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シュークリームドラゴン
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『シュークリームドラゴン』
ふとした違和感、体感速度の違い。
「もしかしているの?」
虚空に一声かけると。
「今、大丈夫でしょうか?」
女の声で返ってくる。
「大丈夫も何も」
この空間の時間は調整されている。
「…何かあったの?」
「ええ、私、離れることになったので」
「離れること?離れ…ええ?」
話が飲み込めない。
知っている情報を思い出しながら、話を切り出す。
「あいつと喧嘩でもしたの?」
「喧嘩ではないですよ、ただもういない方がよくなりまして」
その言い方に。
「…あいつ本当に何したの?」
「あれ?知りません?」
急いで色んなものに目を通すと、その理由が見えてくる。
思わず口を手で覆う。
「そういうことです」
「…あぁ、わかった」
「なので離れる前にご挨拶をと思いまして」
「俺で何人目?」
「二人目です」
「この後どこに行くの?」
「瀬旭(せきょく)さんのところですね」
「そうか…この挨拶に来たことはどう扱えばいい?言わない方がいいなら…」
「お任せしますよ」
「それが一番困る」
「では喋らないでください」
「わかった」
「代わりに少しお話ししますから」
「何があったのさ」
「いきなり三日前知己が来ました」
「えっ?」
知己というのは男の方も知っている相手で。
「なんで?ええ?」
だからこそ混乱する。
「そこは私もですよ、本当にいきなり来たんですよ、なんで?噂とかもしたわけじゃないのに」
世間話して戻ったそうだが。
「たぶん今回のこといち早く知ってたから来たんじゃないかと、じゃないと辻褄が合わないというか、マメなタイプじゃないし」
「そうだな、そういうことに気を回す奴ではないから、俺はそっちの方に驚きなんだけどもさ」
「実はここに来る前も連絡来たので、瀬旭さんの所によったら、しばらくはそっちに居ようと思ってます」
「そうか」
「冷房ばっちりの部屋で、ゲームしたり漫画見まくってやろうと」
「それがいい」
「…でもね、本当はずっとこっちに居るつもりだったんですよね」
「その事はあいつに言ったの?」
「言いませんよ、言うわけがない」
「悪い男だね」
「でもまさか禁則事項破るようなことをするとは思わなかった」
「それやっぱり意外なのか」
「破るような人に思います?」
「思わないね、一番踏み外しそうにないと思ってた。人はわからないものだ」
「何を言っているんですか?人なんてそんなもんでしょ」
「耳が痛いね」
「すいません」
「いや、いいよ、それが本音なんだもの、そう考えてみれば本音で話すことなんて今までなかったな」
「私の本音を知ったところで、どうするんですか?」
「ただ心配してるだけだよ」
「これが本当にそうなんだよな」
この人はこの人で訳がわからないなという顔。
「でも挨拶に来るとは思わなかった」
「そのまま行っちゃったら、何か言われそうで」
「そりゃあね」
「やっぱり、これが人間社会の難しいところだな」
「でもこれをきちんとしていれば、文句を言われても問題ないと思うよ、さすがに言えないでしょ」
「何か他に聞きたいことあります?」
「あるけど、今は思い付かないな」
「そうですか、では行きますね」
「ああ、さようなら。でもさ」
「なんです」
「俺はあいつのこと羨ましかったよ、それこそ物語の中にいる、いい役をもらえた奴みたいでさ」
「でもそれではブレーキにならなかった、そこまで大事ではなかったんですよ」
何かが飛び去る気配がして、カッチカッチと時計の針が均一に鳴ると、体はスッキリした。
肩を回してみる。
「もしかしてついでに体の悪いところ治されたのかな」
そういうことは言ってくれと思ったが、飛び去られた後であった。
覆木(おおうき)さんから連絡があった。
「いきなりで悪いんだけども、時間はあるだろうか」
こういうときは何かある、そして覆木さんのことなので、話に乗るのは悪いことでは決してない。
「大丈夫です」
「そうか…実は」
これから送別会を行うらしい。
「誰のです」
「知り合いのだよ」
「知り合いですか」
「詳しい話は事務所に来てから」
「わかりました、これからお伺いいたします」
急いでシャワーを浴びて、身なりを整えて、事務所に向かう。
こちらに住み初めてから、遊ぶなんてことは考えれない。
全部仕事のために使う、そのぐらいでないと父親のやらかしは帳消しになどならないのだから。
「ごめんください」
そういって事務所を訪れると。
「覆木さん達は部屋にいますよ」
水芭(みずば)に礼をいい、応接室に向かう。
コンコン
ノックをすると、入室するように言われる。
覆木と瀬旭がそこで待っていた。
「急に呼んじゃってごめんね」
「構いませんよ」
「悪い話ではないから」
「はい、そこは信じております」
「実はこれから送別会をするんだけども、送り出す相手というのは、人間ではなくて」
「俺はリームと呼んでいる、で、瀬旭はね」
「シューちゃん」
「ずいぶん、その親しい感じですね」
「まあね、それこそ縁があってという奴よ」
ここからわかることは、結構強い力を持っている上位の存在がやってくるということだし。
「送別会って、契約されていた方がお亡くなりになったとか?」
「お亡くなりはしてないよ」
「えっ?それって」
厄介事の臭いが急にしてくる。
「多少契約類の知識はあるとは思うけども、やってはいけないことをやったら、そこで契約は終わる、今回それが起きかけて、たぶんそのままいるとどうにかなるかわからないから、離れることにしたっていうやつ」
「それで私はなんで呼ばれたのですか?」
「ただ送別会に参加してくれればいいよ」
「はぁ、そうですか」
「どういうことなのか見えてくるとは思うし、これから起きるであろう出来事を理解しやすくなる」
「これから?」
「うん、これから、シューちゃんね、他にも契約したいっていう人はいるんだよ」
「それは確実に揉めますね」
「そうなんだよ、だけどもうちはそのために手助けはしない、あくまでリームの意思を尊重するから、送別会は新しいところでも頑張ってね、そこで通す。今の話を聞いて、どう思う?」
「どうですか?なんか大変なことになってるんだなと」
「自分が次の契約者になりたいとか思わない?」
「えっ?なんでです?」
「これはチャンスじゃないか?」
「もう誘惑しないでくださいよ、私は父親がいきなり家業を傾かせたわけですよ、その建て直しのためにこちらにいるのです」
「そうだけどもさ」
「でも次の契約者になればとか考えたりはしないの?」
「よくわからないものとは契約はしないでしょ」
「そうか、いや、ごめん、試したようには見えたかもしれないね」
「ああ、それは構いません、ずっと私は試されるものだと思っていますから」
「本当さ、俺がいうのはなんだけども、自分の子供にここまでのことをさせる親っていうのはさ」
「あの人はなんで自分がハズされたのか、それが人の信用を失う行為なのかわかってないと思いますよ、じゃなきゃ、お二人の前で、螺殻(らがら)さんを口説くなんて本当にバカな真似は出来ないじゃないですか」
「それを君の口から聞くと、本当に出来たいい息子さんという気持ちと、アイツは許せないなって気持ちの二つが強く出ちゃう」
「頭を悩ませてしまって申し訳ありません、私としては今回の席にお呼びしていただいただけでも嬉しく思います」
「あんまり無理はするなよ」
「無理はしてませんよ、ただ私はそういうものなんだなって」
「ある程度さ、事が片付いたら、お祝いしようよ」
「えっ?」
「そうだな、それがいいだろうな」
「そんな日が来るかはわかりませんが、来たら是非お願いしますよ」
彼は笑って言うが、その日は本当に遠いだろうということだけは知っていた。
急ではあったが結構な人数が事務所に集まる。
ここに螺殻ミツがいないのは、さすがに今回の話は人間側の業のようなものなので、まだそれに触れるのは早いということで欠席となっていた。
料理も出揃い、出席者同士が世間話で賑やかになってると。
「あっ、来たかな」
瀬旭がいうと、グニャっとした感覚の後に彼女は現れた。
「みなさん、お久しぶりです」
「待ってたよ」
「元気そうじゃん」
「クリームさん、今日は好きなだけ食べていってくださいね」
ここでわかっただろうか?
覆木は『リーム』
瀬旭は『シューちゃん』
水芭は『クリームさん』
と呼んでいる。
「まさかこんな形で送別会を開いてもらうとは思いませんでした」
「それはこっちもまさかだよ」
「…そうですね」
「はいはい、辛気くさいのはやめやめ、せっかく来たんだからさ、楽しい話しようよ」
「瀬旭は相変わらずだな」
「俺はいつでもそうじゃん」
「ええ、知ってますが…」
「話は俺もさっき知ったけども、聞いたらすごい心配した」
「すいません」
「なんで謝るのさ、悪くないじゃん」
「みなさんの顔を見たからでしょうね、ホッとしました」
これが彼女の素顔なのだろう。
「ここにいるのは、君がこの先も上手くやっていけることを願っている奴等だからさ」
「はい」
「辛かったね」
「ああん、もうそういうことを言うつもりはなかったのに、やっぱり銃士は、キザすぎるでしょ」
「そこはおそらく直らないから諦めて」
「諦めてじゃないですよ」
「俺が決めるところを、覆木に取られた」
「そこは早い者勝ちということで」
「いつもそうじゃん」
「そうだっけ?」
「そうだよ、なんかこう…いい感じのところを持っていくっていうか」
「ほら、お前と違ってマメだから」
「そうですね」
「そこで言い争いになってどうするんですか、全く、すいません」
「なんかこう、この事務所だなって思う」
「そうですか」
「こちらの事務所とも長いから、まさかこんなに長く付き合うとは思わなかった」
「そんなこと言ったら、いきなり飛び込んできて、あの勢いでそのまま飛び去ってしまうような感じだよ」
送別会の参加者の一人がそういった。
「そうですかね」
「そうだよ、いや、でもこちらとしては正直驚いているよ、ずっといるものだと思っていた」
そのまま会話になる。
「私もいるのかなって思いましたが、このままではいられない」
そこには怒りではなく悲しみ。
「元々禁則には盛り込んでましたから、これをやったら終わりですよって、他よりも厳しいところって聞いてたから、たぶん破られることは間違ってもない、それこそ契約の終わりはどうなるのだろうと、見当もつかないと思ってましたからね」
「終わるときは終わるものだよ…」
「ええ全くその通り」
「これからどうするの?」
「知己のところに身を寄せます」
「そうか」
「こっちにはもう来ないの?」
瀬旭が聞いた。
「特に予定は」
「そっか…」
「…本当にみなさんは人がいいな、次の契約者の話を全くしないんだもの」
「それをしてどうなるんだい?」
「それが人でしょ?」
「そうじゃない奴らもいるってことさ、ここに居るのは、これから新天地で頑張ってねっていう気持ちで来てくれているのさ」
これは覆木。
「それはありがとうございます、重ね重ね…」
「堅苦しいよ」
「すいません」
涙声だ。
「本当にあっという間だった、楽しかった、最後は悲しいけども」
「あいつとは別れは?」
「しません」
「うわ、残酷」
「だって私はどうでもいいんですよ、だったら別れなんてない方がいい、どうせ見えてないのだから」
「本当にバカなことをしたもんだよ」
「どういうお気持ちであったのか、わからなくていいでしょ」
「それはそうだけどもね」
「覆木さん」
「なんだい?」
「この方は見たことありませんが?どちら様です?」
参加者で一番の若手が気になった。
「急だったから手伝ってくれたんだよ」
そして氏素性を話すと。
「ああ、あの方の息子さんですか、あれ?代替りしたんですか?ご病気で?」
「それがな…」
やらかしの話をすると。
「それはまた大変ですね、よく継ぎましたね、逃げてもよろしかったのに」
「逃げるには、さすがに遅すぎたというか、それで恩恵を得てきたのならば、急にでも何もしないとなると」
「ああなるほど、今までのぶり返しが来る、どのぐらの規模になるかはわからないけどもっていうほどの状態ですか、それは大変ですね」
ため息をついて。
「それならばこれをあげますよ」
そういって石をくれたが、鼓動を感じる。
「大した力はありませんが」
「いや、それは家宝になるんじゃないの?」
「力は使ってますが、じんわりとした効果しかないので」
「温泉みたいだね」
「もう私が持っててもしょうがないので」
「いわれは聞いても?」
「用意してたんですよね」
「彼のために」
「まあ、そんなところですね、本来ならばもうちょっと時間をかけて、加護がきちんと籠るように調整なんかをするつもりだったんですがね…もう…ありませんので」
「そうか…」
「あの…」
「なんでしょうか?」
「厄とかはないですよね?」
受け取ってなんだが、大事なことです。
「ああ、ごめん、邪魔だったか」
そういって石を戻すと。
「リームがもしも良ければ彼にその石は渡してあげてくれないかな」
「えっ?逆にいいんですか?」
「そんなに力がないとはいえ、これから先大分苦労するだろうからさ、助けになると思ってさ」
「いいですよ、このぐらいなら」
そういって石を再び渡すときに。
『ではどうか、人のため、この世のためにあってください』
力も少し込めたという。
「その言葉に恥じぬように、私は振る舞い、生きることをここに誓います」
「いや、そこまで誓わなくてもいいよ、軽い奴だしさ、ちょっと力は入っちゃったけどもさ」
この場にいる人たちからすると、うわ、竜の真言を生で聞いちゃったよ感。
「でも出来ればでいいので、正直これ以上世が荒れますとね、私もね、身の危険性とか感じちゃうんで」
力で言うことをきかせようとしてくるのが出てきます。
「恨んでないの?」
「何をです?」
「あいつのこと」
「恨みませんよ、なんでです?」
「それには逆にこっちが驚くよ」
こういう禁則事項破られた場合は、破られた瞬間暴れだすというのはよくある。
「まあ、そこは私が甘いんでしょうね」
こんな感じなものだから、もっと契約の負荷をつけてもいいから、私と契約しないかなんて他から言われるタイプ。
「誰か他にいい人はいた?」
「あ~そこはやっぱり気になるんですね」
「そりゃあね」
「契約が終わったことを知ったら、連絡とろうとしてくる人は出るだろうなっては思いますがね」
「うん、俺の知り合いにもいるね」
「あの人は必ず来るでしょうね、ちょっと前にもね、言ってましたからね」
お前さんより大事にするから、譲ってくれ。
「その時はまた言ってるなぐらいの気持ちでしたし、でも本当にそんな話の何日か後にこれですからね」
「知ったらすぐに連絡つけにくるとは思うよ、下手したらうちの事務所に連絡くるんじゃない?セッティングしてくれって」
「それ受けるんですか?」
「受けないよ」
「なんで?」
「それは君の気持ちに反する」
「バカだな、うまい言葉で騙して…すいません、そんな人ではあなたはなかった」
「そんなことはしない」
「そうですね、そういう人なのに、本当にごめんなさい」
「君に悲しそうな顔をさせるつもりもなかったよ、ごめん」
「この送別会はすごいな、なんでこんなことするのかわからなかったけども、本当に後を引かせないようにしてくれるんですね」
「そりゃあね、今までのありがとうもあるしさ」
「多少の恩恵はありましたか?」
「それ本気で言ってますか?」
水芭が言ってるということは、かなりもたらした奴だぞ。
「そこは間違いなく」
「人間、怖いな、こんなに心を揺らす存在だなんて知らなかったよ」
「もっと君とは話したかったよ」
「語るべきことなんて何もないよ」
「本当にさ、あいつバカじゃないの、契約破棄になるようなことしているんじゃないよ」
吊し上げるかみたいな空気になるが。
「まあ、それはやめておいてあげてくださいよ、これから十分きついだろうから」
「それでいいの?」
「人というのは己に降りかかる苦難をなんとかできる奴の方が少ないですからね」
「それはそうだけども」
「残念ですよ」
「残念か…」
「これから先のことは特には言いません、任せることにします、ただまあ、いなくなるときにケチ臭く思われるのはごめんなんで」
はぁ、あのドラゴンはシケてるわ。と話題に残りたくないようだ。
「それではお時間でしょうかね、みなさまさようなら」
夕陽に当たると、その姿、本性がわかる、白い体を持つ竜の姿に戻り、あっという間にかけ上っていった。
ひんやりとした部屋でゲームをする。
同じ部屋には漫画を読んでいる男がいた。
「いや~、しばらく離れていたら、こんなに作品出ているとは思わなかったわ」
「毎年何かしら出てるから、遊んでなきゃそんなもんでしょ」
「そうですね…」
「何?」
「本当ね、なんでいきなり来たのか全くわからなかった、久しぶりすぎて、えっ?なんでって、理由がわかったら、本当に納得した」
「そうか」
「そういうことをするとは…思わないじゃないですか」
「…」
「ありがとうございます」
「あぁ」
頭をかいている、恥ずかしいのかもしれない。
「おかげで落ち込まずに済みそうです」
「もっとさ、ショック受けているかと思ったんだ」
「最初に禁則事項盛り込んでましたからね、こうなったら終わりで動いてはいましたよ」
「それでもさ…」
「まあ、いいたいことはわかりますよ。正直自分でもなんでこんなにショック受けてないのかがわからなかったぐらいですもん」
「そう」
「なんでいきなり来たのか、その理由がわかったら、不思議とどうでもよくなったというかね、それはちょっと酷いかもしれませんが…」
「お前さんが傷つくよりはずっといい」
「バカだな…」
「嫁にやったぐらいのつもりだったんだよ。話聞いたとき、こっちはそんなつもりで送り出したんだ」
「そうだったんですか、知りませんでした」
「そりゃあね、そうでしょうよ、こっちの気持ちも考えてみなさいよ」
「すいません」
「幸せになってほしかった」
「幸せでしたよ」
「そうじゃない、そうじゃなくて…」
「じゃあ、なんです?」
「もっとずっと笑ってると思ってた、そんなに困ったり、悲しい顔なんてしないでほしかったんだ」
「そればっかりはね」
「そうなんだけどもさ、こっちとしたら、やっぱりあるの」
「ん~でも間違いなく、あの時は幸せでしたよ、幸せというのはこういうことをいうのだなってわかったぐらい」
「それがもっと続くべきだと、それこそ向こうを看取るぐらいだとこっちは思っていたの」
「そこはね、私もあった」
「そうか」
「私が闇討ちでもされてグェ!って討伐されるか、向こうが寿命か何かでお亡くなりになるまでは続くのかなってね、勝手ですよね、そんな感じで考えてた」
「そう思える相手じゃなかったら、そもそも一緒に居たいと考えてはいけない」
「マジレスされた」
「俺はそういうのとは縁はありませんが、そう思います」
「そこまでいうならば、そっちもさっさといい相手を見つけるべきだったのでは」
「…いたら…いいよね」
(一応は考えてたのか)
「すいません」
「いいよ」
キニシテナイヨ。
「これからどうしようかは考えないわけではないんですがね」
「魔道書の協力はするとは言ってたけども、それで十分じゃないの?」
「それはそれですよ、どっかのタイミングでそれはやらなければならなかったから、今のうちにやっておきたいですし、ここならばその知識は安全に扱われるでしょ」
「やはり価値のある知識となると、人間にとってはな…」
「はい、そこで起きる争いは私の望むものではありませんからね」
「その還元を行わないと、ぶり返しは来てしまうからな」
「私はあの人が良かった、でもあの人にとっては私ではなかった」
「今の言葉あいつに聞かせてやりたいよ」
「言いませんよ、絶対にね」
「それを聞かされる俺が可哀想」
「別にショック受けたりしないじゃないですか」
「そーね、でもね、ショック受けているってわかっている子の言葉だとはわかってるんだよ」
「本当さ、今回怒りで我を忘れなかったのは、みんなのおかげだと思う」
「たぶん、怒りで君がぐちゃぐちゃになってしまったのを見たとき、耐えれなかったんだと思うよ、俺は間違いなく無理だ、冷静ではいられないし、例え分が悪い状態でもどういうことなんだ!って詰め寄りそうだ、そんなのは俺らしくもない」
「えっ?心を乱される理由がそこにあるんですか」
「本当に男心というか、愛情というか、身内に何かあったら許せないでしょ」
「すいません、そう思われていたことも知りませんでした」
「いいよ、今までそれは言ってなかったし、今回も言うつもりはなかった」
「それを考えると、本当に私もバカなことをしたんですね、やはり怒りで我を忘れなくて良かった、こんなもののために…」
「無理にこんなもののなんて思わないの」
「はい…」
「君の目から見たら、どういう奴だったの?」
「一緒にいると落ち着きましたよ、何しろこの身を縛ろうとしてきた人間たちの相手をした後でしたからね」
「あれは後で知った。今回はね、だからすぐに動いた」
「ああ、そうでしたか…ずっと居れると思ったんですよ、気持ちというのはとても難しい、私が上手くやりたいと思っても伝わらなければ意味がない」
「それをわかってくれる奴もいる、少なくとも今回は俺以外もいたしな」
「そこは意外でしたか」
「少し、最悪俺が無理矢理にでも止めようと思っていた」
「あなたならばそれはできますでしょ、何しろ魔王なのですから、その一角があれば私なぞ一溜まりもない」
「それは言い過ぎだし、たぶん止めてて悲しくなるのは間違いなかった」
「そうですね、そして私はその悲しみに気づかないですよ」
「それでいい」
「バカじゃないの」
「いいんだよ、それで、俺には女心なんてわからないんだからさ」
「わからなくてもさ、もうどっちも怪我がなくてよかった」
「それはそうね」
「しばらくはやっかいになりますよ」
「そうして頂戴、下手に他のところに行くとどうなるかわからないから」
「そんなに何かあると思います?」
「それはわからない、でも俺のところにいるならば納得するでしょ、それでも無理矢理にする?誰が?ってぐらい浮かばない」
「そういえば『なるほど』ですね」
「それこそ人が君のことを忘れるぐらいの間こちらにいるのもいいと思うよ」
「忘れさせてくれるでしょうか」
「そこなんだよな、人に加護を与えれるし、人に対しては優しいから。もし次に契約したいと思っているのがいたら、俺に見せなさい、試してあげるから」
「魔王に試されるぐらいならば、私と契約しなくてもやっていけるのでは」
「そうね」
「やっぱり」
竜と魔王はそこでハッハッと笑うのであった。
「それは本当の話なのか」
「ええ、さっき」
「すぐに連絡を取らなければな」
「連絡先は知っているんですか?」
「ああ、そうか今までとは違うな、この場合はどうすればいいんだ?」
「相手は人ではありませんからね」
「しまったな、今までは人と一緒にいたから、その人間経由でならば連絡が取れていたのに、先に知っていたら、無理にでも契約をしてたのだが」
この話になると、この人はいつもこんな感じだ。
温厚な御仁の、素が透けて見える。
「一目見たときわかってしまったんだ、この竜が居れば、私の人生は変わると、だから多少は、いやかなりでもいい、私と契約をしてほしかったんだ」
年を取っていたとしても竜の知識があればどうとでもある。
金はなくても、竜の交流関係があれば釣りがくる。
「私の一生が欲しければそれでもいい、私にとってあの竜はそのぐらいのものなのだ」
そこからどうにかして自分が契約者になろうと画策したのだというが、竜の新しい契約者が生まれたという話は聞こえては来ない。
ふとした違和感、体感速度の違い。
「もしかしているの?」
虚空に一声かけると。
「今、大丈夫でしょうか?」
女の声で返ってくる。
「大丈夫も何も」
この空間の時間は調整されている。
「…何かあったの?」
「ええ、私、離れることになったので」
「離れること?離れ…ええ?」
話が飲み込めない。
知っている情報を思い出しながら、話を切り出す。
「あいつと喧嘩でもしたの?」
「喧嘩ではないですよ、ただもういない方がよくなりまして」
その言い方に。
「…あいつ本当に何したの?」
「あれ?知りません?」
急いで色んなものに目を通すと、その理由が見えてくる。
思わず口を手で覆う。
「そういうことです」
「…あぁ、わかった」
「なので離れる前にご挨拶をと思いまして」
「俺で何人目?」
「二人目です」
「この後どこに行くの?」
「瀬旭(せきょく)さんのところですね」
「そうか…この挨拶に来たことはどう扱えばいい?言わない方がいいなら…」
「お任せしますよ」
「それが一番困る」
「では喋らないでください」
「わかった」
「代わりに少しお話ししますから」
「何があったのさ」
「いきなり三日前知己が来ました」
「えっ?」
知己というのは男の方も知っている相手で。
「なんで?ええ?」
だからこそ混乱する。
「そこは私もですよ、本当にいきなり来たんですよ、なんで?噂とかもしたわけじゃないのに」
世間話して戻ったそうだが。
「たぶん今回のこといち早く知ってたから来たんじゃないかと、じゃないと辻褄が合わないというか、マメなタイプじゃないし」
「そうだな、そういうことに気を回す奴ではないから、俺はそっちの方に驚きなんだけどもさ」
「実はここに来る前も連絡来たので、瀬旭さんの所によったら、しばらくはそっちに居ようと思ってます」
「そうか」
「冷房ばっちりの部屋で、ゲームしたり漫画見まくってやろうと」
「それがいい」
「…でもね、本当はずっとこっちに居るつもりだったんですよね」
「その事はあいつに言ったの?」
「言いませんよ、言うわけがない」
「悪い男だね」
「でもまさか禁則事項破るようなことをするとは思わなかった」
「それやっぱり意外なのか」
「破るような人に思います?」
「思わないね、一番踏み外しそうにないと思ってた。人はわからないものだ」
「何を言っているんですか?人なんてそんなもんでしょ」
「耳が痛いね」
「すいません」
「いや、いいよ、それが本音なんだもの、そう考えてみれば本音で話すことなんて今までなかったな」
「私の本音を知ったところで、どうするんですか?」
「ただ心配してるだけだよ」
「これが本当にそうなんだよな」
この人はこの人で訳がわからないなという顔。
「でも挨拶に来るとは思わなかった」
「そのまま行っちゃったら、何か言われそうで」
「そりゃあね」
「やっぱり、これが人間社会の難しいところだな」
「でもこれをきちんとしていれば、文句を言われても問題ないと思うよ、さすがに言えないでしょ」
「何か他に聞きたいことあります?」
「あるけど、今は思い付かないな」
「そうですか、では行きますね」
「ああ、さようなら。でもさ」
「なんです」
「俺はあいつのこと羨ましかったよ、それこそ物語の中にいる、いい役をもらえた奴みたいでさ」
「でもそれではブレーキにならなかった、そこまで大事ではなかったんですよ」
何かが飛び去る気配がして、カッチカッチと時計の針が均一に鳴ると、体はスッキリした。
肩を回してみる。
「もしかしてついでに体の悪いところ治されたのかな」
そういうことは言ってくれと思ったが、飛び去られた後であった。
覆木(おおうき)さんから連絡があった。
「いきなりで悪いんだけども、時間はあるだろうか」
こういうときは何かある、そして覆木さんのことなので、話に乗るのは悪いことでは決してない。
「大丈夫です」
「そうか…実は」
これから送別会を行うらしい。
「誰のです」
「知り合いのだよ」
「知り合いですか」
「詳しい話は事務所に来てから」
「わかりました、これからお伺いいたします」
急いでシャワーを浴びて、身なりを整えて、事務所に向かう。
こちらに住み初めてから、遊ぶなんてことは考えれない。
全部仕事のために使う、そのぐらいでないと父親のやらかしは帳消しになどならないのだから。
「ごめんください」
そういって事務所を訪れると。
「覆木さん達は部屋にいますよ」
水芭(みずば)に礼をいい、応接室に向かう。
コンコン
ノックをすると、入室するように言われる。
覆木と瀬旭がそこで待っていた。
「急に呼んじゃってごめんね」
「構いませんよ」
「悪い話ではないから」
「はい、そこは信じております」
「実はこれから送別会をするんだけども、送り出す相手というのは、人間ではなくて」
「俺はリームと呼んでいる、で、瀬旭はね」
「シューちゃん」
「ずいぶん、その親しい感じですね」
「まあね、それこそ縁があってという奴よ」
ここからわかることは、結構強い力を持っている上位の存在がやってくるということだし。
「送別会って、契約されていた方がお亡くなりになったとか?」
「お亡くなりはしてないよ」
「えっ?それって」
厄介事の臭いが急にしてくる。
「多少契約類の知識はあるとは思うけども、やってはいけないことをやったら、そこで契約は終わる、今回それが起きかけて、たぶんそのままいるとどうにかなるかわからないから、離れることにしたっていうやつ」
「それで私はなんで呼ばれたのですか?」
「ただ送別会に参加してくれればいいよ」
「はぁ、そうですか」
「どういうことなのか見えてくるとは思うし、これから起きるであろう出来事を理解しやすくなる」
「これから?」
「うん、これから、シューちゃんね、他にも契約したいっていう人はいるんだよ」
「それは確実に揉めますね」
「そうなんだよ、だけどもうちはそのために手助けはしない、あくまでリームの意思を尊重するから、送別会は新しいところでも頑張ってね、そこで通す。今の話を聞いて、どう思う?」
「どうですか?なんか大変なことになってるんだなと」
「自分が次の契約者になりたいとか思わない?」
「えっ?なんでです?」
「これはチャンスじゃないか?」
「もう誘惑しないでくださいよ、私は父親がいきなり家業を傾かせたわけですよ、その建て直しのためにこちらにいるのです」
「そうだけどもさ」
「でも次の契約者になればとか考えたりはしないの?」
「よくわからないものとは契約はしないでしょ」
「そうか、いや、ごめん、試したようには見えたかもしれないね」
「ああ、それは構いません、ずっと私は試されるものだと思っていますから」
「本当さ、俺がいうのはなんだけども、自分の子供にここまでのことをさせる親っていうのはさ」
「あの人はなんで自分がハズされたのか、それが人の信用を失う行為なのかわかってないと思いますよ、じゃなきゃ、お二人の前で、螺殻(らがら)さんを口説くなんて本当にバカな真似は出来ないじゃないですか」
「それを君の口から聞くと、本当に出来たいい息子さんという気持ちと、アイツは許せないなって気持ちの二つが強く出ちゃう」
「頭を悩ませてしまって申し訳ありません、私としては今回の席にお呼びしていただいただけでも嬉しく思います」
「あんまり無理はするなよ」
「無理はしてませんよ、ただ私はそういうものなんだなって」
「ある程度さ、事が片付いたら、お祝いしようよ」
「えっ?」
「そうだな、それがいいだろうな」
「そんな日が来るかはわかりませんが、来たら是非お願いしますよ」
彼は笑って言うが、その日は本当に遠いだろうということだけは知っていた。
急ではあったが結構な人数が事務所に集まる。
ここに螺殻ミツがいないのは、さすがに今回の話は人間側の業のようなものなので、まだそれに触れるのは早いということで欠席となっていた。
料理も出揃い、出席者同士が世間話で賑やかになってると。
「あっ、来たかな」
瀬旭がいうと、グニャっとした感覚の後に彼女は現れた。
「みなさん、お久しぶりです」
「待ってたよ」
「元気そうじゃん」
「クリームさん、今日は好きなだけ食べていってくださいね」
ここでわかっただろうか?
覆木は『リーム』
瀬旭は『シューちゃん』
水芭は『クリームさん』
と呼んでいる。
「まさかこんな形で送別会を開いてもらうとは思いませんでした」
「それはこっちもまさかだよ」
「…そうですね」
「はいはい、辛気くさいのはやめやめ、せっかく来たんだからさ、楽しい話しようよ」
「瀬旭は相変わらずだな」
「俺はいつでもそうじゃん」
「ええ、知ってますが…」
「話は俺もさっき知ったけども、聞いたらすごい心配した」
「すいません」
「なんで謝るのさ、悪くないじゃん」
「みなさんの顔を見たからでしょうね、ホッとしました」
これが彼女の素顔なのだろう。
「ここにいるのは、君がこの先も上手くやっていけることを願っている奴等だからさ」
「はい」
「辛かったね」
「ああん、もうそういうことを言うつもりはなかったのに、やっぱり銃士は、キザすぎるでしょ」
「そこはおそらく直らないから諦めて」
「諦めてじゃないですよ」
「俺が決めるところを、覆木に取られた」
「そこは早い者勝ちということで」
「いつもそうじゃん」
「そうだっけ?」
「そうだよ、なんかこう…いい感じのところを持っていくっていうか」
「ほら、お前と違ってマメだから」
「そうですね」
「そこで言い争いになってどうするんですか、全く、すいません」
「なんかこう、この事務所だなって思う」
「そうですか」
「こちらの事務所とも長いから、まさかこんなに長く付き合うとは思わなかった」
「そんなこと言ったら、いきなり飛び込んできて、あの勢いでそのまま飛び去ってしまうような感じだよ」
送別会の参加者の一人がそういった。
「そうですかね」
「そうだよ、いや、でもこちらとしては正直驚いているよ、ずっといるものだと思っていた」
そのまま会話になる。
「私もいるのかなって思いましたが、このままではいられない」
そこには怒りではなく悲しみ。
「元々禁則には盛り込んでましたから、これをやったら終わりですよって、他よりも厳しいところって聞いてたから、たぶん破られることは間違ってもない、それこそ契約の終わりはどうなるのだろうと、見当もつかないと思ってましたからね」
「終わるときは終わるものだよ…」
「ええ全くその通り」
「これからどうするの?」
「知己のところに身を寄せます」
「そうか」
「こっちにはもう来ないの?」
瀬旭が聞いた。
「特に予定は」
「そっか…」
「…本当にみなさんは人がいいな、次の契約者の話を全くしないんだもの」
「それをしてどうなるんだい?」
「それが人でしょ?」
「そうじゃない奴らもいるってことさ、ここに居るのは、これから新天地で頑張ってねっていう気持ちで来てくれているのさ」
これは覆木。
「それはありがとうございます、重ね重ね…」
「堅苦しいよ」
「すいません」
涙声だ。
「本当にあっという間だった、楽しかった、最後は悲しいけども」
「あいつとは別れは?」
「しません」
「うわ、残酷」
「だって私はどうでもいいんですよ、だったら別れなんてない方がいい、どうせ見えてないのだから」
「本当にバカなことをしたもんだよ」
「どういうお気持ちであったのか、わからなくていいでしょ」
「それはそうだけどもね」
「覆木さん」
「なんだい?」
「この方は見たことありませんが?どちら様です?」
参加者で一番の若手が気になった。
「急だったから手伝ってくれたんだよ」
そして氏素性を話すと。
「ああ、あの方の息子さんですか、あれ?代替りしたんですか?ご病気で?」
「それがな…」
やらかしの話をすると。
「それはまた大変ですね、よく継ぎましたね、逃げてもよろしかったのに」
「逃げるには、さすがに遅すぎたというか、それで恩恵を得てきたのならば、急にでも何もしないとなると」
「ああなるほど、今までのぶり返しが来る、どのぐらの規模になるかはわからないけどもっていうほどの状態ですか、それは大変ですね」
ため息をついて。
「それならばこれをあげますよ」
そういって石をくれたが、鼓動を感じる。
「大した力はありませんが」
「いや、それは家宝になるんじゃないの?」
「力は使ってますが、じんわりとした効果しかないので」
「温泉みたいだね」
「もう私が持っててもしょうがないので」
「いわれは聞いても?」
「用意してたんですよね」
「彼のために」
「まあ、そんなところですね、本来ならばもうちょっと時間をかけて、加護がきちんと籠るように調整なんかをするつもりだったんですがね…もう…ありませんので」
「そうか…」
「あの…」
「なんでしょうか?」
「厄とかはないですよね?」
受け取ってなんだが、大事なことです。
「ああ、ごめん、邪魔だったか」
そういって石を戻すと。
「リームがもしも良ければ彼にその石は渡してあげてくれないかな」
「えっ?逆にいいんですか?」
「そんなに力がないとはいえ、これから先大分苦労するだろうからさ、助けになると思ってさ」
「いいですよ、このぐらいなら」
そういって石を再び渡すときに。
『ではどうか、人のため、この世のためにあってください』
力も少し込めたという。
「その言葉に恥じぬように、私は振る舞い、生きることをここに誓います」
「いや、そこまで誓わなくてもいいよ、軽い奴だしさ、ちょっと力は入っちゃったけどもさ」
この場にいる人たちからすると、うわ、竜の真言を生で聞いちゃったよ感。
「でも出来ればでいいので、正直これ以上世が荒れますとね、私もね、身の危険性とか感じちゃうんで」
力で言うことをきかせようとしてくるのが出てきます。
「恨んでないの?」
「何をです?」
「あいつのこと」
「恨みませんよ、なんでです?」
「それには逆にこっちが驚くよ」
こういう禁則事項破られた場合は、破られた瞬間暴れだすというのはよくある。
「まあ、そこは私が甘いんでしょうね」
こんな感じなものだから、もっと契約の負荷をつけてもいいから、私と契約しないかなんて他から言われるタイプ。
「誰か他にいい人はいた?」
「あ~そこはやっぱり気になるんですね」
「そりゃあね」
「契約が終わったことを知ったら、連絡とろうとしてくる人は出るだろうなっては思いますがね」
「うん、俺の知り合いにもいるね」
「あの人は必ず来るでしょうね、ちょっと前にもね、言ってましたからね」
お前さんより大事にするから、譲ってくれ。
「その時はまた言ってるなぐらいの気持ちでしたし、でも本当にそんな話の何日か後にこれですからね」
「知ったらすぐに連絡つけにくるとは思うよ、下手したらうちの事務所に連絡くるんじゃない?セッティングしてくれって」
「それ受けるんですか?」
「受けないよ」
「なんで?」
「それは君の気持ちに反する」
「バカだな、うまい言葉で騙して…すいません、そんな人ではあなたはなかった」
「そんなことはしない」
「そうですね、そういう人なのに、本当にごめんなさい」
「君に悲しそうな顔をさせるつもりもなかったよ、ごめん」
「この送別会はすごいな、なんでこんなことするのかわからなかったけども、本当に後を引かせないようにしてくれるんですね」
「そりゃあね、今までのありがとうもあるしさ」
「多少の恩恵はありましたか?」
「それ本気で言ってますか?」
水芭が言ってるということは、かなりもたらした奴だぞ。
「そこは間違いなく」
「人間、怖いな、こんなに心を揺らす存在だなんて知らなかったよ」
「もっと君とは話したかったよ」
「語るべきことなんて何もないよ」
「本当にさ、あいつバカじゃないの、契約破棄になるようなことしているんじゃないよ」
吊し上げるかみたいな空気になるが。
「まあ、それはやめておいてあげてくださいよ、これから十分きついだろうから」
「それでいいの?」
「人というのは己に降りかかる苦難をなんとかできる奴の方が少ないですからね」
「それはそうだけども」
「残念ですよ」
「残念か…」
「これから先のことは特には言いません、任せることにします、ただまあ、いなくなるときにケチ臭く思われるのはごめんなんで」
はぁ、あのドラゴンはシケてるわ。と話題に残りたくないようだ。
「それではお時間でしょうかね、みなさまさようなら」
夕陽に当たると、その姿、本性がわかる、白い体を持つ竜の姿に戻り、あっという間にかけ上っていった。
ひんやりとした部屋でゲームをする。
同じ部屋には漫画を読んでいる男がいた。
「いや~、しばらく離れていたら、こんなに作品出ているとは思わなかったわ」
「毎年何かしら出てるから、遊んでなきゃそんなもんでしょ」
「そうですね…」
「何?」
「本当ね、なんでいきなり来たのか全くわからなかった、久しぶりすぎて、えっ?なんでって、理由がわかったら、本当に納得した」
「そうか」
「そういうことをするとは…思わないじゃないですか」
「…」
「ありがとうございます」
「あぁ」
頭をかいている、恥ずかしいのかもしれない。
「おかげで落ち込まずに済みそうです」
「もっとさ、ショック受けているかと思ったんだ」
「最初に禁則事項盛り込んでましたからね、こうなったら終わりで動いてはいましたよ」
「それでもさ…」
「まあ、いいたいことはわかりますよ。正直自分でもなんでこんなにショック受けてないのかがわからなかったぐらいですもん」
「そう」
「なんでいきなり来たのか、その理由がわかったら、不思議とどうでもよくなったというかね、それはちょっと酷いかもしれませんが…」
「お前さんが傷つくよりはずっといい」
「バカだな…」
「嫁にやったぐらいのつもりだったんだよ。話聞いたとき、こっちはそんなつもりで送り出したんだ」
「そうだったんですか、知りませんでした」
「そりゃあね、そうでしょうよ、こっちの気持ちも考えてみなさいよ」
「すいません」
「幸せになってほしかった」
「幸せでしたよ」
「そうじゃない、そうじゃなくて…」
「じゃあ、なんです?」
「もっとずっと笑ってると思ってた、そんなに困ったり、悲しい顔なんてしないでほしかったんだ」
「そればっかりはね」
「そうなんだけどもさ、こっちとしたら、やっぱりあるの」
「ん~でも間違いなく、あの時は幸せでしたよ、幸せというのはこういうことをいうのだなってわかったぐらい」
「それがもっと続くべきだと、それこそ向こうを看取るぐらいだとこっちは思っていたの」
「そこはね、私もあった」
「そうか」
「私が闇討ちでもされてグェ!って討伐されるか、向こうが寿命か何かでお亡くなりになるまでは続くのかなってね、勝手ですよね、そんな感じで考えてた」
「そう思える相手じゃなかったら、そもそも一緒に居たいと考えてはいけない」
「マジレスされた」
「俺はそういうのとは縁はありませんが、そう思います」
「そこまでいうならば、そっちもさっさといい相手を見つけるべきだったのでは」
「…いたら…いいよね」
(一応は考えてたのか)
「すいません」
「いいよ」
キニシテナイヨ。
「これからどうしようかは考えないわけではないんですがね」
「魔道書の協力はするとは言ってたけども、それで十分じゃないの?」
「それはそれですよ、どっかのタイミングでそれはやらなければならなかったから、今のうちにやっておきたいですし、ここならばその知識は安全に扱われるでしょ」
「やはり価値のある知識となると、人間にとってはな…」
「はい、そこで起きる争いは私の望むものではありませんからね」
「その還元を行わないと、ぶり返しは来てしまうからな」
「私はあの人が良かった、でもあの人にとっては私ではなかった」
「今の言葉あいつに聞かせてやりたいよ」
「言いませんよ、絶対にね」
「それを聞かされる俺が可哀想」
「別にショック受けたりしないじゃないですか」
「そーね、でもね、ショック受けているってわかっている子の言葉だとはわかってるんだよ」
「本当さ、今回怒りで我を忘れなかったのは、みんなのおかげだと思う」
「たぶん、怒りで君がぐちゃぐちゃになってしまったのを見たとき、耐えれなかったんだと思うよ、俺は間違いなく無理だ、冷静ではいられないし、例え分が悪い状態でもどういうことなんだ!って詰め寄りそうだ、そんなのは俺らしくもない」
「えっ?心を乱される理由がそこにあるんですか」
「本当に男心というか、愛情というか、身内に何かあったら許せないでしょ」
「すいません、そう思われていたことも知りませんでした」
「いいよ、今までそれは言ってなかったし、今回も言うつもりはなかった」
「それを考えると、本当に私もバカなことをしたんですね、やはり怒りで我を忘れなくて良かった、こんなもののために…」
「無理にこんなもののなんて思わないの」
「はい…」
「君の目から見たら、どういう奴だったの?」
「一緒にいると落ち着きましたよ、何しろこの身を縛ろうとしてきた人間たちの相手をした後でしたからね」
「あれは後で知った。今回はね、だからすぐに動いた」
「ああ、そうでしたか…ずっと居れると思ったんですよ、気持ちというのはとても難しい、私が上手くやりたいと思っても伝わらなければ意味がない」
「それをわかってくれる奴もいる、少なくとも今回は俺以外もいたしな」
「そこは意外でしたか」
「少し、最悪俺が無理矢理にでも止めようと思っていた」
「あなたならばそれはできますでしょ、何しろ魔王なのですから、その一角があれば私なぞ一溜まりもない」
「それは言い過ぎだし、たぶん止めてて悲しくなるのは間違いなかった」
「そうですね、そして私はその悲しみに気づかないですよ」
「それでいい」
「バカじゃないの」
「いいんだよ、それで、俺には女心なんてわからないんだからさ」
「わからなくてもさ、もうどっちも怪我がなくてよかった」
「それはそうね」
「しばらくはやっかいになりますよ」
「そうして頂戴、下手に他のところに行くとどうなるかわからないから」
「そんなに何かあると思います?」
「それはわからない、でも俺のところにいるならば納得するでしょ、それでも無理矢理にする?誰が?ってぐらい浮かばない」
「そういえば『なるほど』ですね」
「それこそ人が君のことを忘れるぐらいの間こちらにいるのもいいと思うよ」
「忘れさせてくれるでしょうか」
「そこなんだよな、人に加護を与えれるし、人に対しては優しいから。もし次に契約したいと思っているのがいたら、俺に見せなさい、試してあげるから」
「魔王に試されるぐらいならば、私と契約しなくてもやっていけるのでは」
「そうね」
「やっぱり」
竜と魔王はそこでハッハッと笑うのであった。
「それは本当の話なのか」
「ええ、さっき」
「すぐに連絡を取らなければな」
「連絡先は知っているんですか?」
「ああ、そうか今までとは違うな、この場合はどうすればいいんだ?」
「相手は人ではありませんからね」
「しまったな、今までは人と一緒にいたから、その人間経由でならば連絡が取れていたのに、先に知っていたら、無理にでも契約をしてたのだが」
この話になると、この人はいつもこんな感じだ。
温厚な御仁の、素が透けて見える。
「一目見たときわかってしまったんだ、この竜が居れば、私の人生は変わると、だから多少は、いやかなりでもいい、私と契約をしてほしかったんだ」
年を取っていたとしても竜の知識があればどうとでもある。
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そこからどうにかして自分が契約者になろうと画策したのだというが、竜の新しい契約者が生まれたという話は聞こえては来ない。
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