パンドラ

須桜蛍夜

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盈月

102

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煩い。耳が割れる。頭が痛い。

目の前にはバスケの試合。クラスメイトが二組と戦っている。ボールが飛び交い、爆音が降り注ぎ、興奮が充満している。そんな空間で、わたしは逃げられないように巴に腕を掴まれながら立っていた。

「そこ、左からパス。そう、シュート!」

隣で指示が飛ぶ。彼女のことだから、メンバーの振り分けからして色々と考えられているのだろうが、元々の戦力差があり過ぎた。順調に点差は開いていっている。

「ナーナーナナナーナーナーナー行け行け七組!」

観客席が奏でる良く分からない応援歌。みんな必死の形相。でも、いくら応援したところでこの差が埋まるとは思えなかった。

「交代!」

終了音が鳴り響き、第三ピリオドが終わる。わたし達の出番だ。

観客席を一瞥する。彼はまだ来ていない。

「逆転できる。最高に格好いいとこみんなに見せちゃお!」

巴が声をかけ、メンバーはそれぞれのポジションにつく。わたしは自分の場所も分からないので、その場に立っておく。巴は何も言わなかった。

点差は十八。

最後が始まる。

スタートと同時に巴は走り出した。ボールは綺麗にゴールに収まる。他の追随を許さぬ速攻。点差は十六に縮まった。



巴のゲームメイクは上手い具合にはまっていた。シュートと見せかけてパスを回し、パスと見せかけてドリブルする。彼女以外は運動音痴と分類されるであろうメンバーなのに、その子達を上手く配置して活用することで戦力差をカバーしている。

だけど、それは長くは続かない。上手く戦えているとはいえ、それは巴が中心として回しているからだ。五人全てで彼女を抑えてしまえば、そのシステムは破綻する。

徐々に点は取られ始める。もう破綻は見えていた。

点差は十点。残りは五分。

これは多分勝てないであろう。わたしはゲームを俯瞰し、結論を出した。

その時

「瑠璃、突っ立ってるな! 約束しただろ」

騒音の中ではっきりと聞こえた。
観客席を見る。端の方に見知った青年が現れていた。

「……分かってる」

口の中で返事を返す。自然と少し口角が上がった。

「巴」

聞こえているか分からない声。それでも彼女はわたしに気づいて、囲まれた中からパスをくれた。

硬い感触が手のひらに当たる。その場で、見よう見まねでボールをついた。収まりきらず、暴れるそれをイメージと重ねるように制御していく。

わたしはこの動作を識っている。大丈夫。

ゆっくりと走り出す。敵はまだ遠くに居る。走る中で掴めてくるコツ。段々とテンポを上げる。

そして最後に、丁寧にレイアップ。思いの外ボールは綺麗に入った。

残り四分三十八秒。点差八。


そこからの試合は一方的だった。

わたしが入ることで分散した敵のガード。そうなれば点は入れ放題だった。

ゲームメイクは巴がしてくれる。わたしはただ敵から死角のパスを出しやすい場所に居ればいい。ボールが来たら入れる。それだけでもう完全にワンサイドゲーム。

ドリブルは苦手だったので、正直あまりパスを回して欲しくは無かったけど、なんとかシュートは入れ続けた。

残り三十秒。二点差。こっちの優勢。

ーー勝ってるんだから、もう回さなくて良いのに。

ボールは今、手の中にあった。

ゆっくりと走り出す。そしてわたしは目を閉じた。ドリブルがさっきまでより安定している気がする。

目の前の気配。それを体勢を低くして右に躱す。

ーーやっぱりこっちの方がいい。慣れてないなら、慣れてるフィールドに持っていけば良いんだ。

二人目、三人目……。

ボールを逃さないようにだけ意識しながらスピードを上げる。闇はわたしの領域だ。ここなら負けない。

四人目、五人目……もう前に気配は無い。

「っ」

自分の動きをイメージに重ね、跳んだ。予想より低い。でもいける。
わたしは目を開け、目の前のリングにボールを叩きつけた。

ビーーーーー。

終了を告げる電子音。わたしは少しの浮遊感の後、地面に降り立った。

瞬間、視界が歪む。膝からガクッと力が抜けた。

ーー崩れる……。

そう思った身体はしかし、

「瑠璃ーー!」

逆方向に勢いよく押し倒された。

「うっ……」

不意打ちに受け身を取ることも出来ず、仰向けに倒れ込む。

「凄いね、瑠璃、何あれ、ダンク!? そんな小さいのに、なんであんなに跳べるのさ」

彼女はそんなことを意にも介さず、馬乗りの状態でまくしたてる。顔は上気していて、汗を滴らせながらニコニコと。興奮しているようだった。

「巴、重い」

「あ、ごめんごめん」

ゆっくりとよけて手を差し出してくる。

「…………」

わたしはそれを無言で掴んだ。巴はわたしを引き起こすと、途端にまた話し始める。

「にしても、こんなに上手いんなら最初から動いてくれたら良かったのに」

「やる気無かったから」

「そんな事言わないでさ、ーー」

ペラペラと次から次へと言葉が溢れてくる。わたしはそれを聞き流しながら辺りを見回した。

弘さんは場所を動いていなかった。

目が合う。

笑顔になって手を振ってくれた。

"よくやったな。お疲れ"

そう言われた気がする。心が温かくなる。やって良かった。そう思える。

気づいたら目眩は治っていた。










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