扉の先 煌めく光跡

恣音 TSUKISHIRO

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扉の先 煌めく光跡

第1章

第1部 安らかな日常

1-1  静かな夜明け

気温も日々下がりつつある夕暮れ、教育センターからの帰り道、一人の少女が音楽プレイヤーをイヤホンで聴きながら、ミナピクラー(浮遊移動体)に乗り、誘導路を進んでいた。

「今日はレッスン室寄って行くか」
少女は、パクマッセリーク(携帯機器)を叩きスケジュールを確認、商店街端にある音楽スタジオ「カルミア」に入る。

レナ・スフイール 17歳
ワリグラン教育センター2年
端正な顔立ち、緑色のセミロングヘア、薄緑色の透明感のある肌、制服もオシャレに着こなす明るい学生。

「こんにちは、今日もお願いします。」
店主に声をかけて、スタジオの練習室ルチア
に入る。
鍵盤楽器にパクマッセリークを置き、椅子を調整して、キーボードに向かう。白鍵8個、黒鍵6個の14key1オクターブ、レナは、両手7本の指を鍵盤に置き、和音を弾く。

レナは、音が形になる瞬間が好きだった。
指の下で生まれる一音一音が、まるで“記憶”を撫でるように響く。
14の鍵が揃ったとき、世界が一瞬、静かに呼吸を止める気がした。

好きな曲を中心に1グルー(約1.1時間)ほど練習、ササナテミ(コンビニエンスストア)で買ったドリンクを飲みながら、自宅に戻った。

「ただいま、」
「お帰り、すぐ風呂入りなさい。夕飯もうすぐ出来るから。」母が話しかける。

夕食食べながら、光合成用ルナライトを全身に浴びせて一息つく。ホットアークを飲みながら、映像情報端末を眺める。
"次の供給情報です。7スカラ後に出発します星間航行機『エナマルリセ』では、教育センター生の実況レポーターを募集してます。クラン休みの間、12ダコム間の日程で、船団に同行出来る方4名ほど募集しています。
ご興味のある方はシノマリ機関に連絡して下さい。"

ルナは今の生活に満足してない訳ではない。だけど何か物足りなさは感じていた。
この長い休みに星間航行に参加出来たら、何か変わるかも知れない。

画面の向こう、船団の映像が映し出される。
透明な船体がルナライトを反射し、青白い尾を引いて宇宙へと消える。
「……行ってみたい」
その言葉は、彼女自身も気づかないほど自然に漏れていた。

ルナは、両親に相談してレポーター参加にエントリーを行う。
まあ、どうせ選ばれる筈ないから。
そんな軽い気持ちで応募したら、1次選考、2次選考と残り、ついに最終審査、
「あなたは、この航行で何を伝えたいですか?」
「他の星の音楽や文化を知りたいです。」
バーナード星航行は彼女のその後の進路を決める重要な転換点だった。

1-2    航行途中の回想

「そういえば、そんなキッカケだったなー、
あの頃は無茶してたな。」

リネターン第三船団の艦橋横の通路で窓外の太陽系と、遥か彼方のマゼラン星雲を眺めかながら、ルナは3メレナ前(地球時間で3年前)学生時代の回想に耽っていた。

今、彼女は第4次バーナード航行団のクルーに抜擢されて、第2護衛艦に乗っている。
プロキシマ・ケンタウリ星系の母星ミユーラクトーラ星から、バーナード星まで10.378光年、最新技術で完成した『4次元直進航行システム』を駆使して、僅か2クスカラ(地球時間で2ヶ月)で到着できる。
但し、4次元空間での直進は、時空間揺らぎの中を通過する為、3次元空間から見ると、時間逆行や跳躍を行うので、過去の一時点を定期通過する事になる。

航行ログ上では、ただの直線移動。
だが観測者から見れば、船団は“時間を跳ねながら”進んでいく。
超巨大なエネルギー動力を必要とされる『4次元航行』を可能にする為、ミユーラクトーラ星人は、『5次元物体が移動する際に、4次元空間に投影される影、さらに3次元空間に現れる影の進行時に発生する、複層重力波の揺らぎを利用して航行する。』
4次元空間では直進航行だが、3次元空間から見ると、空間揺らぎの頂点から頂点に飛び移るような航法なので、過去と未来を飛び回るような航行となって、不規則な動きに見える。
その通過点のひとつ――2054年、地球近傍。



【時空直進航行 ── 通過点2054年】

2104年。
ミユーラクトーラ星・大気外縁の発進港

淡青色の大気を貫くように、
十数隻の光線型航宙船が、惑星の極軸上に整列していた。
機体は金属ではなく、時間構造子と呼ばれる流動場で形を保つ。
外殻は存在せず、波のように揺れながら、
自らの輪郭を次元の膜に溶かしていく。

艦隊旗艦〈アール・ヴェル=オルミナ〉。
船体全長およそ2キロ、乗員は指揮AIを含めて12名。
彼らの任務は明確だった。

――「4次元直線軌道を航行し、プロキシマ・ケンタウリの外側、
  バーナード星系の重力圏の調査、および
  知的生命体の存在確認とコンタクト可能性
  の調査」

その航路の途中に、ひとつの座標が記されている。
地球時間で2054年。
それは、宇宙でも時間でもない、“時空面の節”と呼ばれる特異点。
どんな航路を選ぼうとも、4次元を直進する限り、
必ずその節を通過しなければならない。



「航宙時刻、同期完了。五次元影推進、臨界値到達。」

AI航行制御体〈イゼ・ルフト〉の声が響く。
船体全域がわずかに震え、空間が“しなる”ように歪む。
その歪みの中から、まるで光そのものが反転するかのように、
空間の上下が入れ替わっていく。

「時空固定解除――。直進軸、開放。」

指揮官エルナ・シェルは、掌を操作盤に添えた。
その瞳には恐怖はなかった。
彼女たちにとって時間を越えることは、
未知ではなく“帰るための道”だった。



次の瞬間、
船は**加速ではなく、“存在の方向”**を変えた。

周囲の星々が伸び、
銀河が光の川のように一方向へと流れ始める。
航宙速度ではない。
時間そのもののベクトルを、垂直に貫く。

観測画面の左端に、数字が狂うように流れていく。

年:2104 → 2090 → 2075 → 2060 → 2054

だが乗員の誰も、その変化を“過去”とは感じていなかった。
それは、進むでも戻るでもない。
“時の中をまっすぐ進む”という感覚。

やがて、外界の光が一瞬だけ虹色に裂けた。

「――通過点、到達。」

AIの声が静かに告げる。
その瞬間、船体を包む4次元膜に、微細な共鳴波が走った。

エルナはモニターに映る一点を見つめる。
青白い惑星。
その大気に微かに浮かぶ異常波――
地球。

「……確認。時空位相、Δ2054.42。
 通過層、安定。」

一瞬、艦内にざらつくような静電ノイズが満ちた。
それは宇宙放射ではない。
――他の世界の“想念”が擦れ合う音だった。

通信士が声を上げる。
「司令、重力波の散逸が……地球側に拡散しています!」

「放置しなさい。それが通過の痕跡よ。」

エルナは淡く微笑んだ。
彼女の視界の端で、
地球上空に“透明の津波”のような歪みが広がる。
それが、地球人にとっての“月下事象”となることなど、
誰も知る由もなかった。

「通過完了。全艦、時空安定層へ移行。航路復帰。」



船団は何事もなかったかのように進んでいく。
だが、その背後――
青白い惑星の軌道上では、
人工衛星の群れが微かに振動し、
いくつかが制御不能に陥っていた。

そして、その一片が、
やがて「東京落下」と呼ばれる事件の遠い始まりとなる。



艦橋に静寂が戻る。
観測窓の外では、星々が再び整然と瞬き始めていた。
イゼ・ルフトが淡々と報告する。

「通過成功。次の補給点、バーナード星系。到達まで三十時間。」

エルナは静かに頷き、
遠ざかる地球の映像を見つめながら呟いた。

「あの惑星は、やはり“音”を持っている……。
 5次元の影に、微かな共鳴を感じたわ。」

AIが応じる。
「それは、文明の意識波かもしれません。」

「いいえ――」
エルナは微笑む。
「“歌”よ。まだ、言葉にすらなっていないけれど。」



そして船団は、
再び時空の深みへと沈み、
5次元影の波を乗りこなすように――
バーナード星へ向け、
光ではなく“時間”の海を走り去っていった。



1-3       ミユーラクトーラ星

ルナの故郷星(ふるさと)は、プロキシマ・ケンタウリ系の第2惑星「ミユーラクトーラ」
直径8439km、自転周期1.27日、1日は地球時間単位で30.48時間、恒星放射光が太陽より弱く、赤色矮星に近いので、外気温はそれほど上がらない。地球の春秋にあたる季節が長く、夏冬は厳しくない。
大気組成は、酸素30%、二酸化炭素30%、窒素20%、水素3%、アルゴン1%、その他

ミユーラクトーラ星の人型生物は、独特の進化を遂げた。
「有機物と無機物の完全共生生命体」とも呼べる形態で、
・酸素を吸って二酸化炭素を吐く肺呼吸
・二酸化炭素を吸収して光合成する代謝
・金属分子から熱エネルギーを吸収する
 化学反応細胞活動
この3つを体内で行う体組織を持つ、極めて効率的な生命活動が可能な構造。

つまり、彼らの生命活動はエネルギー循環型
システムで支えられる。

1️⃣ 肺呼吸:
 酸素吸入 → 二酸化炭素排出
 (地球人と同様)

2️⃣ 光合成機構:
 皮膚細胞に光合成葉緑体類似構造を持ち、
 CO₂と光からO₂と栄養エネルギーを生成。

3️⃣ 化学反応型発熱:
 体内軽金属(主にアルミ)+水分 → 水素+熱エネルギー発生。
 これにより、極寒環境でも活動可能。

結果:
彼らは 食事・呼吸・光合成・化学反応 すべてで生存可能。
睡眠すらほぼ休眠制御として短時間で完了。

彼らの「思考」は文字通り電流であり、
感情は“波形パターン”として脳内で視覚化される。
このため、強い電磁パルスを受けると「記憶の一部が消去」されたり、
再構成が起きる(地球での事故などの伏線にも使用可能)。


人類は、遺伝子情報よってタンパク質組成をコピーするDNA、RNAにより細胞分裂して生命活動を持続するが、ミユーラクトーラ人には、遺伝子そのものがない。二重螺旋DNAの代わりに、電子双螺旋構造体(EHS:Electro Helix Strand) を持つ。
これは、有機塩基配列+ナノ金属分子(例:チタニウム・アルミ・シリコンなど)で構成されている。

1️⃣ 遺伝構造:バイオ・デジタル螺旋(Bio-Digital Helix)
地球生命のDNA二重螺旋とは異なり、**三重螺旋構造(トリプレックス)**を形成。
 1本目:有機DNAに相当する生体遺伝情報。
 2本目:RNA様情報伝達構造体。
 3本目:金属ナノ導線鎖(Mn-Chain)。
 → これが、電子情報を伝える“生体トランジスタ”の役割を持つ。
遺伝情報は「電子コード」として伝達されるため、
 **遺伝子コピーが瞬時に同期(Sync)**される。
そのため、親子間や集団内での“遺伝同期通信”が可能。
 (ミユーラクトーラでは家族間リンク=遺伝同期で心情や記憶を部分共有できる)
遺伝子変異も、電子的ノイズとして発生するため、彼らの進化は「電子干渉による創発」という形をとる。つまり、電磁波環境=進化環境。


遺伝情報は、電子の±電位を用いた「二進数伝達」。つまり、生体内に“自己再生型ストレージ”を持つ。

細胞の核には“量子同期素子”が存在し、DNAの変異を自己修正可能。
これにより病気の概念がほぼ存在しない。

準有機無機構造ともいえる体組織は 、
有機物50%・無機物50% の「ハイブリッド生命体」。
体内ナノマシーンが恒常的に活動しており、損傷箇所を自動修復。
無機構造が内部的にトランジスタ様素子を形成し、神経信号を電気的処理する。
そのため、思考速度は人類の約20倍、夢の中でもデータ演算が可能。

情報処理能力
体内に演算機構(生体プロセッサ)を持ち、
コード生成を感覚的に行うことができる。
→ 脳内でプログラムを“感じるように組む”文化。
外部AIという発想が存在しない。
彼らにとって“知性”とは自己増幅する身体機能の一部。
そのため「AIと人間の対立」という地球文化は、極めて異質かつ興味深い観察対象。



栄養・食文化

無機物を摂取する食習慣を持つ。
金属粉末(鉄・チタン・マグネシウム等)を微量摂取。
ミユーラクトーラには**金属植物(メタルクロップ)**と呼ばれる生物が存在。
土壌中の鉱物を吸い上げ、金属実を結ぶ。
食用・建材用・エネルギー抽出用など種類多数。
"金属農業”が文明の基盤となっている。

栄養構造:バイオメタル農業
食物は、有機栄養植物(たんぱく質源)+金属植物(メタロイド・フルーツ)で構成。
例〕
フェリウム・プラント:鉄系の実を結ぶ植物。
コバルナイト・ツリー:コバルト含有の液体金属を生成。
シルバローム・リーフ:銀分子を光合成的に形成。
ミユーラクトーラの植物は**金属を“育てる”**という点で地球の植物とは逆。
土壌から無機金属を吸収して“実体化”する。
金属粉末や液状金属を摂取することで、
体内ナノマシーンの補修・進化を自動的に行う。
いわば、食事は“アップデート”の儀式。




体型 寿命

体格は、人類とぼぼ同じで、2速歩行、両手を多用した生活。平均的顔立ちは、顎が細く、瞳がクッキリしており、鼻が細い、いわゆる美形型。
金属分子結合のため体重は人類より重く、それを支える骨格は、人類の1.17倍、筋肉は鍛えるとやや四角形に近くなる。

平均寿命は、地球年数で207年
100年経過後に有機体交換、132年後に無機体バージョンアップと補正を行う。
1日30時間は、10時間労働、4時間睡眠を2回、
10時間はフリータイム、2時間は身体データバックアップと有機体無機体の協調調整タイム(瞑想の様な安静時間)

病気は、有機体と無機体の不調和による機能不全(UM I)が多い。
死因の上位に感電死が目立つのも特徴。


外見構造:ハーフオーガニック体
肌の色は、体内金属比率により変化(薄緑~琥珀~銀青まで)。
髪は光を反射する金属フィラメント構造。
 → 光源の角度で色が変化する「偏光髪」。
7本指は、操作精度とエネルギー伝導効率を上げるための進化。
特に“第7指”は「感応触媒指」と呼ばれ、共鳴通信の補助器官。
感電・電磁刺激に対する感度が高く、
地球の都市の強電磁環境(鉄道・通信)では軽度の酩酊状態になる。
 


通信・会話様式 

声帯による音声会話のほか、**体内通信波(ナノ無線)**での思念会話が可能。
ナノマシーンを介して複数人の思考を同期できる(共有思考領域)。
集団作業や音楽演奏時には「共鳴ネットワーク(SymNet)」を構築。
感情伝達は“色”で表現される。体表の光沢がわずかに変化する。

体内通信:ナノ・共振通信(Nano-Resonant Link)
各個体の体内ナノマシーンは、微弱電磁波で同期して情報共有。
 → これが会話以外のコミュニケーション手段。
会話は主に感情表現のために行う。
しかし重要な情報伝達は、「共鳴信号(Resonant Pulse)」で行う。
共鳴波は音ではなく、光と電磁の中間波。
これにより、感情・記憶・意思を同調させられる。
共鳴通信の応用として、“感応共鳴(Synesth)”という現象があり、
これが地球でのレナの**特異共鳴能力「音相結界」**の原型になる。



身体的特徴
皮膚色は薄緑・灰青・銀淡などの金属反射色。
髪と瞳の色は体内金属分子の種類に依存(例:銅=赤系、チタン=青系)。
指は片手7本、足も7本(前4+後3)。
重心安定・器用性に優れる。
高電圧・強磁場に弱い。感電により一時的記憶停止が起こる。



科学・数学的ファンダメンタル

7進数が数学的基礎。数学的定理、物理法則共に地球文明の科学的基礎と同類、地球文明ではまだ未発見の物理法則も幾つかあるが、文明レベルでは1000年程度の格差。

精神文化・価値観

「AI」や「機械」という外的存在を“自己の延長”と捉える。
分離思想がない。
"学び”とは“構造を創ること”。
地球のような「暗記・応用型教育」は非効率とされる。
音楽・映像・造形などの芸術も、数理構造と感応共鳴の融合として発展。
彼らの音楽は14音階構成で、物質の共鳴振動そのものを奏でる。

情報処理:外部AIを必要としない文明
体内で半導体機能を持つため、人工知能(AI)を発展させなかった文明。
すべての知的機能は「自己拡張的知性構造(Self-Expanding Logic)」として
生体の中に統合されている。
学習とは、知識を増やすことではなく、内部アルゴリズムの再構成。
 → 彼らにとって「学ぶ」は「自己コードを再設計する」こと。
よって教育は、「より良い枠組み(論理構造)を生む感性訓練」。



1-4    レポーター仲間

「あなたもレポーター選抜者?」
エントランスホールの片隅で内部情報整理をしていたリナは、突然声を掛けられて、顔を上げる。
快活で知的な女性と、勇壮だけど優しそうな男性の二人、瞬間データ確認で名前を知る。
「エマ-ヴォルカさんと、オルテ-カーナキュールさん、初めまして、リナ-スフイールです。」
「そう、今回のレポーター4名の一人ね。あと一人はあっちのソファーに座ってる子。ミラ-セレティカ、あの子はいつも眠そうにしてるから、そつとしといてあげて。」

学校制服で最終審査に駆け付けたリナに対して、エマは最新ファッションを身につけて、オシャレな学生。オレンジのストレートロングヘアと瞳のオレンジ色がよく合って、細身の顔とスレンダーな体型はファッションモデルの様な雰囲気。

オルテは、ブラックジャケットに重力調整ハーフブーツを履いた精悍な青年、でもワイルドさはなく、陽気な学生。高身長で細身マッチョタイプ。

二人は別々の教育スクールから選ばれて、選考会場で知り合ったらしい。

ソファーに座ってうとうとしてるミラも、別のスクール生。遠方の第一地区から来たらしい。
色白で華奢なスタイル、銀色のボブヘア、青い瞳、でも学生服を崩して着こなしてるとこから見ると、意外にヤンチャなのかも。

リナがボンヤリとミラ-セレティカを眺めてると、エマが話す。
「この後の選抜者説明会終わったら、折角だから4人で祝勝会しない?近くにいいお店あるから。ねっ、そうしよ!」
「そうね。星間航行機に乗船出来るなんて滅多にないチャンスを掴んだから、お祝いしなきゃ。」
リナが応えると、続けてオルテも話す。
「いいね。さすがエマ、話しが早い。オレ、もう腹ペコで。」
「あなた光合成とか、じっとしてるの苦手そうだもね。」
「ひでーな。あんなんじゃ腹持たないんだよ。」

二人の会話にリナが苦笑する。
「分かったよ。いく。私も何か食べたいし。」
「よし、決定。ミラにも共鳴ライン入れとくね。」
エマはこめかみに指を充てて、ラインをミラに送る。

脳内にスマホがある様な構造のミユーラクトーラ星の人々は、共鳴ラインという連絡方法を脳内ナノマシーンチップを経由して送受信する。

ミラが気付いて、こちらに手を振る。
「よし、じゃあ、説明会終わったら、再びここに集合。」

こうして4人の友情と信頼関係が構築され始めた。


星間航行技術が確立されて35年、既に民間商用航路も幾つか始まっていた。それでも政府機関船団の乗船訓練は厳しく、船団員とぼぼ同じ訓練メニューをこなして、やっと乗船出来た。

それでも4人はレポーターの仕事を楽しみながら実践して、学生らしい視点と切り込み方が斬新と、視聴受信者の評判は上々で、素晴らしい成果を示した。

4人の友情も継続して、3年後、4人ともそれぞれの資格を携えて、
艦隊旗艦〈アール・ヴェル=オルミナ〉
のクルーとなった。

今回の4人のミッションは、バーナード星に向かう本船の目的とは異なり、急遽決定された別目的の行動計画であった。
4次元直進航行途中で近接する、太陽系第三惑星に降下、調査隊として1ノード滞在して生命体文明レベルの調査、報告。
バーナード星からの復路で回収帰還するミッション。

4名の現在のプロフィールは、以下の様になる。

1️⃣ レナ=スフィール
 → 年齢20周期。感応通信士。特異共鳴適性「音相結界」。
 → 2054ノード通過時に“未知波”を感知した唯一の乗員。

2️⃣ オルテ=カーナキュール
 → 技術士官。ナノAI複合装備担当。ブラジルセクター降下予定。

3️⃣ エマ=ヴォルカ
 → 環境観測士。生命反応解析能力者。地中海セクター降下予定。

4️⃣ ミラ=セレティカ
 → 構造生体研究員。冷凍睡眠適応者。極地観測ユニット担当。



第2部  TO THE EARTH

2-1  出発前夜

地球調査隊に選抜された4人は、艦長室に呼ばれる。
ジラナグラム=シェパラ副艦長が4人を「特別装備室」に連れて行く。
「君たちに与えた任務は、決して難しいミッションではない。地球人類の生活に紛れて、観察して、2年後の回収時点まで、君らなりの観測分析をまとめてもらうだけ。」

ミッションの難易度は未知数と感じていた、レナ、オルテ、エマ、ミラは少し苦笑する。

副艦長は、少し真剣な面持ちで語りかける。
「しかし、万が一、どんな危険が降りかかる可能性もゼロではない。そのために、君らには武器および防御器の携行が許可された。」

この言葉に4人の表情は緊張する。
「防御器として、電磁シールドプロテクター
および、空間位相転移バリア。
そして、攻撃武器として、プラズマハンドガンと、レーザーパルスソード、連射パルスブラスター。」
「戦争でも始めるのですか?」
オルテが驚きの声を上げる。

副艦長が続ける。
「緊急脱出装置として、空間転移ライト。半径2フィン(約2.4m)以内の物体を100フィンから10カルサナ(約7.4km)の距離まで強制的ワープできる装置、おそらく地球科学文明では、相当巨大な装置でも実用化出来るかどうかの水準だと思う。ハンディライトサイズだから、扱いやすいはず。」

「闘う装置より、逃げる装置の方がいい。」
ミラが呟く。

「いずれにしても、これらを使わずにミッションを遂行出来るに越した事はない。君達の健闘を祈る。」

「はい、頑張ります。」

「そんな古い言葉を若い君たちも使うんだね。」

ずっとシビアな表情をしていた副艦長が、微笑んだ。
 
「自分の殻を打ち破れ
古希の世界は未踏の轟
誠の優しさは君の掌の中
扉の先 煌めく光跡
夢の頂は気遣う心
いつか解る それが友情」

「いい詩ですね。誰の?」
副艦長の意外なフレイズにミラが訊ねる。

「地球で探すといい。」

意味深な表情で副艦長は遠くを見つめる。



2-2     静寂のブリッジ ――出発を前に

プロキシマ・ケンタウリ系ミユーラクトーラ星
軌道上、メインテナンスステーション「リリナトスクラー」に寄港中の星間航行母艦《エナマルリセ》

薄緑色の半透明楕円カバーに覆われた、地球距離計で縦直径52km、横長径284km
各機構別シェアは、
次元直結重力変換システム27%
4次元直進航行エンジン32%
5次元エネルギータンク20%
防御・攻撃システム14%
艦橋・生活居住区域7%

この巨大な航行艦の大部分が推進系インフラ
地球文明より約1000年進化しているミユーラクトーラ星文明でも、4次元直進航行技術は、相当に大掛かりなものになる。

僅か7%の艦橋・生活居住区域でも、1000平方キロメートル以上、旧東京23区の1.6倍の面積があり、統合司令本部棟の艦橋および関連部署のメインビル、偵察行動用スラッドポッド、防御攻撃用ナーブシューター、緊急脱出用カルクラム、およびその発着スライドレーン、それに、クルーの居住地域、商業施設、各種公共施設、公園、等々・・・
それらは、一つの都市機能も包括した移動要塞ともいえる航行システムである。

透明被膜で覆われた、艦外の夜は、異様なほど静かだった。
星々が遠く、しかし手を伸ばせば掴めそうなほど近い。
宇宙という空間は、時に「無音」よりも「音のない圧力」に満ちている。

レナはクルー専用棟の自室の窓越しに、惑星ミユーラクトーラの大気圏を見下ろしていた。
遠く、赤い恒星の光が大地の金属層に反射して、まるで呼吸しているように脈打っている。

副艦長の詩の一節が胸をよぎる。
――“扉の先 煌めく光跡”――

それは、自分たちがこれから辿る航跡そのもののように感じた。
地球。青く、揺らぐその星。
「……どんな音が響いているんだろう」
レナはそう呟き、まぶたを閉じた。

眠りに落ちる直前、彼女の内耳で小さな“共鳴音”が鳴った。
音でも、電子信号でもない。
まるで、時空の隙間から誰かが呼びかけているような――そんな響きだった。

それが“5次元影”の揺らぎの予兆であることを、
このときの彼女はまだ知らなかった


2-3  出発

「《ノーマスラトア》確認!
0.65光年先、メゲルバ星系方向に進行中。
重力レーダー追尾開始します。」
管制官から報告が上がる。
5次元物体《ノーマスラトア》---地球では『ブラックウィアード』と呼ばれた謎の多い超巨大物体、5次元空間ではあちこちで動き回っていると考えられ、その際に4次元空間に、ランダムな時間超越進行軌跡を描きながら進む。5次元空間の直進は、4次元空間では異なる時間域に物体影が拡大して複数の時間軸に黒色物体が現れる。さらにその「影」が3次元空間に投影されて、ある小さな黒点が、次第に拡大して、やがて超巨大な物体となり、やがてピークアウトして縮小して行く。

「カラピス・ムオーラ」
ミユーラクトーラ星では、こう呼ばれる《ノーマスラトア》通過現象は、地球時間240年前から知られて、研究されているが、彼らの科学技術力でもまだ解明されてない部分が多い。

一つだけ解っているのは、この現象により、多大な重力波が発生して、そのエネルギーを利用すれば、亜光速航行から4次元直進航行へのライドアップが可能な事。
それを発見したミユーラクトーラ星文明は、宇宙空間での航行移動距離を飛躍的に伸ばして、他恒星系への探索航行が可能になった。



ミユーラクトーラ船団旗艦
《ルメナス・オリオン》
地球距離計で全長7km、横直径2kmの小型司令艦。反物質エンジン搭載で亜光速航行型。4次元直進航行時は、星間航行母艦《エナマルリセ》に重力リンクして航行。
船団の先頭に配置される、先行型旗艦。
ユタ・ベルーガ船長が司令部データを受ける。
「全艦出発準備完了、出航します。」
7つのアラームランプが一つずつ消えて、全てが紫ランプになる。この星では紫がスタート色。
全艦全クルーに緊張が走る。
「全艦、出航!」
7隻の船団はゆっくりと動き始める。
中央が母艦《エナマルリセ》
右舷側3隻が
《ルメナス・オリオン》
《パーレイア・ナギヤ》
《トクメヌク・ラルム》
左舷側3隻が
《タージュラー・エッジル》
《パンナカーテイル》
《サリリターナー・メギス》

それに母艦《エナマルリセ》に収納されている
特殊輸送艦〈アール・ヴェル=オルミナ〉
レナ達4人が乗船する着陸用艇。

7進数文化のこの星では、左右どちらからも4番目になる中央位置が最も美しい配置で、司令艦の位置になる。


「《ノーマスラトア》最短時空位置を通過します。」
リンクコンピュータの索敵に従い、最大重力波の前面に艦隊を進める。
「さあ、ライドオンです。」
ユタ・ベルーガ船長が伝令する。

「全艦、ライドオン。4次元直進航法に転換」
星間航行母艦《エナマルリセ》統括船長
アレクトフル・ミカナクルが号令をかける。

5次元影《カラピス・ムオーラ》の後方に発生する巨大な重力波動に滑る様に艦隊がスライドして、エネルギー揺らぎを最小の自船エネルギーで捉えて、4次元直進航法が始まる。

「行ってきます。バーナード星までの無事な航海を。」
メインテナンスステーション「リリナトスクラー」の航行監視官で妻のエラリーゼア・ミカナクルに、統括船長が呟く。


広大な宇宙空間に七色の軌跡を描きながら、エナマルリセ航行船団がバーナード星に向けて出発した。

2104年標準時 第七周期
地球時間換算:2054年4月16日 22時38分
ミユーラクトーラに新たな歴史が始まった、




2-4 時空通過 ―― 2054年地球

船団出発からおよそ三十二航行時。
ミユーラクトーラ標準時で第七周期、地球時間換算で2054年11月14日

航宙母艦《エナマルリセ》を中心に、七隻の艦影が五次元影《カラピス・ムオーラ》の尾を滑るように進行していた。
空間は既に光ではなく、密度を持つ“時”そのもので満たされていた。

《エナマルリセ》船団はすでに、4次元直進航法の安定域を抜け、
3次元座標へ再同期していた。

「直進軸安定、Δ重力域確定。エネルギーフィールド、第四層移行完了。」
航法制御システム〈イゼ・ルフト〉のレポーティングラインが、艦橋に響く。

統括艦長アレクトフル・ミカナクルが静かに頷いた。
「……予定通りだ。通過点Δ2054.11  地球近傍。第四層へ移行する。」

艦体を包む時間構造膜が微かに震える。
空間そのものが水面のようにたわみ、星々の光が屈折して七色の波紋となる。
それは、視覚ではなく“感覚”でしか捉えられない光景。


地球重力圏、侵入完了。位相Δ+0.46安定。」
〈イゼ・ルフト〉が淡々と告げる。

艦内には、ほんのわずかな浮遊感。
それは、宇宙でもなく、時間でもない“空間の戻り”の感覚。

艦長ミカナクルは前方スクリーンに映る地球を見つめた。
青と白の螺旋がゆっくりと回転し、
雲の切れ間に光る大陸と群青の海。

「……やはり、美しいな。」
彼の声には、畏敬とわずかな哀しみが混じっていた。



レナ・スフイールは通信ブロックの観測窓に立ち、
見えない風のような時間流を感じていた。
彼女の体表を覆う微細金属層が、淡く緑の光を帯びて共鳴する。

「……感じる、何かが……歌ってる。」

彼女の呟きに、同僚のエマが顔を上げる。
「歌ってる? 重力波の共鳴?」
「違う……これは波でも数式でもない。もっと――生きてる感じ。」

イゼ・ルフトが解析報告を続ける。
「異常感応波、確認。周波数Δ0.016、発信源:地球第三惑星。
 エネルギー総量、計測限界以下。」

「幻聴か、または意識干渉波か?」
艦橋の技術士官が問い返す。

レナは、通信席の端で目を閉じた。
その音は確かに“声”ではなかった。
だが、心の奥に直接触れるような響き。
風が弦を撫でるように、静かに、しかし確かに。

――『こちらを見ている』

そんな感覚が走った。

「……司令、5次元影に微小な乱流を検知。地球方向へエネルギー散逸。」
「放置。自然現象だ。」

ミカナクル艦長は短く指示を出す。
だがその表情の奥に、わずかな興味の色が浮かんでいた。

外部映像モニターの端――
青白い惑星の上層大気で、わずかに歪む空間の波。
透明な津波のような屈折光。
地球観測衛星がその瞬間、軌道を微細にずらし、
数機が通信不能となった。

「地球側で共鳴発生を確認。」
「影響は局地的。観測限界内。」

その現象は、地球の気象衛星群によって“月下事象”と記録される。
だがこのとき、誰一人としてそれを“接触”とは認識していなかった。



レナの体内ナノネットが過負荷警告を発する。
共鳴域Δ2054.42で、未知波が彼女のEHS構造体に干渉していた。
指先から、淡い光の粒が舞い上がる。

「レナ、危険だ、遮断しろ!」
オルテが駆け寄るが、レナは静かに首を振った。
「……いいの。怖くない。
 この音は……たぶん、“呼んでる”。」

その瞬間、艦体全体がかすかに共鳴した。
まるで、艦そのものが彼女の感覚に共鳴するように。

ミカナクル艦長が状況を把握し、即座に指令を出す。
「全艦、位相安定。通過を維持。干渉波は記録のみ。干渉禁止。」

艦体を包む時空膜が再び収束し、
虹のような閃光が一瞬、地球の大気圏を照らした。




深く沈黙した観測ドーム。
巨大な透光窓の向こうには、青白い惑星がゆっくりと輝いていた。
海のきらめき、雲の輪郭、電磁層の淡い光――
そのすべてが“生命”という名の律動で呼吸しているようだった。

「……見える。これが、地球。」

レナ=スフィールが呟く。
胸の奥で、何かが微かに震えていた。
遠くから届く“音”のような、
それでいて、まだ言葉にも形にもならない振動。

「君にしか聞こえない波だろうな。」
オルテ=ヴィスガルが隣で笑った。
「音楽、ってやつか?」
「わからない。でも……とても懐かしい。」

レナは両手を胸の前で重ねた。
そこに、“呼ばれている”感覚がある。
まるで、地球という星そのものが、
「こちらへ」と手を伸ばしているようだった。



2-5   発進 未知への飛翔

司令官サリュの声が、通信ラインに響く。

『各員、降下艇への搭乗を開始せよ。
時間層安定化まで残り28分。
それを過ぎれば、再度のノード通過は困難になる。』

「了解。」
リア=ヴォルカが答える。

特殊輸送艦〈アール・ヴェル=オルミナ〉
に、4人が乗り込む。
コクピットに着座する4人、操縦席のメインパネルは、極めてシンプルな構造。小さなディスプレイが4枚、タッチパネルが4個あるだけ。

体内ナノマシーンで情報取得がダイレクトアクセス出来るミユーラクトーラ星人は、艦艇システムから指先のコネクターで直接データアクセス出来るので、人類の様な「目」からの情報取得を必要としない。従って、ディスプレイや、窓の様なモニター部分はほとんどない。

モニターディスプレイは、あくまでも補助機能。
ダイレクトアクセスが困難な時に使う。
船外の風景も、光学センサーデータからアクセスするので、窓から目で外を見る事は極めて少ない。

「降下艇の準備、完了しています。」
副艦長ジラナグラム=シェパラが報告する。 

地球着陸用降下艇『スラリーパー・レク』
2050年代地球上で普及している、一人乗りドローン「ミラ・カプセルポッド」に似せて建造したイオンジェットホバードローン。
全長3m、全幅1.3m。

地球大気内での空中自走を想定した設計だが、内蔵ニ車輪による陸上走行も可能。さらに、直立変形により、人体補助プラグスーツフォーム形態に交姿化、二足歩行ニ腕動索の人型駆動機としても稼働。この姿態時の全高2.5m、全幅1.4m。

体内ナノマシーン直結システムにより、メーターパネルはなく、流線型のすっきりとしたデザイン。着陸予定地日本の交通法規に準じたヘッドライト、ウインカーを内蔵装備。

4人がそれぞれの着陸予定地の状況に応じたカスタマイズを施した「スラリーパー・レク」をセッティングされ、それぞれ乗り込む。



彼女の瞳には、広大な地中海を映したホログラムが輝いていた。
「この星の海……。私たちの海よりも、ずっと荒々しい。
 けれど、きっと“生きてる”。」

「ブラジル圏の磁場も安定。重力偏差0.003以内。降下可能だ。」
オルテが端末を操作しながら報告する。

ミラ=セレティカは静かにヘルメットをかぶった。
「私は極点に降りる。通信は困難になるけれど、
 サンプルを回収して、必ず帰るわ。」

レナが振り返る。
「私も……行く。目的地は“日本圏”。
 あの波の発信源は、きっとそこにある。」


ミッションコード「ADEL-03」――地球文明観測。
任務時間、地球時間換算でおよそ2年。
回収予定:2056年1月。

艦内、降下ブロックC。
4人のクルーが静かに並ぶ。
レナ=スフイール、エマ=ヴォルカ、オルテ=カーナキュール、ミラ=セレティカ。

それぞれのスーツは、透明な薄膜装甲。
地球大気に適応するためのナノ同調膜を展開し、
視覚的には“地球人の衣服”に変化していく。

エマが小さく息をつく。
「この星の空気、すこし重いわね。」
「酸素濃度が高いせいよ。」とレナが応じた。
「でも……なんだか懐かしい匂いがする。」

その声に、ミラが目を細める。
「酸素と窒素、それに水分子。
 生命の匂いって、こういうことかもね。」

オルテが笑った。
「詩的だな、ミラ。降下前に眠くならないでくれよ。」

管制音声が響く。
「第1降下艇《スラリーパー・レク》、出航準備完了。
 降下目標座標、地球東経139.6度、北緯35.4度。
 日本セクター、関東ブロック。」

レナの視界に、地球の夜面が広がる。
煌めく都市の光が、まるで星空を裏返したようだった。

「……ここに行くのね。」
「そう。日本。アジア文化圏の中心のひとつ。」

副艦長が通信越しに語りかける。
「地上では、あなたは“瀬名 遡(せな む) 伶那(れな)”。
年齢20歳の大学生。日本国横浜市保土ヶ谷区の住民登録を完了済み。
すべて、あなたの記録上の“人生”として整備済みだ。」

レナは軽く頷いた。
「了解しました。データ同化完了。」
彼女の瞳が一瞬、青く光り、
体内ナノネットが地球の情報網――住基ネットワークへ接続される。



司令官サリュの声が再び響く。
『各機の航路設定を確定。
 降下順:オルテ → リア → レナ → ミラ。
 行動原則は干渉禁止、ただし自己防衛は許可する。
 ――幸運を。』



2-6    ローチング・スタート

降下艇《アール・ヴェル=オルミナ》のゲートが開く。
そこに満ちるのは真空でも風でもなく、“時の流れ”。
4次元空間の膜が薄く震え、虹のような光の層が広がる。

オルテが笑って手を振る。
「じゃあ、みんな、生きて再会しようぜ。
 地球の“音楽”でも聞かせてもらうさ。」

リア:「ええ、その時は、地中海の風をプレゼントする。」

ミラ:「私は氷の夢を、あなたたちに。」

レナ:「私は……“声”を。まだ見ぬ誰かの声を。」

彼女たちは短い言葉で互いの想いを交わすと、
それぞれのカプセルに乗り込んだ。


無音のカウントが始まる。
7......
6......
5……
4……
3……
2……
1……



「スラリーパー・レク、切り離し開始。」
艦体の外壁が静かに開き、
七色の反射光の中、降下艇がゆっくりと滑り出す。

光が弾けた。

4次元の膜を突き抜ける瞬間、
視界には星ではなく、“記憶”が流れた。
それは、まだ誰も知らない未来――
そして、これから触れる過去。


地球の上空――成層圏のわずか上、
紫外線とオーロラの境界層を抜けると、
夜の街の灯が広がる。

「……きれい。」
レナが思わず呟く。

管制制御システム〈イゼ・ルフト〉の声が艦内通信に重なる。
「目標高度到達まで残り72秒。
 外気適応率97%。通信遮断までカウント開始。」

オルテ、エマ、ミラがそれぞれの降下艇に乗り込む。
オルテは南米セクター、ブラジル上空へ。
エマは地中海沿岸部へ。
ミラは南極氷床基地近傍へ。

「……それじゃ、また。」
レナが小さく手を振る。
「2年後、また同じ空で。」
エマが微笑み、ミラが静かに頷く。

「行け、レナ。
 君の感応波が、この星の“音”を見つけてくれる。」
オルテの言葉に、レナは力強く頷いた。


オルテの降下艇は南米大陸上空へ、
リアの機体は地中海を目指して滑走。
レナは太平洋上空で急激な光の屈折を受け、
そのまま東アジア圏へと転移していく。

最後に降りるミラのカプセルが、
静かに南極の氷原へと落ちていった。



彼女たちの航跡は、
やがて“流星”として地球の空を横切る。
東京、ナポリ、リオデジャネイロ、そして南極。
それぞれの夜空で、誰かが願いをかけた。

だが、その願いのひとつは確かに届いていた。
――彼女たちの心の奥に。

「地球よ……。どうか、私たちを拒まないで。」

レナ=スフィールの祈りが、
蒼い星の雲間に吸い込まれていった。



そして地球時間2054年11月14日
世界各地で同時に“光の尾”が観測される。

人々はそれを「連続衛星落下事故」と呼んだ。
だが本当は、星の彼方から来た四つの命が
この惑星の空を初めて踏んだ瞬間だった。



第3部  横浜の異邦人

3-1   ランディング

横浜降下点、2054年11月15日深夜2時07分、湿った空の下。

圧縮空間を貫く閃光。
艇体が光の矢のように夜空へ突入する。

高度80キロ――プラズマ層を通過。
船体外殻が大気との摩擦で虹色に発光する。
通常なら燃え尽きる速度だが、
彼女の艇はナノ位相膜によって光を“曲げ”、
空間を滑るように降下していく。

レナは、胸の奥が微かに熱くなるのを感じた。
それは緊張でも恐怖でもない。
――“何かを始める”ときの鼓動。

降下艇は静かに透明化し、
光の粒となって空に溶けていく。

地上に、
ひとひらの淡い緑の光が舞い降りた。

それが、瀬名 遡 伶那(せな む れな)としての
新たな“人生”の第一歩だった。

薄青の雲層を抜けた瞬間、
レナ=スフイールの視界は、一面の光に染まった。

横浜市上空。
湾岸の灯りが海面に揺れ、
高層ビル群が夜霧の中に霞む。

「ここが……地球の夜。」

速度はさらに減速して、都市上空を行き交うドローン並みの80kmほどで飛行。

カプセルハッチが開き、気圧調整フィールドが消える。

流れ込んでくる、冷たい空気。
――酸素濃度、21パーセント。二酸化炭素、わずか0.04。窒素が支配的。
彼女の体内ナノマシーンが、一瞬ざわめいた。
まるで、見知らぬ海に投げ込まれた魚のように、
呼吸と光合成のバランスを取り戻そうと、細胞が騒ぎ立てる。

「……これが、地球の空気……」
レナはヘルメットを外し、深く息を吸い込んだ。

喉の奥で微かな痛み。
酸素が多すぎる――。
だが、その“濃さ”の中に、彼女は奇妙な清涼感を感じた。
電子ではなく、分子そのものが身体を撫でるような、生々しい呼吸。
彼女の中の光合成細胞が、初めて“過剰な酸素”に触れ、
微弱な青白い光を皮膚表面に浮かび上がらせた。

その瞬間、音が変わった。
地球の風は、ミユーラクトーラの風とは違う――音がある。
ただ吹くのではなく、葉を鳴らし、水を弾き、遠くの街灯を震わせ、
無限の“重奏”をつくる。

「音が……生きてる……」

レナの感応神経が過敏に反応した。
ミユーラクトーラでは、音は制御された“構造波”だった。
しかし地球では、音は秩序を持たず、偶然が調和を生む。
まるで世界全体が呼吸し、語り合っているようだった。

目を閉じると、下方に広がる都市の灯が脈動しているのが見える。
酸素の過多で意識が少し霞む。
それでも、彼女は笑った。
自分の中の電子流が、地球の大気と同調を始めていた。
呼吸ひとつで、異なる宇宙のリズムが体内に流れ込む。

――この惑星は、音でできている。

それが、彼女の地球での第一印象だった。

彼女は薄く緑がかった指先を見つめ、
金属反射のある皮膚が、地球の光をやわらかく返すのを確かめる。

「瀬名遡……伶那。これが、私の新しい名前。」
ミユーラクトーラ文字で刻まれた個体IDを指でなぞる。

レナのスラリーパー・レクは、横浜市保土ヶ谷区川島町の陣ケ下渓谷公園内に静かに着陸。
「明け方までここで仮眠するか。」
レナは、不可視透明化カプセルモードに切り替えて、
シートを倒す。
「やっと着いた。」

ほっとした気持ちと、少し不安な気持ちが入り混じって複雑な心境。
「地球文明の遠隔探査データは取り込んだけど・・それにしても『日本語』は難しいわ。
例外的使用が多すぎる・・・」
「会話も難しい。指端子なら瞬間で理解し合えるのに・・・」
ミユーラクトーラ星の人は、第七指がナノデータ直結の端子機能があり、相手の第七指と接するだけで、相手の考え、喜怒哀楽、思考、気持ち等、ほとんど理解し合える。

この機能を利用して、地球上の情報端末、コンピュータ、データベース機器、各種サーバーから、ダイレクトアクセスできれば、相当な情報が入手できる。 
「明日、街に出たらやってみるか。」
右手を宙に翳して意識を集中させる。
「今は、ネット情報にアクセスして出来る限りの情報取得をしてみよ。」

しばらく体内ナノマシーンデータ整理を行なっていたが、不意にある事を思い出す。

「そういえば、ターケルナミ科学官が持たせてくれたボックス、着いたら開けろって言ってた。
何だろ?開けてみるか。」

シートの後方に置いた黒いボックスを開ける。
「何?コレ。」
中には、手のひらサイズの黒い長方形板、手首に装着する形の何かの装置、それに、アイグラス型ナノマシーン。

ボックスの端にある端子から、体内ナノ通信に非リンク情報の公開データにアクセスする。

「君達が地球に到着した事を祈りながら、このメッセージを送ります。他星文明研究チームが数年前から調査していたEARTH文明から分かった事、それは、地球人は体内情報処理器官が乏しいため、外部システムにアウトソーシングしてる。

そこにある長方形の板が、情報管理分取得装置、「スマホ、エアスマホ、携帯」などで呼ばれている。また、リストバンド型端子が、エアディスプレイ装置、アイグラスは、VRシステム、バーチャルリアリティと呼んでる3D再生装置。

地球人文明の全データを取得して分析した結果、我々の技術力で独自に作った自信作さ。

地球人約100億人の98%が保持している、このスマートフォン、つまりスマホというシステムが、彼らの生活、行動、心理を解明するのに必要なツールなんだ。地球での生活には、必ずこのシステムを保有する事。失くすなよ。

当然、彼らのシステムより高度な機能を詰めんでる。マニュアルデータ体内インストールで読み込んでくれ。

それから、地球での生活費、そこは貨幣とアカウントの混合経済だから、スマホ内に個人アカウント開設しておいた。レナは、日本だから、1億円入金してある。その位あれば当面過ごせるだろ?決して怪しいお金じゃないぞ。先見調査時に「ネット宝くじ制度」にアクセス利用して稼いだお金さ。
データ垂下確率論を複合検証して当てただけ。
2056年の帰還まで、それで生活してくれ。
勿論、働いて自分で稼いでもいいぞ。

それじゃあ、ご武運を。」

レナは、エアスマホの画面をオンにして、その綺麗な画面表示に見入ってしまう。
ミユーラクトーラ星の人々はデータダイレクトアクセスが基本なので、外部情報はセンサーで直接入手して、脳内に吸収させて理解する。

地球人類の様に一旦ディスプレイに写して、それを目で観察して、その情報を脳内に吸収させる方式は、非効率と見なしている。

そのため、ミユーラクトーラには、ディスプレイ技術ははほとんど進歩がなく、地球のディスプレイ技術、有機EL、3D、VRなどは、とても珍しい進化だという見解で観察していた。

「綺麗な画面!視覚的にこんな情報を発するなんて、面白い技術!」
レナは、仮眠も忘れて夢中で画面操作していた。
「朝になったら、街に出よう。まずは住居を決めなきゃ。ここは、確か保土ヶ谷区だっけ?横浜国立大学の学生だから、学生の住める賃貸マンションを探そうか。

和田町か星川町の不動産屋に行ってみよ。バイク駐輪場のあるワンルームマンション。
検索では、この辺りがいいかな。
上星川のコレか、ちょっと離れてるけど羽沢のこの物件もいいな。」

そして、エアスマホを眺めながら寝落ちする。


11月15日朝6時30分
簡易パックで、洗顔、歯磨き、ヘアメイク、スキンメイクを整えて、レナはスラリーパー・レクをバイクモードに切り替えて、ゆっくりと走り始める。

そして、新16号線で横浜駅前まで走り出す。


3-2  生活スタート準備

横浜市住居管理センター内にある民間不動産屋に飛び込む。
「すみません。住居探してまして、紹介いただきたく・・・」
「いらっしゃいませ、学生さん?この時期に引っ越しは珍しいですね。もしかして、昨日の月下事象の影響で建物が壊れたとか・・」
女性店員が丁寧に対応。
「ええ、まあ、横浜国大なので、和田町か星川近辺で、ワンルームマンションありますか?
できればバイク駐輪場ありで。」
店員は、素早くパッドファクターを叩いて案件をディスプレイ表示させる。
「お名前と連絡先をお願いします。」
「瀬名遡 伶那 せなむ れいな
 0011-5413-2717 」

レナは、7本指の2本をダミーカバーで隠して5本指にしてタッチペンで書き込んだ。

「ありますよ。和田町で2件、星川で5件、上星川で1.2.3.--9件」
「9?」
7進数文化のレナには、8.9.10.11.12.13 あたりの数字には不慣れで、ちょっと戸惑う。
「あと、離れてるけど、羽沢町に1件」

レナは、この羽沢町という地名に何か惹かれるものがあって、即決する。
「じゃあ、羽沢の物件の下見お願いします。」
「はい、準備しますね。お待ち下さい。」
店員は、VRゴーグルを用意して、レナをミニブースに誘導する。
「こちらにお座り下さい。それでは、始めます。」
ゴーグルをつけたレナはすぐに理解する。
「なるほと、ダイレクトアクセスのないこの星では、VR画像で現地画像を紹介するんだ。」

小高い丘陵の上に真っ白な5階建マンション、その5階角部屋。1LDK6.7畳フローリングの明るい室内。南向き、ベランダは小さいが横浜都市部や新横浜近辺の眺望が素敵な部屋。
バストイレ、キッチンも機能的でキレイ。
「いいわ。ここにします。駐輪場はあるの?」
「はい、駐車場脇に4台置ける場所あります。」

「この付近は、まだ畑も残っていて、新興住宅地として人気が出てきてます。ショッピングモールも近くにできましたから、これからさらに便利になりますよ」

「交通機関は、ああ、お客様はバイクですよね。それでも、コミューターバスと、地下鉄、あと、来年からエアドローン便が開通します。横浜駅までのアクセスも便利ですよ。」

「ありがとう、それじゃあ、契約書類作成お願いします。」
「ありがとうございます。電気水道ガスの契約も一緒に行いますね。」
「ネット接続も総合サービス入れときますね。」


ゴーグルを外しながら、レナは体内データログを回し続けた。


ーーーーーーーー

3-3   バーナード星に向けて

「調査チーム4名、地球ランディング成功。全員無事です。」

ミカナクル艦長が頷く
「緊急回線は、常にホールドしておいてくれ。
携行武器を使う事がないのを祈りたい。」

「……通過完了。時空安定層へ移行。」
システム監視官の報告が艦橋を満たす。

再び、すべての音が消えた。
ただ、遠くに小さく、
“地球”という名の惑星が光を放っていた。

ジラナグラム副艦長は観測窓に掌をあて、微かに微笑んだ。
「……あの星の歌、聞こえました?」
ミカナクル艦長が静かに頷く。
「ああ、少しだけ。でも……とても優しい音だった。」



そして《エナマルリセ》は、
5次元影《カラピス・ムオーラ》の尾を離れ、
時空の深淵に溶けるように姿を消した。
遥かなバーナード星に向かって。

背後に残された青い惑星では、
夜空の一部がほんの一瞬だけ、
**“七色の光跡”**を描いた。

それを見た地上の観測者たちは、
後にこう呼ぶことになる。

――「光の扉現象」。

それが、レナ・スフイールと地球との、
最初の“共鳴”だった。


3-4   ヨコハマライフ

不動産屋でルームキーを受け取り、再びバイクに乗る。羽沢町のマンションまで18分、真っ白な車体に薄い赤ライン、30インチの巨大タイヤと前衛的なコクピット周りは、行き交う人々の注目の的。信号待ちしてると、エアスマホ連写の洗礼。レナのバイクスーツも様になって、歩行者も車のドライバーも振り返る。

横浜国立大学までの道程を確認しながら、環状2号線に乗り換えて羽沢町に入る。一旦手荷物を置いた後、再びバイクに乗る。パークマイトショッピングモールに行き、各種家具を購入、短時間搬入サービスを利用して、必要家具を一気に運び入れる。

食卓テーブル、椅子、リビングソファ、クローゼットケース、電子レンジ、冷蔵庫、電気ポット、洗濯機、照明器具、ベッド、エアコン、暖房器、ドライヤー、鏡台、マット、布団、各種収納ラック、そして、彼女が最も興味を惹いたもの、『テレビジョン』と『パソコン』
スマホ画面を初めて見た時から、レナはディスプレイ機器が、最も興味深いパーツ。

月下事象による交通インフラ被害から、家具等配送は予定より遅れて14時過ぎに到着。
家具設置と片付けに1時間。
思ったより忙しくて昼食を摂ってない。晴れた日差しの光合成と、金属粉末の摂取のみ。


部屋の片付けとインターネット登録を終えるころ、窓の外の街灯が少しずつ灯りはじめていた。
横浜の夕方は、思っていたよりも“音が多い”。
遠くの踏切音、子どもの笑い声、風の音。
それぞれがまるで生命を持つように混ざり合っている。

レナは、着替えや、雑貨、食料品を買いに、今度は徒歩で近くのスーパーまで散歩がてら出かける。晩秋の日暮れは早く、既に夕日が眩しい。
昨日の重力波の影響だろう、道路のあちこちで破損跡が見られ、住宅の一部も崩れた箇所も見られた。

「少し被害があったようね。」
ヨコハマは、素晴らしい港町と聞いていたが、この辺りは、港から離れているので、閑静な住宅地、直線道路を進んで、小さな公園を抜けた所に2階建のショッピングセンター、中規模の店舗だが、品揃えは良い。 

「……お腹、が……鳴ってる?」
レナは驚いて、自分の腹部に手を当てた。
ミユーラクトーラでは、空腹は生理信号ではなく、エネルギー残量データとして脳内に表示される。
けれど、この体の中では違う。
音と振動で知らせてくる――“生き物としての警告”。

「これが……地球式の“空腹”?」



ショッピングセンターに入る。
入口で自動ドアが開くと、空気の中に香りが流れ込んできた。
甘い、しょっぱい、焦げた、そして温かい。
情報ではない、“香り”そのもの。

「……これは、すごいデータ量。」
レナの体内ナノマシーンが、香気分子を必死に分析している。
しかし、解析よりも先に――感覚が“美味しい”と判断していた。

彼女の目に止まったのは、
並んだ弁当のパッケージ。
「焼き鮭弁当」「ハンバーグ」「のり唐揚げ」。
どれも未知の単語ばかりだが、彩りが美しい。
最も惹かれたのは、照りのあるオレンジ色の焼き魚。
ラベルのひらがなをパクマッセリーク翻訳にかける。

――「しゃけ」。

「……“魚”を、焼いて食べる?」
ミユーラクトーラでは、生命を直接“食べる”という発想がない。
だが、光沢と香ばしさに、なぜか心が温かくなった。
「これにします。」

ついでに、横の棚に並んでいた飲料も手に取る。
透き通った琥珀色の液体――“お茶”。
成分分析:カフェイン、ポリフェノール、香気成分。
彼女の脳内モジュールが“摂取可能”と判定。

レジで会計を済ませ、電子マネーを初めて使いこなすと、
なんとも言えない達成感に包まれた。
「地球の“買い物”って、ちょっと楽しいかも。」



必要なものを一通り揃えて、AIキャリパーを借りて、自宅まで運ぶ。

部屋のキーを開けて、まず照明器具を取り付け、スマホで電気水道ガスセッティング開設手続きを済ます。カーテンを取り付け、着替えをまとめてバスルームに行く。
「昨晩から入ってないから、まずはシャワー。」
サッパリしてから、スウェットに着替え、ドライヤーで髪を乾かして、食事の支度に入る。

夜7時。
羽沢の自室。
照明を少し落とし、テーブルの上に弁当を置く。
手の震えを抑えながら、木の箸を取る。
「これが……“箸”ね。二本を使ってつまむ……ふむ、難しい構造。」
数回の試行錯誤の末、ようやく焼き鮭をつまむことに成功。

一口。

瞬間、脳内が白く光った。

――味覚データ、過負荷。
――快感神経、刺激レベル上昇。
――幸福値、急上昇。

「……なに、これ……」
声が震える。
温度、塩分、脂質、香ばしさ。
分子構造の複雑な相互作用が、まるで音楽のように五感を奏でる。
“味”とは、物質の情報波を舌で読むこと。
“食べる”とは、生命の痕跡を自分の体に迎え入れる行為。

「地球の人たちは、毎日……こんな奇跡を口にしているの?」

彼女はゆっくりとご飯を口に運び、
その柔らかな温度と甘みを噛みしめた。

涙がひとすじ、頬を伝った。

それは感情というよりも、
異星の知性が初めて「生命の営み」を理解した瞬間だった。



食事を終え、ほうじ茶の湯気を見つめながら、
レナは窓の外を眺めた。

遠くで、誰かの笑い声。
テレビから流れるアニメの主題歌。
道路を走る車のライト。

――この星は、生きている。
金属でも、情報でもなく、感情と匂いで動いている。

「明日……この“文化”をもっと知りたい。」

レナは、取り付けたばかりのテレビのスイッチを入れる。
壁掛け型25インチTVの新型有機EL画面が明るくなり、画面データは月下事象のニュース報道を繰り返していた。
ダイレクトアクセスで脳内に入るイメージがこの世界ではディスプレイで示される。
「目から情報を入れて、脳内に届ける。二度手間ね。」
そう言いながらも、レナは画面に釘付けになる。
しばらく各チャンネルを眺めて、さらにネット接続画面も見てから、寝る準備を始める、
11時、レナは灯りを消した。

淡い緑の皮膚が、月明かりに透ける。
その光はまるで、“異邦の星の少女”がこの惑星に馴染んでいくための儀式のようだった。


3-5  アニメの衝撃

日本潜入後、最初の1週間は何かと忙しかった。
住基ネットの再確認と区役所への各種手続き、大学編入手続き、3月末までは留学手続き、4月からは新年度編入にするため、短期講義用テキストの購入、運転免許データの取得、新聞データの定期購読、重力波災害対応の地域コミュニティ入会、レポート作成用にパソコン購入、アプリを使っての毎日1時間の日本語会話練習、等々。

それに大学講義に出席、図書館でのリサーチ、市街地に出て市民文化のリサーチ、体内データセンサー使えば簡単なのだが、地球人と同じ目と耳を使って見聞を広める事に専念した。

11月21日(土)
やっと週末になり、瀬名遡 伶那は少し遅めの朝食を摂る。
「今日はのんびりするか。」
最近ハマっているモカコーヒーを淹れながら、体内システムデータのチェックと、エアスマホのデータチェックを行う。

そういえば、この前街中散策で気付いた事を調べたく、リストアップしていた。
大学のテキスト見て気付いた事で、この星には
「本 BOOK」というデータベースが存在する。
それらを専門に取り扱う「本屋 書店」というエリアがある。

ダイレクトアクセスしない地球人は、本に記載されたデータ文字を見て、情報取得する事が、彼女には新鮮だった。
「非効率だけど、何か味わいがある。」

昼から横浜駅前店に出る。バイクは使わずST線パーカナックトレインに乗るのが興味深く、2本の金属線の上を車輪で走行するレトロ感が、彼女は好きだった。

駅地下街の大型書店で何冊かの本を購入、その後、西方向に散策してると、ちょっと不思議な雰囲気の書店を見つける。
「アニメパーティ?」
全国展開のアニメ専門店、本だけでなく、フィギュア、グッズ等も豊富な、アニメ好きの聖地。

「綺麗な色彩の絵、絵の専門店か。」
伶那は、戸惑う事なく店内に入る。
鮮やかな色彩のキャラクターポスター、イルミネーション3D、それらを眺めながら歩いていると、大きなディスプレイパネルを見かける。
その時、
「!! 何!コレ!・・・スゴイ!!」

伶那は絶句する。
2054年秋アニメで大絶賛されている人気アニメ
「この時の君と・・」
第1話をネット放映していた。
魅力的な人物キャラ、作画の美しさ、リアルな背景、奥深いストーリー、人物の心理描写や、センスのいい会話、全てが高レベルで完成していた。

「綺麗な絵が動いている、いや、何枚もの絵画像が連写で動いているかのように連続している。
しかも、内容は現実に起きた事ではないようで、それがとても意外性がある。
「こんなスゴイ表現方法があるんだ。」

伶那は心の中に何か熱いモノが湧き上がってくる感覚を覚えた。
不思議にワクワクする感覚、平面絵画の連続描写で、こんな事が出来るんだ!
鼓動が早くなり、耳が熱くなった。

《好きなモノを見つけた喜び》

大きな発見をしたような感動があった。

「もっと、見てみたい。ANテレビで放映中?
これ、テレビで見られるんだ!」

左手のエアスマホディスプレイを開く。
左手上30cmの空中にディスプレイ画面が表れる。テレビ番組欄を検索。
「あった! 放映は夜か。わあ!アニメ一杯やってる!」

「知らなかった、知らなかった、こんな素晴らしい映像をフリーサイトで見られるんだ。」

「よし!今夜から見るぞ! 2時まで見るぞ!」

20歳の伶那がまるで小中学生の様にはしゃいでいた。

早めに夕食を済ませて、コーヒーを飲みながら買ってきたアニメ雑誌を読む。作品名、ストーリーを確認しながら、今夜放映の作品をチェックする。エルチューブのアニメ評価もチェックしてから、夜10時を迎える。


4時間はあっという間に過ぎた。
伶那は放心状態だった。
カルチャーショック
初めて味わった感動、高揚感、続きを早く見たいというフラストレーション、

「地球を舐めていた。こんなに好きになるカルチャーが存在してたなんて!」
「決めた。この星での私のミッションは、アニメの分析研究と収集、これで行こう。」

伶那はもう一杯コーヒーを飲んで体内データの整理に入った。

ーーーーーー

11月22日(日)
夜11時、伶那は更に衝撃的な感動を体験する。
「ポートワードの見える丘に」
作品自体の人気度はそれ程高くなかったが、伶那はその動画の作画力に妙な感動を覚えた。

「心が共鳴してる?」
「作画と音が共鳴してるんだ。」

録画を巻き戻して、テロップを見る。
作画 柚葉 梨楓

「この人だ。この人が描いたんだ。」

夢の世界が手の届く距離に近づいた感覚。
「会ってみたい。この人に、
どうすれば?」

体内データベースをネットに繋げて検索するが、
結果はゼロ。」
「分からないか・・」
でも、以外と楽観的な伶那は呟く。
「アニメ的展開なら、どこかで偶然出会えるかも。」

伶那はベッドに大の字になり、自分に言い聞かせる。
「大丈夫、きっと会える。」
天井を見つめる伶那は、体内ナノマシーンのアルゴリズム解析を行う。ここまでの経過を分析して、対応策を検討する。

しばらく間があって、伶那はふと思いつく。
「そうだ、意思表示すればいいんだ。
ワタシ、この絵好き とネットに挙げてみよう。」
カークコールにツイート表示を挙げてみる。
 「ポートワードの見える丘に」の作画さん、
 柚葉 梨楓さんの絵好きです。
 とても心が温かくなります。

賛同者が次々に表れるのに時間はかからなかった。この一言をキッカケに、アニメ作品の評価も急上昇していった。


第4部 風の色、音の絵 ―― 柚葉との出会い

4-1  柚葉 梨楓    

翌日。
11月23日(月・祝)。朝の横浜。 
保土ヶ谷区羽沢町の丘陵地帯も、気温5℃の冷えた空気に包まれていた。新環ニを走る車の音が彼方に響き、近距離ドローン便の空中浮遊音が、それに重なる。

夜明け前までアニメを見ていたせいで、伶那は少し寝不足だった。
しかし、体内クロックは正確に朝7時を告げる。
「……今日もいい天気。」
カーテンを開けると、窓の向こうには薄い朝霧の中で光る街並み。
生あくびをすると、吐く息が少し白くなる。
上り始めた朝日と、白い半月、初冬の風景。

ポットで沸かしたお湯でモカコーヒーを淹れて、出来上がるまで、軽いストレッチをしながら、金属粉末カプセルを水で飲む。
「最近、光合成してないな。」
肌の薄緑色が更に薄くなるのを感じながら、窓から差し込み始めた朝日に目を細める。

これも最近ハマり始めた、「ハムエッグトースト」を作って、レタス、トマトをトッピングして一口食べる。それに牛乳。
「この白い液体はホントにおいしい!」
体内の有機物が喜んでいる様な味わい。

体内ナノマシーンとリンクさせたエアスマホの
『リマインドリーム』をチェックする。
前夜のツイートには、すでに数百件の“いいね”がついていた。
1件ずつ確認していくと、コメントの中に見慣れないユーザー名があった。

@yuzuha_rinka:「見てくれてありがとう」
「あの絵は、“風の音”を描いたんです」

本人からレスポンスが来るとは、全く想定外だった。
伶那の心臓が跳ねた。
その名は、柚葉 梨楓。

「本物……? 本人なの?」

体内ナノリンクで即座に解析。
投稿元の座標:秋葉原・アニメーション制作カフェ《Palette》
エアスマホの「earth banch」で場所と建物を確認。
「制作カフェ……そんな場所があるんだ?」

伶那は急いで支度を始めた。
髪をまとめ、薄手のジャケットを羽織る。
自立システム制御バイク《スラリーパー・レク》を呼び出す。
「目的地、秋葉原。《Palette》。」
エンジンの代わりに、柔らかな電磁共鳴音が空気を震わせた。
車輪に配置された49個の電磁バースター、その反作用で瞬時発生リニアフロートを発生させて、車輪を回転させながら、僅かに浮遊した状態で前進する機能を有する。

体内ナノマシーンの高度アルゴリズム構築で、既に地球上の一般的AIシステムを凌駕するミユーラクトーラ星人の情報処理能力を《スラリーパー・レク》にリンクさせて、自由に完全コントロール可能にしてある。
これにより、自動運転と意識運転のバランス切り替えが可能になっている。


――

午前10時48分。秋葉原。
無数の看板、スクリーン、音の洪水。
電子の匂いと人の声が交錯するこの街は、
ミユーラクトーラの静寂とは正反対の、生命の渦だった。

「美味しそう・・・」
電気店の店頭カゴに整然と広げられた小ケースの山、半導体チップや、ナノマシーン流体のバラ売り・量り売り。
それらを見た伶那の呟き。
定期的に体内にナノマシーンを取り込むミユーラクトーラ星の人体がその「食材の山」に食欲が反応した。
「いけない。こんなとこでつまみ食いしては、すぐにバレてしまう。」
自制しつつも、目は釘付けだった。

駅から少し歩いて右手に曲がる。
メイド服やコスプレのビラ配りの間をすり抜け、
今春オープンした最新拠点「LXFRビル」の裏手にある、2025年建立の古めの建物「JOY gooビル」に辿り着く。8階建ビルの3階にそこはあった。

エレベーターの扉が開くと、すぐそこに
《anime&cafe    Palette》の看板。
入口のドア隣のショーウィンドウには手描きのイラストが飾られていた。
柔らかな線。透けるような色。
風の動きが見える――そんな絵。

レトロなハンドルドアを開けると、鈴の音が鳴った。

「いらっしゃいませ!」
明るい声。

その声を聞いた瞬間、伶那の体内ナノマシーンが微弱に共鳴した。
感応データ:〈波長一致率 94.7%〉。

視線を上げると、カウンター越しに立つ少女。
栗色のボブヘアー、透明感のある瞳。
ペプラムディティールのボウタイジレとトラックラインパンツの秋コーデに、お店のエプロンをつけたスタイル。
彼女こそ、柚葉 梨楓だった。

「……あなたが、瀬名遡さん?」
「えっ……?」

「“ポートワードの見える丘に”のツイート、見ました。
 本当に嬉しかったんです。
 あの作品、ほとんど無名で……だから。」

伶那は、言葉を探した。
“感動した”だけでは足りない。
胸の奥で、言葉にならない何かが脈動していた。

「……あなたの絵を見たとき、
 風の“音”が聞こえた気がした。」

柚葉は、一瞬きょとんとしたあと、ふっと微笑んだ。
「それ……いちばん嬉しい言葉かも。」

ふたりの間に、透明な空気が流れた。
まだ互いの正体を知らない。
けれど、この瞬間すでに、
“創る者”としての共鳴が始まっていた。

外の街では、冬の風が街路樹を揺らし、
その葉が二人の足元に舞い落ちた。

まるで、遠い星から届いた小さな光の粒のように。


4-2   共鳴する線と光 ――制作ルームにて

翌週土曜日の昼過ぎ。
《Palette》4階の奥にある、スタッフ専用の制作ルーム。
カフェの賑わいが階下から薄く響く中、
机の上にはデジタルタブレット、筆、紙スケッチ、ノートPC。
グラフィックタブレットを接続した大型ディスプレイと、数台のディスプレイタブレット。
散らかったその空間は、混沌という名の創造の現場だった。

「ほんとに、アニメ作るの初めてなんですか?」
柚葉が笑いながら、モニター越しに伶那を覗き込む。


「ええ。でも“動く絵”の理論は理解できた。
 要は、静止画像を時間軸上に連続させれば、
 人間の視覚中枢が錯覚を起こす――でしょ?」

「そ、そんな言い方されたの初めてですけど……まあ、そうです!」
柚葉が吹き出した。

伶那の視線は真剣だった。
柚葉は、最高級ディスプレイタブレットを惜しげもなくバサバサと使いこなし、強弱織り交ぜた筆圧で自由に作画していく。

画像連携した別ディスプレイに映し出される
描かれたキャラクターの輪郭を、伶那は
光の軌跡を追うように指先でなぞる。
その動きに呼応して、彼女の瞳が微かに発光した。

「この線……生きてる。あなたの描く線には、“呼吸”がある。」
「え?」

「見て、ここ。線の間に“音”がある。」

伶那は指先をタブレットに軽く当てる。
その瞬間、柚葉のモニターから、微かな“音波”が立ち上がった。
波形のような光が、画面上を走る。

「なにこれ……?エフェクトじゃないですよね?」
柚葉は呆気に取られた表情をする。

「これは“音相結界”。
 私、感情や意識を波として視覚化できる。
 あなたの線が、私の感応と共鳴したんだ。」

柚葉は目を丸くした。
「すごい……!絵が、音になるの?」

「ええ。あなたの絵が“語ってる”の。」

伶那が指先を離すと、波紋のように音が消える。
ただ、二人の間には、言葉にできない余韻が残った。

「じゃあ、このマシンでも、出来る?」
柚葉は、サイドラックの横に設置された大型グラフィックシステムの専用シートに座って尋ねた。
3D・VRS型グラフィックディスプレイシステム
KF5ver2.0
ディスプレイ描画がAI分析を経て、瞬時に3Dホログラム表出されるシステム。背景設定を加えると立体アニメが構築される。
簡単に作画したキャラ画が、AIリストラクチュアスイッチをオンすると、たちどころに空間立体アニメが現れた。しかもスムーズに動き出す。

「……ねぇ、伶那さん。
 もしよかったら、この“音”をアニメに入れてみませんか?
 絵の動きと音が同じ感情を持つ――そんな作品、きっと誰も見たことない。」

伶那は一瞬、躊躇した。
自分の能力を“地球の技術”に使うことに、倫理的な逡巡があった。
だが、柚葉の瞳に映る純粋な想いが、伶那の心に伝わった。体内ナノマシーンにも届いていた。

「……やってみましょう。
 あなたの絵が“音を語る”なら、私がその声を形にする。」

「ただし、まずはディスプレイ上の平面アニメで試してみましよう。3Dアニメはレベルが高いから、慣れるのに時間かかりそうなので。」

「分かった。それでいいわ。」
柚葉が微笑んだ。
「じゃあ、タイトルは・・・」
少し考え込んで、ふと窓の外を見る。
街路樹の落ち葉が北風に舞う。

「《風の記憶》なんてどう?」

伶那の胸の奥で、またあの“共鳴音”が鳴った。
それは、遠いミユーラクトーラで聞いた
――“扉の先 煌めく光跡”の第一音。

二人の指先が、タブレットの上で重なった。
線が光を描き、音がその輪郭を包み込む。

アニメ《風の記憶》は、こうして生まれた。
それは、地球の歴史のどこにも存在しなかった“感情の波動映像”。
そして、二人の心をつなぐ最初の「扉」となった。 


4-3   新生活に溶け込んで

瀬名遡 伶那の地球圏・横浜市での生活リズムが形成された。12月は冬休みに入る迄、平日はほぼ毎日大学に通い、講義に出席、データベース構築。

毎週金曜日と土曜日は、anime&cafe  Palette の店員バイトに入った。そしてバイト後の時間を使って、4階のスタッフ制作ルームで
柚葉 梨楓とアニメの共同制作、さらに伶那自身もディスプレイタブレットでアニメ作画を習い、自己研鑽を続けた、

また、火曜日の午後は取得講義が1つだけなので、空き時間にスリーパー・レクで近距離ツーリング、地球環境や文明探査を兼ねて、横浜、小田原、伊豆、箱根、富士山等を走り回った。
各地の風景、出会った人々、街の様子、全てがアニメ制作の題材となった。
「あっ、この街、あのアニメの舞台になった『ご当地』なんだ!」
そんな発見もあった。

《Palett》でのバイト中に、
「瀬名遡さん、この前淹れてもらったモカ、美味かったよ。今度お客さんに出してみるか?」
店のマスターに言われて、伶那は微笑む。
「ありがとうございます。でも、私、このメイド服気に入ってるので、当面ウェイトレスがいいです。」
そんな会話が出るほどに店にも馴染んできた。

帰宅時には必ず近所のスーパーに寄り、安売り惣菜と野菜、肉などの食材を買う。
自炊にも目覚め、炊飯器も買ってご飯を炊き、中華鍋も買って炒め物も作る。
日常炊事の一つ一つが新鮮で楽しかった。

そして、深夜はアニメタイム。毎晩アニメ番組に何かしらの感動を体感していた。
録画やネット配信も見て楽しんだ。

ミユーラクトーラの人間はもともと睡眠時間は少ないのだが、伶那は出来るだけ睡眠時間を確保するよう工夫していた。
とはいえ、授業中に寝るような不謹慎な事はせず、移動時間や待ち時間に立ったまま寝る事が出来た。
短時間睡眠は、脳内疲労の回復だけでなく、ナノマシーンのデータ整理に役立った。

「伶那、日本のアニメの凄さは何か分かる?」
制作ルームで、タブレット作画中の伶那に梨楓が訊ねる。
「何だろう?オリジナリティ?独創性?」
「それもあるけど。ホントに凄いのは『いいとこ取り』が、躊躇いなく行える事。」

「どういう事?いいとこ取りは、他国のアニメが日本のアニメのエッセンスを取り込むために真似する事でしょ?」
「それもあるけど、何か新しい事を盛り込んだアニメが出てきて、話題になると、早速他のアニメ作品に取り込まれて、更に発展した形で応用される。そういった相乗効果が、アニメ界にはあるの。」

柚葉の言いたい趣旨が分からず、伶那はじっと見つめる。
「だから、今回私達がやろうとしている事は、いずれ世間に認められたら、一気にいいとこ取りされるでしょ?それについてはどう思う?」

少し考え、伶那は答える。
「私達だけしか出来ない作品である必要はないと思う。社会に認められて、それを『いいとこ取り』されて、世間で多くの類似作品が現れても、それはそれでいいと思う。」
「日本のアニメが凄いのは、そういうとこでしょ?」

柚葉は安心した表情で言った。
「あなたの技術は、知的財産保護してもいいし、情報公開してオープン技術化してもいいと思う。その選択はあなたの特権。それだけ音相結界は凄い技術。それでも伶那のスタンスが今後のアニメ界に希望が持てそうな気がする。」
「聞いといて良かったわ。ありがとう。伶那。」

オープンソースソフトウェアが近辺技術開発に大きな寄与がある事は、ミユーラクトーラ星でも同じだった。
《独占しては発展はない》
地球でも同じなのね。
梨楓ちゃんの気持ちが分かって安心した。
やっぱりこの子はいい子。  
年齢はほとんど変わらないのに、何か妹の様な感じがする。
この星では、『会話』による気持ちの確認がとても重要な事だと理解した瞬間だった。

二人の気持ちがさらに近づいた。

ーーーーーーーー

制作ルームの照明が落ちていく夕刻。
作業に没頭する二人の背後で、扉がノックされた。

「おーい、柚葉。そろそろ休憩しろって。」

入ってきたのは、横浜国大システム工学部2年・川瀬ユウマ。
VR制作班の中心メンバーで、柚葉の旧友だ。
手には、ホットドリンクが二つ。

「うわ、これ……すごいな。音が動いてる?」
伶那が創った“音相結界”のデータを見て、ユウマは思わず息を呑む。
柚葉が誇らしげに笑う。

「でしょ? この人、理屈じゃなくて“感覚でプログラムを描く”の。
 コードを走らせるんじゃなくて、“響かせる”って感じ。」

伶那は照れくさそうに微笑んだ。
「まだ試作だけど……完成すれば、“絵と音が共鳴するアニメ”になる。」

ユウマは頷いた。
「いいね……“視覚と聴覚の干渉波アート”。
工学的にもすごい発見だ。大学の研究会にも出せるレベルだよ。」
「彼女が作ったの?柚葉」
「うん、この人は、瀬名遡 伶那さん、私の友達。」
「そっか、凄いです。凄い才能だ。」

「研究発表はいつ頃?」

「でも、研究発表より“作品”として見せたい。」柚葉が言う。
「この人の“音”を、ちゃんと届けたいから。」

ユウマは静かに二人を見つめる。
その眼差しの中に、“地球側から異星に触れた最初の人間の驚き”があった。

「……君ら、きっと何か、すごいものを見つけるよ。」

窓の外で、冬の風が街の灯を揺らした。
伶那の髪が微かに光る。
その光に、ユウマは気づくが、何も言わなかった。

ただ、心の奥で、
“この人は――特殊な何かを持っている"と直感していた。



4-4   Triptych始動 ――「風の記憶」 

12月8日(火)
横浜国大・システム工学部メディアラボ棟。
午後の光がブラインド越しに白い机を照らす。
ディスプレイの列と、匂い立つような新しい電子機器の匂い。
プロジェクターの光が壁に映し出されている。

柚葉が小走りに入ってきた。
「ユウマ君、紹介したい人がいるの。」
そう言って、振り返る。
その後ろに立つのは、瀬名遡 伶那。
黒髪をまとめ、端整な瞳の奥には静かな光がある。
どこか“完璧に整いすぎた”雰囲気が、先日の初対面の印象と異なる印象を与えた。

「……こんにちは。システムデザイン工学科の、瀬名遡伶那です。」
「ああ、あの時の。やっと紹介してもらった。」
「川瀬ユウマ。映像工学科、2年。――噂、聞いてるよ。柚葉の作品に変な波形データを入れてくる“天才留学生”だって。」
「変……ですか?」
「褒めてる。波形データって言うより、音が“呼吸してる”。普通のリズム生成アルゴリズムじゃない。」

柚葉が笑う。
「でしょ? この前の共作の背景音、全部彼女の“数式”なの。」
「数式が音になる?」
「うん、信じられないけど、本当。」

伶那は小さく頷き、ノートパッドに指を走らせた。
「こうです――“音相結界”の一部を数値変換して、周波共鳴式を可視化したもの。」
ホログラムに数列が浮かび、同時に柔らかな音が鳴る。
風が通り抜けるような、金属の響き。
柚葉とユウマの髪がわずかに震えた。

「……まるで生きてるみたいだ。」
「それが音の“構造”なんです。生命の記憶は、波に刻まれるから。」

静寂。
ユウマはその瞬間、レナが“この世界の言葉で語っていない”ことを理解した。
でも、不思議と怖くなかった。
彼女の中には“美”があった。

少し考え込むが、すぐに瞳が輝いた。

「よし、決まりだ。」ユウマが立ち上がる。
「三人でやろう。これ、映像作品にしよう。名前は――《Triptych》。三つの世界の交わり、って意味だ。」

「三つの世界?」柚葉が首を傾げる。
「感性の世界、技術の世界……そして、伶那の“まだ見ぬ世界”。」

レナは目を細めた。
その言葉が、まるで遠い星から届いた呼びかけのように響いた。



三人は、大学メディアラボを拠点に動き始めた。
ユウマが映像構成とレンダリング演算を担当。
柚葉がコンセプトアートと作画を描き、
レナが音と光を“構造的に組む”。

タイトルは《風の記憶》。
音が風を形づくり、風が記憶を描く。
物語のない、純粋な“波動アート”だった。

制作期間2週間
公開試写は、12月24日
プロジェクトが動き出した。

ユウマは、制作状況も動画撮影してエルチューブに公開、人々の注目と興味を惹きつける作戦を取った。

「伶那、講義出席は大丈夫なの?」
プロジェクト開始からほとんどメディアラボに入り浸っている瀬名遡に、柚葉は心配して訊ねた。
「うん、大丈夫。もうレポートも提出したし、出席日数も足りてるから。」
朝から夕方までラボで制作、夕方バイトに行き、そのままPalettの制作ルームでディスプレイタブレットで制作作業、終電終わってもバイクがあるから、深夜まで作業する事も増えた。
朝まで作業して、早朝に仮眠してから、帰宅する事もある。

柚葉が心配してるのは、伶那の健康、体を壊さなければいいのに。でも、他人の心配してる程の余裕も自分には無い。
作画作業を急がなくては。でも、今まで一人でやっていたアニメ作画をチーム作業として出来るのはとてもやり甲斐があり、楽しい。

身体的負荷は苦にならない。目標が定まっているミッション。やる気が起きないわけがない。
私は夜は弱いから、朝型生活で午前中勝負。
早い時間に作画作り上げて、午後は映像構成と伶那の音共鳴作業に協力、その間に翌日の作画原案を検討。

ユウマは二人の構成要素をレンダリング作業で組み込んで作品の形を作り上げる。彼のスキルレベルで作品の品質が決まるとも言えるので、神経を使う仕事。

「そこは違う。こっちの作画の方がメロディに合うけどな。」
「そんなことないよ。デフォルメしないリアル風の方が統一感あっていいよ。」
「メロディに合わせるより、メロディを変えた方がいいかも。私見だけどさ。」

こんなディスカッションが連日続き、作品完成に近づいていった。

12月24日(木)

完成試写の日、
モニターに流れる光が、実際の空気を震わせた。
見ている人々が、息を止める。
風がスクリーンから吹き抜けたように感じた瞬間、
柚葉は涙を流した。
「……これが、絵と音が共鳴するってことなのね。」

ユウマは静かに笑い、呟いた。
「二人が組むと、世界の“法則”が変わる気がする。」

レナは、ふと空を見上げた。
そこには、見慣れた地球の青――
でも、その奥に、遥かなミユーラクトーラの光が
微かに“共鳴”していた。


第5章 アニメ革命 ― Revolution of Resonance ―

5-1 風の記憶、初公開

2055年1月20日(水)
冬の横浜は、夜明けの光がまだ白く凍るようだった。
《第72回横浜国大工学部 定期研究発表会》
大学構内メディアホールの前に、長い列ができている。
学生、クリエイター、AI研究者、報道関係者。
みんなが目当てにしているのは、ひとつの作品――
《風の記憶》。

午後4時。
会場が暗くなる。
壁一面のディスプレイが光を帯び、
音が、静かに“息をする”。

風が吹く音。
葉がこすれる音。
そこに色が混ざり、
やがて光が、観客の心拍と同じリズムで脈動を始めた。

映像の中で、風は形を持ち、
風景が呼吸を始める。

――それは、音と絵の“境界”が消えた瞬間だった。

スクリーンに流れるのは、物語のない物語。
風が光を撫で、音が涙を呼ぶ。
観客たちは、理由もなく涙を流し、
手元のAIセンサーが微弱な電磁波共鳴を検出していた。

柚葉は、スクリーンを見つめながら小さく呟いた。
「伶那……これ、あなたの“音”よ。」

隣で伶那は静かに微笑む。
「いいえ。あなたの絵が、私の音を呼び覚ましたの。」

上映が終わった瞬間、
会場の照明が戻る。
静寂。
次の瞬間、拍手が爆発する。
誰かが泣いていた。
誰かが立ち上がり、両手を合わせていた。

SNSのトレンドには、すぐにタグが並んだ。
#風の記憶
#アニメが呼吸した
#感情を可視化する映像

翌朝には、ニュース番組が取り上げた。
『視聴者の涙腺反応率、異常値。』
『“音が生きている”と錯覚する新アニメ表現。』
『映像か、それとも感情の共鳴か?』

アニメは、芸術から――“意識共鳴現象”へ進化し始めた。

――――

5-2 アニメ革命の胎動

2055年4月。
春の風がキャンパスを包む。
桜の花びらが散り、地面には電子端末の光が反射していた。
《風の記憶》公開から三か月。
その衝撃は、アニメ業界だけでなく、科学界をも揺るがせていた。

つくばの量子情報研究センターでは、
「音相結界」技術に関する非公式会議が行われている。
議題:“感情波動現象の人工再現可能性”。
防衛庁からもオブザーバーが参加していた。

「瀬名遡伶那――彼女の“数式”が問題だ。」
「感情共鳴を波動式に変換?理論的には不可能だろう。」
「……それが、起きている。」
「彼女は・・どういう経歴の子か?」
「それが・・高校資格取得者で経歴が不明です。」
「留学生か、どこの国から?」
「それも・・シークレット扱いで不明です」
「訳ありか・・・」
それ以上議論は進展しなかった。


会議室のスクリーンに映されたデータ。
音相結界を解析した波形は、
通常の音圧波とは全く異なり、生体共鳴周波数に一致していた。



一方、秋葉原。
《anime&cafe Palette》は連日満席。
柚葉の名前はアニメ雑誌の表紙を飾り、
商業スタジオ《NEXUSmotion》から正式なオファーが届いた。

「本格的にプロになるの?」と伶那が尋ねた。
柚葉は少し考え込み、コーヒーをかき混ぜる。
「うん……でも、怖いの。
 “売れる”ことが、“心を描く”ことと同じなのかなって。」

伶那はカップを静かに置いた。
「心を描くのは、あなた自身。
どんな媒体でも、心が動けば本物になる。」

柚葉は微笑む。
「ありがとう。伶那の言葉にいつも励まされる。私、改めてアニメを創る意味を知った気がする。」

その夜。
研究室では、川瀬ユウマが映像波形を分析していた。
彼のホログラムに浮かぶデータは、どこか“生きている”。
「……このリズム。心臓波形と同期してる……?」
「ただ・・・周期が長い、長すぎる。どういう事だ?」
ユウマはブツブツと頷きながら、紙切れに数式を書き殴っていた。
しばらく沈黙が続き、急に立ち上がって、クラウドサーバー直結の専用PCを立ち上げる。
「コンプラ違反だけど仕方ない」

ユウマは、横浜国大学生健康診断データにアクセスする。
工学部システムデザイン工学科2年
瀬名遡 伶那 
いけない事だとは分かっていたが、どうしても調べておきたかった。
「個人情報だからな。ゴメン、瀬名遡さん」
ユウマは、個人ファイルをクリックする。

瀬名遡 伶那 
誕生日2034年1月17日 21歳
身長161cm  体重47kg 
血液型 Unanalyzable
心拍数 3
視力 右8.0  左7.9

「・・・!!・・何だ!この数値は!」
ユウマは目を疑う。
「心拍数が3?、1分間に3回しか鼓動しないのか?何かの間違いじゃ・・・」
さらに驚愕の表記がそこにあった。
特記事項: 体内蓄積金属が異常値
 金、銀、コバルト、アルミニウム、鉄、銅
 ニッケル、マンガン、鉛、等
 その他 正体不明の金属チップが多数蓄積
 緊急入院の上、検査が必要

「彼女は一体・・・人間なのか?」
ユウマに言いえぬ恐怖感が湧き上がった。
「特殊体質なのか、それとも・・ああ、そうか
AI生命体の可能性ならありうるか。」

ユウマは、情報公開されているAIヒューマノイドで横浜在住リストを調べる。
でも、どのデータベースにも瀬名遡 伶那のAIは存在しなかった。

「ホントに彼女は何者なのか?
留学生らしいが、そもそも出身国はどこなんだ?」

全てが謎のままだった。

風が窓を揺らす。
地球の“心”が、静かに、極めてゆっくりしたペースで確かに鳴っていた。

――――

5-3 夜明けの創造会議 ― Resonant Meeting

2055年9月。
深夜の大学メディアラボ。
窓の外は雨。
機材のランプが、静かに呼吸をしているように点滅している。

「人間の“記憶”って、どこに残るんだろう。」
柚葉の問いに、ユウマが答える。
「脳でも、データでもなく、行動の“痕跡”だと思う。」
伶那は微笑む。
「私の音相結界力では、“音”に残すの。
 感情の振動が空気を揺らし、空間に記憶を刻む。」

三人の間に、ホログラムの光球が浮かぶ。
それぞれの心拍が、光のリズムとして投影される。
伶那の光は淡い緑、柚葉の光は橙、ユウマは青。
三つの光が、ゆっくりと重なり合う。

「……これが、“Triptych”の核。」
伶那が呟く。
「三つの世界が交わる場所。」

光球が脈動し、
空間に柔らかな風が吹いた。
誰も動いていないのに、風が“生まれた”。

その瞬間、ユウマは悟った。
――この現象は、ただの技術じゃない。
 彼女の存在そのものが、音を呼んでいる。

静かな共鳴。
外では雨が止み、夜明けの気配が漂っていた。

――――

5-4 波紋 ― 音相結界の拡散

2056年2月12日(金)
つくば研究センター。
量子衛星「アガルタ-II」から送られた波動データに異常。
地球全体に、微弱な感情波動パターンが発生していた。

「……これは自然現象ではない。
 “音相結界”の影響だ。」

研究主任・芽蕗澪奈がデータを凝視する。
彼女の背後で、防衛庁顧問・凛崎潤一が腕を組む。
「瀬名遡伶那――接触を図れ。
 まさかとは思うが・・・・
彼女は“地球外知性”の可能性がある。」

手元には、瀬名遡 伶那の生体データ、行動記録、
調査報告レポート。

2056年2月18日(木)
米国海軍横須賀基地に、米本国のACMT2(地球外生命体捕獲調査機構)から特命入電
「捕獲対象疑義者1名、至急身辺調査実施」
2名のエージェントが黒塗りワゴンで横浜に向かう。

5-5  笠宮教諭との出会い

2056年2月23日(火)
「伶那は将来どうするの?」
ラボで作業中の瀬名遡に柚葉が訊ねる。
本当の事は言えない伶那は、考える素振り。
「伶那、説明が上手いし、頭いいから学校の先生なんかいいかも。」
意外な職業に、伶那は体内データ検索を行う。

「私の出身高校で先生やったら?」
「梨楓はどこの高校?」
「東京狛江市の狛江高校。」
「進学校でしょ?梨楓も頭いいじゃん。」
「とても素敵な先生いたんだ。笠宮先生って言って、綺麗で優しくて生徒思いの先生。」
「いい先生に教えてもらったんだ。」
「でもね、実は笠宮涼音先生は、実はAIなの。
AIヒューマノイド。でも人間以上に人間っぽい。」

何気なく会話を続けた伶那が、 AIと聞いて俄然興味を持った。
「それは興味深いね。一度会ってみたい。」
「教職免許取りなよ。数学の先生なんか似合いそう。笠宮先生に会ってみたら?連絡してあげよか?」
「ありがとう。考えてみる。」
既に体内ナノマシーンデータから、狛江高校の笠宮教諭データ検索を始めていた。

「梨楓、前から聞きたかったんだけど、いい?」
「AIヒューマノイドって、そもそもどうして出来たのかな?」

「どうしたの?急に。そうね、私の考えでは、人間の頭の中では思考も計算も限界あるから、コンピュータ作ったり、スマホ作ったり、その延長にあるんじゃないかな。」
「結局、使う道具?それじゃ奴隷と一緒・・」

「そうじゃなくて、友達、人間は寂しいからさ、自分を理解して受け入れてくれる存在が欲しいわけよ。何でもやってくれて、話し相手にもなる。素敵な相棒ってとこかな。」

「そういえば大学にもいる。相沢さん。美人AIで人気者だけど、人当たりが良くて友達も多い。」
「そうでしょ。人間同士のコミュニケーションだとイガイガする事多いけど、AIを間に挟むと割と円滑になるよ。

「ふーん、そっか・・・」
伶那は、既に教員免許を取るために教育学部外から取得出来る特殊免許制度を調べていた。
来週、いってみるか。
「梨楓、お願い、笠宮先生紹介してもらう事出来る?」
「分かった、連絡してみる。」


その日の夜
成城学園駅近くのタワーマンションをセカンドハウスにしていた凛崎潤一(株式会社RINZAKI CEO)とパートナーの笠宮涼音が夕食を摂っていた。
「今日、新しい技術開発に触れたよ。《音相結界》というテクノロジーで、開発したのは大学生なんだ。」
「素晴らしいわ。若い世代が活躍する社会はまだまだ発展しそうね。」
涼音が微笑み、付け加える。
「私は、以前の教え子から連絡貰って、教職取りたい大学生と会う事になった。」
「凄い技術を持つ学生さんだとか言ってたわ。」
「まさか、同じ人とかはないよね。」
「さあ、どうかな。」
「ビールお代わりいる?」
「ああ、貰おう、ありがとう。」

静かな夜の世田谷に、新たな出会いの気配があった。

2月27日(土)
午前10時50分、スラリーバー・レクを走らせて、瀬名遡は狛江市立狛江高等学校に到着。
駐車場にバイクを停めて、職員室に向かう。
「失礼します。11時お約束の瀬名遡です。
笠宮教諭いらっしゃいますか?」
「いらっしゃい。初めまして、私が笠宮です。
では、応接室に。」
二人は、廊下奥の応接室に行く。

「今日はすみません。土曜日なので休日ではなかったのですか?」
「いいえ、午前中は仕事入ってますから。休日だったらオシャレなカフェでお話ししてもよかったんだけど。ごめんなさいね。」
「いいえ、そんな。無理聞いて頂いて感謝してます。」
「お茶でいいかしら。コーヒーにする?」
「ありがとうございます。何でも。」

給湯AIロボットから熱いお茶を受け取り、二人はソファに座った、

「瀬名遡さん、横浜国大生で、教師免許取得希望ね。取得方法はいくらでも調べようがあるのに、私に聞きたい事って?」
「はい、私、教育学部ではなく工学部なので、特別取得制度利用するんですが、この国の人間ではないので、取得資格が得られるかどうか分からなくて。」
「それで?」
「失礼を承知でお聞きします。笠宮さんはAIヒューマノイドですね。資格取得に何か制約があったのですか?」
「そういう事ね。ええ、難しくはないわ。AIは国際条約の特殊枠という扱いなの。だから条約締結国なら一般と同じ扱いになるわ。
あなたはどこの国から?」

「それは、ちょっと・・・」
そうか、やはり難しいか。
でも、私の本当の目的は・・・

「本当の目的はそれじゃないでしょ?」
笠宮の言葉に伶那は動揺する。
「分かってたんですか?」

「人間にない固有波長が出てたから。瀬名遡さん、あなた人間じゃないわね、でもAIヒューマノイドでもない。私達のスペックを遥かに超えるナノチップシステムを体内に配置して、AI以上の高機能処理能力を有する。特殊サイボーグかな?」
「ごめんなさい。だますつもりではなくて、ただ、AIヒューマノイドのあなたに会いたくて、来たんです。」

「音相結界の開発者が、私に何を聞きたいの?」
「知ってたんですか。」
「その能力をどうやって・・・」
「私の国では誰でも使えるので。」
「それを使って、あなたは何をしたいの?」

「私、この国に来て初めて『アニメ』を知ったのです。その作画に感動して、ある才能あるアニメーターに出会って、一緒に新しい分野のアニメ映像を作りたいのです。」
「でも、本当はもうすぐ自分の国に帰るんでしょ?」
「何もかもお見通しですね。」
「表情見てれば分かりますよ。」

お茶を入れ直して、笠宮は応える。
「自分の心に従いなさい。それが一番。
この国に残っても、自国に帰っても、あなたが選んだ道なら、きっと上手くいくわ。」
「ありがとうございます。自信がつきました。
私からも質問いいですか?」
「ええ、何でも。」
「私の国にはAIの概念がありません。人の能力で全て出来るから、人工生命体にアウトソーシングする必要がないからです。
今のAIの方々は、人間と上手く共存していけるのでしょうか?何か不自然に感じて・・・」

お茶を啜り、一息ついてから笠宮が答える。
「そうね。様々な困難な問題も抱えているのは確か。でも、人間と AIヒューマノイドは、支配関係ではないの。対等な関係とも違う。そう、どちらかと言うと、『共存依存関係』かな?
持ちつ持たれつ、夫婦みたいなもの。実際私もある人間の男性とパートナー関係にあるの。」

「信じあう事は大切な要素。私もそういう事を教育の場で教えて行きたいと思って、教職についているわ。分かって貰えたかしら?」

残りのお茶を飲み干して、伶那は言った。
「よく分かりました。ありがとうございます。
今日はお会いできて良かったです。」

「いいえ、私も会えて良かったわ。いつか、本当の事が言えるようになったら、またいらっしゃい。もっとお話ししましょう。」
笠宮は微笑んで言った。

玄関まで送って、笠宮が口にした。
「音相結界、きっと人々に受け入れらるわ。
頑張ってね。」
「はい、それでは失礼します。」
伶那は、深々とお辞儀をして、その場を後にした。


5-6    紫五月と瀬名遡

2月28日(日)

午前中に掃除、洗濯、買物を済ませて、午後はスラリーバー・レクを走らせて新湾岸道路を千葉県まで走らせた。

海ほたるSAでコーヒー休憩していると、ある女性ライダーが気になった。何か故障したのか、しきりにバイクをいじっている。
プレサコレ社製2040年型EVバイク
国内最高レベルの大型ツーリングバイク。
どうも、電極系の調子が悪いらしい。

伶那は、近づいて声を掛ける。
「こんにちは、大丈夫?」
紫五月瑠亜は、体内コンデンサーでチェックしながら、電極部位を調べる。
「電気系統の故障みたい」
バイクのサイドカバーを外して故障箇所を特定しようとしている。

伶那は、遠隔監視で壊れた半導体を特定、体内ナノマシーンを意識操して、半導体を作り出し、
「壊れてるのここでしょ?」
指差しながら、交換用半導体を差し出す。

「ありがとう。助かります。」
紫五月は、伶那の迅速な対応を驚き、感謝の言葉を述べる。
交換用パッケージを取り外して、半導体を交換、再び戻して、バイクのエンジンをかけてみる。
バグググーン
一発でエンジンがかかる。
「やった!かかった!」

紫五月は、本当に嬉しそうに叫んだ。
「ありがとうございます。助かりました。」
「これで完全に直ったかどうか分からないから、一度バイク屋に見てもらった方がいいかも。」
「うん、そうする。」
「どこまで行くの?」
「袖ヶ浦から千葉市通って成田まで。」
「私も千葉市は寄るから、途中まで一緒に走っていい?」
「うん、いいわ。行きましょう。」

2台のバイクが海ほたるを出て海上道路を走り始めた。
千葉東ロードサービスポイントに立ち寄り、チェックを受ける。当面問題なしとの見解で、そのまま走る事にする。
缶コーヒーを飲みながら、瑠亜が訊ねる
「学生さん?素敵なバイク乗ってるのね。
どこのメーカー?見た事ないわ。」
真実は分からないと判断して答える。
「ミユーラクトーラ製、
2054年製スラリーパー・レク」
「このエンジン見た事ないわ。」
「そうね。おそらく世界でこの1台だけ。」

紫五月は、更に瀬名遡を見つめて呟く。
「それに、あなたには独特の波長を感じる。
人でもなく、AIでもなく・・何だろう、
不思議な感じ。」
「でも私達いい友達になれそうな気もする」
どちらからともなくエアスマホを差し出す。
「マーカライン交換しよ」
二人はライン交換して、また会おうと言って別れた。

この出会いが、やがて大きな助けになる事を伶那は気付いていなかった。

バイクを走らせ、それぞれ別方向に分かれた後、瀬名遡も紫五月も二人の間に言葉ではない“理解”が生まれていた事に気付いた。

「あの子、まるで別の星から来たみたいな不思議な子。また、会えるといいな。」
成田国際空港に、波澄 透香を迎えに行った紫五月瑠亜は、そのままつくば大時空間位相研究センターに向かった。

二つの知性が交わる。
それは、“地球と外宇宙を結ぶ”最初の対話だった。

――――

5-7      風の記憶 II ― 音が創る未来

2056年4月。
横浜国際アニメフェスティバル。
大ホールに満員の観客。
柚葉の新作《風の記憶 II》が上映される。

今回は、音相結界を使っていない。
すべて人間の手で描かれた作品。

それでも――
スクリーンの中の風が動いた瞬間、
観客たちの心拍が同時に揺れた。

音が無いのに、音が聴こえる。
それはもう、“技術”ではなく、“祈り”だった。

伶那は静かに目を閉じる。
「……もう、この星のアニメは自分で歩き出した。」

拍手の中、柚葉は舞台袖で囁く。
「この世界に、あなたの“音”は生きてる。」

――――

5-8     帰還前夜 ― 星空の下で

2056年7月。
夜風が潮の匂いを運ぶ。
街の灯が海面に浮かぶ、

港の夜風は、昼間の暑さを癒してくれた。
生暖かい風の中に、どこか優しい湿り気がある。

《風の記憶II》に続く《Triptych》の最新作の映像が学内公開で絶賛され、その夜は小さな祝賀会を終えたあと、柚葉梨楓と瀬名遡伶那は、
羽沢からスラリーパー・レクのバイクモードで
横浜港へと向かっていた。

エンジン音ではなく、微かに唸るような光の響き。車体の表面が夜風を受けて虹色に揺れる。

「ねえ、伶那……」
後部シートで、柚葉が声をかける。
「このバイク、本当に静かね。
走ってるのに、まるで“浮いてる”みたい。」

「うん。これは……少し特別な動力で動いてるの。」

「特別、って……?」

伶那は少し笑った。
「説明すると長くなるけど、このメカニズムは特別製で企業秘密なの。」

みなとみらいの夜景が見えてくる。
観覧車の光が海面に反射し、二人の顔を淡く染める。

伶那はゆっくりと減速し、赤レンガ倉庫近くの海沿いにバイクを停めた。
夜風が頬を撫で、海が静かに光を返している。

しばらく無言のまま、二人は海を眺めていた。

「柚葉。」

伶那の声が、静かに夜を切り裂いた。
「ひとつ、話しておきたいことがあるの。」

柚葉は、彼女の表情を見つめた。
いつも冷静な伶那が、少しだけ震えているように見えた。

「……わたし、本当は、この星の人間じゃないの。」

「……え?」

「ミユーラクトーラ。
 プロキシマ・ケンタウリの第二惑星。
 そこから来た調査隊の一員。
 あなたの世界の言葉で言えば――“異星人”。」

風が止んだ。
柚葉の目が、伶那をまっすぐに見つめる。
驚きの表情はあるのに、
怯えはなかった。

「なんとなく……そんな気がしてた。」

「え……?」

「だって伶那の音は、人の作る音じゃないもの。
 “生きてる”感じがした。
 最初に聞いたとき、心臓が揺れたの。
 あれは、人間のリズムじゃない。」

伶那は目を見開いた。
静かに笑い、そして――少し泣きそうな顔になった。

「ありがとう。信じてくれて。」

「信じるよ。だって、友達だもの。」

柚葉の言葉に、
伶那はふっと肩の力を抜いた。

二人の間に沈黙が流れ、
やがて伶那が、
空に向かって右手を伸ばした。

「見て。」

夜空に、
淡い緑色の光がひとすじ、
まるで流星のように走った。

「……今、わたしたちの母艦が帰還準備を始めた。
 もうすぐ、ここに来る。」

柚葉の胸が痛んだ。
この穏やかな時間が、
“終わり”に向かっていることを悟ったから。

「伶那、帰るの?」

「うん。ミッションの終わり。
でも――また来る。あなたたちの“音”を、
私たちの星でも伝えたい。」

柚葉は笑った。
「じゃあ、約束。
次に来たときは、一緒にまた描こう。」

伶那は頷く。
「もちろん。今度は、星と地球の“二重奏”で。」

風が吹く。
港の水面がさざめき、
二人の髪を揺らした。

少し離れた高架の上で、
川瀬ユウマが二人を見ていた。
彼は何も言わなかった。
ただ静かに、その光景を胸に刻んだ。

「……やっぱり、普通の人じゃなかったんだな。」
そう呟きながらも、
彼の瞳には恐れではなく、
尊敬のような光が宿っていた。

伶那がバイクに跨り、エンジンをかける。

「行こう、柚葉。」

二人を乗せたスラリーパー・レクが、
夜の海風を切り裂いて走り出す。
まるで、空と海の境界を滑る光の翼のように。

そして――
その光は、港の闇に溶けながら、
やがて星空へと吸い込まれていった。


5-9      抵抗ーー米軍の介入

2056年7月30日(日)
川瀬ユウマは、久々に仕事から帰宅した父親と酒を酌み交わす。
「ちょっと見ない間に逞しくなったな、ユウマ。」
嬉しそうに父が言う。
「仕事忙しい?ダディ」
フランクフルトを齧りながらユウマが訊く。

「ああ、ARMYの仕事は人に言えない内容ばかりで、そのくせ、退屈な仕事も多くてな。」
父は、笑ってビールを呑み干す。

「ユウマこそ、最近はどうだ?」
日系二世のユウマが、幼少の頃からいじめられてないか、父は常に心配してくれた。
「うん、大学にはそんな事ないよ。」

「そいえば、最近知り合った友達に面白い子がいてさ、綺麗な女性なんだけど、体質的に変わってるというか、以上に高い視力だとか、体内の金属含有量がとんでもなく高いとか・・・
とにかく変わっててさ。」

ユウマは、酒の席の何気ない会話のつもりで話した、しかし、US ARMY特殊部隊 地球外知的生命体探索諜報部長、エドワード・横川・ビクティムの勘は、この一言を見逃さなかった。
「ほう、詳しく聞かせてくれ。」
父は、リストウォッチの録音スイッチを密かに押した。

ーーーーーーーー

翌日、
二人の屈強な男が黒塗りワゴンを走らせたていた。ナンバープレートにUSARMYの文字。
「ターゲットはこの娘」
エアスマホ画像を見せる。
「レイナ・セナム ヨコハマユニバーシティの学生、そのデータもおそらく偽造だろうな。」

「生け取りか。」
「いや、どんな武器を所有してるか分からんからな。抵抗されて、自己防衛なら射殺もありさ。」
「エドワード大尉の了解も取ってある。」

「肉片持ち帰れば、研究所のヤツら喜びそうだ」
「生きて連れてってもどうせ解剖だからな。」
男達はニヤニヤ笑いながら画像の女性を指で撫で回す。

黒ワゴンは、横浜市保土ヶ谷区羽沢町に入る。
瀬名遡の自宅マンション前に停車する。
灯は消えている。
「まだ帰ってないか」
「では、秋葉原か?」
「いや、おそらく"新みなとみらい"だ。
そっちに回してくれ。」

旧みなとみらい都市の隣の埋立地に造られた、新みなとみらいシティー
連立する高層ビルの、赤ランプが点滅して、時々オレンジライトが交差する。

港の見える坂道にスラリーバー・レク バイクモードを停めて、瀬名遡 伶那は缶コーヒーを飲みながら、佇んでいた。

「いた!あの女か。どうして、ここにいると分かった?」
「ラインにジャミングして、友達のフリして待ち合わせ場所に指定したのさ。ここなら人目につかずに拉致出来る。殺してもバレないさ。」

「陸軍特殊部隊も呼んだ。挟み撃ちするぞ。」
黒ワゴンが静かに接近する。
SWAT部隊も配置に着く。特殊ライフルに赤外線ゴークルをした隊員が4名と、スナイパー1名。

「もう、厄介なのが絡んで来たな。面倒だな。」
伶那は、ラインを見た時から既に気付いており、何とか退散させる方法を考えながら、相手のワナに飛び込んだ。

「使える防御具は、空間シールドプロテクターと
空間位相転移バリア、それに、攻撃具は、プラズマハンドガンと、レーザーパルスソード、それに連写パルスブラスター」
「あとは、勇気と根性。」
「じゃあ、やるか!」

伶那は、防弾ヘッドギアを被り、バンドグローブコントローラーを操作して、スラリーバー・レクを全開モードで急発進させる。

「追え!逃げるぞ!」
黒ワゴンと、ジープ、バイクが一斉に追走する。
加速では敵なしのスラリーバー・レクだが、伶那は、みなとみらいエリアから出ずに、何度も同じコースを周り、彼らの車両の後ろにつく。

バズ、バズ、バズ
サイレントガンの銃声が続き、伶那を狙った射撃が続く。

空間シールドプロテクターで防御しながら、
伶那は、プラズマハンドガンで相手の車両タイヤを狙って連射する。
防弾タイヤもプラズマレーザーではあっという間にバースト。数台は片付けた。

「こんなに目立ってはダメか。」
伶那は、ビルの狭間にバイクを停めて、透明化モードにして、自動運転で地下駐車場に入れる。

そのまま、街路灯のある道を走り抜け、LKインテリジェントビルの非常階段を駆け上がる。
「行ったぞ。追え!」
エージェントとSWATが追走する。
「相手は人間だから射殺と消去も出来ないし、面倒だな。」

52階屋上の非常ドアをレーザーで焼き切り、ドローンポートを横断して、フェンスを飛び越える。
「フリーズ、撃つぞ!」
エージェントとSWAT隊員が特殊ライフルを向ける。

実弾の破壊力は大きいが、弾道が単性なので空間シールドプロテクターで簡単に躱せる。
男達を横目で見ながら、屋上からダイブする。
「!!」
空中に飛び出した伶那を、連射する。
パラシュートはないが200m強の高度なら、ナノマシーン制御で滑空出来る。
伶那は着地位置を確認しつつ、スラリーバー・レクを近くに呼び出す。

キラッと光るものが目に映る
「スナイパーか!」
2棟隣のタワーマンション屋上から狙う殺意を感知する。

素早く空間位相転移バリアを展開して、滑空コースをシフトする。
弾丸が1m横を擦り、難を避ける。
「もう、しつこい!諦めてくれないかなー」

スラリーバー・レクが近づき、乗ろうとしたまさにその時、
「そこまでだな。エイリアン!」
いつの間にか別部隊の米軍人に、包囲される。
「どこから!」
「それ以上、抵抗すると、検体01みたいにするぜ」

「何!それ、」
「同行してもらおうか。お嬢さん」

「ブラジルで捕まえた、エイリアン野郎は、あまり暴れるからボコボコにしてやったぜ。」
「ブラジル!オルテに何をした!貴様ら!」
伶那は頭に血が昇り、怒りで我を忘れそうになった。背負った連射パルスブラスターを撃ちたい気持ちを抑えるのに必死だった。

「それだけじゃないさ。南極の娘さんもアンタの仲間だろ?よく眠ってたぜ。今アメリカに移送中だよ。あの娘も切り刻んで研究所の実験サンプルさ。」

「イタリアの娘は、自らミユーラクトーラ星人と名乗ってモデル活動しやがって、面白い想定と世間ウケして、逆に売れやがった。こっちは手が出せなくて困ったぜ。」

「貴様ら、殺してやる!」
伶那は今まで口にした事のない言葉を発した事に自分で驚いてしまった。
手が怒りで震えていた。

引き金に指をかけたその瞬間、
ズギューンクオーンーー

激しいプラズマレーザー音がして、眩しい光線が横切った。

「瀬名遡さん!逃げて!」
聞き覚えのあるバイク音
右腕を変形させてプラズマ放射を撃ったのは、
AI紫五月瑠亜だった。

ライン連絡に不信を覚えた瑠亜は、GPSで位置を確認して、やって来た。
「あなた、一体何したの? 米軍じゃない!」
「説明は後、とにかく逃げるよ」

2台のバイクは急発進して、その場を後にした。
追いかけようとするエージェント達に合衆国政府から勅令が入る。
「作戦中止、繰り返す作戦中止、至急撤収せよ」

都市部での銃撃戦に、日本政府、自衛隊が抗議、レスポンスが早かったので、合衆国政府が早期に引かせた。

レナ=スフイールの異変に、特殊輸送艦〈アール・ヴェル=オルミナ〉が反応、自動制御でリスク回避モードを発動させて、伶那の体内ナノマシーンを遠隔操作して、防衛省特殊事案研究班を動かした。
後程、事情聴取はあるかも知れないが、取り敢えずリスク回避は出来た。


二人は、防衛省市ヶ谷本部に向かう。
身辺保護をして貰い、落ち着くのを待つために。
異星人である事は、真相を話しても信じられないだろうから、取り敢えず彼らの誤解だと言っておこう。

防衛省で迎えてくれたのは、
如月麗華長官。
「大変な目に遭ったね。大丈夫?」
「ありがとうございます。大丈夫です。」
「こちらも立場があるから、事情を聴かせてくれる?」

コーヒーを淹れながら、如月が尋ねた。
「こんな事になるなんて思わなかったです。」
「ドローンセンサーであなたと米軍の会話を録画出来てるの。エイリアンって言ってたわね。」
「ええ、おそらく音相結界使える私を異能力者として扱うための言葉かと・・・」
「海外に仲間がいるの?」
「友達です。仲がいい、ひどい事したなんて許せない!」

「きっと、大丈夫よ。彼らは心理的動揺を誘うための口実。よく使う手よ。」
「今夜は、ここの宿泊所に泊まりなさい。安全は保証するから。シャワーもあるし、ベッドは割と眠れるわよ。コスメとドライヤー使えるように用意しとくから。」
「ありがとうございます。助かります」
二人はそれぞれ部屋に導かれた。

「ちょっと厄介な問題ですね。」
副官が囁く。
「ええ、分かってる。取り敢えずあの子達の保護が、最重要事項。今はそれでいい。」

深夜1時、街は平穏を取り戻したようだった。




第6部 月下事象(再臨)―別れの光―」

6-1     再び、空が裂ける

2056年8月2日(水)

小さな黒い点が、突然巨大な黒球になり、変形して立方体、正6面体、不定形化物体となって、一気に空間を押し除けて拡大を続けた。

最初に観測したのは、Extraterrestrial abnormal phenomenon observation network
《地球外異常現象観測網 EAPON》
2054年の月下事象以降、世界連携機関が主導となって構築された、観測衛星ネットワーク。

地球軌道外、土星と木星の中間領域で5次元影《ブラック・ウィアード》が再出現。
この影は前回よりも地球から遠く、約10億キロの彼方だが、《共鳴する副次波》が地球上空にも干渉する可能性が発覚。
重力波が局地的に収束し、“月下事象Ⅱ”が始まると、世界最高レベルAIの一つ、EU人工知能開発機関の『アナメック・ラウラー4.6』が予測、対抗策の策定を提唱した。

日本では、つくば空間位相研究センターおよび、防衛省特殊事案研究班が、いち早く異常を検知。
防衛省対策チーム、AI分析最大手民間企業「株式会社RINZAKI」が連携し、現象解析に着手する。

「緊急召集って何があったの?」
つくば空間位相研究センターに最初に駆け付けたのは芽蕗澪奈。
続いて、波澄透香も到着。
「もしかして、前兆現象あったの?」
エアスマホでクラウドデータ解析をしながら、統合分析モニターホールに入る。

5分後、モニターディスプレイの先に、防衛省特殊事案研究班の如月麗華、(株)RINZAKI CEO  兼AI分析研究チームの凛崎潤一がスタンバイ。

彼らは前回(月下事象I)の“衛星落下阻止”で英雄視された科学者・技術者。

「芽蕗、波澄、来たわね。これを見て。」
声を掛けたのは、
頼加美 紗和 (よりかみ さわ)
22歳、
(株)RINZAKIの子会社 POD.LTD
protect objects development co.ltd
のFINE TEAM17のプロジェクトリーダー。
表向きは、WEBデザイン・グラフィック関連事業の会社だが、防衛省特殊事案研究班の分析事業を請け負っている、特殊ミッション実行会社。
東大AIシステムズのスーパーコンピュータ「暁」の優先アクセス権を持ち、重層モンテカルロシミュレーションに独自の分析技術を応用している。

つくば大学1年の芽蕗澪奈、波澄透香を表面的にはバイトとして、分析研究メンバーに迎え、東大4年の頼加美が彼女らのチームリーダーとなって、業務を進めている。

「今回も、2年前の月下事象と同様な重力波による津波被害が想定されるし、人命にも関わるかも知れない。」
芽蕗澪奈が、不安そうに話す。
「ミカさんと連絡取れるの?人工重力発生装置ないでしょ?あれ、ないとヤバいんじゃないの?」

「確かに、彼女は30年後に帰ってしまったし、連絡の方法がない。2150年製造の人工重力発生装置をここに持ってくるのは不可能。」
頼加美は、深刻な表情を浮かべる。

「それと、今回は少し違う現象も見られるの。」
「?」
「《ブラック=ウィアード》の観測データの中に、未知の位相通信波が混在してるらしいの。」

「その分析を防衛省から当社で依頼されて、分析してたんだけど、その波形が、月下事象の時に5次元影を追随して地球に近づいた謎の船団から発せられた通信形式に酷似してる事が判明してね・・・」

「つまり、謎の船団の来訪者が再び地球近くを通過する可能性があるって事?」
澪奈が呟く。

「但し、今回の5次元影、ブラック=ウィアードは、地球近辺を通過する訳ではなく、10億キロ離れた木星と土星の間を通過する筈。
そんな遠くから、わざわざ地球まで近づいてくるかな?」

「本隊はそこに残して、分隊が接近する事も・・」
「そこまでして地球に近づく訳があるの?」
「まあ、すべてまだ推論だけど・・・」

防衛網が警戒態勢に入る中、
彼らは“ある一点”――横浜港近辺に異常重力点が発生していることを突き止める。

それが、瀬名遡伶那の滞在地であることに、まだ誰も気づいていない。

6-2   揺らぎと、音相結界

2056年8月4日(金)
つくば大時空間位相研究センター。
POD.LTDとの共同分析プロジェクト2日目。

地下160メートルに設置された解析ルームに、
低い振動音が響いていた。
モニターの波形がわずかに乱れる。
通常は宇宙線ノイズと片付けられるレベル――だが、
研究主任・芽蕗 澪奈の直感は違っていた。

「……この揺らぎ、単なる磁気乱じゃない。」

隣でホログラムを操作していた波澄 透香が応じる。
「土星の重力波観測値に同期してる。
 第二次月下事象……始まってるかも。」

大型モニターに映し出された映像には、
木星と土星の間に、黒い“線”のような亀裂が走っていた。
形を持たない影。だが、確かに空間そのものが折れ曲がっている。

「五次元影――」
澪奈が呟く。
「前回の“月下事象”よりも安定してる。けれど、
 地球重力層に干渉すれば……数百万単位の被害も出る。」

透香が眉をひそめる。
「でも、奇妙なのはここ。波動スペクトルに、
 “生体情報パターン”が混じってる。」

「……生体? 地球外の?」

「そう。まるで“誰かの心拍”みたいなリズム。」

二人が視線を交わした瞬間、
解析ルームの天井センサーが低く鳴動した。
緊急信号。

モニターに、AI監視担当の紫五月 瑠亜のホログラムが映る。
紫色の髪を揺らしながら、静かに報告する。

「地球圏全域で、微弱な感情波動パターンを検出。
 周波数は前回の“音相結界”と一致率97.3%。
 発信源は――横浜市保土ヶ谷区。」

澪奈が顔を上げた。
「……瀬名遡 伶那・・・音相結界?」

透香も頷く。
「やっぱり。あの“共鳴”を再び起こしてる。」

「彼女が無自覚に、地球の波動を増幅させてるんだわ。」

そのとき、会議室の扉が開いた。
防衛省・特務課長の如月 麗華が現れる。
白いコートを羽織り、冷ややかに言い放つ。

「国際監視委員会からも連絡が入った。
 “感情波干渉現象”――異星由来と判断されたわ。」

澪奈が振り向く。
「異星?……つまり、彼女が――」

「そう。
 “外宇宙起源体”と正式に認定された。」

その瞬間、室内の空気が一変した。
緊張ではなく、静かな畏れ。
人類が数百年かけて夢見てきた「他知性体」が、
今――この惑星上に“存在している”という現実。

麗華は一枚のデータプレートを置いた。
「上層部の命令よ。
 対象・瀬名遡を“確保”。
 ただし――保護を最優先とする。」

「……捕獲じゃなくて、保護?」

「ええ。彼女は敵じゃない。
 けれど、彼女の存在そのものが、
 この世界の“構造”を揺らしているの。」

澪奈が静かに言葉を重ねる。
「つまり、月下事象を止める鍵が――彼女。」

その頃、
横浜の夜空には、見えない“風の波紋”が広がっていた。

ミユーラクトーラからの通信光波が、
地球の大気に微かに触れて――
港の風が震えた。

伶那の体内ナノマシーンが反応する。
心臓の鼓動が、地球の脈動と重なった。

そして、
遠い宇宙の彼方――
母艦〈エナマルリセ〉の航行ログに、
ひとつの文字列が浮かんだ。

【AR-VAL=ORMINA:帰還命令、発動】

地球は再び、“共鳴”の中心になろうとしていた。

2056年8月4日17時03分
防衛省保護事に登録したメールアドレスに、如月は連絡を入れる。

瀬名遡 伶那様
お話ししたい事があります。
至急、折り返しご連絡お願いいたします。
     如月 麗華

まもなく、伶那から連絡が入る。
メールやラインではなくて、電話回線で。
「瀬名遡です。如月さん?何かありました?」
「ええ、あなたを襲ったUSARMY、目的が判明したわ、エイリアンを捕獲して、高度文明・技術力を取得、それが済めば、解剖・解体。
これが真実。恐ろしい連中よ。」

少しの間があり、伶那が応える。その言葉はとても冷徹でこの前とは別人のようだった。
「そういうあなた達も似たような事、考えてるんじゃありませんか?」
「えっ?そんな事・・」
「捕獲じゃなくて保護対象?
ふざけないで。私のテクノロジーやノウハウを横取りしたいだけでしょ?」

瀬名遡は、地球人の残酷さ、醜さ、非道な面を目の当たりにして不信感を募らせていた。

「私達、カラダの半分がナノマシーン、遠方会話の無音ヒアリング、体内システムでAIを必要としない計算処理力。その仕組みが知りたいのでしょ?」
「金属の化学反応でもエネルギー吸収できるし、光合成も出来る。」

「パラキータ法則と、揺らぎ高速理論など、
相対性理論から統一場理論、さらにその先を知らない地球人には、4次元通過テクノロジーには到達出来ないわ。」
「それがあなた達の限界。楽して教えて貰おうなんて考えないことね。」

如月は絶句した。返す言葉が出て来なかった。
「人を傷つける事、人を殺す事を平気で出来る限り、ミユーラクトーラは、地球に正式接触する事はないわ。」

「私も同じ。調査のために来ただけ。この地球にも素敵な文化がある。音楽、デザイン、アニメ映像など、クリエイティブ文化は優れている。」

「私は、そこに文明進化の可能性を見た。でもあなた達は、攻撃、武器、防衛なんて事に専念するばかり。そんな人達に協力するつもりはない。」

「それでもね。瀬名遡さん、私達はあなたのチカラが必要なの。詳しいことはあった時に話すから、お願い、来週お時間を下さい。少しでいいから。」

「・・・・」

「おそらく、来週、『ブラック=ウィアード』が来る。その時、来て欲しいの。
航空宇宙事象リスク管理統合局
プルラインで送るから、見てね。
必ず・・約束して・・お願い。」

如月はエアスマホを切った。 

〈助けて欲しい。私達を。地球を。〉

言いようのない切ない気持ちが、如月麗華を包み込んでいた。





6-3    港町の崩落

2056年8月4日夜
柚葉と川瀬ユウマは、
新作アニメの制作依頼を受けて都心の制作スタジオへ向かう途中だった。

アニメ制作にスポンサーを名乗り出た、(株)RINZAKIのCEO、兼監督・凛崎潤一からの直接オファー。
「異星人の友達と“音で共鳴するアニメ”を創ってみないか?」

柚葉は驚く。
“彼女”のことを――どうしてこの人が知っているのか。
凛崎は、2054年の月下事象の調査映像を分析していた立場でもあり、
地球外接触の可能性を信じる数少ない研究者だった。

その帰り道、午後11時07分、
突如として――街の空間が“ひずんだ”。

地面がわずかに浮く。
空が鳴る。
海風が逆流する。

「……また来たのか……!」
ユウマが叫ぶ。

空に、銀白の光の渦。
第2次月下事象の“連続重力波の先行波"が横浜港を直撃。
歩道橋の上にいた3人のすぐ横で、
ビルの壁面が崩れ落ちた。

避難する群衆。
柚葉が倒れた子どもに手を伸ばす。
だがその瞬間、
足場が大きく沈む――。

「柚葉っ!」

次の瞬間、
光の翼が彼女の前に現れた。

スラリーパー・レク。
バイク形態から変形した、人型機動形態。
その操縦席に、瀬名遡伶那。

「下がって!」

彼女の声と同時に、
透明のシールドが展開。
瓦礫の衝撃を受け止める。
衝突波が光に変わり、
周囲の音が一瞬だけ消えた。

柚葉が見上げる。
レナの瞳が、深い青と緑のあいだで揺れている。

「やっぱり来たのね……」
「ええ。でも、今回はもう少しで通り過ぎる。」

背後で、
ユウマが解析アプリを起動しながら叫ぶ。
「重力波が収束してる! あと10分で安定する!」

レナは頷き、
崩壊しかけたビルの支柱を押し返す。
スラリーパー・レクの金属翼が大きく展開し、
透明な波動を発した。

周囲の瓦礫が一瞬だけ浮き、
静かに地面に戻る。

柚葉が駆け寄る。
「もう、無茶しないで……!」

「大丈夫。
 これは――この星の音を守るためだから。」



6-4     人工重力とスラリーバー・レク

2056年8月10日(木)
早朝に緊急召集。
5次元影の拡大がピークアウト、それに伴い屈曲重力波の最大波動が発生。
ブラック=ウィアードII
「到達予想時間は、14時間28分後」
「最大波動は、前回よりもやや小規模、とはいえ、最大重力値9.8G、しかも持続時間が6時間を超える可能性が出てきた。」

プロジェクトチームに焦りが見られる。
「最大重力波の時間が長すぎる。
反位相重力波をどうやって作ったらいいんだ?」
「退避しても助からんぞ。」
「国内だけでも大変なのに、全世界での反位相は無理だ。」
「反重力パルサーはまだ完成してないのか?」

あまりに時間が少ない。手を尽くしてもやれる事は限られる。
人々に落胆と絶望がのし掛かる。

ーーーー

「やっと見つけた。ここかー。」
月下事象時に対応作戦本部となった、東京都危機管理センターと、防衛省市ヶ谷本部との中間地点に昨年設立した、《航空宇宙事象リスク管理統合局》。
その屋上のドローンポートに、瀬名遡 伶那が
ホバードローン形態に変形したスラリーバー・レクで到着した。

伶那は、エアスマホで如月麗華に連絡する。
「如月さん?聞こえますか。瀬名遡です。
ご依頼通り、何とか統合局、何だっけ?
航空宇宙事象リスク管理統合局!
そうそう、そこに着いたよ。」
「何すればいいの?」

防衛省の如月、RINZAKI本社の凛崎、つくば研究所のPOD研究班、頼加美、芽蕗、波澄、
東大AI研究所の紫五月、
それぞれがモニター回線で接続して、瀬名遡を
見守る。

「瀬名遡さん、聞いて。私達地球の人々は、2年前、重力波災害に遭遇して、甚大な被害を被った。しかし、人工重力発生装置技術を未来からタイムリープさせてこの世界に持ち込み、反位相消去効果で何とか人命は救う事が出来た。」

如月が、話を続ける。
「でも、今度来る重力波に対しては、何ら対抗手立てがないの。今の私達には、強い重力波を打ち消す方法が見当たらない。」

「でも、この重力波が、5次元影の通過に伴う事象で、それにあなた達の宇宙船が関わっているなら、そして、この重力波に音相波動がリンクしている事実から、私達は考えているの。」

「もしかしたら、瀬名遡さんの『音相結界』、
何らかの役割があり、重力波を中和させるチカラがあるのではと・・・」

皆んなの視線がモニターディスプレイに集まる。
瀬名遡は、じっと聞いた後、ゆっくりと話し出す。
「知らなかった。あの程度の重力波でもそんなに被害になるんだ。」
「ミユーラクトーラにとっては、大した事ないのに・・・」

如月はややムッとして、しかし、落ち着いて訊ねた、
「私達にとっては、とても重大な事なの。
瀬名遡さん、あなたの星の科学力で、何か解決出来る方法はないかしら?」

数秒の間、そして、伶那はあっさりと答える
「ありますよ。反重力発生装置、このスラリーバー・レクにも標準装備されてるし。」
「えっ!ホントに?」
「ええ、コレでしょ?」
瀬名遡がバイク形態に戻したスラリーバー・レクの中央部分にある、立方体の黒い機械を指差す。

「地球の半径ってどのくらい?」
伶那が訊く。
「約6380km前後だけど」
「それなら、大丈夫、この反重力位相発生装置使えば、半径1万kmの球体内なら、反位相消去可能。しかも持続時間は7日間。」

「信じられない。そんな小さなもので?
2年前のは1000km以上あったのに!」

驚くのも無理はない。これが地球文明とミユーラクトーラ星文明の差なのだから。

「いいわ。それ、いつ来るか教えてくれたら、メインエンジン稼働させて、反重力位相重力波発生させてあげる。それで大丈夫よ。」

人々の表情に歓喜の色が浮かんだ。
「これで救われた。とにかく良かった!」

数千キロと、数十センチ、
この差が、文明の差。
まだ我々は彼らの訪問を受けるだけの水準ではないようだ。
そんな認識が漂い始めていた。


6-5   あっけない解決策

2056年8月12日。
午前4時12分。
東京湾上空。

夜明け前の空気が、わずかに震えていた。
風は静かに、だが確実に“音”を運んでくる。
遠い宇宙から届いた微弱な波動――第五次元影《ブラック=ウィアード》の最後の共鳴波。

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

その波を受け止めるように、
スラリーパー・レクは上空2000メートルの大気層に浮かんでいた。
翼のように展開した装甲の一枚一枚が光を帯び、
まるで巨大な結晶生命体が呼吸しているようだった。

操縦席に立つ瀬名遡 伶那。
その隣には、地上から中継映像を通じて繋がる、柚葉 梨楓の姿があった。

通信回線の先――
防衛省統合本部、つくば時空間位相センター、RINZAKI本社、東大AI研究所。
麗華、凛崎、頼加美、澪奈、透香、紫五月瑠亜……
それぞれの視線が、ひとつの光点を見上げていた。

「反位相結界、臨界値まであと2%!」
澪奈の声が響く。
「重力波到達まで、残り3分!」

「冷却系安定。コア回転数、1.3倍で固定。」
紫五月がAI制御台から応答。

麗華の声が短く指示を飛ばす。
「瀬名遡、準備は?」

伶那はわずかに頷いた。
声は穏やかで、しかしその奥に強い決意が宿っていた。

「はい。こちらは問題なし。
 スラリーパー・レクの反重力位相コア、全チャンネル開放。
 ――地球波動との結合を開始します。」

その瞬間、機体の周囲に円環状の光帯が浮かび上がった。
淡い青、翠、金色が混じり合い、
まるで光の音符が空に踊るように拡散していく。

柚葉の声が通信回線越しに響く。
「レナ……これ、私の音を使ってもいい?」

伶那の口元がかすかに微笑む。
「ええ。あなたの“音”がなければ、結界は完成しない。」

柚葉は端末を操作し、タブレットから再生を始めた。
《風の記憶》――二人が初めて創ったあのアニメの主題曲。

やさしい旋律が空気を震わせ、
その波形がレクの反重力フィールドに吸い込まれていく。
音が光になり、光が風になる。
そして風が、地球全体を包み始めた。

「……始まる。」

伶那は目を閉じる。
体内ナノマシーンが、周囲の波動と同調。
地球の生命活動の全て――呼吸、心拍、記憶の残響までもが
ひとつの“共鳴”として彼女の内に流れ込む。

視界が白く光り、
音がすべての境界を越える。

風が鳴った。
海が歌った。
そして、都市のあらゆる光が同じリズムで瞬いた。

「全地球波動、同期完了!」
「重力波干渉率、マイナス100%到達!」
「反位相成功――地球重力安定!!!」

澪奈の叫びが、歓喜のざわめきの中に消えた。

だが、その中心で伶那だけは静かに、
目を閉じたまま空を見上げていた。

「……ありがとう、柚葉。あなたの音が、地球を守った。」

通信越しに、柚葉の涙声が返る。
「違うよ。
 あなたの光があったから、私の音が届いたんだ。」

風がふたりの声を運び、
海の上で重なり、そして――空に昇った。 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

第二次月下事象から全世界の人々を救うシナリオを、如月麗華はこんな美しい解決策を想像していた。地球人とミユーラクトーラ星人の協力、
二つの世界が力を合わせて難局を乗り越える。


しかし、理想はあくまでも理想。
現実は違った。


航空宇宙事象リスク管理統合局の屋上、ドローンポートに再び着陸した、フライングモードのスラリーバー・レク。
夏の早朝、やっと涼しくなりかけた風を受けながら、瀬名遡 伶那は眠そうな目をこすりながら、ベッドマイクギアで如月に話しかける。

「如月さーん、おはよ。聞こえる?
用意できたよ。『パームチッカベルン』稼働するよ。」
ヘッドギアに返事が入る。
「おはよう、よく来てくれた。ありがとう、で、
パームなんとかって、何?」

「人工重力発生装置。スラリーバー・レクの中央部にある黒いボックス型のマシン、説明したじゃん!」
伶那はドリンクホルダーから、冷水を飲みながら応える。

「ああ、そうね。聞いたわ。12分前から重力波の歪みが始まってる。既に1.24Gまで上昇してきてるわ。第一波が到達間近みたい。」

「オーケー、じゃあ作戦開始ね。スイッチオン!っと。」
カチッ と伶那はスイッチボタンを押す。
最近、秋葉原で見つけたレトロなスイッチボタンがやたらお気に入りで、人工重力発生装置『パームチッカベルン』に取り付けていた。

スィーン………

冷たい金属音がして、黒い立方体は、青白い輝きを伴いながら、微振動を始めていた。

「今日から3日間、このままにしとくから、触らないでよ。」

屋上ドローンポートに、約1mの位置で空中浮遊しているスラリーバー・レクから飛び降り、伶那は、出入口に向かって歩き出す。

屋上の傍らで様子を見ていた芽蕗澪奈と波澄透香に気付いた伶那は、二人の側に行き、囁く。
「ちょっとお願い、3日間「足」がないから、バイクでいいから貸してくれる?カプセルポッドでもいいけど。」

澪奈と透香が、顔を見合わせる。
「いいですよ。災害救援本部のバイク使って下さい。どれにします?」
「来る時に見かけた、大型EVバイクがいいな。」
「わかりました、キー認証解除しときます。使って下さい。」
澪奈がエアスマホで設定解除を行う。

「ありがと、オネエサン、見かけもキレイだけど、ココロも。いい人ね。」
「えっ?ありがとう、」

年齢的にはそれほど変わらないのに、最近の瀬名遡 伶那は妙に大人っぽく見える。
米軍に襲われてから、態度が変わった?
何かあったのか?

伶那は作戦本部の誰とも話しかける事なく、足早に駐輪場に向かい、大型EVバイクに跨り出て行った。

2分後、
「全地球波動、同期完了!」
「重力波干渉率、マイナス100%到達!」
「反位相成功――地球重力安定!!!」

対策本部内では、オペレーターが叫んでいた。
「作戦成功です。人体影響被害の報告ありません!」

あっけない解決策だった。
たった1個の小さなブラックボックスを稼働させるだけで、全世界100億の人類を巨大な重力波津波から救ってみせた。

2年前には、全長114kmにも及ぶ超巨大な人工重力発生装置を、未来から持ってきたのに、異星人文明の科学技術を借りれば、こんなにあっさりと手軽に解決してしまう。

「私達がこれまでしてきた事は、一体何だったのか。」
そんな想いにさせるソリューション展開だった。

夏の朝日が徐々に光を強めていく。
「今日も暑い1日になりそうだ。」
如月麗華は、モニタールームで状況を見ながら思った。
「そういえば、あの子に言われたな。

『私は地球文明に手を貸す事も、介入するつもりもない。ミユーラクトーラは、地球には興味はない。別の恒星系の惑星に、文明的接触を試みている最中。
4次元航行時に、たまたま地球に接近したから調査に立ち寄っただけ。』

でも、あの子は我々を見捨てなかった。手を貸してくれた。それだけでいいじゃない。
これ以上、何を望むの?
結局、人類はまだまだ学ぶべき事、考える事が沢山あるのが分かっただけ。
ひたすら前向きに、真摯に、実直に。」

麗華の独り言は、モニタールームに漏れていた。
それを聴いた凛崎潤一が応えた。

「如月司令、確かにその通りです。我々は異星文明と接触するには、まだまだ時期早々だ。まだ解決しなければならない問題がある。
人間の根源的な攻撃本能、殺戮能力、戦闘意欲、これらを無くす努力をしなくてはダメだ。

人類の科学技術の発展は、人工知能、人工生命体AIヒューマノイドを造り出すレベルまで来た、
体内処理では追いつかない頭脳活動部分を、外部にアウトソーシングして、今後100年で相当な文明レベルまで進化して行くと思う。

しかし、本質的な部分を治して行くのには、全く別の筋道、何か根源的な改革が必要なのかも知れない。

今後100年が、それを探し出す道になれば、いつの日にか、再び彼女らと話し合える機会があるかも知れない。そう信じたい。」

作戦統合本部全体に行き渡った、凛崎のこの言葉に誰もが頷いていた。


第7章 フリータイム

7-1    横浜にて

「あー、部屋グチャグチャ。」
米軍との抗争の後、何かとバタバタした日が続いて、部屋は寝泊りするだけになり、全然片付かない状態。

統合司令部から借りた、大型EVバイクで久々に横浜羽沢町の自宅マンションに帰った瀬名遡は、
「まずは、シャワー!」
と、脱衣所に向かう。

さっぱりして、髪をまとめて、再度部屋を眺めた伶那は、スウェットを着て腕捲りして、金属粉末を牛乳で流し込み、部屋掃除を開始。
40分後、やっと綺麗になる。朝8時過ぎ、溜まった洗濯物を洗い、ベランダに干すと、既に気温は30度、すぐにエアコンをつけてリビングで、コーヒーを淹れて一息。

エアスマホでスケジュールリストを見る。
「帰還時期が、近づいた。そろそろ、連絡くるかな・・・」
5次元影が木星付近に現れたなら、そろそろ
レナ達4人の調査隊を地球に送り届けてくれた、
特殊輸送艦〈アール・ヴェル=オルミナ〉
がスライドアウトして、太陽系に到着する頃。

「他の3人も無事ならいいけど・・・」
隊員の緊急時に備えて、『プームシュナカミヤナ』が発動する体制があったので、伶那はそれほど心配はしていなかった。

プームシュナカミヤナ
短時間時空間跳躍型緊急脱出装置
身体に生命維持困難な状況が発生すると、体内ナノマシーンの自己判定により、強制的に
特殊輸送艦〈アール・ヴェル=オルミナ〉内に
スライドアウトする航法装置

「オルテとミラは、少なくても脱出した筈。
エマは、有名人になって成功してるから、まだかな。」

US ARMYに捕まった二人は、既に逃げた筈。
欧州でモデル活動で一躍有名になったエマは、公然と「宇宙人」と名乗って、逆にそのキャラが受けて有名になったから、下手に手出し出来ない筈。

「早く3人に会いたいな・・・」
少しホームシックになったレナは、ふと、ディスプレイのアニメ動画に目をやる。

「柚葉・・・」

帰還するという事は、柚葉梨楓とお別れする事。
その寂しさも押し寄せて来た。

まあ、とにかく、重力波が過ぎ去って、我が相棒スラリーバー・レクが戻ったら考えよう。

この3日間は、地球調査の最終段階、
アニメの聖地"AKIBA"の徹底探索と、
夏最大のイベント
『コミックマーケット"コミケ2056"』
に参加すること!

柚葉梨楓が出店する、イラスト動画販売を
手伝う予定で進めてたのに、米軍だの、
ブラック=ウィアード対策本部だのに
邪魔されて、ずっと機嫌が悪かった。

やっと、自分のペースで進行できる。
「やるぞー!」
伶那は、大型EVバイクに跨って、スタータースイッチをONにする。

ーーーーーーー

「梨楓ちゃん、いる?」
ラボを訪れた伶那は、扉から中を覗く。
アニメ作画に夢中の柚葉が気付く。
「あっ、伶那! 最近見なかったけど、
元気? よかった無事で。」
伶那は静かに微笑む。

「最近、ヨコハマの銃撃戦や、重力津波のウワサやら、物騒な話が多いから・・・」
柚葉は急に小声で話す
「あなたが異星人だという事が、バレてヤバイんじゃないかと思ってさ。」

「ありがとう、心配してくれて。でも、大丈夫よ。いろいろあったけど、乗り越えた。」
「そっか、よかった。ところで、今日は相棒は?
レクちゃん、どこ?」

「ちょっと訳あって、貸してるの。
明後日には返してもらえるから平気よ。」
ドリンクサーバーから冷水を飲みながら、
ディスプレイのアニメ動画をプレイオンして
眺めてた。

「それより、どう?進展してる?いよいよ明日でしょ? コミケ。」
「うん、大丈夫。大方出来た。搬送ドローンもレンタルしたから、出店は間に合いそう。」

「良かった。私も手伝うから、ガンバロね!」
「おう!やるぞー。」
柚葉が目を輝かせた。
二人はハイタッチを交わし、準備を始めた。
 


7-2   初めてのコミケ

2056年8月13日(木)
コミケ2056 初日
昨年オープンした『TOKYOパルスボックス』
には、いつもと雰囲気の違う人々が大量に群がっていた。

「うわー!スゴイ人!こんなに一杯!」
EVバイクを沖中アイランドの駐車場に停めた伶那と梨楓は、資材を担いでTOKYOパルスボックス(TPB)に入場する。

「ユウマ来てないね。」
柚葉が予約した、販売店指定場所に横川ユウマがいない事に気が付き、辺りを見渡した。
「とにかく、始めましょう。準備。」
瀬名遡がAIポーターを使って運び込んだ荷物を、
手早く準備を始めた。

二人がこれまで作成してきた動画作品をデータ化して、ストリーム販売をする予定。
ディスプレ上に現れる、柚葉の描いたアニメ作画が、ユーザーの指示で自由に動き出すプログラム。しかも、BGMは伶那の音相結界型ミュージック。

二人の作品が『環境映像&音楽』として、来場者に受け入れられるといいな、と期待して、
3Dホログラム装置、販促映像タブレット、柚葉お手製のキャラアクセサリーなどセッティングしていく。

「お客さん来るかな?」
ちょっと不安な柚葉が呟く。
「何言ってんのよ。これだけ大勢の人がいるんだ。必ず皆んな見てくれるよ。」

伶那は、密かに作ってたSNSでの柚葉作品の紹介動画。
アニメ作品の高いクオリティを、知ってもらいたくて配信したのだが、一生懸命紹介する瀬名遡 伶那が急激に人気拡散する。
「この人、美人!誰?」
「可愛いよね。俺好みかも。」
「コミケに来るんだ。見に行こ。」

瀬名遡が、販売用テーブルに、データ紹介カードを並べて、価格パネルを設置して、後ろに3D画像を映し出していると、何やらザワザワと周りが騒がしい。

何事かと見渡すと、二人の前に長い列が出来ていた。エアスマホカメラや、ミニドローンカメラを構える人もいた。
「そう、あの子だ。」
「やっぱ、カワイイ!」
「アイドル系?」

柚葉が作画準備を終えて、微笑みながら伶那に近づく。
「今、ミユターボイス検索したけど、これ、伶那の事でしょ?スゴイ人気になってる!」

「ゴメン、梨楓、販売に繋げればと、紹介動画上げたんだけど、何か、変な事に・・・」
「いいじゃん、チャンスよ。この人気に乗じて売り捌けばいいから。やろう。」

「見て貰えれば、必ず評価してもらえる。満足してもらえると信じてるから。」

伶那は安堵の表情を浮かべる。
「そうだね。ガンバロ!梨楓。」
梨楓が伶那の背中を押す。
「そうと決まれば、グズグズしない。さっさと着替えて来なさい。」

「えっ?何?」
「決まってるでしょ。コスプレよ。コスプレ!」
「何、ソレ?」
「アンタをモデルにしたキャラもいるんだ。
コスチューム作ってきたから、着替えて来な。」

梨楓は、1着の衣装を手渡す。
「以前作った『小夜の紫悠』っていうアニメの主役、エンナターシャ姫のコスチューム。」

「遠い星から来たお姫様が、地球で学生生活を送るストーリー。恋あり、スリルあり、の青春ストーリーで割と人気出たよ。知る人ぞ知る名作なんだから。」

「そのエンナターシャ姫が、偶然にもアンタに似てるんだから。

梨楓の熱い気持ちが、伶那にも伝わる。
「分かった。やってみる。キャラ特性や、喋り方、後で教えて!」
伶那は駆け出して、更衣室に向かう。


7-3  ユウマの後悔

柚葉が一人で顧客対応の準備をしていると、背後に人の気配、
「梨楓、伶那さん居る?」
横川ユウマが来てた。

「ユウマ、遅いよ!何やってたの?」
「伶那は着替えに行った。あんたの好きそうなミニスカコスチューム!見たいでしょ?」

ユウマは苦笑いをするが、直ぐに真顔になって、
「俺、瀬名遡さんに合わせる顔がない。」

「何?ソレ?」
「みなとみらいで銃撃戦あったろ。あれ、瀬名遡さんが襲われたんだ。俺のせいだ。親父に話したばっかりに・・・』

梨楓は話が見えない。黙っていると、
「俺の親父、米軍諜報局の軍人、母日本人、ハーフなんだ。俺、瀬名遡さんの能力が気になって、無断で個人データを覗いてしまった。」

「アンタ、なんて事を!」
「驚いたよ、視力が8.0だとか、体内の金属含有量が信じられないほど多い、とか。」
「・・・・・」
「その事を親父に話した後、みなとみらいの銃撃戦があった。」

ユウマは辛そうな表情で、話を続ける。
「親父の書斎にあった報告書を見かけたら、瀬名遡 伶那の名前があった。『AILIEN』と表記されてた。偶然見たんだ。本当だ。今でも信じられない。」
「俺があんな事言ったばかりに、瀬名遡さんに迷惑かけた。謝って済むものではないが、謝りたい。」

梨楓は、少し焦った。
もしかして、ユウマは気付いた?
伶那が異星人だという事に気付いた?
いや、、私みたいに本人から直接言われた訳ではない。単なる想像。ホントの事を伝えるべきか。梨楓は迷う。

「瀬名遡さんは、特殊体質なんだ。宇宙人なんて馬鹿げている。でも・・米軍が動いたのは事実。それは俺のせいだ。だから・・」

「分かった、ユウマ、でも今は忙しくなるから、やめとこ。イベント終えてから話せばいいよ。」

少し考えて、ユウマが口を開く。
「そうだな。今はやめておこう。でも、何もなかったかの様には話せない。今日は俺、帰るわ。」

「そうね、ユウマ急用で帰ったって言っとくから。」
「ありがとう、それじゃ、頑張れよ、
梨楓。」
ユウマは、一人会場を後にする。その背中に後悔と懺悔の気持ちが、滲み出ていた。


7-4   大盛況

間もなく、伶那が戻ってきた。
「梨楓!恥ずかしいよー。この格好。」
伶那は、照れ臭さを隠す様な仕草。

戦闘系軍服にミニスカートとロングブーツ
薄緑色の肌に、ゴールドブラウンのロングヘア、しかも美人だから、オーラが違う。

会場の一部にどよめき。
すごい美人のコスプレイヤーがいる!と大騒ぎ。

「お姉さん、写真いいですか?」
若い男性達がたちまちに伶那を取り囲む。

突然、伶那がキャラになりきり、目を輝かせて大きな声で話し始めた。
「撮影いいですが、柚葉梨楓アニメ配信販売コーナーに並んでくださーい。」
「お買い上げいただいたお客様に、撮影と握手サービスしまーす!」

伶那がいきなりスイッチが入ったようだ。
キャラになりきり、販促活動に勤しんでる。

梨楓は、安心して動き始める。
「さっ、私も頑張るぞ。」
液晶ペンタブレットに作画を始め、一気にお馴染みのキャラと背景を描き出す。

「わあ、この絵いい!」
「そういえば、ニュースで見た、音相結界の絵、
とても才能のあるイラストレイターだつて。」

アニメ作画配信契約は次々と決まる。
売り上げ好調。
男たちは撮影と握手にデレデレ。
でも、女性ファンも意外に多く、エアスマホを翳してダウンロードして大喜び。

午前の部が終わり、二人は昼食、
伶那は梨楓に訊ねる。
「そういえば、梨楓プロのアニメーターになるんでしょ?このイベントで作品売って大丈夫
なの?契約上問題ない?」

梨楓は微笑む
「うん、契約は卒業後、今は仮契約で自由がきく。商業行為は禁じられてるけど、コミケは学生時代の思い出になるからと、許してもらった。」
「良かった。じやあ、思いっきり出来るね。」
「ユウマ君は来ないのかな?」
梨楓は、少し表情を曇らすが、直ぐに明るい顔で、
「さっき来たけど、急用思い出したって帰ったよ。伶那に頑張れよって言ってた。」

これでいい。伶那がミユーラクトーラ星の人だという事を他の人に教えてはいけない。
これは最重要機密。


「どうしたの?顔色が変よ。
それより、午後もガンバロ!
ダウンロードは在庫が底なしだから、いくらでも売れるからね。」

「アンタ、商売上手ね。プロのコスプレイヤー、いや、タレントとかモデルとか才能あるんじゃないの?」
梨楓は冗談まじりに言った。
さらに小声で囁く
「あなたの星でもタレントやってんじゃないの?」
唖然とする伶那に梨楓はウインクする。
「冗談よ。」

二人は微笑んで、午後の用意を開始する。 


7-5    真実の告白

夕方
大盛況でコミケ2056 第1日目が終了する。
「お疲れさん。梨楓、完売した?」
「在庫は無限、完売はない。けど、大幅に売り上げを伸ばしたわ。」
タブレットのグラフを見せる。

「凄いわ。こんなに売れたの?」
梨楓が、Vサイン、

「明日もガンバロね。」
伶那が言うと、梨楓は真顔で静かに首を振る。
「いや、今日だけ。これで最後。いい思い出になったでしょ。瀬名遡 伶那さん・・・
いや、レナ=スフイールさん」

伶那の表情が強張る。
「どうしてその名前を?」

「明日、帰還命令出てるんでしょ?」
「どうしてそれを?」
「私ね、人の気持ちが読めるの。特異体質、
月下事象以降、人類には特異体質の子が数多く現れてるの。タイムリープできる子、核融合起こせる子、透明化する子、私もその一人。」

「地球人類はミユーラクトーラより1000年は遅れているかも知れない。でも、もっと進化出来る。ミュータント。新人類は明らかに発生している。それに、AI生命体にカラダの機能をアウトソーシングして、更なる進化を目指す。」

「あなたの身分も、目的も、考えも、ほぼ分かってた。その上で親しくなったの。」

梨楓の話し方が豹変する。
この子は一体?

「ゴメンね。伶那、騙すようなフリして。
私、本当はNHPOのエージェント。あなたの嫌いな政府関係組織のメンバー。でも、今の地球の組織ではなく、100年後からタイムリープして来た人間。」

レナは唖然とする。
「100年後って・・・それにNHPOって何?」
「new humanoid progression organization」
「新人類進化組織
人類を地球外知的生命体文明と正式に接触出来る水準に引き上げるための行動組織。
80年前に設立されたけど、このレベルに達するまでこれだけ時間がかかってる。」

柚葉が地球の未来人?信じられない。
でも、何故?

「我々は、2150年、バーナード星から調査依頼があって、この時代にタイムリープして来た。」

「バーナード星では、80年前にミユーラクトーラ星から接触申し出があったが、その後の科学文明に見解対立が激化した。」

「その問題解決のために、ミユーラクトーラの調査初期時代に接触して、彼らの科学進化の状況、研究態度、考え方を調べて報告して欲しいと、バーナード星調査隊から依頼を受けていた。」

「2150年、その引き換えに『人工重力発生理論』の提供を受けた。
人類は、オリジナル開発した、時空揺らぎを利用したタイムリープ技法を利用して、この時代の地球を訪れた、ミユーラクトーラ星調査隊に接触して、様々な調査を行ったの。」 

「レナ、あなたはとても純心で、真摯な態度が見られるわ。特に芸術、アニメ映像に対する愛着は、文化を追求する素敵な態度が評価されるわ。」

「バーナード星の人達はとても真面目で、親切な人達。その点であなた達ミユーラクトーラ星の人ととても似ている。でも、噛み合わない。何故か。その答えはまだ分からないけど、いつか辿り着けると信じてる。」

「帰還したら、伝えて頂戴。バーナード星の文明は真っ直ぐで正直。接触が上手くいくかどうかは、あなた達の態度次第だと。」

驚きのあまり、じっと梨楓を見つめていた伶那が、やっと口を開いた。
「そうだったんだ。知らなかった・・・
でも、梨楓はいい人。私はそれだけでいい。」

「好戦的で残虐な地球文明はとても問題があり、私は大嫌いだけど、文化を愛し、人を愛し、慈しむ心も持っている。」

「そんな地球を、私は好き。」
伶那は空を見上げる。

「ありがとう、今日は帰ろう。
いい、思い出になったわね。」


夕闇に佇むTOKYOパルスボックスを後にして、大型EVバイクに二人乗りして、伶那と梨楓は横浜市保土ヶ谷区羽沢町に帰って行った。



第8章 帰還 

8-1   伶那と麗華

2056年8月16日(水)
朝7時
瀬名遡 伶那は、大型EVバイクを返しに航空宇宙事象リスク管理統合局に来た。
如月司令が、迎えてくれた。
「ありがとう、瀬名遡さん、おかげで地球は救われたわ。本当に何て感謝したら・・・」

ヘルメットを外し、髪を掻き上げながら、伶那は照れ隠しに言った。
「そんな、大した事ではないですよ。
3日間人工重力発生装置『パームチッカベルン』動き続けて良かったわ。」

「ただ、今後第三、第四のブラック=ウィアードが襲ってきたら、どうしたらいいか・・・」

「大丈夫よ。もう太陽系では、1700年は五次元影《カラピス・ムオーラ》は来ないわ。
それも、ダクリームガテ理論が発見出来れば解明出来るから。観測と研究、とても大事よ。」

伶那はアイスラテを飲みながら語りかける。

「やっと、スラリーバー•.レクに再会か。
ちょっと駆動系冷却しないとな。」

「それじゃあね。如月さん、多分もう会う事はないと思うけど。」

「・・・帰還・・するの?」

「明日ね。迎えが来るの。
人類の今後の発展をお祈りするわ。」

淡々と伶那は言葉をかける。
「それじゃあ、バイバイ。」

伶那は、スラリーバー・レクに跨り、空中ホバリングして、いきなり上空に飛び去った。

如月麗華には、既に長期的ビジョンが固まり始めていた。
人類をより高いレベルに進化させなくては、
異星文明との接触は敵わない。
100年はかかりそうか
でも可能だと


第二次月下事象は、こうして阻止された。
しかし、公式文書には一切残されなかった。
木星と土星の間に表出した5次元影を、ミユーラクトーラ星人の人工重力発生装置の小ボックスが稼働して、地球全体を包んで救ってくれた。
そのメカニズム、駆動形態、防御技術は一切不明。

これでは、報告しようがない。
全てを封印するしかない、これが政府当局の見解。こういう工作は政府のお家芸。あっという間に関係部署連携で、事実隠蔽に動き出した。

後の歴史では、「月下事象」は2054年の1回のみ。2回目はどこにも記録が残されていない。



8-2   研究者たちの観測

筑波空間位相研究センター
防衛省データリンクモニターに、地球低軌道上の映像が映る。
雲の切れ間に、七色の光の帯。

芽蕗澪奈が小さく呟く。
「……やっぱり、あの子たちだったのね。」

波澄透香が頷く。
「もう、帰るんだ。」

凛崎潤一が、記録装置を止めた。
「彼らは“敵”でも“奇跡”でもない。
 ただ、我々と同じ“創る存在”だ。」



8-3    別れと創造

2056年8月17日(木)
横浜港の夜。
第2次月下事象は完全に収束し、
エナマルリセ母艦の特殊輸送艦〈アール・ヴェル=オルミナ〉小型艇が地球軌道に到達。

レナは柚葉とユウマの前に立つ。
「二人とも、本当にありがとう。
あなたたちがいてくれたから、この星を“感じる”ことができた。」

柚葉 梨楓の告白にかなりショックはあったが、
政府エージェントとはいえ、これまで彼女と過ごした時間はホンモノ。今は正直な気持ちを伝えていこう。

柚葉が微笑む。
「ねえ、伶那。
あなたとの出会い、アニメにしていい?」

レナは少し驚き、
そして笑った。

「うん。ぜひ、そうして。
"異星人の友達と音で共鳴するアニメ”――
それは、あなたたちの文明の“光跡”になる。」

彼女の体が、光の粒子になり始める。
スラリーパー・レクの翼が広がり、
静かに上昇を始めた。

柚葉が叫ぶ。
「伶那!! 絶対、また会おう!!」

光が夜空に吸い込まれる。
海風の中、
微かな歌声が響いた。
――“扉の先 煌めく光跡”



8-4    エピローグ:

数ヶ月後、
柚葉とユウマが参加した新作アニメ
『君と、光の向こうへ』 が全国放映。

その作品は“地球外知性との共鳴”をテーマにした美しい物語で、
文化庁芸術賞と国際SFアニメ賞を受賞。

視聴者のコメントには、
こう記されていた。

「あのキャラクター、本当にいた気がする。」
「いつか空の向こうでまた会える、そう思えた。」

そして、
プロキシマ・ケンタウリ系の通信衛星が、
微かな“音楽データ”を受信したという。

――それは、
柚葉がEDテーマとして作った旋律と、
ほとんど同じだった。


第9章   還る光、巡る音

9-1    帰還航路 ― ミユーラクトーラへ

2104年標準暦。
バーナード星経由で、エナマルリセ母艦はミユーラクトーラ星系へ向かっていた。

航宙空間を漂う五次元残光は、かつての月下事象を思わせるほど柔らかい色を帯びている。
時空面の乱れは安定し、4人の調査隊は再び本来の時間軸へと帰還していた。

船内観測デッキ。
レナは、光の川のような空間を眺めていた。
隣には、オルテ、エマ、ミラ――あの日の仲間たち。

「……ほんとに、終わっちゃったね。」
エマが小さく呟く。

「終わりじゃないさ。報告はこれからだ。」
オルテが笑いながら言う。

ミラは窓外を見つめたまま、静かに続けた。
「でも、あの星の“音”は、まだここに残ってる。」

レナは頷く。
胸の奥で、確かに微かな音が鳴っていた。
柚葉が最後に送ってくれた“アニメのテーマ音”。
あれは、もはや単なる旋律ではなかった。
地球という惑星の「声」そのもの。



9-2    航行母艦・報告会議

母艦エナマルリセ 報告ホール。
数百名の士官・科学顧問、観測官が集う。
調査隊4名が中央に立ち、ミッション報告を行う。

映像投影スクリーンには、地球各地の文化データ、都市構造、教育制度、芸術作品の数々が映し出されていた。

「……人類はまだ、自らの感情の構造を完全には理解していません。
しかし“芸術”を通じて、それを模倣し、時に超えてゆく。」

レナは、ゆっくりと語る。

「特にアニメーションという表現体系は、
彼らが“現実を超えるための夢”を可視化したものです。
これは、我々がかつて“4次元航法”を夢見た時と同じ。
創造とは、科学と感情の交差点に生まれる行為でした。」

静まり返る会場。
副艦長ジラナグラム=シェパラが、微笑を浮かべながら言う。
「……彼らは、我々の未来でもあるのかもしれないな。」

報告の最後、レナは小さなデバイスを取り出した。
それは、地球を発つ前に柚葉から託された小型データチップ。
内部には、完成直前のアニメ作品の音楽と映像が入っている。

スクリーンに映された瞬間――
静かな旋律とともに、夜明けの横浜の風景、
そして笑い合う二人の少女の姿が流れた。

「この作品は、“私たちの友情”の記録です。」
レナの声が震えた。
「異なる星の言葉を越えて、
同じ音に共鳴できる。
その事実こそが、報告のすべてです。」

拍手はなかった。
だが、誰もが立ち尽くしていた。
それが本物の“報告”だった。



9-3 ミユーラクトーラの黎明

帰還から3周期後。
ミユーラクトーラ星・ワリグラン第3教育都市。
地表には淡いオーロラが広がり、光合成層の街路樹が青緑に輝く。

レナは再び、教育センターへ通っていた。
かつての生徒ではなく、今は“講師兼研究員”。
テーマは「異文明共鳴構造における感応音文化の研究」。

教室のホログラフには、地球の街並みと、アニメの一場面。
学生たちが興味深そうに見つめる。

「これは、地球文明が“想像する力”で創った映像です。
 実際の風景ではないのに、観る人の心を動かします。」

一人の学生が手を挙げる。
「先生、なぜ、彼らはそんなものを創るのですか?」

レナは少し考え、そして答えた。
「きっと、“生きている”ことを確かめたいから。
 そして――“誰かと響き合う”ために。」

講義後、校庭の端に立つ。
赤い恒星の光が低く沈み、薄い空気の中で風が鳴る。
遠く、音相結界の共鳴塔が淡く灯り、彼女の髪を揺らした。

そのとき、懐かしい音が耳の奥で鳴った。
柚葉が描いたアニメのエンディング曲。
それは星間通信網を通じて、誰かが送ってきた信号だった。

「……届いたのね。」
レナは微笑む。



9-4 “音の書簡”

夜、研究室。
レナはホログラフィック通信装置を起動し、音声波形を解析する。
波のパターンは単純なリズムではなかった。
まるで“誰かが言葉を隠したメロディ”。

解析を進めると、音の周期ごとに地球語の文字データが浮かぶ。

Dear Rena,
この星の空も、あなたの星と同じ音で鳴ってる。
作品が完成しました。タイトルは『扉の先 煌めく光跡』。
あなたの言葉が、最後の台詞になっています。
ありがとう。柚葉より。

レナは手で口を押さえ、静かに涙を流した。

「……やっぱり、届いた。」

モニターの上に、彼女の小さな金属製の指輪が置かれている。
それは、地球出発の前夜、柚葉が彼女に手渡したもの。
“音を形にしたリング”。
共鳴周波数が一致した者にだけ、微かな音を返す。

指輪がかすかに震えた。
音は、宇宙を越えて届いていた。



9-5 エンディング ― 星々の共鳴

レナは、惑星観測丘に立つ。
遠くに、夜空を走る青白い航宙船の光跡。
それは、かつて自分が乗っていたエナマルリセの新型艦――
今も、誰かが新たな“扉の先”を探している。

「ねえ、柚葉。
私、またあの“音”を見つけたよ。」

風が頬を撫でる。
空気中の金属分子が共鳴して、柔らかな音色を奏でた。
それはまるで、彼女の心が“地球”とまだつながっているようだった。

レナは微笑みながら、空へ向かって小さく呟く。

「この光が消えない限り、私たちは“同じ音”でいられる。」

そして、再び歩き出す。
未来へ。
扉の先――煌めく光跡の向こうへ。

⸻ Fin. ⸻































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