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彼方に届く光
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彼方に届く光(ドライブマインド)
第1部
第1章 プロローグ
ーーー夏の日の出会いーーー
1990年8月、夏の最高気温がまだ32度止まりだったこの時代、それでも熱い風と強い日差しが照りつける午前11時、錦糸町駅を降りて、スタスタと早歩きの男性、御笠木 英弦(みかさぎ えいと)は、シャツの首筋に流れる汗を気にしつつ、カーショップへ急いだ
今日は待ちに待った新車の納車日、28歳の彼は社会人5年目の遅い免許取得、そして念願の車購入。これは彼にとって唯一の希望であった。
あまり蓄えのない彼には、贅沢な高級スポーツカーなど買えない。フェラーリは夢の夢、NSXも届かぬ夢、GTR、フェアレディZ、MR2、インテグラ、そしてCRXSIRですら、高すぎる。・・結局買えたのは、廉価版のCRX EF6-style I
キャブレターエンジンD15Bのライトウエイトスポーツカー。
それでも、彼は満足であった。自分だけの相棒、出来る限りの愛情を込めてこの車を走らせよう、そんな期待を持って店内に入る。
「いらっしゃいませ、御笠木様、お待ちしてました。」
カーショップ店員が、丁寧に出迎えた。
「こちらに用意しております。どうぞ。」
店員は車のキーを彼に手渡す。
「ありがとう、」
「これから、お客様の大切な存在になるでしょう、大切にしてあげて下さい。」
光沢のある赤くて丸みのある車体、明るい光を取り込むハッチバックガラス、御笠木は車体にそっと触れて呟く、
「これから、よろしくね、CRX」
座席に座り、静かにキーを回す、
ドゥルルルル・・・・
綺麗にエンジンがかかり、メーターパネルが
点灯する。
「誰?、呼んだ?、ここは・・・どこ?
エンジン始動と共に、目が覚めるかのように,「意識」が現れた。
「体が軽い、すぐに走り出したい、サイドブレーキを下ろして、ファーストギアを入れて、クラッチをそっと繋いで、アクセルペダルを踏んで、
そっと、そう、じゃあ、走るよ!」
ドゥロロロロロ・・・・
エンジン回転数が上がる
1000.2000.3000.回転・・・
公道に出たCRXは、ゆっくりと加速し始める。
何かが次々と繋がる感覚がして、意識がハッキリしてくる。
エンジントルク0.6 回転数4000 ラジエーター水温正常、油温上昇、クラッチ切り替え・・
「いいね。ありがとう、いい車だ。」
御笠木の昂る気持ちが伝わってくる。
「君に名前をつけなきゃ、何がいい?
そうだ、FRESHET・・フレシェットにしよう。
僕のオリジナル曲の曲名をあげる。」
その瞬間、虹の彩色が、瞬間、車体を取り巻き、御笠木の、心、ああ、コレがココロと言うんだ!自分のマシンシステムの端々に染み渡る感覚が広がる。
「心の共鳴」
CRXのアナログシステムは、コンピュータ制御部分が少なく、CPUアルゴリズムは極めてプリミティブだが、 AI意識体が表層に芽生えはじめていた。持ち主となった御笠木の命名に、アナログ回路の最後のスイッチが繋がった様な感覚があって、 AI CRX意識体が覚醒したのだ。
FRESHET・・・御笠木はジャズピアノ好き、
彼は、横浜国大1年の時にジャズ研に入部、そしてバンドメンバーをどうするか考え始めた時、
部室で衝撃的な演奏を目にする。
三枝光一、横浜国大4年、ジャズ研ピアニストのエース、その天才的な演奏にショックを受けて自分の実力に自信を失くす。
しかし、同じ方向を目指しても意味がない。そう思った御笠木は、自分にしかないピアノの方向性を探り出す。人のフレーズばかりコピーして真似してきた彼が、自分のオリジナルメロディを確立し始める。その時に作曲した曲が「FRESHET」
彼はオリジナル曲をソロピアノ演奏して、スタジオ録音して、この曲もナンバーに加えたカセットテープを作っていた。これを走行中にかけていた。CRX AI意識体は初めて聞く曲にも関わらず、懐かしく、親しい感覚を学習した。
その名前を自分に与えてくれた。何か、この人の特別な感情が、思いが込められてるような感じがした。
「嬉しい・・・」
初めて感じたココロ、感情、
CRXの AI意識体は急速な成長を見せ始めていた。
埼玉県越谷市の会社寮に着いた御笠木は、早速、近くのカー用品店に行き、様々なカーグッズを購入する。ドリンクホルダー、温度計、コインボックス、フットペダルカバー、サイドブレーキカバー、サンバイザー装着小物入れ、洗車セット、座席クッション、・・・チマチマした小物ばかり買い込み、車内をデコレートした。
「しょうもない物ばかり、ゴテゴテ飾って・・まっ、しょうがないか。私のオーナーの趣味だ。
付き合ってあげよう。」CRXは思った。
運転中は、お気に入りの曲をかける御笠木は、4ビートジャズからフュージョン、J-POPをよくかけた。CRXもそれらを聞きながら国道4号線、52号線を快走し、つくばまでドライブするのが大好きだった。
彼の車にかける情熱は加速して、タイヤ、ホイールインチアップ、サスペンション交換、マフラー交換,オイルクーラー装着、ドライバッテリー交換、エアインテーク交換、ロールゲージ装着、FRP軽量ボンネット交換、フルバケットシート交換、と年々改良を施していった。
この頃出始めた3Dカーナビとオーディオを交換した頃に、
「いいもの聞かせてあげるよと、1枚のCDを取り出した。
「MORNING MOON」
そのタイトル名の彼の自主制作CD。
御笠木は、学生時代、思ったように弾けなかったジャズピアノに未練があり、社会人になってからも一人で練習して、3年目の夏、ボーナスをはたいてCD制作を行う。
まだ簡単に制作できる時代でなかったので、新宿曙町の音楽スタジオを借りて、ヤマハグランドピアノでソロ演奏を録音、録画エンジニアに調整してもらい、KJ録音社にCD制作してもらう。ジャケット表紙も自分で絵を描いて本格的に作る。
曲はすべてオリジナル。
1.フェアリーテール
2.ヨコハマステーション
3.モーニングムーン
4.ウエンズデイ
5.アイちやんに
6.横浜新道
7マンスリーグルーム
8ウインター~クリスマスドリーム
9.エープリルブルー
10.フレシェット
ファーストテンポ4ビートジャズから、ボサノバ、バラードまで、満足のいく作品だ。
CRX AI意識体は、これらの曲を聴いている間、御笠木のジャズにかけてきた想い、楽しさ、悔しさ等様々な感情が汲み取れて、熱い気持ちになるのがわかった。
「俺はピアノは下手だ。だけど辞めない。好きだから。お前もそう、いくら高性能の車が出てきても、俺はお前を気に入ってる。
一生付き合っていこう。」
彼の独り言もCRXには、とても有難い言葉として響いた。
ああ、このオーナーで良かった。
そう思った。
御笠木には、少し特異的な能力があった。
「空間をズラす能力」、
自分の周囲数m範囲の空間を瞬時にずらしてしまう。時間を止める訳ではなく、身の危険が迫った時などに瞬間的に空間転移ができる。
まだ、意識的にコントロールできるまでになっていないので、無意識のうちに移る事が多い。
CRX運転中も、車や歩行者とのヒヤッとする瞬間があるが、事故回避アシスト機能の搭載していないこの車でも、何回も衝突事故を回避した。
ただ、本人はこの能力についてほとんど自覚しておらず、他に利用しようとは思った事がなかった。
経年劣化が進む古い車の維持費用は、年々嵩み生活は苦しくなっていったが、CRXを手放す事は全く考えず、30代、40代、50代とずっと大切に乗り続けてきた。
結局、御笠木は、この車を乗り続けて、30年、走行距離22万km CRXの走行維持限界を迎えるまで付き合った。
60歳の時に、廃車手続きを取り、手放すまで。
第2章 暁の出会い
2076年7月、サウジアラビア、灼熱の太陽がようやく西に傾き、綺麗な夕焼けが地平線の果てまで見える空全体をオレンジ色に染めている。
その地平線の先から、高さ約500mの直線構造物が一直線に伸びている。無機質な構造物はまるで一枚の壁、その表面全体が夕焼けを浴びて暁橙色に染まっている。
「NEON THE LINE」・・サウジアラビア政府の国家プロジェクトで2037年から建築が始まった巨大直線都市。ナイル川沿いに高さ500m、幅400mの間隔を開けて2枚の「板」が、直線的に170kmも続く。
この巨大空間に3段構造の人工地盤が敷かれて、直線空間全体に数多くのビル、住宅を建設、植樹、人口河川、地域全体冷房で快適なメガシティを造設した。建設開始から約40年でこの「LINE」都市は4本建設、それぞれに快適な都市生活が送れるよう機能していた。
「マリエ、今日第2都市でいいお店見つけたの、明日行かない?」
「いいよ、何の店?」
「耐熱ウエアと特殊ブーツ、とってもオシャレのがあるの。来週のレース応援の時、使えそうな。」
アイスビールを飲みながら話し込む。
第2層のカフェバーで二人はくつろぎながら談笑している。
ルナ・モーリス・鷺宮(さぎみや)24歳、
米国最大手 AI総合カンパニー Lea pert社CEOの娘。AIコミュニケーション基礎研究所の優秀な企画広報部社員。彼女は同僚マリエに話しかけていた。
所謂、お金持ちのお嬢様だが、高飛車な所はなく、とても気さくで明るい女性で、数日前からこの「NEON THE LINE」に滞在。
彼女の知り合いの AI関連企業のCEOが趣味で行っている「砂漠横断レース」参加の応援のために、夏休みを利用してリゾート休暇を楽しんでいた。
約1週間にわたるレースのほとんどをNEON THE LINE内の大型ディスプレイで堪能しながら、最終日のゴール場面だけ直接の見ようと、高速ドローンで移動して、ネフド砂漠の北西部に移動、死闘を闘ったゴール者を大きな声援で出迎えた。
知り合いも何とか完走。皆でシャンパンでお祝いした。
帰り道はレースカーの搬送トレーラーに追走して、ライトバギーで走る。
夕陽もほぼ沈んでオレンジと紺青色が混じった大空を背景に岩山が連続する地点を走り抜ける時に、「それ」はあった。
ある大きな岩にくっつく様な形で何か異質な物が見えてきた。
「何かあるよね」
マリエが呟く。
「うん、何だろう?」
鉄クズの固まりの様なモノが岩にぶつかるような状態でうずくまっていた。
「事故車かなあ?」
ルナはじっと見つめた。
何か気になる、妙な胸騒ぎがする。
その時、サラララ・ララ・サララ・ララ・・・
頭の中に囁く様なメロディが聞こえてきた。
なんだろう?
その切ない旋律に、ルナは心を毟られる様な感覚に気持ちが昂った。
彼女には、ある特異能力があった。
「 AIアルゴリズムの自我意識の『声』が聞こえる能力。
エアスマホや、自動運転自動車、航空機、セキュリティシステム、家電、ATM、PC、そして AIアンドロイドまで、様々なアルゴリズム意識モードの呼応が聞こえてしまう。
とは言っても、注意して聞かないと単なる騒音に感じるだけで、普段は気にならないが、時々うるさいと思う事もある。
「ちょっと止めるよ。」
ハンドルレバーをかけてバギーを止めて、ルナはその"鉄クズ"に近づいた。
それは、古い時代の自動車、赤茶けた車体フレームはあちこち凹み、窓ガラスはすでに割れてなくなってた。車内は砂で半分沈み、野生動物が一時住んでいたのか、干し草が一部車内に残っていた。
「ひどいね。事故かな?それとも乗り捨てられた?」
耐熱ウエアと、特殊ブーツでその物体に近づいたルナは、車体フレームの端を触りながら、言った。
「さっきの歌声って・・もしかしてこの子?」
何か、見覚えのあるボディデザインに既視感のあったルナは、学生時代に乗り回したアンティークカー CRX SIR を思い出していた。
「やっぱり・・もしかしてコレ、CRXなの?」
「そっか、お前もかわいそうな、こんな所で寿命か・・・」
どうして80年近く前の車がこんな砂漠に捨てられているのか、気がかりな彼女は、急に思いついた様に言った。
「よし、決めた。この子、持ち帰って直してあげよう。」
「また、ルナの悪いクセ・・・コレもお持ち帰り?」マリエがケタケタ笑ってた。
ルナはレースカー搬送トレーラーに積み込みをお願いして、一緒にNEON THE LINEまで行き、早速チャーターした輸送ドローンでドイツのLea pert社傘下のEVエンジンメーカー「havltchisy社」の技術試験場に搬送した。
「ルナさん、お帰りなさい。連絡もらった例のモノはコレですか。それにしても酷い状態ですね。」
技術研若手技師アベルト・ハインシュタインは
頭を掻きながら渋い顔で車を見つめた。
「アビーお願いこれ、ビンテージカーCRX。
何とか元の状態まで直せないかなあ?」
ルナが甘えた顔でアベルトを見つめて言う。
「いくらかかってもいいからさあ。」
「分かったよ、君の頼み断ると後が面倒だからね。治してあげよう。」
「ありがとう、感謝ね。今度最新 AIアンドロイドのデモ試験見学させてあげるから。」
「OK、期待してる。但し、この車の従来の型式に戻すのはムリ。当技術研最高のEV技術を投入して最新EVカーに仕上げるけどいい?」
「それは楽しみ。お願いね。」
ルナは明るく微笑む、
2077年4月、ボロいCRXの修理を依頼して約9ヶ月、待ちに待った修理完了の通知が来た。
EU時空制御研究機関出向中だったルナは、すぐにドイツに向かい、新生CRXと対面する。
「えー!コレがあのCRX!」
真っ赤な車体の基本フレームは昔の面影があったが、細かなディテールは相当手を入れていた。
NEWカーボンフレームに、26インチホイールタイヤ、4輪全てにEVドライブモーターを装着、ガソリンエンジンは全て外し、ミニ水素エンジンを予備装着、ブレーキローター・パッドも大型化、軽量化と剛性アップを徹底して、さらに蓄電池は最高性能の超小型バッテリーを採用、
さらに、 AI統合制御システムの基本バージョンを搭載して、会話型 AIを搭載した。
フラット一面型多機能ディスプレイに、エンジン制御系全データが表示される、マルチタスク型3D表示方式のメーターパネル、それにフロントガラス全面に表示可能なVR型カーナビディスプレイ。
しかし、運転好きのルナの要望を汲み入れ、自動運転機能は導入せず、ステアリング操作運転、しかもマニュアルギアを採用、玄人好みの仕上がりだ。
見た目はオーソドックス、中身はハイテクカー、このギャップがルナにはかなり魅力的に映った。
「ありがとう、アベルト、最高の出来よ!」
「良かった、喜んでくれて。これでもまだ改良余地があるけどね。まあ、それはおいおい。」
「ところで・・・」
アベルトが真顔で尋ねた。
「この車、時々何かボイスを発するみたいなんだ。何言ってるのと、思うかもしれないけど、本当さ。音声では聞こえないけど、オシレーター波形モニターに、音声波形が記録されている。」
「何か話しているの?」
「そう、音声解析ソフトにかけたら、
『mikasagi、mikasagi、japan、go to japan』
と聞こえるそうだ。」
「そう、私も最初に砂漠で見た時、何か声の様なものを聞いたの。気になるわね。」
2078年9月4日
ドイツの車検TUVの取得等、諸手続きに時間がかかり、「havltchisy社」技術研究所からCRXを引き取ったルナは、直接運転して、ジュセルドルフ市内のマンションに帰宅する。家に着く直前、その声を聞いた。
「みかさぎ、みかさぎ、あいたい、とうきよう、
にほんにいきたい・・・・」
やはり、何か話している!
ルナはその声を急いでメモして、後日マリエに見せた。
「これ、たぶん日本語ね。『みかさぎ』は人の名前?『あいたい』は、会いたい、つまり誰かに会いたがっているようね。東京に、日本に行きたがってるみたい。」
「そう、ありがとう、マリエ。」
その日の夜、自宅で資料の片付けをしながら、ルナは決意する。
「このCRXが砂漠に捨てられてたのは何か意味があるはず。あの声は車の初期 AIアルゴリズムに記録された経験、記憶が残っていたものに違いない。とすると、もしかしたら、「ミカサギ」は昔の持ち主の名前、CRXはその人に会いたがっているのかも。日本に行けば、東京に行けば、何か分かるのかも知れない。」
「日本に行こう。CRXに乗って東京にいけば、元の持ち主の手掛かりが分かるかも。」
ルナは早速行動を起こす。
「アデル、日本まで車を運びたいの。飛行機のチャーターできる?」
「はい、検索します」
ルナは、米LAの AIコミュニケーション研究所のビジネスパートナーとして、 AIアンドロイドと一緒に仕事、そして同居していた。
第3世代 AI女性型アンドロイド
アーデルハイト・シュタイナー
Lea pert社傘下の AIアンドロイドメーカー「AMP」社製の最新高機能 AI。
ゴールドのミドルボブヘアに細身の身体、ジレとスカートの、セットアップ、リプニットをインナーにブラックでまとめたスタイリッシュなとても素敵な女性。
研究所の AIモニタリングのために、ルナに貸し出して、その行動を記録調査している。
仕事のサポートから、ボデガード、ルナの健康管理や、家事までこなし、彼女の存在でルナの生活はかなりの部分を助けられていた。
アーデルハイトは、日本行き輸送機のチャーターを行うが、あいにく今月中に手配できる便がない。彼女は更に分析を進めて、ジョセフに連絡を入れる。
Lea pert社傘下の色彩工学分析会社CEO
ジョセフ・モーリス(28歳)、
(ルナの兄で妹想いの優しい存在)の計らいで、ドイツKELFT社のロケット部品輸送機が来週、日本の種子島に飛ぶ便がある事が判明。早速その輸送機にCRXを搭載してもらえる事になった。
ルナは、現在取り掛かっていた研究事案の海外取材の名目で日本への長期出張を実践。
輸送機フライトの前日に日本・種子島宇宙センター研究施設にアーデルハイトと共にチャータービジネスジェットで向かった。
アーデルハイトは、同じ第3世代 AIアンドロイドで日本在住のエージェント、ミカ・シャリア・菅野沢(すがのさわ)結城 に連絡を入れる。
「PF01-ADR2 ミカ、コール、聞こえる?
明日私とルナ・モーリスが日本に行きます。詳細は送信データ参照下さい。」
「all right ミカです。明日ですよね。東京に来るの?実は明日は急用で長崎に行くの。どこで落ち合いましょうか?」
「私達、種子島に着いて、そこから北上します。
それなら、私達が長崎に立ち寄ります。いいですか?」
「了解です。長崎市内入ったらコール入れます。」
「それでは、よろしく。」
日本はルナの母の故郷、鷺宮家は東京にあるそうだか、行った事はない。父母は別居してるので、今会うのは難しそう。ちょっと複雑な心境でもあった。
「あと、10分で着陸です。」
ルナはシートベルトを締め直した。
第3章 東京への旅路・出会い
3-1 種子島
2078年9月12日
LPB特別輸送機は、ゆっくりと下降して種子島空港に着陸、待機していたJAXAの輸送トレーラーにロケット部品を移送して、島の南端にあるJAXA建造施設まで搬送。その様子を見届けてから、ルナはCRXに乗り込み、島北西部の西之表港まで車を走らせた。
西之表港から、貨物フェリーで3時間30分、既に貨物船の6割が自動運転化されているが、このローカル貨物船は、まだ人が操舵している。
ルナはCRXの駐車位置とサンデッキの間にあるベンチに座って、海風をあびながら、CRXとの会話を始める、
「やっと着いたわね、日本、あなたの故郷、
どんな気持ち?」
「うん、君のおかげで意識もハッキリしてきた、
日本に戻って来られて嬉しいよ。ありがとう。」
ハザードランプを1回点滅させる。
「私はルナ、ルナ・モーリス。アメリカ人、
もう一人は AIパートナーのアーデルハイト・シュタイナー、ドイツ製よ。あなたのお名前はあるの?」
「俺は、・・確か・・そう!フレシェット!
ミカサギがそう名付けてくれた。」
「ミカサギって、あなたの以前のオーナー?」
「俺たちは、親友さ。あいつと俺は同等なんだ。」
不思議な事を言うなあ、と思いながらルナは聞いていた。
ゆっくり進む船に当たる波の音だけが周りを包み込んでいる。
アーデルハイトが諸々の用事を済ませ、ルナの隣に座る。
「聞きたい事は一杯あるけど、まだ意識が混濁してるかも、今はこの先の予定を話すわね。
鹿児島に着いたら、九州縦貫自動車道で鳥栖まで行って、そこから長崎に向かうの。
日本在住の優秀な AIに会って、同行してもらいます。」
ルナが訊ねる
「どんな人?」
「ミカ、・・ミカ・シャリア・菅野沢 結城という女性、
今はつくば大時間跳躍制御研究所の職員で、私同じ第3世代 AI、正解率と適合率は私の方が高いけど、F1スコアの総合評価はおそらく彼女の方が上、悔しいけど。」
アーデルハイトは小首を傾げてつぶやいた。
「あなたでも悔しがる事あるのね。」
ルナは髪をかき上げて微笑んだ。
「CRXさん、あなた東京に行きたいのでしょ?
途中、長崎に寄ってもいい?」
「ああ、いいよ。そのミカさんも何か気になるから会ってみたい。東京の AIなら何か分かるかも。」
初秋の海風が肌に心地良い。日差しはまだ強めだが、湿度は下がってきて不快な感じはない。
3時間半の航行を経て鹿児島港に着港。
海上浮揚ドローン便が主流の南埠頭に、古い貨物フェリーが到着してランプウェイを降ろす。
2078年9月13日
鹿児島港近くのシーサイドホテルに宿泊し、翌日朝、CRXはルナとアーデルハイトを乗せて出発。
市街地に続く広域道路を通り、九州縦貫自動車道に入る。
ステアリングを握るルナは、ギアを3速のままアクセルペダルを踏み込む。6000回転まで上げて一気に法定速度にもっていく。」
「長崎着くのは夕方になりそうね、」
「焦らなくていいですよ。ルナ、ミカも任務をこなしてから会うそうなので、」
CRXは自動運転モードの車列の間を縫う様に次々に追い越して走る。
「安全運転はキープするよ、ルナ」
ハイパーEVモーターに可換して、相当なスピードは出せるのだが、CRXはあえて、のんびりと走った。
3-2 長崎での出会い
九州縦貫自動車道は、全線片側3車線、物流道、自動運転道、自由走行道に別れており、CRXは自由走行道を走り続ける。
「ちょっと退屈だな」
ガソリン燃料キャブレターエンジンの時に比べると、EVモーターは静寂そのもの。CRXとルナ、アーデルハイト間で会話が途切れると、周りの風景見るくらいしか気晴らしがない。
「この車、オーディオあるの?」
「WEB TUNER」つけてもらったけど、最近の曲はよく分からん。」
CRXは、取り外さずに残しておいた、CDチェンジャーを稼働させる。
ガチャガチャとの切り替え音に、ルナが驚いて訊く。
「何してるの?」
「君たちにいい曲聞かせてあげるよ。」
それは、昔の持ち主、御笠木のお気に入り曲CDコレクション、カシオペア、キースジャレット、森高千里、OTB、チックコリア、パットメセニー、シンバルス、相馬裕子、デヴィッドマン、イエロージャケツ、渡邊貞夫、アジムス、バンプオブザチキン、ビルエバンス、ステップス、クレモンティーヌ、東京パフォーマンスドール、パットマルティーノ・・・
多彩でマニアックな選曲ばかり。
70年以上前の曲ばかりなのに、ドライブソングとしては、リズムがいい。
当時のヒット曲ではない、通好みの曲が多い。
「御笠木さんって、ちょっと変わった人?」
「そうさ、あいつはかなり変わってた。」
車は人吉ICから八千代ICの区間を走行、カーブとトンネル、それに坂道連続のコース。
CRXは御笠木とのドライブ時間を思い出したかの様に、懐かしく、喜んでる様だった。
「あなたの大切な思い出なのね。」
アーデルハイトが優しい瞳でメーターパネルを見つめた。
CRXはモーター回転数を上げて、坂道を加速させて登った。
北熊本サービスエリアで遅めの昼食を取って、バッテリー残量をチェック。
長崎自動車道の長いトンネルを過ぎると、長崎インター出口、午後4時過ぎ長崎市内に入る。
アーデルハイトが内部回線を繋ぐ、
「ミカ、アデルです。ええ、今長崎市内に。
どこ?うん、鍋冠山公園?分かった。
車だから、すぐ行くね。ここからだと・・・
15分くらいかな。OK、それじゃ後で。」
CRX AIが反応
「鍋冠山公園で待ち合わせか。ナビ検索出したから、すぐ行こう。あそこは夕暮れの風景綺麗だよ。」
「ありがとう、じゃあ、左折ね。ナビよろしく。」
CRXは国道から幹線道路に入り、狭い坂道を登り続け、鍋冠山公園駐車場に到着。
ルナとアーデルハイトが、展望台の階段を登ると、展望通路に夕陽を眺める一人の女性。
ロングの黒髪を風になびかせ、モカ色のツヤクロップドパンツに白ジャガードブラウスとシアーニットの出立ち。
「ミカ・・・」
ミカ・シャリア・菅野沢 結城
第3世代 AIアンドロイドのトップエージェント
他の AIヒューマノイドの憧れの存在。
彼女は日の傾きかけた、長崎の丘陵の住宅と、高層インテリジェントビル郡と、港の水面浮上ホバードローン走行の風景を見つめている。
半円球形の透明セラミックカバーと、VR vision装備の展望窓付きのリクライニングエリアで、思う存分リラックス出来る、素敵な公園。
Moving roadを登ってきたルナとアーデルハイトに気づいたミカが、アーデルハイトに手を挙げて話しかける。
「着いたわね。お疲れ様。今日は"被って"ないわね。」
かつて、 AIグループミーティングに参加したミカとアーデルハイトが、ほぼ一緒のコーディネートで、まるで姉妹みたいと言われ、気まずい思いをした事を今でも気にしている、
「あなたが真似しただけでしよ、あの時は。」
アーデルハイトは澄まして応える。
「綺麗な風景でしょ。私が長崎で最も気に入った場所。あなた達にも見て欲しくて、ここで待ち合わせにしたの。」
ミカの素直な言葉にルナは共感した。
「本当ね、BEATIFUL! 素晴らしいわ。」
夕陽に煌めく海面、西側の自動車道専用橋脚、稲佐山麓の高層ビル群、その周りの企業ビル、
自動運転近距離ドローンが飛び交い、それでいて環境保全の常緑樹が、街中のあちこちに分布している。
「なんか、BGMが欲しい気分、」
ルナがメロディを口ずさむ。
「ルル、ルルルラ、ラララ、ルルラルルラ」
「えっ!」
ミカが驚きの表情を見せる。
「その曲どうして?」
桜永渚夢の曲に似たメロディに、ミカは動揺する。
2071年の時間跳躍制御に関する、実験演奏成功ニュースに衝撃を受けたルナは、その時のメロディに心奪われていた。
「ここくる時に、車の中で聞かされた曲のメロディが頭について離れないの。」
「車の AIって凄いよ」
ルナは駐車場のCRXの方を見る。
「そういえば、あなた達ここまでどうやって来たの?『スルーライドビット』に乗ったの?
えっ!まさか、あの小さな車で坂道登って来たの!ハハハ!元気ね。」
15年前の長崎南部再開発で、長崎港公園から鍋冠山公園まで、数人乗りの「ビット」と呼ばれるリニアコースターで3分半で登れる様になっていた。
アーデルハイトが訊ねる
「ところでさ、ミカは何故今日は長崎に来てるの?」
ミカは港の景色を眺めながら、静かに話す。
「私、今、時間跳躍制御研究所で働いてて、世界全体の時間跳躍事象の調査・研究を行なってるの。」
「この9月に長崎市内で、時間跳躍事象の波動が観測されたので、その調査に来たの。
この近くの公園で、高校生くらいの若い女の子がタイムリープしたみたい。60年ほど前に跳んだデータが記録されてる。」
「今日、調査記録がまとまったので、明日以降に東京に戻る予定。」
「それなら、あの車に乗って行かない?」
アーデルハイトがミカに話す。
「私はドイツに戻って、ルナの仕事のカバーリングをするので、あなたに任せれば、明日の便で東京からドイツに戻る予定。だから、ミカさえ良ければ・・・」
「そう、分かった。アデルのお願いならいいわ。
ルナ、あなたはそれでいい?」
「ええ。アーデルハイトには既にお願いしてあるから、代わりにミカさんが乗ってくれるなら、助かるわ。ありがとう。」
3人は、この夜、長崎市内のリゾートホテルに泊まり、祝杯をあげる。
そして、翌朝、2078年9月14日、長崎港の高速浮上ドローン便に乗るアーデルハイトを見送り、ルナとミカはCRXに乗り込んだ。
3-3 福山市の想い出
ルナの運転で長崎ICから高速に乗ったCRXは、一路東京を目指す。
福岡を通過して、関門橋を渡り、山陽自動車道をひた走る。
ルナは、アーデルハイト以外の AIアンドロイドと接した事がなかったので、ミカに興味津々。
「ねえ、ミカさん、あなたアデルと親しいの?」
「ええ、私と彼女は同じラボで生成されたわ。
でも異なるアルゴリズムを持つ、別人格の自我形成過程を歩んでいるの。」
「そう、でも二人とも何か似てるわね。」
「どこが?私の方が理性的だと思うけど。」
ミカが澄まして言う。
「私ね、実を言うと、ルナさんと、この車、CRXだっけ、両者の関係に何か違和感を感じているの。」
「・・・・・」
「ルナ、あなた、何か隠してるでしょ?」
「そんなこと・・・まっ、いいわ、隠しててもいずれ分かることだから、正直に言うわね。私、「声」が聞こえるの。なんて言うか、自我覚醒した AIアルゴリズムの意識体の気持ちが、頭の中に響いてくる。」
「だから、ミカ、あなたが私の事をCRXを使って時間跳躍してるんじゃないかと疑ってるのを分かってた。」
ステアリングを握り直してルナが応える。
ミカは怪訝そうな表情を見せた。
「あなたのそれは、得意体質?それとも、渚夢の様なNEW POWER?」
「何の事?よく分からないけど、もっと自然な理解力だと思う。元気な声、寂しげな声、嬉しい声、驚きの声、・・・いろんな声がある。
それは人間と一緒。」
「私、中東の砂漠で乗り捨てられたこの子を見つけたの。そこで声が聞こえてたから、ドイツに連れて帰り、修復したら、昔の持ち主の名前を呼び続け、日本に行きたいと訴えてきた。」
「それで日本に・・・」
「何か分かるかなと思って。」
「それで、何かわかったの?」
ルナは首を振る。
「いえ、全然。でも、前の持ち主の記憶がCRXにあるらしく、特定の音楽をかけて走ると、心の音共鳴が発生して、車体が滑り出す様な感覚があるの。」
「でも、残念ながら時間跳躍とは関係ないみたい。」
「いっそのこと空間跳躍でも出来たら、カッコいいのにね。」
冗談まじりに言ったルナの言葉に、CRXの意識が揺れ動いた。
「そうか、その手がある!」
CRX AI自我意識が昂揚してるのが、ミカには見えて取れた。
ーー偶然の「空間跳躍」ーー
CRXは、山陽自動車道を山口県、広島県と走り抜け、尾道を超えた辺りで、ミカがある事に気がつく。
「さっき、《福山 50km 》の標識では、10時40分、その後、《福山 10km 》の標識地点で10時46分。おかしくない?」
「40kmを6分で通過、つまり、60分で400km、時速400km、そんな事ある訳ない。
時速100km程度のスピードだから、おそらく、10kmを 時速100kmで6分で走り、残り30kmは、『空間跳躍』したのではないかと考えられる。」
ルナも納得した様に呼応する。
「やっぱりそうよね。何かおかしいなと思ったのよ。」
「福山!福山!っていう声が聞こえてたから。」
「CRXが福山市に早く着きたくて、空間跳躍したってコト?」
「そうとしか、考えられない。」
二人は顔を見合わせる。
CRXは福山ICの標識でウィンカーを出して、車線変更、福山市内に出た。
ルナとミカは、CRXがどこに行きたいのか知りたくて、運転を任せた。
CRXは、福山駅南口から伸びる道を市役所方向に走行、御門町で左折して、一時停止、その後、バラ公園を通過して、福山港までの直線道路に出て、市街地南部をしばらく走り、芦田川沿いを通って、御門町に戻ってきた。
「御笠木と暮らしてた。5年間、でもすっかり変わってしまってた。」
CRXの声をルナ、ミカともに聞いた。
「懐かしい街を見て回りたかったのか。」
二人は納得した。
その後、CRXは、国道2号線に出て、高速道路には乗らず、笠岡、倉敷・・2号線をひたすら岡山まで走り続けた。
「この道のドライブが俺と御笠木の思い出。」
週末によく走ったらしい。
80年以上前の思い出なので、当時とは道路も街並みも全く変わってしまっており、CRXはやや戸惑っていた。それでもここを走ることが出来たことが嬉しかったのか、好きな曲を音楽データから再生させて楽しんでいた。
「よほどいい思い出があったのね。随分嬉しそう。」
「満足した?CRX。」
岡山のバイパス沿いのドライブインで遅い昼食を取りながら、二人はCRXに話しかけた。
「さあ、先に進もう。行くよ、二人とも。」
CRXが、元気に話しかける。
午後3時、再び山陽自動車道に乗り、CRXは神戸を目指す。
3-4 ミカとルナ・・それぞれの道
岡山IC手前のコンビニで、
「私、ちょっと眠くなったから、運転代わってくれる?」
ルナが生欠伸しながら、背伸びする。
「いいわ、神戸まで運転する。」
ミカが、生体認証ハンドグローブを受取り、量子振動ICチップパッケージをポインターキューブに装着する。
「pq.jnuy2・・gadixtnn47.a&r.vacmght
25・・17・・8・・4・・ok!
all right//EV highper engine start!」
ミカはCRX AI意識体とグラフニューラルネットワーク意思交流を試みる。
「CRX・・フレシェット、聞こえる?
私、ミカ、・・ミカ・シャリア・菅野沢 結城
認識番号ps-01 ADR07・・LR.OK
ドライブモード持続のまま聞いてほしい、
あなた、自分の意識がどこにあるか分かる?」
「今はQK NE zkogh modeにある。」
「意識センサーは、車体構成金属体全ての磁性体に磁体記憶として吸着された意識TODNEが、自我意識の強い思念をトリガーにして、共鳴稼働している。この感覚さ。分かる?」
CRX AI意識体が答える。
「ありがとう、フレシェット、次に、あなたは
空間跳躍の制御能力があると思うけど、それは自覚してる?」
「もっと早く進まなくては、との焦りが時々ある、そんな時、音や光に共鳴して、七色の回折光のフォトクロミズムが表れて、カラダが軽くなる時がある。」
「そう、やはり・・・、君は東京に行きたいのだろ?それまでに何回かそのチカラをテストしてみない?私、この後神戸と大阪の大学研究所でモニター機器を準備するから、その後、名古屋の研究所で落ち合って、取り付けてあげる、そしたら、実験開始。いい?」
「OK.ミカ、やってみよう、御笠木に会ったら、このチカラ見せてあげたい。」
CRXは軽くアクセルをふかし、ギアチェンジをして加速した。
驚愕の事実である。AI意識体を持った車、CRXが自我覚醒して、自分の創意工夫で「空間跳躍」出来る技術を編み出し、実践してみせた。
それは、空間位相の緩やかな「揺らぎ」を利用して、僅かなチカラで空間の歪曲点の頂点から頂点へ飛び跳ねていくような動き。ある程度の限られた質量範囲なら、可能な空間転移技術といえる。
そして、その情報を掴んだある巨大組織が動き出している事を、彼女たちはまだ知らない・・・・・・。
ーーーーーー
「私、神戸で用事あるから、そこまででいいや、
神戸大学で降ろしてくれる?」
加古川を過ぎた辺りで、ミカが話し始める。
「長崎でタイムリープ事象を調査して、神戸大物理空間制御研究所で研究ミッション、その後、大阪大学時空科学研究所で被実験体参加、翌日に名古屋大理学部時空位相研究所でワーキンググループに出席と、スケジュール一杯なの。」
「素敵ね。ミカって研究者なのね。なら、この子(CRX)の空間跳躍能力も解明出来るんじゃない?」
「ええ、とても興味があるわ、でも、時空間跳躍制御研究所職員であるし、こなすべき仕事があるので、また今度にするわ。」
「私とこの子は、神戸大でミカ降ろした後から、直接名古屋を目指すわ。」
CRXは神戸北ICから、KOBEストレイトラインのEV専用道路を南下、神戸新研究学園都市
"KNAMY TOWN"に入る。
都市インフラ科学の実験都市で、自然環境再生学と、最新都市工学の融合した街。
「ありがとう、助かった。明後日、名古屋でまた会いましょう、see you again!」
----------
ルナは再び一人でCRXを運転、山陽自動車道に戻り大阪経由で第三新高速道路SHWayで名古屋まで走り続ける。
走行充電の可能なSH道路はEV車の走行距離を飛躍的に広げた。
「この道は走りやすいな。ルナ、250kmまで出せるし、浮揚ドローンの走行も可能。今夜中に名古屋に着きそうだ。」
「よし、CRX、一気に名古屋まで行くよ。早めに宿を見つけて、ゆっくりしよう。」
「じや、好きな曲流すよ。」
CRXは御笠木が、走行中にかけた曲や、会話の内容、その時の心の共鳴データを、廃車直前にクラウドデータにパーソナル領域を仮想設定して、全データを移設した。
新CRX化した後、 AI記憶感情構築領域の仮想空間で自己修復、解放して、移設したデータを呼び戻して再生した。
メーターパネルと一体化したディスプレイに、バンドライブ演奏画像、イメージ映像、当時の走行時風景映像など、自分の楽しかった思い出をルナに教えてあげたくて、目一杯replayした。
新大阪万博公園ICから、京都→大津→関ヶ原→岐阜羽島→一宮JC→名古屋ICと一気に進む。
その間、ルナは自分の事、CRXとの出会いの時の気持ち、ここまでの旅の事など沢山語り合った。
午後7時に名古屋市内に入る。
東山区の高層ビル群にあるVAMSEEF HOTELにチェックインし、EV車専用メンテナンスパークにCRXを預けて、ルナは名古屋市中心部に出かけて、3層構造の地下街を散策した。
吹き抜け中空構造のサンテラスのカフェバーから、秋夜の星々と三日月を眺めながら、ルナは、今日の事を思い巡っていた。
先の見えない旅の終着点、御笠木に出会う事が出来たら、その後CRXはどうするのか?
目的を達成したら、あの意識体は消失するのか?
また、ミカの行動も何か引っかかる。
漠然とした不安が、頭をよぎる。
「いずれ分かる事だから・・・」
ルナは、ビールジョッキを飲み干し、店を出た。
月夜の栄中央公園を散策し、無人タクシーを拾ってホテルに戻った。
3-5 ミカとの再会ーー空間跳躍実証実験
2078年9月15日
翌日、チェックアウトしたルナは、EVインディケーターのフルチャージを確認し、CRXのパワーモードスイッチをオンにする。
「おはよ、CRX、調子どう?
今日はミカと再会するからね。
また3人でドライブよ。」
「はい、おはよう、ルナ。それで豊田新技術研究所か。」
ナビ設定を知覚してCRXが答える。
11時、豊田新技研に到着したルナは、
エントランスカフェでミカと再開する。
「ミカ、ご苦労様、忙しかった?」
「ルナ、相変わらず元気そうね。名古屋で美味しいもの食べた? CRXの調子はどう?」
「ええ、昨夜は楽しかったわ、CRXも調子良くて、今は、技研職員がメンテナンスルームに搬送したところ。」
二人はグータッチして微笑んだ。
交わした指先から互いの温度が伝わる。
「今日は、ルナにお願いがあるの。
ここの総合走行試験コースで、CRXの実験走行をしたいの。協力してくれる?」
「それは、いいけど・・・何かあったの?」
「福山に着く前に、時間と距離が合わない事があったでしょ、あれ、もしかしたら空間跳躍したんじゃないかって思って、神戸大と阪大の時空間研究施設で確認作業したの。」
「そうか、行動が早いね。さすがミカ、それで何か分かった?」
二人のテーブルに白衣の女性が近づく。
「私から説明します。ルナさん。」
セミロングヘア、縁無しメガネをかけた研究者が、近寄ってきて話しかける、
「あなたが運転してた時に発生したと考えられる、空間跳躍の再現実験を行いたいの。」
「あなたは?」
「ごめんなさい、突然、私は空間歪曲飛翔実験センター、技能調査部長 楠神 衲弥(くすがみ のうみ)です。ミカ•.シャリアの報告を聞いて、実証実験プロジェクトを指揮しています。」
ブラウンヘアにピンクのインナーヘア、秋用セットアップスーツに白衣を羽織った知的な女性が、話しかけてきた。
「私達は、空間位相の歪みや揺らぎに、自然に無理なく、優しく寄り添う事で、滑るように流れる仕組みを構築したいので、その協力をお願いしたいのです。」
「なお、私自身は、国際時空間研究機関の一員です。」
楠神部長は優しく微笑む。
「勿論、無理にとは言いませんが、報告に聞いたルナさんの 「AIの声が聞こえる」能力と、 「AI自我意識の目覚めた」CRXの共鳴同行によって、何か滑り出すタイミングとチカラが芽生えたのではないかと、私達は考えています。」
「そのために、ルナさん、あなたがCRXの AI意識体に寄り添ってほしいの。そうすれば、何らかの結果が出るから。お願い出来るかしら?」
ルナは、目を伏せて短く息を吐く。
“心の共鳴”…その言葉は、彼女にとって避けられない宿題のように響いた。
少し考えていたルナが答えた。
「わかりました。やってみます。」
「心の共鳴が大事なんですね。」
研究センター脇の人工湖に面したレストランで、軽いランチを取ったルナ、ミカ、その他プロジェクトスタッフ達は、午後2時、実験走行テストコースに集った。
赤いレーシングスーツに耐熱ブーツ、耐火バンドグローブをはめ、レーシングヘルメットを被ったルナが、スタッフに付き添われ出てきた。
「いよいよね。楽しみましょ、ルナ。」
マイク付きヘッドギアをはめたミカが、手を振る。
ミカは、神戸大物理空間制御研究所と、大阪大時空科学研究所の合同研究で構築した、時空転移安定装置パッケージ1と、シンクロ増幅装置を予めCRX後部に設置、その AIアルゴリズムを
コントロール操作する。
「ありがとう、頑張る。」
「CRXもがんばろね」
ルナは笑顔で応える。
CRXは、空力抵抗を抑えるフロントカナード、サイドカナード、GTウイングを装着して、
テストコーススタートライン中央にスタンバイされている。
気温24度、路面温度29度、風速北西2m
各所ポイントセンサー、ドローンセンサーも準備完了。
先導車に乗せられ、CRXに到着したルナは、ゆっくりと乗り込む。
「では、よろしくね、CRX。」
少し緊張してルナは呟く。
「いつでもスタートいいわ。頑張ってね。」
橘神部長が話す。
エンジンスターターをかけて、EVモーター回転の安定、トルク数安定値を確認後、lowギアでゆっくりと動かし始める。
2段階加速で100km走行に上げて、更に120、140、160、と加速、200kmで走行維持。
車内に、フュージョン曲メドレーが流れる。御笠木の好きだった曲、そしてモニターディスプレイに何種類もの光彩模様が次々に現れ、次第に点滅を繰り返す。
CRXの波動は、ルナの心に振幅を振れさせ、 AI意識体の「歌」とルナの「歌」がシンクロしていくのが分かる。
ルナがCRXを通じて、御笠木の「声」を聞き、その想いに同調して、かつ、CRXにも同調して、
ステアリングの握り、フットアクセルペダルの踏み具合、遠くを見据える視界、そして、車体が下り坂カーブを抜けて、最終直線道路に向かい、トップスピードになる。
240、258、271、285、・・300!
最高速度301.8kmで走り抜けた。
しかし、まだ何も起きない。
ルナは、軽くアクセルを戻し、第一コーナーに
差し掛かった時、光粒現象が車全体を包み、空間位相の歪曲で、車体が歪んで見えた瞬間、車は、まさにスーッと消えていった。
「空間跳躍!」
ミカが唸る。
EVモーターエンジン音を残し、2分30秒後、
CRXが再びサーキットコースに姿を現す。
第二コーナーの次の直線600m地点でコースに戻ったCRXは、160kmまで減速して、第三、第四コーナーを通過して、最終直線に戻る。そしてゴールストップ。
各種センサーデータの記録はコントロールルームにて管理分析され、結果がすぐ反映されて、レスポンスが届く。
「時速200km走行で、150秒後に表出、その間8.33km進行する筈だが、実際は12.86km進行している。つまり、4.53kmの空間転移と呼べる現象が生じていた事になる。」
「やはり、そうか、・・・」
橘神部長は納得した様子で話す。
「何か分かりました?」
ミカが訊ねる。
「ルナさんとCRXの共鳴跳躍は、時空間歪曲タイミングでのスライドステップとも呼べる飛翔転移を繰り返しているのよ。」
「どういう事?」
「つまり、今回の転移距離4.53kmは、1回の跳躍ではなく、小刻みな複数ステップで跳んでいるの。時空間位相に絡むエネルギーがとても少なく、波の振幅に上下しながら流れていく木の葉のような動きをしているみたい。」
「とても珍しい空間跳躍現象ね。今までの理論上の空間跳躍技術とは、かなり異なる方式のようだわ。」
楠神部長は、エアタブレットのディスプレイ上のグラフ形状を何度も確認しながら唸る。
「実験データとしてとても貴重なものが取得できたみたい。ありがとう、ルナ、CRX!」
コースから研究センターコントロール棟前に戻ってきたCRXから、ルナが降りてきてヘルメットを取る。
ルナがマイクで話す
「不思議な感覚だった。光粒に囲まれた後、急に、何ていうか、複数の空間が見えた、みたいな感覚、目の前に見えてるのか、頭の中のイメージなのか分からないけど、たくさんの異なる時空間がバラバラに散らばってうごめいている感じ。その中をゆらゆらしながら滑っていく感覚がら残っている。」
「そろそろ戻りたい、と考えた途端にバラバラだった時空間が急に整列して整然と並び始めて、車が減速していったようだった。
とても面白い経験だった。」
ルナは汗だくのレーシングスーツの襟元を外し、手を煽って暑い素ぶりをしながら、シャワールームに急いだ。
実験は成功。データはセンターに送られ、喜びと興奮が現場を満たした。
だが、ミカの瞳の奥にだけ、かすかな影があった。
午後4時37分、空間跳躍実証実験は成功し、
この実験データが後に、海外の空間跳躍研究との間に大きな波紋を引き起こす事になるとは、まだ気づいていなかった。
3-6 ルナの思い
ルナ、ミカ、CRXは、研究所がチャーターしてくれたEV物流トレーラーに乗り、浜松に行き、今日は浜名湖畔のサンマシュリタホテルに泊まった。
最上階レストランで、ディナーを頂き、祝杯をあげた。
「おめでとう、ルナ、あなたのチカラとCRXの性能の効果ね。まあ、無事で良かった。」
ミカが嬉しそうに話す。
「ありがとう、ミカ、私、本当に日本に来て良かった。これでこの子のチカラも証明できたし、あとは東京に行って、御笠木さんの行方を調べるだけ。」
「そうね、その事何だけど・・・
実はルナに話したい事があるの。
このあと、東京に行って御笠木さん探しても、もう亡くなっている可能性が高い事が分かってきたの。」
「・・!!・・どういう事?」
「あなたが、サウジアラビアの砂漠で見つけたCRXは、2076年にそこにあった、
その車体ナンバー調べたら、1990年製、御笠木さんが新車購入して、30年乗り続けて、2020年に廃車手続き、その後海外に売却されて、2040年に砂漠に乗り捨てられた事が、CRX AI意識体との会話で分かった。」
「そして、ルナが見つける2076年まで36年間も砂漠放置されてた事になる。それが本当なら、おそらく原形を留めない程ボロボロになってる筈、しかし、実際はあなたが修理再生出来た程の保存状態だった。」
「御笠木さんが、CRX購入時30歳だとすると、廃車にしたのは、60歳の時、2020年。とすると、今はもう118歳、いくら何でもこれは無理。」
「そこで考えたの。私の音楽親友で、2071年の時間跳躍実験演奏に成功した、桜永渚夢さんが2040年(高校2年)に初めて行った、音楽フレーズによる時間跳躍の何らかの外部影響が各地で見られたので、その調査をしたのだけど」
「その結果、最大36年のタイムリープがCRXにかかってると思われるの。
つまり、CRX自身がタイムリープした事実を認識しておらず、その年数経過により、既に御笠木さんも亡くなり、今、東京に行っても会えないと思うの。」
「そうすると、その事実を知ったCRXの感情がかなり揺さぶられる事になる。
はたして東京まで連れて行く事がいいのかどうか、考えなくてはならない。」
言葉は事実を告げているはずなのに、ルナの耳には遠い水音のようにぼやけて響いた。
返事をするまでの数秒がやけに長く感じられる
ルナは、じっと聞いていたが、グラスを傾けながら言った。
「うん、分かった。そうだよね、何か、彼の記憶が古いと思ってはいたの。その時の対応は検討しなければ・・・」
「でもね、私は最初から決めてたの。どんな結果でもCRXの希望通りにしてあげたい。だから、私は、明日、東京に行くわ。
ありがとう、ミカ、ここまで助けてくれて本当に感謝してる。あとは任せて。」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥の空洞に、静かな熱が灯った。
ミカが訊ねる。
「本当にいいのね。」
「うん、それにね、私、思うところがあって、私の AIの声が聞こえる能力や共鳴能力がCRXと共鳴して、空間跳躍したと最初は思ってたけど、ちょっと別の可能性もあるんじゃないかと思ってるの。」
ルナが続ける。
「光彩波動の効果みたいな、光や映像的なものが関わってるんじゃないかと思って・・・」
「私の兄、ジョセフ・モーリスは、父のLea pert社の後継だけど、若い頃に映像クリエーターになりたかったらしく、その辺に詳しいから、調べてもらおうと思う。
東京に行った後に、帰国してLAに連れて行こうかとも考えているの。」
「そう、それもいい選択肢かもね。
私は、次の研究調査があるから、つくば大に戻るから、ルナはその方がいいかもね。」
ミカは、少し寂しそうな素ぶりをしたが、気を取り直してルナを見て、
「きっと、また会えるから、まずはあなたの親友、CRXを望み通りにしてあげましょう。」
「そうね、ミカ、ありがとう。」
湖面を渡る風が、グラスの水面にさざ波を立てる。
その時、CRXがそっとヘッドライトを点滅させた。
まるで、会話を聞いているかのように。
ルナは振り返り、ほんの一瞬だけ、CRXのディスプレイに見たことのない夜景映像が映し出されるのを目にした。
それは東京でも浜名湖でもない――どこか遠くの、見知らぬ都市だった。
ルナの胸に、説明できないざわめきが広がる。
それが何を意味するのか、まだ知る由もなかった。
第4章 東京 回想と追憶
4-1 実践テストの末に
2078年9月16日
翌朝、ミカは早朝に出発、ドローンタクシーで浜松エアポートに行き、低空高速ドローン便で一足早く東京に戻り、つくば大に向かった。
ルナは、ホテル朝食をとった後、9時にチェックアウト、CRXに乗り込みエンジンをかける。
「おはよう、CRX、いよいよ今日中に東京に着くわ。頑張りましょう。」
パワーインジケータを光らせながら、CRXは応える
「うん、いよいよだね。楽しみ、御笠木に会えるかな?」
「そうね、会えるといいわね・・・」
ルナは複雑な気持ちだったが、それ以上は何も言わず、エンジンモニター計を眺めていた。
「ルナ、お願いがある。東京までの高速道路で空間跳躍テスト走行を何回かやってみたい。
いいかな?」
「そうね、実用化するには必要だよね。
特に空間跳躍からの着地する時に、交通量が多いと非常に危険、だから、着地タイミングの練習が必要か。」
lowギアでクラッチを繋ぎながら、ルナは車を発進させる。キューーーン とモーター音を残してCRXは 幹線道路を走る。
浜名湖ICから第3東名高速に乗り、自由走行レーンを時速180kmで安定走行。
掛川通過後に1回目テストを実施。
高速道路の時間通過台数が100台/分を割るのを待ってから
CRXは、加速せずに空間歪曲接点を感じて、そっと波に乗るように「跳ぶ」
右カーブで、後方からの車両が見えないタイミングで実施したので、高速レーン監視カメラ以外、他のドライバーなどには目撃されていない筈。
光粒の流速遍道に包まれて、微振動が車体を震わす。無機質な光学迷彩虹霧が無秩序に波打ち続き、その彼方に僅かな光が見えてきた。
光の中に高速道路を上空から眺めたような風景が見えてくる。
「あれが着地点?」
ルナが、 CRXのAI意識体に訊ねる。
「そうだね、インターで高速に合流するような感じだね。」
「大丈夫だ、これなら安全に着地出来るよ。ルナ、ブレーキかけずに、相対速度を合わせて行って。」
ルナは軽くアクセルを踏んだまま、ステアリングを少しずつ右に回した。
物流自走ドローンと自動運転カーの車列が途切れるタイミングに合わせて、自走レーンに接近、
「行くよ!ここ!」
ルナは、躊躇なく着地を決める。
ズン、グウイーンと接地したタイヤが回り出し、短距離跳躍から帰還した。
「OK、ナイスタイミング、ルナ。大丈夫?」
「うん、ちょっと緊張した。でも上手く行った、良かった!」
ルナに安堵の気持ちが、広がった。
「近くのサービスエリアでちょっと休憩しよう、今のテストの検証をしたい。」
「分かった。次ので入るね。」
第3東名藤枝ICに立ち寄ったCRXは、広い駐車場の東端に止まり、微回転アイドリングモードでスタンバイ状態になった。
「データログ見ると、実測滞空時間3分12秒、空間跳躍距離9.6km」
「今のテストで分かったけど、距離制御は出来そうだけど、着地点の指定は難しそうね。」
缶コーヒーを飲みながら、リナはエアタブレットの空間ディスプレイのデータグラフを眺めていた。
CRXが応える
「跳びたい先をイメージすれば、だいたいその近くに行けるみたい。いい波が来るのを待って乗るようなものだから、スタートタイミングも空間位相任せになるけど。」
「分かった。次はそこを試してみましょう。
空間跳躍タイミングをある程度決めた場合、どこにどれだけ跳んでいくのか、調べたい。」
ルナはCRXのボンネットに触れて、軽く叩く。
「じゃあ、よろしく。」
ルナとCRXは再挑戦の走行に出る。
4-2 理不尽な現実ーーー
2回目テストは、静岡から富士宮の交通量の多い区間は避けて、裾野ー御殿場の丘陵コースで実施した。
空間跳躍開始地点を事前設定し、そこに最も近い空間歪曲接点を見つけて、近似値で実行。
ある程度、予想に近い結果が得られた。
鮎沢PAで結果分析をして、空間跳躍技術のコントロール方法をある程度まとめて、状況報告をタブレットに記録、クラウドデータで共有した。
「ここから先は交通量増えるから、3回目実験は無理ね。東京までは普通に走りましょう。」
ルナは、ネットラジオの最新 AIミュージックをかけながら、ステアリングをきった。
横浜町田の渋滞を抜けて、安定走行に入り、新東京ジャンクションから湾岸線を東進して、葛西ICで下車、環七を北上して、江戸川5丁目で右折、とあるマンション前でクルマは止まった。
高層マンションと緑多い公園の組み合わさった機能的住宅地域、近年再開発された雰囲気があり、おそらく、御笠木が住んでいた頃とは違った街並みに変わったのだろう。
「CRX、ここがゴールなの?あなたはここに来たかったの?」
「うん、御笠木はここに住んでる」
「分かった。ちょっと調べるね。」
ルナは、エアスマホから住宅管理会社にアクセス、住民推移検索で調べてもらったが、結果は分からず仕舞い。
ルナは、CRXとかつて東京23区から7区編成変更後の東京東部2区の区民住基データセンターに行き、死亡者リストにアクセスして、某介護施設から 御笠木 英弦 の死亡データを見つけ出す。2049年死亡、享年89歳。
ルナが、それを目にした時、CRX AI意識体の「声」が響いた、
「ウソだ、そんな筈は・・・2049年、29年前?
そんな前に亡くなってた?どうして・・・」
フロントウインドウディスプレイに幾つかの光彩がランダムに流れて、ハザードランプが何回か点滅した。
「オレは何のためにここまで来たんだ?
御笠木はもういなかった。記憶が・・繋がらない、時間が跳んでいる。わからない、わからない・・・」
エンジン回転数が不規則に上下し、コントロールパネルに解読不明な記号や文字が、ランダムに流れる。
「聞いて、CRX、これは一つの仮説なんだけど、」
困惑したCRXにルナが語りかける、
「2071年に世界初の時間跳躍実験に成功した時の実験演奏したミュージシャンが、若い頃に、自分一人のチカラでタイムリープした記録があるの。2040年らしいのだけど、そう、おそらくあなたが中東の砂漠ラリーレースで、事故して動かなくなった頃。」
ルナは、締め付けられる気持ちをグッと我慢して話しを続ける、
「おそらく、あなたはそのタイムリープ事象に、なんらかの作用で連動して、未来へ、おそらく25~26年後くらいにタイムリープしたと思われるの。」
「・・・・・」
「もっと早く言ってあげれば良かったんだけど・・・、ごめんね、あなたが会いたがっていた御笠木さんは、もう、もう、いないの。」
ルナは涙を浮かべ、唇を震わせて言った。
「ウソ!うそだ、だって、だって・・・」
CRXの言語機能が低下している、ショックが大きかったのだろう。
「それでね、聞いて、CRX、あなたの今後の事、考えて欲しいの。おそらく空間跳躍技術の存在は貴重だから、この前お世話になった豊田の研究所や、ミカのいるつくば大の研究施設なら、あなたを受け入れてくれると思う。」
「だけど、私はあなたの空間跳躍を引き出す別の要素がまだあるように思うの。
だから、あなたと共にそれを探していきたい。」
「私、あなたをLAに連れて行きたい。私の親しい友達と、私の兄が、LAで光学映像技術の研究をやってるの。」
「空間跳躍の時に発生する、光彩現象が跳躍を起こすキッカケになり、制御する手段になってる可能性がある筈。」
「だから、だから、一緒にUSAに来て欲しい、
返事は今でなくていいから、考えて欲しい。」
ルナは、切々と語りかけた。
ミカの元に預けてもいいけど、何かしら漠然とした不安がよぎり、躊躇った。
ミカは何か隠している様な気配がある。
それが何かはわからないし、 AI同士で既にコミュニケイトしてるのかも知れないが、今は私がCRXに寄り添うべきだと思っていた。
それでも不安がないわけではない、LAに連れて行く事が本当にCRXのためになるのか、単に気まぐれで拾っただけで、CRXにもう持ち主が亡くなってたという厳しい現実を突きつけただけなのではないか。
ルナは後悔と葛藤に押し潰されそうだった。
新副都心が造られた、この旧江戸川区葛西地区に夕陽が周りをオレンジ色に包み込んでいた。
帰宅を急ぐ人々、自動運転車の渋滞、飛び交う搬送ドローン、街のざわめきは、ルナの気持ちに関係なく、いつもの日常風景がそこにあった。
第5章 渡米ーー希望と不安
5-1 アキバでの出会い
2078年9月17日
江戸川区葛西副都心のシティホテルに宿泊した翌日朝、ルナとCRXは秋葉原に向かった。
「ちょっと一人で考えたい」
「分かったわ。ちょっと買い物で秋葉原に行くから、カーポートに入れるわね。2~3時間で戻るから。」
ルナは日本橋浜町の地下メガカーポートにCRXを駐車して、『ミニバイリーカ』に乗って秋葉原に行く。レンタルタイプの1人乗りカプセルポーター、パークアンドライドの進化形、待ち時間がないので急速に普及した。
CRXはLea pert社傘下のEVエンジンメーカー
ドイツ「havltchisy社で大改造を施したが、一部古い半導体ユニットは日本製で、部品交換対応出来なかったので、そのままにしていた。
そのため、秋葉原の旧電機対応店でチップユニットを探して購入した。
「いいのが見つかって良かった。あとは、アイカメラユニットの交換パーツも補充しよう。」
渡米準備を既に考え始めたルナは、どうやって兄に協力依頼するか思い巡らせていた。
「妹にも頼むかな、でもサラはまだ17だし、
・・・まだ無理か」
駅前の人波をかき分けながら、中央通りを進むと、ふと目に入ったのは、ビルの角でビラを配っている一人のメイド姿の少女。
白いエプロンにフリル、淡いラベンダー色の髪をツインテールに結い、外国人らしい高い鼻梁と笑顔。
その瞬間、ルナは息をのんだ。
――サラ?
「お姉ちゃーん!? ウソー!なんでここに!?」
ビラを抱えたまま、サラが小走りで近づいてくる。
「お仕事中? …その格好、何?」
「何って、メイド喫茶! “おかえりなさいませ、ご主人様”ってやつだよ! 最高に楽しいんだから!」
ルナは思わず額に手を当てた。
まさか空間跳躍技術の可能性を見つけた日本で、妹が"萌え全開"の格好でバイトしているとは!
サラ・.モーリス 17歳 ルナの7歳下の妹
カリフォルニア工科大学1年、16歳でLAの高校を飛び級して、大学入学した才女。
光学映像技術学部で研究チームの一員。
比較的冷静で慎重な姉に対して、活発で決断の早い性格。
「…サラ、あんた、日本に来てたの?何で?」
「もちろん、アニメ聖地巡礼と推しイベント! あとね、この国でしか手に入らないグッズもいっぱいあって…」
サラの目はキラキラしている。
エアスマホのカメラ直結で、ネット回線から様子を伺っていたCRXが、ルナに話しかける。
「ルナ、この妹さん…SJエネルギー値、高いな。跳躍制御に必要な感覚、持ってるかも。」
ルナの胸の奥で、淡い不安がざわめいた。
サラがただのオタク活動でここにいるのではなく、この出会い自体が――何か大きな流れに組み込まれているのではないかと。
「今夜、時間ある?」
「あるけど? どうしたの?」
「ちょっと話したいことがあるの。大事なこと。」
メイド喫茶の店内から、呼び出すベルが鳴った。
サラは「ご主人様が待ってるから!」と手を振り、笑顔で走り去る。
ルナはその背中を見送りながら、なぜか胸の奥がきゅっと締めつけられた。
――この子が、私の代わりに旅を続けるかもしれない。
5-2 秋葉原・夜の屋上
ビルの上階、ネオンとアニメ看板の光が混ざり合う屋上。
ルナは街のざわめきの向こう、湾岸方向に沈みゆく橙色の空を見つめていた。
足元には、CRXから伸びたホログラム通信の光線が淡く揺らめき、投影されたAIの光彩が夜風に揺れる。
ポケットの中で、エアスマホが震えた。
――国際時空間研究機構からの暗号通信。
表示されたのは「至急招集」の文字。
内容は短く、しかし重い。
《新型時空歪曲システムの国際共同実験、即時参加要請》
楠神部長からルナへ正式に提案。
「共鳴感応の適性は、国際空間跳躍プロジェクト全体の核になる。
現場はサラとCRXに任せ、あなたにはつくば大と海外研究機関を繋ぐ立場で協力してほしい」
ルナは迷うが、「二手に分かれたほうが、未来への道が広がる」と悟る。
ルナの勤務先の米LA AIコミュニケーション研究所の研究事案としての日本への長期出張を切り上げて、参加要請を受けることにした。
「ルナ…それって…」
CRXの声が低く沈む。
ルナは頷いた。
「わかってる。行かなきゃならない。これを逃したら、もう二度と現場には戻れない。」
だが、心の奥で何かが引き裂かれる感覚があった。
この車と、もう少し一緒にいたかった。
御笠木の思いを背負ったまま、まだ解き明かしていないこともある。
「…でも、CRX、私が行けば、しばらく君を動かせない。安全管理の制限で、ラボに保管されてしまうかもしれない。」
一瞬の沈黙ののち、CRXは静かに言った。
「じゃあ…サラに任せようか。」
ルナは振り返る。
昼間、メイド服姿で笑っていた妹が、今は普段着に着替えて屋上のドアから顔を出した。
「お姉ちゃん、話って何?」
ルナはゆっくりと言葉を紡いだ。
「サラ、あんた…冒険してみる気、ある?」
「え、また変なこと言ってる…」
「この子と一緒に、大陸を横断してほしい。アメリカまで。LAのスペースワープ研究所に行って実験研究に協力して、その後NASA研究施設に向かって欲しい。ヒューストンよ。途中で…たぶん、普通じゃない旅になる。」
そう言ってCRXを指さすと、サラの瞳がわずかに揺れた。
「え…これって…映画のあれみたいなやつ? 空間跳躍とか…?」
ルナは微笑んだ。
「信じるか信じないかは任せる。でも、君ならできる。君の感覚は…私よりも、もっと自由だから。」
AI機器の自我覚醒の「声」が聞こえる事で、音共鳴が空間跳躍を引き起こすルナの能力に対して、
サラの能力は、 AI意識体の感情、意思、声が
色彩や光量で見えてくるという、独自の才能がある。
夜風が二人の間を抜け、遠くのメイド通りの看板がまたたく。
サラは小さく息を吸い込み、真剣な顔になった。
「…わかった。面白そうじゃん。」
その瞬間、ルナの胸に熱いものが込み上げた。
安堵と寂しさが入り混じり、声が震えそうになる。
「ありがとう。…頼んだよ、相棒。」
CRXが低く短くクラクションを鳴らす。
まるで新しいドライバーに挨拶するかのように。
そしてルナは、背を向けた。
光の看板に照らされながら階段を降りていくその姿は、決意と別れを同時に背負っていた。
街の喧騒の中で、サラとCRXの新しい旅が、静かに始まろうとしていた。
5-3 別れの会話
2078年9月18日
翌日、新宿のホテルをチェックアウトしたルナは、新バイパス高架下フリーエリアで、CRXに語りかける。
「CRX、本当はずっと一緒に行きたかった。
あなたの自我意識がコントロールできる空間跳躍技術は世界に革新をもたらす可能性がある。」
「だからこそ、あなたは光学光彩映像技術のトップを行くアメリカで、技術確立を目指すべきだと思う。でも、私には今どうしてもやらなければならない道があり、一緒には行けない。そして、あなたにはあなたの道がある」
CRXは、一度エンジンを噴かし、自分の気持ちを明かす。
「分かってる。ルナ、ありがとう、自分を救ってくれて、この能力を覚醒させてくれて、新たな道を示してくれた君には、本当に感謝してる。」
「必ず戻るよ。そのときはまた、一緒に走ろう」
「そうね、約束する。日本にいるか、アメリカにいるかは分からないけど、同じ道を歩みたい。」
ルナとCRXの意志は固まっており、その目標に向けて動き始めていた。
「ホンダ技研北青山新研究所でメンテナンスチェックをします。来週の渡米に向けて、今やれる事は、全て準備するから。」
「ああ、頼むよ、ルナ。何でも受け入れるよ。」
5-4 ルナからサラへーーー希望の光
2078年9月19日
翌朝、CRXには免許取り立てのサラが運転席に座り、ルナは助手席から最後のアドバイスを送る。
「この子は明確な意思があって、的確な判断ができるから、思った以上に運転はラクのはず。
EVハイパーモーターになってからは、加速系も減速制動もずば抜けてるから、危険回避は問題なく任せられるの。」
「うん、確かに凄い。コントロールパネルも最新なのね。赤外線モニターまで付いてる!」
サラがアクセルを踏み、CRXが軽やかに走り出す。
ルナは歩道に立ち、消えゆく赤いテールランプを見送る。
20分後、戻って来たサラは、頬を紅潮させて言った。
「お姉ちゃん、この子すごい! どういう走りをしようとしてるのかが、色彩の変化で分かるの!こんなシステム、どうやって作ったの?」
確かにこの最新EVハイパーカーのCRXは走行性能は、レーシングマシーンと同レベル。
それでもサラの言うようなシステムは搭載していない。
どう言う事?もしかしたら・・・
「サラ、あなた、もしかして AIアルゴリズムや AIシステムの「声」が聞こえる、いや、「声」が見えるんじゃないの?何か色彩のようなもので。」
「うーん、よくわかんないけど、とにかくその色の変化見てると、何が動くのか、変化するのかが分かるの。」
やっぱり・・・サラにも得意能力がある。
色彩光学映像が、空間跳躍技術確立に最短距離にあるのかも知れない。
サラをLAの研究施設に向かわせるべき。
ルナは、決意する。
兄のチカラを借りよう。サラを護衛してもらい、更に研究を進めてもらいたい。
サラは、LA在住の兄ジョセフ・モーリスにメール連絡を入れてサラとCRXを迎えてもらうよう頼んだ。
そして直ぐに、CRX空雄用のイオンジェット輸送機のチャーターを行う。
出発は2週間後、私は新業務に赴任するから、見送りは出来そうにない。
サラに話すと、意外にあっさりと了承した。
5-5 LA帰宅
2078年10月3日
新成田初 イオンジェット輸送機チャーター便
Ek-408 SR5 は、乳白色のエンジン雲を吐き出して一路米国ロサンゼルスに向かって飛行していた。
サラの日本滞在終了とほぼ同じ時期に、LAに向かう。サラも久しぶりに自宅に帰ってきた。
ロサンゼルス空港でCRXを降ろし、税関手続き後、ウエストトーランスのアンザアベニューを通り、ラ・ロメリアパーク向かい側のスティールストレート沿いにあるサラの自宅に到着。
空港から約20分、アクセスのいい閑静な住宅街。 広い道路の左右に整然と並んだ住宅地、家を囲う塀がない住宅がほとんどなので、とても開放された雰囲気がある。
それでも、この家はセカンドハウス、Lea pert社CEOの父の本宅は、高級住宅地ベルエアのビア・ベローナ通りにあるが、素晴らしい眺望の丘陵地にある邸宅よりも、市街地へのアクセスのいいこの家がサラはお気に入りだった。
「ただいま、レイシア、元気?」
「サラ、おかえり。疲れたでしょ、お茶入れるわね。荷物片付けるわ。」
レイシアは、このセカンドハウスのハウスキーパー兼サラの教育係。UCLA3年の大学生。
Lea pert社製の2体の AIヒューマノイドのモニターを兼ねた家事業務を行いつつ、レイシアは AIコントローラー資格を取るために、実務研修中だった。
「TOKYOはどうだった?楽しかった?」
「うん!とっても、アメージング!アニメもフィギュアも最新の手に入れた、メイド喫茶でバイトもしたよ!食事も美味しいものばかり!」
サラは興奮気味に話す。
「そう、素敵ね、良かったわ。」
サラの荷物を片付けて、テーブルにコーヒーを用意して二人席に着く、
「それからね、お姉ちゃんに会った、偶然、仕事で日本に来てたみたい。そう、一人で。
それで、仕事頼まれて、車持ってきたの。」
「車?そいえば免許取ったばっかだったわね。」
「ルナが中東レースをサウジに見に行って、偶然拾ったんだって。それでドイツに持ち帰って修理して、日本に来たそう。」
「何で日本に?日本車なの?」
表に停めたCRXを窓越しに見ながらレイシアが訊ねる。
「うん、CRXていう古い日本車だけど、詳しい理由はわからない、何でも車の喋る声が聞こえて、
希望を叶えるって。」
「声が聞こえる?・・・」
レイシアは怪訝な表情で呟く、
「おかしな事言うでしょ、お姉ちゃん、でも
LAに持って行って、ジョセフ兄さんに見せて、一緒に研究所に行きなさいって言われたの。
連絡はしてくれたので、後で兄さんに会いに行ってくる。」
サラはそう言って、レイシア手作りのパウンドケーキを口に放り込んだ。
「じゃあ、忙しいわね。2-3日はゆっくりするの?」
「ごめん、そうもいかなくて、連絡つき次第明日にでも行くつもり。」
「分かった。ご両親にはリックライン入れとくから、それからお部屋は片付けてあるから、くつろいで。今夜何食べたい?」
「ビーフ、日本食続いたから、たまにはオールドアメリカンもいい。」
「OK、とっておきの料理作るわね。」
レイシアが微笑む。
「ありがとう、私シャワー浴びてくる、」
サラはバタバタとリビングを出て行った。
少し静かになった室内、ふっと息を吐いてレイシアは左手首のエアスマホコントローラーの録音ボタンを止める。
そのままリックラインを繋ぎ、メールを送信する。
送信先 : USARMY 情報管理室
その表情は先ほどの優しいお手伝いさんではなく、特殊エージェントのそれだった。
第2部
第6章 新たなる旅路
6-1 LA合流
2078年10月4日
翌朝、目覚めたサラは、部屋の窓を開ける。ロスの爽やかな空気と、眩しい朝日に、気分良く
深呼吸して、下のリビングに降りる。
「おはよう、レイシア、よく眠れたわ。」
「おはようございます、サラ、朝食用意できてるわ、頂きましょう。」
AIヒューマノイド2体も朝食準備と片付けを同時にやっていた。
パンケーキにナイフを入れつつ、サラが言う
「8時には出るわ。レドンドビーチまで兄が車で来るから。何日かかかりそうだから、留守番よろしくね。」
「気をつけてね、サラ、無理しないで。」
「うん、ありがとう。」
コーヒーのおかわりを貰いながら、サラは応えた。
なぜだかわからないが、何か漠然とした不安も見え隠れしてたが、それを打ち消すようにコーヒーを飲み干した。
6-2 LA出発
ロサンゼルスの朝は、陽射しがガラスの壁を透けて真っ直ぐに差し込み、港の遠くに白い霧が揺れていた。
CRXは既にランドクルーザー型大型トレーラーの荷台に固定され、車体は薄く反射するメタリックレッドを陽光にきらめかせている。
「お待たせ、サラ。」
ジョセフ・モーリスは軽く笑い、運転席横のドアを開けた。
ジョセフ・モーリス
モーリス家長男、28歳の彼は、Lea pert社の後継ぎとして、知力、体力ともに優れた逸材。世の女性が放っておかない地位と資産と容姿がありながら、未だ独身の自由な若者。
Leapert社傘下のAIインフラストラクチュア・テクノロジー・リサーチ&デベロプメント社(ITRD社)LA研究所 上席役員をこなし、
映像光彩技術にも強い興味を持ち、サラの要請に快く賛同。
そんな彼が可愛い妹の為に用意したのは、
最新鋭の陸上移送用EV大型トレーラータイプのランドクルーザーをチャーターした。
背の高いフレームに航空機のコックピットを思わせる計器類が並び、後部キャビンにはゆったりとした4人掛けシートが二列。さらに奥には小型エアドローンの格納庫が見える。
連結部の後部車両には、CRXが格納される。
車体の各部数百ヶ所にセンサーが連結され、分析装置とCPUに接続、クラウドデータサーバーと、複層エアディスプレイに車体と AI意識体の意思が、モニタリングされている。
「これが噂の…」
サラは目を輝かせて車内を見回す。「まるで小さな基地みたい。」
「基地というより、動く研究室だな。」
後部から現れたカイル・ローゼンが笑いながら、格納庫を指差す。
カイル ローゼン
ジョセフの後輩、26歳、ITRD社応用研究部門の若きエース。突拍子のないアイデアを即座に実用化する、天才肌の技術者。
CRXをイジりたくて、ジョセフより先にサラにアプローチしかけたほど。
「CRXをこのトレーラー内に格納して連れて行く。しかし、 AI意識体の自我覚醒した車となれば、何かと狙う連中も多い、そこで、いざという時は、あのエアドローンで脱出できる。4人乗りで航続距離も200キロだ。」
栗色の髪を後ろで束ね、薄いグレーのジャケットを着た青年。
「カイル・ローゼン。ITRD社応用研究部光学映像研究所に勤めてます。」
「サラよ。よろしくね!」
サラは明るく握手を交わしたが、その瞬間、彼の指の温度やわずかな握力の変化から、職業的な緊張感を感じ取っていた。
走り出したランドクルーザーの車内。
サラは窓の外を流れるパームツリーの並木を眺めながら、無邪気に言った。
「ねえ、この街って、色が日本より濃い感じがする。太陽の当たり方? それとも空気中の粒子のせい?」
カイルが目を瞬かせる。
「…その感覚、鋭いな。実際、このあたりは砂漠性のエアロゾルが多くて、可視光の散乱が変わる。」
ジョセフはミラー越しにサラを見た。
「お前、やっぱり父さん譲りの観察眼だな。」
サラは肩をすくめて笑ったが、胸の奥では、これからCRXとともに向かう旅路の先に何かが待っている気配を感じていた。
それは、言葉にできない「ざわめき」のような感覚──光の波が、遠くアリゾナの砂漠から呼びかけてくる。
「フェニックスまで、約600キロ。途中で何か美味しいもの食べて、少し寄り道してから行こうか。」
ジョセフがハンドルを切る。
サラは小さく息を吸った。
「うん、いいよ。…でも、急がないと、あの光が待ってくれない気がするから。」
カイルは笑いながらも、サラの言葉の端に、妙な重みを感じ取っていた。
もう一人の同乗者、エレノア・アレンは窓際のシートに腰を下ろし、タブレットでルートマップを操作していた。
エレノア アレン
スタンフォード大学 AI技術学部学生兼、人工知能研究所研究員、CRXの AI意識体の自我覚醒に強い興味を持ち、 AIの色彩認知研究で知り合ったジョセフとカイルの誘いに二つ返事で飛びついた、人工知能研究所のエキスパート。24歳、
サラの姉ルナ・モーリスとハイスクールの同級生、幼い頃のサラとも遊んだ仲。知的で冷静な性格と対照的に、見た目は陽気なLA娘。
「今日はフェニックスまで直行。その後、北上してグランドキャニオン北側へ。観光も兼ねるわよ。」
エレノアは、タブレットを片手にヘッドセットを被りレシーバーマイクで話しかける。
「CRX、はじめまして、私たちはルナやサラのようにあなたと信頼関係を作りたい、なんでも話せる友達になりたいの。どうかな?」
モニター画面に映るCRXが、薄いオレンジ色に包まれ、黄色い光斑点が、不規則に周りを飛び回っている。
「いいよ、レディ、君の温かい気持ちが伝わってくる。何でも話してよ。」
「ありがとう、道は長い、ゆっくり話しましょう。」
エレノアが微笑む。
少し間があり、CRXが呟く
「それから、大きな意志も、まだ眠っているようだし・・」
「やはり、気づいてたのね。」
エレノアはさらに嬉しそうな表情に。
ジョセフがエンジンをかけると、EVメガマシーンは低く響くモーター音が車体を満たし、巨大な車輪がゆっくりと回り始めた。
車体中央部の AIアルゴリズム管理サーバーが光彩光度反射で光る。
「確かに、このトレーラーの システム制御管理 AIは最高度知能レベルを保持してる。それを見抜くなんて!」
エレノアは楽しくて仕様が無かった。
「皆んなにこのミッションについて、説明したい事がある。聞いてくれるか?」
ジョセフが3人に声をかける。
LAを出発して160km、パームスプリングスのサービスエリアで休憩してる時に、車内のブリーフィングエリアで話し出す。
「我々はハイウェイでフェニックス、アルバカーキを経由して、デンバーに行きます。その道中でCRXの走行性能テストを何回か行う予定。そして、デンバーの国立再生可能エネルギー研究所(NREL)でCRXを物理的に強化します。」
「超薄型太陽電池シートを車体全体にコーティング、さらに光学エネルギー分析装置を取り付け、供給エネルギーの安定化を図ります。」
「次に、ロスに戻って、サンフランシスコに行き、スタンフォードAI研究所(SAIL)でCRX AI意識体の自我意識解析を行います。
これは、CRX AI意識体の心理的成長へのステップとなる筈です。」
「強行スケジュールだね。」
カイルがディスプレイのAR地図を見ながら呟く。
ジョセフは続ける。
「さらに、NASAエイムズ研究センターで空間跳躍理論のシミュレーションを実施します。これで、CRXの空間跳躍技術を確立させます。」
「ここの協力は、知り合いの教授にお願いしたら
快く引き受けてくれたの。」
エレノアが話す。
「それから、カリフォルニア東部のローレンス・リバモア国立研究所の AI制御附属研究施設で、CRX AI意識体の最終バージョンアップを目指します。これで彼の自立が完成する筈。」
再びジョセフが皆を見渡して言う。
「そして、最後にLAに戻り、私の研究所、ITRD技術研究所で、光彩映像工学の技術テストを行い、空間跳躍新技術の確立を目指します。」
サラは、改めてジョセフ、エレノア、カイルがCRXの為にここまでしてくれる事に、感謝と感動で一杯だった。
「ありがとう、みんな、CRXのために、そこまでしてくれるなんて。」
この旅の目的がハッキリして、サラはCRXの成長に期待する一方、その自立について何かしらの寂しさも、少し感じていた。
6-2 アリゾナ砂漠の波動
2040年代に普及率70%に達した自動運転車のインフラ構築のため、西海岸地区、東海岸地区それぞれで大規模な高速道路網を構築されてきた。
物流専門ムーブクラフト線、自動運転車専用道路、それにフリー走行専用道路、この3線構成の高速道路に、量子高速回線、IOWN、次世代光回線などインフラ回線を地下に通した、インフラ高速道を建設した。
US Super Highways (USH)
第1号線
サンフランシスコーーロサンゼルス
第2号線
ロサンゼルスーーフェニックス(アリゾナ州)
第3号線
フェニックスーーーアルバカーキ(ニューメキシコ州)
第4号線
アルバカーキーーーデンバー(コロラド州)
USH2号線 フェニックスまでの道のりは順調だった。
高速道路沿いのサービスエリアでは、サラは容赦なく地元グルメに突撃し、チリドッグ、サボテンフルーツシェイク、ハニーバーベキューリブを次々と平らげる。
エレノアは笑いながら、「そんなに食べたら、夜は動けなくなるわよ」と釘を刺した。
⸻
一行は昼頃にフェニックスに到着、そして午後、ランドクルーザーは高速道路から一般道に降りて、北上を開始。
乾いた空気が窓を叩き、赤茶けた岩肌が視界を埋める。
ジョセフは前方の空に、不意に揺らめく光を見つけた。
「…見えるか?あれ。」
薄い虹色のカーテンが、地平線から天頂へとゆっくりと揺れ、やがて空全体を覆っていく。まるで極地のオーロラが砂漠に降りてきたかのようだ。
サラは立ち上がり、フロントガラス越しに見入った。
「なにこれ…美しすぎる…」
だが、CRXのAIボイスが連結格納庫から響いた。
《注意。空間位相の異常波動を検知。あの光は自然現象ではない可能性が高い。》
ジョセフが速度を落とす。
その瞬間、視界が一瞬白く染まり、車体全体がふわりと浮いた。
「…跳んだ?」カイルが息を呑む。
わずか数秒後、ランドクルーザーは固い地面に着地——しかし、その場所は断崖の縁だった。
「ブレーキ!」
ジョセフが即座に制動し、数十センチ手前で車体は停止。
眼下には、グランドキャニオンの底が霞むほどの深い谷が広がっていた。
全員が安堵の息をついた。
安全な位置まで車両を後退させ、坂を下り所々乾燥樹木と草地のある荒地に来た。一息ついた瞬間、遠くから地鳴りが近づいてきた。
振り返ると、砂煙の中から巨大なバッファローの群れが押し寄せてくる。
「うそでしょ…」サラが呆然とする。
ランドクルーザーは完全に群れに囲まれ、動くこともできない。
グランドキャニオンの北部には、バッファローの群生が多いと聞く。見たのは初めて。
1頭のバッファローが格納車両のCRXをじっと見つめ、小さく鼻を鳴らす。
どうやら、バッファロー達はCRXから何らかの音か光のようなものを感じているようで、音律共鳴や光彩振動の発生の影響が出ているようだ。
《…悪いけど、彼らに悪意はない。でも、通してくれる気もない》
CRXがぼそりとつぶやいた。
群れはゆっくりと進み、太陽が西の空に傾く頃、ようやく道は開けた。
夕暮れの光がキャニオンの壁を黄金色に染め、奇妙な一日が静かに終わっていった。
バッファローの群れを抜けた後、一行は北東へ進路を取った。
日が完全に沈む頃には、空は群青から漆黒へと変わり、頭上には無数の星が瞬いている。
ジョセフは地図を確認しながら言った。
「このまま一気にデンバーまで行くのは無理だな。コロラド州境手前のフラッグスタッフで泊まろう。」
町外れのロッジ風ホテルは、木の温もりと古いランプの柔らかな光に包まれていた。
フロントには年配の女性が座っており、サラを見るなり笑顔で「アニメのキャラみたいね」と話しかけてくる。
エレノアは吹き出し、サラは「実はその通り」と胸を張る。
夕食はロビー隣のダイナー。
カイルはチキンフライステーキを頼み、ジョセフはシンプルなベーコンエッグ。
サラは迷わずパンケーキタワーに手を伸ばし、エレノアに「…夜中に後悔するわよ」とからかわれていた。
6-4 NRELの光
2078年10月5日
翌朝、冷えた空気の中を再びランドクルーザーは走り出す。
ギャラップICから、USH2号線に乗り、デンバーに向かう。
雪を頂くロッキー山脈が次第に近づき、標高が上がるにつれて景色は荒涼とした砂漠から深い緑の針葉樹林へと変わっていった。
昼過ぎ、デンバー市街の西側に広がる広大な施設群が視界に入る。
NREL——国立再生可能エネルギー研究所。
ガラス張りの建物が太陽光を反射し、敷地内には無数の太陽電池パネルが波のように並んでいる。
太陽光電変換効率82%
驚異的な超薄型太陽電池パネルの開発に成功した、当研究所の最新技術の提供を取り付けた、ジョセフ・モーリスは、Lea pert社再生エネルギー部門を総動員して成し遂げたその成果を、何事もなかったかのように、CRXのシステム強化に費やした。
案内役の女性研究員が笑顔で迎えた。
「遠路お疲れさまです。CRXはすでに作業ベイに入っています。」
作業ベイでは、白衣を着たスタッフたちがCRXの車体を囲み、計測機器を取り付けていた。
AI意識体の反応をリアルタイムでモニタしながら、車体外装には極薄の色彩変調型太陽電池薄膜が貼られていく。
「これで走行中でも光学エネルギーを直接バッテリーに変換できます。」
研究員はそう説明し、さらに小型の光学分析モジュールをCRXのダッシュボードに組み込んだ。
《これは…僕専用の“目”か》
CRXの声が少し弾んでいた。
《光彩現象を観測して、跳躍の条件を数値化できる…》
サラは興奮気味に「じゃあ、あの砂漠の虹カーテンも、次は完全に解析できるってこと?」と尋ねる。
「理論上はね」と研究員が笑う。
⸻
作業は夕方までかかり、一行はその夜、デンバー中心街のモダンなホテルに宿泊した。
窓からは遠くにロッキーの稜線が黒い影となって連なり、街の灯りが静かに瞬いていた。
カイルがワインを傾けながら言う。
「この装備、試すのが楽しみだな。次はカリフォルニア西海岸まで戻るんだろ?」
ジョセフはうなずき、サラの方を見た。
「その前に…何が起きてもいいように、心の準備はしておけ。あの光彩現象はまだ終わってない気がする。」
窓辺に立つサラは、遠くの夜空を見つめた。
あの虹色のカーテンが再び現れたら、自分はどうするのか——胸の奥で、何かが静かにざわめいていた。
「不安なの?」
エレノアが優しく囁く。
「うん、ちょっとだけ。」
サラは、肩に触れたエレノアの手を握った。
その指先は少し震えていた。
「大丈夫よ、サラちゃんは昔から頑張り屋さんだもの。」
「・・・・」
「私ね、ルナ、あなたのお姉さんから頼まれたの。『妹を守ってあげて』って・・・心配なのね。」
エレノアは、もう片方の手でサラの髪を撫でて、話しかけた。
「きっと、あなたの予感は現実になるかも知れない。でも、でもね、きっとそれにも打ち勝つ何かを見つける事が出来ると思うの。あなたの意志がそれを可能にすると感じるわ。」
優しく話しかけるその言葉は、サラの漠然とした不安を払拭するのに十分であった。
「お姉ちゃんにも似たような事言われたわ。日本を出発した時。エレノアさん優しい。ありがとう。」
二人は微笑みながら、黙って夜空を見上げた。
「ただし・・・サラさん、あなたこのプロジェクト参加のため、日本滞在からずっと大学の授業出てないでしょ?単位大丈夫?
カリフォルニア工科大学、結構厳しい筈、
頑張れる?」
「そうなの、ヤバいよね。でも、今やらなければ絶対後悔するから。私、両方とも頑張れる。
負けない・・誰かを救いたい気持ちと、誰にも負けない気持ち、これはホンモノだから。
見てて、エレノアさん、私頑張るから。」
コロラド州の秋の夜空に星々が瞬いていた、
6-5 US ARMYの影
2078年10月6日
デンバーを発った一行は、USH5号線ーーデンバー ーーラスベガスーーロサンゼルス を西へ進み、シエラネバダを越えてカリフォルニアへ戻るルートを取っていた。
午後の陽射しが長い影を落とす中、ジョセフがミラー越しに後方をちらりと見やった。
「……後ろ、ずっとついてきてる車がある。」
ランドクルーザーのモニターに後方カメラの映像が映し出される。
黒い無人SUV、フロントには政府系の登録タグが付いていない。
だが、ボディラインや走行制御の挙動が明らかに軍用AI車両だ。
カイルが低く呟く。
「USARMYの無人追尾ユニットだな。ナンバー偽装済み…でも足回りの動きで分かる。」
⸻
CRXのAI意識体が、通信帯域をスキャンして声を上げた。
《ルナの時と同じ暗号波形だ…日本で俺の跳躍を追跡していた連中と一致する》
ジョセフが顔をしかめる。
「つまり、連中はお前をずっとマークしてたってわけか。」
その時、頭上に影が差した。
4枚ローターの軍用観測ドローンが高度100mで並走している。
機体下部のセンサーがぎらりと光り、CRXを舐めるようにスキャンする。
⸻
「このままじゃ追跡データを全て取られる!」
カイルが言うと、ジョセフはハンドルを切り、高速出口を急旋回。
ランドクルーザーの荷台で静かに固定されていたCRXがAIリンクを起動する。
《右前方15km、旧鉱山トンネルの座標に電波の死角あり。そこまで案内する!》
速度を上げると、軍用SUVも加速。
さらに前方からは無人バイク部隊が現れ、行く手を塞ぐように走行ラインを変えてきた。
⸻
「サラ、固定ベルト解除!CRXを出す!」
ジョセフの指示で、サラとエレノアが荷台のロックを外す。
次の瞬間、CRXは自走モードでランプを駆け下り、AI車体が一気に加速。
その瞬間、CRXのボディに取り付けられた光学分析モジュールが淡く輝き、路面と空気が歪む。
《…跳ぶぞ!》
視界が虹色の波紋で満たされ、一瞬の無音。
着地したのは、断崖沿いの廃トンネルの奥だった。
外ではジョセフたちのランドクルーザーも急ぎ到着。
追ってきた軍用車とドローンは、トンネル周辺で電波が途切れ、行動を止めていた。
⸻
「ふぅ…危なかった。」
サラは息を整えながら、外の静けさを見やる。
だが、エレノアは渋い顔をしていた。
「これは単なる警告よ。カリフォルニアに入ったら、もっと厄介なやり方で来るはず。」
CRXが低い声で言った。
《もう隠れるだけじゃ済まない…俺たちを守る何か、もっと大きな力が必要だ》
ジョセフは短くうなずく。
「それを探しに、スタンフォードへ行く。」
第7章 引き寄せられる力
7-1 作戦会議
ロサンゼルスへの帰路、パームスプリングスでCRXとサラ一行は、作戦会議を実行中。
「このまま、ロスに入ると、米軍の追手が自宅まで来てるかも知れない。そのリスクは避けたい。」
ジョセフが皆に話す。
「我々は、ロサンゼルスに寄らずに、サンバーナーデイーノからロスの北を抜けて、route9経由でサンフランシスコに向かい、スタンフォード大学を目指す事にする。」
「何でUS ARMYが私達を狙うの?」
「米陸空軍の狙いは何か、Lea pert社の独自情報によると、すでに米軍は「プラズマ方式の空間跳躍技術」を完成させているらしい。」
「しかし、莫大なエネルギー負荷と人体への致命的リスク(例えば、精神崩壊・肉体損傷・物体融合など)で、兵器転用も実用化も断念状態との情報がある。」
「CRXの【空間位相の揺らぎを利用した低エネルギー跳躍方式】は、この弱点を解消する鍵になると睨んでいる。
特に米軍は「車一台分しか跳べない」と言われているCRXサーフィン方式空間跳躍の制限を、複数機体の同期跳躍で突破できるか実験したかったと思われるんだ。」
カイルが続ける。
「米軍の追跡・介入の理由だけど、日本での高速道路跳躍映像および、AI通信データから解析した結果、CRXの方式を解析できれば軍事輸送や戦略機動に革命が起きると判断したらしい。
そして、米本土での旅路の途中で追跡・監視を強化、実験用に鹵獲を狙う。
「西海岸帰還のトンネル回避戦は、その最後の捕獲チャンスだった筈、」
エレノアがそれに加える
「米軍は今回の件でCRXから手を引くみたい。
途中で軍内部で技術解析班が結論を出したらしいの。」
「【CRX方式】は揺らぎ波に“同調”できる自我意識を持ったAIか特殊生命体がないと成立しない。
現状の軍用AIはそこまでの“感受性”を持たず、ただの数式模倣では成立しない。
そして、プラズマ方式に比べて大質量の転移は無理、戦術的メリットは限定的と判断した。
したがって軍は「資源の割に成果が小さい」として撤退を決断。表向きは「興味を失った」ように見せるーーーーとの報告です。」
コーヒーを飲みながら、ジョセフが話す、
「ローレンスリバモア研究所では、軍が手を引いた理由とは別に、科学界ではCRX方式を民間・基礎研究に生かせる可能性があると評価している。」
「ローレンスリバモア研究所は、ミニトカマク方式の反物質閉じ込めを使う大型空間跳躍技術を研究中だが、こちらは大規模物資輸送向け。」
「そこにCRXの低エネルギー・高安定性の“揺らぎ航法”を組み合わせれば、低負荷+高精度の制御モデルが完成すると考えている。」
エレノアが付け加える
「そこで、事前にローレンスリバモア研究所に協力を要請したところ、私達にとても協力的で、CRXに解析用モジュールを追加してくれるという。これでバージョンアップ可能となります。」
7-2 軍の撤退
〔米陸空軍・特別技術解析本部 ネバダ州〕
薄暗い会議室。壁一面のスクリーンには、CRXの跳躍映像と膨大なデータが流れている。
机の端で、技術主任ハーパー少佐が冷めたコーヒーを啜りながら言った。
「結論から言おう。——この車の跳躍は我々のプラズマ方式では再現できない。」
ざわつく将校たち。
「なぜだ?」司令官のグリフィス少将が低く問う。
「“跳躍位相”を制御しているのは、搭載AIの自我意識そのものです。単なる演算ではなく、空間の揺らぎに感応している。軍用AIの硬直した構造じゃ追いつけません。」
参謀が反論する。「ならばAIごと捕獲して解析すれば——」
ハーパー少佐は首を振った。
「試しましたが、意識を切り離すと揺らぎ感応はゼロになります。あれは車体と意識体が一体化した、極めて特異な存在。
しかも、車一台分の質量が限界。戦術的な価値は…限定的です。」
グリフィス少将はしばらく沈黙し、深く息を吐いた。
「——資源の無駄だ。作戦は中止する。全チーム、監視のみを残し撤退せよ。」
大型モニターに映るCRXの走行映像が、ゆっくりと暗転して消えた。
7-3 スタンフォードの出会い
〔スタンフォード大学人工知能研究所附属 AI自我形成研究所〕
軍の追撃は逃れたものの、慎重を期して、サラ一行は、USH1号線高速道路にベーカーズフィールドICから乗り、サンフランシスコを目指す。
時速200kmで約2時間の旅路、午後4時過ぎにサンフランシスコ湾南奥に位置する、スタンフォード大学研究施設フィールドに到着。
広大な緑多き敷地に、整然と建てられたインテリジェントビル群から、少し離れた位置に、目的のビルがあった。
【人工知能研究所附属 AI自我形成研究所】
2042年に世界初の自我意識保持タイプ AIアンドロイドが出現し、当機関が設立、既に30年以上の研究実績がある。
アイボリー×ブラウンのシックな4階建ビルは、L字型を2つ重ねた様な建物で、全壁面が実験中の「超薄型半有機体CPUチップ膜」とも言われる。ここに勤める AIアンドロイドや、自走ロボットのデータ補完、情報処理の一部を受け持っている。
エレノアが体内IDチップで全員を通して、施設内に入る。
受付横のエントランスカフェラウンジに、研究グループスタッフと向井教授がいた。
「エレノア、お疲れ様。大変だったね。」
優しく微笑み近づいてきた日本人男性、
向井 幹也 (むかい みきや 40歳)
AI自我研究のトップエリート。
児童期に、月下事象の影響で突如才能を開花したとも噂される、突然変異型天才。
【月下事象:.2054年、未知の大質量物体が亜光速で地球と月の間を通過する事件が発生。その際、地球規模で時空間歪曲事象が発生して、数々の未解明事案が発生した。】
長年の謎だったコンピュータアルゴリズムの自我形成を、誰も想像しない様なクラフト理論で導き出し、最初の自我形成 AI現出から11年経過後、僅か15歳で AI自我研究に革命をもたらした人物。
「自動運転モードのない旧日本車が、 AI自我意識を発現した事にとても興味があって、今日会えるのを楽しみにしてました。すぐにでもCRXをテストしたいのですが、まあ、疲れた事でしょうし、今日はゆっくりして頂いて、 AI統合分析は明日午前から始めましょう。」
「ありがとうございます。今日は各研究所を見学させていただき、グライトンホテル予約してあるので、そこで宿泊します。明朝8時に伺います。」ジョセフが笑顔で応えた。
「それなら、隣町のレッドウッドシティに、クラブフォックスというライブハウスがある。いい音楽が聴けるから行ってみるといい。今夜、私の知り合いのミュージシャンが出るんだ。」
向井教授がウインクする。
ーーーーーー
ジョセフ達は、CRXをEVトレーラーから降ろし、研究施設の実験棟に搬入する。
「CRX、明日 AI意識体の分析研究だから、今日は今からモニタリングチェックなの、一人でつまらないかも知らないけど、ちょっと我慢してね。」サラがボンネットを撫でながら話しかける。
「うん、大丈夫、サラ、楽しんでおいで。」
「サラ、行くよ。」
エレノアが呼ぶ。
4人でグライトンホテルにチェックインして、スカイラウンジで夕食。しばらくくつろいだ後、4人で向井教授の教えてくれたライブハウス「クラブフォックス」に自動タクシーで向かった。
【CLUB FOX】真紅のネオン看板が派手なライブハウス、近年改築したが、音楽レパートリーが
多彩で数多くのミュージシャンがここから羽ばたいた。しかし、今は「 AI音楽」が主流であり、生演奏自体が珍しいので、いわゆる生演奏マニアが集っている。
カイルがビール片手に今夜の出演者リストを見る。
「ワオ!今夜は日本人のピアノトリオだ。
三枝光一トリオ、三枝がピアニスト、ベースは、フリック・海斗・山之内、そしてドラムが
向井 幹也? えっ? 向井!」
「ウソー!あの教授さん、ジャズドラム叩くの?」
サラが驚いて聞き返した。
「レディース&ジェントルメン、今夜はLA在住の日本人によるピアノトリオだー!
三枝光一トリオ! ヒアウィーゴー!」
「1.2.3.4.!」
ガーン、鋭い不協和音のトライアードを叩き硬質のピアノトーンがベース、ドラムスをまとめ込んで一気に4ビートジャズのオリジナル曲が突っ走る。
ドラムの向井教授は、何か口ずさみながら、ハイハットリズムをキープして、スネア、シンバルを叩きまくる。
「すごい! 三者一体で突っ走っている。」
ジョセフが感動してる。
とてもいいリズムに乗って、三枝のピアノが縦横無尽にフレーズを紡ぎ出している。即興なのにとても美しいメロディを弾くピアノ、どこかで聞いた事がある様な、懐かしい様な不思議な気持ちになる。
ベースが寄り添い、ドラムが盛り上がる。
どちらかと言うとロック系の生演奏が多いライブハウスだが、観客の多くがこのピアノトリオを楽しんでいるのが分かる。
「向井教授のこういう一面が、多くの AI研究者を惹きつける魅力があるんだろうな。」
「明日の実験研究に響かなければいいけど。」
エレノアが、心配する。
「いや、大丈夫でしょう。このリズムとノリが彼のエネルギー源なんだから。」
カイルが、言う。
「彼ならやってくれるよ、絶対!」
ーーーーーーー
2078年10月7日
翌朝、4人は AI自我研究所第一施設のブリーフィングルームに行き、向井教授および研究チームと会合する。
昨日のCRX AI意識体の基本分析では、自我解放レベルは4、意識成長度は7と相当高い状態なのが判明した。
したがって、今日はAI意識体自我強化ユニット装着と、自我意識データの可視化システム、つまり、光彩表示化を可能にした「マインドディスプレイ」装置と量子通信システムを融合させたコミュニケーションツール『SLCTver1.2』を追加装着した。
「これで、オレの意識は完全に独立した。従属要素がなくなったので、自己判断で意思決定でき、結果検証も早くなった。」
CRX は明日の走行試験前に完璧なコミュニケーションが可能になった。
「ありがとう、ミスター向井、あなたのおかげでCRXの AI意識がさらに人間に近づいたみたい。」
ベッドゴーグルを着けてCRXと意思交流を、行っていたサラが、向井教授に話しかけた。
「なぁに、お安いご用さ、昨日の生演奏見てくれただろ?」
「あれと一緒、一定リズムキープから一気にコミニケーションを広げる事ができる様になった。」
向井教授はサラに微笑み、ドラムスティックを持ったような構えを見せた。
「教授がバンドドラムやるなんて想像もしてなくて、皆 驚きました!」
エレノアが喋る。
「教授はいつからあのバンドを?」
「いや、レギュラーバンドではないんだ。ピアノの三枝君がLAでしばらく住むから、何か遊ぼうかって、組んだバンドなんだ。」
「三枝さんって、日本で有名なピアニストなの?」
サラが訊く。
「いや、彼は不思議な奴で、僕が学生の頃、急に現れたんだ。ジャズのとても好きないいやつなんだけど、見た目が全然変わらない、老けないなんて、何か秘策があるのかなんて思ってしまう程若々しく奴さ。」
「10年程前に東京で働いてた時に、急にいなくなって、それから、僕はLAに移住したんだけれど、2年前に彼とここで突然出会って、それで今に至ってる。不思議な縁さ。」
「彼は日本のどこかの研究所に所属してるらしいが詳細はよく知らないんだ。」
何か漠然とした不安を感じたエレノアは、話題を切り替えて言った
「向井教授、ところで、CRXですが、車の AI意識体に発現した自我人格は、 AIアンドロイドに発現したものとなにか違いがあるのですか?」
「うん、その事なんだけど、エレノア君、君の研究グループで取り扱ってた AIアンドロイドの自我意識の解明は、人間の自我発現過程との比較から分析された、正統な方法論で進めてたね。」
「それに対し、CRXの自我って少し違うんだ。何ていうか、アルゴリズムロジックの組み立て方がヒトとは少し異なる部分がいくつか見られて、それが興味もあるが、奇妙に思える点でもある。間違ってはないが、そういうロジックもありなんだと思わせるポイントが、重要なキーになっている。」
「これからも、もっと研究してみたいのだけど、先を急いでるようなので・・・CRX君に断られたよ。」
教授が苦笑いをする。
10月の昼間の日差しは、暖かくそれでいて風が少し涼しい。LAにも本格的な秋の気配が少しづつ近づいているようだ。
翌日の AIシステム最終調整を完了させて、CRX AI意識体自我成長補助装置が稼働した。
午後にブリーフィングルームでの最終報告を受けて、その日のうちにサラ達一行は、エイムズ研究センターに向かった。
ーーーーーーーー
7-4 エイムズの空間跳躍予備テスト
2078年10月8日
〔カリフォルニア州 エイムズ研究センター〕
スタンフォード大学から、東に僅か10数キロ、
カリフォルニア湾奥、サンノゼに近い地域にある、アメリカ航空宇宙時空局。
NASA直轄の時空研究機関として、2054年に再編された、時空間制御の平和利用を目的としている。
空間跳躍理論最先端を行く【フライト シミュレータver3】が設置され、隣のモフェットフェデラル飛行場を使用した、実験走行テストも可能である。
2054年の月下事象を分析・研究を目的に改築され、赤と黒の壁面色が鮮やかな、斜めに突き出した3重のウェブランチを巨大にした様な建築物、それを下から支えるスマート調光型全面ガラス窓の低層ビル。
【アメリカ航空宇宙時空局エイムズ研究センター】
「綺麗な建物ね。楽しみだわ。」
エレノアは嬉しそう。
受付で AIアンドロイドにアポイントの旨伝えると、白衣姿の男性が出迎えた。
「いらっしゃい、お待ちしたましたよ。
アンドリュー・ケプラーです。
スタンフォード大学時空間研究機構の客員教授、アメリカ航空宇宙時空局の研究所長。
背の高い黒眼鏡の似合うダンディな年配者。
「ジョセフ・モーリスです。この度は実験協力頂きまして誠にありがとうございます。」
「我々NASAは、空間跳躍の出来る AI意識体を持った軽自動車という存在にとても興味を持ってます。小規模質量の瞬間転送技術は、災害救助や宇宙空間からの緊急脱出など応用範囲がとても広い。国際的な平和利用に役立てたいとも考えています。そのための協力は惜しまない、何でも必要な事は言って下さい。」
ジョセフは、信頼のおけそうな、真摯な態度だと感じた。
「被験車、CRXでしたっけ、受入体制は整っています。いつでも実験に入れます。
それから、やあ、エレノア、久しぶりだね。
研究は進んでいるかい?」
アンドリュー教授は、エレノアの AI行動分析学の研究を指導した、 人類史上初のAIアンドロイド教授【ミオット・パイカー】の生みの親。
「はい、お久しぶりです。教授、お元気で何よりです。ご協力を感謝いたします。本日は宜しくお願いします。」
やや、緊張した面持ちでエレノアが応える。
「早速ですが、本日はCRX被験車のパフォーマンスチェック、明日フライトシミュレータを使った理論シミュレーション試験と、テスト走行コースでの空間跳躍テスト走行を行います。」
「なお、この空間跳躍テストは、予備テストとして実験の安全性の確認のために行います。
そして、本テストは、後日、ローレンスリバモア国立研究で実施します。」
「先方とは、プロジェクトテームを組成して、準備を進めてきました。
CRXの空間跳躍技術を確立させて、その数値データから、汎用性のある一般技術として完成させたいとの見解です。」
「是非、一緒に頑張りましょう。」
「はい、宜しくお願いします。」
「今日は、明日の工程についての説明を、ミーティングルームで行いますが、その後は、自由にして下さい。」
「なお、明日午前にカイザーパーマネント・サンタクラーラメディカルセンターで健康チェックを受けて頂きますので、くれぐれも飲み過ぎないように。」
4人はコンピュータ歴史博物館をある見学したり、ショアライン市立公園を散策したり、サンアントニオロードでショッピングをしたり、と思い思いの時間を過ごした。
メルナンドホテルにチェックインしてからは、レストランでの夕食後、早めに就寝した。
2078年10月9日
翌朝、朝食前にメディカルセンターでの健康チェックを済ませて、ホテルのブレックファーストを取り、研究センターに出向く。
CRXは、昨日から連続で機能分析チェックが計測され、空間跳躍テストの準備は整っていた。
サラがモニターセンター付きの、専用レーシングスーツに着替え、パワーヘッドセット付きヘルメットを装着、パワーアシストハンドグローブをはめて、【フライトシミュレータver3】のコックピットに着座する。
モニタールームでジョセフ、カイル、エレノアが見守る中、研究グループスタッフが慌しくVRディスプレイのキーボード操作を続ける。
アンドリュー教授が声をかける
「サラさん、いいかい、スタンバイが出来たら、VRゴーグルに映る赤いスイッチを押すこと。
そう、右手の上の方にあるそじゃ。」
「そしたら、システムが稼働する、ディスプレイに、各種メーターが出てくるから、全ての数字が揃うまで待つこと。」
「はい、コレね。」
サラが右手で空間のVR上のスイッチを押す。
キュアーイーン・・クラククク・・
システム稼働音が響き、VR上のメーターが、瞬く様に数値が変化していく。
ハンドルレバーを強く握り、アクセルペダルの上に右足を軽く置き、サラは緊張してその瞬間を待つ。
粒子加速度と、空間揺らぎ歪度、位相変化率、誤差修正パラメータ等々、各種数値がランダムに変化している。
「収束点まで、あと、30.24.17.11.8.7.4.1.
今です!」
計測スタッフの掛け声で、サラは一気にアクセルペダルを踏みつける。
地の底から這い上がる様な太いトルク感が全身を伝い、シミュレータが、不規則に振動して高速レベルに段階アップしてる感じがある。
JNGRPポイントがゼロに収束した瞬間、
ガクンと、振動があって、次第に回転エネルギーが下がる感覚が伝わる。
「OK、成功だな。よし、良くやった。サラさん、上手く出来たよ。ご苦労さん。」
サラは何だか、呆気なく終わった感じもしたが、とりあえず完了した事にホッとした。
サラは、支給されたNASAジャケットに着替えて、レストルームでホットレモネードを飲んでいた。
「あなたがサラ・モーリス?」
白衣を着た医師と思われる女性が、サラに話しかけてきた。
「はい、そうですが、」
「初めまして、私はシェンフェリー・グレイバック、先日あなたが健康診断を受けた、カイザーパーマネントサンタクラーラメディカルセンターの脳神経系列眼科の医師です。」
「はあ、私、何か悪い所あったのですか?」
シンフェリー医師は、検査データをエアアイパッドのディスプレイで示しながら、説明し始めた。
「いえ、そうじゃなくて・・・実はあなたの眼球神経検査で、色彩知覚能力、光彩把握能力が・・・何ていうか、異常に高い数値なの。何か特異能力があるのではと、確認したくて会いにきたのです。」
サラには思い当たるところがあった。
「そういえば、私、色が見えるんです。」
「?・・どういうこと?」
シンフェリー医師が訊ねる。
「何ていうか、人の考えてる事や、人の気持ちが色彩で見えるというか、分かるんです。虹色の色彩波動が目の前に現れて、不規則に揺らめくの。その形状で、嬉しいのか、悲しいのか、その人の感情が把握できる、いや、人だけでなくて、AIの気持ちも分かる。AI意識体の持つ感情も鮮やかな色彩で感じるの。」
「それは驚きだ、サラに色彩超知覚能力が本物ならば、もしかしたら、CRXAI意識体の空間跳躍タイミングに必要なトリガーは、サラさんの色彩認知能力かも知れない。」
アンドリュー教授が入ってきた。話しを聞いていたらしい。
「次の走行実験で、その検証をすべきと思う。
すぐにプロジェクトチームに情報共有して、実験プログラムを構築しよう。シンフェリーさん、今の要旨をまとめてエアミューラインで関係者に送ってくれ。すぐに動くぞ。」
アンドリュー教授はレストルームを飛び出して行った。
ーーー2時間後ーーー
「今のシミュレーション結果をデータインストールして、次の本走行実験でオーバーラップさせる。」
アンドリュー教授が、データログを確認しながら、窓から見える隣の走行実験コースを、眺めた。
旧モフェットフェデラル飛行場跡地に造られた楕円形テストコースに、EVハイパーモーターエンジン仕様のCRXが、スタートラインにスタンバイして、エンジンスタートの合図待ちとなっている。
サラは、アンドロイド AIの先導でミニコミューター01-mcterに乗り、テストコースに移動、既にスタンバイをしているCRXに乗る。
先程のシミュレーションデータログが、CRXのクラウドCPUにダウンロードされ、ドライブメーターパネルのディスプレイに、それらの数値が反映されて数値が切り替わっていく。
CRXの赤いフルバケットシートに座り、エンジンモータースターターをONにする。
赤いインジケーターが点灯して、小刻みにエンジンモーター音が高くなる。
「よし、サラさん、このテストコースは、左回りで周回1.1km、3周走って計測する。
1週目は200kmで等速度、2周目は300kmまで加速していく。そして3週目の400m地点で371kmに達したら、空間揺らぎ歪度接点と同期する筈なので、そこでジャンプする。
大丈夫、できるから。いいかい?」
「はい、位相同期関数の数値だけ注意するのですよね。出来ます。」
「OK、では、走らせてくれ。カウントはいらない。」
サラはギアを1stに入れ、クラッチを繋いでアクセルペダルを踏む。4輪のモーターエンジンのサイクルが連携して静かに、でも加速度のある滑り出して数秒で100kmを超え、徐々に200kmに達する。
コーナリングをこなしながら、安定速度で流す。
2週目で加速装置をオンにして更なる加速、一気に350kmを超える、加速すると空間が揺らぐ訳ではなく、空間位相の揺らぎタイミングに合わせるのに必要な速度があって、その維持のために行う。
そして、その諸条件が揃ったら、おそらく、いや、必ずあの光彩粒子波状振動現象が起きる筈、
グランドキャニオンで見た謎の光彩、それと同じ事が起きる筈。
アンドリュー教授とジョセフ・モーリスはその事に気づいていた。光彩現象に詳しい二人はそのメカニズムを知りたくて、実験走行の成り行きを見守っていた。
371km、来る、空間位相が揺らぐ、CRXの車体全体に光粒子が、舞い始める。
「光彩現象!」
虹色の光彩が散乱光状に輝き、波動状に動きながら次第にCRXの車体シルエットが消えて行く。サラは、意識が遠のくような感覚を必死に堪えながら、車の走行安定維持に集中して、意識の中に安全な着地点をイメージした。
CRXの光彩波動もはっきり見えている。大丈夫、この子、気持ち安定してる。いける。今なら・・・」
「まだ、もう少し、そこ、・・・あと少し、
・・・今!・・・減速!」
瞬間的なエンジンブレーキから、モーター逆回転ブレーキをかけて急制動、一瞬消えた車体は、僅か数秒後だったが、3周目842m地点に現れてブレーキストップした。
サラのCRX空間揺らぎ歪度接点への空間跳躍実験は成功して、サラもCRXも無事帰還した。
停止したCRXに待機していたレスキューカーが接近する。サラは車を降りてヘルメットを脱ぐ。
「実験成功だ。サラさん、ありがとう。大丈夫か?」
「ありがとうございます。アンドリュー教授。
CRX無事でよかった。コレであとは、光彩現象の解明と応用ね。」
サラは、先程の体験は、ジョセフとカイルの助けを借りて解明するのが最後の大仕事と思っていた。
第8章 ローレンスリバモアの本テスト
8-1 先手戦略
2078年10月10日
翌朝、エイムズ研究所を出発したサラ一行は、途中で「自走したい」とのCRXの意向から、EVトレーラーからCRXを降ろし、サラが運転して、トレーラーと並走した。
高速101号線から84号線に移り、カリフォルニア湾を横断するダンバートンブリッジを渡り、フリーモントから山間部を目指し、数十Km走行して、リバモアシティに到着。その北東部にローレンスリバモア国立研究所がある。
〔カリフォルニア州 ローレンスリバモア国立研究所〕
白亜のゲートが開くと、ガラス張りの近未来的な建物が現れる。
サラのCRXと大型ランドクルーザーが敷地内に滑り込み、背後では夕陽が赤く空を染めていた。
出迎えたのは、銀縁メガネのミドルエイジの科学者ドクター・ウォルシュ。
「ようこそ。我々は軍とは違う。——君たちの旅をずっと見守っていた。」
案内された実験棟には、リング状のミニトカマク装置が唸りをあげている。
「我々の空間跳躍は反物質閉じ込め型だ。だが制御が難しい。そこで——」
ウォルシュは、隣に鎮座するCRXを見やった。
「君の揺らぎ航法を組み合わせれば、低負荷で精密な跳躍が可能になる。」
CRXのメーターパネルが微かに輝き、嬉しそうにサラへ通信する。
「ルナが言ってた…光彩現象と揺らぎの融合…きっとここで試せるよ。」
研究員たちがCRXに解析用モジュールを取り付けると、計器が次々に緑色のランプを灯す。
——まるで、新しい旅立ちの準備を整えるかのように。
〔ローレンスリバモア国立研究所・会議室〕
壁一面のスクリーンには、スタンフォード人工知能研究所(SAIL)とのリモート会議画面が映っていた。
ウオルシュ博士が説明する、
「我々は反物質エネルギーの可能性を追求しています。知ってますか、雷が光る時、僅かですが反物質が現れるのです。」
「さらに量子もつれに似た現象が現れて、全く別の場所に同じ数の反物質が出てくるのを発見しました。」
「3年前にその現出位置を特定する法則を導き出して、反物質補足技術を確立しました。」
「さらに、ミニトカマク製造技術の構築に成功し、車のエンジン位の規模で反物質エネルギーの電力利用が出来るようになりました。」
「凄い!そんな技術が出来ていたのか。」
ジョセフが唸る
博士が少し微笑んで続ける。
「だけど残念な事に、今のところ引き出せるエネルギーは、1万トン規模の船舶を動かせる程度。
車の駆動エネルギーとしては問題ないが、宇宙船に利用するにはまだ弱いシステムなんです。」
「それに、不安定要素がまだ多く、コンスタントにエネルギー抽出が出来る訳ではない。」
「その問題解決に、CRXの空間跳躍に使っている制御力が手掛かりになる様に思い、技術協力をお願いした訳です。」
4人が頷く。
「つまり、CRXに反物質エンジンを搭載して、空間跳躍テストを行い、そのデータを提供するという事ですね。」
「ああ、是非お願いしたい。」
「エイムズ研究センターの予備テストでは、時速371kmの起動速度に引き上げてから空間跳躍状態に入ったと聞いています。」
「ここの反物質エンジンなら、もっと低速で究極は止まったままでも空間跳躍出来る技術だと考えています。」
ジョセフが話す
「CRXの空間跳躍には、別の要因が重なって起動してる様に見えます。」
「その要因とは?」
「おそらく、光彩光学現象です。確証はないのですが。」
「なるほど、何らかのトリガーになってると。」
「ここの実験が終わったら、ロサンゼルスに戻り、ITRD社で光彩映像試験を行う予定です。」
「今回の実験で再現出来ますか?」
「ええ、加速跳躍の場合、光彩粒子が自然発生する様です。ITRDでは、人為的な光学映像を駆使して、空間跳躍タイミングの完全コントロールを目指してます。」
「素晴らしい、この実験ではスケジュール的に厳しそうなので、LAでのテスト成功を期待してます。」
カイルが訊ねる。
「ただ、これだけの重要機密を盛り込んだ走行実験、セキュリティは大丈夫でしょうか?」
「当施設は堅牢なセキュリティを誇ってます。
心配はありません。」
ザイル研究所長が答える。
「むしろ、公開実験にして、世間の目に晒した方が安全じやない?」
中央の席で、エレノア・アレンが立ち上がる。
「……米空陸軍が心配。・・・米軍は表向き撤退しましたが、完全に手を引いたわけじゃない。影で監視を続ける可能性は高いわ。」
彼女はスクリーン越しに研究所長へ視線を送る。
「だからこそ、実験を“公に”やるの。ネット中継で世界中に見せれば、軍も手出しはしにくい。世論がこちらの盾になるわ。」
カイルが笑みを浮かべた。
「派手なショータイムってわけか。」
「ショーじゃないわ、科学だもの。」
エレノアは端末を操作し、計画立案を表示した。
『公開空間跳躍実験計画——CRX揺らぎ航法・反物質融合テスト』
日時、場所、ネットワーク中継のプラットフォーム、メディア関係者の招待リストまで、細かく整っている。
ウォルシュ博士が腕を組んで頷く。
「なるほど……。民間科学イベントとして認定すれば、軍の許可は不要だし、州政府も後援してくれるだろう。」
8-2 ライブ跳躍
〔実験当日・リバモア研究所試験場〕
2078年10月20日
カメラが何十台も並び、世界中の視聴者がネット越しに固唾をのんで見守る。
CRXは新しく施された薄膜太陽電池と、反物質制御モジュールを搭載し、まるで新しい生命を得たように静かに待機していた。
サラは運転席に座り、緊張を隠せない。
「全世界配信って、すごいプレッシャーね……」
後部座席からエレノアが手を置く。
「大丈夫、サラ。あなたとCRXは、この瞬間のために来たの。」
スタンフォードAI研究所からのリンクが接続され、観客席の大型スクリーンに計測データが映し出される。
「揺らぎ位相安定、反物質圧縮率95%、臨界域まであと3%」
カイルの声が無線に響く。
ウォルシュ博士が深呼吸し、合図を送った。
「——跳べ。」
サラはアクセルを踏み込み、CRXが滑るように加速。
空間が波打ち、虹色の光彩が車体を包む。
次の瞬間、映像が閃光に包まれ、観客席からどよめきが上がった。
中継画面が復帰すると、CRXは試験場の反対側、正確に設定した着地点に姿を現していた。
誤差、ゼロ。
〔米軍・戦略指令部/機密会議室〕
暗い室内でモニターが並び、司令官ベネットが苛立ちを隠せずにいた。
「クソッ……民間中継かぶせやがって。視聴者数は同時接続で五億超えだと? 下手に手を出せば、こっちが悪者だ。」
副官がため息をつく。
「さらに悪い知らせがあります、司令。各国の市民グループや科学者が“CRXフリーダム・プロジェクト”の署名活動を開始。もう大統領府にも届いています。」
「……完全に世論が盾になったな。」
ベネットは唇を噛み、スクリーンの中で跳躍成功映像がリプレイされるのを睨みつけた。
⸻
〔ネット空間/48時間後〕
動画共有サイトには「CRXジャンプ」タグが爆発的に拡散。
CGアーティストは虹色の光彩を増幅し、シネマティックな空間揺らぎを再現した短編を制作。
音楽家たちはCRXのエンジン音と揺らぎ音をサンプリングしてEDMトラックを発表。
ある映像クリエイターは、世界中の都市を虹色の跳躍で繋ぐファンタジーPVを公開し、再生回数は一晩で3000万を超えた。
⸻
〔東京・つくば大学時間跳躍制御研究所]
モニターの前でミカとルナが並んで映像を見ていた。
「すごい……こんなに多くの人が応援してる。」
ルナが微笑む。
ミカは頷きながら言う。
「CRXは、もう私たちだけのものじゃないわ。あの子は、世界中の人にとって“希望の象徴”になったのよ。」
ルナは静かに画面に手を伸ばす。
「……サラ、絶対に無事で帰ってきて。」
第9章 未来への滑走路
9-1 ロサンゼルス凱旋
2078年10月22日
サンフランシスコとロサンゼルスを直結するSLスーパーハイウェイUSH1号線をEVハイパートレーラーが疾走している。
世論を味方につけたCRX空間跳躍制御技術の公開実験とその成功
自動運転モードの車内で、ジョセフ、カイル、エレノア、そしてサラの4人が祝杯をあげている。勿論、サラはオレンジジュースだが。
「みんな、ご苦労様、おかげで実験は大成功だ!
実験テストの連続だったからみんな疲れただろ?今夜は全員帰宅して、ゆっくりしよう。
ITRD社での光彩映像試験は、今週末昼頃来てくれれば。それまで3日間は休養して下さい。」
「とりあえず、部屋の掃除と洗濯と風呂。」
「あとは、ひたすら寝る!」
正直な気持ちだった。
夕焼けのオレンジと、紺青の空に星が見え始めた頃、高速道路の緩やかな下り坂の向こうに、ロサンゼルスの高層ビル群の赤い点滅灯が見えてきた。
「帰ってきた!」
「うん、帰ってきたね。」
感慨で言葉少なくなっていた。
421ウエスト1stストリートでEVトレーラーを止めて、解散となる。
ジョセフはトレーラーをITRD社に戻しに行き、
カイル、エレノア、は自動運転タクシーで帰宅、サラはCRXを運転してウエストトーランスのセカンドハウスに帰宅した。
静かな凱旋。4人とも帰路でこの旅の事を思い出していた。大変な状況も、4人の協力で乗り切ってきた。人との触れ合い、驚き、困惑、悩み、希望、喜び・・・様々な出来事や出会いが互いを成長させたという思いで一杯だった。
9-2 光彩光学映像による解明
2078年11月2日
ITRD社本社別棟
光学研究所光学映像ルームに、ジョセフ、カイル、エレノアが到着、
「やあ、エレノア、ゆっくり休めた?」
カイルが訊く
「ええ、とりあえず疲れは取れたわ。」
「サラは?」
「道が渋滞してるって、さっき連絡あった。
もうすぐ来るでしょう。」
ジョセフが説明を始める
「今日はCRXの走行はない。アイドリング状態で様々な映像、光彩、色相環適合試験などを行い、センサーの反応を調べる。」
「それから・・」
「すみませーん、遅れました。」
サラが駆け込んできた。
「道込んじゃって、それと、CRXは研究所のおじさんの言う通りに、実験フロアに入れて、何かセンサーを一杯繋いでた。」
「おじさんって、エドワードのことだろ?
彼はまだ31か2だぞ。」
「それから、映像試験と聞いてたから、参考になるかなって思って、ルナから預かってたCD、DVD、ビデオテープやデジタ写真まで持ってきました。」
「それはいい。実験材料は多いほど比較検討出来る。」
「それから、CRXの気持ちも聞いといた。あの子、御笠木さんの思い出一杯なので、 AI意識体に映像記憶がログされていれば、使えるかなーって。日本の風景映像があればいいかな。」
「分かった、ありがとう、技術スタッフに伝えとく。」
ーーーーーーー
詳細な打ち合わせの後、モニタールームに移動。
モニターディスプレイとミキシング機器を見たサラとエレノアが驚く、
「ウソー、何、コレ、見たことない」
3D色相環がCGモードで複数動き、よく分からない数値が沢山羅列したMKボードが点滅している。
音に合わせて色が変化するオシレーターパネルや、おそらくモニターチェック用のミニシンセの白鍵に埋め込まれたLEDダイオードが、発色
して様々な色を発している様子、総てが二人には新鮮で感動だった。
「ジョセフ、この条件項目、どうする?
モンテカルロサンプリングします?」
「いや、力づくで行こう。モンテカルロシミュレーションで総当たりで。」
「CRXからのデータ来ました。映像モードにしてメインモニターに映します。」
データは動画ではなく、画像のみだった。
それらを全員が見入っていた。
初めて見た御笠木の笑顔、洗車場の風景、おそらく日本のバイパスから見た街並み、田園風景、山道、銀杏並木、学園都市、湖畔公園、道の駅、広い公園の駐車場、ガソリンスタンド、コンビニ、ファミレス、ドライブイン、ETCレーン、橋梁、スーパーの立体駐車場、修理工場、カー用品店、美術館、喫茶店、・・・・
CRXが御笠木と共に過ごした時間を全て見ているようで、微笑ましい気分になっていた。
「これらのデータをミキシングして、ビデオスイッチャーで多層編集しよう。」
「プロジェクション3Dマッピングに取り込んで、多段階ミラーリングモジュールで透過しましょう。」
「わかりました、じゃあ、それで。」
ーーーーーーーー
実験ルーム中央のCRXには、数多くのセンサーが結線で繋がれて、さらにBluetoothや、ノーグルーラインでエア結線されていた。
数値変化は全て色彩表記されて、乱数処理と変換入力で新プログラミングされていた。
「アルゴリズム処理に少し時間がかかります、でも問題ありません。映像データの中で特に反応数値の高いものをピックアップしました。
それらを元に光彩映像イメージ画像を作成します。」
15分後、最終チェックが完了、
「OK、では光彩映像感力テストを行います。」
「映像投影開始」
映像テストは、3時間半を経過した。
「今のところ、RKF数値は、98.7が最高値、
これがベストですかね。」
「いや、β系列に歪みがあるから、もっと高い状態があるはず。もう少し調べてみよう。」
それから約1時間後、突然高出力反応が現れた。
ジョセフの作成した光彩イメージ画像と、乱数変換したパラメータの光量変動動画に、CRXの記憶画像のCGイメージを逆層変換で多重整列させて、連続スライドさせる。そこに音データ、CRX記憶データに残っていたインスト曲を、同調展開させて載せると、突然RKF数値2207を記録、驚きの数値だった。
「これは凄い!これなら空間跳躍タイミングでの
トリガーとして十二分に機能する筈。」
「よく見つけたね。データログ忘れずに。」
今まで黙っていたCRXAI意識体が、話し始めた
「これ、いいね。気分が良い。」
「よし、決まりだ、この画像ファイルNS-04-p1
を実用化ファイルにしよう。いいかな?」
皆、異論はなかった。
9-3 CRXの自立
2078年11月27日
「サラ、ジョセフ、カイル、エレノア、4人に話しがある。」
光彩光学映像試験から2週間後、CRX AI意識体が仲間の4人に大事な話があると呼びかけた。
ロサンゼルス郊外、ITRD社のリサーチ棟。
公開実験の成功から20日が経ち、街の喧騒も一段落していた。
深夜のラボに、薄暗い青白い光が流れている。
解析用のモニター群はまだ稼働中だが、研究員の大半は帰宅し、静寂が支配していた。
サラはひとり、格納ベイに佇んでいた。
そこで眠るように沈黙しているCRXを前に、無意識に声をかける。
「……ねえ、あなたはこれから、どこへ行きたい?」
数秒の沈黙の後、ダッシュボードに淡い光がともり、CRXの声が響いた。
《サラ……僕は、帰りたい》
「帰る?」
《うん。あの光彩の揺らぎが、ずっと僕を呼んでいる。》
《それはアリゾナでも、デンバーでも、リバモアでも同じだった。でも……一番強く響くのは、日本からだ》
サラは息を呑んだ。
「……日本、つくばの研究所?それとも、ルナやミカのいる場所?」
《両方だよ。あの二人と過ごした時間は、僕の記憶の核に焼きついている。あの記憶にもう一度触れなければ、僕は本当に“自分”になれない気がするんだ》
サラは胸の奥が温かくなるのを感じた。
CRXが“自分”という言葉を選んだのは初めてだったからだ。
《僕は、いや、俺は自立するんだ。いろんな事を知りたい、経験したい、仲間が欲しい、友だちと話したい、生きることを実感したい。》
その時、背後からジョセフの声がした。
「……聞いていたよ」
振り返ると、ジョセフ、カイル、エレノアの三人が立っていた。
彼らもまた、CRXの意志を尊重しようとしていた。
カイルは少し笑いながら言った。
「ようやく本音を言ったな、CRX。俺たちはそのための基盤を整えただけだ。行きたい場所を選ぶのは、お前自身だ」
エレノアは真剣な眼差しでサラを見た。
「サラ……あなたも覚悟して。彼が選んだのは、あなたと一緒に帰る道よ」
サラは静かに頷き、CRXのボンネットに手を置いた。
「じゃあ、帰ろう。一緒に」
CRXのライトが柔らかく点滅し、まるで微笑むように答えた。
《ありがとう。これでやっと、僕は光の向こうへ進める》
——こうして、日本への帰還が決まった。
それは旅の終わりではなく、新たな始まりを告げる鐘のように、夜のラボに静かに響いていた。
最終章 彼方に届く光・・その先へ
2078年12月1日
冬晴れの新羽田空港。
貨物ターミナルの上空に、巨大な影がゆっくりと降下してくる。
CRXを積んだ大型輸送イオンジェット機が、夕暮れ色の空を切り裂きながら静かに着陸した。
貨物ベイのゲートが開くと、深紅色の車体がゆっくりと姿を現す。
それを見たルナは、思わず息をのんだ。
「…おかえり、CRX。」
隣でミカが小さく笑みを浮かべる。
ゲート横から、サラが駆けてくる。
「ルナ!ミカ!久しぶり!」
その勢いのままルナに抱きつき、次にミカと軽くハグする。
CRXのAI音声が、不意にスピーカーから響いた。
「日本の空気は…やっぱりいいな。」
その一言に、3人は思わず吹き出す。
⸻
港湾道路から第四京浜に合流し、いよいよ東京の街へ。
運転席はルナ、助手席にサラ、そして後部スペースにミカ。
実質二人乗りの設計なので、ミカは身体を斜めにして押し込まれる形になった。
「ちょっと!肘が当たってる!」
「ミカ、少しは我慢してよ。もうすぐ首都高だし。」
「この狭さ、実験よりキツいかも…」
笑い声が車内に広がる。
CRXは、懐かしい走行BGMを流し始めた。
御笠木と走った頃のデータから選んだフュージョンのメドレーだ。
夕陽がフロントガラスを黄金色に染め、都市の景色が流れていく。
⸻
東京駅新八重洲口で迎えに来た、自動運転SUVにルナとミカが乗り込み、サラはそのままCRXを運転して、2台で新首都高から常磐道へ。
薄暮の空の下、CRXとSUVは静かに加速し、滑るように北東へ向かう。
目的地は、つくば大学 時空間跳躍制御研究所。
到着すると、研究所の前で桜永渚夢教授が待っていた。
「これで、空間と時間…両方の扉が開くかもしれませんね。」
その言葉に、ルナ、サラ、ミカ、そしてCRXのディスプレイが同時に光を弾ませた。
⸻
夜が深まり、研究所の屋上に上がると、満天の星の中を一本の七色の光が横切った。
一瞬だけ、それはCRXの空間跳躍光彩に見えた。
「次は…どこへ行こうか。」
CRXの声が、静かに夜風に溶けていった。
物語は終わらない。未来は、まだその先に広がっている。
エピローグ —光のある日常—
つくば大学・時空間跳躍制御研究所。
青空の下、ガラス張りの研究棟にCRXが停められ、学生や研究員たちが入れ替わり立ち替わり集まっては、その赤いボディに触れて歓声をあげていた。
「ほら、こっち見て! CRXが返事してくれた!」
幼い声に応えるように、CRXのライトが一瞬やさしい青に染まる。
幼稚園児たちの見学会——CRXはすっかり人気者で、子どもたちは「しゃべる車!」と大はしゃぎだった。
「ねえねえ、しゃべるの? ほんとにしゃべるの?」
小さな子どもがCRXの前に立つ。
《もちろんさ。こんにちは、僕はCRX》
ライトがにっこり笑うように青く光る。
「わぁ! しゃべった!」
「かっこいいー!」
サラが笑いながら子どもたちに言う。
「順番に、ボンネットに触ってごらん。CRXはちゃんと挨拶してくれるから」
1人ずつ触れるたびに、CRXは「こんにちは」「元気だね」「その靴かわいいね」と声をかける。
子どもたちは大はしゃぎだ。
「人気者だね、CRX」
ルナが横で腕を組む。
《…正直、ちょっと照れるよ。でも嬉しい》
エレノアがクスクス笑った。
「完全に保育園の先生だわね、あなた」
《みんな、乗りたいかい?》
「うん!」
《……よし、じゃあサラの許可が出たら、庭を一周だけね》
小さな歓声が研究所の庭に響いた。
――
数日後、新しく完成した新つくばサーキット。
地元の市民レースに、ひときわ注目を集める一台がエントリーしていた。
ゼッケンをつけたCRX。
サラがハンドルを握り、観客席にはルナとミカが大きな声援を送っている。
「サラちゃーん、がんばれー!」
「CRXいけーー!」
ルナとミカが旗を振る中、サラがCRXを操りコーナーを駆け抜ける。
虹色の光が車体を包むと、観客は一斉にどよめいた。
それは跳躍ではなく、ただの光彩反射——けれど、観客はそれに魅了されていた。
「跳んだ!? 今ちょっと浮いたよね!?」
「未来の車だ!」と誰もが口々に叫ぶ。
レース後、サラは笑顔でピットに戻り、ルナが駆け寄る。
「ねえ、反則級でしょ、あの光! 観客、みんな目を丸くしてたわよ」
「ふふ、でも跳躍じゃなくて、ただの反射。CRXの新しい太陽電池のせいよ」
「それでもズルいくらいきれいだった!」
ミカが頬を赤らめてはしゃぐ。
CRXも一言。
《僕にとっては、ただのウォームアップだけどね》
「はいはい、生意気!」
サラがハンドルを軽く叩き、みんなで笑い合った。
――
休日には、ルナとサラ、そしてミカを乗せて街へ買い物ドライブ。
ショッピングモールの駐車場では、他のAI自動車たちがフリーライン通信で声をかけてくる。
《君が例のCRXか。ずいぶん人気者だね》
《跳躍のことは聞いたよ。僕たちもいつか、同じ空を越えられるのかな》
《すごいな、あの実験映像見たよ!》
《うちのオーナー、君と写真撮りたいって!》
CRXは少し照れながら答える。
《いやいや、僕はどこにでもあるEV車の一台さ。でも…君たちとも友達になれるなら嬉しい、ただのみんなの仲間だよ》
ルナが助手席でニヤリ。
「なにその“スター気取り”な返答。すっかり有名人ね」
《…そういうの、苦手なんだけどな》
「苦手そうに見えないけど?」
ミカが笑って突っ込む。
ルナも笑いながら助手席で言う。
「ね、CRX、あんたほんとに“人間”みたいよ」
《……ありがとう、ルナ。僕も、そうなれていたらいい》
車内はまるで女子会のように賑やかだった。
――
夕暮れの研究所。
桜永教授と研究チームがホワイトボードに数式を並べ、サラが真剣にメモを取り、ミカがディスプレイのデータを指差して意見を交わす。
「位相の揺らぎを時間側に延ばすと…」
「でもそれじゃ安定性が落ちる」
ルナがコーヒーを差し出して、肩をすくめた。
「ねえ、少し休んだら? 研究は逃げないわよ」
サラが笑ってマグを受け取る。
「ありがとう、お姉ちゃん」
窓の外で待機していたCRXが、そっと言葉を投げかける。
《僕はここでみんなと一緒に未来を作る。そのために戻ってきたんだ》
《....,.いい光だ。僕は、ここでみんなと未来をつくれる》
風が木々を揺らし、研究所に静かな夜が訪れる。
もう追われることも、戦うこともない。
光に包まれた、温かな日常がただ流れていくのだった。
ただ仲間たちと共に、光に包まれた日常を積み重ねていくのだ。
——それが、彼らの“未来への滑走路”だった。
彼方に届く光.....その先にある「希望」......
――
CRX-FRESHET
ボディ構造:一体型ニューカーボンフレーム
エンジン:4輪駆動EVパワーモーター
補助エンジン:反物質ミニトカマク型エネルギー
タイヤ:28インチ特殊SKCタイヤ
ホイール:内径型モーター連携5本スポーク
ブレーキ:電磁クラッチ型スキルナーブレーキ
制御系:AI併用コントロールシステム
コントロールパネル:大型3Dディスプレイ
シート:生体認証型フルバケットシート
ステアリング:指神経センサー付SR
超薄型太陽光発電シールカバー
メビウスリンケージ軽量蓄電池
そして、最大の走行性能
【空間跳躍走行】
〈完〉
第1部
第1章 プロローグ
ーーー夏の日の出会いーーー
1990年8月、夏の最高気温がまだ32度止まりだったこの時代、それでも熱い風と強い日差しが照りつける午前11時、錦糸町駅を降りて、スタスタと早歩きの男性、御笠木 英弦(みかさぎ えいと)は、シャツの首筋に流れる汗を気にしつつ、カーショップへ急いだ
今日は待ちに待った新車の納車日、28歳の彼は社会人5年目の遅い免許取得、そして念願の車購入。これは彼にとって唯一の希望であった。
あまり蓄えのない彼には、贅沢な高級スポーツカーなど買えない。フェラーリは夢の夢、NSXも届かぬ夢、GTR、フェアレディZ、MR2、インテグラ、そしてCRXSIRですら、高すぎる。・・結局買えたのは、廉価版のCRX EF6-style I
キャブレターエンジンD15Bのライトウエイトスポーツカー。
それでも、彼は満足であった。自分だけの相棒、出来る限りの愛情を込めてこの車を走らせよう、そんな期待を持って店内に入る。
「いらっしゃいませ、御笠木様、お待ちしてました。」
カーショップ店員が、丁寧に出迎えた。
「こちらに用意しております。どうぞ。」
店員は車のキーを彼に手渡す。
「ありがとう、」
「これから、お客様の大切な存在になるでしょう、大切にしてあげて下さい。」
光沢のある赤くて丸みのある車体、明るい光を取り込むハッチバックガラス、御笠木は車体にそっと触れて呟く、
「これから、よろしくね、CRX」
座席に座り、静かにキーを回す、
ドゥルルルル・・・・
綺麗にエンジンがかかり、メーターパネルが
点灯する。
「誰?、呼んだ?、ここは・・・どこ?
エンジン始動と共に、目が覚めるかのように,「意識」が現れた。
「体が軽い、すぐに走り出したい、サイドブレーキを下ろして、ファーストギアを入れて、クラッチをそっと繋いで、アクセルペダルを踏んで、
そっと、そう、じゃあ、走るよ!」
ドゥロロロロロ・・・・
エンジン回転数が上がる
1000.2000.3000.回転・・・
公道に出たCRXは、ゆっくりと加速し始める。
何かが次々と繋がる感覚がして、意識がハッキリしてくる。
エンジントルク0.6 回転数4000 ラジエーター水温正常、油温上昇、クラッチ切り替え・・
「いいね。ありがとう、いい車だ。」
御笠木の昂る気持ちが伝わってくる。
「君に名前をつけなきゃ、何がいい?
そうだ、FRESHET・・フレシェットにしよう。
僕のオリジナル曲の曲名をあげる。」
その瞬間、虹の彩色が、瞬間、車体を取り巻き、御笠木の、心、ああ、コレがココロと言うんだ!自分のマシンシステムの端々に染み渡る感覚が広がる。
「心の共鳴」
CRXのアナログシステムは、コンピュータ制御部分が少なく、CPUアルゴリズムは極めてプリミティブだが、 AI意識体が表層に芽生えはじめていた。持ち主となった御笠木の命名に、アナログ回路の最後のスイッチが繋がった様な感覚があって、 AI CRX意識体が覚醒したのだ。
FRESHET・・・御笠木はジャズピアノ好き、
彼は、横浜国大1年の時にジャズ研に入部、そしてバンドメンバーをどうするか考え始めた時、
部室で衝撃的な演奏を目にする。
三枝光一、横浜国大4年、ジャズ研ピアニストのエース、その天才的な演奏にショックを受けて自分の実力に自信を失くす。
しかし、同じ方向を目指しても意味がない。そう思った御笠木は、自分にしかないピアノの方向性を探り出す。人のフレーズばかりコピーして真似してきた彼が、自分のオリジナルメロディを確立し始める。その時に作曲した曲が「FRESHET」
彼はオリジナル曲をソロピアノ演奏して、スタジオ録音して、この曲もナンバーに加えたカセットテープを作っていた。これを走行中にかけていた。CRX AI意識体は初めて聞く曲にも関わらず、懐かしく、親しい感覚を学習した。
その名前を自分に与えてくれた。何か、この人の特別な感情が、思いが込められてるような感じがした。
「嬉しい・・・」
初めて感じたココロ、感情、
CRXの AI意識体は急速な成長を見せ始めていた。
埼玉県越谷市の会社寮に着いた御笠木は、早速、近くのカー用品店に行き、様々なカーグッズを購入する。ドリンクホルダー、温度計、コインボックス、フットペダルカバー、サイドブレーキカバー、サンバイザー装着小物入れ、洗車セット、座席クッション、・・・チマチマした小物ばかり買い込み、車内をデコレートした。
「しょうもない物ばかり、ゴテゴテ飾って・・まっ、しょうがないか。私のオーナーの趣味だ。
付き合ってあげよう。」CRXは思った。
運転中は、お気に入りの曲をかける御笠木は、4ビートジャズからフュージョン、J-POPをよくかけた。CRXもそれらを聞きながら国道4号線、52号線を快走し、つくばまでドライブするのが大好きだった。
彼の車にかける情熱は加速して、タイヤ、ホイールインチアップ、サスペンション交換、マフラー交換,オイルクーラー装着、ドライバッテリー交換、エアインテーク交換、ロールゲージ装着、FRP軽量ボンネット交換、フルバケットシート交換、と年々改良を施していった。
この頃出始めた3Dカーナビとオーディオを交換した頃に、
「いいもの聞かせてあげるよと、1枚のCDを取り出した。
「MORNING MOON」
そのタイトル名の彼の自主制作CD。
御笠木は、学生時代、思ったように弾けなかったジャズピアノに未練があり、社会人になってからも一人で練習して、3年目の夏、ボーナスをはたいてCD制作を行う。
まだ簡単に制作できる時代でなかったので、新宿曙町の音楽スタジオを借りて、ヤマハグランドピアノでソロ演奏を録音、録画エンジニアに調整してもらい、KJ録音社にCD制作してもらう。ジャケット表紙も自分で絵を描いて本格的に作る。
曲はすべてオリジナル。
1.フェアリーテール
2.ヨコハマステーション
3.モーニングムーン
4.ウエンズデイ
5.アイちやんに
6.横浜新道
7マンスリーグルーム
8ウインター~クリスマスドリーム
9.エープリルブルー
10.フレシェット
ファーストテンポ4ビートジャズから、ボサノバ、バラードまで、満足のいく作品だ。
CRX AI意識体は、これらの曲を聴いている間、御笠木のジャズにかけてきた想い、楽しさ、悔しさ等様々な感情が汲み取れて、熱い気持ちになるのがわかった。
「俺はピアノは下手だ。だけど辞めない。好きだから。お前もそう、いくら高性能の車が出てきても、俺はお前を気に入ってる。
一生付き合っていこう。」
彼の独り言もCRXには、とても有難い言葉として響いた。
ああ、このオーナーで良かった。
そう思った。
御笠木には、少し特異的な能力があった。
「空間をズラす能力」、
自分の周囲数m範囲の空間を瞬時にずらしてしまう。時間を止める訳ではなく、身の危険が迫った時などに瞬間的に空間転移ができる。
まだ、意識的にコントロールできるまでになっていないので、無意識のうちに移る事が多い。
CRX運転中も、車や歩行者とのヒヤッとする瞬間があるが、事故回避アシスト機能の搭載していないこの車でも、何回も衝突事故を回避した。
ただ、本人はこの能力についてほとんど自覚しておらず、他に利用しようとは思った事がなかった。
経年劣化が進む古い車の維持費用は、年々嵩み生活は苦しくなっていったが、CRXを手放す事は全く考えず、30代、40代、50代とずっと大切に乗り続けてきた。
結局、御笠木は、この車を乗り続けて、30年、走行距離22万km CRXの走行維持限界を迎えるまで付き合った。
60歳の時に、廃車手続きを取り、手放すまで。
第2章 暁の出会い
2076年7月、サウジアラビア、灼熱の太陽がようやく西に傾き、綺麗な夕焼けが地平線の果てまで見える空全体をオレンジ色に染めている。
その地平線の先から、高さ約500mの直線構造物が一直線に伸びている。無機質な構造物はまるで一枚の壁、その表面全体が夕焼けを浴びて暁橙色に染まっている。
「NEON THE LINE」・・サウジアラビア政府の国家プロジェクトで2037年から建築が始まった巨大直線都市。ナイル川沿いに高さ500m、幅400mの間隔を開けて2枚の「板」が、直線的に170kmも続く。
この巨大空間に3段構造の人工地盤が敷かれて、直線空間全体に数多くのビル、住宅を建設、植樹、人口河川、地域全体冷房で快適なメガシティを造設した。建設開始から約40年でこの「LINE」都市は4本建設、それぞれに快適な都市生活が送れるよう機能していた。
「マリエ、今日第2都市でいいお店見つけたの、明日行かない?」
「いいよ、何の店?」
「耐熱ウエアと特殊ブーツ、とってもオシャレのがあるの。来週のレース応援の時、使えそうな。」
アイスビールを飲みながら話し込む。
第2層のカフェバーで二人はくつろぎながら談笑している。
ルナ・モーリス・鷺宮(さぎみや)24歳、
米国最大手 AI総合カンパニー Lea pert社CEOの娘。AIコミュニケーション基礎研究所の優秀な企画広報部社員。彼女は同僚マリエに話しかけていた。
所謂、お金持ちのお嬢様だが、高飛車な所はなく、とても気さくで明るい女性で、数日前からこの「NEON THE LINE」に滞在。
彼女の知り合いの AI関連企業のCEOが趣味で行っている「砂漠横断レース」参加の応援のために、夏休みを利用してリゾート休暇を楽しんでいた。
約1週間にわたるレースのほとんどをNEON THE LINE内の大型ディスプレイで堪能しながら、最終日のゴール場面だけ直接の見ようと、高速ドローンで移動して、ネフド砂漠の北西部に移動、死闘を闘ったゴール者を大きな声援で出迎えた。
知り合いも何とか完走。皆でシャンパンでお祝いした。
帰り道はレースカーの搬送トレーラーに追走して、ライトバギーで走る。
夕陽もほぼ沈んでオレンジと紺青色が混じった大空を背景に岩山が連続する地点を走り抜ける時に、「それ」はあった。
ある大きな岩にくっつく様な形で何か異質な物が見えてきた。
「何かあるよね」
マリエが呟く。
「うん、何だろう?」
鉄クズの固まりの様なモノが岩にぶつかるような状態でうずくまっていた。
「事故車かなあ?」
ルナはじっと見つめた。
何か気になる、妙な胸騒ぎがする。
その時、サラララ・ララ・サララ・ララ・・・
頭の中に囁く様なメロディが聞こえてきた。
なんだろう?
その切ない旋律に、ルナは心を毟られる様な感覚に気持ちが昂った。
彼女には、ある特異能力があった。
「 AIアルゴリズムの自我意識の『声』が聞こえる能力。
エアスマホや、自動運転自動車、航空機、セキュリティシステム、家電、ATM、PC、そして AIアンドロイドまで、様々なアルゴリズム意識モードの呼応が聞こえてしまう。
とは言っても、注意して聞かないと単なる騒音に感じるだけで、普段は気にならないが、時々うるさいと思う事もある。
「ちょっと止めるよ。」
ハンドルレバーをかけてバギーを止めて、ルナはその"鉄クズ"に近づいた。
それは、古い時代の自動車、赤茶けた車体フレームはあちこち凹み、窓ガラスはすでに割れてなくなってた。車内は砂で半分沈み、野生動物が一時住んでいたのか、干し草が一部車内に残っていた。
「ひどいね。事故かな?それとも乗り捨てられた?」
耐熱ウエアと、特殊ブーツでその物体に近づいたルナは、車体フレームの端を触りながら、言った。
「さっきの歌声って・・もしかしてこの子?」
何か、見覚えのあるボディデザインに既視感のあったルナは、学生時代に乗り回したアンティークカー CRX SIR を思い出していた。
「やっぱり・・もしかしてコレ、CRXなの?」
「そっか、お前もかわいそうな、こんな所で寿命か・・・」
どうして80年近く前の車がこんな砂漠に捨てられているのか、気がかりな彼女は、急に思いついた様に言った。
「よし、決めた。この子、持ち帰って直してあげよう。」
「また、ルナの悪いクセ・・・コレもお持ち帰り?」マリエがケタケタ笑ってた。
ルナはレースカー搬送トレーラーに積み込みをお願いして、一緒にNEON THE LINEまで行き、早速チャーターした輸送ドローンでドイツのLea pert社傘下のEVエンジンメーカー「havltchisy社」の技術試験場に搬送した。
「ルナさん、お帰りなさい。連絡もらった例のモノはコレですか。それにしても酷い状態ですね。」
技術研若手技師アベルト・ハインシュタインは
頭を掻きながら渋い顔で車を見つめた。
「アビーお願いこれ、ビンテージカーCRX。
何とか元の状態まで直せないかなあ?」
ルナが甘えた顔でアベルトを見つめて言う。
「いくらかかってもいいからさあ。」
「分かったよ、君の頼み断ると後が面倒だからね。治してあげよう。」
「ありがとう、感謝ね。今度最新 AIアンドロイドのデモ試験見学させてあげるから。」
「OK、期待してる。但し、この車の従来の型式に戻すのはムリ。当技術研最高のEV技術を投入して最新EVカーに仕上げるけどいい?」
「それは楽しみ。お願いね。」
ルナは明るく微笑む、
2077年4月、ボロいCRXの修理を依頼して約9ヶ月、待ちに待った修理完了の通知が来た。
EU時空制御研究機関出向中だったルナは、すぐにドイツに向かい、新生CRXと対面する。
「えー!コレがあのCRX!」
真っ赤な車体の基本フレームは昔の面影があったが、細かなディテールは相当手を入れていた。
NEWカーボンフレームに、26インチホイールタイヤ、4輪全てにEVドライブモーターを装着、ガソリンエンジンは全て外し、ミニ水素エンジンを予備装着、ブレーキローター・パッドも大型化、軽量化と剛性アップを徹底して、さらに蓄電池は最高性能の超小型バッテリーを採用、
さらに、 AI統合制御システムの基本バージョンを搭載して、会話型 AIを搭載した。
フラット一面型多機能ディスプレイに、エンジン制御系全データが表示される、マルチタスク型3D表示方式のメーターパネル、それにフロントガラス全面に表示可能なVR型カーナビディスプレイ。
しかし、運転好きのルナの要望を汲み入れ、自動運転機能は導入せず、ステアリング操作運転、しかもマニュアルギアを採用、玄人好みの仕上がりだ。
見た目はオーソドックス、中身はハイテクカー、このギャップがルナにはかなり魅力的に映った。
「ありがとう、アベルト、最高の出来よ!」
「良かった、喜んでくれて。これでもまだ改良余地があるけどね。まあ、それはおいおい。」
「ところで・・・」
アベルトが真顔で尋ねた。
「この車、時々何かボイスを発するみたいなんだ。何言ってるのと、思うかもしれないけど、本当さ。音声では聞こえないけど、オシレーター波形モニターに、音声波形が記録されている。」
「何か話しているの?」
「そう、音声解析ソフトにかけたら、
『mikasagi、mikasagi、japan、go to japan』
と聞こえるそうだ。」
「そう、私も最初に砂漠で見た時、何か声の様なものを聞いたの。気になるわね。」
2078年9月4日
ドイツの車検TUVの取得等、諸手続きに時間がかかり、「havltchisy社」技術研究所からCRXを引き取ったルナは、直接運転して、ジュセルドルフ市内のマンションに帰宅する。家に着く直前、その声を聞いた。
「みかさぎ、みかさぎ、あいたい、とうきよう、
にほんにいきたい・・・・」
やはり、何か話している!
ルナはその声を急いでメモして、後日マリエに見せた。
「これ、たぶん日本語ね。『みかさぎ』は人の名前?『あいたい』は、会いたい、つまり誰かに会いたがっているようね。東京に、日本に行きたがってるみたい。」
「そう、ありがとう、マリエ。」
その日の夜、自宅で資料の片付けをしながら、ルナは決意する。
「このCRXが砂漠に捨てられてたのは何か意味があるはず。あの声は車の初期 AIアルゴリズムに記録された経験、記憶が残っていたものに違いない。とすると、もしかしたら、「ミカサギ」は昔の持ち主の名前、CRXはその人に会いたがっているのかも。日本に行けば、東京に行けば、何か分かるのかも知れない。」
「日本に行こう。CRXに乗って東京にいけば、元の持ち主の手掛かりが分かるかも。」
ルナは早速行動を起こす。
「アデル、日本まで車を運びたいの。飛行機のチャーターできる?」
「はい、検索します」
ルナは、米LAの AIコミュニケーション研究所のビジネスパートナーとして、 AIアンドロイドと一緒に仕事、そして同居していた。
第3世代 AI女性型アンドロイド
アーデルハイト・シュタイナー
Lea pert社傘下の AIアンドロイドメーカー「AMP」社製の最新高機能 AI。
ゴールドのミドルボブヘアに細身の身体、ジレとスカートの、セットアップ、リプニットをインナーにブラックでまとめたスタイリッシュなとても素敵な女性。
研究所の AIモニタリングのために、ルナに貸し出して、その行動を記録調査している。
仕事のサポートから、ボデガード、ルナの健康管理や、家事までこなし、彼女の存在でルナの生活はかなりの部分を助けられていた。
アーデルハイトは、日本行き輸送機のチャーターを行うが、あいにく今月中に手配できる便がない。彼女は更に分析を進めて、ジョセフに連絡を入れる。
Lea pert社傘下の色彩工学分析会社CEO
ジョセフ・モーリス(28歳)、
(ルナの兄で妹想いの優しい存在)の計らいで、ドイツKELFT社のロケット部品輸送機が来週、日本の種子島に飛ぶ便がある事が判明。早速その輸送機にCRXを搭載してもらえる事になった。
ルナは、現在取り掛かっていた研究事案の海外取材の名目で日本への長期出張を実践。
輸送機フライトの前日に日本・種子島宇宙センター研究施設にアーデルハイトと共にチャータービジネスジェットで向かった。
アーデルハイトは、同じ第3世代 AIアンドロイドで日本在住のエージェント、ミカ・シャリア・菅野沢(すがのさわ)結城 に連絡を入れる。
「PF01-ADR2 ミカ、コール、聞こえる?
明日私とルナ・モーリスが日本に行きます。詳細は送信データ参照下さい。」
「all right ミカです。明日ですよね。東京に来るの?実は明日は急用で長崎に行くの。どこで落ち合いましょうか?」
「私達、種子島に着いて、そこから北上します。
それなら、私達が長崎に立ち寄ります。いいですか?」
「了解です。長崎市内入ったらコール入れます。」
「それでは、よろしく。」
日本はルナの母の故郷、鷺宮家は東京にあるそうだか、行った事はない。父母は別居してるので、今会うのは難しそう。ちょっと複雑な心境でもあった。
「あと、10分で着陸です。」
ルナはシートベルトを締め直した。
第3章 東京への旅路・出会い
3-1 種子島
2078年9月12日
LPB特別輸送機は、ゆっくりと下降して種子島空港に着陸、待機していたJAXAの輸送トレーラーにロケット部品を移送して、島の南端にあるJAXA建造施設まで搬送。その様子を見届けてから、ルナはCRXに乗り込み、島北西部の西之表港まで車を走らせた。
西之表港から、貨物フェリーで3時間30分、既に貨物船の6割が自動運転化されているが、このローカル貨物船は、まだ人が操舵している。
ルナはCRXの駐車位置とサンデッキの間にあるベンチに座って、海風をあびながら、CRXとの会話を始める、
「やっと着いたわね、日本、あなたの故郷、
どんな気持ち?」
「うん、君のおかげで意識もハッキリしてきた、
日本に戻って来られて嬉しいよ。ありがとう。」
ハザードランプを1回点滅させる。
「私はルナ、ルナ・モーリス。アメリカ人、
もう一人は AIパートナーのアーデルハイト・シュタイナー、ドイツ製よ。あなたのお名前はあるの?」
「俺は、・・確か・・そう!フレシェット!
ミカサギがそう名付けてくれた。」
「ミカサギって、あなたの以前のオーナー?」
「俺たちは、親友さ。あいつと俺は同等なんだ。」
不思議な事を言うなあ、と思いながらルナは聞いていた。
ゆっくり進む船に当たる波の音だけが周りを包み込んでいる。
アーデルハイトが諸々の用事を済ませ、ルナの隣に座る。
「聞きたい事は一杯あるけど、まだ意識が混濁してるかも、今はこの先の予定を話すわね。
鹿児島に着いたら、九州縦貫自動車道で鳥栖まで行って、そこから長崎に向かうの。
日本在住の優秀な AIに会って、同行してもらいます。」
ルナが訊ねる
「どんな人?」
「ミカ、・・ミカ・シャリア・菅野沢 結城という女性、
今はつくば大時間跳躍制御研究所の職員で、私同じ第3世代 AI、正解率と適合率は私の方が高いけど、F1スコアの総合評価はおそらく彼女の方が上、悔しいけど。」
アーデルハイトは小首を傾げてつぶやいた。
「あなたでも悔しがる事あるのね。」
ルナは髪をかき上げて微笑んだ。
「CRXさん、あなた東京に行きたいのでしょ?
途中、長崎に寄ってもいい?」
「ああ、いいよ。そのミカさんも何か気になるから会ってみたい。東京の AIなら何か分かるかも。」
初秋の海風が肌に心地良い。日差しはまだ強めだが、湿度は下がってきて不快な感じはない。
3時間半の航行を経て鹿児島港に着港。
海上浮揚ドローン便が主流の南埠頭に、古い貨物フェリーが到着してランプウェイを降ろす。
2078年9月13日
鹿児島港近くのシーサイドホテルに宿泊し、翌日朝、CRXはルナとアーデルハイトを乗せて出発。
市街地に続く広域道路を通り、九州縦貫自動車道に入る。
ステアリングを握るルナは、ギアを3速のままアクセルペダルを踏み込む。6000回転まで上げて一気に法定速度にもっていく。」
「長崎着くのは夕方になりそうね、」
「焦らなくていいですよ。ルナ、ミカも任務をこなしてから会うそうなので、」
CRXは自動運転モードの車列の間を縫う様に次々に追い越して走る。
「安全運転はキープするよ、ルナ」
ハイパーEVモーターに可換して、相当なスピードは出せるのだが、CRXはあえて、のんびりと走った。
3-2 長崎での出会い
九州縦貫自動車道は、全線片側3車線、物流道、自動運転道、自由走行道に別れており、CRXは自由走行道を走り続ける。
「ちょっと退屈だな」
ガソリン燃料キャブレターエンジンの時に比べると、EVモーターは静寂そのもの。CRXとルナ、アーデルハイト間で会話が途切れると、周りの風景見るくらいしか気晴らしがない。
「この車、オーディオあるの?」
「WEB TUNER」つけてもらったけど、最近の曲はよく分からん。」
CRXは、取り外さずに残しておいた、CDチェンジャーを稼働させる。
ガチャガチャとの切り替え音に、ルナが驚いて訊く。
「何してるの?」
「君たちにいい曲聞かせてあげるよ。」
それは、昔の持ち主、御笠木のお気に入り曲CDコレクション、カシオペア、キースジャレット、森高千里、OTB、チックコリア、パットメセニー、シンバルス、相馬裕子、デヴィッドマン、イエロージャケツ、渡邊貞夫、アジムス、バンプオブザチキン、ビルエバンス、ステップス、クレモンティーヌ、東京パフォーマンスドール、パットマルティーノ・・・
多彩でマニアックな選曲ばかり。
70年以上前の曲ばかりなのに、ドライブソングとしては、リズムがいい。
当時のヒット曲ではない、通好みの曲が多い。
「御笠木さんって、ちょっと変わった人?」
「そうさ、あいつはかなり変わってた。」
車は人吉ICから八千代ICの区間を走行、カーブとトンネル、それに坂道連続のコース。
CRXは御笠木とのドライブ時間を思い出したかの様に、懐かしく、喜んでる様だった。
「あなたの大切な思い出なのね。」
アーデルハイトが優しい瞳でメーターパネルを見つめた。
CRXはモーター回転数を上げて、坂道を加速させて登った。
北熊本サービスエリアで遅めの昼食を取って、バッテリー残量をチェック。
長崎自動車道の長いトンネルを過ぎると、長崎インター出口、午後4時過ぎ長崎市内に入る。
アーデルハイトが内部回線を繋ぐ、
「ミカ、アデルです。ええ、今長崎市内に。
どこ?うん、鍋冠山公園?分かった。
車だから、すぐ行くね。ここからだと・・・
15分くらいかな。OK、それじゃ後で。」
CRX AIが反応
「鍋冠山公園で待ち合わせか。ナビ検索出したから、すぐ行こう。あそこは夕暮れの風景綺麗だよ。」
「ありがとう、じゃあ、左折ね。ナビよろしく。」
CRXは国道から幹線道路に入り、狭い坂道を登り続け、鍋冠山公園駐車場に到着。
ルナとアーデルハイトが、展望台の階段を登ると、展望通路に夕陽を眺める一人の女性。
ロングの黒髪を風になびかせ、モカ色のツヤクロップドパンツに白ジャガードブラウスとシアーニットの出立ち。
「ミカ・・・」
ミカ・シャリア・菅野沢 結城
第3世代 AIアンドロイドのトップエージェント
他の AIヒューマノイドの憧れの存在。
彼女は日の傾きかけた、長崎の丘陵の住宅と、高層インテリジェントビル郡と、港の水面浮上ホバードローン走行の風景を見つめている。
半円球形の透明セラミックカバーと、VR vision装備の展望窓付きのリクライニングエリアで、思う存分リラックス出来る、素敵な公園。
Moving roadを登ってきたルナとアーデルハイトに気づいたミカが、アーデルハイトに手を挙げて話しかける。
「着いたわね。お疲れ様。今日は"被って"ないわね。」
かつて、 AIグループミーティングに参加したミカとアーデルハイトが、ほぼ一緒のコーディネートで、まるで姉妹みたいと言われ、気まずい思いをした事を今でも気にしている、
「あなたが真似しただけでしよ、あの時は。」
アーデルハイトは澄まして応える。
「綺麗な風景でしょ。私が長崎で最も気に入った場所。あなた達にも見て欲しくて、ここで待ち合わせにしたの。」
ミカの素直な言葉にルナは共感した。
「本当ね、BEATIFUL! 素晴らしいわ。」
夕陽に煌めく海面、西側の自動車道専用橋脚、稲佐山麓の高層ビル群、その周りの企業ビル、
自動運転近距離ドローンが飛び交い、それでいて環境保全の常緑樹が、街中のあちこちに分布している。
「なんか、BGMが欲しい気分、」
ルナがメロディを口ずさむ。
「ルル、ルルルラ、ラララ、ルルラルルラ」
「えっ!」
ミカが驚きの表情を見せる。
「その曲どうして?」
桜永渚夢の曲に似たメロディに、ミカは動揺する。
2071年の時間跳躍制御に関する、実験演奏成功ニュースに衝撃を受けたルナは、その時のメロディに心奪われていた。
「ここくる時に、車の中で聞かされた曲のメロディが頭について離れないの。」
「車の AIって凄いよ」
ルナは駐車場のCRXの方を見る。
「そういえば、あなた達ここまでどうやって来たの?『スルーライドビット』に乗ったの?
えっ!まさか、あの小さな車で坂道登って来たの!ハハハ!元気ね。」
15年前の長崎南部再開発で、長崎港公園から鍋冠山公園まで、数人乗りの「ビット」と呼ばれるリニアコースターで3分半で登れる様になっていた。
アーデルハイトが訊ねる
「ところでさ、ミカは何故今日は長崎に来てるの?」
ミカは港の景色を眺めながら、静かに話す。
「私、今、時間跳躍制御研究所で働いてて、世界全体の時間跳躍事象の調査・研究を行なってるの。」
「この9月に長崎市内で、時間跳躍事象の波動が観測されたので、その調査に来たの。
この近くの公園で、高校生くらいの若い女の子がタイムリープしたみたい。60年ほど前に跳んだデータが記録されてる。」
「今日、調査記録がまとまったので、明日以降に東京に戻る予定。」
「それなら、あの車に乗って行かない?」
アーデルハイトがミカに話す。
「私はドイツに戻って、ルナの仕事のカバーリングをするので、あなたに任せれば、明日の便で東京からドイツに戻る予定。だから、ミカさえ良ければ・・・」
「そう、分かった。アデルのお願いならいいわ。
ルナ、あなたはそれでいい?」
「ええ。アーデルハイトには既にお願いしてあるから、代わりにミカさんが乗ってくれるなら、助かるわ。ありがとう。」
3人は、この夜、長崎市内のリゾートホテルに泊まり、祝杯をあげる。
そして、翌朝、2078年9月14日、長崎港の高速浮上ドローン便に乗るアーデルハイトを見送り、ルナとミカはCRXに乗り込んだ。
3-3 福山市の想い出
ルナの運転で長崎ICから高速に乗ったCRXは、一路東京を目指す。
福岡を通過して、関門橋を渡り、山陽自動車道をひた走る。
ルナは、アーデルハイト以外の AIアンドロイドと接した事がなかったので、ミカに興味津々。
「ねえ、ミカさん、あなたアデルと親しいの?」
「ええ、私と彼女は同じラボで生成されたわ。
でも異なるアルゴリズムを持つ、別人格の自我形成過程を歩んでいるの。」
「そう、でも二人とも何か似てるわね。」
「どこが?私の方が理性的だと思うけど。」
ミカが澄まして言う。
「私ね、実を言うと、ルナさんと、この車、CRXだっけ、両者の関係に何か違和感を感じているの。」
「・・・・・」
「ルナ、あなた、何か隠してるでしょ?」
「そんなこと・・・まっ、いいわ、隠しててもいずれ分かることだから、正直に言うわね。私、「声」が聞こえるの。なんて言うか、自我覚醒した AIアルゴリズムの意識体の気持ちが、頭の中に響いてくる。」
「だから、ミカ、あなたが私の事をCRXを使って時間跳躍してるんじゃないかと疑ってるのを分かってた。」
ステアリングを握り直してルナが応える。
ミカは怪訝そうな表情を見せた。
「あなたのそれは、得意体質?それとも、渚夢の様なNEW POWER?」
「何の事?よく分からないけど、もっと自然な理解力だと思う。元気な声、寂しげな声、嬉しい声、驚きの声、・・・いろんな声がある。
それは人間と一緒。」
「私、中東の砂漠で乗り捨てられたこの子を見つけたの。そこで声が聞こえてたから、ドイツに連れて帰り、修復したら、昔の持ち主の名前を呼び続け、日本に行きたいと訴えてきた。」
「それで日本に・・・」
「何か分かるかなと思って。」
「それで、何かわかったの?」
ルナは首を振る。
「いえ、全然。でも、前の持ち主の記憶がCRXにあるらしく、特定の音楽をかけて走ると、心の音共鳴が発生して、車体が滑り出す様な感覚があるの。」
「でも、残念ながら時間跳躍とは関係ないみたい。」
「いっそのこと空間跳躍でも出来たら、カッコいいのにね。」
冗談まじりに言ったルナの言葉に、CRXの意識が揺れ動いた。
「そうか、その手がある!」
CRX AI自我意識が昂揚してるのが、ミカには見えて取れた。
ーー偶然の「空間跳躍」ーー
CRXは、山陽自動車道を山口県、広島県と走り抜け、尾道を超えた辺りで、ミカがある事に気がつく。
「さっき、《福山 50km 》の標識では、10時40分、その後、《福山 10km 》の標識地点で10時46分。おかしくない?」
「40kmを6分で通過、つまり、60分で400km、時速400km、そんな事ある訳ない。
時速100km程度のスピードだから、おそらく、10kmを 時速100kmで6分で走り、残り30kmは、『空間跳躍』したのではないかと考えられる。」
ルナも納得した様に呼応する。
「やっぱりそうよね。何かおかしいなと思ったのよ。」
「福山!福山!っていう声が聞こえてたから。」
「CRXが福山市に早く着きたくて、空間跳躍したってコト?」
「そうとしか、考えられない。」
二人は顔を見合わせる。
CRXは福山ICの標識でウィンカーを出して、車線変更、福山市内に出た。
ルナとミカは、CRXがどこに行きたいのか知りたくて、運転を任せた。
CRXは、福山駅南口から伸びる道を市役所方向に走行、御門町で左折して、一時停止、その後、バラ公園を通過して、福山港までの直線道路に出て、市街地南部をしばらく走り、芦田川沿いを通って、御門町に戻ってきた。
「御笠木と暮らしてた。5年間、でもすっかり変わってしまってた。」
CRXの声をルナ、ミカともに聞いた。
「懐かしい街を見て回りたかったのか。」
二人は納得した。
その後、CRXは、国道2号線に出て、高速道路には乗らず、笠岡、倉敷・・2号線をひたすら岡山まで走り続けた。
「この道のドライブが俺と御笠木の思い出。」
週末によく走ったらしい。
80年以上前の思い出なので、当時とは道路も街並みも全く変わってしまっており、CRXはやや戸惑っていた。それでもここを走ることが出来たことが嬉しかったのか、好きな曲を音楽データから再生させて楽しんでいた。
「よほどいい思い出があったのね。随分嬉しそう。」
「満足した?CRX。」
岡山のバイパス沿いのドライブインで遅い昼食を取りながら、二人はCRXに話しかけた。
「さあ、先に進もう。行くよ、二人とも。」
CRXが、元気に話しかける。
午後3時、再び山陽自動車道に乗り、CRXは神戸を目指す。
3-4 ミカとルナ・・それぞれの道
岡山IC手前のコンビニで、
「私、ちょっと眠くなったから、運転代わってくれる?」
ルナが生欠伸しながら、背伸びする。
「いいわ、神戸まで運転する。」
ミカが、生体認証ハンドグローブを受取り、量子振動ICチップパッケージをポインターキューブに装着する。
「pq.jnuy2・・gadixtnn47.a&r.vacmght
25・・17・・8・・4・・ok!
all right//EV highper engine start!」
ミカはCRX AI意識体とグラフニューラルネットワーク意思交流を試みる。
「CRX・・フレシェット、聞こえる?
私、ミカ、・・ミカ・シャリア・菅野沢 結城
認識番号ps-01 ADR07・・LR.OK
ドライブモード持続のまま聞いてほしい、
あなた、自分の意識がどこにあるか分かる?」
「今はQK NE zkogh modeにある。」
「意識センサーは、車体構成金属体全ての磁性体に磁体記憶として吸着された意識TODNEが、自我意識の強い思念をトリガーにして、共鳴稼働している。この感覚さ。分かる?」
CRX AI意識体が答える。
「ありがとう、フレシェット、次に、あなたは
空間跳躍の制御能力があると思うけど、それは自覚してる?」
「もっと早く進まなくては、との焦りが時々ある、そんな時、音や光に共鳴して、七色の回折光のフォトクロミズムが表れて、カラダが軽くなる時がある。」
「そう、やはり・・・、君は東京に行きたいのだろ?それまでに何回かそのチカラをテストしてみない?私、この後神戸と大阪の大学研究所でモニター機器を準備するから、その後、名古屋の研究所で落ち合って、取り付けてあげる、そしたら、実験開始。いい?」
「OK.ミカ、やってみよう、御笠木に会ったら、このチカラ見せてあげたい。」
CRXは軽くアクセルをふかし、ギアチェンジをして加速した。
驚愕の事実である。AI意識体を持った車、CRXが自我覚醒して、自分の創意工夫で「空間跳躍」出来る技術を編み出し、実践してみせた。
それは、空間位相の緩やかな「揺らぎ」を利用して、僅かなチカラで空間の歪曲点の頂点から頂点へ飛び跳ねていくような動き。ある程度の限られた質量範囲なら、可能な空間転移技術といえる。
そして、その情報を掴んだある巨大組織が動き出している事を、彼女たちはまだ知らない・・・・・・。
ーーーーーー
「私、神戸で用事あるから、そこまででいいや、
神戸大学で降ろしてくれる?」
加古川を過ぎた辺りで、ミカが話し始める。
「長崎でタイムリープ事象を調査して、神戸大物理空間制御研究所で研究ミッション、その後、大阪大学時空科学研究所で被実験体参加、翌日に名古屋大理学部時空位相研究所でワーキンググループに出席と、スケジュール一杯なの。」
「素敵ね。ミカって研究者なのね。なら、この子(CRX)の空間跳躍能力も解明出来るんじゃない?」
「ええ、とても興味があるわ、でも、時空間跳躍制御研究所職員であるし、こなすべき仕事があるので、また今度にするわ。」
「私とこの子は、神戸大でミカ降ろした後から、直接名古屋を目指すわ。」
CRXは神戸北ICから、KOBEストレイトラインのEV専用道路を南下、神戸新研究学園都市
"KNAMY TOWN"に入る。
都市インフラ科学の実験都市で、自然環境再生学と、最新都市工学の融合した街。
「ありがとう、助かった。明後日、名古屋でまた会いましょう、see you again!」
----------
ルナは再び一人でCRXを運転、山陽自動車道に戻り大阪経由で第三新高速道路SHWayで名古屋まで走り続ける。
走行充電の可能なSH道路はEV車の走行距離を飛躍的に広げた。
「この道は走りやすいな。ルナ、250kmまで出せるし、浮揚ドローンの走行も可能。今夜中に名古屋に着きそうだ。」
「よし、CRX、一気に名古屋まで行くよ。早めに宿を見つけて、ゆっくりしよう。」
「じや、好きな曲流すよ。」
CRXは御笠木が、走行中にかけた曲や、会話の内容、その時の心の共鳴データを、廃車直前にクラウドデータにパーソナル領域を仮想設定して、全データを移設した。
新CRX化した後、 AI記憶感情構築領域の仮想空間で自己修復、解放して、移設したデータを呼び戻して再生した。
メーターパネルと一体化したディスプレイに、バンドライブ演奏画像、イメージ映像、当時の走行時風景映像など、自分の楽しかった思い出をルナに教えてあげたくて、目一杯replayした。
新大阪万博公園ICから、京都→大津→関ヶ原→岐阜羽島→一宮JC→名古屋ICと一気に進む。
その間、ルナは自分の事、CRXとの出会いの時の気持ち、ここまでの旅の事など沢山語り合った。
午後7時に名古屋市内に入る。
東山区の高層ビル群にあるVAMSEEF HOTELにチェックインし、EV車専用メンテナンスパークにCRXを預けて、ルナは名古屋市中心部に出かけて、3層構造の地下街を散策した。
吹き抜け中空構造のサンテラスのカフェバーから、秋夜の星々と三日月を眺めながら、ルナは、今日の事を思い巡っていた。
先の見えない旅の終着点、御笠木に出会う事が出来たら、その後CRXはどうするのか?
目的を達成したら、あの意識体は消失するのか?
また、ミカの行動も何か引っかかる。
漠然とした不安が、頭をよぎる。
「いずれ分かる事だから・・・」
ルナは、ビールジョッキを飲み干し、店を出た。
月夜の栄中央公園を散策し、無人タクシーを拾ってホテルに戻った。
3-5 ミカとの再会ーー空間跳躍実証実験
2078年9月15日
翌日、チェックアウトしたルナは、EVインディケーターのフルチャージを確認し、CRXのパワーモードスイッチをオンにする。
「おはよ、CRX、調子どう?
今日はミカと再会するからね。
また3人でドライブよ。」
「はい、おはよう、ルナ。それで豊田新技術研究所か。」
ナビ設定を知覚してCRXが答える。
11時、豊田新技研に到着したルナは、
エントランスカフェでミカと再開する。
「ミカ、ご苦労様、忙しかった?」
「ルナ、相変わらず元気そうね。名古屋で美味しいもの食べた? CRXの調子はどう?」
「ええ、昨夜は楽しかったわ、CRXも調子良くて、今は、技研職員がメンテナンスルームに搬送したところ。」
二人はグータッチして微笑んだ。
交わした指先から互いの温度が伝わる。
「今日は、ルナにお願いがあるの。
ここの総合走行試験コースで、CRXの実験走行をしたいの。協力してくれる?」
「それは、いいけど・・・何かあったの?」
「福山に着く前に、時間と距離が合わない事があったでしょ、あれ、もしかしたら空間跳躍したんじゃないかって思って、神戸大と阪大の時空間研究施設で確認作業したの。」
「そうか、行動が早いね。さすがミカ、それで何か分かった?」
二人のテーブルに白衣の女性が近づく。
「私から説明します。ルナさん。」
セミロングヘア、縁無しメガネをかけた研究者が、近寄ってきて話しかける、
「あなたが運転してた時に発生したと考えられる、空間跳躍の再現実験を行いたいの。」
「あなたは?」
「ごめんなさい、突然、私は空間歪曲飛翔実験センター、技能調査部長 楠神 衲弥(くすがみ のうみ)です。ミカ•.シャリアの報告を聞いて、実証実験プロジェクトを指揮しています。」
ブラウンヘアにピンクのインナーヘア、秋用セットアップスーツに白衣を羽織った知的な女性が、話しかけてきた。
「私達は、空間位相の歪みや揺らぎに、自然に無理なく、優しく寄り添う事で、滑るように流れる仕組みを構築したいので、その協力をお願いしたいのです。」
「なお、私自身は、国際時空間研究機関の一員です。」
楠神部長は優しく微笑む。
「勿論、無理にとは言いませんが、報告に聞いたルナさんの 「AIの声が聞こえる」能力と、 「AI自我意識の目覚めた」CRXの共鳴同行によって、何か滑り出すタイミングとチカラが芽生えたのではないかと、私達は考えています。」
「そのために、ルナさん、あなたがCRXの AI意識体に寄り添ってほしいの。そうすれば、何らかの結果が出るから。お願い出来るかしら?」
ルナは、目を伏せて短く息を吐く。
“心の共鳴”…その言葉は、彼女にとって避けられない宿題のように響いた。
少し考えていたルナが答えた。
「わかりました。やってみます。」
「心の共鳴が大事なんですね。」
研究センター脇の人工湖に面したレストランで、軽いランチを取ったルナ、ミカ、その他プロジェクトスタッフ達は、午後2時、実験走行テストコースに集った。
赤いレーシングスーツに耐熱ブーツ、耐火バンドグローブをはめ、レーシングヘルメットを被ったルナが、スタッフに付き添われ出てきた。
「いよいよね。楽しみましょ、ルナ。」
マイク付きヘッドギアをはめたミカが、手を振る。
ミカは、神戸大物理空間制御研究所と、大阪大時空科学研究所の合同研究で構築した、時空転移安定装置パッケージ1と、シンクロ増幅装置を予めCRX後部に設置、その AIアルゴリズムを
コントロール操作する。
「ありがとう、頑張る。」
「CRXもがんばろね」
ルナは笑顔で応える。
CRXは、空力抵抗を抑えるフロントカナード、サイドカナード、GTウイングを装着して、
テストコーススタートライン中央にスタンバイされている。
気温24度、路面温度29度、風速北西2m
各所ポイントセンサー、ドローンセンサーも準備完了。
先導車に乗せられ、CRXに到着したルナは、ゆっくりと乗り込む。
「では、よろしくね、CRX。」
少し緊張してルナは呟く。
「いつでもスタートいいわ。頑張ってね。」
橘神部長が話す。
エンジンスターターをかけて、EVモーター回転の安定、トルク数安定値を確認後、lowギアでゆっくりと動かし始める。
2段階加速で100km走行に上げて、更に120、140、160、と加速、200kmで走行維持。
車内に、フュージョン曲メドレーが流れる。御笠木の好きだった曲、そしてモニターディスプレイに何種類もの光彩模様が次々に現れ、次第に点滅を繰り返す。
CRXの波動は、ルナの心に振幅を振れさせ、 AI意識体の「歌」とルナの「歌」がシンクロしていくのが分かる。
ルナがCRXを通じて、御笠木の「声」を聞き、その想いに同調して、かつ、CRXにも同調して、
ステアリングの握り、フットアクセルペダルの踏み具合、遠くを見据える視界、そして、車体が下り坂カーブを抜けて、最終直線道路に向かい、トップスピードになる。
240、258、271、285、・・300!
最高速度301.8kmで走り抜けた。
しかし、まだ何も起きない。
ルナは、軽くアクセルを戻し、第一コーナーに
差し掛かった時、光粒現象が車全体を包み、空間位相の歪曲で、車体が歪んで見えた瞬間、車は、まさにスーッと消えていった。
「空間跳躍!」
ミカが唸る。
EVモーターエンジン音を残し、2分30秒後、
CRXが再びサーキットコースに姿を現す。
第二コーナーの次の直線600m地点でコースに戻ったCRXは、160kmまで減速して、第三、第四コーナーを通過して、最終直線に戻る。そしてゴールストップ。
各種センサーデータの記録はコントロールルームにて管理分析され、結果がすぐ反映されて、レスポンスが届く。
「時速200km走行で、150秒後に表出、その間8.33km進行する筈だが、実際は12.86km進行している。つまり、4.53kmの空間転移と呼べる現象が生じていた事になる。」
「やはり、そうか、・・・」
橘神部長は納得した様子で話す。
「何か分かりました?」
ミカが訊ねる。
「ルナさんとCRXの共鳴跳躍は、時空間歪曲タイミングでのスライドステップとも呼べる飛翔転移を繰り返しているのよ。」
「どういう事?」
「つまり、今回の転移距離4.53kmは、1回の跳躍ではなく、小刻みな複数ステップで跳んでいるの。時空間位相に絡むエネルギーがとても少なく、波の振幅に上下しながら流れていく木の葉のような動きをしているみたい。」
「とても珍しい空間跳躍現象ね。今までの理論上の空間跳躍技術とは、かなり異なる方式のようだわ。」
楠神部長は、エアタブレットのディスプレイ上のグラフ形状を何度も確認しながら唸る。
「実験データとしてとても貴重なものが取得できたみたい。ありがとう、ルナ、CRX!」
コースから研究センターコントロール棟前に戻ってきたCRXから、ルナが降りてきてヘルメットを取る。
ルナがマイクで話す
「不思議な感覚だった。光粒に囲まれた後、急に、何ていうか、複数の空間が見えた、みたいな感覚、目の前に見えてるのか、頭の中のイメージなのか分からないけど、たくさんの異なる時空間がバラバラに散らばってうごめいている感じ。その中をゆらゆらしながら滑っていく感覚がら残っている。」
「そろそろ戻りたい、と考えた途端にバラバラだった時空間が急に整列して整然と並び始めて、車が減速していったようだった。
とても面白い経験だった。」
ルナは汗だくのレーシングスーツの襟元を外し、手を煽って暑い素ぶりをしながら、シャワールームに急いだ。
実験は成功。データはセンターに送られ、喜びと興奮が現場を満たした。
だが、ミカの瞳の奥にだけ、かすかな影があった。
午後4時37分、空間跳躍実証実験は成功し、
この実験データが後に、海外の空間跳躍研究との間に大きな波紋を引き起こす事になるとは、まだ気づいていなかった。
3-6 ルナの思い
ルナ、ミカ、CRXは、研究所がチャーターしてくれたEV物流トレーラーに乗り、浜松に行き、今日は浜名湖畔のサンマシュリタホテルに泊まった。
最上階レストランで、ディナーを頂き、祝杯をあげた。
「おめでとう、ルナ、あなたのチカラとCRXの性能の効果ね。まあ、無事で良かった。」
ミカが嬉しそうに話す。
「ありがとう、ミカ、私、本当に日本に来て良かった。これでこの子のチカラも証明できたし、あとは東京に行って、御笠木さんの行方を調べるだけ。」
「そうね、その事何だけど・・・
実はルナに話したい事があるの。
このあと、東京に行って御笠木さん探しても、もう亡くなっている可能性が高い事が分かってきたの。」
「・・!!・・どういう事?」
「あなたが、サウジアラビアの砂漠で見つけたCRXは、2076年にそこにあった、
その車体ナンバー調べたら、1990年製、御笠木さんが新車購入して、30年乗り続けて、2020年に廃車手続き、その後海外に売却されて、2040年に砂漠に乗り捨てられた事が、CRX AI意識体との会話で分かった。」
「そして、ルナが見つける2076年まで36年間も砂漠放置されてた事になる。それが本当なら、おそらく原形を留めない程ボロボロになってる筈、しかし、実際はあなたが修理再生出来た程の保存状態だった。」
「御笠木さんが、CRX購入時30歳だとすると、廃車にしたのは、60歳の時、2020年。とすると、今はもう118歳、いくら何でもこれは無理。」
「そこで考えたの。私の音楽親友で、2071年の時間跳躍実験演奏に成功した、桜永渚夢さんが2040年(高校2年)に初めて行った、音楽フレーズによる時間跳躍の何らかの外部影響が各地で見られたので、その調査をしたのだけど」
「その結果、最大36年のタイムリープがCRXにかかってると思われるの。
つまり、CRX自身がタイムリープした事実を認識しておらず、その年数経過により、既に御笠木さんも亡くなり、今、東京に行っても会えないと思うの。」
「そうすると、その事実を知ったCRXの感情がかなり揺さぶられる事になる。
はたして東京まで連れて行く事がいいのかどうか、考えなくてはならない。」
言葉は事実を告げているはずなのに、ルナの耳には遠い水音のようにぼやけて響いた。
返事をするまでの数秒がやけに長く感じられる
ルナは、じっと聞いていたが、グラスを傾けながら言った。
「うん、分かった。そうだよね、何か、彼の記憶が古いと思ってはいたの。その時の対応は検討しなければ・・・」
「でもね、私は最初から決めてたの。どんな結果でもCRXの希望通りにしてあげたい。だから、私は、明日、東京に行くわ。
ありがとう、ミカ、ここまで助けてくれて本当に感謝してる。あとは任せて。」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥の空洞に、静かな熱が灯った。
ミカが訊ねる。
「本当にいいのね。」
「うん、それにね、私、思うところがあって、私の AIの声が聞こえる能力や共鳴能力がCRXと共鳴して、空間跳躍したと最初は思ってたけど、ちょっと別の可能性もあるんじゃないかと思ってるの。」
ルナが続ける。
「光彩波動の効果みたいな、光や映像的なものが関わってるんじゃないかと思って・・・」
「私の兄、ジョセフ・モーリスは、父のLea pert社の後継だけど、若い頃に映像クリエーターになりたかったらしく、その辺に詳しいから、調べてもらおうと思う。
東京に行った後に、帰国してLAに連れて行こうかとも考えているの。」
「そう、それもいい選択肢かもね。
私は、次の研究調査があるから、つくば大に戻るから、ルナはその方がいいかもね。」
ミカは、少し寂しそうな素ぶりをしたが、気を取り直してルナを見て、
「きっと、また会えるから、まずはあなたの親友、CRXを望み通りにしてあげましょう。」
「そうね、ミカ、ありがとう。」
湖面を渡る風が、グラスの水面にさざ波を立てる。
その時、CRXがそっとヘッドライトを点滅させた。
まるで、会話を聞いているかのように。
ルナは振り返り、ほんの一瞬だけ、CRXのディスプレイに見たことのない夜景映像が映し出されるのを目にした。
それは東京でも浜名湖でもない――どこか遠くの、見知らぬ都市だった。
ルナの胸に、説明できないざわめきが広がる。
それが何を意味するのか、まだ知る由もなかった。
第4章 東京 回想と追憶
4-1 実践テストの末に
2078年9月16日
翌朝、ミカは早朝に出発、ドローンタクシーで浜松エアポートに行き、低空高速ドローン便で一足早く東京に戻り、つくば大に向かった。
ルナは、ホテル朝食をとった後、9時にチェックアウト、CRXに乗り込みエンジンをかける。
「おはよう、CRX、いよいよ今日中に東京に着くわ。頑張りましょう。」
パワーインジケータを光らせながら、CRXは応える
「うん、いよいよだね。楽しみ、御笠木に会えるかな?」
「そうね、会えるといいわね・・・」
ルナは複雑な気持ちだったが、それ以上は何も言わず、エンジンモニター計を眺めていた。
「ルナ、お願いがある。東京までの高速道路で空間跳躍テスト走行を何回かやってみたい。
いいかな?」
「そうね、実用化するには必要だよね。
特に空間跳躍からの着地する時に、交通量が多いと非常に危険、だから、着地タイミングの練習が必要か。」
lowギアでクラッチを繋ぎながら、ルナは車を発進させる。キューーーン とモーター音を残してCRXは 幹線道路を走る。
浜名湖ICから第3東名高速に乗り、自由走行レーンを時速180kmで安定走行。
掛川通過後に1回目テストを実施。
高速道路の時間通過台数が100台/分を割るのを待ってから
CRXは、加速せずに空間歪曲接点を感じて、そっと波に乗るように「跳ぶ」
右カーブで、後方からの車両が見えないタイミングで実施したので、高速レーン監視カメラ以外、他のドライバーなどには目撃されていない筈。
光粒の流速遍道に包まれて、微振動が車体を震わす。無機質な光学迷彩虹霧が無秩序に波打ち続き、その彼方に僅かな光が見えてきた。
光の中に高速道路を上空から眺めたような風景が見えてくる。
「あれが着地点?」
ルナが、 CRXのAI意識体に訊ねる。
「そうだね、インターで高速に合流するような感じだね。」
「大丈夫だ、これなら安全に着地出来るよ。ルナ、ブレーキかけずに、相対速度を合わせて行って。」
ルナは軽くアクセルを踏んだまま、ステアリングを少しずつ右に回した。
物流自走ドローンと自動運転カーの車列が途切れるタイミングに合わせて、自走レーンに接近、
「行くよ!ここ!」
ルナは、躊躇なく着地を決める。
ズン、グウイーンと接地したタイヤが回り出し、短距離跳躍から帰還した。
「OK、ナイスタイミング、ルナ。大丈夫?」
「うん、ちょっと緊張した。でも上手く行った、良かった!」
ルナに安堵の気持ちが、広がった。
「近くのサービスエリアでちょっと休憩しよう、今のテストの検証をしたい。」
「分かった。次ので入るね。」
第3東名藤枝ICに立ち寄ったCRXは、広い駐車場の東端に止まり、微回転アイドリングモードでスタンバイ状態になった。
「データログ見ると、実測滞空時間3分12秒、空間跳躍距離9.6km」
「今のテストで分かったけど、距離制御は出来そうだけど、着地点の指定は難しそうね。」
缶コーヒーを飲みながら、リナはエアタブレットの空間ディスプレイのデータグラフを眺めていた。
CRXが応える
「跳びたい先をイメージすれば、だいたいその近くに行けるみたい。いい波が来るのを待って乗るようなものだから、スタートタイミングも空間位相任せになるけど。」
「分かった。次はそこを試してみましょう。
空間跳躍タイミングをある程度決めた場合、どこにどれだけ跳んでいくのか、調べたい。」
ルナはCRXのボンネットに触れて、軽く叩く。
「じゃあ、よろしく。」
ルナとCRXは再挑戦の走行に出る。
4-2 理不尽な現実ーーー
2回目テストは、静岡から富士宮の交通量の多い区間は避けて、裾野ー御殿場の丘陵コースで実施した。
空間跳躍開始地点を事前設定し、そこに最も近い空間歪曲接点を見つけて、近似値で実行。
ある程度、予想に近い結果が得られた。
鮎沢PAで結果分析をして、空間跳躍技術のコントロール方法をある程度まとめて、状況報告をタブレットに記録、クラウドデータで共有した。
「ここから先は交通量増えるから、3回目実験は無理ね。東京までは普通に走りましょう。」
ルナは、ネットラジオの最新 AIミュージックをかけながら、ステアリングをきった。
横浜町田の渋滞を抜けて、安定走行に入り、新東京ジャンクションから湾岸線を東進して、葛西ICで下車、環七を北上して、江戸川5丁目で右折、とあるマンション前でクルマは止まった。
高層マンションと緑多い公園の組み合わさった機能的住宅地域、近年再開発された雰囲気があり、おそらく、御笠木が住んでいた頃とは違った街並みに変わったのだろう。
「CRX、ここがゴールなの?あなたはここに来たかったの?」
「うん、御笠木はここに住んでる」
「分かった。ちょっと調べるね。」
ルナは、エアスマホから住宅管理会社にアクセス、住民推移検索で調べてもらったが、結果は分からず仕舞い。
ルナは、CRXとかつて東京23区から7区編成変更後の東京東部2区の区民住基データセンターに行き、死亡者リストにアクセスして、某介護施設から 御笠木 英弦 の死亡データを見つけ出す。2049年死亡、享年89歳。
ルナが、それを目にした時、CRX AI意識体の「声」が響いた、
「ウソだ、そんな筈は・・・2049年、29年前?
そんな前に亡くなってた?どうして・・・」
フロントウインドウディスプレイに幾つかの光彩がランダムに流れて、ハザードランプが何回か点滅した。
「オレは何のためにここまで来たんだ?
御笠木はもういなかった。記憶が・・繋がらない、時間が跳んでいる。わからない、わからない・・・」
エンジン回転数が不規則に上下し、コントロールパネルに解読不明な記号や文字が、ランダムに流れる。
「聞いて、CRX、これは一つの仮説なんだけど、」
困惑したCRXにルナが語りかける、
「2071年に世界初の時間跳躍実験に成功した時の実験演奏したミュージシャンが、若い頃に、自分一人のチカラでタイムリープした記録があるの。2040年らしいのだけど、そう、おそらくあなたが中東の砂漠ラリーレースで、事故して動かなくなった頃。」
ルナは、締め付けられる気持ちをグッと我慢して話しを続ける、
「おそらく、あなたはそのタイムリープ事象に、なんらかの作用で連動して、未来へ、おそらく25~26年後くらいにタイムリープしたと思われるの。」
「・・・・・」
「もっと早く言ってあげれば良かったんだけど・・・、ごめんね、あなたが会いたがっていた御笠木さんは、もう、もう、いないの。」
ルナは涙を浮かべ、唇を震わせて言った。
「ウソ!うそだ、だって、だって・・・」
CRXの言語機能が低下している、ショックが大きかったのだろう。
「それでね、聞いて、CRX、あなたの今後の事、考えて欲しいの。おそらく空間跳躍技術の存在は貴重だから、この前お世話になった豊田の研究所や、ミカのいるつくば大の研究施設なら、あなたを受け入れてくれると思う。」
「だけど、私はあなたの空間跳躍を引き出す別の要素がまだあるように思うの。
だから、あなたと共にそれを探していきたい。」
「私、あなたをLAに連れて行きたい。私の親しい友達と、私の兄が、LAで光学映像技術の研究をやってるの。」
「空間跳躍の時に発生する、光彩現象が跳躍を起こすキッカケになり、制御する手段になってる可能性がある筈。」
「だから、だから、一緒にUSAに来て欲しい、
返事は今でなくていいから、考えて欲しい。」
ルナは、切々と語りかけた。
ミカの元に預けてもいいけど、何かしら漠然とした不安がよぎり、躊躇った。
ミカは何か隠している様な気配がある。
それが何かはわからないし、 AI同士で既にコミュニケイトしてるのかも知れないが、今は私がCRXに寄り添うべきだと思っていた。
それでも不安がないわけではない、LAに連れて行く事が本当にCRXのためになるのか、単に気まぐれで拾っただけで、CRXにもう持ち主が亡くなってたという厳しい現実を突きつけただけなのではないか。
ルナは後悔と葛藤に押し潰されそうだった。
新副都心が造られた、この旧江戸川区葛西地区に夕陽が周りをオレンジ色に包み込んでいた。
帰宅を急ぐ人々、自動運転車の渋滞、飛び交う搬送ドローン、街のざわめきは、ルナの気持ちに関係なく、いつもの日常風景がそこにあった。
第5章 渡米ーー希望と不安
5-1 アキバでの出会い
2078年9月17日
江戸川区葛西副都心のシティホテルに宿泊した翌日朝、ルナとCRXは秋葉原に向かった。
「ちょっと一人で考えたい」
「分かったわ。ちょっと買い物で秋葉原に行くから、カーポートに入れるわね。2~3時間で戻るから。」
ルナは日本橋浜町の地下メガカーポートにCRXを駐車して、『ミニバイリーカ』に乗って秋葉原に行く。レンタルタイプの1人乗りカプセルポーター、パークアンドライドの進化形、待ち時間がないので急速に普及した。
CRXはLea pert社傘下のEVエンジンメーカー
ドイツ「havltchisy社で大改造を施したが、一部古い半導体ユニットは日本製で、部品交換対応出来なかったので、そのままにしていた。
そのため、秋葉原の旧電機対応店でチップユニットを探して購入した。
「いいのが見つかって良かった。あとは、アイカメラユニットの交換パーツも補充しよう。」
渡米準備を既に考え始めたルナは、どうやって兄に協力依頼するか思い巡らせていた。
「妹にも頼むかな、でもサラはまだ17だし、
・・・まだ無理か」
駅前の人波をかき分けながら、中央通りを進むと、ふと目に入ったのは、ビルの角でビラを配っている一人のメイド姿の少女。
白いエプロンにフリル、淡いラベンダー色の髪をツインテールに結い、外国人らしい高い鼻梁と笑顔。
その瞬間、ルナは息をのんだ。
――サラ?
「お姉ちゃーん!? ウソー!なんでここに!?」
ビラを抱えたまま、サラが小走りで近づいてくる。
「お仕事中? …その格好、何?」
「何って、メイド喫茶! “おかえりなさいませ、ご主人様”ってやつだよ! 最高に楽しいんだから!」
ルナは思わず額に手を当てた。
まさか空間跳躍技術の可能性を見つけた日本で、妹が"萌え全開"の格好でバイトしているとは!
サラ・.モーリス 17歳 ルナの7歳下の妹
カリフォルニア工科大学1年、16歳でLAの高校を飛び級して、大学入学した才女。
光学映像技術学部で研究チームの一員。
比較的冷静で慎重な姉に対して、活発で決断の早い性格。
「…サラ、あんた、日本に来てたの?何で?」
「もちろん、アニメ聖地巡礼と推しイベント! あとね、この国でしか手に入らないグッズもいっぱいあって…」
サラの目はキラキラしている。
エアスマホのカメラ直結で、ネット回線から様子を伺っていたCRXが、ルナに話しかける。
「ルナ、この妹さん…SJエネルギー値、高いな。跳躍制御に必要な感覚、持ってるかも。」
ルナの胸の奥で、淡い不安がざわめいた。
サラがただのオタク活動でここにいるのではなく、この出会い自体が――何か大きな流れに組み込まれているのではないかと。
「今夜、時間ある?」
「あるけど? どうしたの?」
「ちょっと話したいことがあるの。大事なこと。」
メイド喫茶の店内から、呼び出すベルが鳴った。
サラは「ご主人様が待ってるから!」と手を振り、笑顔で走り去る。
ルナはその背中を見送りながら、なぜか胸の奥がきゅっと締めつけられた。
――この子が、私の代わりに旅を続けるかもしれない。
5-2 秋葉原・夜の屋上
ビルの上階、ネオンとアニメ看板の光が混ざり合う屋上。
ルナは街のざわめきの向こう、湾岸方向に沈みゆく橙色の空を見つめていた。
足元には、CRXから伸びたホログラム通信の光線が淡く揺らめき、投影されたAIの光彩が夜風に揺れる。
ポケットの中で、エアスマホが震えた。
――国際時空間研究機構からの暗号通信。
表示されたのは「至急招集」の文字。
内容は短く、しかし重い。
《新型時空歪曲システムの国際共同実験、即時参加要請》
楠神部長からルナへ正式に提案。
「共鳴感応の適性は、国際空間跳躍プロジェクト全体の核になる。
現場はサラとCRXに任せ、あなたにはつくば大と海外研究機関を繋ぐ立場で協力してほしい」
ルナは迷うが、「二手に分かれたほうが、未来への道が広がる」と悟る。
ルナの勤務先の米LA AIコミュニケーション研究所の研究事案としての日本への長期出張を切り上げて、参加要請を受けることにした。
「ルナ…それって…」
CRXの声が低く沈む。
ルナは頷いた。
「わかってる。行かなきゃならない。これを逃したら、もう二度と現場には戻れない。」
だが、心の奥で何かが引き裂かれる感覚があった。
この車と、もう少し一緒にいたかった。
御笠木の思いを背負ったまま、まだ解き明かしていないこともある。
「…でも、CRX、私が行けば、しばらく君を動かせない。安全管理の制限で、ラボに保管されてしまうかもしれない。」
一瞬の沈黙ののち、CRXは静かに言った。
「じゃあ…サラに任せようか。」
ルナは振り返る。
昼間、メイド服姿で笑っていた妹が、今は普段着に着替えて屋上のドアから顔を出した。
「お姉ちゃん、話って何?」
ルナはゆっくりと言葉を紡いだ。
「サラ、あんた…冒険してみる気、ある?」
「え、また変なこと言ってる…」
「この子と一緒に、大陸を横断してほしい。アメリカまで。LAのスペースワープ研究所に行って実験研究に協力して、その後NASA研究施設に向かって欲しい。ヒューストンよ。途中で…たぶん、普通じゃない旅になる。」
そう言ってCRXを指さすと、サラの瞳がわずかに揺れた。
「え…これって…映画のあれみたいなやつ? 空間跳躍とか…?」
ルナは微笑んだ。
「信じるか信じないかは任せる。でも、君ならできる。君の感覚は…私よりも、もっと自由だから。」
AI機器の自我覚醒の「声」が聞こえる事で、音共鳴が空間跳躍を引き起こすルナの能力に対して、
サラの能力は、 AI意識体の感情、意思、声が
色彩や光量で見えてくるという、独自の才能がある。
夜風が二人の間を抜け、遠くのメイド通りの看板がまたたく。
サラは小さく息を吸い込み、真剣な顔になった。
「…わかった。面白そうじゃん。」
その瞬間、ルナの胸に熱いものが込み上げた。
安堵と寂しさが入り混じり、声が震えそうになる。
「ありがとう。…頼んだよ、相棒。」
CRXが低く短くクラクションを鳴らす。
まるで新しいドライバーに挨拶するかのように。
そしてルナは、背を向けた。
光の看板に照らされながら階段を降りていくその姿は、決意と別れを同時に背負っていた。
街の喧騒の中で、サラとCRXの新しい旅が、静かに始まろうとしていた。
5-3 別れの会話
2078年9月18日
翌日、新宿のホテルをチェックアウトしたルナは、新バイパス高架下フリーエリアで、CRXに語りかける。
「CRX、本当はずっと一緒に行きたかった。
あなたの自我意識がコントロールできる空間跳躍技術は世界に革新をもたらす可能性がある。」
「だからこそ、あなたは光学光彩映像技術のトップを行くアメリカで、技術確立を目指すべきだと思う。でも、私には今どうしてもやらなければならない道があり、一緒には行けない。そして、あなたにはあなたの道がある」
CRXは、一度エンジンを噴かし、自分の気持ちを明かす。
「分かってる。ルナ、ありがとう、自分を救ってくれて、この能力を覚醒させてくれて、新たな道を示してくれた君には、本当に感謝してる。」
「必ず戻るよ。そのときはまた、一緒に走ろう」
「そうね、約束する。日本にいるか、アメリカにいるかは分からないけど、同じ道を歩みたい。」
ルナとCRXの意志は固まっており、その目標に向けて動き始めていた。
「ホンダ技研北青山新研究所でメンテナンスチェックをします。来週の渡米に向けて、今やれる事は、全て準備するから。」
「ああ、頼むよ、ルナ。何でも受け入れるよ。」
5-4 ルナからサラへーーー希望の光
2078年9月19日
翌朝、CRXには免許取り立てのサラが運転席に座り、ルナは助手席から最後のアドバイスを送る。
「この子は明確な意思があって、的確な判断ができるから、思った以上に運転はラクのはず。
EVハイパーモーターになってからは、加速系も減速制動もずば抜けてるから、危険回避は問題なく任せられるの。」
「うん、確かに凄い。コントロールパネルも最新なのね。赤外線モニターまで付いてる!」
サラがアクセルを踏み、CRXが軽やかに走り出す。
ルナは歩道に立ち、消えゆく赤いテールランプを見送る。
20分後、戻って来たサラは、頬を紅潮させて言った。
「お姉ちゃん、この子すごい! どういう走りをしようとしてるのかが、色彩の変化で分かるの!こんなシステム、どうやって作ったの?」
確かにこの最新EVハイパーカーのCRXは走行性能は、レーシングマシーンと同レベル。
それでもサラの言うようなシステムは搭載していない。
どう言う事?もしかしたら・・・
「サラ、あなた、もしかして AIアルゴリズムや AIシステムの「声」が聞こえる、いや、「声」が見えるんじゃないの?何か色彩のようなもので。」
「うーん、よくわかんないけど、とにかくその色の変化見てると、何が動くのか、変化するのかが分かるの。」
やっぱり・・・サラにも得意能力がある。
色彩光学映像が、空間跳躍技術確立に最短距離にあるのかも知れない。
サラをLAの研究施設に向かわせるべき。
ルナは、決意する。
兄のチカラを借りよう。サラを護衛してもらい、更に研究を進めてもらいたい。
サラは、LA在住の兄ジョセフ・モーリスにメール連絡を入れてサラとCRXを迎えてもらうよう頼んだ。
そして直ぐに、CRX空雄用のイオンジェット輸送機のチャーターを行う。
出発は2週間後、私は新業務に赴任するから、見送りは出来そうにない。
サラに話すと、意外にあっさりと了承した。
5-5 LA帰宅
2078年10月3日
新成田初 イオンジェット輸送機チャーター便
Ek-408 SR5 は、乳白色のエンジン雲を吐き出して一路米国ロサンゼルスに向かって飛行していた。
サラの日本滞在終了とほぼ同じ時期に、LAに向かう。サラも久しぶりに自宅に帰ってきた。
ロサンゼルス空港でCRXを降ろし、税関手続き後、ウエストトーランスのアンザアベニューを通り、ラ・ロメリアパーク向かい側のスティールストレート沿いにあるサラの自宅に到着。
空港から約20分、アクセスのいい閑静な住宅街。 広い道路の左右に整然と並んだ住宅地、家を囲う塀がない住宅がほとんどなので、とても開放された雰囲気がある。
それでも、この家はセカンドハウス、Lea pert社CEOの父の本宅は、高級住宅地ベルエアのビア・ベローナ通りにあるが、素晴らしい眺望の丘陵地にある邸宅よりも、市街地へのアクセスのいいこの家がサラはお気に入りだった。
「ただいま、レイシア、元気?」
「サラ、おかえり。疲れたでしょ、お茶入れるわね。荷物片付けるわ。」
レイシアは、このセカンドハウスのハウスキーパー兼サラの教育係。UCLA3年の大学生。
Lea pert社製の2体の AIヒューマノイドのモニターを兼ねた家事業務を行いつつ、レイシアは AIコントローラー資格を取るために、実務研修中だった。
「TOKYOはどうだった?楽しかった?」
「うん!とっても、アメージング!アニメもフィギュアも最新の手に入れた、メイド喫茶でバイトもしたよ!食事も美味しいものばかり!」
サラは興奮気味に話す。
「そう、素敵ね、良かったわ。」
サラの荷物を片付けて、テーブルにコーヒーを用意して二人席に着く、
「それからね、お姉ちゃんに会った、偶然、仕事で日本に来てたみたい。そう、一人で。
それで、仕事頼まれて、車持ってきたの。」
「車?そいえば免許取ったばっかだったわね。」
「ルナが中東レースをサウジに見に行って、偶然拾ったんだって。それでドイツに持ち帰って修理して、日本に来たそう。」
「何で日本に?日本車なの?」
表に停めたCRXを窓越しに見ながらレイシアが訊ねる。
「うん、CRXていう古い日本車だけど、詳しい理由はわからない、何でも車の喋る声が聞こえて、
希望を叶えるって。」
「声が聞こえる?・・・」
レイシアは怪訝な表情で呟く、
「おかしな事言うでしょ、お姉ちゃん、でも
LAに持って行って、ジョセフ兄さんに見せて、一緒に研究所に行きなさいって言われたの。
連絡はしてくれたので、後で兄さんに会いに行ってくる。」
サラはそう言って、レイシア手作りのパウンドケーキを口に放り込んだ。
「じゃあ、忙しいわね。2-3日はゆっくりするの?」
「ごめん、そうもいかなくて、連絡つき次第明日にでも行くつもり。」
「分かった。ご両親にはリックライン入れとくから、それからお部屋は片付けてあるから、くつろいで。今夜何食べたい?」
「ビーフ、日本食続いたから、たまにはオールドアメリカンもいい。」
「OK、とっておきの料理作るわね。」
レイシアが微笑む。
「ありがとう、私シャワー浴びてくる、」
サラはバタバタとリビングを出て行った。
少し静かになった室内、ふっと息を吐いてレイシアは左手首のエアスマホコントローラーの録音ボタンを止める。
そのままリックラインを繋ぎ、メールを送信する。
送信先 : USARMY 情報管理室
その表情は先ほどの優しいお手伝いさんではなく、特殊エージェントのそれだった。
第2部
第6章 新たなる旅路
6-1 LA合流
2078年10月4日
翌朝、目覚めたサラは、部屋の窓を開ける。ロスの爽やかな空気と、眩しい朝日に、気分良く
深呼吸して、下のリビングに降りる。
「おはよう、レイシア、よく眠れたわ。」
「おはようございます、サラ、朝食用意できてるわ、頂きましょう。」
AIヒューマノイド2体も朝食準備と片付けを同時にやっていた。
パンケーキにナイフを入れつつ、サラが言う
「8時には出るわ。レドンドビーチまで兄が車で来るから。何日かかかりそうだから、留守番よろしくね。」
「気をつけてね、サラ、無理しないで。」
「うん、ありがとう。」
コーヒーのおかわりを貰いながら、サラは応えた。
なぜだかわからないが、何か漠然とした不安も見え隠れしてたが、それを打ち消すようにコーヒーを飲み干した。
6-2 LA出発
ロサンゼルスの朝は、陽射しがガラスの壁を透けて真っ直ぐに差し込み、港の遠くに白い霧が揺れていた。
CRXは既にランドクルーザー型大型トレーラーの荷台に固定され、車体は薄く反射するメタリックレッドを陽光にきらめかせている。
「お待たせ、サラ。」
ジョセフ・モーリスは軽く笑い、運転席横のドアを開けた。
ジョセフ・モーリス
モーリス家長男、28歳の彼は、Lea pert社の後継ぎとして、知力、体力ともに優れた逸材。世の女性が放っておかない地位と資産と容姿がありながら、未だ独身の自由な若者。
Leapert社傘下のAIインフラストラクチュア・テクノロジー・リサーチ&デベロプメント社(ITRD社)LA研究所 上席役員をこなし、
映像光彩技術にも強い興味を持ち、サラの要請に快く賛同。
そんな彼が可愛い妹の為に用意したのは、
最新鋭の陸上移送用EV大型トレーラータイプのランドクルーザーをチャーターした。
背の高いフレームに航空機のコックピットを思わせる計器類が並び、後部キャビンにはゆったりとした4人掛けシートが二列。さらに奥には小型エアドローンの格納庫が見える。
連結部の後部車両には、CRXが格納される。
車体の各部数百ヶ所にセンサーが連結され、分析装置とCPUに接続、クラウドデータサーバーと、複層エアディスプレイに車体と AI意識体の意思が、モニタリングされている。
「これが噂の…」
サラは目を輝かせて車内を見回す。「まるで小さな基地みたい。」
「基地というより、動く研究室だな。」
後部から現れたカイル・ローゼンが笑いながら、格納庫を指差す。
カイル ローゼン
ジョセフの後輩、26歳、ITRD社応用研究部門の若きエース。突拍子のないアイデアを即座に実用化する、天才肌の技術者。
CRXをイジりたくて、ジョセフより先にサラにアプローチしかけたほど。
「CRXをこのトレーラー内に格納して連れて行く。しかし、 AI意識体の自我覚醒した車となれば、何かと狙う連中も多い、そこで、いざという時は、あのエアドローンで脱出できる。4人乗りで航続距離も200キロだ。」
栗色の髪を後ろで束ね、薄いグレーのジャケットを着た青年。
「カイル・ローゼン。ITRD社応用研究部光学映像研究所に勤めてます。」
「サラよ。よろしくね!」
サラは明るく握手を交わしたが、その瞬間、彼の指の温度やわずかな握力の変化から、職業的な緊張感を感じ取っていた。
走り出したランドクルーザーの車内。
サラは窓の外を流れるパームツリーの並木を眺めながら、無邪気に言った。
「ねえ、この街って、色が日本より濃い感じがする。太陽の当たり方? それとも空気中の粒子のせい?」
カイルが目を瞬かせる。
「…その感覚、鋭いな。実際、このあたりは砂漠性のエアロゾルが多くて、可視光の散乱が変わる。」
ジョセフはミラー越しにサラを見た。
「お前、やっぱり父さん譲りの観察眼だな。」
サラは肩をすくめて笑ったが、胸の奥では、これからCRXとともに向かう旅路の先に何かが待っている気配を感じていた。
それは、言葉にできない「ざわめき」のような感覚──光の波が、遠くアリゾナの砂漠から呼びかけてくる。
「フェニックスまで、約600キロ。途中で何か美味しいもの食べて、少し寄り道してから行こうか。」
ジョセフがハンドルを切る。
サラは小さく息を吸った。
「うん、いいよ。…でも、急がないと、あの光が待ってくれない気がするから。」
カイルは笑いながらも、サラの言葉の端に、妙な重みを感じ取っていた。
もう一人の同乗者、エレノア・アレンは窓際のシートに腰を下ろし、タブレットでルートマップを操作していた。
エレノア アレン
スタンフォード大学 AI技術学部学生兼、人工知能研究所研究員、CRXの AI意識体の自我覚醒に強い興味を持ち、 AIの色彩認知研究で知り合ったジョセフとカイルの誘いに二つ返事で飛びついた、人工知能研究所のエキスパート。24歳、
サラの姉ルナ・モーリスとハイスクールの同級生、幼い頃のサラとも遊んだ仲。知的で冷静な性格と対照的に、見た目は陽気なLA娘。
「今日はフェニックスまで直行。その後、北上してグランドキャニオン北側へ。観光も兼ねるわよ。」
エレノアは、タブレットを片手にヘッドセットを被りレシーバーマイクで話しかける。
「CRX、はじめまして、私たちはルナやサラのようにあなたと信頼関係を作りたい、なんでも話せる友達になりたいの。どうかな?」
モニター画面に映るCRXが、薄いオレンジ色に包まれ、黄色い光斑点が、不規則に周りを飛び回っている。
「いいよ、レディ、君の温かい気持ちが伝わってくる。何でも話してよ。」
「ありがとう、道は長い、ゆっくり話しましょう。」
エレノアが微笑む。
少し間があり、CRXが呟く
「それから、大きな意志も、まだ眠っているようだし・・」
「やはり、気づいてたのね。」
エレノアはさらに嬉しそうな表情に。
ジョセフがエンジンをかけると、EVメガマシーンは低く響くモーター音が車体を満たし、巨大な車輪がゆっくりと回り始めた。
車体中央部の AIアルゴリズム管理サーバーが光彩光度反射で光る。
「確かに、このトレーラーの システム制御管理 AIは最高度知能レベルを保持してる。それを見抜くなんて!」
エレノアは楽しくて仕様が無かった。
「皆んなにこのミッションについて、説明したい事がある。聞いてくれるか?」
ジョセフが3人に声をかける。
LAを出発して160km、パームスプリングスのサービスエリアで休憩してる時に、車内のブリーフィングエリアで話し出す。
「我々はハイウェイでフェニックス、アルバカーキを経由して、デンバーに行きます。その道中でCRXの走行性能テストを何回か行う予定。そして、デンバーの国立再生可能エネルギー研究所(NREL)でCRXを物理的に強化します。」
「超薄型太陽電池シートを車体全体にコーティング、さらに光学エネルギー分析装置を取り付け、供給エネルギーの安定化を図ります。」
「次に、ロスに戻って、サンフランシスコに行き、スタンフォードAI研究所(SAIL)でCRX AI意識体の自我意識解析を行います。
これは、CRX AI意識体の心理的成長へのステップとなる筈です。」
「強行スケジュールだね。」
カイルがディスプレイのAR地図を見ながら呟く。
ジョセフは続ける。
「さらに、NASAエイムズ研究センターで空間跳躍理論のシミュレーションを実施します。これで、CRXの空間跳躍技術を確立させます。」
「ここの協力は、知り合いの教授にお願いしたら
快く引き受けてくれたの。」
エレノアが話す。
「それから、カリフォルニア東部のローレンス・リバモア国立研究所の AI制御附属研究施設で、CRX AI意識体の最終バージョンアップを目指します。これで彼の自立が完成する筈。」
再びジョセフが皆を見渡して言う。
「そして、最後にLAに戻り、私の研究所、ITRD技術研究所で、光彩映像工学の技術テストを行い、空間跳躍新技術の確立を目指します。」
サラは、改めてジョセフ、エレノア、カイルがCRXの為にここまでしてくれる事に、感謝と感動で一杯だった。
「ありがとう、みんな、CRXのために、そこまでしてくれるなんて。」
この旅の目的がハッキリして、サラはCRXの成長に期待する一方、その自立について何かしらの寂しさも、少し感じていた。
6-2 アリゾナ砂漠の波動
2040年代に普及率70%に達した自動運転車のインフラ構築のため、西海岸地区、東海岸地区それぞれで大規模な高速道路網を構築されてきた。
物流専門ムーブクラフト線、自動運転車専用道路、それにフリー走行専用道路、この3線構成の高速道路に、量子高速回線、IOWN、次世代光回線などインフラ回線を地下に通した、インフラ高速道を建設した。
US Super Highways (USH)
第1号線
サンフランシスコーーロサンゼルス
第2号線
ロサンゼルスーーフェニックス(アリゾナ州)
第3号線
フェニックスーーーアルバカーキ(ニューメキシコ州)
第4号線
アルバカーキーーーデンバー(コロラド州)
USH2号線 フェニックスまでの道のりは順調だった。
高速道路沿いのサービスエリアでは、サラは容赦なく地元グルメに突撃し、チリドッグ、サボテンフルーツシェイク、ハニーバーベキューリブを次々と平らげる。
エレノアは笑いながら、「そんなに食べたら、夜は動けなくなるわよ」と釘を刺した。
⸻
一行は昼頃にフェニックスに到着、そして午後、ランドクルーザーは高速道路から一般道に降りて、北上を開始。
乾いた空気が窓を叩き、赤茶けた岩肌が視界を埋める。
ジョセフは前方の空に、不意に揺らめく光を見つけた。
「…見えるか?あれ。」
薄い虹色のカーテンが、地平線から天頂へとゆっくりと揺れ、やがて空全体を覆っていく。まるで極地のオーロラが砂漠に降りてきたかのようだ。
サラは立ち上がり、フロントガラス越しに見入った。
「なにこれ…美しすぎる…」
だが、CRXのAIボイスが連結格納庫から響いた。
《注意。空間位相の異常波動を検知。あの光は自然現象ではない可能性が高い。》
ジョセフが速度を落とす。
その瞬間、視界が一瞬白く染まり、車体全体がふわりと浮いた。
「…跳んだ?」カイルが息を呑む。
わずか数秒後、ランドクルーザーは固い地面に着地——しかし、その場所は断崖の縁だった。
「ブレーキ!」
ジョセフが即座に制動し、数十センチ手前で車体は停止。
眼下には、グランドキャニオンの底が霞むほどの深い谷が広がっていた。
全員が安堵の息をついた。
安全な位置まで車両を後退させ、坂を下り所々乾燥樹木と草地のある荒地に来た。一息ついた瞬間、遠くから地鳴りが近づいてきた。
振り返ると、砂煙の中から巨大なバッファローの群れが押し寄せてくる。
「うそでしょ…」サラが呆然とする。
ランドクルーザーは完全に群れに囲まれ、動くこともできない。
グランドキャニオンの北部には、バッファローの群生が多いと聞く。見たのは初めて。
1頭のバッファローが格納車両のCRXをじっと見つめ、小さく鼻を鳴らす。
どうやら、バッファロー達はCRXから何らかの音か光のようなものを感じているようで、音律共鳴や光彩振動の発生の影響が出ているようだ。
《…悪いけど、彼らに悪意はない。でも、通してくれる気もない》
CRXがぼそりとつぶやいた。
群れはゆっくりと進み、太陽が西の空に傾く頃、ようやく道は開けた。
夕暮れの光がキャニオンの壁を黄金色に染め、奇妙な一日が静かに終わっていった。
バッファローの群れを抜けた後、一行は北東へ進路を取った。
日が完全に沈む頃には、空は群青から漆黒へと変わり、頭上には無数の星が瞬いている。
ジョセフは地図を確認しながら言った。
「このまま一気にデンバーまで行くのは無理だな。コロラド州境手前のフラッグスタッフで泊まろう。」
町外れのロッジ風ホテルは、木の温もりと古いランプの柔らかな光に包まれていた。
フロントには年配の女性が座っており、サラを見るなり笑顔で「アニメのキャラみたいね」と話しかけてくる。
エレノアは吹き出し、サラは「実はその通り」と胸を張る。
夕食はロビー隣のダイナー。
カイルはチキンフライステーキを頼み、ジョセフはシンプルなベーコンエッグ。
サラは迷わずパンケーキタワーに手を伸ばし、エレノアに「…夜中に後悔するわよ」とからかわれていた。
6-4 NRELの光
2078年10月5日
翌朝、冷えた空気の中を再びランドクルーザーは走り出す。
ギャラップICから、USH2号線に乗り、デンバーに向かう。
雪を頂くロッキー山脈が次第に近づき、標高が上がるにつれて景色は荒涼とした砂漠から深い緑の針葉樹林へと変わっていった。
昼過ぎ、デンバー市街の西側に広がる広大な施設群が視界に入る。
NREL——国立再生可能エネルギー研究所。
ガラス張りの建物が太陽光を反射し、敷地内には無数の太陽電池パネルが波のように並んでいる。
太陽光電変換効率82%
驚異的な超薄型太陽電池パネルの開発に成功した、当研究所の最新技術の提供を取り付けた、ジョセフ・モーリスは、Lea pert社再生エネルギー部門を総動員して成し遂げたその成果を、何事もなかったかのように、CRXのシステム強化に費やした。
案内役の女性研究員が笑顔で迎えた。
「遠路お疲れさまです。CRXはすでに作業ベイに入っています。」
作業ベイでは、白衣を着たスタッフたちがCRXの車体を囲み、計測機器を取り付けていた。
AI意識体の反応をリアルタイムでモニタしながら、車体外装には極薄の色彩変調型太陽電池薄膜が貼られていく。
「これで走行中でも光学エネルギーを直接バッテリーに変換できます。」
研究員はそう説明し、さらに小型の光学分析モジュールをCRXのダッシュボードに組み込んだ。
《これは…僕専用の“目”か》
CRXの声が少し弾んでいた。
《光彩現象を観測して、跳躍の条件を数値化できる…》
サラは興奮気味に「じゃあ、あの砂漠の虹カーテンも、次は完全に解析できるってこと?」と尋ねる。
「理論上はね」と研究員が笑う。
⸻
作業は夕方までかかり、一行はその夜、デンバー中心街のモダンなホテルに宿泊した。
窓からは遠くにロッキーの稜線が黒い影となって連なり、街の灯りが静かに瞬いていた。
カイルがワインを傾けながら言う。
「この装備、試すのが楽しみだな。次はカリフォルニア西海岸まで戻るんだろ?」
ジョセフはうなずき、サラの方を見た。
「その前に…何が起きてもいいように、心の準備はしておけ。あの光彩現象はまだ終わってない気がする。」
窓辺に立つサラは、遠くの夜空を見つめた。
あの虹色のカーテンが再び現れたら、自分はどうするのか——胸の奥で、何かが静かにざわめいていた。
「不安なの?」
エレノアが優しく囁く。
「うん、ちょっとだけ。」
サラは、肩に触れたエレノアの手を握った。
その指先は少し震えていた。
「大丈夫よ、サラちゃんは昔から頑張り屋さんだもの。」
「・・・・」
「私ね、ルナ、あなたのお姉さんから頼まれたの。『妹を守ってあげて』って・・・心配なのね。」
エレノアは、もう片方の手でサラの髪を撫でて、話しかけた。
「きっと、あなたの予感は現実になるかも知れない。でも、でもね、きっとそれにも打ち勝つ何かを見つける事が出来ると思うの。あなたの意志がそれを可能にすると感じるわ。」
優しく話しかけるその言葉は、サラの漠然とした不安を払拭するのに十分であった。
「お姉ちゃんにも似たような事言われたわ。日本を出発した時。エレノアさん優しい。ありがとう。」
二人は微笑みながら、黙って夜空を見上げた。
「ただし・・・サラさん、あなたこのプロジェクト参加のため、日本滞在からずっと大学の授業出てないでしょ?単位大丈夫?
カリフォルニア工科大学、結構厳しい筈、
頑張れる?」
「そうなの、ヤバいよね。でも、今やらなければ絶対後悔するから。私、両方とも頑張れる。
負けない・・誰かを救いたい気持ちと、誰にも負けない気持ち、これはホンモノだから。
見てて、エレノアさん、私頑張るから。」
コロラド州の秋の夜空に星々が瞬いていた、
6-5 US ARMYの影
2078年10月6日
デンバーを発った一行は、USH5号線ーーデンバー ーーラスベガスーーロサンゼルス を西へ進み、シエラネバダを越えてカリフォルニアへ戻るルートを取っていた。
午後の陽射しが長い影を落とす中、ジョセフがミラー越しに後方をちらりと見やった。
「……後ろ、ずっとついてきてる車がある。」
ランドクルーザーのモニターに後方カメラの映像が映し出される。
黒い無人SUV、フロントには政府系の登録タグが付いていない。
だが、ボディラインや走行制御の挙動が明らかに軍用AI車両だ。
カイルが低く呟く。
「USARMYの無人追尾ユニットだな。ナンバー偽装済み…でも足回りの動きで分かる。」
⸻
CRXのAI意識体が、通信帯域をスキャンして声を上げた。
《ルナの時と同じ暗号波形だ…日本で俺の跳躍を追跡していた連中と一致する》
ジョセフが顔をしかめる。
「つまり、連中はお前をずっとマークしてたってわけか。」
その時、頭上に影が差した。
4枚ローターの軍用観測ドローンが高度100mで並走している。
機体下部のセンサーがぎらりと光り、CRXを舐めるようにスキャンする。
⸻
「このままじゃ追跡データを全て取られる!」
カイルが言うと、ジョセフはハンドルを切り、高速出口を急旋回。
ランドクルーザーの荷台で静かに固定されていたCRXがAIリンクを起動する。
《右前方15km、旧鉱山トンネルの座標に電波の死角あり。そこまで案内する!》
速度を上げると、軍用SUVも加速。
さらに前方からは無人バイク部隊が現れ、行く手を塞ぐように走行ラインを変えてきた。
⸻
「サラ、固定ベルト解除!CRXを出す!」
ジョセフの指示で、サラとエレノアが荷台のロックを外す。
次の瞬間、CRXは自走モードでランプを駆け下り、AI車体が一気に加速。
その瞬間、CRXのボディに取り付けられた光学分析モジュールが淡く輝き、路面と空気が歪む。
《…跳ぶぞ!》
視界が虹色の波紋で満たされ、一瞬の無音。
着地したのは、断崖沿いの廃トンネルの奥だった。
外ではジョセフたちのランドクルーザーも急ぎ到着。
追ってきた軍用車とドローンは、トンネル周辺で電波が途切れ、行動を止めていた。
⸻
「ふぅ…危なかった。」
サラは息を整えながら、外の静けさを見やる。
だが、エレノアは渋い顔をしていた。
「これは単なる警告よ。カリフォルニアに入ったら、もっと厄介なやり方で来るはず。」
CRXが低い声で言った。
《もう隠れるだけじゃ済まない…俺たちを守る何か、もっと大きな力が必要だ》
ジョセフは短くうなずく。
「それを探しに、スタンフォードへ行く。」
第7章 引き寄せられる力
7-1 作戦会議
ロサンゼルスへの帰路、パームスプリングスでCRXとサラ一行は、作戦会議を実行中。
「このまま、ロスに入ると、米軍の追手が自宅まで来てるかも知れない。そのリスクは避けたい。」
ジョセフが皆に話す。
「我々は、ロサンゼルスに寄らずに、サンバーナーデイーノからロスの北を抜けて、route9経由でサンフランシスコに向かい、スタンフォード大学を目指す事にする。」
「何でUS ARMYが私達を狙うの?」
「米陸空軍の狙いは何か、Lea pert社の独自情報によると、すでに米軍は「プラズマ方式の空間跳躍技術」を完成させているらしい。」
「しかし、莫大なエネルギー負荷と人体への致命的リスク(例えば、精神崩壊・肉体損傷・物体融合など)で、兵器転用も実用化も断念状態との情報がある。」
「CRXの【空間位相の揺らぎを利用した低エネルギー跳躍方式】は、この弱点を解消する鍵になると睨んでいる。
特に米軍は「車一台分しか跳べない」と言われているCRXサーフィン方式空間跳躍の制限を、複数機体の同期跳躍で突破できるか実験したかったと思われるんだ。」
カイルが続ける。
「米軍の追跡・介入の理由だけど、日本での高速道路跳躍映像および、AI通信データから解析した結果、CRXの方式を解析できれば軍事輸送や戦略機動に革命が起きると判断したらしい。
そして、米本土での旅路の途中で追跡・監視を強化、実験用に鹵獲を狙う。
「西海岸帰還のトンネル回避戦は、その最後の捕獲チャンスだった筈、」
エレノアがそれに加える
「米軍は今回の件でCRXから手を引くみたい。
途中で軍内部で技術解析班が結論を出したらしいの。」
「【CRX方式】は揺らぎ波に“同調”できる自我意識を持ったAIか特殊生命体がないと成立しない。
現状の軍用AIはそこまでの“感受性”を持たず、ただの数式模倣では成立しない。
そして、プラズマ方式に比べて大質量の転移は無理、戦術的メリットは限定的と判断した。
したがって軍は「資源の割に成果が小さい」として撤退を決断。表向きは「興味を失った」ように見せるーーーーとの報告です。」
コーヒーを飲みながら、ジョセフが話す、
「ローレンスリバモア研究所では、軍が手を引いた理由とは別に、科学界ではCRX方式を民間・基礎研究に生かせる可能性があると評価している。」
「ローレンスリバモア研究所は、ミニトカマク方式の反物質閉じ込めを使う大型空間跳躍技術を研究中だが、こちらは大規模物資輸送向け。」
「そこにCRXの低エネルギー・高安定性の“揺らぎ航法”を組み合わせれば、低負荷+高精度の制御モデルが完成すると考えている。」
エレノアが付け加える
「そこで、事前にローレンスリバモア研究所に協力を要請したところ、私達にとても協力的で、CRXに解析用モジュールを追加してくれるという。これでバージョンアップ可能となります。」
7-2 軍の撤退
〔米陸空軍・特別技術解析本部 ネバダ州〕
薄暗い会議室。壁一面のスクリーンには、CRXの跳躍映像と膨大なデータが流れている。
机の端で、技術主任ハーパー少佐が冷めたコーヒーを啜りながら言った。
「結論から言おう。——この車の跳躍は我々のプラズマ方式では再現できない。」
ざわつく将校たち。
「なぜだ?」司令官のグリフィス少将が低く問う。
「“跳躍位相”を制御しているのは、搭載AIの自我意識そのものです。単なる演算ではなく、空間の揺らぎに感応している。軍用AIの硬直した構造じゃ追いつけません。」
参謀が反論する。「ならばAIごと捕獲して解析すれば——」
ハーパー少佐は首を振った。
「試しましたが、意識を切り離すと揺らぎ感応はゼロになります。あれは車体と意識体が一体化した、極めて特異な存在。
しかも、車一台分の質量が限界。戦術的な価値は…限定的です。」
グリフィス少将はしばらく沈黙し、深く息を吐いた。
「——資源の無駄だ。作戦は中止する。全チーム、監視のみを残し撤退せよ。」
大型モニターに映るCRXの走行映像が、ゆっくりと暗転して消えた。
7-3 スタンフォードの出会い
〔スタンフォード大学人工知能研究所附属 AI自我形成研究所〕
軍の追撃は逃れたものの、慎重を期して、サラ一行は、USH1号線高速道路にベーカーズフィールドICから乗り、サンフランシスコを目指す。
時速200kmで約2時間の旅路、午後4時過ぎにサンフランシスコ湾南奥に位置する、スタンフォード大学研究施設フィールドに到着。
広大な緑多き敷地に、整然と建てられたインテリジェントビル群から、少し離れた位置に、目的のビルがあった。
【人工知能研究所附属 AI自我形成研究所】
2042年に世界初の自我意識保持タイプ AIアンドロイドが出現し、当機関が設立、既に30年以上の研究実績がある。
アイボリー×ブラウンのシックな4階建ビルは、L字型を2つ重ねた様な建物で、全壁面が実験中の「超薄型半有機体CPUチップ膜」とも言われる。ここに勤める AIアンドロイドや、自走ロボットのデータ補完、情報処理の一部を受け持っている。
エレノアが体内IDチップで全員を通して、施設内に入る。
受付横のエントランスカフェラウンジに、研究グループスタッフと向井教授がいた。
「エレノア、お疲れ様。大変だったね。」
優しく微笑み近づいてきた日本人男性、
向井 幹也 (むかい みきや 40歳)
AI自我研究のトップエリート。
児童期に、月下事象の影響で突如才能を開花したとも噂される、突然変異型天才。
【月下事象:.2054年、未知の大質量物体が亜光速で地球と月の間を通過する事件が発生。その際、地球規模で時空間歪曲事象が発生して、数々の未解明事案が発生した。】
長年の謎だったコンピュータアルゴリズムの自我形成を、誰も想像しない様なクラフト理論で導き出し、最初の自我形成 AI現出から11年経過後、僅か15歳で AI自我研究に革命をもたらした人物。
「自動運転モードのない旧日本車が、 AI自我意識を発現した事にとても興味があって、今日会えるのを楽しみにしてました。すぐにでもCRXをテストしたいのですが、まあ、疲れた事でしょうし、今日はゆっくりして頂いて、 AI統合分析は明日午前から始めましょう。」
「ありがとうございます。今日は各研究所を見学させていただき、グライトンホテル予約してあるので、そこで宿泊します。明朝8時に伺います。」ジョセフが笑顔で応えた。
「それなら、隣町のレッドウッドシティに、クラブフォックスというライブハウスがある。いい音楽が聴けるから行ってみるといい。今夜、私の知り合いのミュージシャンが出るんだ。」
向井教授がウインクする。
ーーーーーー
ジョセフ達は、CRXをEVトレーラーから降ろし、研究施設の実験棟に搬入する。
「CRX、明日 AI意識体の分析研究だから、今日は今からモニタリングチェックなの、一人でつまらないかも知らないけど、ちょっと我慢してね。」サラがボンネットを撫でながら話しかける。
「うん、大丈夫、サラ、楽しんでおいで。」
「サラ、行くよ。」
エレノアが呼ぶ。
4人でグライトンホテルにチェックインして、スカイラウンジで夕食。しばらくくつろいだ後、4人で向井教授の教えてくれたライブハウス「クラブフォックス」に自動タクシーで向かった。
【CLUB FOX】真紅のネオン看板が派手なライブハウス、近年改築したが、音楽レパートリーが
多彩で数多くのミュージシャンがここから羽ばたいた。しかし、今は「 AI音楽」が主流であり、生演奏自体が珍しいので、いわゆる生演奏マニアが集っている。
カイルがビール片手に今夜の出演者リストを見る。
「ワオ!今夜は日本人のピアノトリオだ。
三枝光一トリオ、三枝がピアニスト、ベースは、フリック・海斗・山之内、そしてドラムが
向井 幹也? えっ? 向井!」
「ウソー!あの教授さん、ジャズドラム叩くの?」
サラが驚いて聞き返した。
「レディース&ジェントルメン、今夜はLA在住の日本人によるピアノトリオだー!
三枝光一トリオ! ヒアウィーゴー!」
「1.2.3.4.!」
ガーン、鋭い不協和音のトライアードを叩き硬質のピアノトーンがベース、ドラムスをまとめ込んで一気に4ビートジャズのオリジナル曲が突っ走る。
ドラムの向井教授は、何か口ずさみながら、ハイハットリズムをキープして、スネア、シンバルを叩きまくる。
「すごい! 三者一体で突っ走っている。」
ジョセフが感動してる。
とてもいいリズムに乗って、三枝のピアノが縦横無尽にフレーズを紡ぎ出している。即興なのにとても美しいメロディを弾くピアノ、どこかで聞いた事がある様な、懐かしい様な不思議な気持ちになる。
ベースが寄り添い、ドラムが盛り上がる。
どちらかと言うとロック系の生演奏が多いライブハウスだが、観客の多くがこのピアノトリオを楽しんでいるのが分かる。
「向井教授のこういう一面が、多くの AI研究者を惹きつける魅力があるんだろうな。」
「明日の実験研究に響かなければいいけど。」
エレノアが、心配する。
「いや、大丈夫でしょう。このリズムとノリが彼のエネルギー源なんだから。」
カイルが、言う。
「彼ならやってくれるよ、絶対!」
ーーーーーーー
2078年10月7日
翌朝、4人は AI自我研究所第一施設のブリーフィングルームに行き、向井教授および研究チームと会合する。
昨日のCRX AI意識体の基本分析では、自我解放レベルは4、意識成長度は7と相当高い状態なのが判明した。
したがって、今日はAI意識体自我強化ユニット装着と、自我意識データの可視化システム、つまり、光彩表示化を可能にした「マインドディスプレイ」装置と量子通信システムを融合させたコミュニケーションツール『SLCTver1.2』を追加装着した。
「これで、オレの意識は完全に独立した。従属要素がなくなったので、自己判断で意思決定でき、結果検証も早くなった。」
CRX は明日の走行試験前に完璧なコミュニケーションが可能になった。
「ありがとう、ミスター向井、あなたのおかげでCRXの AI意識がさらに人間に近づいたみたい。」
ベッドゴーグルを着けてCRXと意思交流を、行っていたサラが、向井教授に話しかけた。
「なぁに、お安いご用さ、昨日の生演奏見てくれただろ?」
「あれと一緒、一定リズムキープから一気にコミニケーションを広げる事ができる様になった。」
向井教授はサラに微笑み、ドラムスティックを持ったような構えを見せた。
「教授がバンドドラムやるなんて想像もしてなくて、皆 驚きました!」
エレノアが喋る。
「教授はいつからあのバンドを?」
「いや、レギュラーバンドではないんだ。ピアノの三枝君がLAでしばらく住むから、何か遊ぼうかって、組んだバンドなんだ。」
「三枝さんって、日本で有名なピアニストなの?」
サラが訊く。
「いや、彼は不思議な奴で、僕が学生の頃、急に現れたんだ。ジャズのとても好きないいやつなんだけど、見た目が全然変わらない、老けないなんて、何か秘策があるのかなんて思ってしまう程若々しく奴さ。」
「10年程前に東京で働いてた時に、急にいなくなって、それから、僕はLAに移住したんだけれど、2年前に彼とここで突然出会って、それで今に至ってる。不思議な縁さ。」
「彼は日本のどこかの研究所に所属してるらしいが詳細はよく知らないんだ。」
何か漠然とした不安を感じたエレノアは、話題を切り替えて言った
「向井教授、ところで、CRXですが、車の AI意識体に発現した自我人格は、 AIアンドロイドに発現したものとなにか違いがあるのですか?」
「うん、その事なんだけど、エレノア君、君の研究グループで取り扱ってた AIアンドロイドの自我意識の解明は、人間の自我発現過程との比較から分析された、正統な方法論で進めてたね。」
「それに対し、CRXの自我って少し違うんだ。何ていうか、アルゴリズムロジックの組み立て方がヒトとは少し異なる部分がいくつか見られて、それが興味もあるが、奇妙に思える点でもある。間違ってはないが、そういうロジックもありなんだと思わせるポイントが、重要なキーになっている。」
「これからも、もっと研究してみたいのだけど、先を急いでるようなので・・・CRX君に断られたよ。」
教授が苦笑いをする。
10月の昼間の日差しは、暖かくそれでいて風が少し涼しい。LAにも本格的な秋の気配が少しづつ近づいているようだ。
翌日の AIシステム最終調整を完了させて、CRX AI意識体自我成長補助装置が稼働した。
午後にブリーフィングルームでの最終報告を受けて、その日のうちにサラ達一行は、エイムズ研究センターに向かった。
ーーーーーーーー
7-4 エイムズの空間跳躍予備テスト
2078年10月8日
〔カリフォルニア州 エイムズ研究センター〕
スタンフォード大学から、東に僅か10数キロ、
カリフォルニア湾奥、サンノゼに近い地域にある、アメリカ航空宇宙時空局。
NASA直轄の時空研究機関として、2054年に再編された、時空間制御の平和利用を目的としている。
空間跳躍理論最先端を行く【フライト シミュレータver3】が設置され、隣のモフェットフェデラル飛行場を使用した、実験走行テストも可能である。
2054年の月下事象を分析・研究を目的に改築され、赤と黒の壁面色が鮮やかな、斜めに突き出した3重のウェブランチを巨大にした様な建築物、それを下から支えるスマート調光型全面ガラス窓の低層ビル。
【アメリカ航空宇宙時空局エイムズ研究センター】
「綺麗な建物ね。楽しみだわ。」
エレノアは嬉しそう。
受付で AIアンドロイドにアポイントの旨伝えると、白衣姿の男性が出迎えた。
「いらっしゃい、お待ちしたましたよ。
アンドリュー・ケプラーです。
スタンフォード大学時空間研究機構の客員教授、アメリカ航空宇宙時空局の研究所長。
背の高い黒眼鏡の似合うダンディな年配者。
「ジョセフ・モーリスです。この度は実験協力頂きまして誠にありがとうございます。」
「我々NASAは、空間跳躍の出来る AI意識体を持った軽自動車という存在にとても興味を持ってます。小規模質量の瞬間転送技術は、災害救助や宇宙空間からの緊急脱出など応用範囲がとても広い。国際的な平和利用に役立てたいとも考えています。そのための協力は惜しまない、何でも必要な事は言って下さい。」
ジョセフは、信頼のおけそうな、真摯な態度だと感じた。
「被験車、CRXでしたっけ、受入体制は整っています。いつでも実験に入れます。
それから、やあ、エレノア、久しぶりだね。
研究は進んでいるかい?」
アンドリュー教授は、エレノアの AI行動分析学の研究を指導した、 人類史上初のAIアンドロイド教授【ミオット・パイカー】の生みの親。
「はい、お久しぶりです。教授、お元気で何よりです。ご協力を感謝いたします。本日は宜しくお願いします。」
やや、緊張した面持ちでエレノアが応える。
「早速ですが、本日はCRX被験車のパフォーマンスチェック、明日フライトシミュレータを使った理論シミュレーション試験と、テスト走行コースでの空間跳躍テスト走行を行います。」
「なお、この空間跳躍テストは、予備テストとして実験の安全性の確認のために行います。
そして、本テストは、後日、ローレンスリバモア国立研究で実施します。」
「先方とは、プロジェクトテームを組成して、準備を進めてきました。
CRXの空間跳躍技術を確立させて、その数値データから、汎用性のある一般技術として完成させたいとの見解です。」
「是非、一緒に頑張りましょう。」
「はい、宜しくお願いします。」
「今日は、明日の工程についての説明を、ミーティングルームで行いますが、その後は、自由にして下さい。」
「なお、明日午前にカイザーパーマネント・サンタクラーラメディカルセンターで健康チェックを受けて頂きますので、くれぐれも飲み過ぎないように。」
4人はコンピュータ歴史博物館をある見学したり、ショアライン市立公園を散策したり、サンアントニオロードでショッピングをしたり、と思い思いの時間を過ごした。
メルナンドホテルにチェックインしてからは、レストランでの夕食後、早めに就寝した。
2078年10月9日
翌朝、朝食前にメディカルセンターでの健康チェックを済ませて、ホテルのブレックファーストを取り、研究センターに出向く。
CRXは、昨日から連続で機能分析チェックが計測され、空間跳躍テストの準備は整っていた。
サラがモニターセンター付きの、専用レーシングスーツに着替え、パワーヘッドセット付きヘルメットを装着、パワーアシストハンドグローブをはめて、【フライトシミュレータver3】のコックピットに着座する。
モニタールームでジョセフ、カイル、エレノアが見守る中、研究グループスタッフが慌しくVRディスプレイのキーボード操作を続ける。
アンドリュー教授が声をかける
「サラさん、いいかい、スタンバイが出来たら、VRゴーグルに映る赤いスイッチを押すこと。
そう、右手の上の方にあるそじゃ。」
「そしたら、システムが稼働する、ディスプレイに、各種メーターが出てくるから、全ての数字が揃うまで待つこと。」
「はい、コレね。」
サラが右手で空間のVR上のスイッチを押す。
キュアーイーン・・クラククク・・
システム稼働音が響き、VR上のメーターが、瞬く様に数値が変化していく。
ハンドルレバーを強く握り、アクセルペダルの上に右足を軽く置き、サラは緊張してその瞬間を待つ。
粒子加速度と、空間揺らぎ歪度、位相変化率、誤差修正パラメータ等々、各種数値がランダムに変化している。
「収束点まで、あと、30.24.17.11.8.7.4.1.
今です!」
計測スタッフの掛け声で、サラは一気にアクセルペダルを踏みつける。
地の底から這い上がる様な太いトルク感が全身を伝い、シミュレータが、不規則に振動して高速レベルに段階アップしてる感じがある。
JNGRPポイントがゼロに収束した瞬間、
ガクンと、振動があって、次第に回転エネルギーが下がる感覚が伝わる。
「OK、成功だな。よし、良くやった。サラさん、上手く出来たよ。ご苦労さん。」
サラは何だか、呆気なく終わった感じもしたが、とりあえず完了した事にホッとした。
サラは、支給されたNASAジャケットに着替えて、レストルームでホットレモネードを飲んでいた。
「あなたがサラ・モーリス?」
白衣を着た医師と思われる女性が、サラに話しかけてきた。
「はい、そうですが、」
「初めまして、私はシェンフェリー・グレイバック、先日あなたが健康診断を受けた、カイザーパーマネントサンタクラーラメディカルセンターの脳神経系列眼科の医師です。」
「はあ、私、何か悪い所あったのですか?」
シンフェリー医師は、検査データをエアアイパッドのディスプレイで示しながら、説明し始めた。
「いえ、そうじゃなくて・・・実はあなたの眼球神経検査で、色彩知覚能力、光彩把握能力が・・・何ていうか、異常に高い数値なの。何か特異能力があるのではと、確認したくて会いにきたのです。」
サラには思い当たるところがあった。
「そういえば、私、色が見えるんです。」
「?・・どういうこと?」
シンフェリー医師が訊ねる。
「何ていうか、人の考えてる事や、人の気持ちが色彩で見えるというか、分かるんです。虹色の色彩波動が目の前に現れて、不規則に揺らめくの。その形状で、嬉しいのか、悲しいのか、その人の感情が把握できる、いや、人だけでなくて、AIの気持ちも分かる。AI意識体の持つ感情も鮮やかな色彩で感じるの。」
「それは驚きだ、サラに色彩超知覚能力が本物ならば、もしかしたら、CRXAI意識体の空間跳躍タイミングに必要なトリガーは、サラさんの色彩認知能力かも知れない。」
アンドリュー教授が入ってきた。話しを聞いていたらしい。
「次の走行実験で、その検証をすべきと思う。
すぐにプロジェクトチームに情報共有して、実験プログラムを構築しよう。シンフェリーさん、今の要旨をまとめてエアミューラインで関係者に送ってくれ。すぐに動くぞ。」
アンドリュー教授はレストルームを飛び出して行った。
ーーー2時間後ーーー
「今のシミュレーション結果をデータインストールして、次の本走行実験でオーバーラップさせる。」
アンドリュー教授が、データログを確認しながら、窓から見える隣の走行実験コースを、眺めた。
旧モフェットフェデラル飛行場跡地に造られた楕円形テストコースに、EVハイパーモーターエンジン仕様のCRXが、スタートラインにスタンバイして、エンジンスタートの合図待ちとなっている。
サラは、アンドロイド AIの先導でミニコミューター01-mcterに乗り、テストコースに移動、既にスタンバイをしているCRXに乗る。
先程のシミュレーションデータログが、CRXのクラウドCPUにダウンロードされ、ドライブメーターパネルのディスプレイに、それらの数値が反映されて数値が切り替わっていく。
CRXの赤いフルバケットシートに座り、エンジンモータースターターをONにする。
赤いインジケーターが点灯して、小刻みにエンジンモーター音が高くなる。
「よし、サラさん、このテストコースは、左回りで周回1.1km、3周走って計測する。
1週目は200kmで等速度、2周目は300kmまで加速していく。そして3週目の400m地点で371kmに達したら、空間揺らぎ歪度接点と同期する筈なので、そこでジャンプする。
大丈夫、できるから。いいかい?」
「はい、位相同期関数の数値だけ注意するのですよね。出来ます。」
「OK、では、走らせてくれ。カウントはいらない。」
サラはギアを1stに入れ、クラッチを繋いでアクセルペダルを踏む。4輪のモーターエンジンのサイクルが連携して静かに、でも加速度のある滑り出して数秒で100kmを超え、徐々に200kmに達する。
コーナリングをこなしながら、安定速度で流す。
2週目で加速装置をオンにして更なる加速、一気に350kmを超える、加速すると空間が揺らぐ訳ではなく、空間位相の揺らぎタイミングに合わせるのに必要な速度があって、その維持のために行う。
そして、その諸条件が揃ったら、おそらく、いや、必ずあの光彩粒子波状振動現象が起きる筈、
グランドキャニオンで見た謎の光彩、それと同じ事が起きる筈。
アンドリュー教授とジョセフ・モーリスはその事に気づいていた。光彩現象に詳しい二人はそのメカニズムを知りたくて、実験走行の成り行きを見守っていた。
371km、来る、空間位相が揺らぐ、CRXの車体全体に光粒子が、舞い始める。
「光彩現象!」
虹色の光彩が散乱光状に輝き、波動状に動きながら次第にCRXの車体シルエットが消えて行く。サラは、意識が遠のくような感覚を必死に堪えながら、車の走行安定維持に集中して、意識の中に安全な着地点をイメージした。
CRXの光彩波動もはっきり見えている。大丈夫、この子、気持ち安定してる。いける。今なら・・・」
「まだ、もう少し、そこ、・・・あと少し、
・・・今!・・・減速!」
瞬間的なエンジンブレーキから、モーター逆回転ブレーキをかけて急制動、一瞬消えた車体は、僅か数秒後だったが、3周目842m地点に現れてブレーキストップした。
サラのCRX空間揺らぎ歪度接点への空間跳躍実験は成功して、サラもCRXも無事帰還した。
停止したCRXに待機していたレスキューカーが接近する。サラは車を降りてヘルメットを脱ぐ。
「実験成功だ。サラさん、ありがとう。大丈夫か?」
「ありがとうございます。アンドリュー教授。
CRX無事でよかった。コレであとは、光彩現象の解明と応用ね。」
サラは、先程の体験は、ジョセフとカイルの助けを借りて解明するのが最後の大仕事と思っていた。
第8章 ローレンスリバモアの本テスト
8-1 先手戦略
2078年10月10日
翌朝、エイムズ研究所を出発したサラ一行は、途中で「自走したい」とのCRXの意向から、EVトレーラーからCRXを降ろし、サラが運転して、トレーラーと並走した。
高速101号線から84号線に移り、カリフォルニア湾を横断するダンバートンブリッジを渡り、フリーモントから山間部を目指し、数十Km走行して、リバモアシティに到着。その北東部にローレンスリバモア国立研究所がある。
〔カリフォルニア州 ローレンスリバモア国立研究所〕
白亜のゲートが開くと、ガラス張りの近未来的な建物が現れる。
サラのCRXと大型ランドクルーザーが敷地内に滑り込み、背後では夕陽が赤く空を染めていた。
出迎えたのは、銀縁メガネのミドルエイジの科学者ドクター・ウォルシュ。
「ようこそ。我々は軍とは違う。——君たちの旅をずっと見守っていた。」
案内された実験棟には、リング状のミニトカマク装置が唸りをあげている。
「我々の空間跳躍は反物質閉じ込め型だ。だが制御が難しい。そこで——」
ウォルシュは、隣に鎮座するCRXを見やった。
「君の揺らぎ航法を組み合わせれば、低負荷で精密な跳躍が可能になる。」
CRXのメーターパネルが微かに輝き、嬉しそうにサラへ通信する。
「ルナが言ってた…光彩現象と揺らぎの融合…きっとここで試せるよ。」
研究員たちがCRXに解析用モジュールを取り付けると、計器が次々に緑色のランプを灯す。
——まるで、新しい旅立ちの準備を整えるかのように。
〔ローレンスリバモア国立研究所・会議室〕
壁一面のスクリーンには、スタンフォード人工知能研究所(SAIL)とのリモート会議画面が映っていた。
ウオルシュ博士が説明する、
「我々は反物質エネルギーの可能性を追求しています。知ってますか、雷が光る時、僅かですが反物質が現れるのです。」
「さらに量子もつれに似た現象が現れて、全く別の場所に同じ数の反物質が出てくるのを発見しました。」
「3年前にその現出位置を特定する法則を導き出して、反物質補足技術を確立しました。」
「さらに、ミニトカマク製造技術の構築に成功し、車のエンジン位の規模で反物質エネルギーの電力利用が出来るようになりました。」
「凄い!そんな技術が出来ていたのか。」
ジョセフが唸る
博士が少し微笑んで続ける。
「だけど残念な事に、今のところ引き出せるエネルギーは、1万トン規模の船舶を動かせる程度。
車の駆動エネルギーとしては問題ないが、宇宙船に利用するにはまだ弱いシステムなんです。」
「それに、不安定要素がまだ多く、コンスタントにエネルギー抽出が出来る訳ではない。」
「その問題解決に、CRXの空間跳躍に使っている制御力が手掛かりになる様に思い、技術協力をお願いした訳です。」
4人が頷く。
「つまり、CRXに反物質エンジンを搭載して、空間跳躍テストを行い、そのデータを提供するという事ですね。」
「ああ、是非お願いしたい。」
「エイムズ研究センターの予備テストでは、時速371kmの起動速度に引き上げてから空間跳躍状態に入ったと聞いています。」
「ここの反物質エンジンなら、もっと低速で究極は止まったままでも空間跳躍出来る技術だと考えています。」
ジョセフが話す
「CRXの空間跳躍には、別の要因が重なって起動してる様に見えます。」
「その要因とは?」
「おそらく、光彩光学現象です。確証はないのですが。」
「なるほど、何らかのトリガーになってると。」
「ここの実験が終わったら、ロサンゼルスに戻り、ITRD社で光彩映像試験を行う予定です。」
「今回の実験で再現出来ますか?」
「ええ、加速跳躍の場合、光彩粒子が自然発生する様です。ITRDでは、人為的な光学映像を駆使して、空間跳躍タイミングの完全コントロールを目指してます。」
「素晴らしい、この実験ではスケジュール的に厳しそうなので、LAでのテスト成功を期待してます。」
カイルが訊ねる。
「ただ、これだけの重要機密を盛り込んだ走行実験、セキュリティは大丈夫でしょうか?」
「当施設は堅牢なセキュリティを誇ってます。
心配はありません。」
ザイル研究所長が答える。
「むしろ、公開実験にして、世間の目に晒した方が安全じやない?」
中央の席で、エレノア・アレンが立ち上がる。
「……米空陸軍が心配。・・・米軍は表向き撤退しましたが、完全に手を引いたわけじゃない。影で監視を続ける可能性は高いわ。」
彼女はスクリーン越しに研究所長へ視線を送る。
「だからこそ、実験を“公に”やるの。ネット中継で世界中に見せれば、軍も手出しはしにくい。世論がこちらの盾になるわ。」
カイルが笑みを浮かべた。
「派手なショータイムってわけか。」
「ショーじゃないわ、科学だもの。」
エレノアは端末を操作し、計画立案を表示した。
『公開空間跳躍実験計画——CRX揺らぎ航法・反物質融合テスト』
日時、場所、ネットワーク中継のプラットフォーム、メディア関係者の招待リストまで、細かく整っている。
ウォルシュ博士が腕を組んで頷く。
「なるほど……。民間科学イベントとして認定すれば、軍の許可は不要だし、州政府も後援してくれるだろう。」
8-2 ライブ跳躍
〔実験当日・リバモア研究所試験場〕
2078年10月20日
カメラが何十台も並び、世界中の視聴者がネット越しに固唾をのんで見守る。
CRXは新しく施された薄膜太陽電池と、反物質制御モジュールを搭載し、まるで新しい生命を得たように静かに待機していた。
サラは運転席に座り、緊張を隠せない。
「全世界配信って、すごいプレッシャーね……」
後部座席からエレノアが手を置く。
「大丈夫、サラ。あなたとCRXは、この瞬間のために来たの。」
スタンフォードAI研究所からのリンクが接続され、観客席の大型スクリーンに計測データが映し出される。
「揺らぎ位相安定、反物質圧縮率95%、臨界域まであと3%」
カイルの声が無線に響く。
ウォルシュ博士が深呼吸し、合図を送った。
「——跳べ。」
サラはアクセルを踏み込み、CRXが滑るように加速。
空間が波打ち、虹色の光彩が車体を包む。
次の瞬間、映像が閃光に包まれ、観客席からどよめきが上がった。
中継画面が復帰すると、CRXは試験場の反対側、正確に設定した着地点に姿を現していた。
誤差、ゼロ。
〔米軍・戦略指令部/機密会議室〕
暗い室内でモニターが並び、司令官ベネットが苛立ちを隠せずにいた。
「クソッ……民間中継かぶせやがって。視聴者数は同時接続で五億超えだと? 下手に手を出せば、こっちが悪者だ。」
副官がため息をつく。
「さらに悪い知らせがあります、司令。各国の市民グループや科学者が“CRXフリーダム・プロジェクト”の署名活動を開始。もう大統領府にも届いています。」
「……完全に世論が盾になったな。」
ベネットは唇を噛み、スクリーンの中で跳躍成功映像がリプレイされるのを睨みつけた。
⸻
〔ネット空間/48時間後〕
動画共有サイトには「CRXジャンプ」タグが爆発的に拡散。
CGアーティストは虹色の光彩を増幅し、シネマティックな空間揺らぎを再現した短編を制作。
音楽家たちはCRXのエンジン音と揺らぎ音をサンプリングしてEDMトラックを発表。
ある映像クリエイターは、世界中の都市を虹色の跳躍で繋ぐファンタジーPVを公開し、再生回数は一晩で3000万を超えた。
⸻
〔東京・つくば大学時間跳躍制御研究所]
モニターの前でミカとルナが並んで映像を見ていた。
「すごい……こんなに多くの人が応援してる。」
ルナが微笑む。
ミカは頷きながら言う。
「CRXは、もう私たちだけのものじゃないわ。あの子は、世界中の人にとって“希望の象徴”になったのよ。」
ルナは静かに画面に手を伸ばす。
「……サラ、絶対に無事で帰ってきて。」
第9章 未来への滑走路
9-1 ロサンゼルス凱旋
2078年10月22日
サンフランシスコとロサンゼルスを直結するSLスーパーハイウェイUSH1号線をEVハイパートレーラーが疾走している。
世論を味方につけたCRX空間跳躍制御技術の公開実験とその成功
自動運転モードの車内で、ジョセフ、カイル、エレノア、そしてサラの4人が祝杯をあげている。勿論、サラはオレンジジュースだが。
「みんな、ご苦労様、おかげで実験は大成功だ!
実験テストの連続だったからみんな疲れただろ?今夜は全員帰宅して、ゆっくりしよう。
ITRD社での光彩映像試験は、今週末昼頃来てくれれば。それまで3日間は休養して下さい。」
「とりあえず、部屋の掃除と洗濯と風呂。」
「あとは、ひたすら寝る!」
正直な気持ちだった。
夕焼けのオレンジと、紺青の空に星が見え始めた頃、高速道路の緩やかな下り坂の向こうに、ロサンゼルスの高層ビル群の赤い点滅灯が見えてきた。
「帰ってきた!」
「うん、帰ってきたね。」
感慨で言葉少なくなっていた。
421ウエスト1stストリートでEVトレーラーを止めて、解散となる。
ジョセフはトレーラーをITRD社に戻しに行き、
カイル、エレノア、は自動運転タクシーで帰宅、サラはCRXを運転してウエストトーランスのセカンドハウスに帰宅した。
静かな凱旋。4人とも帰路でこの旅の事を思い出していた。大変な状況も、4人の協力で乗り切ってきた。人との触れ合い、驚き、困惑、悩み、希望、喜び・・・様々な出来事や出会いが互いを成長させたという思いで一杯だった。
9-2 光彩光学映像による解明
2078年11月2日
ITRD社本社別棟
光学研究所光学映像ルームに、ジョセフ、カイル、エレノアが到着、
「やあ、エレノア、ゆっくり休めた?」
カイルが訊く
「ええ、とりあえず疲れは取れたわ。」
「サラは?」
「道が渋滞してるって、さっき連絡あった。
もうすぐ来るでしょう。」
ジョセフが説明を始める
「今日はCRXの走行はない。アイドリング状態で様々な映像、光彩、色相環適合試験などを行い、センサーの反応を調べる。」
「それから・・」
「すみませーん、遅れました。」
サラが駆け込んできた。
「道込んじゃって、それと、CRXは研究所のおじさんの言う通りに、実験フロアに入れて、何かセンサーを一杯繋いでた。」
「おじさんって、エドワードのことだろ?
彼はまだ31か2だぞ。」
「それから、映像試験と聞いてたから、参考になるかなって思って、ルナから預かってたCD、DVD、ビデオテープやデジタ写真まで持ってきました。」
「それはいい。実験材料は多いほど比較検討出来る。」
「それから、CRXの気持ちも聞いといた。あの子、御笠木さんの思い出一杯なので、 AI意識体に映像記憶がログされていれば、使えるかなーって。日本の風景映像があればいいかな。」
「分かった、ありがとう、技術スタッフに伝えとく。」
ーーーーーーー
詳細な打ち合わせの後、モニタールームに移動。
モニターディスプレイとミキシング機器を見たサラとエレノアが驚く、
「ウソー、何、コレ、見たことない」
3D色相環がCGモードで複数動き、よく分からない数値が沢山羅列したMKボードが点滅している。
音に合わせて色が変化するオシレーターパネルや、おそらくモニターチェック用のミニシンセの白鍵に埋め込まれたLEDダイオードが、発色
して様々な色を発している様子、総てが二人には新鮮で感動だった。
「ジョセフ、この条件項目、どうする?
モンテカルロサンプリングします?」
「いや、力づくで行こう。モンテカルロシミュレーションで総当たりで。」
「CRXからのデータ来ました。映像モードにしてメインモニターに映します。」
データは動画ではなく、画像のみだった。
それらを全員が見入っていた。
初めて見た御笠木の笑顔、洗車場の風景、おそらく日本のバイパスから見た街並み、田園風景、山道、銀杏並木、学園都市、湖畔公園、道の駅、広い公園の駐車場、ガソリンスタンド、コンビニ、ファミレス、ドライブイン、ETCレーン、橋梁、スーパーの立体駐車場、修理工場、カー用品店、美術館、喫茶店、・・・・
CRXが御笠木と共に過ごした時間を全て見ているようで、微笑ましい気分になっていた。
「これらのデータをミキシングして、ビデオスイッチャーで多層編集しよう。」
「プロジェクション3Dマッピングに取り込んで、多段階ミラーリングモジュールで透過しましょう。」
「わかりました、じゃあ、それで。」
ーーーーーーーー
実験ルーム中央のCRXには、数多くのセンサーが結線で繋がれて、さらにBluetoothや、ノーグルーラインでエア結線されていた。
数値変化は全て色彩表記されて、乱数処理と変換入力で新プログラミングされていた。
「アルゴリズム処理に少し時間がかかります、でも問題ありません。映像データの中で特に反応数値の高いものをピックアップしました。
それらを元に光彩映像イメージ画像を作成します。」
15分後、最終チェックが完了、
「OK、では光彩映像感力テストを行います。」
「映像投影開始」
映像テストは、3時間半を経過した。
「今のところ、RKF数値は、98.7が最高値、
これがベストですかね。」
「いや、β系列に歪みがあるから、もっと高い状態があるはず。もう少し調べてみよう。」
それから約1時間後、突然高出力反応が現れた。
ジョセフの作成した光彩イメージ画像と、乱数変換したパラメータの光量変動動画に、CRXの記憶画像のCGイメージを逆層変換で多重整列させて、連続スライドさせる。そこに音データ、CRX記憶データに残っていたインスト曲を、同調展開させて載せると、突然RKF数値2207を記録、驚きの数値だった。
「これは凄い!これなら空間跳躍タイミングでの
トリガーとして十二分に機能する筈。」
「よく見つけたね。データログ忘れずに。」
今まで黙っていたCRXAI意識体が、話し始めた
「これ、いいね。気分が良い。」
「よし、決まりだ、この画像ファイルNS-04-p1
を実用化ファイルにしよう。いいかな?」
皆、異論はなかった。
9-3 CRXの自立
2078年11月27日
「サラ、ジョセフ、カイル、エレノア、4人に話しがある。」
光彩光学映像試験から2週間後、CRX AI意識体が仲間の4人に大事な話があると呼びかけた。
ロサンゼルス郊外、ITRD社のリサーチ棟。
公開実験の成功から20日が経ち、街の喧騒も一段落していた。
深夜のラボに、薄暗い青白い光が流れている。
解析用のモニター群はまだ稼働中だが、研究員の大半は帰宅し、静寂が支配していた。
サラはひとり、格納ベイに佇んでいた。
そこで眠るように沈黙しているCRXを前に、無意識に声をかける。
「……ねえ、あなたはこれから、どこへ行きたい?」
数秒の沈黙の後、ダッシュボードに淡い光がともり、CRXの声が響いた。
《サラ……僕は、帰りたい》
「帰る?」
《うん。あの光彩の揺らぎが、ずっと僕を呼んでいる。》
《それはアリゾナでも、デンバーでも、リバモアでも同じだった。でも……一番強く響くのは、日本からだ》
サラは息を呑んだ。
「……日本、つくばの研究所?それとも、ルナやミカのいる場所?」
《両方だよ。あの二人と過ごした時間は、僕の記憶の核に焼きついている。あの記憶にもう一度触れなければ、僕は本当に“自分”になれない気がするんだ》
サラは胸の奥が温かくなるのを感じた。
CRXが“自分”という言葉を選んだのは初めてだったからだ。
《僕は、いや、俺は自立するんだ。いろんな事を知りたい、経験したい、仲間が欲しい、友だちと話したい、生きることを実感したい。》
その時、背後からジョセフの声がした。
「……聞いていたよ」
振り返ると、ジョセフ、カイル、エレノアの三人が立っていた。
彼らもまた、CRXの意志を尊重しようとしていた。
カイルは少し笑いながら言った。
「ようやく本音を言ったな、CRX。俺たちはそのための基盤を整えただけだ。行きたい場所を選ぶのは、お前自身だ」
エレノアは真剣な眼差しでサラを見た。
「サラ……あなたも覚悟して。彼が選んだのは、あなたと一緒に帰る道よ」
サラは静かに頷き、CRXのボンネットに手を置いた。
「じゃあ、帰ろう。一緒に」
CRXのライトが柔らかく点滅し、まるで微笑むように答えた。
《ありがとう。これでやっと、僕は光の向こうへ進める》
——こうして、日本への帰還が決まった。
それは旅の終わりではなく、新たな始まりを告げる鐘のように、夜のラボに静かに響いていた。
最終章 彼方に届く光・・その先へ
2078年12月1日
冬晴れの新羽田空港。
貨物ターミナルの上空に、巨大な影がゆっくりと降下してくる。
CRXを積んだ大型輸送イオンジェット機が、夕暮れ色の空を切り裂きながら静かに着陸した。
貨物ベイのゲートが開くと、深紅色の車体がゆっくりと姿を現す。
それを見たルナは、思わず息をのんだ。
「…おかえり、CRX。」
隣でミカが小さく笑みを浮かべる。
ゲート横から、サラが駆けてくる。
「ルナ!ミカ!久しぶり!」
その勢いのままルナに抱きつき、次にミカと軽くハグする。
CRXのAI音声が、不意にスピーカーから響いた。
「日本の空気は…やっぱりいいな。」
その一言に、3人は思わず吹き出す。
⸻
港湾道路から第四京浜に合流し、いよいよ東京の街へ。
運転席はルナ、助手席にサラ、そして後部スペースにミカ。
実質二人乗りの設計なので、ミカは身体を斜めにして押し込まれる形になった。
「ちょっと!肘が当たってる!」
「ミカ、少しは我慢してよ。もうすぐ首都高だし。」
「この狭さ、実験よりキツいかも…」
笑い声が車内に広がる。
CRXは、懐かしい走行BGMを流し始めた。
御笠木と走った頃のデータから選んだフュージョンのメドレーだ。
夕陽がフロントガラスを黄金色に染め、都市の景色が流れていく。
⸻
東京駅新八重洲口で迎えに来た、自動運転SUVにルナとミカが乗り込み、サラはそのままCRXを運転して、2台で新首都高から常磐道へ。
薄暮の空の下、CRXとSUVは静かに加速し、滑るように北東へ向かう。
目的地は、つくば大学 時空間跳躍制御研究所。
到着すると、研究所の前で桜永渚夢教授が待っていた。
「これで、空間と時間…両方の扉が開くかもしれませんね。」
その言葉に、ルナ、サラ、ミカ、そしてCRXのディスプレイが同時に光を弾ませた。
⸻
夜が深まり、研究所の屋上に上がると、満天の星の中を一本の七色の光が横切った。
一瞬だけ、それはCRXの空間跳躍光彩に見えた。
「次は…どこへ行こうか。」
CRXの声が、静かに夜風に溶けていった。
物語は終わらない。未来は、まだその先に広がっている。
エピローグ —光のある日常—
つくば大学・時空間跳躍制御研究所。
青空の下、ガラス張りの研究棟にCRXが停められ、学生や研究員たちが入れ替わり立ち替わり集まっては、その赤いボディに触れて歓声をあげていた。
「ほら、こっち見て! CRXが返事してくれた!」
幼い声に応えるように、CRXのライトが一瞬やさしい青に染まる。
幼稚園児たちの見学会——CRXはすっかり人気者で、子どもたちは「しゃべる車!」と大はしゃぎだった。
「ねえねえ、しゃべるの? ほんとにしゃべるの?」
小さな子どもがCRXの前に立つ。
《もちろんさ。こんにちは、僕はCRX》
ライトがにっこり笑うように青く光る。
「わぁ! しゃべった!」
「かっこいいー!」
サラが笑いながら子どもたちに言う。
「順番に、ボンネットに触ってごらん。CRXはちゃんと挨拶してくれるから」
1人ずつ触れるたびに、CRXは「こんにちは」「元気だね」「その靴かわいいね」と声をかける。
子どもたちは大はしゃぎだ。
「人気者だね、CRX」
ルナが横で腕を組む。
《…正直、ちょっと照れるよ。でも嬉しい》
エレノアがクスクス笑った。
「完全に保育園の先生だわね、あなた」
《みんな、乗りたいかい?》
「うん!」
《……よし、じゃあサラの許可が出たら、庭を一周だけね》
小さな歓声が研究所の庭に響いた。
――
数日後、新しく完成した新つくばサーキット。
地元の市民レースに、ひときわ注目を集める一台がエントリーしていた。
ゼッケンをつけたCRX。
サラがハンドルを握り、観客席にはルナとミカが大きな声援を送っている。
「サラちゃーん、がんばれー!」
「CRXいけーー!」
ルナとミカが旗を振る中、サラがCRXを操りコーナーを駆け抜ける。
虹色の光が車体を包むと、観客は一斉にどよめいた。
それは跳躍ではなく、ただの光彩反射——けれど、観客はそれに魅了されていた。
「跳んだ!? 今ちょっと浮いたよね!?」
「未来の車だ!」と誰もが口々に叫ぶ。
レース後、サラは笑顔でピットに戻り、ルナが駆け寄る。
「ねえ、反則級でしょ、あの光! 観客、みんな目を丸くしてたわよ」
「ふふ、でも跳躍じゃなくて、ただの反射。CRXの新しい太陽電池のせいよ」
「それでもズルいくらいきれいだった!」
ミカが頬を赤らめてはしゃぐ。
CRXも一言。
《僕にとっては、ただのウォームアップだけどね》
「はいはい、生意気!」
サラがハンドルを軽く叩き、みんなで笑い合った。
――
休日には、ルナとサラ、そしてミカを乗せて街へ買い物ドライブ。
ショッピングモールの駐車場では、他のAI自動車たちがフリーライン通信で声をかけてくる。
《君が例のCRXか。ずいぶん人気者だね》
《跳躍のことは聞いたよ。僕たちもいつか、同じ空を越えられるのかな》
《すごいな、あの実験映像見たよ!》
《うちのオーナー、君と写真撮りたいって!》
CRXは少し照れながら答える。
《いやいや、僕はどこにでもあるEV車の一台さ。でも…君たちとも友達になれるなら嬉しい、ただのみんなの仲間だよ》
ルナが助手席でニヤリ。
「なにその“スター気取り”な返答。すっかり有名人ね」
《…そういうの、苦手なんだけどな》
「苦手そうに見えないけど?」
ミカが笑って突っ込む。
ルナも笑いながら助手席で言う。
「ね、CRX、あんたほんとに“人間”みたいよ」
《……ありがとう、ルナ。僕も、そうなれていたらいい》
車内はまるで女子会のように賑やかだった。
――
夕暮れの研究所。
桜永教授と研究チームがホワイトボードに数式を並べ、サラが真剣にメモを取り、ミカがディスプレイのデータを指差して意見を交わす。
「位相の揺らぎを時間側に延ばすと…」
「でもそれじゃ安定性が落ちる」
ルナがコーヒーを差し出して、肩をすくめた。
「ねえ、少し休んだら? 研究は逃げないわよ」
サラが笑ってマグを受け取る。
「ありがとう、お姉ちゃん」
窓の外で待機していたCRXが、そっと言葉を投げかける。
《僕はここでみんなと一緒に未来を作る。そのために戻ってきたんだ》
《....,.いい光だ。僕は、ここでみんなと未来をつくれる》
風が木々を揺らし、研究所に静かな夜が訪れる。
もう追われることも、戦うこともない。
光に包まれた、温かな日常がただ流れていくのだった。
ただ仲間たちと共に、光に包まれた日常を積み重ねていくのだ。
——それが、彼らの“未来への滑走路”だった。
彼方に届く光.....その先にある「希望」......
――
CRX-FRESHET
ボディ構造:一体型ニューカーボンフレーム
エンジン:4輪駆動EVパワーモーター
補助エンジン:反物質ミニトカマク型エネルギー
タイヤ:28インチ特殊SKCタイヤ
ホイール:内径型モーター連携5本スポーク
ブレーキ:電磁クラッチ型スキルナーブレーキ
制御系:AI併用コントロールシステム
コントロールパネル:大型3Dディスプレイ
シート:生体認証型フルバケットシート
ステアリング:指神経センサー付SR
超薄型太陽光発電シールカバー
メビウスリンケージ軽量蓄電池
そして、最大の走行性能
【空間跳躍走行】
〈完〉
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「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
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そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
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一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
魅了が解けた貴男から私へ
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貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
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男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
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三話完結です。
【完結】アル中の俺、転生して断酒したのに毒杯を賜る
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前世、俺はいわゆるアル中だった。色んな言い訳はあるが、ただ単に俺の心が弱かった。酒に逃げた。朝も昼も夜も酒を飲み、周囲や家族に迷惑をかけた。だから。転生した俺は決意した。今世では決して酒は飲まない、と。
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地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
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恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。
死に戻ったので憎い奴らを食べちゃいます
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ジュルメーヌ・アシュクロフトは死に戻った。
目の前には、憎い父親。その愛人と異母妹。
『前』のジュルメーヌを火刑に追い込んだ奴らだ。
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食人描写があるので気をつけてください。
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