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1巻
1-2
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エリザベート王女の歓待式の会場である帝城内の広場は、見たこともないぐらい華やかな場所だった。
様々な食事が並べられ、音楽隊が楽器を奏でている。
招待された特権階級の人々は、豪奢な服装に身を包み、会話やダンスを楽しんでいた。
俺は母のソーニャと共に会場の隅っこの方で飲み食いしながら、会場全体を見回した。
「人気があるな……兄さんたちは……」
やはりというべきか、この場にやってきたたくさんの貴族たちに人気があるのは、俺以外の皇子たちだった。
将来この国の皇帝になるかもしれない者と繋がりを持とうと、おめかしをした美しい貴族の令嬢たちが、皇子たちのもとに群がっている。
皇子たちはわかりやすく鼻の下を伸ばしたり、あるいは、無表情を貫き余裕を演じたりと思い思いの反応を見せていた。
……そして、当然ながら俺のもとには一切貴族などやってこない。
次期皇帝になる確率が万に一つもないような俺に取り入りたいと思っている貴族などいないということだ。
「見て……あれが……無能皇子……」
「魔法を全く使えないらしいな……」
「娼婦の子供らしいわよ……」
「後宮でいじめられているらしいわ……」
周りからはそんなヒソヒソ話が聞こえてくる始末である。
別に俺の悪口を言うのは構わないが、ソーニャの悪口を言われるのは普通に腹が立つ。
俺が言い返してやろうと顔を上げると、ソーニャが俺を制止してにっこりと笑った。
「気にすることはないわ、ルクス」
「母さん……?」
「放っておきなさい。言わせておけばいいのよ」
「……わかった」
他の貴族と揉め事を起こし、ソーニャに迷惑をかけてしまってはいけない。
そう思い、俺は言い返したい気持ちをグッと堪えた。
「エリザベート王女、入場」
やがて、パーティーも佳境に入った頃、いよいよ正面の扉から、護衛の騎士と共に隣国の王女、エリザベートが入場してきた。
「おぉ……あれが……」
「美しい……」
「噂以上だ……」
「とてもこの世のものとは思えない……」
「なんと美しいのだ……」
エリザベート王女が会場に姿を現すと、どよめきが広がった。
俺も白いドレスに身を包んだ王女を見て、思わずごくりと喉を鳴らしてしまった。
エリザベート王女の美しさは、帝国の隅々にまで知れ渡っているほどに有名だったが、はっきり言って彼女の容姿は噂以上だった。
白磁の肌。
黄金の髪。
透き通ったブルーの瞳。
まるで絵画から抜け出してきたような、この世のものとは思えないほどの美女がそこにいた。
音楽隊の奏でる音色が、彼女の入場を彩り、人々からは歓声や拍手が起きる。
エリザベート王女は、人々の歓声に応えるように右手を上げた後、横並びになった帝国の皇子たちの前に立った。
「ほら、ルクス……あなたも」
「え、母さん? 俺も?」
「そうよ。あなたも皇子でしょ」
「でも……」
「ほら、堂々としなさい」
「わ、わかった……」
ソーニャに促されて、俺は横並びになった皇子たちの一番端っこに並ぶ。
「初めまして。隣国よりやって参りました、エリザベートと申します。以後お見知り置きを」
エリザベート王女はそう皇子たちの前で挨拶した後に、一人一人と握手をして回っていた。
「え、え、え、エリザベート様っ……わ、私はこの国の第一皇子の……」
「フスーッ……フスーッ」
「はぁ……はぁ……」
「な、なんて美しさだ……」
「……っ……っ」
皇子たちは、エリザベート王女を前にして緊張で挨拶の言葉を噛んだり、鼻息を荒くしたり、あまりの美しさに見惚れたりしている。
第二皇子のダストなんて酷いもので、エリザベート王女を不躾にジロジロ眺め回し、王女が前にやってくるとさらに鼻息を荒くしてその手を取り、白い手に何度も執拗にキスを落とした。
エリザベート王女は、一瞬嫌悪の色を浮かべたが、しかしここが外交の場でもあることを思い出したのか、すぐに表情を変えてにっこりとダストに笑いかけていた。
そうやって皇子たちに順番に挨拶をしていったエリザベート王女が、最後に俺の目の前にやってきた。
俺はなるべく失礼のないように彼女の目だけを見て、なるべく簡素に、謙った挨拶をエリザベート王女にした。
「ルクスと申します。本日はお越しくださりありがとうございます」
「あなたが……あのルクス様、なのですか?」
「……?」
エリザベート王女が少し驚いたように俺をまじまじと見てそう言った。
あの、と言うってことは何か俺の噂を聞いているのだろうか。
だとしたら、きっとそれは良くない内容だろう。
皇帝に冷遇されている無能王子としての俺の噂が隣国にまで伝わっているに違いない。
「噂とは……当てにならないものなのですね……」
「え……?」
エリザベート王女が小さく何かを言った。
聞き取れなかった俺が首を傾げると、エリザベート王女はにっこりと笑った。
「いえ……なんでもありません。お会いできて光栄です、ルクス様」
「は、はい……私も光栄です。エリザベート王女」
「はい。ではまた、後ほど」
そう言って一礼するとエリザベート王女は俺の前から去り、皇帝に挨拶をしに行った。
エリザベート王女が皇帝に歓待式の礼を述べ、皇帝が存分に楽しんでもらいたいというようなことを言った後、パーティーは再開された。
「エリザベート王女! ぜひ私と一曲踊っていただけませんか?」
「はぁ、はぁ、エリザベート様ぁ! お、俺……じゃなかった。私と一曲ダンスを。ぜひに」
「エリザベート様、私と踊っていただけないでしょうか?」
楽器隊による演奏が再開されるや否や、王女のもとに皇子たちが群がり、ダンスをしてくれと必死に誘っている。
俺は、敵を作らないためにその戦いには参加せずに、必死な皇子たちの様子を遠巻きに眺めていた。
「お待ちください、皆さん。お誘いは嬉しいのですが、私はすでに最初に踊る人を決めています」
皇子たちに取り囲まれた王女が、そんなことを言った。
途端に皇子たちが互いの顔色を窺い合う。
誰もが、当然自分が一番だろうという表情を浮かべていた。
周囲の人々は、誰が王女と踊る最初の相手になるのだろうと固唾を呑んで見守っている。
「ルクス様……どうか私と一曲踊っていただけないでしょうか?」
「へ?」
俺は思わず素っ頓狂な声を出した。
エリザベート王女が選んだのは、ダンスを申し込んだ皇子の誰でもなく、遠巻きに眺めていた俺だった。
まさか自分が名指しされるなどとは夢にも思わず、口をぽかんと開けてしまった。
「ダメでしょうか……?」
「……っ?」
俺は慌てて我に返る。
王女がなぜ俺を選んだのかはわからないが、一応俺もこの国の皇子としてこの場に参列している。
彼女の気を悪くしないためにも断るわけにはいかなかった。
「よ、喜んで」
「ありがとうございます」
曲が始まった。
人々がパートナーを見つけ、体を揺らし始める。
俺は王女と共に会場の中央まで歩き、肩と腰に手を当ててぎこちない動きでダンスを踊った。
「ど、どうして俺を一番に……?」
俺は恨みがましくこちらを睨んでいる他の皇子たちの視線をひしひしと感じながら、王女にそう尋ねた。
すると、王女が俺の耳元でこっそりと呟いた。
「あなたが一番誠実そうに見えたので」
「……っ」
王女の真意はわからないが、俺は王女と踊っている間、選ばれなかった他の皇子たちから殺意に満ちた目でひたすら睨みつけられるのだった。
◇ ◇ ◇
「さて……今日もモンスター狩りといきますか」
エリザベート王女の歓待パーティーから数日が経過した。
エリザベート王女にあの手この手で言い寄っているであろう皇子たちをよそに、俺は一人で後宮の裏手にある魔の森へモンスター狩りに向かっていた。
婚約者を探すためにこの国を訪れたエリザベート王女は、しばらく城に滞在するらしい。
おそらく、その間に俺以外の皇子たちは、エリザベート王女に少しでも気に入られようと猛アタックするに違いない。
歓待パーティーの日に、なぜかエリザベート王女の最初のダンスの相手に俺が選ばれたのを見て、他の皇子たちは挽回しようと躍起になっているのだ。
対して俺はすっかり他の皇子たちから不興を買ってしまっている。
だから、これ以上波風を立てないように城には出入りしないでおこうと決めていた。
『ブモォオオオオオ!』
『ブモブモ!』
『ブモォオオオオ』
日中でも薄暗い魔の森の中を一人で進んでいく。
前方に複数の気配を察知して足を止めたのとほぼ同時に、木陰から三匹のオークが姿を現した。
俺を見ると、三匹が一斉に我先にと襲いかかってくる。
「魔弾、魔弾、魔弾」
俺はそんなオークの群れに対して落ち着いて、魔弾の三連撃を撃ち放った。
パパパァン!
魔力が圧縮された破壊力のある弾がオークたちの頭部へと飛んでいき、眉間に命中。そのまま頭蓋を粉々に破裂させる。
ドサドサドサ……
頭部を失った三つの死体が、地面に倒れる。
「いい感じだな」
命中精度、威力共に申し分ない。
これまでは魔法を連続で使用すると威力が低下していたが、その問題もだいぶ解消されている。
俺は自分が魔法使いとして日々着実に強くなっていっていることを実感していた。
「やればできるものだな」
生まれた瞬間、魔力を測定され、魔力量のあまりの乏しさに無能のレッテルを貼られた俺。
だが、弛まぬ努力のおかげで、ここまで上り詰めることができた。
何事も成せばなるのだ、
俺に不可能の二文字はない。
自分自身と、それから最愛の母を守るために、俺はこれからも魔法使いとしての高みを目指していかなければならない。
俺がそんなふうに決意を新たにしていると、そう離れていない場所から誰かの会話が聞こえてきた。
「さあ、王女様こっちです。今にご覧に入れましょう。俺の最強の魔法を」
「は、はぁ……」
気配が二つ、こちらへと近づいてくる。
俺は咄嗟に近くの茂みに身を隠した。
やってきたのはなんと、第二皇子のダストとエリザベート王女だった。
ダストがエリザベート王女の手を引く形で、魔の森の奥を目指して歩いていた。
「俺の魔法を一目見れば、絶対に婚約者に相応しいのは俺だとわかってもらえるはずです。さあ、こっちに」
「ご、護衛をつけた方がいいのでは?」
「そんなものいりません。俺があなたをお守りするので」
「いえ……でも……」
たった二人で魔の森を行くことを不安がるエリザベート王女を無視して、ダストはどんどん奥へと進んでいく。
二人の会話を聞いて俺はなんとなく状況を察した。
要するに、ダストが自分の力を誇示するためにエリザベート王女を無理やり魔の森に引っ張り込んだのだろう。
同年代の魔法使いの中では、実力が少しだけ上であることを誇りにしているダストのことだ。
自分の魔法をエリザベート王女の前で披露すれば、彼女の心を射止められるとそう考えたに違いない。
危険じゃないか……?
護衛もつけずにどんどん森の奥へと入っていく二人は、俺から見て無謀と言わざるを得なかった。
ダストの魔法の実力は、魔の森の奥深くまで足を踏み入れて生きて帰れるレベルに達していない。
このままではダストのみならず、エリザベート王女の命まで危険に晒されることになる。
仕方ない……尾行するか……
もしダストのせいでエリザベート王女が帝国内で死んだとなれば、それは確実に大問題に発展する。
自国の者が暗殺したなどと疑われでもしたら、それがきっかけで、二国間の紛争に繋がる可能性もあるのだ。
あまり関わりたくないのが本音なのだが、最悪の事態を避けるために、俺は二人の後をつけていくことにした。
『グゲゲ!』
「来たな、モンスター! ぶっ殺してやるよ」
魔の森を躊躇なく奥へと進んでいくダストは、しばらくすると魔の森最弱のモンスターであるゴブリンに遭遇した。
「見ててくださいエリザベート様、俺の魔法でこいつを倒してみせますから」
背後を振り返りエリザベート王女にそう言うと、ダストはゴブリンに対して右手を向けた。
そしてがむしゃらに、ゴブリンに向かって魔法を連打した。
「死ね死ね死ねぇえええええ」
『グゲ!』
ダストの魔法は、俺から見れば威力も命中精度も酷いものだったが、それでも放った魔法の何発かが、ゴブリンの体を捉えた。
防御力がそれほど高くないゴブリンは、ダストの魔法で致命傷を負って地面に倒れる。
ダストがゴブリンの体を踏みつけて、至近距離からトドメの一撃を撃ち込んだ。
『……』
完全に沈黙するゴブリン。
「どうでしょうか?」
ダストが得意げにエリザベート王女の方を向いた。
「す、すごい……? のではないでしょうか?」
エリザベート王女が、引き攣った笑みを浮かべてそう言った。
ダストの振る舞いが、彼女の目には野蛮に映ったのかもしれない。
「俺にかかればこんなもんです。ふふふ……」
だが、ダストはエリザベート王女の言葉をそのままに受け取ったようだ。
胸を張ってドヤ顔をした後、エリザベート王女の手を引いてさらに森の奥へと進んでいく。
「あの……もう引き返した方がいいのでは……?」
「いいえ、まだです! もっと強いモンスターとの戦いを見てもらわないと……!」
「き、危険です! やはり護衛もつけずに二人だけで行くのは……」
エリザベート王女が悲鳴のような声を上げたその時だった。
『グガァアアアアアアアアアアア!』
「なっ!」
「きゃっ!」
二人の目の前にいきなり、体長三メートルを超える巨躯を持つモンスターが姿を現した。
筋骨隆々の体。
丸太のように太い手足。
額に生えたツノ。
生え揃った牙。
魔の森の中でもかなり強い部類に入るモンスター、オーガだ。
『グガァアアアアアアアアア!』
オーガは周囲の空気を震わせる咆哮と共に、完全に不意を突かれた二人に襲いかかる。
これはまずいぞ……
ダストの魔法ではオーガを倒せない。
そう判断した俺は、茂みの中から飛び出し二人のもとへと全速力で走り出したのだった。
『オガァアアアアアアア!』
「きゃああっ!」
エリザベート王女が悲鳴を上げて尻餅をつく。
「だ、大丈夫ですか王女様! お、俺の魔法でこんなやつ一撃ですから」
ダストはオーガと対峙しながら強がるようにそう言ったが、明らかに声には恐怖が滲んでいた。
「く、喰らえモンスター! 魔弾」
コツン……
『オガ……』
ダストの放った魔弾がオーガの胴体に命中し……ほとんどダメージを与えないまま弾かれて消えた。
一瞬動きを止めたオーガが、何かしたか? と言わんばかりに首を傾げる。
「え……え?」
ダストが困惑したように立ち尽くす。
本気で今の魔法で倒せると思っていたらしい。
『オガァアアアアアアア!』
「ひぃいい!」
ダストの魔法を煽りだと理解したらしいオーガが、怒り狂い彼に襲いかかる。
ダストは引き攣った悲鳴を漏らし、オーガから背を向けて逃げ出した。
「ダ、ダスト様!」
「無理だぁああああ死にたくないぃいいいいいい!」
あれだけ王女を守ると息巻いていたのに、ダストは自分の魔法が全く通用しないと見るや、背を向けて逃げ出してしまった。
「あ……」
後に残された王女が絶望的な表情を浮かべる。
『オガアアアアアア!』
オーガの振りかぶった一撃が彼女の頭上に迫った瞬間――
「エリザベート王女様」
俺は咄嗟に王女の名前を叫び、エリザベート王女の周りに魔壁を展開した。
様々な食事が並べられ、音楽隊が楽器を奏でている。
招待された特権階級の人々は、豪奢な服装に身を包み、会話やダンスを楽しんでいた。
俺は母のソーニャと共に会場の隅っこの方で飲み食いしながら、会場全体を見回した。
「人気があるな……兄さんたちは……」
やはりというべきか、この場にやってきたたくさんの貴族たちに人気があるのは、俺以外の皇子たちだった。
将来この国の皇帝になるかもしれない者と繋がりを持とうと、おめかしをした美しい貴族の令嬢たちが、皇子たちのもとに群がっている。
皇子たちはわかりやすく鼻の下を伸ばしたり、あるいは、無表情を貫き余裕を演じたりと思い思いの反応を見せていた。
……そして、当然ながら俺のもとには一切貴族などやってこない。
次期皇帝になる確率が万に一つもないような俺に取り入りたいと思っている貴族などいないということだ。
「見て……あれが……無能皇子……」
「魔法を全く使えないらしいな……」
「娼婦の子供らしいわよ……」
「後宮でいじめられているらしいわ……」
周りからはそんなヒソヒソ話が聞こえてくる始末である。
別に俺の悪口を言うのは構わないが、ソーニャの悪口を言われるのは普通に腹が立つ。
俺が言い返してやろうと顔を上げると、ソーニャが俺を制止してにっこりと笑った。
「気にすることはないわ、ルクス」
「母さん……?」
「放っておきなさい。言わせておけばいいのよ」
「……わかった」
他の貴族と揉め事を起こし、ソーニャに迷惑をかけてしまってはいけない。
そう思い、俺は言い返したい気持ちをグッと堪えた。
「エリザベート王女、入場」
やがて、パーティーも佳境に入った頃、いよいよ正面の扉から、護衛の騎士と共に隣国の王女、エリザベートが入場してきた。
「おぉ……あれが……」
「美しい……」
「噂以上だ……」
「とてもこの世のものとは思えない……」
「なんと美しいのだ……」
エリザベート王女が会場に姿を現すと、どよめきが広がった。
俺も白いドレスに身を包んだ王女を見て、思わずごくりと喉を鳴らしてしまった。
エリザベート王女の美しさは、帝国の隅々にまで知れ渡っているほどに有名だったが、はっきり言って彼女の容姿は噂以上だった。
白磁の肌。
黄金の髪。
透き通ったブルーの瞳。
まるで絵画から抜け出してきたような、この世のものとは思えないほどの美女がそこにいた。
音楽隊の奏でる音色が、彼女の入場を彩り、人々からは歓声や拍手が起きる。
エリザベート王女は、人々の歓声に応えるように右手を上げた後、横並びになった帝国の皇子たちの前に立った。
「ほら、ルクス……あなたも」
「え、母さん? 俺も?」
「そうよ。あなたも皇子でしょ」
「でも……」
「ほら、堂々としなさい」
「わ、わかった……」
ソーニャに促されて、俺は横並びになった皇子たちの一番端っこに並ぶ。
「初めまして。隣国よりやって参りました、エリザベートと申します。以後お見知り置きを」
エリザベート王女はそう皇子たちの前で挨拶した後に、一人一人と握手をして回っていた。
「え、え、え、エリザベート様っ……わ、私はこの国の第一皇子の……」
「フスーッ……フスーッ」
「はぁ……はぁ……」
「な、なんて美しさだ……」
「……っ……っ」
皇子たちは、エリザベート王女を前にして緊張で挨拶の言葉を噛んだり、鼻息を荒くしたり、あまりの美しさに見惚れたりしている。
第二皇子のダストなんて酷いもので、エリザベート王女を不躾にジロジロ眺め回し、王女が前にやってくるとさらに鼻息を荒くしてその手を取り、白い手に何度も執拗にキスを落とした。
エリザベート王女は、一瞬嫌悪の色を浮かべたが、しかしここが外交の場でもあることを思い出したのか、すぐに表情を変えてにっこりとダストに笑いかけていた。
そうやって皇子たちに順番に挨拶をしていったエリザベート王女が、最後に俺の目の前にやってきた。
俺はなるべく失礼のないように彼女の目だけを見て、なるべく簡素に、謙った挨拶をエリザベート王女にした。
「ルクスと申します。本日はお越しくださりありがとうございます」
「あなたが……あのルクス様、なのですか?」
「……?」
エリザベート王女が少し驚いたように俺をまじまじと見てそう言った。
あの、と言うってことは何か俺の噂を聞いているのだろうか。
だとしたら、きっとそれは良くない内容だろう。
皇帝に冷遇されている無能王子としての俺の噂が隣国にまで伝わっているに違いない。
「噂とは……当てにならないものなのですね……」
「え……?」
エリザベート王女が小さく何かを言った。
聞き取れなかった俺が首を傾げると、エリザベート王女はにっこりと笑った。
「いえ……なんでもありません。お会いできて光栄です、ルクス様」
「は、はい……私も光栄です。エリザベート王女」
「はい。ではまた、後ほど」
そう言って一礼するとエリザベート王女は俺の前から去り、皇帝に挨拶をしに行った。
エリザベート王女が皇帝に歓待式の礼を述べ、皇帝が存分に楽しんでもらいたいというようなことを言った後、パーティーは再開された。
「エリザベート王女! ぜひ私と一曲踊っていただけませんか?」
「はぁ、はぁ、エリザベート様ぁ! お、俺……じゃなかった。私と一曲ダンスを。ぜひに」
「エリザベート様、私と踊っていただけないでしょうか?」
楽器隊による演奏が再開されるや否や、王女のもとに皇子たちが群がり、ダンスをしてくれと必死に誘っている。
俺は、敵を作らないためにその戦いには参加せずに、必死な皇子たちの様子を遠巻きに眺めていた。
「お待ちください、皆さん。お誘いは嬉しいのですが、私はすでに最初に踊る人を決めています」
皇子たちに取り囲まれた王女が、そんなことを言った。
途端に皇子たちが互いの顔色を窺い合う。
誰もが、当然自分が一番だろうという表情を浮かべていた。
周囲の人々は、誰が王女と踊る最初の相手になるのだろうと固唾を呑んで見守っている。
「ルクス様……どうか私と一曲踊っていただけないでしょうか?」
「へ?」
俺は思わず素っ頓狂な声を出した。
エリザベート王女が選んだのは、ダンスを申し込んだ皇子の誰でもなく、遠巻きに眺めていた俺だった。
まさか自分が名指しされるなどとは夢にも思わず、口をぽかんと開けてしまった。
「ダメでしょうか……?」
「……っ?」
俺は慌てて我に返る。
王女がなぜ俺を選んだのかはわからないが、一応俺もこの国の皇子としてこの場に参列している。
彼女の気を悪くしないためにも断るわけにはいかなかった。
「よ、喜んで」
「ありがとうございます」
曲が始まった。
人々がパートナーを見つけ、体を揺らし始める。
俺は王女と共に会場の中央まで歩き、肩と腰に手を当ててぎこちない動きでダンスを踊った。
「ど、どうして俺を一番に……?」
俺は恨みがましくこちらを睨んでいる他の皇子たちの視線をひしひしと感じながら、王女にそう尋ねた。
すると、王女が俺の耳元でこっそりと呟いた。
「あなたが一番誠実そうに見えたので」
「……っ」
王女の真意はわからないが、俺は王女と踊っている間、選ばれなかった他の皇子たちから殺意に満ちた目でひたすら睨みつけられるのだった。
◇ ◇ ◇
「さて……今日もモンスター狩りといきますか」
エリザベート王女の歓待パーティーから数日が経過した。
エリザベート王女にあの手この手で言い寄っているであろう皇子たちをよそに、俺は一人で後宮の裏手にある魔の森へモンスター狩りに向かっていた。
婚約者を探すためにこの国を訪れたエリザベート王女は、しばらく城に滞在するらしい。
おそらく、その間に俺以外の皇子たちは、エリザベート王女に少しでも気に入られようと猛アタックするに違いない。
歓待パーティーの日に、なぜかエリザベート王女の最初のダンスの相手に俺が選ばれたのを見て、他の皇子たちは挽回しようと躍起になっているのだ。
対して俺はすっかり他の皇子たちから不興を買ってしまっている。
だから、これ以上波風を立てないように城には出入りしないでおこうと決めていた。
『ブモォオオオオオ!』
『ブモブモ!』
『ブモォオオオオ』
日中でも薄暗い魔の森の中を一人で進んでいく。
前方に複数の気配を察知して足を止めたのとほぼ同時に、木陰から三匹のオークが姿を現した。
俺を見ると、三匹が一斉に我先にと襲いかかってくる。
「魔弾、魔弾、魔弾」
俺はそんなオークの群れに対して落ち着いて、魔弾の三連撃を撃ち放った。
パパパァン!
魔力が圧縮された破壊力のある弾がオークたちの頭部へと飛んでいき、眉間に命中。そのまま頭蓋を粉々に破裂させる。
ドサドサドサ……
頭部を失った三つの死体が、地面に倒れる。
「いい感じだな」
命中精度、威力共に申し分ない。
これまでは魔法を連続で使用すると威力が低下していたが、その問題もだいぶ解消されている。
俺は自分が魔法使いとして日々着実に強くなっていっていることを実感していた。
「やればできるものだな」
生まれた瞬間、魔力を測定され、魔力量のあまりの乏しさに無能のレッテルを貼られた俺。
だが、弛まぬ努力のおかげで、ここまで上り詰めることができた。
何事も成せばなるのだ、
俺に不可能の二文字はない。
自分自身と、それから最愛の母を守るために、俺はこれからも魔法使いとしての高みを目指していかなければならない。
俺がそんなふうに決意を新たにしていると、そう離れていない場所から誰かの会話が聞こえてきた。
「さあ、王女様こっちです。今にご覧に入れましょう。俺の最強の魔法を」
「は、はぁ……」
気配が二つ、こちらへと近づいてくる。
俺は咄嗟に近くの茂みに身を隠した。
やってきたのはなんと、第二皇子のダストとエリザベート王女だった。
ダストがエリザベート王女の手を引く形で、魔の森の奥を目指して歩いていた。
「俺の魔法を一目見れば、絶対に婚約者に相応しいのは俺だとわかってもらえるはずです。さあ、こっちに」
「ご、護衛をつけた方がいいのでは?」
「そんなものいりません。俺があなたをお守りするので」
「いえ……でも……」
たった二人で魔の森を行くことを不安がるエリザベート王女を無視して、ダストはどんどん奥へと進んでいく。
二人の会話を聞いて俺はなんとなく状況を察した。
要するに、ダストが自分の力を誇示するためにエリザベート王女を無理やり魔の森に引っ張り込んだのだろう。
同年代の魔法使いの中では、実力が少しだけ上であることを誇りにしているダストのことだ。
自分の魔法をエリザベート王女の前で披露すれば、彼女の心を射止められるとそう考えたに違いない。
危険じゃないか……?
護衛もつけずにどんどん森の奥へと入っていく二人は、俺から見て無謀と言わざるを得なかった。
ダストの魔法の実力は、魔の森の奥深くまで足を踏み入れて生きて帰れるレベルに達していない。
このままではダストのみならず、エリザベート王女の命まで危険に晒されることになる。
仕方ない……尾行するか……
もしダストのせいでエリザベート王女が帝国内で死んだとなれば、それは確実に大問題に発展する。
自国の者が暗殺したなどと疑われでもしたら、それがきっかけで、二国間の紛争に繋がる可能性もあるのだ。
あまり関わりたくないのが本音なのだが、最悪の事態を避けるために、俺は二人の後をつけていくことにした。
『グゲゲ!』
「来たな、モンスター! ぶっ殺してやるよ」
魔の森を躊躇なく奥へと進んでいくダストは、しばらくすると魔の森最弱のモンスターであるゴブリンに遭遇した。
「見ててくださいエリザベート様、俺の魔法でこいつを倒してみせますから」
背後を振り返りエリザベート王女にそう言うと、ダストはゴブリンに対して右手を向けた。
そしてがむしゃらに、ゴブリンに向かって魔法を連打した。
「死ね死ね死ねぇえええええ」
『グゲ!』
ダストの魔法は、俺から見れば威力も命中精度も酷いものだったが、それでも放った魔法の何発かが、ゴブリンの体を捉えた。
防御力がそれほど高くないゴブリンは、ダストの魔法で致命傷を負って地面に倒れる。
ダストがゴブリンの体を踏みつけて、至近距離からトドメの一撃を撃ち込んだ。
『……』
完全に沈黙するゴブリン。
「どうでしょうか?」
ダストが得意げにエリザベート王女の方を向いた。
「す、すごい……? のではないでしょうか?」
エリザベート王女が、引き攣った笑みを浮かべてそう言った。
ダストの振る舞いが、彼女の目には野蛮に映ったのかもしれない。
「俺にかかればこんなもんです。ふふふ……」
だが、ダストはエリザベート王女の言葉をそのままに受け取ったようだ。
胸を張ってドヤ顔をした後、エリザベート王女の手を引いてさらに森の奥へと進んでいく。
「あの……もう引き返した方がいいのでは……?」
「いいえ、まだです! もっと強いモンスターとの戦いを見てもらわないと……!」
「き、危険です! やはり護衛もつけずに二人だけで行くのは……」
エリザベート王女が悲鳴のような声を上げたその時だった。
『グガァアアアアアアアアアアア!』
「なっ!」
「きゃっ!」
二人の目の前にいきなり、体長三メートルを超える巨躯を持つモンスターが姿を現した。
筋骨隆々の体。
丸太のように太い手足。
額に生えたツノ。
生え揃った牙。
魔の森の中でもかなり強い部類に入るモンスター、オーガだ。
『グガァアアアアアアアアア!』
オーガは周囲の空気を震わせる咆哮と共に、完全に不意を突かれた二人に襲いかかる。
これはまずいぞ……
ダストの魔法ではオーガを倒せない。
そう判断した俺は、茂みの中から飛び出し二人のもとへと全速力で走り出したのだった。
『オガァアアアアアアア!』
「きゃああっ!」
エリザベート王女が悲鳴を上げて尻餅をつく。
「だ、大丈夫ですか王女様! お、俺の魔法でこんなやつ一撃ですから」
ダストはオーガと対峙しながら強がるようにそう言ったが、明らかに声には恐怖が滲んでいた。
「く、喰らえモンスター! 魔弾」
コツン……
『オガ……』
ダストの放った魔弾がオーガの胴体に命中し……ほとんどダメージを与えないまま弾かれて消えた。
一瞬動きを止めたオーガが、何かしたか? と言わんばかりに首を傾げる。
「え……え?」
ダストが困惑したように立ち尽くす。
本気で今の魔法で倒せると思っていたらしい。
『オガァアアアアアアア!』
「ひぃいい!」
ダストの魔法を煽りだと理解したらしいオーガが、怒り狂い彼に襲いかかる。
ダストは引き攣った悲鳴を漏らし、オーガから背を向けて逃げ出した。
「ダ、ダスト様!」
「無理だぁああああ死にたくないぃいいいいいい!」
あれだけ王女を守ると息巻いていたのに、ダストは自分の魔法が全く通用しないと見るや、背を向けて逃げ出してしまった。
「あ……」
後に残された王女が絶望的な表情を浮かべる。
『オガアアアアアア!』
オーガの振りかぶった一撃が彼女の頭上に迫った瞬間――
「エリザベート王女様」
俺は咄嗟に王女の名前を叫び、エリザベート王女の周りに魔壁を展開した。
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