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百年カレー
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「本日はお時間を取っていただき、誠にありがとうございます」
「いえいえ、いつもはメッセージでのやり取りばかりでしたので、久しぶりに会える日を楽しみにしておりました」
「そういえば結婚なされたとか、おめでとうございます」
「ありがとうございます、今回は仕事ですので妻は同席できませんが、またの機会にでもお時間を作っていただければと思います」
「いいですね、いいワインを用意しましょう」
「覆木(おおうき)さんのワインでしたら、楽しみだ」
事務所に来客ありである。
室内で仕事の話をしている間に、お客様の付き添いで来られていた紳士は、barカウンターにやってくる。
「お久しぶりですね」
「いけませんね、そんなに時間は経過してはいないと思ってましたが」
「何をご注文されますか?」
「私はいつものカレーをいただきたい」
「承知いたしました」
そういって水芭は厨房に、その姿を見て、紳士はまた腕をあげたのだなと感心するのである。
「お待たせいたしました」
「ありがとうございます」
一口食べると玉ねぎの甘味を感じることができる。
そう、この味なのだ。
初めてカレーライスを食べたときのカレーを、ここのカレーは思い出させてくれる。
「不思議なものですね、あの時はもう帰ってこないというのに、一口で思い出させてくれる」
「しかし、吸血鬼でも珍しいのでは?人と同じものを食べれるというのは」
「それは神に感謝しなければなりません、妻に愛を誓ったあの日に、私に、もたらされた奇跡のようなものですから」
吸血鬼は他種族を配偶者として迎えた場合、そちらの特性を、影響を受けることもあり、この紳士は人と同じものを食べれるようになった。
「ただそれはいいことばかりではありません、もう二度と食べれなくなったという喪失感を知ることにもなるのですから」
「私のカレーを食べて思い出すといいますが、どういう時代だったのですか?」
「もうその時に生れた人間も、数少ないですから、私の美化された思い出でよければお話ししますよ」
仕事で日本に来た、お前は若いから行ってこいという理由だ。
「とんでもない理由だなって、でも新天地でわくわくしていたし、それこそ色んなところから日本にやってきた人たちがたくさんいた、忙しかった、でも楽しかった、カレーライスを食べたのはその頃ですかね。じゃがいももね、病気に強い作物ですよ、みんなで作ってみませんか?って声かけて、珍しい食べ物だった時代の話ですよ」
「今じゃ考えられませんね」
「そうですね、その時のじゃがいもに比べると今のはとっても美味しかったりしますが、でもやっぱり思い出があるからかな、あの時食べたものが懐かしくなる。けど今はそんなに簡単に食べれるもんじゃなくなってますから、失礼ですが、あなたのカレーはどこで習ったものなのですか?」
「今はこの事務所にはおりませんが、その時の先輩から習ったものです、先輩は鬼籍なので、さすがにどこで習ったのかは聞いてはおりません」
「その方がいたら話を聞いてみたかった。実はその当時のカレーライスを受け継ぐと聞いたりすると、試しに行ってみたりしてたんですよね、でもやはりどこか違う、食べたときに思い出が過らない」
「それは手厳しいお客さんだ」
「長生きだけが取り柄の偏屈な爺なだけですよ。今は妻も無くなり、子はいますが、別に家庭を持ち、一人で暮らしておりますが、経験だけはあるものですから、このように仕事でこき使われているんですよ」
「でもお仕事の方は楽しそうだ」
「自分の好きなことをしているからでしょうね、おや、お話の方も終わった様子ですね、ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
階段から二人が降りてくる。
「それでは本日はお時間を取っていただきありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、それではまた」
そういってお客様たちをお見送りした後。
「お疲れ様でした」
水芭は、覆木にお茶を用意する。
「ありがと」
「しかし、急な来訪でしたね。覆木さんも洗車ショーの予定をキャンセルすることになりましたが…」
KCJ整備部門がお届けする名車の洗車をガラス越しに楽しく見れる。
「そこはしょうがない、わざわざ遠方からのお越しだし、この機会を逃すと約束は次はいつになるかわからないわけだし」
「とはいっても、やっぱり惜しいんですね」
「そうね、仕事は大事だってわかっているけども、こればっかりはね」
「次は時間の都合をつけますから、必ず見に行ってくださいよ」
「いいの?」
「仕事、仕事じゃ息がつまるでしょ」
「そういってくれるなら甘えることにする、最近は整備に顔を出すと、いつもお客としているもの同士で世間話ぐらいはするんだよ、お互い何をやっているのかは知らないけども、同じ車好きってことでさ」
「良かったじゃないですか、そういう友達は大事ですよ」
「本当にそうだよ、特に忙しくなれば忙しくなるほど、そんな時間は大切にしたいよね…そういえばカレーの匂いがするけども、俺にもある?」
「わかりました、用意しますね」
そういって盛り付けの準備をする。
「さっきも聞かれたんですが、このカレーは先輩の味じゃないですか、先輩ってどうしてこの味にしたんですか?」
「あいつのお父さんがホテルに務めてたとかで、父親が作ってくれた思い出の味がこれらしい」
「ホテルに勤めていたのならば、どこかでこのカレーのオリジナルの味を食べていたかもしれませんね」
「オリジナル?」
「それこそ100年近く前に食べた味らしいです」
「あれ?それ…どっかで聞いたな」
『その時はずいぶんと繁盛してたんだ、その時の口癖が100年残るようにしたくて、百年カレーって名前にしたんだけども、店としては20年ぐらい閉店しちゃってさ~』
「よく食べに行ってた洋食屋さんが店を閉めるときに教えてもらったってやつだな」
「そういう由来だったんですね」
「お前も知ってるかと思ってた」
「今、思い出さなかったら、忘れ去られるところでしたね」
「怖いね、本当、最近、時が経過するという恐ろしさを感じちゃうよ」
「まだそんな年ではないのでは?」
「そう思いたいね」
「カレー、お待たせしました」
「ありがとう」
そこに瀬旭(せきょく)とミツが話をしながら帰ってくる声がした。
「いえいえ、いつもはメッセージでのやり取りばかりでしたので、久しぶりに会える日を楽しみにしておりました」
「そういえば結婚なされたとか、おめでとうございます」
「ありがとうございます、今回は仕事ですので妻は同席できませんが、またの機会にでもお時間を作っていただければと思います」
「いいですね、いいワインを用意しましょう」
「覆木(おおうき)さんのワインでしたら、楽しみだ」
事務所に来客ありである。
室内で仕事の話をしている間に、お客様の付き添いで来られていた紳士は、barカウンターにやってくる。
「お久しぶりですね」
「いけませんね、そんなに時間は経過してはいないと思ってましたが」
「何をご注文されますか?」
「私はいつものカレーをいただきたい」
「承知いたしました」
そういって水芭は厨房に、その姿を見て、紳士はまた腕をあげたのだなと感心するのである。
「お待たせいたしました」
「ありがとうございます」
一口食べると玉ねぎの甘味を感じることができる。
そう、この味なのだ。
初めてカレーライスを食べたときのカレーを、ここのカレーは思い出させてくれる。
「不思議なものですね、あの時はもう帰ってこないというのに、一口で思い出させてくれる」
「しかし、吸血鬼でも珍しいのでは?人と同じものを食べれるというのは」
「それは神に感謝しなければなりません、妻に愛を誓ったあの日に、私に、もたらされた奇跡のようなものですから」
吸血鬼は他種族を配偶者として迎えた場合、そちらの特性を、影響を受けることもあり、この紳士は人と同じものを食べれるようになった。
「ただそれはいいことばかりではありません、もう二度と食べれなくなったという喪失感を知ることにもなるのですから」
「私のカレーを食べて思い出すといいますが、どういう時代だったのですか?」
「もうその時に生れた人間も、数少ないですから、私の美化された思い出でよければお話ししますよ」
仕事で日本に来た、お前は若いから行ってこいという理由だ。
「とんでもない理由だなって、でも新天地でわくわくしていたし、それこそ色んなところから日本にやってきた人たちがたくさんいた、忙しかった、でも楽しかった、カレーライスを食べたのはその頃ですかね。じゃがいももね、病気に強い作物ですよ、みんなで作ってみませんか?って声かけて、珍しい食べ物だった時代の話ですよ」
「今じゃ考えられませんね」
「そうですね、その時のじゃがいもに比べると今のはとっても美味しかったりしますが、でもやっぱり思い出があるからかな、あの時食べたものが懐かしくなる。けど今はそんなに簡単に食べれるもんじゃなくなってますから、失礼ですが、あなたのカレーはどこで習ったものなのですか?」
「今はこの事務所にはおりませんが、その時の先輩から習ったものです、先輩は鬼籍なので、さすがにどこで習ったのかは聞いてはおりません」
「その方がいたら話を聞いてみたかった。実はその当時のカレーライスを受け継ぐと聞いたりすると、試しに行ってみたりしてたんですよね、でもやはりどこか違う、食べたときに思い出が過らない」
「それは手厳しいお客さんだ」
「長生きだけが取り柄の偏屈な爺なだけですよ。今は妻も無くなり、子はいますが、別に家庭を持ち、一人で暮らしておりますが、経験だけはあるものですから、このように仕事でこき使われているんですよ」
「でもお仕事の方は楽しそうだ」
「自分の好きなことをしているからでしょうね、おや、お話の方も終わった様子ですね、ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
階段から二人が降りてくる。
「それでは本日はお時間を取っていただきありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、それではまた」
そういってお客様たちをお見送りした後。
「お疲れ様でした」
水芭は、覆木にお茶を用意する。
「ありがと」
「しかし、急な来訪でしたね。覆木さんも洗車ショーの予定をキャンセルすることになりましたが…」
KCJ整備部門がお届けする名車の洗車をガラス越しに楽しく見れる。
「そこはしょうがない、わざわざ遠方からのお越しだし、この機会を逃すと約束は次はいつになるかわからないわけだし」
「とはいっても、やっぱり惜しいんですね」
「そうね、仕事は大事だってわかっているけども、こればっかりはね」
「次は時間の都合をつけますから、必ず見に行ってくださいよ」
「いいの?」
「仕事、仕事じゃ息がつまるでしょ」
「そういってくれるなら甘えることにする、最近は整備に顔を出すと、いつもお客としているもの同士で世間話ぐらいはするんだよ、お互い何をやっているのかは知らないけども、同じ車好きってことでさ」
「良かったじゃないですか、そういう友達は大事ですよ」
「本当にそうだよ、特に忙しくなれば忙しくなるほど、そんな時間は大切にしたいよね…そういえばカレーの匂いがするけども、俺にもある?」
「わかりました、用意しますね」
そういって盛り付けの準備をする。
「さっきも聞かれたんですが、このカレーは先輩の味じゃないですか、先輩ってどうしてこの味にしたんですか?」
「あいつのお父さんがホテルに務めてたとかで、父親が作ってくれた思い出の味がこれらしい」
「ホテルに勤めていたのならば、どこかでこのカレーのオリジナルの味を食べていたかもしれませんね」
「オリジナル?」
「それこそ100年近く前に食べた味らしいです」
「あれ?それ…どっかで聞いたな」
『その時はずいぶんと繁盛してたんだ、その時の口癖が100年残るようにしたくて、百年カレーって名前にしたんだけども、店としては20年ぐらい閉店しちゃってさ~』
「よく食べに行ってた洋食屋さんが店を閉めるときに教えてもらったってやつだな」
「そういう由来だったんですね」
「お前も知ってるかと思ってた」
「今、思い出さなかったら、忘れ去られるところでしたね」
「怖いね、本当、最近、時が経過するという恐ろしさを感じちゃうよ」
「まだそんな年ではないのでは?」
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そこに瀬旭(せきょく)とミツが話をしながら帰ってくる声がした。
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