パンドラ

須桜蛍夜

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盈月

19

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***
「巴ちゃん!」
教室に入った途端、沙羅が飛びついてきた。受け止めた身体が悲鳴をあげる。
「沙羅、ちょっと重いから」
やんわりと断り、彼女を下ろしてひと息つく。殴られた日から三日ほどズル休みしたおかげで、動きがぎこちなくはなくなったが、今の様な時には叫んでしまいそうな程の激痛に襲われる。
「久しぶり! 巴ちゃんが風邪なんて珍しいね」
「まぁね、私だって人間だから」
奏でられた猫なで声に、よしよしと動物にするように撫でてやる。沙羅は目を細めて嬉しがった。私は、表向きには風邪を引いたとして、賢太郎達のリンチを公にはしなかった。私自身が覚悟していた結果だし、彼が罰を受けるのは不本意だった。それなら、共働きの両親を誤魔化す方が全然楽だ。
「巴ちゃんの為に沙羅、新しい香水買ってきたんだよ。ほら、つけよう」
犬の様な少女が尻尾を振って私の気を引こうと縋りついてくる。
「ごめん、また今度ね。今ちょっと用事済ましてくるから、そこで待ってて」
しかし、私は彼女を振り払って窓際へ向かった。こんなことをすれば、沙羅が面倒くさいのは分かっている。でも今、私はやらなきゃいけないことがあった。
「西山さん」
本を読む少女に呼びかける。声が震えた。聞こえているはずなのに、顔すらあげない西山さん。いつも通りの少女。 相変わらずのその姿に、あの時の彼女を重ねてしまう。私は守られる側だった。敵意も向けられていないし、なにより私は、彼女の背中しか見ていない。なのに、動けなくなる程に彼女が恐かった。
「西山さん、ありがとう。助けてくれて」
鳥肌が立つ腕をさすりながら、なんとか思いを声にする。恐かろうと何であろうと、この子が救ってくれたことに違いは無い。彼女の言葉を借りるなら、私はあの時"死んで"いたはずだし、お礼は言うべきだ。そう思った。
「別に、お礼を言われる事じゃない。借りを返しただけ。一応、わたしも助けられたから」
依然として視線をあげない少女は、無機質な声を放った。
ーー借り? あぁ、ベルトの。
あれは彼女を助ける為の行動ではなかったけれど、それが私を助けてくれたらしい。
ーーてか、あの時助けてなきゃ見殺しにされてたのかな……。
嫌な想像が頭をよぎった。まぁ、ベルトの件が無ければ賢太郎に襲われることも無かったんだけど。なんか、意味もなく面白くなって笑いが洩れた。
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