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秘密 4(作中作)
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『落日の眩耀』(前編)
・・《プロローグ》・・
夢の話をしよう。
君達も一晩の間に、随分と長い時間の夢を見た経験があるのではなかろうか。現実世界で換算すれば、何時間にも相当する夢を。
そもそも夢の中では、正確な時間というものは存在しない。単純にできごとを並べただけのものが夢で、「そう、これは1時間だった」というように、後から時間という概念を付けているだけの話だ。夢は、特にレム睡眠が、20から30分以上持続したときに出現しやすくなると言われる。レム睡眠は、約90から120分の間隔で一晩に数回出現し、睡眠後半に向かうほど持続時間が長くなる。そのため、朝方に、鮮明でストーリー性のある夢を見ることが多い。どんなに長い夢でも、見ているのはほんの僅かな時間なのだろう。事故の瞬間に、走馬灯のように映像が浮かんでくるというが、脳は、現実の時間よりも遥かに短時間で、同等の内容を認識することができる。
いずれにせよ、一瞬で、かなりの情報を夢として見せてくれるのだ。
あぁ、今夜もそうなのか。
ここ一週間、毎晩同じ時間に同じ夢を見る。目覚めると決まって時計は午前5時25分を表示している。
不思議なことに『今自分は夢を見ている』という意識がある。そのような、『夢と認知して見る夢』というものは大抵が、夢の中での非日常を察知したときにそう気付くものだが、私のそれは、夢の世界に入った瞬間から『夢を見ている』と解るのだ。
夢の最後には、いつも朱色のぼやけた光の楕円。徐々に焦点が合ってくるとそれが、デジタル時計の時間を表示していると気付く。
そして静かに、目覚めたのだと理解する。
・・《その夢》・・
眩いばかりの落日が、枯れ葉を透かしながら、山々に漆黒の訪れを告げている。
この峠に、どのような経路《けいろ》で辿り着いたかなどは、どうでも良いことだ。ただ遠い昔、 子供の頃から脳裏に焼き付けられていたのであろう、初めて見る景色ではない。
私は急いでいた。このままでは日があるうちには帰れないと解っているのだが、とにかく急いだ。山道には枯れ葉が積もり、踏みつける度にガシャグシャと音をたてる。場所によっては膝近くまで埋まる程、落ち葉が積もっている箇所があるために、急いではいるものの歩みは慎重でやけに重い。気を付けなければ、底に貯まった水気のある枯れ葉に足をとられ滑りそうだ。
暫く下って行くと右手に大きな白樺があり、それを過ぎると脇道があった。その入り口には地蔵が立っている。風と雨水にやられたのか、顔付きがやけにいびつな地蔵である。
木々の間から差し込む夕日に照らされた地蔵の影は、脇道に沿って長く伸びている。それに導かれるように無意識に、私は道を逸れていった。
手入れされたその道には落ち葉が無く、ゆったりと右にくねる小道を行った先には、一軒の平屋の家が建っている。平屋の裏は崖なのだろう、西陽に照らされた雲がオレンジ色に耀き、遠くの山々迄見渡せる。山に映る陽は徐々に暗闇に支配され、その上空に星々がうっすらと姿を出すと、不意に不安感が押し寄せて、来た道を振り返る。
振り返った先には、逆光を背中に浴びた、スラッとした女が佇んでいた。背中越しの夕陽が眩しくて女の顔が認知できず、手のひらで光を遮りながら細目で目を凝らす。わずかに唇が動いているのがわかる、なにか私に話し掛けている様子だ。
更に目を凝らした次の瞬間女の姿が消え、人差し指と中指の間から、西陽がもろに突き刺さる。瞬時に目を瞑ると、瞼には朱色の光の楕円。徐々に焦点が合ってくると、それがデジタル時計の時間を表示していると気付く。
……5:25……
そして静かに、目覚めたのだと理解する。
そんな夢を一週間も見ているのだ。
・・《赤い花》・・
何度も同じ夢を見ているうちに、私には願望が芽生え始めていた。疑問も生じたがそれは大したことではなかった。自身の中で解決はされている。
夢冒頭のあの景観、見覚えがある。確かに以前から記憶している風景だ。
そうだ、あれはこどもの頃に遊んだ裏山。冬になると険しく細い山道は枯れ葉で埋め尽くされ、道の窪みに貯まった枯れ葉の中に飛び込んで、遊んだ記憶がある。
小一時間程かけて登って行くと山の頂きに着く。
逢魔が時、そこから見える海に沈む夕日が、こどもながらに素晴らしく思えたものだ。多分、デフォルメされたその景色が夢に出てくるのであろう。だが、裏山には地蔵はないし民家などなかった。白樺が自生する環境でもない。しかし、それこそが夢の夢たる証し。全ては、脳の記憶がクロスオーバーして創られた世界なのだと納得はできる。安易ではあるが、疑問は解決された。
願望というのは、あの平屋の家には何があるのか見てみたい。そしてあの女性は、私に何を話したのか、はっきり聞いてみたいというものだ。その願望を意識して夢に挑むのだが、白樺を越した頃には、いつもすっかり忘れてしまっていた。
今夜こそ夢を進ませなければならぬ。謎が解けさえすれば、こんな夢は見なくてすむはずだ。
落日の山道、見た夢の足跡を辿るかのようにゆっくり進む。一本の白樺、ここからだ。右掌の甲をつねりながら次の場面に向かう。地蔵が見えた。顔つきを確認する。歪んだ顔、よし。無意識ではなく、はっきりとした意識の中で手入れされた小道を進む。崖の手前に平屋が見えた、不安はない。
初めて平屋の玄関に辿り着く。ここからが新しいステージとなる。
綺麗だな……
玄関ドア上部には、切り抜きの四角い枠にステンドグラスの細工が施され、室内の灯《あか》りが漏れている。ガラス細工の赤い花。見たことはあるがなんという名前だったか思い出せない。というよりも、その花の名をしらぬ。
私は、ゆっくりとドアを開けた。
・・《プロローグ》・・
夢の話をしよう。
君達も一晩の間に、随分と長い時間の夢を見た経験があるのではなかろうか。現実世界で換算すれば、何時間にも相当する夢を。
そもそも夢の中では、正確な時間というものは存在しない。単純にできごとを並べただけのものが夢で、「そう、これは1時間だった」というように、後から時間という概念を付けているだけの話だ。夢は、特にレム睡眠が、20から30分以上持続したときに出現しやすくなると言われる。レム睡眠は、約90から120分の間隔で一晩に数回出現し、睡眠後半に向かうほど持続時間が長くなる。そのため、朝方に、鮮明でストーリー性のある夢を見ることが多い。どんなに長い夢でも、見ているのはほんの僅かな時間なのだろう。事故の瞬間に、走馬灯のように映像が浮かんでくるというが、脳は、現実の時間よりも遥かに短時間で、同等の内容を認識することができる。
いずれにせよ、一瞬で、かなりの情報を夢として見せてくれるのだ。
あぁ、今夜もそうなのか。
ここ一週間、毎晩同じ時間に同じ夢を見る。目覚めると決まって時計は午前5時25分を表示している。
不思議なことに『今自分は夢を見ている』という意識がある。そのような、『夢と認知して見る夢』というものは大抵が、夢の中での非日常を察知したときにそう気付くものだが、私のそれは、夢の世界に入った瞬間から『夢を見ている』と解るのだ。
夢の最後には、いつも朱色のぼやけた光の楕円。徐々に焦点が合ってくるとそれが、デジタル時計の時間を表示していると気付く。
そして静かに、目覚めたのだと理解する。
・・《その夢》・・
眩いばかりの落日が、枯れ葉を透かしながら、山々に漆黒の訪れを告げている。
この峠に、どのような経路《けいろ》で辿り着いたかなどは、どうでも良いことだ。ただ遠い昔、 子供の頃から脳裏に焼き付けられていたのであろう、初めて見る景色ではない。
私は急いでいた。このままでは日があるうちには帰れないと解っているのだが、とにかく急いだ。山道には枯れ葉が積もり、踏みつける度にガシャグシャと音をたてる。場所によっては膝近くまで埋まる程、落ち葉が積もっている箇所があるために、急いではいるものの歩みは慎重でやけに重い。気を付けなければ、底に貯まった水気のある枯れ葉に足をとられ滑りそうだ。
暫く下って行くと右手に大きな白樺があり、それを過ぎると脇道があった。その入り口には地蔵が立っている。風と雨水にやられたのか、顔付きがやけにいびつな地蔵である。
木々の間から差し込む夕日に照らされた地蔵の影は、脇道に沿って長く伸びている。それに導かれるように無意識に、私は道を逸れていった。
手入れされたその道には落ち葉が無く、ゆったりと右にくねる小道を行った先には、一軒の平屋の家が建っている。平屋の裏は崖なのだろう、西陽に照らされた雲がオレンジ色に耀き、遠くの山々迄見渡せる。山に映る陽は徐々に暗闇に支配され、その上空に星々がうっすらと姿を出すと、不意に不安感が押し寄せて、来た道を振り返る。
振り返った先には、逆光を背中に浴びた、スラッとした女が佇んでいた。背中越しの夕陽が眩しくて女の顔が認知できず、手のひらで光を遮りながら細目で目を凝らす。わずかに唇が動いているのがわかる、なにか私に話し掛けている様子だ。
更に目を凝らした次の瞬間女の姿が消え、人差し指と中指の間から、西陽がもろに突き刺さる。瞬時に目を瞑ると、瞼には朱色の光の楕円。徐々に焦点が合ってくると、それがデジタル時計の時間を表示していると気付く。
……5:25……
そして静かに、目覚めたのだと理解する。
そんな夢を一週間も見ているのだ。
・・《赤い花》・・
何度も同じ夢を見ているうちに、私には願望が芽生え始めていた。疑問も生じたがそれは大したことではなかった。自身の中で解決はされている。
夢冒頭のあの景観、見覚えがある。確かに以前から記憶している風景だ。
そうだ、あれはこどもの頃に遊んだ裏山。冬になると険しく細い山道は枯れ葉で埋め尽くされ、道の窪みに貯まった枯れ葉の中に飛び込んで、遊んだ記憶がある。
小一時間程かけて登って行くと山の頂きに着く。
逢魔が時、そこから見える海に沈む夕日が、こどもながらに素晴らしく思えたものだ。多分、デフォルメされたその景色が夢に出てくるのであろう。だが、裏山には地蔵はないし民家などなかった。白樺が自生する環境でもない。しかし、それこそが夢の夢たる証し。全ては、脳の記憶がクロスオーバーして創られた世界なのだと納得はできる。安易ではあるが、疑問は解決された。
願望というのは、あの平屋の家には何があるのか見てみたい。そしてあの女性は、私に何を話したのか、はっきり聞いてみたいというものだ。その願望を意識して夢に挑むのだが、白樺を越した頃には、いつもすっかり忘れてしまっていた。
今夜こそ夢を進ませなければならぬ。謎が解けさえすれば、こんな夢は見なくてすむはずだ。
落日の山道、見た夢の足跡を辿るかのようにゆっくり進む。一本の白樺、ここからだ。右掌の甲をつねりながら次の場面に向かう。地蔵が見えた。顔つきを確認する。歪んだ顔、よし。無意識ではなく、はっきりとした意識の中で手入れされた小道を進む。崖の手前に平屋が見えた、不安はない。
初めて平屋の玄関に辿り着く。ここからが新しいステージとなる。
綺麗だな……
玄関ドア上部には、切り抜きの四角い枠にステンドグラスの細工が施され、室内の灯《あか》りが漏れている。ガラス細工の赤い花。見たことはあるがなんという名前だったか思い出せない。というよりも、その花の名をしらぬ。
私は、ゆっくりとドアを開けた。
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