パンドラ

須桜蛍夜

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盈月

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***
私は最低だ。結局、自分の方が大切だった。
手の中のUSBを見る。こんなもののために、友達を裏切った。

涙は情けなくぼたぼたと流れ出る。私に泣く権利なんて無いのに。

ーーどうしよう。

瑠璃が殺されちゃったらどうしよう。

今なら、まだ間に合うかもしれない。なんて思うのに動けない自分が情けない。

「どうしたらいいかな?」

気づいたら私は、賢太郎に電話をかけていた。

『……何がだよ。俺はーー』

「私、瑠璃を裏切っちゃった。瑠璃が死んじゃったらどうしよう」

『は? おまっ、それどういう意味だよ。ちょっと待て、今どこだ!』

「家」

あぁ、賢太郎が来てくれる。助けて。早く助けてよ。もうやだよ。こんな現実。

こんな時も自分勝手でしかない私自身がが嫌なのに、気持ちは止められない。逃げ出してしまいたい。

狂いそうなくらい自己嫌悪して、泣きわめいて、賢太郎が来た。

戸惑う彼に事情を説明する。こんな時にも、USBのことをはぐらかし、順を追って説明できる冷静さが心底嫌だった。

「じゃあ、西山の居場所って……」

「多分、闇街」

賢太郎の顔がはっきりと青ざめた。それはそうだろう、あそこは彼のトラウマの地なんだから。

「巴、携帯貸してくれ。西山さんに電話する」

「……そうだね」

私は大人しくスマホを差し出す。思い浮かべた西山さんは、頼りになりそうには見えなかったが、それでも何もしないよりはいいかもしれない。

怖いのはただ、私が裏切ったとバレること。

「こんにちは、賢太郎です。あの……すみません、西山……瑠璃さんが闇街に連れて行かれてしまいました」

繋がったのか、賢太郎の声が少し高くなった。それに耳をすませて、私は断罪の恐怖に怯えている。

「はい、篠崎昌平さん……巴のお兄さんです。多分、三十分ほど前です。…………分かりました。失礼します」

電話を切り、スマホ画面を見つめる彼は少し戸惑ったように見える。

「どうだったの?」

「なんか、すごかった。必要事項だけ聞かれて切られた感じ。こんな時にあれだけど、格好良かった。……俺、ほんと駄目だな。西山さんが行ってくれるって分かってホッとしてる。情けねぇ」

ははっと乾いた笑いをもらした彼がそのまま地面にへたり込む。また彼は自己評価を低くしてしまっているのだろう。

ーーでも、賢太郎は頼りなくなんかないよ。

私がこうしていられるのは、あんたが来てくれたからなんだから。そうでなければ、私は今も泣きじゃくっている。

「私、行く」

冷静になれた。だからこそ自分のやったことの重さが実感できる。危険でも、私が行くべきだ。

「行くって……」

「闇街」

私はコートをひっ掴み、外へと急ぐ。

「待てよ!」

ーーありがとう。

心の中で礼を言う。言葉には出来なかったけど、本当に感謝している。

「待てよ……俺も行く」

少し驚いた。でも期待もしていた。

「ありがとう」

いつもいつも、私はこの少年に救われる。


息を切らして、必死で賢太郎の背中を追う。走り出したことでまた不安が戻ってくる。もし、疲れたからってスピードを緩めたせいで、瑠璃が死んでしまったら、あと一歩のところで助けられなかったらと怖くなってスピードを上げる。

家から闇街へは走ってに二十分程度。身体が重りみたいになって、血の味がして来た。瑠璃への不安が自分の苦しみに押しのけられてく。そうした頃、巨大な闇が見えてきた。

突撃するつもりだった。闇街でも慎重ながらも急いで瑠璃を探すつもりだった。だけど、いつの間にか、私達の足は止まっていた。

名前の通りに一つの街くらいの大きさがあるこの場所は、今私達が居る南口ともう一つの北口とで外と繋がっている。それ以外は全て、十メートルはありそうな塀に囲まれている。

薄暗く見える内部は、入り口からもよく見通せない。だけど脳が言っていた、ここから先へ行ってはいけないと。

「なんで、昔の俺はここに入れたんだろうだ」

笑うように彼は言ったが、全然顔とは釣り合っていない。賢太郎もこの中の異常さを感じているのだ。

ーーほんと、酷い奴。

足を前に動かせない。こうしている間にも、瑠璃は何をされているのか分からないのに、私が助けなきゃいけないのに。

「行かなきゃ」

ーー嫌だ。

一歩、前に進んだ。

ーー私は……。

もう一歩進む。でもそこで限界だった。あと闇街へは大股で十歩ほど。行かなきゃいけないのに。涙が出てくる。

その時、文字通り空気が凍った。

急に身体の芯が冷えきる。嫌な汗が出てくる。

ーー……人。

入り口に影があった。誰かがこちらに歩いてきている。

その事実にさらに怖くなる。でも、もう動けなんてしない。その人が通り過ぎるのを待つしかない。

ゆっくりとした歩みで近く人の姿がはっきりしてくる。想像よりも小さい。もしかしたら私よりも小ーー。

「瑠璃……」

血まみれで、右手を揺らして歩くその姿は紛れもなく瑠璃だった。

ーーほんとに瑠璃なの?

だけど、あんな人を私は知らない。恐い瑠璃でもない。

その人物は、右目が銀に光っていた。人形みたいな綺麗な色。だけど、その奥には何も映っていない。瑠璃ですら映さなくても、見てはいたのに、その瞳は闇のように全てを飲み込むだけだった。

無。

それが一番近い表現かもしれない。何も無い。人間だとも思えない。

「…………」

右手をぶらぶらと揺らし、彼女は私の横を通り過ぎた。まるで見えていない。少女は私達なんて居ないようにして去っていった。

「今の、西山……だよな?」

賢太郎も信じられないのだろう。泳いでいる瞳が不安そうだった。

私だって、もうなんだか分からない。だけどそれよりもあの瞳に自分が映らなくなってしまったのが悲しかった。


「巴ちゃん、賢太郎。なんでここに居るんだ!」

固まっていた意識が動き出す。声は闇街の方からした。

「西山さん。それに……」

賢太郎が言葉を止める。

ーー校務員の……それに。

「兄貴」

西山さんと吉田さんが二人の男を背負っている。そして、その間に挟まれるように肩を借りながら歩いているのが兄貴だった。

背負われている人物は二人とも半裸で、西山さんや吉田さんのものであろう上着で応急処置をされている。しかし、それは既に真っ赤で、生きているのかいないのか分からない有様だ。

兄貴は服を血で汚し、左の頬を切り裂かれたように赤くしていたが、二人に比べれば比較的元気なようであった。

「瑠璃を見たか?」

目の前まで来た西山さんは、この間とは全く違った。鋭くなった目に私の身体は緊張する。瑠璃とは違った系統の恐ろしさがある。

「さっき……出ていくのを見ました」

気づけば口が動いている。答えなければならない雰囲気がある。

「西山さん、もう救急車を呼びましたから大丈夫ですよ。瑠璃さんを探しに行ってあげてください」

「すみません」

西山さんは男を下ろすと、爆発するように走り出し、すぐに消えた。

「君達も帰った方がいい。ややこしくなるから」

吉田さんはいつもと変わらぬ口調でそう言った。




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