ラビリンス~悪意の迷宮~

緑ノ革

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目覚め

目覚め6

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 この手に捕まったら、どうなってしまうのか……。
 先がわからない不安が押し寄せ、空良の呼吸が乱れる。

 逃げたい。

 頭の中がその言葉でいっぱいになり、空良は走りだす。
 転びそうになりながら、部屋を出て、左右を見回した。

 突き当たりの方に逃げても追い付かれる。
 ならばまだ行ったことの無い方向に逃げるべきだと、空良は判断して駆け出した。

 いくつかの分かれ道を適当に曲がりながら通路を走っていくと、途中にまた部屋への入り口があるのが見える。
 そこに入るべきかと、迷った空良は、自分の後方を確認した。
 手が追って来る様子は無かったが、まだ安心することはできず、部屋を無視するか、入るか、悩む。

 そこで空良は、とりあえず部屋の中を覗いた。
 その部屋は大きな窓が二つある部屋で、物がやたらと有る部屋だった。
 部屋のそこかしこに古めかしい椅子やダンボールが転がっていて、他にも重たそうな木製のテーブルが二台、倒れている。
 更に部屋の中心には乱雑に積まれた椅子が置いてあり、隠れられそうな場所が沢山あった。

(このまま逃げ続けても、いつか追い付かれるかもしれない……一旦隠れて様子を見よう)

 そう思った空良は、部屋に入って壁際にあった倒れたテーブルの影に潜り込む。
 ここならば部屋の外から空良の姿を捉えることはできないだろう。

 僅かな隙間から部屋の出口を覗くが、手が追って来る様子は無い。
 暫し様子を見たが、特にあの手が伸びてくる気配も、物音も無く、ただ静かに時間が流れていた。

(大丈夫……かな?)

 そう思った空良は、ほっと息をつき、自分を隠してくれている倒れたテーブルに背中をつけた。

 空良は目を閉じる。

(……何とか逃げきれたみたいだ)

 ぼんやりと、空良は心の中で呟く。
 あの手が何なのか、テレビに映っていた少女はどうなってしまったのか、気になっていた。

 そして、ふと空良は思い出す。

 自分が毎日暮らしていた薄暗くて静かな部屋を。
 学校にも行かず、毎日ゲームで現実逃避をして、食事も一人きりの部屋で食べていた日々を。

 母親は特に空良を責めたり、無理矢理外に出そうとはしなかった。

 ただ、毎日空良のために食事を部屋まで運び、たまに「おはよう」と声を掛ける程度の距離感を守っていた。

 そんな優しい母親がいるというのに、部屋から出ることもせず、挨拶も返さない自分自身に苛立ち、恥じていた。
 母親には感謝している。
 だというのに、部屋から出る勇気は無い。
 部屋から出るのはトイレの時と、両親が仕事に行っている間に入る風呂の時くらいだった。
 今、何故こんな事を思い出したのかは分からなかったが、空良は静かに目を開き、天井を見上げる。

「……生きてる価値、無いな」

 呟きながら空良は、自分の命に価値は無いと思っていた。

 ただ、両親に迷惑をかけ続けている、そんな自分が情けなくて、恥ずかしくて、空良は膝を抱えて背を丸めた。
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