新見啓一郎の事件簿~終天の朔~

麻生 凪

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生と死の欲動 1

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 ---2年前---

「これだけしても、ダメなのね」

「俺はいいんだよ、こっちはお釈迦なんだ。それよりもこいつで楽しませてくれ」

「……オプションだから別料金がかかりますよ」

「あぁ、わかってるよ。俺は、見てる方のが好きなんだよ……」

 ・・・・

「気をやったのか」

「…………」

「興奮したよ、あんた年のわりにいい女だ」

「……そうですか」

「この仕事は長いのかい」

「……どれくらいだろ、わすれたわ」

「人妻店ということだが結婚は、子どもはいるのかい、そうは見えないが」

「……結婚はしてないわ。子どもね、遠い昔の話……」

「遠い昔ねぇ……俺はバツイチだ。子どもは出来なかった。まぁ、それが原因なんだが、種無しでね」

「ふふ、なんだかわたしと似てるかも……」

「ん、どういうことだい」

「男で言ったら種無し、卵巣が無いのよ。病気で片方とっちゃった」

「……それは難儀だったなぁ」

「まぁね……」

「あんた、この仕事は続けるのかい」

「…………」

「あんたさえ、よかったら……」

 ・・・・・・

「俺は朝早くから仕事があるし家には母親だっている、毎日ここに来ていたわけではないよ。合鍵を渡して勝手にやらせていただけだ」

「天野さんの死は、いつ知ったんだ」
 早川が問う。

「礼子のことは昨日、沼津港で仕入れをしたあとにラジオで聞いた。まあ直ぐに足がつくだろうとは思っていたが、昨日の今日でダンボールを捨てる間も無かった……」

「天野さんの妊娠については、知っていたのか」

「それは知らなかった。あの子供服やパソコンは初めて見たよ。多分最近礼子が自分のアパートから移動したんではないのかな」

「あんたの子かね」

「まさか、それはない。俺はED、勃起不全だよ。それに乏精子症だ。男の不妊症……それが離婚の原因さ。女房は男をつくって出ていった」

「しかし斎藤、あんたは天野さんを寝とられたと言うことなんだぜ。腹は立たないのか」

「いや、腹は立つ。しかしあれだけの女だ、何時かはと思っていたし、他に男が出来たって構わなかった。腐れ縁てやつか、俺も歳をとったもんだ」
 斎藤は少し考えたあと
「本当に礼子は妊娠をしていたのか、なんて言ったっけかなぁ、そうはつ らんそう、何とかってやつで妊娠はしないと聞いていたが、違うのか」
 訝しげに早川に尋ねた。

 早川はそれには答えず話を変える。
「デリヘルを辞めてカラオケパブに来たんだろ。以前の天野さんの生活についてはどうだ、知っている範囲で話してくれ」

「あの女は根っからの色情だ。セックスをしているときが生きていると実感できると……若いころ好きになった男に騙されて、保証人になったばかりに自分も借金を背負ったのさ。以来風俗に身を置いたとな。川崎の、魔窟にも居たそうな……」

「……子どもの話だが、天野さんに出産の経験があるというのは本当なのか」

「それはわからねぇ。俺も詳しくは聞かなかったし礼子も話そうとしなかった。お互い訳ありなことに関しては詮索しなかった」

 21時過ぎ、マンションでの早川による事情聴取が終了後、無修正DVD入手経路確認の為、斎藤の身柄は生活保安課にまわされた。

(礼子は子ども服やノートパソコンを高島町に移動した。ゴミ箱にスマホを置いたのが彼女だったと仮定すると……、マンション家宅捜索は礼子の誤算だったのか……だとしたら、パソコンの中に……)
 
 現場を早川に任せ三島署に戻ると、会議室の新見の机に七海の作った弁当が置かれていた。捜査員達には握り飯と煮物の差し入れが用意されており、皆美味しく頂いたとのことであった。
 弁当の包みを開けると、七海からの手紙が入っていた。捜査のねぎらいと共に、川村が明日から仕事に復帰すると記されている。
 新見は手紙を読みながら礼を伝えたくなったが、時間が時間だけにと躊躇しスマホにかけた指を外した。外しながらも彼女の、屈託のない笑顔が浮かぶのはなぜなのか……

 礼子の私生活、性奴隷とも言えるようなリアルに触れ、こころが萎えたのは事実である。
(礼子に束の間の妊娠をさせた男の存在、犯人は山本 太一なのか……。出会い系サイトのEros、ギリシャ神話の愛の神……。今日は少しばかりナーバスか、いかんいかん)
 自身の頬を両掌でパチンと叩いた。

 23時を過ぎ、公社のロビーに入ろうとしたところで声を掛けられた。軽自動車の横で七海が立っている。
「啓一郎さん……ごめんなさい、なんだか会いたくなっちゃって」
 上目遣いの声がふるえていた。
   
「…………」

「お弁当は食べてくれたかしら、味はどう……」

 新見はゆっくりと近付き、なにも言わずにそっと抱き締めた。
 七海の呼吸が一瞬止まった。
 昨晩と変わらない、甘いリンスの香りに包まれながら目を瞑り、彼女のうしろ髪に優しく指をからませる。
 七海はそのまま体を預けた。

 静寂の中、彼女の少し速い鼓動が新見の胸に伝わると、抱き締めた腕に力を入れる。
「暫く、このままで……」

「いいのよ。なにか、あったのね」
 そう告げると、新見の背中に両手をまわした。
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