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朔
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しかし、彼女は一向に話し出そうとせず、時間だけが過ぎていった。
「お見舞い、ありがとうございます」
ようやく発された言葉、その拍子抜けする内容に倒れそうになる。今更、お礼かよ……。ちょっと愚痴りたくなった。
「かしこまらないでくれ、こっちだって花のひとつも持ってきていないんだから」
しかし、その謝意に警部は普通に返す。
――えっ、怒ると思ったのに。
仕事熱心で無駄が嫌いな彼が、そんな気の効いたことを返すとは予想外だった。
「俺ら、西山とは仲間だしな」
同期の武田の声もそれに続く。なんでおれの名前がでてくるんだ? なんだか違和感を感じ、そうっと視線を辺りに巡らせた。
――やっぱりおかしい。
背中にぞくっと寒気が走る。場が明るすぎた。事情聴取の……しかも重要情報を聞く場の雰囲気じゃない。一体、何が起こった? 誰かにそう尋ねたいのに、みんなすっかりこの空気の住人だった。何も疑問に思っていない。焦る、頭だけが空回りする。おれが変なのか他が変なのか。それすら理解できない。その時、肩に何かが触れた。
「わっ」
「わっ!」
いきなりのことに大声が出た。そして、それに聞き覚えがある声が続く。
「なんだよ武田、驚くじゃねえか」
振り返りながら言った。そこに居るのは同じ警部補の武田圭介。嫌というほど長い付き合いの彼は、いつものニヤニヤ笑いでこっちを見ていた。
「それはこっちの台詞だろ? まったく、デケェ声出しやがって。まぁいいや、こっち来いよ」
案内するように部屋の隅へと寄っていく同期。ったく、なんなんだよ。悪態をつきながらその後を追った。少し、この状況が打開されることを期待していた。
「瑠璃ちゃん可愛いじゃねえか」
「え……あ、そうか?」
なんか、肩の力が抜けた。どうやら彼は、思惑とは大きく外れた雑談がしたかっただけらしい。
「ったく、お前の娘のくせに可愛いなんて世の中狂ってるぜ」
はいはい、おれの娘なのに可愛くて悪うござんしたね。軽く流し、再び状況の把握を――。
「娘!?」
叫んだ。なんか、聞き捨てならない言葉を流した気がする。奴がうるっせぇなと睨んでくるが、そんなの気にしない。
「娘って誰がだよ?」
目の前の両肩を掴んで揺する。どういうことだよ、早く答えろよ。周りの視線も気にならない。ただ武田の声だけに耳を澄ましていた。
「瑠璃ちゃんに決まってんだろ」
おれの手を振り払い、不機嫌気味に告げてくる。
「誰の?」
それでも食ってかかった。これはおれの死活問題だ。遠慮なんかしていられない。
「お前のに決まってんだろ。正気か? 頭でも打ったか?」
自信満々の台詞は一番聞きたくないものだった。おれの娘……あの子が? ベッドの上に座る人形を見た。当たり前だが彼女を生んだ覚えは無い。それ以前におれは結婚していない。娘がいる訳が無い。考えれば考えるほど泥沼に嵌っていく。武田は嘘を言っているようには見えないし、かといってそれが真実であるはずもない。まったくもって意味が分からない。
「父と二人だけにしてもらえますか。話がしたいので」
その時、助け舟を出すように無機質な声が紡がれた。透き通ったそれはヴェールみたいに薄く、空間に覆いかぶさった。
「そうだな、ひやかしに来ただけだったしな」
その願いを聞き入れ、警部が出て行く。それに続いて刑事達は静かに居なくなった。もっとも、武田だけは「瑠璃ちゃんを泣かせるなよ」という余計な一言を残していったが……。
「はぁぁ」
おれは、気持ちを切り替えるように息を吸い込み、瞳を閉じる少女を見据えた。多分、彼女が全ての元凶なのだろう。それは確信だった。
「君は、何者だ?」
発した言葉は上擦って緊張を如実に表していた。
「お見舞い、ありがとうございます」
ようやく発された言葉、その拍子抜けする内容に倒れそうになる。今更、お礼かよ……。ちょっと愚痴りたくなった。
「かしこまらないでくれ、こっちだって花のひとつも持ってきていないんだから」
しかし、その謝意に警部は普通に返す。
――えっ、怒ると思ったのに。
仕事熱心で無駄が嫌いな彼が、そんな気の効いたことを返すとは予想外だった。
「俺ら、西山とは仲間だしな」
同期の武田の声もそれに続く。なんでおれの名前がでてくるんだ? なんだか違和感を感じ、そうっと視線を辺りに巡らせた。
――やっぱりおかしい。
背中にぞくっと寒気が走る。場が明るすぎた。事情聴取の……しかも重要情報を聞く場の雰囲気じゃない。一体、何が起こった? 誰かにそう尋ねたいのに、みんなすっかりこの空気の住人だった。何も疑問に思っていない。焦る、頭だけが空回りする。おれが変なのか他が変なのか。それすら理解できない。その時、肩に何かが触れた。
「わっ」
「わっ!」
いきなりのことに大声が出た。そして、それに聞き覚えがある声が続く。
「なんだよ武田、驚くじゃねえか」
振り返りながら言った。そこに居るのは同じ警部補の武田圭介。嫌というほど長い付き合いの彼は、いつものニヤニヤ笑いでこっちを見ていた。
「それはこっちの台詞だろ? まったく、デケェ声出しやがって。まぁいいや、こっち来いよ」
案内するように部屋の隅へと寄っていく同期。ったく、なんなんだよ。悪態をつきながらその後を追った。少し、この状況が打開されることを期待していた。
「瑠璃ちゃん可愛いじゃねえか」
「え……あ、そうか?」
なんか、肩の力が抜けた。どうやら彼は、思惑とは大きく外れた雑談がしたかっただけらしい。
「ったく、お前の娘のくせに可愛いなんて世の中狂ってるぜ」
はいはい、おれの娘なのに可愛くて悪うござんしたね。軽く流し、再び状況の把握を――。
「娘!?」
叫んだ。なんか、聞き捨てならない言葉を流した気がする。奴がうるっせぇなと睨んでくるが、そんなの気にしない。
「娘って誰がだよ?」
目の前の両肩を掴んで揺する。どういうことだよ、早く答えろよ。周りの視線も気にならない。ただ武田の声だけに耳を澄ましていた。
「瑠璃ちゃんに決まってんだろ」
おれの手を振り払い、不機嫌気味に告げてくる。
「誰の?」
それでも食ってかかった。これはおれの死活問題だ。遠慮なんかしていられない。
「お前のに決まってんだろ。正気か? 頭でも打ったか?」
自信満々の台詞は一番聞きたくないものだった。おれの娘……あの子が? ベッドの上に座る人形を見た。当たり前だが彼女を生んだ覚えは無い。それ以前におれは結婚していない。娘がいる訳が無い。考えれば考えるほど泥沼に嵌っていく。武田は嘘を言っているようには見えないし、かといってそれが真実であるはずもない。まったくもって意味が分からない。
「父と二人だけにしてもらえますか。話がしたいので」
その時、助け舟を出すように無機質な声が紡がれた。透き通ったそれはヴェールみたいに薄く、空間に覆いかぶさった。
「そうだな、ひやかしに来ただけだったしな」
その願いを聞き入れ、警部が出て行く。それに続いて刑事達は静かに居なくなった。もっとも、武田だけは「瑠璃ちゃんを泣かせるなよ」という余計な一言を残していったが……。
「はぁぁ」
おれは、気持ちを切り替えるように息を吸い込み、瞳を閉じる少女を見据えた。多分、彼女が全ての元凶なのだろう。それは確信だった。
「君は、何者だ?」
発した言葉は上擦って緊張を如実に表していた。
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