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食べることと食べられないこと
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「ああ…美味しい」
螺殻(らがら)ミツは水芭(みずば)が作った賄いを食べて、幸せそうな顔をしている。
「これ美味しいですね」
「フランス料理なんだけども、簡単にはできるんだよ」
「水芭さんって本当に色んな料理を作れてすごいですね」
「でもさ、作れるまでは大変だよ」
「それはいい思い出ですか?」
「悪い、いや、苦い思い出かな」
「それは…」
「笑って話せるまでにはなってないけども、今なら話せるかもねってことさ、昔ね」
食べてみたい料理があったのだが、そこはいわゆる高級レストランにしかなく。
「君みたいな人間が行くような店ではないって」
「そんな感じ悪いですよ」
「悪いよね、まあ、そのお店は無くなってしまったけども」
「じゃあ、今度どこか思い出のそれを食べに行きましょうよ」
「それもいいかもしれないね」
「悪い思い出なら変えてしまえばいい」
「そうだね、それはいい考えだ」
「あっ、もしかしてこのbarで珍しい料理を出しているのってそういうのもあるんですか」
「それはあるかも、うちは入店が防犯のために限られた人たちだけども、逆に外食はうちぐらいしか来れない人もいるんだよ」
「きっかけのメニューはあったんですか?」
「それこそフランス料理だね、テレビでちょうどそういうグルメ番組を見てたお客さんが」
「あんなん食べてみたいよな」
「っていってたんだよ、それで一度ぐらいならって思ってね、その時は一人で全部やってたから、どうにかやりくりして、一皿だけだったけどもさ、喜んでたな」
「それは良いことをしたと思います」
「そうだね、じゃあ、ちょっと俺はこれから仕込みをするから」
「何かあったら呼んでくださいね」
先ほど急な連絡があり、食材を引き取ったのであるが、開店前にこいつで茶碗蒸しを作ってやろうと思ったのである。
そこから鬼気迫るような顔で卵をかき混ぜていたが、後はオーブンに任せるだけとなると清清しい顔をしていたという。
「いい匂いがする」
開店してすぐのお客さんは傘目(かさめ)である。
「今日は道場には寄らないんですか?」
「道場寄ってから、ここに来ると、みんなの目が痛いんだよね」
「そうですか」
「あっ、水芭さんの差し入れの日になると、学生たちが道場に顔を出す率が明らかに増えたから、上役は喜んでいた」
「学校給食みたいになってる気がしますが」
「そうだと思うよ、螺殻さんは休憩?」
「そうです、彼女に何か用でも?」
「いや、気になったんだけどもさ、餓鬼供養したのかなって」
「わかる方ですか?」
「何となくね、空腹を知らないものにしかあれはできないから、本当に何となくなんだけども」
「それでもすごいと思いますよ」
「水芭さんはやろうと思えば出来るの?」
「はい」
「…」
聞いた傘目の方が困った。
「とても失礼なことを聞きました」
「構いませんよ、たぶんなんとなく勘づいているのかなと思ってたので」
「いや、最悪だよね、この質問」
「気持ち悪いと思わないんですか?」
「思わないよ、それは歴史を知らないだけだ」
「知らない人の方が多いでしょうよ」
「人が生きるためには食べることと食べられないことを知るのが手っ取り早いんだよ」
「私はそれが両立していると言われましたね、珍しいと」
「だよね、餓鬼供養できる人って、わかるじゃん、線が細くて、体温が夏でも低そうな」
「確かにうちのお客さんでできる人ってそうかな」
「でしょう、だから色んなことはあったんだろうが、幸せとかきちんと経験してるんだろうなって」
「ここの関係者はここじゃなければそうはならない人たちばっかりですしね」
「瀬旭(せきょく)さんと覆木(おおうき)さんいなかったら、これ上手くまとまらないでしょ」
「確かに」
「んで、このさっきからのいい匂いって茶碗蒸し?」
「そうなんですよ、海鮮がね、夕方いきなりどう?って来たものですから、食べますか?」
「食べます、食べます」
「あ~この代車も今日で最後か」
覆木は走り納めとして、助手席に瀬旭を乗せていた。
「ミツと散々ドライブいったからいいじゃやいのさ」
「そうなんだけどもね、車はやっぱり走ってなんぼなのよね、だんだんあたたまってからの加速性能とか、たまらないものがあるんだよ」
「車好きだね」
「好きだね、KCJの整備に顔を出したときの俺、子供みたいな顔してるって言われた」
「ミツにだろ」
「そう、あっ、そういえばうちのお母様からの伝言」
「マダムから何か?」
「たまには実家に連絡しなさいって」
「お袋とマダムなんでか話し合うみたいなんだよな」
「どっちも手のかかる息子がいるからじゃない?」
「家に連絡か、この間帰ったとき、家に行く前に柿の木に登ったら、お袋に猿と間違えられたんだよ、それから何か連絡しにくくってさ」
「お前、何してんの?」
信じられないものを見る目。
「そりゃあ柿の実がもうそろそろかなってことで、収穫の確認よ」
「猿かよ」
「まだ青かったなって思って、降りてきたら、お袋すごい剣幕だったね」
「その時水芭もいたはずだよね」
「ひでぇんだぜ、水芭は飯でも食べていきなって言われて、俺だけ閉め出された」
「それはバカなことやったからだよ」
「お前まで言うのかよ」
「はぁ、瀬旭の行動力はすごいとは思うが、これはさすがに無理だから」
ため息つきながら、覆木はシフトをチェンジした。
螺殻(らがら)ミツは水芭(みずば)が作った賄いを食べて、幸せそうな顔をしている。
「これ美味しいですね」
「フランス料理なんだけども、簡単にはできるんだよ」
「水芭さんって本当に色んな料理を作れてすごいですね」
「でもさ、作れるまでは大変だよ」
「それはいい思い出ですか?」
「悪い、いや、苦い思い出かな」
「それは…」
「笑って話せるまでにはなってないけども、今なら話せるかもねってことさ、昔ね」
食べてみたい料理があったのだが、そこはいわゆる高級レストランにしかなく。
「君みたいな人間が行くような店ではないって」
「そんな感じ悪いですよ」
「悪いよね、まあ、そのお店は無くなってしまったけども」
「じゃあ、今度どこか思い出のそれを食べに行きましょうよ」
「それもいいかもしれないね」
「悪い思い出なら変えてしまえばいい」
「そうだね、それはいい考えだ」
「あっ、もしかしてこのbarで珍しい料理を出しているのってそういうのもあるんですか」
「それはあるかも、うちは入店が防犯のために限られた人たちだけども、逆に外食はうちぐらいしか来れない人もいるんだよ」
「きっかけのメニューはあったんですか?」
「それこそフランス料理だね、テレビでちょうどそういうグルメ番組を見てたお客さんが」
「あんなん食べてみたいよな」
「っていってたんだよ、それで一度ぐらいならって思ってね、その時は一人で全部やってたから、どうにかやりくりして、一皿だけだったけどもさ、喜んでたな」
「それは良いことをしたと思います」
「そうだね、じゃあ、ちょっと俺はこれから仕込みをするから」
「何かあったら呼んでくださいね」
先ほど急な連絡があり、食材を引き取ったのであるが、開店前にこいつで茶碗蒸しを作ってやろうと思ったのである。
そこから鬼気迫るような顔で卵をかき混ぜていたが、後はオーブンに任せるだけとなると清清しい顔をしていたという。
「いい匂いがする」
開店してすぐのお客さんは傘目(かさめ)である。
「今日は道場には寄らないんですか?」
「道場寄ってから、ここに来ると、みんなの目が痛いんだよね」
「そうですか」
「あっ、水芭さんの差し入れの日になると、学生たちが道場に顔を出す率が明らかに増えたから、上役は喜んでいた」
「学校給食みたいになってる気がしますが」
「そうだと思うよ、螺殻さんは休憩?」
「そうです、彼女に何か用でも?」
「いや、気になったんだけどもさ、餓鬼供養したのかなって」
「わかる方ですか?」
「何となくね、空腹を知らないものにしかあれはできないから、本当に何となくなんだけども」
「それでもすごいと思いますよ」
「水芭さんはやろうと思えば出来るの?」
「はい」
「…」
聞いた傘目の方が困った。
「とても失礼なことを聞きました」
「構いませんよ、たぶんなんとなく勘づいているのかなと思ってたので」
「いや、最悪だよね、この質問」
「気持ち悪いと思わないんですか?」
「思わないよ、それは歴史を知らないだけだ」
「知らない人の方が多いでしょうよ」
「人が生きるためには食べることと食べられないことを知るのが手っ取り早いんだよ」
「私はそれが両立していると言われましたね、珍しいと」
「だよね、餓鬼供養できる人って、わかるじゃん、線が細くて、体温が夏でも低そうな」
「確かにうちのお客さんでできる人ってそうかな」
「でしょう、だから色んなことはあったんだろうが、幸せとかきちんと経験してるんだろうなって」
「ここの関係者はここじゃなければそうはならない人たちばっかりですしね」
「瀬旭(せきょく)さんと覆木(おおうき)さんいなかったら、これ上手くまとまらないでしょ」
「確かに」
「んで、このさっきからのいい匂いって茶碗蒸し?」
「そうなんですよ、海鮮がね、夕方いきなりどう?って来たものですから、食べますか?」
「食べます、食べます」
「あ~この代車も今日で最後か」
覆木は走り納めとして、助手席に瀬旭を乗せていた。
「ミツと散々ドライブいったからいいじゃやいのさ」
「そうなんだけどもね、車はやっぱり走ってなんぼなのよね、だんだんあたたまってからの加速性能とか、たまらないものがあるんだよ」
「車好きだね」
「好きだね、KCJの整備に顔を出したときの俺、子供みたいな顔してるって言われた」
「ミツにだろ」
「そう、あっ、そういえばうちのお母様からの伝言」
「マダムから何か?」
「たまには実家に連絡しなさいって」
「お袋とマダムなんでか話し合うみたいなんだよな」
「どっちも手のかかる息子がいるからじゃない?」
「家に連絡か、この間帰ったとき、家に行く前に柿の木に登ったら、お袋に猿と間違えられたんだよ、それから何か連絡しにくくってさ」
「お前、何してんの?」
信じられないものを見る目。
「そりゃあ柿の実がもうそろそろかなってことで、収穫の確認よ」
「猿かよ」
「まだ青かったなって思って、降りてきたら、お袋すごい剣幕だったね」
「その時水芭もいたはずだよね」
「ひでぇんだぜ、水芭は飯でも食べていきなって言われて、俺だけ閉め出された」
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「お前まで言うのかよ」
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