パンドラ

須桜蛍夜

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盈月

137

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「巴は話が早くていいな」

あっさりと身を翻すと、兄貴は机に座りパソコンに向き直った。

「…………」

その後ろ姿が一瞬被った。尊敬していたお兄ちゃんに。

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兄は頭のいい人だった。学年一位を譲ったことが無く、全国模試でも上位に名前を連ねていた。スポーツもでき、いつも私の先を行く彼は自慢の兄だった。

そんな兄が壊れたのは大学受験からだった。成績が飛び抜けていた彼は当たり前のように東大を受験した。合格は確実だと思われていた。

しかし彼は落ちた。

期待を背負っていた。プライドもあった
だろう。それらを全て裏切った。

それから、浪人を決意した彼は死に物狂いで勉強していた。きっと怖かったんだと思う。当たり前だと思っていた合格に失敗して、どこまで頑張ればいいかが分からなくなっていた。A判定にも満足しない、全国で一位を取っても満足できない。睡眠時間も削って勉強するその姿は何かに取り憑かれたようだった。

そしてある日、限界を迎えた。

今でも考える。「周りがみんな、落ちた自分を馬鹿にしている気がする」とふと洩らした彼を受け止められたらどんな未来になっていたのかと。きっとそれは悲鳴だった。でも、当時中学生だった私はそれを聞き流すことしかできなかった。

そして彼は荒れ始めた。悪い仲間を作って家に帰ってこなくなった。たまに帰ってきても、両親と喧嘩ばかりして、私とも関わらなくなった。

そして遂に家の金を盗み出し、勘当された。それから3年近く、今日まで一度も会っていない。風の噂で今は闇街に居るらしいとだけ聞いていた。

私はそんな彼に失望した。憧れが崩れていくことに耐えきれず、兄を嫌悪することで目を逸らしたのだ。

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