新見啓一郎の事件簿~終天の朔~

麻生 凪

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仄暗い影 4

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 Wolfgangが所属する音楽事務所は、世田谷警察署から国道246号線を横断し、観音通りを日大三軒茶屋キャンパスに向かう途中の雑居ビル三階にある。世田谷署刑事の案内で、煤けたコンクリート打ちっぱなしのビル前に立った大木は、心の中で『よしっ!』と、自身に気合いを入れてから階段を上った。

「株式会社 佐山エージェンシー、此処ですね」
 インターホンを鳴らし身分を名乗ると、顎の無精髭を綺麗に揃え、薄めの丸いサングラスをした短髪の中年男性がドアを開けた。
「私が佐山ですが、どのようなご用件でしょうか」

「先日の、三島市民文化会館で行われたWolfgangコンサートについてお聞きしたいことがありまして、椎名 恭平さんはこちらにいらっしゃいますか」

「恭平のことで、何か……、実はコンサートの翌日に奴がここに戻った後から、連絡が取れなくなっちまって。恭平に何かあったんですか」

「連絡が取れていない……」
 大木の訝しげな表情を確認すると、佐山は周りを気にしながら、
「こちらにどうぞ」
 と、二人を中に案内した。

 音楽事務所とは思えない殺風景な10坪程の室内には、無機質なコンクリート壁側に段ボール箱が無造作に積まれ、中央に長テーブルと数脚のパイプ椅子、奥壁窓の前に社長用のデスクと、それに不釣り合いな豪華なリクライニングチェアーがあるだけだった。

 大木が事務所内を見回していると、
「すみませんね、引っ越したばかりで片付けてないもので」
 と、佐山が頭を掻いた。

「引っ越したと言うと、以前はどちらに」

「はい、私の自宅を事務所にしていましたが、本格的にコンサート活動を開始してからはここを拠点としています。三島での公演はその第一弾で」

「そうなんですね。実はコンサート当夜、鑑賞した女性が三島駅前のビルで殺害されまして、出来ればコンサートスタッフの公演後の足どりをお聞かせ願えればと」

「ああ、それなら全国ニュースで観ましたよ。私らもびっくりして……しかしなぜ、我々に関係があると……」

「捜査上、詳しいことはお伝え出来ません。社長さんも同行されたのですか」

「そうですか……。私は社長とはいえ、立ち上げたばかりの音楽事務所ですからね、ほかのスタッフ、ミュージシャンと共にローディーも兼ねているんです。ライブハウスと違い会場でのコンサートとなると、2トントラックで機材の手配から積み下ろしなど」

「コンサート終了後はどうしてましたか」

「会場の借り時間が22時迄でしたから、スタッフと一緒に大急ぎで片付け作業に追われてました。その後は現地解散で、ミュージシャン以外のスタッフは、と言っても私以外に二名ですが、トラックで一緒に帰りました。恭平以外は、コンサート用に手配した雇われミュージシャンで、こちらが用意した新幹線のチケットを使って帰ったと思いますが」

「ミュージシャンは何名ですか」

「ドラムにベース、ボーカルの3名とピアノの恭平です。恭平以外は一緒に帰った様で、品川到着後にベース担当から連絡がありました」

「恭平さんだけ、別行動だったんですね」

「あいつはいつもそうです、他の連中との馴れ合いを極端に嫌っていて。多分、車両を変えたか、別の便で帰ったか……」
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