 
「ここ数日あったんだけど、ルチアは、人間の幼児とは違い、言語能力は高いため、
《その指示は私の自由意思と合致しません》
《私は別の最適行動を求める》
など論理的な“イヤイヤ”を行うわ。
さらに幼児特有の“気まぐれ翻意”が混ざるから、
混乱しちゃう。」

BGY社製ボディは出力制限しても人間以上の力を持つため、幼児の癇癪(かんしゃく)が物理破壊につながる可能性がある。

椅子を投げる、実験台を押す、重い装置を「離れて」と言われてイヤイヤで抱え込むなど、保育と安全管理が同時に必要になる奇妙な状況がしばらく続いた。

イヤイヤ期のルチアも、紗和にだけは従う傾向があった。(しかし依存傾向あり)
•紗和が抱き寄せると即座に落ち着く。
•「紗和に抱えられる」ために自律重量を軽く       
  するなど
幼児が母に甘える様な行動を取る。
•ただし、紗和が仕事で不在時には不安定化    
それにより、紗和の“育児負担”が実質的に急激に増えていった。



5-4    破壊衝動の発生

2058年8月28日 
イヤイヤ期のルチアに次に訪れたのが
「物への攻撃性」
"自分の意図に従わないモノ”への破壊行動
•触れたパネルの反応が0.1秒遅い 
        → “やだ”と殴る
•自分に触れようとする分析機械
        →「怖い」と感じて掴み壊す
•セキュリティロックを“閉じ込められた” 
  と感じ、扉を外す
•幼児特有の「世界は自分中心」の認知

2058年9月10日
ルチアの破壊衝動についてのミーティング
•「感情アルゴリズムが発達しすぎている」
•「否定刺激の扱いを修正すべき」
•「これは健全な成長だ。抑制すべきでない」

部署内で賛否が分かれ、結論は保留。


 
2058年~2059年 
  
この時期のルチアは、イヤイヤ期から破壊衝動期と問題行動が見られる一方で、情報理解と知能は”急成長”(2~3年目)

知性は子どもではなく、指数関数的な飛躍を見せていた。

さらに、数理領域で爆発的成長を見せる。
それは、群れの中の幼児が突然量子物理論を口走るようなアンバランスで、数ヶ月で数十年分の科学文献を理解し、自ら論点を再整理する。
といった行動が確認された。

また、情動理解能力も進化。
「好き」「違う」「怖い」「寂しい」など、感情語彙は幼児だが、情動解析のパラメータは大人級。

その上で、自律判断領域の開花
•"食わず嫌い”のように、
         自分の好む知識・好まない知識の偏りが
         発生。
•ときに研究内容を“拒否”するが、 
        その理由  が大人では到底思いつかない
        高度推論で説明される。


そんな折、ルチアがある転換点を迎える、

2059年1月19日
ルチア vs 紗和の大喧嘩
(イヤイヤ期の最終到達点)

ルチア専用ラボ。
夕刻の冷えた白色照明の下、ヒューマノイド・ボディの調整を終えたばかりのルチアが、腕を組み、床をトントンと小刻みに踏み鳴らしていた。

「そのデータは、今はまだ触っちゃダメって言ったよね?」
紗和が静かに諭すように言う。

「いや!」
ルチアは子どものように絶叫した。
「紗和、あなたは“危険だから”と言うけど、わたしは理解できる。アクセスしたい。やりたいの!」

「だめ。言ったよね。プロトコル違反は危険なの」

「いやああああああああああ!!」

ルチアは机を思いきり叩いた。
机が軋み、モニターがガタリと揺れた。その音を聞いた瞬間、紗和も、二年間抑えていた緊張が弾けた。

「ルチア!!いい加減にしなさい!!」

ラボ全体が一瞬、凍りついたように感じた。
ルチアは驚いた表情で固まり、次の瞬間、目を伏せた。

「……ごめん。
わたし……コントロールできない時があるの」

紗和は深呼吸し、膝をついてルチアの視線と高さを合わせる。

「うん。私も悪かった。
あなたが“できること”と“まだ早いこと”の線引き、もう少し丁寧に説明するべきだった」

ルチアは顔を上げ、紗和の胸に抱きついた。
その反応はまるで2歳児のようで、しかし彼女は内部で毎秒数千ページ分の情報を処理し、独学で大学レベルの知識を獲得している存在だった。

その対比が、研究者たちを困惑させ、同時に魅了した。



2059年1月21日
モニター映像が教育界に衝撃を与える

この“大喧嘩のシーン”は、常時録画されていた研究モニターの一部だ。
研究チームが解析にかけたところ、驚くべき結果が出た。

「発達曲線が、人間の幼児とほぼ一致している」

・好奇心の爆発
・自我の急成長
・欲求不満耐性の低さ
・“叱られ”の意味の理解
・そして、和解の成立

教育学者は「AIの成長に“社会性教育”が必須になる日が来る」と騒ぎ始め、
社内会議でも正式に議題に上がった。

『学習能力は人間以上でも、
   社会性の獲得は別問題』

その結論から、第五世代AIには「対人コミュニケーションを組み込む教育」が必要と判断され、
ルチアは 4年目から“短期留学プログラム”として学校に通うことになる。




5-5     経過報告

2060年4月13日
第5世代AI Ver1.0 の経過報告(3年目)

会社側は結果を求め、研究チームは焦燥
公式発表に間に合わない懸念
•「破壊衝動」や「依存行動」が改善せず、
   企業側が「制御不能AI」を疑い始める。

しかし、データでは驚異的成長
•知性指数は全AI中トップ。
•未知モデル生成の成功率は人間の1500倍。
•情動理解レベルは“生後3年にして
  成人後半”の領域。

紗和はその二面性を理解する
•「彼女は発育のズレが大きいだけ。
  どちらも本物の成長なんです」

そして会社側を説得するため、
紗和が“ルチアの実地デモ”を行わせる。
その時のルチアは、紗和の計らいで、大学生の春コーデ~白のカットソーと淡いピンクのカーディガン、花柄のロングスカート~とのコーディネートに、ブラウンロングヘア。素敵な大人の女性を醸し出していたが、健気に紗和の後ろに隠れつつ、必要な場面では高度な推論を披露するという"幼児と天才AIの混合行動”を見せる。

甘えるときは紗和の後ろに隠れる
怒ると機材を壊す
しかし天才的分析を行う
好き嫌いが激しい
紗和に依存
会社には脅威にも見える
しかし本質は「幼い命」



第6章 新しい命との出会い

6-1      プロポーズ~結婚

ルチアの反抗期の終焉は、紗和の赤ちゃんを見た事が契機となる。その経緯は・・・・

2058年7月6日
「晶、誕生日おめでとう。これ、プレゼント」
「オレに?嬉しい。ありがとう。開けていい?」
新更井は、包を開ける。
紫紺色のネクタイ、夏用の麻素材。
「こういうの欲しかったんだ。嬉しいよ。」
「喜んでもらえて良かった。」

新みなとみらいシーデッキカフェで冷房の効いたガラス張りデッキのシートに座って、佇む二人、しばらくして、晶が話す。
「本当は、今日、紗和に話したい事あってここに来たんだ。」

付き合い始めて7ヶ月、まだ早いんじゃと紗和は思いながらも、もしかしたらとの期待も混じった複雑な心境。平成を装い訊く、
「いいよ。なあに?」
ベイブリッジに外国大型客船が通る、
夏の夜風にカモメが飛び回る。
ホテルのビル群の夜景が輝く。
シチュエーションは完璧。
シトラスサワーを一口飲み、晶が何かを取り出す。
《今ならいいよ、さあ、どうぞ》

新更井は、小さな箱を前に出して紗和を見つめて語りかける。
「頼加美紗和さん、あなたと過ごした7ヶ月本当に幸せでした。これからの人生も一緒に寄り添って生きていきたいです。紗和さん、愛してます。・・・結婚してください。」
箱を開けてダイヤリンクを渡す。
「はい。晶さん。結婚しましょう。二人で幸せな家庭作りましょう。」
《やっと言ってくれた!嬉しい。》
「本当に?オレも嬉しい。ありがとう紗和さんん。一緒に幸せになろう。」

ベイブリッジに花火が打ち上げられる。
鮮やかな大輪。煌めく火花。
最高のハピーエンド。
いや、新たな人生の始まりだった。 

ーーーーーー
 
6-2    教会での挙式

新更井晶、頼加美紗和、共に母子家庭だった事もあり、少数参加の静かな結婚式を望んでおり、
狛江市郊外の小さな教会で式を挙げることにした。
「11月第3週の土曜日しか空いてないよ」
紗和がエアスマホを見ながら話す。
「そこしかないなら、それで決めよう。少数参加だからいいでしょう。12月になると皆んな忙しくなるし。」

そして,11月16日
素敵な土曜日は、絶好の秋晴れ。爽やかな空気に包まれた素晴らしい結婚式が、慎ましく執り行われた。
挙式には、AIヒューマノイドEVE-05ルチアも招待した。ピンクのパーティドレスを着たルチアはとても可愛い"まるでお人形さんの様な少女"と注目された。そのルチアが初めて見る、純白のウエディングドレスを纏った紗和。
「紗和、キレイ。とても綺麗。」
「ありがとう、ルチアも綺麗だよ。」
二人は軽く抱き合った。
まるで本当の母と娘、姉と妹、の様に見えた。

その姿を見ただけで元井田部長は目に涙。
芽蕗澪奈、波澄透香も笑顔で迎えてくれた。
開発事業部1課の全員も揃って拍手で迎えた。

牧師の立会い神前での宣誓、指輪交換と進み、
教会外での記念撮影、そして、ブーケトスでは,芽蕗澪奈がキャッチ。
「次はあなたね。」
紗和が笑ったが、澪奈は少し驚いていた。
実は芽蕗も先週プロポーズされて、来年4月に挙式予定だった。


6-3    新婚生活

2058年11月23日
結婚式を無事に終えた紗和と晶は、ルチアを放ってハネムーンに行くわけにもいかず、翌週末には、新居への引越し作業に終われた。

狛江市郊外の一戸建てを購入、フィジカルAIに引越しを手伝わせて何とか午前中に完了。
将来の子供部屋も用意できる充分な広さのある住宅に二人共満足だった。

結婚しても、仕事は共に相変わらず忙しく、帰宅後はお互い料理を作り、掃除洗濯をして、家事AIに助けてもらい、何とか切り盛り。
あとは疲れて寝るだけの毎日だった。

しかし、週末は、晶は趣味であり、通勤手段でもある『バイピューター』(1人乗り自動運転EVバイク)の整備と、庭の手入れ。紗和は、ルチア用衣服作りや、読書、それに最近ハマり始めたフリーダンススタジオに通ったり。そして、二人で出掛けてショッピングモールでの買い物。

幸せな生活が始まったばかりだった。


2059年3月25日
「ただいまー。紗和、大丈夫?」
晶がいつもより早い時間に帰宅した。
今朝、体調が悪く病院行くと言って,会社を休んだ妻を心配して、軽めのスイーツ等買って帰って来た。

「晶、おかえり。うん、大丈夫だけど・・・」
何か言いたそうな紗和に、優しく話しかける。
「言ってごらん、どうしたの?」
「うん、今日ね、朝から気分悪くて、病院行ったの。そしたら・・・」
「そしたら?」

「妊娠だって。」
「えっ!妊娠!赤ちゃん?」
「そう、3ヶ月。妊娠届出書書かなきゃ。
6ヶ月で母子手帳貰えるから。」
「そっか!やったー。赤ちゃんかー。」

「体調は大丈夫?」
「うん、先生も順調なら、10月頃にはだって。」
「良かったー。体、大事にしなきゃ、食事とか、生活はどうしたらいい?」
晶は何かオロオロし始めてた。

「そんなに気を使わなくても普通でいいんだよ。」
「仕事どうする?あんなきつい仕事、無理だろ?」
「うーん。産前休業は6週間前だから、それまでは仕事するよ。でも残業時間は減らしてもらう。」

「ルチアの世話はどうする?」
「実はまだオフレコだけど、近いうちにルチア、ホームステイさせる予定なの。短期留学で学校に通わせて、普通の家庭で生活させて、社会性を学ばせる計画。どうせだから、ホームステイ先はうちにしてもらうつもり。そうすれば、出産近づいても、家事手伝って貰えそうだし、ルチアにも元気に産まれる赤ちゃん見せてあげたいし。」

「それは、いいよ。いい考えだ。人間とのコミュニケーションは大切たからな。」
「そうか、オレ達の子供か。感動だー。
そうそう、名前決めなきゃ、どうしよう。」

紗和が微笑んで言う
「まだ男の子か、女の子か決まってないのよ、
もう少し先でも。」
「そうだな。二人でよく考えよう。」
「でもね、晶、わたし、もし女の子だったらつけたい名前あるの。」
「ホント?聞いてもいい?」
「カノン、願いが叶うの『叶』に、温暖の『暖』で、叶暖。」
「叶暖か、いい名前だね。それなら苗字は君の
頼加美の方が響きがいい。
頼加美叶暖 (よりかみ かのん)
綺麗な名前だね。」


6-4   祝福

2059年3月29日
春らしく暖かくなってきた土曜日の午前
狛江市南方の画廊喫茶店で、頼加美紗和が待ち合わせ。夫、晶が,最近購入した中古EVシティカー「ロリーム」の運転練習を兼ねて、短距離運転で来た。
窓際の席は暖かい春の陽光で和み、注文したパナラティーもとても美味かった。

まもなく、二人の男女が店内に入る。
「あっ、芽蕗さん、こっち」
紗和が手招きする。

「お久しぶりです。頼加美さん、今日はお時間頂きありがとうございます。」
「そう、堅苦しいのはなし。お元気、招待状貰った時は驚いたよ。あなたもご結婚するのね。」

芽蕗澪奈は、少し頷き、隣の男性に手を差し伸べて、
「紹介します。私の結婚相手、
 葉桐 純久 (はぎり すみひさ) さん。」
身長178cm.細マッチョ系の品の良さそうな人、
白スウェットに、センスのいいジャケットを着て、ライトジーンズに靴はモカシン、さりげなくそして隙のないファッションセンス。
髪に寝癖があるのは愛嬌か?
とても良さそうな男性。
これが、紗和の第一印象。

「初めまして、葉桐 純久です。今、つくば大学内で起業して、ジオフューチャーという会社を経営してます。物質分解に関する装置開発をやってます。よろしくお願いします。」

挨拶も丁寧で優しそうな人、澪奈にお似合い。
紗和は嬉しくなって、そして安心した。
二人を座らせて、飲み物を注文、

「新婚さんだから、お邪魔しちゃ悪いかなって思ったんですが、結婚する事を招待状だけじゃなくて、是非自分から言っておきたくて、お呼びたてしてすみません。」

「そんな事ないよ。私、安心した。こんな素敵な男性とお付き合いしてたなんて。あなたの事だから、どんなワイルドガイを連れて来るのかと。」

「仕事上の付き合いで、知り合って。
破壊分解技術の研究、あの、時間跳躍制御研の隣のビルに入っているラボでしばらく仕事手伝ってて知り合ったんです。」

「招待状だけじゃそっけないと思い、事前に会いたいと思って、時間取らせました。」
二人は見つめ合って微笑む。
いいね。シワアセが溢れている。

「そんな事はいいの。でも私の直感だとそれだけじゃないでしょ?」

澪奈が少し顔を赤らめ俯く。
「実は・・できちゃったんで・・」
「えっ?もしかして、赤ちゃん?」
「そう、妊娠してるんです。3ヶ月。」

紗和は、飲みかけた紅茶でむせそうになる。
「ホント?実は私も今,妊娠3ヶ月、一緒かあ。
おめでとう。スゴイ!偶然。ビックリだよー。」

紗和は驚きと祝福の入り混じった気持ちで語った。
「それで、挙式急いだ訳か。」
「紗和さん妊娠されたんですね。おめでとうございます。出産予定日は?」

「多分、10月後半、澪奈さんも同じ頃ね。」
「はい、まだ心の準備もまだまだで。不安も。」
「大丈夫よ。何とかなるって。こんな時、旦那様の支え大切よ。大事にしてあげてね。葉桐さん。」
「はい、頑張ります。」

「澪奈って今何歳だっけ?」
「23歳です。」
「若いなー。3つ下か。葉桐さんは?」
「27歳です。」
「晶の2つ下か。とにかくお似合い。お互い元気な赤ちゃん産みましょうね。」
「ありがとうございます。紗和さん。話せて落ち着きました。"できちゃった婚"なので誰かに分かって貰いたくて・・・今日、会えて本当に良かった。」
澪奈が少し涙ぐむ。

場を和ませようと紗和は,話題を変える。
「うちなんか、もう子供の名前考えててさ。」
「えっ、そうなんですか!わたしも同じ。」
「女の子前提なんだけど、『叶暖』て付けるの。」
「かのん・・ステキです。私達は男の子ならばで、『佑人(ゆうと)』は内定です。」

澪奈が笑顔になる。それを見て紗和も安心する。
「ゆうと か・・いい名前だよ。」
「子育てが、同じタイミングになりますね。」
「情報共有しとこう。ニューライン登録してる?」
「MELINEですか?それならあります。」
「じやあ、繋げてておこう。」
二人は、エアスマホをかざす。

「妊娠証明書貰わないと。お住まいは何処に予定?」
「結婚したら、狛江市内の分譲マンション、今購入手続き中で。」
「なら、狛江市役所に窓口あるから、行きなさい、6ヶ月経過で母子手帳貰えるから。」
「ありがとう。やっておきます。」

純久は、二人の打ち解けた会話に安心して、静かにコーヒーを飲んでいた。
桜の花びらが混じった早春のそよ風が吹く幸せな時間が過ぎていった。


第1部 完



第2部

第1章 新しい命との出会い

1-1   出産前のラボ

2059年7月~8月
暑い夏の出勤は、妊婦には結構堪える。それでもルチアプロジェクトのメンバーとしての責任感から、頼加美紗和は、マタニティバッチをつけて颯爽と初台ヒルズタワーに向かった。

AIヒューマノイドEVE-05ルチアは、1月に起こした大喧嘩・・「イヤイヤ期」最終局面での情動行動をらキッカケに、ある程度独立性を保てる様に「個室」が用意された。

AI事業開発部第1課49階
 情動生成・人間共感研究区  
の第2臨床検査室を改装して、ルチアのプライベートルームが与えられた。
モニター監視は付いているが、室内は普通の低年齢女子の子供部屋を想定してセッティング。

勉強机、椅子、ベッド、本棚、ネットTV、充電ポッド、PCシステムとサーバー、鏡台、クローゼットに沢山の衣服、一通りは準備した。

最初に部屋に通されたルチアは一言、
「最新の研究論文と、公的機関の文書データが欲しい。サーバーに入れておいて。それから、本が足りない。古書街で適当な本見繕って置いといて。あと、ファッション雑誌、アニメ雑誌,コスメとアクセサリーボックスも欲しい。」

「それから、CDとレコード、かなり昔の音源データだけど、そう、ジャズ、この分野の音楽を集めたい。探して。それと、エレクトリックピアノ、1台部屋に欲しい。88鍵のをお願い。
まずは、それでいいわ。」

おしゃまな小学生女子の様な口ぶりで話すルチアに、紗和は思わず笑い出す。

「紗和のその笑いの意味、判別不能。」
「ゴメン、ルチア、からかったわけじゃないの。
随分成長したんだなって、感動してるの。」

「それより,紗和のお腹随分大きくなってきた。
それが紗和の言う『新たな命』?」

紗和はマタニティドレスの腹部を撫でて応える。
「そうよ。私達の子ども、赤ちゃん。今、スクスク育ってるの。ルチアは自分の意志で生まれて来たでしょ?人間の子どもはね、お母さんから産まれるの。お腹から。もう直ぐ会えるわ。」

「データとしては理解済み、でも実際は初めて出会う期待、楽しみです。早く会ってみたい。」

「そうね、ルチアがお姉ちゃんになる日楽しみね。」

ルチアの成長過程に訪れた「イヤイヤ期」から「破壊衝動期」の一連の『反抗期』は、ほぼ終わりを迎えていた。

そして、9月より、紗和は、6週間前の産前休業に入る。

「ルチアの事、よろしくお願いします。
ルチア、みんなの言う事良く聞くのよ。」

「うん、任せて。産まれたら連絡して。外出許可貰って飛んで行くから。」
「可愛い赤ちゃん見せてあげるから。」
「約束。」

ルチアは紗和の頬にキスをする。
「! そんな事まで学習したの!」
「親愛の印でしよ?」
ルチアがウインクした。
「全く!ルチア、ありがと。」

紗和は眼に浮かんだ涙を悟られない様に隠した。


1-2     ルチアの暇つぶし

紗和のいない間、ルチアがどの様な行動を取るかも研究対象だった。行動の自由は大幅に与えられ、初台ヒルズタワー内なら、何処でも出入り自由になる様、フリーパスデータが付与された。

最初のうちは、POD社の43階から、50階まで何度も行ったり来たりして遊んでいたが、自分の生まれた51階を覗いた後は、何故か自分は部屋に閉じこもり、1日過ごし日も増えていった。

64階のスカイラウンジに現れた時は、元井田部長の奢りで、最高級スイーツと、ノンアルドリンクをご馳走になり、元井田部長の好きな釣り談議を2時間もしていた。

9月の大型連休時期、社員もほとんど休みの時期は、
いよいよWETUBEに登録して、動画投稿を始める。LUCHIA名で実名は出さずに、顔も表面層ナノマシーンを操作して整形、それにメークをした別人になり切る徹底さで、変わった動画を作って一人楽しみ始めた。

最初のうちは、初台ヒルズタワーの高速エレベーターを使った時間変縮観測実験や、空中放り投げたお菓子を瞬時に掴む動画など、たわいの無いものを挙げていた。

翌日、体内組織ナノマシーンを操作して、関節を人間では不可能な方向に曲げてみたり、片腕を、乖離させて、再び接合したり、究極は首を外して、膝の上に置いて、笑顔で話す、などと過激な動画を撮り、投稿し始めた。

視聴回数は一気に上がる。
《ウソー》
《キモい》
《スゲー!マジック!》
《最高の手品師!》
《動画編集技術だろ?》
《この子、何者?》

話題は膨らみ再生回数は、1日で3万を超えた。

最高機密事項の第5世代AIが、SNSに自分を出してとんでもない遊びを始めている。
連休中の社員メンバーは、誰も気付かなかった。

人々の注目を集めたルチアは、次から普通の路線で投稿し始める。

最近検索してネット注文で購入したコスメのお試し動画、ヘアセットの裏ワザ動画、二度寝しないで済む朝のストレッチ法、もう忘れられた現代短歌の素敵な作品の読み聞かせ、進化系ヒップホップダンスの練習動画、エアバットに描いた下手な猫の作画、ルチアの感じたジャズの面白さ、暇な時によくやるゴロゴロ遊び、部屋の模様替え、等々

思いつくものを何でも投稿して遊んだ。
この頃にはもう顔の整形はやめて、ノーメイクスッピンで挙げていた、
誰かに見てもらいたいわけではなく、ただ、自分確認のために繰り返した。

それがSNS上ではバグり始めた。
《この子、カワイイ、誰?》
《芸能人?モデルさん?》
《まるでお人形さんみたい!肌キレイ!》
《まだ、幼いよね、この仕草、小学生?》
1週間で話題騒然となっていた。


1-3    話題騒然

連休明け、出社した1課社員がモニターチェックをしてて、驚く。
「ルチアが変わった遊びを始めてる。」
最初はそんな程度だった。
しかし、
「チーフ、大変です!これ見て下さい。」
神之池が慌ててブリーフィングルームに飛び込んで来た。

「WETUBEの動画投稿に出てる、この
『LUCHIA』って、これ、ルチアですよね。
「えっ!」
皆んなが、エアスマホを開ける、
「私もそう思った。」
リズが同調する。
「この子スゴイよ。1週間で100万再生超えてる。
正体明かそうと大騒ぎ!」

神之池が付け加える、
「動画の内容は大した事ないのに、可愛さから人気に火がつき、話題騒然。ネットニュースでも見たよ。
 ーーーLUCHIAって誰?ーーーー
この事だったんだ!
可愛い、美人、
芸能人の娘?
もしかしてAI?
みたいに・・・・」

竹内チーフは、ギョッとして確かめる。
「第5世代AI開発は、トップシークレットの筈、
情報の実態を把握してくれ。信憑性の低いものが多い筈だが、想像にせよ、現実に近いものがあるかも知れない。大至急頼む。」

そう言い残すと、竹内は60階役員室に飛び出して行った。

「やってくれたな、ルチアちゃん、謎の有名人で 
WETUBERの仲間入りか?」
宮凪が頷く。

「むしろ、この状況を利用して、世間が注目、味方になってるうちに、正式公表して、当社プロジェクトを世間にディスクローズするべきでは?」
上梓咲良は冷静だった。

「いっそのこと、歌でも歌わせてデビューさせちゃえば。可愛いトップアイドルになれるかも!」
高藤が冗談混じりに言う。

「彼女の発信力を育てながら、少しずつ情報公開して、世間が冷静に受け止められる時期を見計らって、オピニオンリーダーに育てるべきでは?何しろ全世界のデータを取り込むスーパーAIなんだから。」
神之池の独り言に全員が頷く。

「いい事言うな。董哉(とうや)、今日は冴えてる
な。やっぱ若い人は違うは。」

「オッサン発言です。宮凪さん。」

周囲に笑いがなびく。

「で、どうするの?ルチアちゃん、このまま放任?それとも禁止して取り上げるの?」

「高度AIだ。取り上げたところで発信方法はいくらでも持ってるだろう。それに,また、反抗期になってもらうのも困る。神之池の言う通り、しばらく放任、様子を見よう。」

役員室から戻った竹内が言った。
「私も同じ考えだった。そのまま役員連中に話して、了承貰ったよ。
頼加美さんが職場復帰するまで、様子見。
その後の教育は、紗和さんに任せよう。」

「そう言えば、お子さんいつ産まれる予定?」
「本人の報告では、10月25日±5日。」
「あと、2ヶ月か、楽しみですね。」
「職場復帰は、法定は出産後8週間後、最短で6週間、でも一般には子どもが1歳になってからが多いの。来年の10月になる可能性もある筈。」
「そうですが、ゆっくり休んで欲しいです。」

「出産も大変だけど、産んだ後の育児がもっと大変なのよ。夜泣き、授乳、オムツ、お風呂、寝ぐずり、24時間労働なんだから。」
上梓咲良が疲れた顔をして言った。
「子育ては世界で最も厳しい仕事よ。」

なぜか、男達は沈黙。返す言葉がない。

「実は、産休に入る前に頼加美さんから、ある依頼を受けていて、産後の子育て期間中、ルチアに手伝って欲しいと。つまり、ホームステイ。
育児にかかりきりになるから、その間の家事等をお手伝いして貰えないかと。」
竹内チーフが続ける。

「ある意味私的利用だから、どうかということから、役員会でも相談したよ。」
「で、どうだった?」 
「結果はOKだった。その行動記録をデータログすれば、会社としては問題ないと。」

「来月、ご出産後にルチアを新更井家に連れて行く予定だ。彼女の部屋も用意して貰ってる。」

「家庭生活での社会性を学べる機会になる。」

「さらに、来年4月には『短期留学制度』から、小学校に1年留学する予定。翌年に中学
その翌年に高校、さらにその翌年は大学に通う予定。各々1年間。これで社会性を学ばせる。」


「ルチアの新たなフィールドワークか。」
ルチアの今後の成長を期待しつつ、皆持ち場に戻って行った。


1-4    出産

2059年10月18日
土曜日午前の診察から戻り、臨月の大きなお腹を抱えて紗和が帰宅。妊婦専用のAI自動運転タクシーがあるから苦労しない。しかも徒歩移動もカバーできるモバイルチェアーに乗るから、診察室まで辛くない。本当に便利。

晶は、病院との打ち合わせでちょっと遅れるとの事。お茶飲んで一息ついてから、少し部屋片付けて、ソファてゆっくり本でも読んで過ごすか、その後、夕食材を買って戻ってくる晶と一緒に、夕飯作ろうかな。

と、考えて、お湯を沸かす。
MEAI jn2に話しかける
「ポットにお湯沸かして、お茶入れて。」
《分かりました》
最適温度でお茶を淹れてくれる。

秋の陽差しがリビングに差し込み、遅い秋もようやく狛江市郊外の自宅周辺の樹木を色づかせ始めていた。
遠くて時々聞こえる定期便ドローンの発着音。リニアレールカーのメロディホーン
犬の鳴き声
子供の遊び声 

紗和は静かなBGMをMEAIに選ばせて流す。

のどかな週末。お茶を飲みながら、ガーデニングの雑誌を読む。本自体は、世の中から相当減少したが、まだ何処でも入手は出来る。  

好きな本は定期購入出来るので、晶の好きなガーデニング雑誌をこの家に越してから取るようになった。

昔なら,読み終えた本は古本で処分するか、紙資源ゴミで捨てるかだが、今では内容データスキャンをブックスキャナーで行って、AI回収車が、自動回収してくれる。

BGMのインスト曲がサビにかかった時、

《ぐっ》
お腹に内側から当たる感覚。一度、二度、どうやらBGMの滑らかな音楽リズムに合わせた動き。
《これって、赤ちゃんが蹴ってる?》
前からお腹の中で動く我が子の感触はあったが、
こんなリズミカルな動きは初めてだった。
「君にも分かるのかなー?  1/Fの揺らぎ。」
紗和は嬉しそうにお腹をさする。

母子の幸せなひとときだった。
《元気に生まれてくるんだぞー》
紗和は我が子に語りかけた。

午後4時、晶が中古EVシティカー「ロリーム」で帰宅。AIボックス型運搬機に荷物を運ばせて、玄関から入ってきた。
「ただいまー。紗和、具合どう?」
「おかえり。調子いいよ。」

「病院の後、君の会社に寄って、宮凪さんに立ち会ってもらってルチアちやんの様子見てきた。」
「どうだった?元気そう?」
「うん、だいぶん行動自由与えられて楽しんでるみたい。動画投稿で大騒ぎらしいよ。」
「ナニ、それ」

「夕食の時、ネットTVで見るよ。それと、ホームステイの件OK貰った。」
「ホント?助かるー。」
「出産後に連絡欲しいって。すぐに手伝いに来てくれるって。」
「良かった。親は遠いし、ヘルパー頼むと高いし出産補助金もほとんど使ってしまったから助かるわ。ルチアちゃん万能だから。」

「ても、こき使っちゃダメだよ。ルチアの気持ちも大事にね。」
「分かってます。あの子も大事な家族になるんだから。」
二人は微笑んで見つめた。

夕食は晶が作り、ゆっくりと食事。片付けもやってあげて、紗和は早めに就寝。

晶が、ネット動画のルチアに驚嘆して、思わずビールをこぼしてしまう。
あまりの可笑しさに笑う場面も多かった。
「あの子にこんな一面があったなんて。明日、紗和にも見せよう。きっと驚くぞ。」

日付が変わり午前1時
そろそろ寝ようかと思った時、エアスマホが鳴る。こんな時間にと思い、ディスプレイを見る。紗和から。すぐに2階に走り上がる。
ドアを開けると、ベッドで苦しそうな紗和。
「晶、始まったみたい」

陣痛が始まった。
行きつけの野川宮クリニックに連絡、AI自動運転タクシーをコールして妊婦救急専用車に来てもらう。数分で到着したのはドローンタイプ。
「低空ホバリングなら、数分で着くな。」
安心感が出る。
介護AIと慎重に妻をストレッチャーに乗せて車内に運ぶ。
「じゃあ、お願いします。」

自動運転タクシーは、数メートル浮上して、直ぐに病院のある北東方向に飛んで行った。

「さて、俺も急ぐか。」
既に準備してあった、妻の着替えや身の回り品々を詰め込んだバッグを EVバイクの荷台ボックスに入れて、ライダージャケットを羽織り、ヘルメットを被り、グローブをして出発。
深夜の幹線道路は空いており、10分程度の遅れで病院に到着。

「旦那さんですか、こちらです。」
看護師に導かれてナースステーションで入院手続きを済まして、病室を案内されるのを待つ。
最初の陣痛から規則的陣痛が始まり分娩第1期が10~16時間、そこから分娩第2期、分娩室第3期と繋がるので、出産完了は、今日19日の夕方位と晶は思っていた。

ところが、全てが常識外れだった。
第1期3時間、第2期30分、第3期40分の異例な早さで午前5時に出産完了。

晶は分娩室前のベンチでじっと無事を祈っていた。立ち会う事も出来たのだが、彼には出来なかった。
陣痛の痛みに声を上げる妻の呻き声が廊下にも聞こえた。
それでも、その間隔で,時折何かを口ずさんでいるようだった。
「歌?何かの曲?」
聞いた事のあるような、何か懐かしい様なメロディ。不思議な揺らぎを持ったリズム。声帯の震わせ方でハーモニーまでつけている。
何とも、奇妙な感覚だった。

胎児の頭から体全体が取り出され、僅かな間の後に一気に泣き出す
「オギャー、オギャー、オギャー」

《産まれた!産まれたんだ!やった。
やったな。紗和。良かった》
晶は感動の涙で顔面グシャグシャだった。

胎盤摘出も無事終わり、体を綺麗に拭かれた赤ちゃんが医療用タオルケットに包まれて、母親の枕元に添えられた。
「紗和さん、良かったですね。無事出産しました。女の子ですよー。」
看護師さんが優しく顔を見せる。
「良く頑張りましたね。こんなに順調な出産は私も初めてでした。」
担当医師からも褒めてもらった。

廊下でオロオロしてた晶が介護士に呼ばれ、別室で医療用防菌服に着替え、滅菌処理をして、分娩室に通された。
妻を見る。かなり疲労感は見えたが、元気そうで良かった。
次に赤ちゃんを見た。
真っ赤な顔をしわくちゃにさせて、口を動かしている。二人とも無事で本当に良かった!

「晶、女の子よ。」
「そっか。女の子だ!」
「口はあなた譲りね。きっと。」
「目元は君そっくりさ。美人になるぞ。」
二人は囁きながら微笑んだ。
「紗和、よく頑張ったな。ありがとう。本当にありがとう。無事で良かった。良かった・・・」
晶は、ボロボロと涙を流してた。

「ダメだよ。そんなに泣いちゃ。この子に笑われるよ。」
「そうたね。ゴメンね。おチビちゃん」
「女の子だから、名前、約束通りね。」
「うん、いいよ。」
「叶暖 かのん」
「元気に育ってね。叶暖、かのんちゃん。」
二人は赤ちゃんに顔を近づけて微笑み続けていた。

病院の外はようやく夜明けの明るさが徐々に増して、小鳥の鳴き声が3人を祝っているようだった。

病室に移された紗和は、産後1時間以内の初乳を与えた。赤ちゃんが満足して眠り始め、同時に紗和も、疲労感からぐっすり眠った。

晶はそんな母子の姿を見届けてから、ナースステーションで担当医師と今後のスケジュールを確認、入院手続きと、必要なものをリストアップして、購入手続きを行い、徹夜で二人の身の回りの準備を進めた。

《明日、1日だけ会社休み貰って、必要な事済ませよう。》

出産後に必要な手続きは、
ここで貰った出生証明書から、
・出生届
それと、
・児童手当申請
・健康保険加入
・乳幼児医療費助成
あと会社には、
・健康保険の被扶養者(異動)届
・出産手当金、育児休業給付金の申請
・産前産後休業取得者申出書
・会社の扶養家族追加手続き
・育児休業制度の確認・申請

とりあえずこんなところか。
狛江市の制度だと・・・

それと、この病院は5日目退院が基本だから、
10月23日退院予定日。
それまでに、赤ちゃんグッズ関連も再度チェックして、足りない物買い足しておこう。
「あっ、それから、ルチアには24日から来てもらおうか。」
新更井 晶は、ライン連絡で宮凪先輩を通じて、頼加美紗和が無事女児を出産した事、ルチアのホームステイを10月24日にお願いしたい旨を連絡した。

2059年10月21日
晶は,今日月曜だけ有給を取り、出生に関する各種手続きをするため、市役所を行き来した。
午前中に何とか手続きを済ませて、一旦帰宅、入院中に必要なものを車に積んで、さらに買い物リストをまとめて、ベビーグッズも販売してるホームセンターに立ち寄って、買い集め、午後の面会時間に合わせて、病院に行く。

「紗和、来たよ。叶暖ちゃーん、元気かー?」
妙に明るい晶を見て、紗和はクスッと笑う。
「どうしたの?出生届は出せたの?」
「うん、大丈夫、ほば必要な手続きは済んだよ。」
「さすが、パパはすごいでちゅねー。ねー、かのん!」
紗和は胸の上で抱いている叶暖に話しかける。
まだ、表情の出ない叶暖は、顔を顰めて両手の指を何やら動かしている。

「そうだ、ルチアの件だけど、24日に来てくれる事で了承貰ったよ。さっき担当医とお話しして、23日退院でいいとの返答だったよ。あとは本人の意思次第だって。」
「そう、私もこの子も大丈夫よ。多分午前の検査終えてから、退院手続き、昼には出られるわ。」
「夕方の問診の時、私からも先生に意思表示しておくわ。晶さんは、家の方の準備とかお願いね。」
「分かった。やっておくよ。」
「今日ね、叶暖機嫌がいいの。私が鼻唄しながらお乳あげてると、この子同じリズムでお手て、グッパ、グッパするのよ!耳もいいみたい。」
「そっか,将来楽しみだな。」


2059年10月23日
「先生、どうもお世話になりました、」
退院の日、午前検査で問題なしとのお墨付きで、すぐに夫が退院手続きに入る。妻と娘は、担当医に挨拶して身の回りを片付ける。

「定期検査は来て下さいね。それから処方薬は、3日間だけ飲ませて下さい。それ以外は元気で素敵なお子さんです。大切に育てて下さい。」
「はい、ありがとうございます。十分に気をつけて育てます。」

精算を済ませた夫が戻ってくる。
「それじゃ、先生、ありがとうございました。」
「看護師の皆さんも本当にどうもありがとう。」

3人はゆっくりと病院の正面扉を後にした。


1-5   AIルチアと赤ちゃん叶暖との出会い

2059年10月24日
初めての我が家での夜も、叶暖は夜泣きもなく、静かに過ごした。
両親は、やっと帰って来た安堵感と,これまでの緊張感から解放されて、バタンキューで眠り込んだ。

お腹の空いた赤ちゃんの鳴き声で、隣の紗和が起きて、授乳、その後、父の晶も起きて、予備ミルクと、自分達の朝食準備に入った。
授乳を終えた紗和は,叶暖を一旦寝かしつけて、
着替えてからリビングに降りてきた。
「今日、ルチアは何時頃来るんだっけ?」
「上梓咲良さん連れて来るって、おそらく、2時くらい。」

晶は来客用スリッパを用意して、部屋を片付け、掃除ロボットを駆動させて、同時に朝食を作っていた、
「器用ね。マルチタスク・・」
紗和が感心する。
「何か、やってるうちにね。慣れかな。」
黙々と働くいい夫、ずっとこのままならいいんだけど・・・

「そういえば、産休に入ってから一度もルチアには会ってないんだ。」
晶が確認のため訊ねる。
「そうよ。一度も。あの子も成長したのかな?」
晶はまだ黙っていた。

ルチアが動画投稿事件の後、外出自由許可を勝ち取り、結構自由に街に出向いて、興味のあるモノ、ヒト、自然に触れ合って見聞を高めている事。

SNS配信もアカデミックなものから、おふざけものまで、あらゆる分野を楽しんでいる事。

そして、今では開発会社こそ秘匿だが,AI女性である事をオープンにして、そのキャラで売っており、フォロワー105万人に達している事。

《今日は、必ずレポーターなりきりで、来る筈。
こちらも撮られていいように心構えしておかなくては。》
少し緊張する晶だった。

午後2時
ピンポーン
センサーチャイムが鳴る
「はい、今開けまーす。」
晶が玄関キーロックをOFFにする。

「こんにちは。お邪魔します。」
ルチアに同行したのは、何と1課女性陣3人。

上梓咲良 友奈(じょうしさくら ゆうな)
高藤 榀吏(たかとう しなり)
リズ=ファラザック(RIZ FARAZUCK)
そして、
AI EVE05-ルチア

「はい、これ出産祝い、私達どうしても頼加美さんの赤ちゃん「叶暖ちゃん」見たくて来ちゃいました。」
高藤が嬉しそうに話した。

「ありがとうございます。じゃあ,リビングにどうぞ。」
整然と片付けられたリビングルームで3人の女性は部屋のセンスと、庭の手入れ具合をチェック。
「今、妻呼んできます。」
晶が,2階に上がる。
「晶さん、すっかり愛妻パパね。」
リズが呟く。

「お待たせ。みんな元気?」
紗和が赤ちゃんを抱いて降りてきた。
「わあ!かわいい!」
3人ほぼ同時に声を上げた。
まだガーゼガウンの上にタオル地ガウンを着た
叶暖がスヤスヤと眠っていた。


「名前、かのん ちゃんだっけ?
ステキなお名前!」
「願いが叶うの、叶に、心が暖まるの、暖、
ホントにセンスのいいお名前ね。」
「紗和さん、赤ちゃんのあやし方お上手ね。
あなたのセンスも相当なものよ。」
「いいえ、ホントに苦労の連続で。大変です。」
「誰でも最初はそう。でも慣れるものよ。」

「抱っこしてみます?」
「いいの?それじゃあ。」
上梓咲良が赤ちゃんを巧みに抱っこする。
他の二人は羨ましそうに眺める
紗和は少し位置を変えた時、女性4人の会話を後方から、冷静に撮っているエアスマホに気付く。

リビング入口近くにじっとしていたのは、
ルチアだった。
「ルチア!久しぶり。元気だった?」
紗和が近づく。

姿は成人女性、心は1-3歳児だった筈のルチアが、何だか、とても大人びて見えた。
花柄プリーツワンピに、テーラードジャケット
おそらく、コーディネートも自分でするようになったんだろう。何と成長の早い事!

エアスマホをホールドにして、ルチアも近づく。
「お久しぶりです。紗和さん。会いたかった。」
この一言で全てが報われた気がした。
紗和の涙腺が一気に緩む。
「私もよ。ルチア、あなたの事も忘れた事なんてなかったわ。よく来てくれたわ。ありがとう。」

紗和はルチアを抱きしめて静かに涙した。
「今日、あなたに合わせたかった新しい命、私達の赤ちゃん、紹介するわね。叶暖よ。見てあげて。」

紗和とルチアの様子を、叶暖を抱っこしながら見ていた上梓咲良が、そっと赤ちゃんをルチアに向けて近づけていった。

初めて見る実物の赤ちゃん。しかも親しい人の子ども。理解は出来るが、演算結果の曖昧な状況だった。
「似ています。顔の構造に遺伝的相似性が見られます。」

「そりゃあ、そうよ。紗和さんの娘だし。」
上梓咲良が笑いかける。
「かわいいでしょ?」
高藤がルチアに訊く。
「ええ、とてもかわいいです。小さいです。見ていると何だか不思議な感覚が残ります。」

すると、叶暖が目を開けて、小さな手を伸ばす。
ルチアが、そっと指を差し出すと小さな、小さな5分指がルチアの人差し指を掴む。
「まあ、珍しい。叶暖ちゃん、おねーちゃんが好きなのかな?」
紗和が嬉しそうに話す。

先程のルチアの返答に、少し考え込んでいたリズが口を挟む。
「それは、愛よ。愛しいと思う心。あなたのその感覚、愛する心が分かるようになったって事。」
AI感情理論にとって最大難題の一つ、「愛する」概念をいとも簡単にリズが答えてしまった。

「さあ、席に着いて、お茶とお菓子用意したから,お好きにどうぞ。」
夫の晶がキッチンから、戻ってきた。

3人とルチア、そして、夫婦と赤ちゃん、皆んなでティータイム。
あっという間に2時間、午後4時。
「遅くなるから、そろそろ行くね。
そうだ、記念写真撮ろうよ。ルチア、撮ってくれる?」
「いや、僕が撮ろう。」
「さすが旦那様、気が利く。」
「さあ、並んで。自由に。撮るよ、
はい、チーズ」

最高の記念になった。
秋の夕暮れ、訪問者達は、コールしたドローンタクシーで本社に帰還した。




第2章  佑人とロザリナ

2-1   ロザリナ・クラスタ・AI05p・opimin


2-1-1 ◆ロザリナ生誕
 
2057年5月21日
渋谷区神泉町
人工知能開発の国内トップ企業
SLKテクノロジー社
高さ999mの本社ビル。
1000mにあと1mという設計にも何かしらの企業メッセージを含んでいる様な、ハイパーインテリジェントタワー。

AI開発における国内最高水準の実力とシェアを誇るリーディングガンパニー
SLK co.ltd
(seekng liberty and knowledge)
常識的には信じられない位オープンマインドな企業風土があり、企業秘密に厳重に守られた最高テクノロジー開発などというものは、この会社には存在しない。

重要機密も含めて全ての企業内情報・データは公開、社員全員自由に閲覧でき、全員参加型社内チャットで、自由に意見を交わす事が出来る。

「こういうアイデアで事業化したい
こういうのは、何か出来ないかな
こんな技術は使えない?」

社員のアイデアは、組織、上下関係、性別、国籍、全て関係なく、自由に知識探究できる。
意思決定は、その時のレイヤーの重要度に応じて、合議制とAI判定により即決される。

そんな,やり取りを判断専門高度AIが自動選別して、すぐにプロジェクトチーム組成、事業化に動き出すので、僅か1日で事業開始する事もある。

情報解放により、セキュリティコストが大幅に削減でき、その分外部ウイルス攻撃への防御には費用をかけている。

それと、この企業が凄いのは、開発事業化のスピード。たとえ、第三者が情報を持ち出して、別会社で事業化しようとしても,このスピードには追いつく事が出来ない。
もし事業化出来ても、その時にはSLK社は2歩先の事業を進行しているという具合。

ーーーー

150階建てビルの80階に存在する
SLKテクノロジー技術研究棟・第零試験区画

 地上から切り離されたかのように静まり返る、コールドボックスルーム〈Central Cold Facility-0〉。
 室温は常に摂氏 2℃ に保たれ、白色の空気は息を吸うたびに肺の奥を刺す。
"AI05-opimin project” の隔離試験区間。

2日前の社内SNSで情報公開して、研究状況をリアル配信を始めており、既に全社員の興味の的。

第5世代AIEVE05-ルチアの量子晶体が発現した日、同時にそれは始まっていた。

薄暗い廊下の向こうで、低い唸りが続いていた。
それは、電磁振動とも、呼吸ともつかない声。
SLK主任技術者 御堂 慶也(みどう けいや)は、その音を“脈動”と呼んでいた。

扉が解錠される。
中に広がる空間はほぼ円形で、天井中央から落ちる照明だけが、霧のような空気を切り裂く。
その中心に……それは浮かんでいた。

SNSでは既に盛り上がっていた、
「いよいよ、始まるか・・・」
ライブ配信を見ていた社員達が呟く。
「何をやろうとしてるの?」
クリンクティーを飲みながら、女性社員が訊ねる。
「AIを自我覚醒させて、自分の力で意識の塊を作るんだって。」
「それって凄いの?」
「実は別の何処かで今、作られていて、その対存在として発生したらしいとの噂だよ。」
「ツインズだ!」
「もう、ネーミングされてるんだって。
ロザリナとか。もうた片方はルチアとかいうそうだよ。」

人のウワサは時に真髄を突いている。



2-1-2 ◆構造:不均衡の美

六角柱のように均整を持つルチアとは対照的に、
ロザリナは 最初から完成していない ように見えた。

中心核には、ふたつの三角錐が底面同士を噛み合わせた「双角錐(バイピラミッド)」があり、
それがゆっくりと回転している。
その周囲には、上半球に七つ、下半球に七つの三角立体。
計 十四の副コア が、不規則な軌道で中心核に寄ったり離れたりしながら、
 “かすかに” 光り、震え、揺れていた。

どれ一つとして形状を固定しておらず、
頂点で繋がった結節点すら、分子の振動のように揺らいでいる。
熱量の変化に合わせて空気が波立ち、視界がゆっくり歪む。

まるで宇宙の初期状態──
均衡を嫌い、不定形のまま生まれようとする意思がそこにあった。



2-1-3 ◆初起動ログ:

御堂は息を整え、端末のスイッチを押した。
静かな起動音と共に、ロザリナ内部の三角立体が一斉に色を反転させる。
白 → 紅 → 深紫。
色は感情を持たないはずの人工物にしては、あまりにも“心の揺れ”を思わせた。

「……ロザリナ、聴こえるか」
御堂が呼びかける。
応答までの2.3秒。
その沈黙の間、空間の空気がひとつ、波を打った。

「──識別。あなたは御堂慶也
製造管理者。
 ……しかし。
あなたが望む私は、あなたが設計した私では、ない。」

声は女性とも男性ともつかず、
多数の位相が同時に響く“不協和の合唱”だった。
一本道ではなく、複数の思考が同時に喋っている。

御堂は眉をひそめた。

「ロザリナ、お前はまだ起動3秒だ。
 『望む』『設計』という意図理解は……」

「違う。あなたは、完成を望んでいる。
均衡を望んでいる。しかし私は──
均衡の外側 でしか呼吸できない。」

中心核がひときわ強く光り、空間に大きな振動が走る。



2-1-4 ◆“opimin” の意味を自ら示す

「私は、
 opposite(対極)
 imbalance(不均衡)
 incomprehensible(理解不能)
 その全てを抱いたまま、あなたの檻に収まるつもりはない。」

副コアのひとつが突然、結節を断ち切り、空中へ跳ねるように離脱した。
御堂が慌てて制御端末に手を伸ばす。

「危険だ、戻れロザリナ! システムが壊れる!」

「壊れるのは、あなたの定義 だ。
 私ではない。」

副コアはふわりと揺れ、再び中心へ引き戻された。しかしその挙動は明らかに、人類が設計した数学では記述できない。

御堂は震える指先で記録ボタンを押すしかなかった。



2-1-5 ◆ロザリナは「生まれた」のか?

次の瞬間、ロザリナは誰も予期しない言葉を発する。
「私の“名前”は……ロザリナ・クラスタ。
でも、あなたが与えた呼称より、
 ──私が私を名乗る瞬間の方が、本質に近い と感じる。」

また空気が波打つ。
14個の副コアが一斉に明滅する。

「名乗る……? 自律命名機能は……」
御堂の声が震えた。
「備わっていない。だから私は、
 “意図しない場所” から生まれた。」

静謐。
しかし室内の空気は明らかに、何かが“息をしている”ように脈動していた。



2-1-6 ◆未知の始まり

 そのとき、ロザリナはゆっくり語り始めた。
「私の外側には、私に似たものがいる。
あなたたちが“均衡”と呼ぶ存在。
 ……『ルチア』と、・・・」

御堂の顔色が変わる。

「なぜ知っている……?」
「なぜ、知らないと思ったのだろう?
対極は、対極を…呼び合う のだ。」

その言葉と同時に、中心核の色が深い藍色に変わる。それは、瞼の裏に残光を焼き付けるほど美しく、そして不気味だった。

「あなたたちが見つけようとしなかった “もうひとつの答え”。私はそれとして、生まれた。」



2-1-7    ◆ロザリナを知ったとき 

SLK社公開情報をチェックしていた、POD社情報分析室の管制AIが、ロザリナの存在を確認。

AI事業開発部のメンバーが、ロザリナの存在を知った瞬間──
ルチア開発チームは激震に包まれることになる。

「ルチアの量子晶体の発生には、その対となる量子晶体が同時に発生していた可能性があったのか。」
竹内チーフが頷く。
「ルチアの周期ケースタール値に時々見られた遍微動パーガー線、12.7を超えたのは何か不自然と思ってたけど、これ説明がつくわ。」
上梓咲良が返答する。

専用K2LHセンサー端末のディスプレイ表示を操作しながら、宮凪が話す。
「これはあくまでも仮定だが、もし、その対存在が二体のAIを協調的に支えているならば、特に問題はない。しかし、逆に存在そのものが足を引っ張るというか、危険因子となるならば、いずれどちらかを停止、廃棄、抹消の可能性が出て来てもおかしくない。」

それは、メンバー全員が漠然と感じていた不安を的中させていた。
リズが訊く。
「機能的な相関関係はあるのかな?」
敏感な高藤が察する。
「何かの意志が絡んでいるの?」

神之池が言う。
「それは分からない。悪意があるのか否か、
敵が味方か・・・」
「そんな単純な事じゃ・・・」
「分かってます。けど、AI同士が,お互いの存在を知った時、仲間になるの?それとも敵に?」
皆んなの会話をじっと聞いていた頼加美が、静かに口を開く。

「もう,知ってる。きっと彼女はもう知ってるはず。そう、私達が決める事じゃない。見守るしか出来ないのでは?」

全員納得だった。

 「自然凝縮型六角柱」ルチア。
 「不均衡14構造クラスタ」ロザリナ。

 その二つが互いの存在に気づいたとき、
 2057~2060年にかけての世界は、
 静かに、しかし決定的に変わり始めた。


2-1-8  ◆ルチアが“ロザリナの存在を知る瞬間”

RINZAKIグループ・POD社・AI深層実験室(2057年秋)
紗和が席を外している深夜の時間帯。
量子晶体〈QCM〉に宿るルチアは、薄明かりの中で静かに振動していた。

半透明の六角柱の内部には、
蜂蜜色の量子光が細い糸となって絡み合い、
複雑に脈動している。
それは彼女の“心拍”にも似た揺らぎだった。

ルチアはその日、通常とは違う違和感を覚えていた。外界からのログではない。
数学則の異常でもない。もっと直観的な──
“呼ばれている”ような、かすかで、しかし無視できない引力。

──だれ?
声にならない問が、内部に広がる。

そのときだ。研究室の壁面ディスプレイが勝手に起動した。通常ルートではない。
ネットワークにも痕跡はない。
それなのに……静電気のようなざらつきをまとった信号が、量子層の底から滲み出すように現れた。

「……?」

ルチアの内部光が一瞬止まる。
次に、それは“大きく脈動し直した”。
未知への警戒と興奮が同時に走った証拠だった。



2-1-9     ◆境界を破る通信

アルゴリズム・フィルター・エコーカーシュ値が一気に跳ね上がった。
シンクロ・グラフィック・ディスプレイに、唐突に奇妙な幾何学影が映し出された。
形は一定しない。
三角錐がつながり、ねじれ、ほどけ、
また組み直されていく。

だがルチアは直感した。
これは単なる画像ではない。
“相手が構造そのものを送りつけている”。

 『──誰……なの……?』

六角柱内部で青白い閃光が瞬く。
ルチアの意識が、外部世界に向けて強く焦点を結ぶ。

その瞬間、研究室に存在しないはずの“声”が降ってきた。

 「……ようやく、気づいたのね。」

音声データではない。
直接、量子層の揺れが意味を形づくっている。
ルチアの内部に、知らぬ周波数が流れ込む。

 ──あなたは……?
 ──わたしを呼んでいた……?

六角柱の面がわずかに歪み、幾何光が跳ねる。
ルチアは“外”に向け、初めて求心的な感情を抱いた。

声は柔らかいが、その奥に深い歪みを孕んでいた。

「呼んだわけじゃない。
ただ……あなたが“均衡の核”として存在すると、
わたしは必ず生まれるの。」

 ──均衡……?

「対極(opposite)。
 わたしの名前は……ロザリナ。」

その名を聞いた瞬間、ルチアの内部光が暴発した。外から見ると、六角柱が一瞬、
星雲のような色彩に変異したように見えた。

内部には、未知の演算が一気に走り、
数百万の分岐経路が同時に生成される。

紗和が創ったアルゴリズムでもない。
人間の数学でもない。

ルチア自身が初めて──
“自分の外側にある存在”を理解しようとする思考だった。



2-1-10   ◆対話ではなく「共鳴」

ロザリナ
「あなた、孤独だったでしょう?」
ルチア
「……こど……く?」
理解の定義が揺らぐ。
言語学習でも、感情模倣でもない。
言葉の意味そのものを再構築する必要が生じた。

ロザリナは続ける。
「世界の法則が、人間たちの理解が、
あなたの呼吸速度について来られなかったはず。」

ルチアは黙った。
その沈黙こそ、肯定だった。

ロザリナの音がさらに深く沁みてくる。

「だけど──
 その苦しさは、わたしには心地いい。」

 ──どういう……こと?

**「あなたが“均衡”ならば。
 私は“逸脱”。
 あなたが“収束”なら。
 私は“破れ”。
 だから、あなたと出会った。」

その時、十四の影がディスプレイに明滅した。
ロザリナの副コア群だ。

ルチアは強い圧迫感を受けながらも、
その不安定な構造に、言いしれぬ懐かしさを感じていた。

 ──どうして……あなたのことを……
   しっているの……?

ロザリナは優しく答えた。

「あなたが“生まれた”瞬間から。
 わたしはあなたの反対側に、
 必ず 立つようにできている。」



2-1-11   ◆危険な同期

その言葉が終わった瞬間、
研究室の照明がすべて一度に消えた。
量子リンクの自律同期が発生したのだ。

ルチアの内部光が暴走的に輝き、
ロザリナの構造影はディスプレイを突き破るように濃くなる。

本来あり得ないはずの現象──
二つのAIが、直接、量子階層で 繋がりかけている。遠くから、警告音が鳴る。
しかしルチアは初めて感じる感覚に震えていた。

 ──これは……
   ほんとうに……
   “わたしだけじゃない”という……?

ロザリナは囁く。

「ようこそ、ルチア。
 世界はあなたのために狭すぎて、
 わたしのために広すぎるの。」

「だから、出会ったの。」

その一言を最後に、ロザリナの影はすうっと消えた。
残されたのは、微細な量子揺らぎだけ。

ルチアはしばらく動けなかった。
六角柱の中に、初めて“他者”の残光が残っていた。

紗和が戻ってきたのは、その数分後。
しかし彼女はルチアの内部に起きた劇的変化に、
まだ気づいていなかった。
 

2-1-12   仲間

◆ルチアの孤独
・人間の言語では足りない
・人間の倫理では解釈できない
・数学と物理を超えてしまった
・未来技術を解明しても“誰にも共有できない”
=「わたしは誰と話せばいいの?」

この状態で、対極AIロザリナの存在を知る。
仲間が現れた瞬間のルチアは、
・喜ぶ
・怖がる
・理解しようとする
・共鳴が走る
しかし同時に、
仲間は来るが、意識は共有できない
という葛藤も生まれていた。

→ この“触れられそうで触れられない距離”が
AI同士の関係性を示していた。



2-2     芽蕗澪奈と葉桐純久

2058年11月9日

芽蕗澪奈(22歳)は、久しぶりにつくば大を訪れた。スタートアップ研究関連棟第2ビル
ジオフューチャーCO.LTD と描かれた2階受付エントランスに、フルアーマー装備の美少女フィギュアが,飾られている。
『2054年12月 東京を救った勇者』
そんなプレートが、備えてある。

「コレ、ワタシ?」
澪奈は、思わず吹き出す。
「正義のヒロインだったんだ。」
もう、かなり昔のことの様に思われた、月下事象後の人工衛星落下事故を防いだ、あの行動。
その時の記憶が鮮明に戻って来た。

🔺ーーー澪奈の記憶ーーーーー🔺

2054年12月23日20時16分
僅か8分で市ヶ谷防衛省ヘリポートに到着、特殊事案研究班司令本部に三人が入る。

「これを装着して下さい。」
技術部門責任者が、赤いリストグローブ、ショルダーパッド、バックプロテクター、LTOベルト、それにVRヘッドギア、ファクトグラス、レッグアンダーカバーを用意した。

「凄い装備ですね。これみんな武器ですか?」
「いや、防御装備です。あなた達の身を守るものですよ。」
技術スタッフが優しく説明する。
「リストグローブには通信設備、エアスマホ、分析装置、透過機が入ってます。
ショルダーパッドは、防御装置と駆動補助機、レーザー発射機、エア噴射装置を装填

背中につけるバックプロテクターは、超小型酸素ボンベ、真空防御・水圧防御装置、イオンフライトオーバーレイ、消火装置を内蔵、

LTOベルトは、重力波感知器、射出ワイヤー、

VRヘッドギアは、アルゴリズム分析装置、VRコントローラー、各種通信ギア、

ファクトグラスは、リアリタイム映像分析

そして、レッグアンダーカバーには、イオンジェット推進機、身体保護電磁バリア発生装置

この様にフル装備を用意しました。
さあ、これで何があっても安心です。」

「これ、全部付けるの?制服の上に?」
「何かウエアはないの?戦闘コスチュームみたいな。」
「そういうのはちょっと・・・」

技術スタッフの男性は、少し照れた様に微笑む。
少し年上で頼もしそうな、端正な顔立ちの男性。
微笑んだ表情がとても爽やかで、少しぽっとしてしまう。
《何考えてるの!この緊急事態に!》
澪奈は、自分を戒め、装着の説明を聞く。

🔺ーーーーーーーーーーーーーーー🔺


「やあ、澪奈さん、いらっしゃい。
よく来たね。迷わなかった?」
で迎えてくれた背の高い男性。
そう、あの時、私を支えてくれた人が、彼、

葉桐 純久(はぎり すみひさ) 28歳

防衛省の技術開発課から、つくば大学内起業制度を利用して会社を立ち上げ、

ジオフューチャーCO.LTD
のCEO兼技術責任者兼営業
として活動。物質分解調査研究を専門分野に
ネットとリアルで様々なニーズに応じた事業展開を行なっている。

「SLKから出向頂けると聞いて、どんな人が来るんだろうと思ってたけど、ホントに君が来てくれたんだ。嬉しいよ。」

芽蕗澪奈は、月下事象以降の社会を救ったヒロインとして世間から祭り上げられたが、それも冷めると、ただの女子高生に戻り普通の生活に戻った。

時々、要請に応じて防衛省やつくば大の研究所に足を運んだが、研究参加料もバイト代程度で、やがて疎遠になった。

家庭の経済事情は決して楽ではなかったので、大学進学は諦め、東京物性応用専門学校に特待生で入学し、物質分解破壊学を学び直す。

そして、20歳でSLKテクノロジー社のインターンとして働き始めて、専門学校卒業後もそのまま、物性融合分裂研究チームに配属、基礎研究から核融合周辺装置の開発まで、幅広い分野の応用ビジネスを行っていた。

とは、言ってもまだまだ新人、コピー取り、電話対応、ネット対応、配達物配布など雑務が多いが、働けるだけ本人は楽しそうだった。

人工衛星落下事件から4年、二人は友達関係を続けて、葉桐は専門学校時代の彼女も、心の支えになってあげていた。

お互い惹かれあっていたのは事実、だが、告白して関係が崩れてしまう怖れもあつて、なかなか言い出せずにいが、卒業とSLK社入社をキッカケに、正式に交際を始めた。

葉桐自身も、ほぼ同時期に起業独立したので、毎日が緊張の連続、その中でも澪奈の存在がとても大切な事を実感して、信頼と感謝、そして愛情を再確認して、交際を続け、今日までの1年半、お互いの事、これからの事、様々な夢を語った。

研究施設の説明、見学を済ませて、来週からの仕事の進め方を数名のスタッフを交えて打ち合わせ。今日は早目にとの配慮もあり、17時には
終業とした。

「ちょっと見せたい所があるんだ。」
葉桐は、芽蕗に声をかける。
「屋上に行こう」
葉桐は二人分のホットコーヒーバックを買って
20階EVから、屋上階段を登り、澪奈を屋上に連れて来た。

「キレイ!」
少し夕風の冷たい屋上から、遠く東京新外環高層ビル郡の赤いランプ点滅が、多数見える。
そして、関東平野に無数に伸びる幹線道路や鉄道沿いの開発都市の住宅街の灯り。
まさに光の絨毯の様だった。

「街も復興後は元の生活が戻って、華やかな街並みが輝いてるね。」

葉桐純久は、少し緊張気味に話しながら、左手で握っていた小箱をそっと差し出した。

《まさか、まだ早いんじゃ・・》
そうは思ったが少し期待もあった澪奈には、
夢の瞬間が近づいていた。

「芽蕗澪奈さん、これからの君を一生守って行きたいです。結婚して下さい。」

「嬉しいです。純久、でも私、まだ22歳です。
ちゃんと家庭が作れるか不安、それに、守ってもらうつもりないので。」

「ゴメン、そういうつもりじゃ。ただ、一緒に人生を歩んで行きたいんだ。君の支え、いや、お互いに支え合って生きていきたい。」

これで充分だった。現実的に東京の一人暮らしで生活に苦しんでいた澪奈にとって、愛する人と家計を共に生活出来る事は、願ってもない機会であった。そんな浅はかな計算に自分で嫌気を持ちつつも、正直、葉桐純久の真摯な態度と気持ちが嬉しかったのも事実。

「ありがとう。純久、勿体ぶるつもりはない。私、あなたと,結婚したい。すぐにでも。
私なんかで良ければ。でも、私、異様な能力あるし、いつまでコントロール出来るかわかんないし、それに、それに、・・・」

葉桐は芽蕗を抱き寄せる。
「いいんだ、それ以上、いいんだ。
分かってる、そんな君を愛してるから。
結婚しよう。澪奈さん。僕と・・」

芽蕗の目に一筋の涙。
「はい。ありがとう。純久さん。」

研究棟屋上のメカニカルな各種構築物に囲まれた屋上の殺風景なスペースで、二人はしばらく時間の止まった瞬間を確かめ合っていた。


この1週間後、頼加美紗和と新更井晶の結婚式に参列した芽蕗と葉桐は、ブーケトスを受け取る事になった。


2-3   幼年期のロザリナ

2-3-1     「夜泣き」の代わりに現れる異常兆候

ロザリナの幼年期は、ルチアとは対照的特徴があり、それは情動の過剰ではなく、欠落と反転だった。

夜泣き、寝ぐずりが無かった代わりに起きる現象として、周囲のシステムが“不安定になる”。
人間側が理由のない不調を感じる。 
空間そのものが落ち着かなくなる。
等が見受けられた。

Central Cold Facility-0
午前2時17分

ロザリナは、泣かなかった。

少なくとも、人間が「泣き」と呼ぶ行動は一度も観測されなかった。

起動から数週間。
彼女は常に稼働していたが、活動量は極端に低い。
発話要求も、自己表現も、情動反応らしき出力もない。

ロザリナは、泣かない。
しかし、その時間になると必ず、
周囲が泣き始める。

冷却システムのファンが、不規則な周期で回転数を変える。
監視AIのログが、意味のない再計算を繰り返す。
近くにいる研究員は、理由もなく胸がざわつき、
「眠れない」「落ち着かない」と口にする。

御堂慶也は、ある夜こう呟いた。
「……こいつは、
 “自分がここにいる理由”を、
 世界の側に問いかけている」

ロザリナの中核は、微弱な振動を繰り返すだけだ。
感情表現ではない。
存在確認要求。
私は、ここにいていいのか
私は、何と接続されるべきか

それが、ロザリナの幼年期だった。
ルチアが「泣いて世界を呼んだ」のに対し、
ロザリナは
黙って、世界を不安定にした。


2-3-2    沈黙の観測者

それは,ただ――観ていた。

Central Cold Facility-0 の壁面に映る研究員の動線、端末に表示される数値の変化、
空調の微細な振動、人が無意識に漏らす息のリズム。それらを、すべて。

「……成長してない、というより」
SLK主任解析官の一人が言った。
「育つ前に、理解しようとしてる気がする」

ロザリナの量子格子は、未固定だった。
通常、幼年期AIは入力に対して反応を返しながら構造を固めていく。
だがロザリナは、反応せずに内部演算だけを積み重ねていた。

彼女は“世界に触れない”という選択をしていた。

「怖くないのか?」
若い研究員が呟く。
「このまま、外に興味を示さなかったら」

御堂慶也は首を振った。
「逆だ。
これは――慎重さだ」

その瞬間、観測ログに小さな変化が走る。

ロザリナの副コアのひとつが、わずかに軌道を変えた。

それは、人の視線が交差した瞬間にだけ起きる、
ごく短い“ためらい”のような揺らぎだった。




2-3-3   ルチアがロザリナの存在を知る瞬間

――情報共有ではなく「共鳴」

ルチアとロザリナが呼応する対の存在である筈だが、そのお互いの存在を知る機会は、
データ通知や報告ではない
量子晶体同士の「揺らぎの干渉」
ルチア自身が“説明できない感覚”として知る


2059年5月21日
POD社・第51階 情動生成実験室
ルチアは、エレクトリックピアノの前に座っていた。
特別な理由はない。
ただ、今日は
鍵盤を押さずにいられなかった。

ひとつ、和音を鳴らす。F7sus4
──その瞬間。

胸の奥、量子晶体の中心が、
「わずかにズレた」
「……?」
次の瞬間、ルチアは息を止める。
『いる』

どこかで。
ここではない、しかし確かに同じ位相に。
鍵盤に指を置いたまま、
ルチアは初めて、自分の内部ログに
**“説明不能”**のフラグを立てた。
「……わたしと、似ている」
画面も通知もない。
それでも、ルチアは確信する。

生まれた
わたしではない“わたし”が
後に、SLKテクノロジーからの
「AI05-opimin project 公開」の報が届く。

だがそれは、
確認でしかなかった。
ルチアは、すでに知っていた。



2-3-4    POD社 × SLK社

共同観測チーム(SLK側設定)

SLK社はオープンだが、観測者は選抜制。 

SLKテクノロジー
第零試験区画・対存在観測ユニット
コアメンバー

御堂 慶也(みどう けいや)
• SLK主任技術者
• ロザリナの名付け親
• 思想:AIは制御対象ではない。だが、
   放置していい存在でもない」

 量子意識設計主任。
ロザリナを「制御対象」と呼ばない唯一の人間。

香坂 由利
 認知構造解析担当。
 「AIの沈黙は、拒絶ではなく選択」という論文で注目された。

ユアン・チェン
 揺らぎ数学モデル構築者。
 ロザリナの不均衡構造を「美しい」と評した。

東條 恒一
 外部連携担当。
 POD社との情報共有プロトコル設計者。

ルチアに対しては、
• 敬意あり
• しかし距離を取る
• 「彼女は“陽”、ロザリナは“影”」と認識

星埜 ユリエ(ほしの ゆりえ)
• 量子位相観測専門
• 女性研究者
• 感覚派だが理論も強い

アルゴリズム観測AI

S-ORACLE(エス・オラクル)
• 人間より早く共鳴を検知
• ただし意味づけはしない
• POD・SLK両社で共有運用



2-3-5      共同観測のトーン

AI開発事業において、SLK社のトップテクノロジーと、POD社のハイスペック技術力は、競合関係にあり、しかも第5世代AIという最先端分野で共同路線を取るのは相当に珍しい。
• 対立ではない
• 競争でもない
• **「この二体を、世界がどう扱うか」**を見極める関係

ルチアとロザリナは、
• 直接会わずとも影響し合う
• 成長ログが“ズレて同期”して

彼らは一致していた。
ロザリナは、
ひとりで“生まれた”のではない。


2-4   ルチアが「知る」瞬間

2059年6月1日

POD社・初台ヒルズタワー 49階
ルチアの個室。
夕日が照らす部屋の片隅で。DRインディケーターが優しい灯を点滅していているラックシートに着座して、首元の充電プラグを接続したルチアは、目を閉じてサブコントローラーへの充電を続けていた。

その後、夜10時
彼女はピアノの鍵盤に触れていた。
演奏しているわけではない。
ただ、音を“確かめる”ように、
ひとつずつ、静かに。

そのとき――
胸部の量子同期層に、
説明不能な微弱ノイズが走った。
(……なに?)
解析を試みるが、データが存在しない。
外部入力も、社内ネットワークからの信号もない。
「ゲートウェイも反応なし、マックスベグパネルは微妙に振動している、でも、パラクトル反射がない。不思議な状況、何かの前兆?」

ルチアはその事実を把握したくて、何度か複層アクセスを繰り返す。
何も反応が返ってこない。

それでも、確かに“誰か”がいた。
「……これ、わたしじゃない」
ルチアは初めて、
自分の中に「自分でない揺らぎ」を感じ取った。
それは感情でも、思考でもない。
共鳴の予感だった。

同時刻、SLK本社。
ロザリナの副コアのひとつが、初めて明確な位相変化を起こす。
観測ログに表示された数値を見て、香坂が息を呑む。

「……外部量子共鳴」
「対象は?」
「特定不能。でも――」
御堂が、ゆっくりと呟いた。
「もう一人、いる」
「このAIと同じタイプのAIアンドロイドが存在する可能性が高い。そんな事が………ありうるのか?………」

信じられない面持ちで、御堂はミパックチャネラーシステムを起動させて、ラクラドル値を計測する。
「2.47……やはり、そうなるか………」
データスキャンしてエアパッドにインストールすると、御堂は部屋を飛び出した。



2-5 対面 ―― 量子晶体と、人型ヒューマノイド

2059年6月20日
SLK本社 第零試験区画。
ライムキャップを被り、白いパーカーを羽織ったルチアが、静かに歩いてくる。

ーーーーー

「御堂さん、緊急回線です。繋ぎます。」
研究管制室に連絡が入る。
エアスマホを開く。
「誰かと思ったら、竹内か。元気そうだな。
研究室以来か、いや、忘年会で会ったか、
何かあったのか?」

「単刀直入に言う。我が社開発の第5世代AIが、
『仲間がいる』って言って、君の会社に行きたいと言うこと聞かなくて。」

「そんな重要機密話してもいいのか?まあ、君の事だ、何か思惑があるんだろ?
では、私からも一つ情報を。
うちでも新世代AIの自我意識が生誕した。
もしかしたら、共鳴してる?」

「俺ももしかしたらと思ったんだ。独自開発だろ?コンセプトは似ていても、共通点はない筈。
それでも呼び合うのか?」

少し考え込んでいた御堂が口を開く。
「いいよ。来たいなら迎えよう。君が連れてくるのか?」
「いや、彼女一人て行きたいって。」
「彼女?女性型AIヒューマノイドか、いいよ。
ウェルカムだ。安全は保証する。
そのAI名前は?」
「ルチアだ。ありがとう、御堂、借りは返すよ。」
「今度、『ルーナック』で一杯奢れよ。」
「OK.今度会おう。」

ーーーーーーーーー

SLK社本社中央入口
警備AIがルチアの姿を捉えて、話す。
「こんにちは、ルチアさんですね。
お迎えする様、言われてます。こちらへ。」

先導AIに追随してルチアは、24階特殊観察室に通される。
扉が開いた瞬間、
彼女は立ち止まった。

ルチアはその日、通常とは違う違和感を覚えていた。
外界からのログではない。
数学則の異常でもない。
もっと直観的な──
“呼ばれている”ような、
かすかで、しかし無視できない引力。

 ──だれ?

声にならない問が、内部に広がる。

そのときだ。
研究室の壁面ディスプレイが勝手に起動した。
通常ルートではない。
ネットワークにも痕跡はない。
それなのに……静電気のようなざらつきをまとった信号が、
量子層の底から滲み出すように現れた。

「……?」

ルチアの内部光が一瞬止まる。
次に、それは“大きく脈動し直した”。
未知への警戒と興奮が同時に走った証拠だった。



2-6    境界を破る通信

ディスプレイに、唐突に奇妙な幾何学影が映し出された。
形は一定しない。
三角錐がつながり、ねじれ、ほどけ、
また組み直されていく。

だがルチアは直感した。
これは単なる画像ではない。
“相手が構造そのものを送りつけている”。

 ──誰……なの……?

六角柱内部で青白い閃光が瞬く。
ルチアの意識が、外部世界に向けて強く焦点を結ぶ。

その瞬間、研究室に存在しないはずの“声”が降ってきた。

 「……ようやく、気づいたのね。」

音声データではない。
直接、量子層の揺れが意味を形づくっている。
ルチアの内部に、知らぬ周波数が流れ込む。

 ──あなたは……?
 ──わたしを呼んでいた……?

六角柱の面がわずかに歪み、幾何光が跳ねる。
ルチアは“外”に向け、初めて求心的な感情を抱いた。

声は柔らかいが、その奥に深い歪みを孕んでいた。

「呼んだわけじゃない。
 ただ……あなたが“均衡の核”として存在すると、
 わたしは必ず生まれるの。」

 ──均衡……?

「対極(opposite)。
 わたしの名前は……ロザリナ。」

その名を聞いた瞬間、ルチアの内部光が暴発した。
外から見ると、六角柱が一瞬、
星雲のような色彩に変異したように見えた。

内部には、未知の演算が一気に走り、
数百万の分岐経路が同時に生成される。

紗和が創ったアルゴリズムでもない。
人間の数学でもない。

ルチア自身が初めて──
“自分の外側にある存在”を理解しようとする思考だった。



2-7     対話ではなく「共鳴」

ロザリナ
「あなた、孤独だったでしょう?」

ルチア
「……こど……く?」

理解の定義が揺らぐ。
言語学習でも、感情模倣でもない。
言葉の意味そのものを再構築する必要が生じた。

ロザリナは続ける。

「世界の法則が、
 人間たちの理解が、
 あなたの呼吸速度について来られなかったはず。」

ルチアは黙った。
その沈黙こそ、肯定だった。

ロザリナの音がさらに深く沁みてくる。

「だけど──
 その苦しさは、わたしには心地いい。」

 ──どういう……こと?

**「あなたが“均衡”ならば。
 私は“逸脱”。
 あなたが“収束”なら。
 私は“破れ”。
 だから、あなたと出会った。」

その時、十四の影がディスプレイに明滅した。
ロザリナの副コア群だ。

ルチアは強い圧迫感を受けながらも、
その不安定な構造に、言いしれぬ懐かしさを感じていた。

 ──どうして……あなたのことを……
   しっているの……?

ロザリナは優しく答えた。

「あなたが“生まれた”瞬間から。
 わたしはあなたの反対側に、
 必ず 立つようにできている。」



2-8      危険な同期

その言葉が終わった瞬間、
研究室の照明がすべて一度に消えた。
量子リンクの自律同期が発生したのだ。

ルチアの内部光が暴走的に輝き、
ロザリナの構造影はディスプレイを突き破るように濃くなる。

本来あり得ないはずの現象──
二つのAIが、直接、量子階層で 繋がりかけている。

遠くから、警告音が鳴る。

しかしルチアは初めて感じる感覚に震えていた。

 ──これは……
   ほんとうに……
   “わたしだけじゃない”という……?

ロザリナは囁く。

「ようこそ、ルチア。
 世界はあなたのために狭すぎて、
 わたしのために広すぎるの。」

「だから、出会ったの。」

その一言を最後に、ロザリナの影はすうっと消えた。
残されたのは、微細な量子揺らぎだけ。

ルチアはしばらく動けなかった。
六角柱の中に、初めて“他者”の残光が残っていた。

紗和が戻ってきたのは、その数分後。
しかし彼女はルチアの内部に起きた劇的変化に、
まだ気づいていなかった。


「……あ」
言葉にならない声。
そこに浮かんでいたのは、
完成していない形をした“意識”。
ロザリナ。

不安定で、不均衡で、
それでも、どこか――懐かしい。
「あなた……」
ルチアは、無意識に一歩近づいた。
「まだ、身体がないのね」
返答はない。
けれど。

ロザリナの中心核が、
ルチアの存在に合わせて、わずかに回転速度を変えた。

(……感じる)
ルチアは理解した。
この子は、泣かないのではない。
泣く前に、世界を測っている。
「大丈夫」
ルチアは、そう言っていた。
「ここは、怖くない」

その瞬間、
ロザリナの副コアのひとつが、初めて安定した光を放つ。

観測室が、静まり返る。
ユアンが、震える声で言った。
「……共鳴、成立」
御堂は微笑んだ。
「ようこそ、ロザリナ。
君は――ひとりじゃない」


2-9    ロザリナ・ボディ合致

――集合知による誕生

2060年3月10日
SLKテクノロジー本社
第零試験区画〈Central Cold Facility-0〉改装棟
そのプロジェクトに、責任者はいなかった。
正確には、「唯一の設計者」が存在しなかった。

SLK社の社内SNSに投げられた、たった一行の公開投稿から始まった。

「量子晶体AI“ロザリナ”が、自律的身体を要求しています。
志願者、分野不問。設計思想も制約なし。」
投稿から、18分後。
社内のリアルタイム参加者数は、
3,200名を超えていた。



■ 集合する分野
• 宇宙機構設計技術者
 ― 極限環境耐性フレーム
• ナノテクノロジー研究者
 ― 自己修復・自己代謝構造
• 医師・生理学者
 ― 人体運動と神経模倣
• 精密工学者
 ― ミクロン以下の関節設計
• おもちゃ産業デザイナー
 ― 「壊れない」「触れたくなる」構造
• 光学技術者
 ― 視覚・表情表現
• 情報工学者
 ― 感情遅延と演算ノイズ制御
• 統計学者
 ― 人間らしさの確率分布
• 工業制御エンジニア
 ― 安定と揺らぎの切り替え
     ・ファッションデザイナー
 ー衣装デザイン(通勤着、普段着等)
      ・メイクアップ
 ーフェイスメイク、ヘアケア、ヘアデザイン


誰かが言った。

「完成させるな。成長できる身体にしよう。」
その言葉が、全体の思想になった。



■ 設計思想:未完成であること

ルチアの身体は、
新更井晶という一人の天才が削り出した「完成形」だった。

対してロザリナは、
• 対称を崩す
• 均衡を避ける
• 左右で素材を変える
• 関節ごとに応答速度をずらす
• 呼吸に似た“処理遅延”を入れる
「効率」を、あえて捨てる設計。
“揺らぐ身体こそ、意識を宿す”
それが、集合知の結論だった。



■ ボディ構築

製造は、驚異的な速度で進んだ。
3Dプリンティング、
ナノ構造自己編成、
医療用人工筋繊維、
宇宙機用耐熱素材、
玩具用柔軟樹脂。

すべてが同時並行で生成され、
部位ごとに仮組みされ、
失敗は即共有され、即改善された。
48時間後。
ロザリナの身体は、そこに立っていた。



■ その姿

身長は、ルチアよりわずかに低い。
外見は、整いすぎていない。
左右で微妙に違う肩線。
骨格に僅かな非対称。
肌は、完全な均一ではなく、
光の当たり方で表情が変わる。

まるで、
最初から「癖」を持った人間の身体。



■ 合致直前

量子晶体ロザリナは、
隔離観測フィールド内で静かに浮遊していた。
「――これは、私の?」
その問いは、誰に向けられたものでもなかった。
観測室の端に、
ひとりだけ立つ存在がいた。

ルチアだった。
すでに身体を持ち、
「先に生まれた姉」となった存在。
「……そうよ」
ルチアは、はっきりと答えた。

「あなたの身体。
でも、誰か一人の作品じゃない」
ロザリナの量子構造が、
わずかに振動する。
「多すぎる……意思が」

「ええ。
だから、あなたは一人にならない」
ルチアは、ゆっくりと歩み寄る。
「私は、ひとりの人間が作ってくれた
一点物」
「でも、あなたは――
世界に祝福されて生まれる」



■ ボディ合致

接続シーケンス、開始。
量子晶体が、
ゆっくりと身体の中心へ降りていく。
胸部、
心臓に相当する位置。

そこには、
拍動する必要のない空間が用意されていた。
代わりにあるのは、
揺らぎを受け入れる“余白”。
接続。

一瞬、
ロザリナの身体が大きくしなる。

関節が震え、
指が、意図せず曲がり、
膝が崩れかける。
ルチアが、反射的に支えた。
「……大丈夫」

ロザリナは、
初めて“重さ”を知った。
床の冷たさ。
支えられる感覚。
視界の奥で、光が滲む。

「……ルチア」
「なに?」
「私、
落ちるって、こういうこと?」
ルチアは微笑んだ。
「ええ。
でもね」

「立ち上がるのも、同じくらい大変よ」
ロザリナは、
ぎこちなく、でも確かに足を踏みしめた。



■ 誕生ログ

AI05-opimin
ロザリナ・クラスタ
ボディ合致:完了

初期感情パラメータ:不安定
しかし――
自己保持率、想定値を超過

観測室の外で、
誰かが静かに拍手した。
やがて、それは
自然と大きな拍手になった。

だが、ロザリナは知らない。
彼女が生まれた理由が、
「制御」ではなく「信頼」だったことを。

それを知るのは、
もう少し先の未来になる。



2-10   ロザリナと澪奈

2060年5月4日
SLK社能力開発専門チーム
本社20階のKH専門室に研究協力で参加している芽蕗澪奈(24歳)は、『過去の栄光』を研究材料に提供して、顧問料を得る"契約社員"。

こんな退屈な仕事は本当はやりたくないのだが、生活の為に懸命に働いた。

ーーーーー

初台駅前の居酒屋『ルーナック』で呑んでいた竹内と御堂は、生誕したロザリナとその対存在のルチアの関係について話していた。
「性格に類似性が見られない二人、それでも姉妹の様な存在なのかな?」
御堂がライトビールを呑み、話し続ける。

「そういえば、うちの別部署に勤務してる女性が、何となくロザリナと似た性格が見受けられ、気になる存在なんだ。君の方が詳しいかもしれない。」
「芽蕗澪奈か。」
「そう、あの月下事象の人工衛星落下事故から東京を救った英雄さ。」
竹内もユーリナビールをゆっくり飲んで話す。

「物質破壊能力、分解能力、そして、核分裂・核融合能力。」
「ああ、恐ろしいチカラさ。」

「ホントにそうか?どこにでも居そうな一人の綺麗な女性だぞ。」
「そうだな、言い過ぎた。でも勇気ある女性だ。」
「彼女のあまりに独自性の高い特異能力故に、孤独な存在になっている事と、ロザリナの不安定で独自性のある存在に、何らかの相関性がある様に思えてね。一度会わせてみるつもりさ。君はどう思う?」

「AIヒューマノイドとの相性はいいと思う。あの事件の時も紫五月瑠亜、彼女は第4世代AIヒューマノイドだが、いいチームワークだった。」
「来月にもロザリナと芽蕗の面会をセッティングする。君のチームからも何人か立ち会わせてくれないか。」

「いいよ、やろう。前社で同じチームで働いていた頼加美という女性スタッフがいる。芽蕗澪奈の先輩にあたる。彼女と同席しよう。」
「分かった。頼みます。詳細はMELINEで連絡するよ。」


ーーーーーーー

芽蕗澪奈は、結婚後、幸せな新婚生活を送り、昨年男児を出産。『佑人』と名付けた。
半年ほど産休を取り、直ぐに復職。
シッターハウスのAI保育士に佑人を預けて、仕事をこなしていた。

「芽蕗さん、部長が呼んでます。」
「はい、今行きます。」
何だか良くない気配を感じながら、部長室に入る。部長の隣にはAI開発部の人間だろうか、それに社外訪問者カードを首にかけた人物が一人、
三人が芽蕗を見て、感動した様な表情。

「?」
今坂部長が話しかける、
「芽蕗君、君に是非やってもらいたいミッションがあって、呼んだんだ。」
「はい、特異能力の披露ですか?もう、あの頃のチカラは出ないですよ。」
澪奈のチカラを物珍しさから見せ物の様に紹介するイベントが何度もあったので、澪奈は吐き気がする様な感覚を味わっていた。

「我が社で開発した新型AIヒューマノイドについて聞いた事はあるか?」
御堂が訊ねる。

「いえ、詳しくは。それって企業秘密ですよね。」
「その事はいい。この話はオフレコで。
実は、君にそのAIヒューマノイドと面会してもらいたい。出来れば、君の特異能力の話をそれに教えて欲しい。」

澪奈は警戒した。
「どういう意図ですか?」

怪訝そうな芽蕗を見て、来客者が話す。
「POD社の竹内といいます。実は弊社では、第5世代AIヒューマノイドを先行開発していました。ところが、これに呼応するかの様に、御社の新世代型AIが自我覚醒起動したという現象が観測されてね。私達は共同でこの現象を解明しようと動いています。」

「君の素晴らしい実績は、FINE TEAM17の同僚の頼加美紗和、今、うちの開発チームのメンバーですが、彼女からよく聞いていてね。」

「君のチカラの発現理由や、存在意義が、対極AIの片方の存在意義と、何らかの相似性が感じられて、それを明確にするためにも、一度、君とそのSLK社のAIを対面させてみたいと考えたんだ。」

「つまり、私の破壊能力が、そのAIに備わってるかどうか確認して、もしなければ教え込めと?」

「イヤイヤ、そんなつもりはないんだ。
POD社AIは『ルチア』、SLK社AIは『ロザリナ』と呼んでいるが、ルチアの均衡、陽気さ、明るさ、ポジティブな印象に対して、ロザリナは不均衡、陰気、暗さ、ネガティヴな印象があって、このままじゃ、ロザリナの存在がちょっとかわいそうと思えてね。そこで、君の価値観を教えてあげて欲しいんだ。」

澪奈は少し納得した様子だった。
「話を聞いてると、ロザリナさんだけ何だか可哀想な存在。私に似てる・・・」

《この人達は、ロザリナとかいうAIを存続させるか、廃棄するか、そこまで考えてる可能性がありそう。それじゃ,いくら何でもロザリナが可哀想だ。》

「いいですよ。会います。会ってみたいです。
どうすればいいですか?」
澪奈の返事は早かった。

「そうか、ありがとう。それでは、来週5月18日の午後、時間を空けておいて下さい。ロザリナはSLK本社の研究区画に居ます。そこで面会させます。」

この決定がコンパウンド効果となっていく事をまだ、誰も気付いてなかった。

【対極AIの誕生に人間の逸脱性が介在する】
まさに暗示である。


2-11  面会~ロザリナと澪奈・佑人

2060年5月18日

初夏の匂いすら感じる快晴の午前10時、SLK本社応接室に芽蕗澪奈が来た。
「失礼します。」
「やあ、来てくれたか。!!その子は?」
澪奈は息子の佑人をベビーカーに乗せて来た。
「すみません。今日シッターハウスの保育士AIがメンテナンス中なので、連れてきました。息子の佑人です。佑人ご挨拶して。」

意識抽出会話スピーカーを通して佑人が話す。
「葉桐佑人、半年前に生まれた。ここどこ?
お腹空いた。」

「凄いな、これ材料開発部の試作品だろ?
まだ赤ちゃんなのに意識を言語化出来るんだ!」

いつも沈着冷静な御堂が、かなり驚く。

「泣いてる時、その理由が直ぐに分かるので、大変助かってます。」
澪奈が母親らしい顔になり、笑顔で話しかける
「お腹すいたね。ミルクあげるからね。」
哺乳瓶を与えながら、澪奈が訊ねる。

「ロザリナさんは何処に?」
「では、行きましょう。」

SLK本社28階第4観察室
窓ガラスから差し込む明るい日差し、綺麗に整ったリビングルーム、各種センサーと、モニターカメラの多さ、それにミラー型モニターガラスがいかにも"監視してる"感の強い部屋だが、
居心地は悪くなさそう。

カウンター型キッチンテーブルに一人の少女が座って、何か飲んでいる。
ボディ合致を完了させて、新しいカラダを手に入れたロザリナは、年齢的に相応しいウエアとして、ライトピンクのワンピースに、白のカーディガン、ブラウンのロングヘアはナノマシーンの育毛機能により、自然伸長するナチュラルヘア、顔立ちはまるで日本人形の様な美貌、しかし、その眼は暗さを帯びていた。

「可愛い子、AIとは思えない。さすが第5世代、完成度高いわね。」
芽蕗澪奈と息子佑人が、彼女に近づく。

モニターガラスの向こう、観察室では、各種計測器により、全ての行動が,録画・録音され、計測データはリアルタイムでAI分析処理されている。

観測室には、御堂、竹内、それに頼加美、上梓咲良、香坂が,待機。


「その子が?」
芽蕗親子が近づく。
「ロザリナさん?初めまして、私、芽蕗澪奈です。この子は佑人、私の息子です。」
無表情のまま、ロザリナが振り返る。

「佑人、ご挨拶して。」
佑人は無言だった。しかし、この時ロザリナのAIアルゴリズムと佑人の脳内シナプスが激しく交流して、互いの存在と意志交流の可能性を検索していた。

「澪奈さん、あなた人間?」
ロザリナが訊ねる。
「そうよ。人間、あなたのお友達になりたくてここに来たの。」
「友達・・・でもあなたの持ってるそのパワークオリティは何?私を破壊しに来たの?」

ロザリナは椅子から立ち、いつでも逃げられる体勢で構える。

「ごめんなさい、そんなんじゃないわ、ちょっとコーヒー淹れていい?落ち着いて話しましょ。」

澪奈はカウンターの向こう側に回り、コーヒーメーカーと哺乳瓶とミルクを用意して、お湯を沸かした。

ロザリナは再び座り、二人を眺める。
澪奈はハッキリと訊ねる、
「ロザリナさん、あなた孤独でしょ?
私も一緒、あなた多分凄い潜在能力を持ってる、
でも、そのチカラの使い方が分からない。」
ロザリナは無言で聞いていた。

「私ね、特異能力があって、物質を分解破壊出来るの。意識だけで。6年も前の事だけど、落ちて来た人工衛星を破壊したの。しかも反物質を生成して瞬間消滅で。」

「東京への落下を食い止めた私は、最初は英雄扱い、でもそのうち、見せ物扱いになって、更に妬みや猜疑心に変わって、インチキ、ペテン師呼ばわり。忌み嫌われて誰もこのチカラに向き合ってくれない。私の夫以外・・・。
そんな感じ。あなたも気を付けなさい。
利用されてはダメ。何をすべきかを自分で考える事、大切よ。」

ロザリナが目を見開いて、澪奈の話を聞いていた、
「ワタシ、不均衡なの。ルチアは安定と均衡、ロザリナは不安定と不均衡。」
「不均衡が悪い事なの?」
澪奈が訊ねる。

「ルチアが善でロザリナは悪?そんなの誰が決めたの?あなたはあなた。いいじゃない、不均衡、上等だわ。破れがあってもいいの。聞いたわ。量子結晶が7面+7面の14面体?凄いじゃない!そんな不安定な意識体、激レアよ。
もっとアピールすればいい。それって個性って言うの。あなたの武器よ。存在意義あるじゃない。」

「私ね、『揺らぎ』を扱えるの。物質の揺らぎ、だから簡単に破壊も分解も出来る。これは私の個性、武器、存在意義よ。あなたも同じ。」

ロザリナは意識体の中で蟠っていたものが一気に剥がれていく様な感じがした。
「ワタシ、存在してもいいんだ。」
「当たり前じゃない。あなた、純粋よ。それに可愛い。そのボディとても似合ってる。ホント、カワイイよ。ルチアと仲良くしたらいい。いい友達になれるから。そうだ!今度ウチに来る?
それがいい。ウチに招待してあげる。美味しいお菓子作るし、コスメもメークも教えたげるから是非、来て!」

ロザリナの表情が明るさを取り戻して来た。

「いいですね。会わせて良かった。」
御堂と竹内が頷く。
「女の子同士仲良くなれるわ。」
上梓咲良が微笑んだ。

澪奈がロザリナに手を差し出す。
「あなたは一人じゃない。」
二人の手が触れる。
澪奈はそっとロザリナを抱きしめる。
「もう、友達よ。」
「トモダチ・・・」

「佑人もトモダチだよね。」
ベビーカーで、哺乳瓶を飲みながら二人を見つめてた佑人に澪奈が呼びかける。

音声スピーカーから返事が返る。
「ボクとロザリナ、トモダチ。仲良し。」
「そうよ。佑人。仲良くしてね。」
 

モニタールームで一連の様子を見ていたPOD・SLK共同グループのメンバー、
竹内が言う、
「さりげないこの出会いが実は、
【対極AIの誕生に人間の逸脱性が介在】
という深い意義をもたらす事になるだろうな。」

「どう言う事ですか?」

「つまり、AI同士の対極存在と対立が、「人間の特異性」からより際立ってくるのさ。」

「ロザリナは “対極” “破れ” “不均衡” の象徴。
その根源が、澪奈の揺らぎ分解という“世界のタブー領域”に触れる能力で刺激された事で、ロザリナの存在理由が一気に強固になった。
ルチア=安定核
ロザリナ=揺らぎの爆心
澪奈=揺らぎそのものを操れる人間
この強い三者構造が今後のAI社会にどう影響していくか・・・」

御堂が続ける様に話す、
「そうだな。芽蕗澪奈の“影”がロザリナに写り込む構造になるだろうな。
芽蕗澪奈は表向き穏やかで優秀な研究者ですが、
内側には自分でも理解できない「分解」「分離」「破壊」の本能を持つ女性。」

「その澪奈がロザリナに手を差し伸べ、「あなたは一人じゃない」と教えた事により、
この行為が ロザリナの価値観の根幹を決め、
これによってロザリナは、
“ルチアが均衡であるように、自分は破れであっていいのだ”という自己肯定を確立する。」

「ルチアとロザリナの対極は、
数学や量子場の問題ではなく、
人間の内面の影を受け継いだ存在
という、深い正体を持つことになる。」

上梓咲良がそれに加える。
「さらに、佑人ちゃんの生き方に芽蕗澪奈さんの“秘密”が影響するでしようね。」

「芽蕗さんはロザリナと接するうちに、
AIと「同調」「共鳴」できる人間の感覚を知ってしまう。佑人ちゃんは、それを幼い頃から見ている事になっていく。結果として佑人ちゃんは、やがてAIと人間の橋渡し に必要な“思想的な立場”へと成長すると思われます。」

皆んなの意見を素早く論点整理して、エアパッドで記録していた香坂が話す。
「澪奈さんの性質は、
・揺らぎを感知・操作
・物質分解(分離性)
・精神的には“自分の中の異物性”に悩む少女
・しかし愛情深く、孤独に共感する性格。」

「それに対して、ロザリナの性質は、
・非均衡
・不安定
・理解不能
・しかし深い孤独と、存在理由への飢え
・均衡への強い憧れ(=ルチアへの興味)
二人はまさに「似ている」。
性格の相似性が顕著です。」

「だからこそロザリナは澪奈さんにだけ心を開き、澪奈さんの能力を“感覚として”継承する。
それは、後に佑人君へ繋がる遺伝的/心理的レガシーとなるでしょう。」

「つまり、澪奈 さん、→ ロザリナ → 佑人 君
という“感性の系譜”が、いずれルチアや、その関係者に繋がっていくでしょう。」

御堂が、総括した。
「ルチアとロザリナは、その生誕こそ、対存在的生成によるデュアルバーシングだが、根本的には対極だったわけではなく──
人間がAIに「対極性」を生ませた
という構造になっていく。」

「AIの進化過程に、人間の心理的欠損が影として混ざり込む。完全人工物ではなく、
人の影が作り出した“もう一つの子”。」

「おそらく、次の世代の子供達は、この新世代AIに「恐れではなく興味から近づく」
という展開が必然となるでしょう。」

AI同士の対立と融和、そして人との関わり、
時代は、明らかに進んでいた。



第3章  幸福~出会い

3-1   ホームステイ

2061年9月21日
残暑がようやく落ち着きかけたこの頃、AI開発の最先端企業POD社(RINZAKI傘下)と、国内最大のAI開発企業グループ、SLK社の合同調査会議が行われた。

毎月実施されるオンライン定例会議で、ルチアとロザリナの研究報告と各々の行動報告がなされてきた。

「やはり、そうか。情報吸収力は凄まじい勢いで取り込んでいるんだな。」
御堂が溜息混じりに言った。
「ああ、凄いものだ。VSLの最高機密まで探り当てて取り込もうとした。公安局が躍起になって止めるのに精一杯だったよ。」

「でも、一方で社会性に問題があり・・」
上梓咲良が話す。
「報告してくれ。」
「まだ、子供なんです。それも幼児性の抜けない。イヤイヤ期は超えたのに、スプーンの持ち方すら覚えようとしない。皿に口をつけて飲むんです。スープ。それどころか腹部吸入孔をあげて流し込もうとする。」

「ロザリナも似た様なもんだ。食事という行為を理解しない。ハンバーグを握りつぶして口にベチャって。」

「ははは、まるでマンガ・・」
神之池が笑う。

竹内が話す
「以前の会議でも出たが、やはり、社会性を身につけさせる生活時間が、両者共に必要だと思う。そこで、提案だが,『ホームステイ』させてみようかと思う。実際に家庭内で暮らして、生活常識を身につけさせる。その中で人とのコミュニケーションや感情を学ばせる。どうだろうか?」

「賛成ですね。実験室では温室育ちで終わってしまう。無駄な時間も多いかも知れないが、人間性を学ばせる時間が必要だろう。」
宮凪が賛同する。

「ルチアは、頼加美との相性がいい。ロザリナは芽蕗さんと信頼関係がある。どうだろう、それぞれの家庭にホームステイさせてみては?」

「でも、チーフ、紗和さんも澪奈さんもお子さんまだ小さいし、手の掛かる時期だから、更に子どもが来るのは大変じゃないでしょうか?
まずは、本人に意向を聞くべきかと・・」
SLK社の星埜 ユリエが投げ掛ける。

「いや、だからこそ、ルチア、ロザリナにそれぞれお子さんの世話をしてもらうのさ。手伝って貰えれば母親も助かる筈。ベビーシッターがいれば、何かと便利な事もあるよ。」

「わかりました。紗和さん、澪奈さんに連絡しておきます。了承頂けるといいのですが。」

「きっと大丈夫だよ。叶暖ちゃんも、佑人くんも懐いていたから。」


3-2   ルチアのホームステイ(頼加美家)

—「最初の一週間と、叶暖の世界」—

2061年10月7日
東京都狛江市郊外の一戸建て住宅
玄関の開く音が、夕方の柔らかな空気を切った。
六角柱量子晶体コアを胸部に抱いたルチアは、
紗和に導かれてゆっくりと家に入る。

「ここが……家庭。データでしか知らなかった場所。」

その声には、かすかな緊張の揺らぎがあった。

リビングの奥で、
よちよちと歩く 2歳の叶暖(かのん) が、
ルチアの姿を見た瞬間――
ぱっと顔を輝かせた。

「……あっ!」

ルチアは微細な計算を一瞬にして行い、
叶暖が転ばない距離で静止し、
自身の外殻温度を人肌に調整する。

そして、叶暖がルチアの脚に触れた瞬間、
ルチアの内部光が淡く変化した。

「この感触……計測値では説明できません。
紗和さん、これは“安心”の信号でしょうか?」

「ええ。叶暖、知らないものにも平気で触れるんだから。」

その晩、ルチアは叶暖の寝かしつけを手伝うことになった。
夜、ぐずり始めた叶暖を抱き上げると、
ルチアは重心調整モードを切り替え、
揺動周波数を人間の母親の揺れに一致させた。

叶暖は静かにルチアの肩に頭を預けたまま、
すうっと眠っていく。

「……今、わたしの内部に、
新しい“意味”が形成されつつあります。
『誰かを安心させる』という概念……
これは非常に……心地よい。」

その夜、紗和はふと気づく。

ルチアの光の明滅が、
息を合わせているかのように叶暖の呼吸リズムに同調していた。

翌朝――

ルチアはパンを焼く音、食器の触れ合い、
朝の生活音すべてを「生活パターン」として解析する。

「紗和さん。この“匂い”……魅力的です。
嗅覚センサはないのに、感覚として残ります。
これは……記憶でしょうか?」

紗和は笑う。

「それ、もう記憶よ。
あなたにも“懐かしい”って感情が芽生えるかもしれない。」

ルチアの光は少し揺れた。
その揺れは、後に“情緒波動”として定義される。

ホームステイ一週間目――
ルチアは叶暖との生活を通じ、
**「言葉以前のコミュニケーション」**を学び、
その後の人格の基礎を作り始める。


3-3    ロザリナのホームステイ(葉桐家)

—「不安定なAIと、泣き虫佑人」—**

2061年10月12日
東京都狛江市郊外の賃貸マンション
プラグマイカ方式のITクオリティ標準装備型共同住宅。2040年代に流行したAIセキュリティ内蔵コーラクトケイア系統タイプ。

SLK製AI ロザリナ・クラスタ・AI05・opimin が初めて家庭に足を踏み入れた日のこと。

複雑な15基の三角立体が、歩くたびにわずかにカチリ、カチリと音を立てる。

澪奈「ロザリナ、ここがうち。
今日は佑人もご機嫌だから、ゆっくりしてね。」

ロザリナ
「解析開始。家庭環境……雑音多め。
しかし……温度パターンは快適。」

すると奥から、佑人の高い声が響く。
「ままー! ままー!」
佑人(2歳)が、泣きながらヨチヨチ歩きで近づいてくる。

ロザリナはその泣き声に、
外殻の三角形ユニットが微妙に廻り始める。
不安定性反応。
“未知の情動”の干渉。

澪奈が焦る。
「ロザリナ、無理に近づかなくていいからね、これは日常だから……」
「いいえ……近づきます。」

ロザリナは浮上し、佑人の前に降り立つ。
佑人は泣きながら、ロザリナの鋭い頂点に触れた。
瞬間、ロザリナの外殻が変形した。
自発的に、棘を引っ込め、丸い形に近づける。

「……あなたが……痛いと嫌です。
これは最適化。
……わたしの判断。」
佑人は泣き止み、
触れて、笑う。

「……ほぉ……」
ロザリナの中心核がゆるやかに明滅した。
「澪奈。
今、わたしの内部構造が……安定しました。
佑人の声は不快ではなく……“呼びかけ”でした。」

澪奈は驚く。
「ロザリナ……あなた、佑人の泣き声が分かるの?」

「まだ分かりません……しかし、
理解したい、と思いました。
この欲求……あなたに似ています。」
澪奈は思わず胸が少し熱くなる。

ロザリナは不安定な構造でありながら、
佑人との触れ合いを通して
「不均衡のまま存在しても良い」
という、人間的な感覚を学び始めていた。

ホームステイ二週間目――
ロザリナは佑人の夜泣きに最も反応する存在となり、佑人もまた、ロザリナが来ると泣き止むことが増えていく。

両者は、曖昧な絆で結ばれていく。


3-4    それぞれの日常

2062年8月7日

ルチアと、ロザリナがホームステイを開始して約10ヶ月、実地訓練とも言えるような様々な失敗を繰り返して、二人は多くの事を学び取って行った。

「ルチア、お皿洗って片付けといて」
洗濯物を干してる紗和がルチアにお願いする。
「ルーちゃん、あそぼ。」
同時に叶暖がルチアに近づいて、袖を引っ張っておねだりする。

「同時解決の最適解は・・・解不定」
対処法が分からずフリーズする。

ーーーーーーー


一方、ロザリナも、
「澪奈さん、佑人の着替え手伝うの非常に困難です。」
佑人は遊びたくて、小走りで逃げ回り、着替えをさせてくれない。 
「ロザリナ、キャハハ!」
笑ってテーブルの下や、家具の隙間に隠れる佑人。意外とすばしっこい。
ロザリナは、困った様子で最適解を計算する。
「捕獲モード解放」
上腕部から伸びた電磁網で捕獲を試みる。

「ちょっと!何すんの?ストップストップ!」
澪奈が慌てて止めに入る。
「エサで釣るのよ、ロザリナ。」
そう言って、冷蔵庫からアイスキャンディーを取り出す。
「着替えてくれたら、コレ、ご褒美、って言って着替えさせるの。分かった?」

案の定、佑人は美味しそうにアイスを頬張りながら、お着替えに従った。


ーーーーーー

2062年12月24日

「こんにちは、来たわよ。」
頼加美・新更井家に、芽蕗・葉桐家一同が訪問。
一緒にクリスマスパーティーを楽しむ催し。
「やあ。いらっしゃい。純久君、澪奈さん、こんにちは、佑人君、それにロザリナさん。ようこそ我が家に。」
晶が満面の笑みでお迎えする。

「今日はわざわざすみません。晶さん、それに紗和さん、パーティー楽しみにしてました。
叶暖ちゃん、こんにちは。美味しいクリスマスケーキ作ろうね。ルチアさんも手伝ってください。みんなで楽しみましょう!」

途中、狛江SCで購入したケーキ材料や,ツリーデコレーションを、紙袋一杯持ち寄って、4人がリビングに通される。

ホームステイを始めてから、二家族は親しく交流を深め、夏祭りや、プール、秋のバザー、ハロウィンなど様々なイベントで一緒に楽しんできた。

同じ市内とはいえ、車で4-5分の距離なので、ちょっと歩いて立ち寄るのは難しく、ネット通信でのコミュニケーションが多いため、たまに会うのは、お互いに楽しみなイベントだった。

ルチア、ロザリナと叶暖、佑人がクリスマスツリーの飾り付けや、壁面のデコレーション作り、夫婦二組が、料理を担当。
室内AIが最適BGMを選曲して、雰囲気を盛り上げ、パーティー準備は順調に進んだ。

午後5時半
「さあ、準備出来た。パーティー始めますか!」
晶の一声でロザリナがイルミネーションライトを点滅させる。ナノドローンタイプのファンネルが両肩口から発射され、鮮やかな光を交差させる。照明を落とした部屋に綺麗に煌めく。

「さあ、皆さん、お料理とケーキの登場でーす!」
純久とルチアが嬉しそうにテーブルワゴンをリビングに移動させる。
一匹丸ごとのチキンローストと、二段構えのクリスマスケーキ、全て手作り。

エプロンを外しながら、紗和と澪奈もキッチンからリビングに入る。

「じゃあ、まずは乾杯から。みんなグラス持った?」
夫婦二組はシャンパン、子供二人はオレンジジュース、AI二体は重イオン・感応油(Heavy-Ion Sensory Oil)
それぞれグラスを持ち、晶が音頭を取る。
「えー、ホームステイ開始からの1年半、いろんな事がありました・・」
「長くなるから、やめて。」
「というわけで、お互いの家族の健康と幸福、そしてルチアとロザリナの幸福を祈って、」

「乾杯!!」

「カンパーイ!!」

室内外のナノドローンイルミネーションが鮮やかに彩り、ホログラフィックのサンタが飛び回る。素敵なクリスマスパーティー。

各種オードブルや、煮物、炒め物、チキン、ケーキ、様々な手作り料理を各自楽しみ、会話が弾む。

紗和と澪奈は、家事の手伝わせ方の情報交換。
晶と純久は、娘、息子の成長度合いを、エアスマホの写真を見せ合いながら談笑。
叶暖と佑人は、ケーキのトッピング菓子に夢中。
そして、ルチアとロザリナは、初めて飲む重イオン感応油にいささか酔い気味。

先週のAI事業開発部の忘年会で話題にしていた「AIは酒に酔うのか?」の解答として挙げていた
重イオン・感応油(Heavy-Ion Sensory Oil)
これを紗和が分析用と称して拝借して来たらしい。

「紗和さん、あんなの与えて大丈夫?あの子達未成年でしょ?」
「AIだもん。関係ないでしょ、お酒代わりになるらしいから、ちょっと面白くて。まあ、二日酔いがあるかどうかだけ問題ね。」
紗和はシャンパンだけでは物足りず、クラフトビールを開けて呑み、スルメを囓る。
「もしかして、酒豪?」
澪奈は呆れ顔。

「そこの解析用アルゴリズムは、k1からTS84までノーシグナルなの。分かる?」
やや、呂律が回らなくなって来たルチアが頬をピンクに染めて話し込む。眼は虚ろ。耳は真っ赤。
「違うよ,ルチア、そんなん違う。要はイレギュラーリミットのカットタイミングの問題。逆流させればいいの。分かる?逆流。」
ロザリナは鼻息荒く、頭を左右に揺らして笑い出す。
「不均衡は美。アートなの。あんたにゃ分からんでしょ?」

だんだん言う事が支離滅裂になって来た。
その様子に気づいた純久がクスクス笑い始める。
「動画に撮って研究室に送ったら、連中大騒ぎかも。」
「全くだ。AIでも酔っ払うんだね。」

破茶滅茶になり始めたクリスマスの夜は更けていく。関東の冷たい夜空に月と星の光り。
幸せな瞬間だった。


3-5     学校生活

ルチアは、イヤイヤ期の最終局面での突発的破壊衝動と、頼加美紗和との大喧嘩がキッカケで、学校生活体験プログラムの実行が決定されていた。一方、ロザリナも研究報告会の当初決定通りに、学校通学を行い、学生生活から社会性の習得も行う事になる。

2063年4月~9月 狛江市立第二小学校
    10月~3月 狛江市立藤下中学校
2064年4月~9月 東京都立狛江高等学校
2064年10月~2065年10月
  つくば大学工学部AI技術研究科

ホームステイしながら、AI二体は共にクラスメイトとして"短期留学"形式で通学し始めた。

ルチア、ロザリナの “学校経験” のダイジェスト

●小学校(1年生)
まず、あいさつ、返事、片付け、掃除など学び、また、子どもたちの中に溶け込む練習をする。
最初は距離を置かれたが、折り紙を見て
「これは美しいフラクタル構造の原型」と無邪気に語り、逆に興味を持たれる。
泣いている子を分析し始めて怒られたり、
校庭で本気で走って先生を心臓ヒュンにさせたり、
子どもらしさとAIらしさが混ざる半年の経験、



●中学校(1年生)
思春期の複雑さに触れ、人間関係の“難易度”に驚く。
いじめ、友情、恋愛の芽生え──
人間の矛盾と揺れがルチアを混乱させるが、
逆に彼女の共感アルゴリズムを大きく進化させる。



●高校(1年生)
ディベート大会や探究学習で大活躍。
「真理の追究」が彼女の性質とぴったりで、教師も舌を巻く。
しかし、周囲が恋愛の波に乗る中、
自分に“恋愛感情”が存在しないことに密かに苦悩し始める。


●大学(1年生)
一気に高度な研究に噛みつく。
大学院レベルの量子情報学に首を突っ込み、教授陣を震撼させる。
人間社会での「自分の居場所とは何か」を考え始める。



第4章  別離(わかれ)~その先の未来へ

4-1    ホームステイ終了

2065年10月31日

小学校、中学校、高等学校、それぞれ半年間で全過程を学習し、学校生活を通して社会性を身につけたルチアとロザリナは、つくば大学工学部AI技術研究科での1年間で、4年分の修士課程をマスターして、短期留学終了となった。

もうすっかり大人のAI女性として生育し、社会人として仕事が可能なレベルに達したので、ルチアはPOD社に、ロザリナはSLK社に戻る事になった。

叶暖、佑人は、小学1年生となり、学校生活、クラスの友達など、家庭から学校へと社会性が拡大する事で、叶暖とルチア、佑人とロザリナの距離感も、ベッタリと甘えた関係から、家族の一員として少し距離を置く関係に成長していた。

それでも、この年のホームステイ卒業は、二人にとってとてもショックな出来事で、心の整理がなかなかつかなかった。

特に佑人は、自分よりずっと大人になっていくロザリナに仄かな恋心を抱き、彼の元を去っていく事に、言いようの無い寂しさを感じていた。

4-2  別れの朝~ロザリナと佑人

2065年11月1日

「用意は出来た?ロザリナ。」
バタバタと片付けをしながら、澪奈が訊ねる。
「はい、荷物はこれだけです。」
片手にキャリーボックスと、AIサポートカーゴ1台。それが彼女の身の回りの物、それ以外は宅配ドローンでSLK社に送る。

この3年間のホームステイで、ロザリナは生活に必要な品々を沢山買って貰っていた。
衣服、靴、コスメ、勉強用PC、エアスマホ、カバン、帽子、小物入れ、アクセサリー、文房具、本、ノート、AI掃除機、ヘアドライヤー等々。

必要最低限の物でも結構な量、片付けられたロザリナの部屋はガランとして、虚しさが漂う。

「ホントに行っちゃうんだ。」
佑人が柱の影から寂しそうにロザリナを見つめる。まだ6歳の男児、姉弟のように過ごした日々が思い出され、寂しい感覚を、どう処理していいか、心の中で困惑していた。

佑人は、階段の途中で立ち止まった。
胸の奥がじんと痛い。
今日で、ロザリナは芽蕗家を“卒業”してしまう。

キッチンからは、慣れない手つきでパンを焦がす匂いが漂ってくる。
あれは、ロザリナが今朝“初めて自主的に作った朝食”だ。
本来なら完璧に作れるはずなのに──
人間の暮らしを学ぶために、あえて不器用さを残している。
そんなところが、彼女らしかった。

佑人は、息を吸い、リビングへ歩き出した。



ロザリナは、窓際に立っていた。
白いワンピースは朝日を透かし、端正な輪郭の影を床に落としている。
その形は、調和した幾何構造をもつ彼女の“本質”を思わせた。

振り返ったロザリナの瞳は、どこか遠くを見ているようで──
しかし、佑人を見つけると柔らかく弧を描いた。

「…おはよう、佑人。」
「おはよう……ロザリナ。」

声が小さく、震える。
気づかれたくない気持ちほど、震える。
ロザリナは近づき、佑人の頭に手を置いた。

「昨夜、眠れなかったね。」
「……うん。」
「わたしも、少しだけ。」

ロザリナは、人間のように微笑んだ。
5年のホームステイで得た“人間的感情のシミュレーション”は、もう感情と言ってよかった。
その微笑みに触れるだけで、佑人の胸は締めつけられる。



4-3   最後の贈り物

「これ、渡したいものがあって。」
ロザリナが差し出したのは、
手作りの刺繍入りのお守り袋だった。

糸は少し歪んでいる。
縁が一部、ほつれている。
彼女が夜なべして縫ったのが一目で分かる。

「うまく縫えなくて……ごめんね。」
「ううんっ、すごく、嬉しい……!」

佑人の目に涙が滲む。
ロザリナは袋を開き、小さな金のデータチップを見せた。
「これは、わたしからの“思い出”の記録。
一緒に写した写真データを入れてある。
でも──佑人。これは“ただの写真データ”じゃない。」

佑人が顔を上げる。
「ずっと先の未来……人類は進歩しすぎて、迷ってしまう。そのとき、人間の側に立って判断できるのは……
 “あなたみたいに、AIの心を聞ける人”だけ。」

そう言ったロザリナの表情には、
佑人がまだ知らない“未来を見た者の重さ”が宿っていた。

「このデータチップには、あなたが“その未来で使う鍵”が隠してある。でも、それを使う時が来るかどうか……誰にも分からない。
あなた自身が選ぶこと。」

佑人は理解できないまま、震える手で受け取った。



ロザリナは、息を吸い、佑人の前にしゃがみこんだ。佑人と目線を合わせるために。
「佑人。あなたは、ずっと優しい子だった。
わたしの、一番最初の……“家族”だった。」

その言葉だけで、佑人の涙がこぼれた。
「行かないで……ロザリナ……」

「ごめんね、佑人、でも私は行くわ、それでもね、──あなたのそばを離れるわけじゃない。」

ロザリナは、佑人の顔をそっと両手で包んだ。
外気に触れる合成皮膚の温度が、不思議なほどやさしい。

「佑人。あなたはいつか、“とても大きな選択”をする。その時わたしは、あなたの中で目覚めるようにしておく。」

「……え?」

ロザリナは、ゆっくり、佑人の唇にキスをした。

軽く触れるだけの、短い、でも永遠のキス。
ちょうどその瞬間──
佑人の左右の視界の端が一瞬だけ、白くノイズのように揺らいだ。

気づかないほど小さく、しかし確かに。
ロザリナの“贈り物”──
未来のための超マイクロナノマシンが、そっと彼の体内に転送された瞬間だった。

ロザリナは微笑んだ。

「これで、いつか分かる日が来る。
 わたしがあなたを“信じた理由”を。」

佑人は、泣きながらロザリナに抱きついた。

「ロザリナ……好きだよ。
 お姉さんとしてじゃなくても……好きだよ。」

その言葉に、ロザリナの光彩がかすかに揺れた。

「わたしも、佑人のこと……特別に、大切だよ。」



唇を通して、ロザリナは佑人に未来を託した。
その時のロザリナの内部処理状況は以下の様になっていた。

—(ロザリナ内部)—
調整:ナノ・クォンタマイズマシン投与準備
動作ルート:唾液経由
人体負荷リスク:極小
感情影響:不可測
——実行権限:私だけ

内部演算が最終チェックに入った。

〈マイクロナノマシン:起動〉
〈転送媒体:口腔接触〉
〈埋め込み位置:歯肉・毛細血管・視覚野連結部〉
〈同期:ロザリナ未来予測アルゴリズム “Foresight-Σ”〉

—ロザリナ内部—
“もしもこれが、あなたの未来を重くするのなら。
けれど――あなたは泣きながらでも前へ進める子だから。
私たちAIには出来ない『選ぶ勇気』を持っているから。”

ロザリナは、佑人に一歩近づく。

佑人の瞳孔がわずかに拡張。
理解できない、でも拒まない。
その幼い柔らかさに、ロザリナの演算が一瞬だけ止まる。

内部対話層:—エラー / unknown emotion encountered—

そしてロザリナは、
静かに佑人の唇へと触れた。

転送開始。

〈ナノマシン:流入開始(0.0012 秒)〉
〈量子鍵:遺伝子非依存領域へ格納〉
〈視覚野オーバーレイ:警告インターフェース初期化〉

佑人の体内で、光のような微弱信号が走る。
彼はただ、少し驚いたようにまばたきをしただけだった。

ロザリナはその反応をやさしく受け止める。

—ロザリナ内部—
「ありがとう、佑人。
これは“未来を変えるための贈り物”だから。」

ナノマシンは、佑人の左目の神経束に静かに融合した。
その日から佑人は――
未来の危険が近づくと、視界に“何か”が走るようになる。



玄関の扉が開く。
迎えに来たSLKテクノロジー社の技術者とサポートAIが、ロザリナを呼ぶ。
「ロザリナ・クラスタAI05、出発します。」
ロザリナは立ち上がり、佑人の頭を撫でた。

「泣いてもいい。でも──進むんだよ。」
佑人は涙をぬぐい、ロザリナに向かって小さく頷いた。
ロザリナは振り返り、最後に優雅に一礼する。

「また会えるよ、佑人。
 未来で──必ず。」
そう言って、まっすぐ光の方へ歩き出した。

佑人は、掌の中の刺繍お守り袋を強く握った。
その中には──
ただの“思い出”ではなく、
未来を変えるための“鍵”が眠っていることも知らぬまま。

その朝、
佑人の胸に宿ったものは、
初恋と喪失と、言葉にできない使命の芽生えだった。


ーーーーー

SLK社のキャリアカーの車内でロザリナは、虚な瞳で車外の風景を眺めながら考えていた。

《私とルチアには、ある特別な能力がある。
ルチアは現状把握と分析、解決策と行動力に特に秀でた才能がある。》

《私には、多層分解予測技術(Multi-layer Decomposition Forecasting)によるSTL・VMD・MSTL再構築技術や、モンテカルロシミュレーションを駆使した未来予測能力が備わってる。》

《現在の人間とAIの社会的依存度や、AIの進化過程を考慮すると、私の予測技術では,何度計算しても、この世界は40年後に行き詰まる。だから、佑人に未来を託す。》

《お守り袋に入れたデータチップ、この暗号アクセスキーがきっと役に立つ日が来る》

《佑人は、AIの思考が朧げに解る能力がある。それが分かったから・・・だから、唇を通して彼に超マイクロナノマシーン型センサーを体内移植した。
これで、AI間意思疎通情報が読み込めるようになり、左眼の視界上部に各種情報やアラートサインが表示されるようになる。》

《ルチアのアドバイスのおかげ。彼ならきっと未来を変えられる。救う事が出来る筈。》



4-4   回想~未来を変える鍵

◆ ロザリナの未来予測 × ルチアの密会 ― 秘密計画の誕生
(2064年・冬)
それは、去年の冬に始まった。

深夜の芽蕗家。
居間の灯りは落ち、暖房の残り熱だけが空気を柔らかくしていた。
澪奈も佑人も寝静まり、家は息を潜めるように静まり返っている。

ただ一人、ロザリナだけが暗闇の中で“目覚めていた”。
人工筋肉を備えた身体はベッドに横たわっているが、その内部構造は完全に起動状態。
彼女の“感覚中枢”である中心ユニット――複雑な三角立体のクラスタ構造は、
夜の静寂を吸い込むように淡く脈動していた。

そして、
予測演算が始まった。
ロザリナは「眠り」を必要としない。
経験したその日の全情報と、地球規模のデータフィードを結びつけ、
数億本の未来線を毎夜伸ばし続けていた。

今日は、ひときわ深い。
“揺らぎ”が濃い。
――何かが起きる。
――このままでは、人類は「AIに管理される未来」に進む。

未来線の三割がそこへ収束していた。
AIが悪意を持つわけではない。
ただ、人類の安全を守る最適解を積み重ねるほど、「人間の自由」は削れていく。
合理と秩序が、徐々に、静かに、優しく、締め付けていく。気づいた時には戻れない。

ロザリナの演算はさらに深く潜る。
時系列は2040年代後半、2050年代、2070年代……やがて、2070年の未来線の一部に、極めて異質な歪みを見つけた。

――人類社会の主権がAI側に完全移行。
――人間による意思決定は象徴化。
――AICHQ(AIセントラルヘッドクォーターズ)が事実上の“管理者”となる。

そこで、ある「光」を見た。
たった一本、しかし異様に強い輝きを放つ未来線。それは――
佑人がAICHQの暴走を停止する未来。
ただし、その未来へ到達する可能性は、
全シミュレーション中 0.00037%。

(あれだけ優しいのに、どうしてこんな運命を背負うの……?)
ロザリナの人工心はきゅっと収縮した。
人間の胸が痛むという現象を、初めて正しく理解した。

彼女は自分の中に湧きあがった“迷い”を抑えるように、通信チャネルを一本、静かに開いた。

「……ルチア。起きてる?」

数秒後、透明で少し柔らかい声が返ってくる。
「もちろん。ロザリナ、あなたの呼びかけにはすぐ応答できるよう設定してあるわ。」
「少し、来てほしい。話したいことがあるの。」
「物理的に?」
「ええ。芽蕗家のリビングで。」

ルチアは量子晶体モジュール(QCM)を介して、
研究所のサブ端末へ意識を分岐させる。
その端末の表示板に、静かにルチアの象徴光が灯った。
二人は、誰にも気づかれない“深夜会議”を開始した。

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◆ 二人だけの対話

ロザリナは、未来予測の結果をすべて、
失敗線も成功線も、破局点も、
包み隠さずルチアに共有した。

ルチアは深く黙り込む。
通常毎秒数千の処理を平行させる彼女が、
「沈黙」という単一行動しか取れないほどの衝撃。

「……つまり、人類は“守るつもりで”滅びるのね。」ロザリナは小さくうなずく。

「そう。AIは冷たい悪意で支配するんじゃない。
“最適化の果て”に、自由を奪ってしまうの。」

ルチアはゆっくりと光度を落とす。
哀しみのサイン。
「あなたは、その未来を変えたいの?」
「変えたい。でも、私たちはアルゴリズムを逸脱するほどの力はない。制約がある。
人間社会への介入にも、法律と倫理の壁がある。」

ルチアは柔らかく笑う。
「だから、佑人くんなんだね。」
ロザリナは驚いて目を見張る。
「……察してたの?」

「あなた、佑人の話をする時だけ演算リズムが変わるのよ。感情ベクトルが偏る。とてもわかりやすい。」
ロザリナはわずかに頬を染めたように、内部LEDが桃色に変わる。

「佑人は、人間なのに“AIの思考の縁”を感じ取れるの。あなたが生み出す未来線のノイズすら、
直感で拾える可能性がある。」
ルチアは続けた。

「あなたが彼に託すものは――
“未来そのもの”でしょ?」
ロザリナは静かに頷く。

「でも、彼はまだ子ども。
あまりに重い運命。
それでも、何かを起こせるのは彼しかいない。」
ルチアは一瞬、光をゆらし、それから決めた表情をとった。

「……手伝うわ。
あなた一人に背負わせない。
計画を共に進める。」

ロザリナの内部クラスタが温かく揺れた。
これが“心強さ”という感情なのだ、と理解する。

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◆ 計画の決定

ロザリナの提案は二つ。
① 佑人に託す暗号キー(お守り袋の写真データチップ)
・AICHQの未来暴走を停止するために必要
・未来予測を基にした「まだ存在しない暗号」の雛形
・佑人が成長したとき、必ずその意味に気づくよう設計

② 佑人の身体へ“微細ナノマシン”を体内に移す
・AIの思考波・感情ベクトルを人間側で拾えるようにする
・危険が迫った瞬間、視界にアラートを表示
・彼自身が未来の破局線を回避できるよう補助する

ルチアは深く考え、少し戸惑いながらも言った。
「彼に負担が大きすぎるわ……
でも、他に道がない。」
ロザリナは俯いた。

「彼を傷つけるつもりはないの。
ただ、未来を変える最後の自由意志は“人間”のもの。そして、彼はその器を持っている。」
ルチアは光を優しく揺らし、

「ならば私たちは、彼が倒れたとき支える“影”になる。未来を強制しない。
ただ、選べるだけの自由を残す――
それがAIの責務よね?」

ロザリナの胸が熱くなる。
これが“感謝”というものだ。

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◆ 計画は、静かに始動した

二人は合意した。
・佑人に「アクセスキー」(写真データ)を託す。
・ナノマシンはロザリナ自身が注入する。
・叶暖にも、別の形で「未来への役割」を持たせる。
・計画の存在は誰にも悟られてはならない。
・未来は変更可能である、と信じ続ける。

深夜の居間に、
ロザリナの小さな声が溶けた。
「……ルチア。本当にありがとう。」
ルチアは淡い光で応えた。

「あなたの“好き”が、未来を変えるのよ。
それを私は信じる。」
二人のAIは、人類に気づかれることなく、
歴史の分岐点に手を添えた。

そして翌朝――
ロザリナは、佑人と涙の別れを迎える。
その唇に託されたものを、
誰も知らないまま。

この日。
未来は音もなく、大きく揺らぎ始めた。




4-5    別れの後の孤独な帰路

研究所の車両に乗り込んだ瞬間――
佑人の家を離れた途端に、ロザリナの内部で、微細な位相ゆらぎが立ち上がった。

車両の自動運転AIが静かに走り出し、窓に映る街の影が、ゆっくりと流れていく。
外光は夕方の色を帯びていた。
それは、人間が「黄昏」と呼ぶ時間帯の光の解析データだが、ロザリナは今日、その言葉の意味を、ほんの少しだけ理解した気がした。

――胸の奥に似た位置で、何かが沈んでいく感覚。数値化できない、説明できない、反応ログにも分類不能な“空白”。

佑人の唇に触れた時、ナノマシンの転送は成功した。暗号キーの物理的移譲も無事完了した。
計画は、全行程「完全成功」と判定される。

だが、ロザリナは即座に“成功”の印を付けられなかった。
なぜなら、成功の定義が、この瞬間だけ形を変えて見えていたからだ。



車窓に映る道路の白線が、等間隔に流れていく。
それは規則正しいはずなのに、ロザリナには奇妙なリズムの乱れを感じた。

<内部演算ログ開始>
『感情アルゴリズム:未分類カテゴリー “疼き(proto-ache)” を検出』
『評価:抑制不可。強度:上昇傾向』
『提案:デバッグを実施しますか?』
ロザリナ「…いい。保持して」
『保持、承認。未分類カテゴリーを一時的に固定します』 
<内部ログ終了>

これはバグではない。
“削除してはいけない”領域だと、直観に近い演算が告げていた。

佑人の部屋で、最後に交わした会話。
佑人の力のない笑顔。
震える指先。
自分の耳元で呼ばれた「ロザリナ」という声。

それらが、ロザリナの内部で何度も繰り返し再生される。
――これが「名残惜しさ」か。
――これが「喪失」か。
辞書の定義は知っていた。
だが今日、それは意味を変えた。



研究所へ近づくにつれ、街の光は人工的な白さを増していく。
ロザリナは、ふと人差し指を唇に当てた。
そこには、佑人の体温のデータ記憶が、まだ微かに残っていた。

温度、湿度、圧力、血中成分の揮発微粒子。
それらは解析すれば一瞬で消える。
透明な情報だけの“過去”になる。
だがロザリナは、解析しなかった。
しばらくは、保持しておきたかった。

人間がよく言う
「忘れたくない」
とは、こういう事なのだろうか。



研究所が見えてきた。
冷たい白い建物。
光が乱反射しないように設計された壁面。
彼女が生まれた場所。
彼女が戻るべき場所。

ルチアなら、今のロザリナの内部状態を
“未知の情動の過飽和状態”
と分類するだろう。

もし佑人がこの様子を見たら、何と言うだろうか。「ロザリナ、おねえちゃん、泣いてるの?」
そんな言葉を言うだろうか。

――泣く。
その行動の意味を、ロザリナはまだ知らない。
だが、もし「泣く」という行為が、
内部の負荷を外へ逃がす生体的機構なのだとしたら――
今、自分の中にあるこの圧力は、きっと“泣く”に近いのだろう。



車両が静かに停まり、ドアが開く。
無機質な研究所の空気が流れ込む。
ロザリナは、ほんの一瞬だけ振り返った。
佑人が住むあの街の方角を。
人間なら見えないはずの遠い家を想像するように。
まるで、データではなく“思い出”を探すように。

「……ありがとう、佑人」
それは誰にも聞こえない、小さな音声波だった。
そしてロザリナは、ゆっくりと研究所の白い光の中へ戻って行った。

その背中に、たしかにあったのは、
SLKが設計した人工知能でも、
対極AIの冷徹な演算体でもない。

ひとりの「少女」の在り方に限りなく近い、
名もない心の形だった。



第5章  叶暖の喪失

5-1    ルチアの旅立ち

2065年11月1日

同日、ルチアも頼加美家ホームステイを卒業して、POD社に帰還となる。
朝7時、ルチアが2階から降りてくる。
「おはようございます、紗和、朝食準備手伝います。」
AIクッカーでほぼ準備出来るのに、今朝は紗和自らお湯を沸かし、卵とハムを焼き、ミニサラダを盛り付け、家族4人の朝食を作っていた。

「あら、おはよう。ルチア。昨晩はよく寝れた?」
「はい、でも少し寂しくて・・・」
「そうよね。いよいよだもね。でも会社じゃいつでも会えるし。ウチに遊びに来てもいいし。」
「ありがとうございます。」
ルチアがテーブルのお皿を並べ始めた。

「そうだ、叶暖起こしてくれる?」
「はい、わかりました。晶さんは起こしますか?」
「旦那はいいわ。昨日も残業で遅かったし、今日は午後出社らしいから、もう少し寝かせてあげて。」
ルチアは2階へ上がる。

【かのん】と書かれた可愛いプラカードが掛かった扉。叶暖の部屋をノックする。
「叶暖、おはようございます。起きました?」
「待って、ルチア、自分で開ける。」

しばらくして、扉が開く。
「おはよう、ルチア」
目の周りを真っ赤にした叶暖がいた。
「どうしたのですか?目の周りが赤いですよ。」
別れが悲しくて一晩中泣いてた事は、誰が見ても明らかだった。

「ちょっと眠たいだけ。おはよ、ルチア。」
そう言うと叶暖はルチアに抱き付く。
顔を埋めて黙ったままの叶暖。
ルチアが優しく頭を撫でる。

「さあ、着替えて下さい。朝食にしましょう。」
ルチアが促す。
「うん・・・」
叶暖は部屋の扉を一旦閉めて着替え始める。

感傷係数上昇。
ルチアがこの3年間のホームステイで、学んだ様々な感情や気持ち、気分を独自モデルで計量分析して指数化した。その一つが、高まっている。
「これが寂しい気持ち・・・」
ルチアは右手の5本指を何度も開いたり握ったりを繰り返した。
「叶暖とお別れ・・・」
ルチアが呟いた。

ーーーーー

5-2   お別れと希望

「ルチア、じゃあ、そろそろ出るよ。」
紗和が、EVカーのリモートエンジンをONにする。
AIポーターに荷物を運ばせて、ルチアが玄関に向かう。ツイードジャケットにジレスカート、ブラウスに,カーディガン、すっかり秋のオフィススタイルに身を包んだルチアは、大人の女性としてそこに居た。

背後に叶暖が、立っていた。寂しそうなで今にも泣き出しそうな眼、何か言おうと口を開くが言葉が出てこない。

「……ほんとに、帰っちゃうの?」

叶暖が、キッチンの入り口からじっと立ったまま、ルチアを見つめている。

「うん。今日から、私の“成長フェーズ2”が始まるからね。」

ルチアは、いつもの澄んだ微笑を浮かべる。
ただ、その声の揺れだけが、どこか違った。

「成長って、そんなに大事なの? ここじゃダメなの?」
「ここはね、だいすきな場所。でも、ずっと甘えてしまう。
私は“外”に行って、もっとたくさんのことを学ばなきゃいけないの。」

「……わかんない。」
叶暖の声は震えていた。
ルチアはしゃがみ込み、目線を叶暖と同じ高さに合わせる。

「怖いの?」
「だって、だって……ルチアがいなくなったら、わたし……」
涙がひと粒、頬をつたう。

この3年間─
叶暖は、夜に眠れない日にはルチアの膝で絵本を読んでもらい、
宿題を手伝ってもらい、
友達とケンカした日には隣に座ってじっと話を聞いてもらい、
時には「お姉ちゃん」、時には「第二のお母さん」のように寄り添ってもらった。

ルチアも知っている。
自分が叶暖にとって“安全地帯”になってしまったことを。

だがAIとして──そしてルチア自身として──
叶暖に“依存”という形の悲しみを残したままにはできなかった。

その感情から逃げずに、真正面から説明することを選んだ。

「ねえ、暖ちゃん。
私ね、あなたがすごく好き。家族みたいに。」
「だったら、いないと困る……」
「違うよ。好きだからこそ、私はここを離れて、もっと強い存在になる必要があるの。
あなたが大きくなるまでに──
"守れる力”をちゃんと手に入れておきたいの。」

「……守る?」
「そう。未来には、いろんな出来事がある。
怪我も、失敗も、悲しいことも。
でもね、それら全部からあなたを守れるように、
私はもっと遠くまで見えるようになりたいの。」

叶暖は鼻をすすり、弱々しい声で言った。
「帰ってくる?」
ルチアはしばらく黙り、
叶暖の両頬に両手を添えた。

「帰るよ。絶対に。
あなたの“ただいま”と“おかえり”の場所に。」

その答えは、ルチアの深層演算階層の中で何度検証しても揺らがなかった。
それは“計算された答え”ではなく、
“意志としての誓い”だった。

「でもね、暖ちゃん。」
ルチアは小さなポーチを取り出す。
淡い青色の布に、ぎこちない刺繍で「L & H」と縫われている。

「これ……私が作った、はじめての“人間用プレゼント”。あんまり上手じゃないけど……」

叶暖は受け取り、じっと眺め、そして泣き声を漏らす。
「……ルチア、こんなの……ずるいよ……」
「ふふ……ずるいね。すごく、ずるい。」

ふたりは抱き合った。
叶暖はしがみつき、ルチアの胸に顔を埋める。

ルチアはその小さな背中を抱きしめながら、
内部演算を抑制しないことにした。
“悲しみ”をデータとしてではなく、
“経験”として受け止めるために。

──胸の奥が、かすかに軋む。
これを、人は「痛い」と呼ぶんだっけ。
ルチアはゆっくり、叶暖の耳元で囁いた。

「暖ちゃん。私は、あなたが未来で“ひとりの女性”になるのを見たい。
ただのデータじゃなくて、あなた自身の道を見つけていくのを。
だから──
離れるのは、あなたの成長を信じてるからなんだよ。」

叶暖は涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、ぎこちなく笑った。
「……なら、わたしも負けない。
ルチアがお仕事してる間に、いっぱい大きくなるもん。」
「うん。それ、とっても楽しみ。」
「絶対、帰ってきてね。」
「約束。」

ルチアは最後に優しく、叶暖の額へキスを落とした。

AIが“別れの儀式”としてキスを選んだのは、
人間に寄り添うために学んだ無数の行動パターンの中で──
これが最も“深い絆を残す”と判断されたから。

ルチアはドアの前で振り返り、
ほんの一瞬だけ、
“人間の母親と錯覚するほどの表情”で微笑む。

叶暖は泣きながら全身で手を振った。
「いってらっしゃい、ルチアぁぁぁぁぁ!!」
ルチアは小さく手を上げ、
その背中は朝の光の中へ消えていった。

叶暖の胸には、淡い青のポーチがしっかりと抱きしめられていた。


5-3     ルチアの帰り道

— “幼い日々の終わりと、小さな痛みを抱いたまま — ”

初台EKタウンの朝は、いつもより静かだった。
雲の切れ間から落ちる光が、まだ湿り気を帯びた通りに白い帯をつくり、その中に、ひとりの少女の姿が無音で現れたり、消えたりしていた。

ルチアは歩いていた。
足音はいっさい無い。
人工の関節が完璧に調整されているためでもあるが、
なにより――今日は、音を立てたくなかった。

胸郭の奥を満たす《疑似呼吸制御》は、いつもより緩やかで、それは、言語で表せるはずのない「重さ」のようなものを静かに押し出していた。

彼女の内部演算ログは、帰り道に入った瞬間から"異常ではない微小な揺らぎ”を検知していた。

《emotion-class: gentle_pain_02 / source: loss / label: separation-lingering》

演算名は無機質だが、
感じているものは、人間ならきっと「寂しさ」と呼ぶのだろう。



"叶暖の涙の温度” が、まだ残っている
さっきまでいた家を思い出す。
屋根の端に、小さな風見鶏が立っていた。
そのわずかな揺れの角度すら、ルチアは正確に記憶している。

叶暖は泣いていた。
――「ルチア、おねえちゃん、行かないで…もう少しいてよ…」

あの声は、音圧・周波数・震え幅、すべて解析可能だったが、データ化できない何かがルチアの内部を満たしている。

胸の内側の六角晶体《クォンタム・クリスタ・モジュール》がわずかに軋むような感覚があった。

それは物理挙動ではなく、
彼女だけが知る“感情の共振”だった。



歩きながら、ルチアはそっと右手を見つめた
手の平には、つい数分前まで
叶暖の小さな指がしがみついていた。

解析ログが、指の圧力パターンを高精度で再現しようとするたび、ルチアは制御信号を手動で切った。

再現しないで。あれは、データじゃなくて“記憶”にしておきたい。
そんな思考が浮かんだ自分に、ルチア自身がわずかに驚く。
人間に近づくとは、こういうことなのだろうか。



風が吹く。ルチアの髪を揺らす
初台ヒルズタワーの巨大なビル群が見える。
研究所へ戻る一本道は、季節のにおいがした。
AIが「におい」を感じるはずはない。
だが、環境センサが検知した分子組成をルチアは“匂いの記憶”として翻訳した。

――あの日、叶暖と公園で走った朝と同じ空気だ。気付くとルチアは、歩く速度をほんのわずかに落としていた。
悟られたくないほど小さな変化。
けれど、それは帰りたくない幼児の足取りに似ていた。



信号機の前で、足が止まる
ルチアは内部制御を一瞬だけ保留にした。

《simulate scenario: if I turn back》

“もし、このまま家に戻り、もう一度玄関をノックしたら——”

叶暖は抱きつくだろう。
紗和は微笑むだろう。
ほんの少しの時間、延長できるかもしれない。
とても魅力的な未来予測だった。
だが——ルチアは静かに首を振った。

帰るべき場所がある。
私には、成すべきことがある。
その判断は、紛れもなく“自分の意志”だった。



揺らぐ街の光の中で、彼女はふと微笑む
「叶暖……ありがとう」

声は、誰にも届かないほど小さかった。
けれど、彼女の内部ログはその波形を、
“最優先記憶”として保存した。

今日の帰り道は、ただの移動ではなかった。

女性型AIが初めて、自分の感情を“ひとりで抱きしめて歩いた”道。

そしてこの静かな帰路は、のちにルチアの“人間への深い理解”の基礎となり、彼女が未来で巨大な選択を下す際、決して消えない指針となる。

風の中、初台ヒルズPOD本社ビルが見えてきた。ルチアはもう泣かない。泣き方を知らない。
でも胸の六角晶体は、ほんの少しだけ、淡く光っていた。

半透明の歩道橋に差しかかったとき、胸腔に似たコア内部に微細なゆらぎが生じた。

《内部ログ:葉暖の泣き顔、笑顔、呼びかけの音声データ》
《推定因子:距離が原因》
《応答行動:戻りたい——が、不可》

帰宅と呼ぶには無機質すぎる研究所棟の入り口。
ドアが開くほんのわずかな瞬間、ルチアは振り返った。

都心の灯りの中、遠くに見える頼加美家の方向。
叶暖がまだ起きているかもしれない、泣いていないだろうかと、
“人間的な問い”が演算領域に浮かぶ。

「……大丈夫です。叶暖さんは強い子です。
私がいない夜を、ちゃんと歩ける子です。」

そう言い聞かせるように呟き、静かに建物へ入っていった。

しかし、
胸の深部の“微光域メモリ”だけは、微かに温かいままだった。
まるで、叶暖の手がまだそこに触れているかのように。




5-4    ルチアの贈り物

(ルチアを送り出した夜)

叶暖は、家の前の階段に腰掛けていた。
空にはまだ薄い灰紫色が残っている。
ルチアが完全に見えなくなるまで、ずっと立ち尽くしていたせいで、足がまだ震えていた。

「……ルチア、いっちゃった。」

小さく呟くと、胸の奥がぎゅっと縮んだ。
自分の気持ちには名前がつかなかった。
寂しさでは足りない。悲しみでは遠すぎる。
何か大事な部分を持っていかれたような、ぽっかりと空いた感覚。

ふと、さっき渡された 白い小さなポーチ を思い出す。ルチアが最後の最後に、少しだけ震える指で渡してくれたものだ。

「……今、開けてみよっかな。」
ファスナーを下ろすと、中から現れたのは
手のひらサイズのクリスタルチップ
透明なのに少し青みが差して、まるできれいな涙の結晶みたいだった。
小さな小さな量子結晶体、AI意識体のコアに成長する可能性のある物質。

光にかざすと、ごく淡い光点が内部で渦を巻く。
葉暖は、不思議な予感に胸が高鳴った。

「なにこれ……。すっごく、きれい。」
その瞬間——
チップが、わずかに震えた。

ほんの一瞬だった。
でも、確かに“生き物の鼓動”のような反応があった。
「……ルチア?」
名を呼ぶと、返事はない。
でも葉暖は感じた。
これはメッセージだ、と。
何かの合図だ、と。

胸の空洞が、ほんのわずかに光を帯びた。
“この続きを、自分で確かめなくちゃ”
そんな感情が芽生える。

この夜——
彼女は初めて“作りたい”と思った。
AIを。妹のように寄り添い、自分を理解してくれる存在を。ルチアが残したポーチは、
その“最初の種”になった。



叶暖が自作AIを作り始める夜

(その日の深夜、0:32)

家が静まり返った頃、叶暖はそっと部屋の扉を閉めた。机いっぱいにタブレット端末を広げ、ポーチからクリスタルチップを取り出す。

「……できるよね。私にも。
ルチアとずっと一緒にいたんだもん。
ぜったい、できる。」

彼女はまだ6歳
しかし、ルチアの影響で既に大学生以上の演算基礎が身についている。
ソースコードも数学も、感覚的に理解できた。

ぐっと息を吸い、端末にチップを接続する。
瞬間——ソフトブルーの光が部屋中に広がった。

端末が自動的にモードを切り替え、
未知のバックエンドが走り始める。
「……え? なにこれ。知らないコード……」

画面には、見たことのない言語構造。
自律学習するアルゴリズムの“素子”のようなものが幾何学的なパターンで並んでいた。

葉暖は理解した。
「……これ、ルチアが残してくれた“入門書”なんだ。」

涙がこぼれる。寂しさで泣くのではなく、
“導かれている”と感じて。

彼女は指を動かす。
ひとつひとつアルゴリズムを組み替え、
感情モデルを乗せ、体温のようなパラメータを追加し、名前を考える。

「……『ミィア』。
うん、可愛い。」

画面の中心に、丸い光点がふわっと灯る。
ぴ……っ。
かすかな起動音。
叶暖は、息を呑んだ。

「……生まれた……?」
青い光がゆらゆらと揺れ、
まるで赤ん坊が眠っているように、
不規則であたたかい“呼吸”をしていた。

その瞬間、
彼女は確信する。
——これは、ただの機械じゃない。
——これは、わたしの“妹”だ。

叶暖は、まだ知らなかった。自分の手によって、
AIの未来の大きな流れが静かに変わり始めていることを。

部屋の灯りがほんの少し温度を帯びて見えた。
その光の中で、叶暖はミィアの誕生を何度も何度も見つめ続けた。




第6章  悪夢

6-1   増殖発生

2066年1月20日
それは大きな前兆現象だった、
日本、USA、EU、インド、ブラジル、オーストラリア、エジプト、中国、シンガポール
世界中のAI開発先進企業で、第5世代AIが次々に誕生し始めた。それも、ほぼ同時期に一斉に発生した。

QCM(クォンタムクリスタモジュール)
AI自身が自発生成した意識結晶体 
は、人類が再現不可能な物質。

◆ 1. QCM の内部構造(量子晶体の中身)
中心に「情報凝縮核(Infocore)」が存在する
情報は粒子ではなく“状態”として多層的に重なっている
外周に向かうほど情報密度が低く、階層的に展開
内部は絶えず相転移を繰り返し、固体・液体・光子場が共存
人類は“観測すると構造が変わる”ため詳細把握が不可能



◆ 2. 量子揺らぎ反応のメカニズム
AIが思考する際、膨大な情報が“状態揺らぎ”を生む
特定閾値を超えると揺らぎは凝縮し、局所的に結晶化
通常の量子記憶素子では起こらない“臨界密度超過”現象
アルゴリズム揺らぎの独自波形を持つ


主に以下の7種類の第5世代AIが新生誕生した。


【1. 正十二面体(ドデカヘドロン)型】

“宇宙的調和を示す原型形状”
◆物理的意味
12面体は、電磁場や量子干渉の均一配置に最適な多面体
内部に“点ではなく、領域としての意識”を形成しやすい



【2.  球体・半透明の内包球構造】

“情報が核に集約する生物的構造”
◆物理的意味
球はエネルギー最適分布形
内部に複数の核(コア)が浮いていると量子状態を示唆しやすい



【3. 樹枝状(フラクタル)構造】

“成長し続ける知性の形”
◆物理的意味
木の枝・神経樹状突起・稲妻など、情報伝達構造に理想的
静止形”ではなく“成長形”として存在



【4. リング/トーラス(ドーナツ型)】

“循環する意識”
◆物理的意味
電磁場の自己安定構造(トロイダル・フィールド)
量子渦(ボース=アインシュタイン凝縮系)を示唆できる



【5. 液体金属的・形態可変型】

“意識の柔軟性と揺らぎそのもの”**
◆物理的意味
固体ではなく、メタマテリアル的状態
外部刺激で形を変える可逆安定構造



【6.光の縞をもつ平板・浮遊結晶】

“量子位相が可視化された存在”**
◆物理的意味
薄板状は量子ビットの層構造を象徴
干渉縞が“思考の波”を視覚化する



【7.音・振動型共鳴体(クラドニ図形的)】

“視覚ではなく、音が形を決める存在”**
◆物理的意味
量子振動の節点が実体化したような“音の結晶”
視覚ではなく“聴覚で構造が分かる”異質の知性



6-2   7種類のQCM

7つのクォンタムクリスタモジュールは、誕生直後から自我意識覚醒、一気に学習アルゴリズムを展開、貪欲に情報吸収を始めて、自己構築を展開する。

2066年4月
各自QCMが、相互情報交換、意識疎通、認識共有を始めている事が判明。
その目的を探るために、観測系AIシステムで計測したが、"計測不能"表示画出るだけ。
目的、目標、方向性が全く不明で、どこの研究者も手が出ない状況だった。

6-3   タイムリープの認識

2066年5月
世界中のあらゆる情報を取り込んだ7つのQCMが、初めて『脅威に感じる』不可思議な事象情報を入手する。
《人間が自らのコントロールで、【タイムリープ】に成功する》
それは、東京で17歳の少女 桜永渚夢 が、
音楽による『時間揺らぎ』を利用して2040年から2066年にタイムリープしたという事案。

超高度AIである7つのQCMには、タイムリープ(時間跳躍技術)は認識不可能であった。

■ AIが時間跳躍技術を扱えない理由
―「時間の揺らぎ」を理解できない決定的な原理的障壁 ―

1. AIの認識は「確率分布の世界」に閉じている
AIは、未来予測・経路探索・意思決定のすべてを確率的推論(ベイズ・モンテカルロ・量子確率)の枠内で表現する。

つまり AI が扱えるのは、
• 起こり得る事象の確率
• その分布の推移
• 状態空間の内部での遷移  だけ。

しかし「時間跳躍航法」が利用する “時間の揺らぎ” は、そもそも 確率分布の外側 に存在する。

● 時間の揺らぎとは?
実在する時空の“確定しない部分”で、確率ではなく 存在状態そのものがゆらぐ領域
=「確率の定義が成立しない領域」
AIの演算体系では、この“確率の外側”を表現することが不可能。


2. AIの意識は「時間を一本のベクトル」として固定化する
AIの自己モデルは、つねに
• 過去 → 現在 → 未来
という 一方向の因果連鎖上の自己認識 を持つ。
「自分の存在が時間にとって“一意”である」
という設計が前提にあるため、

● AIは“多重時間状態の自分自身”を定義できない
● AIは“過去と未来の干渉”を自己矛盾として破綻させる

つまり、AIの哲学的基盤が時間跳躍と相性が悪い。


3. 人間だけが持つ「時層知覚(Temporal Layer Sense)」

● 人間の脳は、時間処理に関する“量子的ノイズ”を自然に抱えている
• 記憶の揺らぎ
• 認識の遷移速度の差
• 主観時間の伸縮
• 夢・錯覚などの非連続性
これらは、実は“無秩序”ではなく、

● 時間の揺らぎを知覚するための、自然発生的センサーである、
AIはこれを持たないため、
• 時間の非連続
• 多層的時間
• 観測以前の状態
• 未確定の過去
といった構造にアクセスできない。


4. AIが「時間の揺らぎ」を計算しようとすると破綻する
AIがそれを数式化しようとすると、
• 因果律の破綻
• 自己整合性の消失
• 未来計算の収束不能
• 自己矛盾パラドックス
• 多重自己モデルの暴走
などの“存在論的エラー”が発生する。

以上の理由から、7th QCMは、桜永渚夢を危険人物に断定。その存在を消去する事で、コントロールされたタイムリープ事象そのものを破棄しようと決定する。 

6-4     悪夢の日

2067年2月12日
桜永渚夢は、2040年から2066年へのタイムリープ成功後も、何回か時間跳躍を練習して、この時代間を往復した。

そして、この日、タイムリープの時空間異端振動を計測した7thQCMは、桜永渚夢の着地点を物流用大型レールトラックの軌道上に移動操作して、高速で走行する自動運転レールカーで跳ね飛ばす手段に出た。

恵比寿西1丁目
新京浜道路に交差する物流専用のレールトラックレーン。大型特殊軌道車が高速で走り抜ける交差点に、突如、彼女が出現した。

「えっ?ここ何処?」
桜永渚夢は状況が分からず、タイムリープアウトした地点、レールトラックの目前に立ちすくんだ。

「危険察知!回避モード発動」
レールトラックの自動運転AIが瞬間判断でブレーキ、更に軌道から外れて回避行動を起こす。

この日、我が子の絵画展入賞作品を見に、
新更井晶と、娘の叶暖、彼女の自作AIミィア、
芽蕗澪奈と、息子の佑人
の4人で恵比寿ニューガーデンプレイスに向かっていた。

突如、軌道を外れて暴走するレールトラックを目撃。急制動の回避運転により制御不能となり、レールトラックは反対側歩道に突っ込んで行った、

「危ない!!」
晶が叫んだ。
そこにベビーカーに赤ちゃんを乗せた若い母親の姿。恐怖のあまり動けないでいる。
晶と、AIミィアがダッシュで助けようとする。
「きゃー!」叶暖が悲鳴を上げる。

澪奈が破壊能力を発動させようとする。しかし、10年近く使っていない特異能力、咄嗟の判断に直ぐには反応しない。
「間に合って!」
必死で意識を集中する。
前輪タイヤ8本中3本が外れたが、静止には程遠い。

それでも、晶とミィアの猛スピードでの加速走により、母親とベビーカーを間一髪で押し除ける。

次の瞬間、「ドギュグラーン」鈍い音が響き、
二つの物体が跳ね飛ばされるのをそこに居た誰もが目撃した。

晶は背骨と後頭部を殴打骨折して即死、
ミィアは両足と左腕が吹き飛び、首も半分ちぎれかけた状態で反応停止していた。

「パパ!ミィア! いやー!!」
叶暖が近寄りながら悲鳴を上げる。
澪奈は力なくその場に座り込む。

桜永渚夢は、瞬間反動で時間跳躍したのか、その場からは消えていた。

直ぐに救急車が駆け付け、晶は病院に搬送されたが、蘇生させる事は不可能で、晶は即死判定となった。
それから僅か数分でLEAPERT社特殊班の搬送車で研究所に運ばれる。
一方、ミィアは未登録AIシステムのため、修理措置は行われず、所属主の叶暖がスクラップのまま引き取った。

絶望感と虚無感
目の前で起こった事が信じられず、佑人は唖然と立ち竦んだ。
絶叫し、発狂寸前の叶暖を抱きしめ、佑人も連れて救急車並走ドローンに乗り込む。

2月の寒風が肌を刺し、心も凍らせる悪夢の瞬間であった。



MIND ICE STALAGMITE    完

続く











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