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盈月
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「面倒くさくて放っておいたけど、このままの方が面倒くさそうだし、弘さんも心配するしーー」
奴は、俺の方すら見ようとせずに独白しはじめる。
「やめさせた方が楽だよね」
目が合った。そう思った瞬間、少女の姿が消えた。
「え?」
標的を外したことでバランスを崩すが、なんとか転ばずに踏ん張る。そして、呆然と転校生の姿を探した。予想外の出来事に、心臓はうるさく鳴り響く。
ーー居た……。
彼女は、さっきより離れた場所に立っていた。そして、見つけて更に状況は飲み込めなくなる。あいつの脇には、襲い掛かったはずのタケシとイチロウが悶えるように倒れこんでいたのだ。
「っ……何しやがった転校生!」
困惑を怒鳴りに変えて叫ぶ。そうしないと弱い俺が出てきそうな気がした
「何をって……やり返した?」
全ての元凶は、単調な声でそう言った。やり返した? チビのこいつがあいつらを倒した? んなことある訳ねぇだろ。だったら何があったって聞かれても答えられねぇけど、そんなことはある訳はねぇ。
「だったら、俺にもやり返してみろよ!」
感情をぶつけるように怒鳴って走り出し、思いっきり殴りかかる。唸りを上げる棒。動かない転校生。それは、奴の頭をきっちり捉えた。
ーー貰った。
そう思ったのもつかの間。転校生は身体の位置を変えるだけでその攻撃を躱すと、バランスを崩した俺の腕を持ち、綺麗に地面に投げ飛ばした。不意を突かれた衝撃に、息が詰まって全身がビリビリと痛む。
「これでいい? まだやる?」
声だけがする。いつもの機械的な声。仰向けの俺の視界に彼女は映っていず、澄んだ青空だけが見えていた。
「でもーー」
突然、俺の世界に転校生が入りこむ。だけど、それはあいつじゃなかった。
「これ以上やるなら、手加減しないかもよ?」
響いたのはいつもより低く、楽しげな声。
「…………」
別人かと思う様な少女の雰囲気に、何も言えなくなり、全身が凍った。身動きしたら殺される。そう直感が告げていた。ガタガタと身体が震え始める。そっと首元に当てられた棒。俺が使っていたその木片は、刀のような緊張感を孕んで俺圧迫し、いつもと違う光を持った双眸は、俺の息を止めさせる。そして、何より、一番恐ろしかったのは、初めて見た彼女の表情。
"笑顔"
そう分類されるであろうそれは、気圧されるほどに美しく、この世の何よりも冷たい。指の先すらも動かすことのできない俺を嘲笑するように君臨している。
ーー俺はこいつに敵わない、敵う筈がない。
俺を生かすも殺すもこいつ次第、俺の全てはこいつの手の中だ。俺が強者なんてとんでもなかった。俺は、こいつに比べりゃ蟻ほどの強さも持っていやしない。混乱する様に、降参を、敗北を訴える声が体に溢れた。早くここから逃げ出したい。生きて帰りたい。そんな事だけが唯一の望みだった。
「そう」
転校生は一声だけ呟くと踵を返す。恐ろしい瞳から、冷笑から解き放たれた。それでも緊張は解けない。あいつの支配はこの場の全てだから。少しでも動いたら殺される。
そうして、奴の姿が完全に消えて初めて金縛りは消え去った。
「はぁ……はぁ」
全速力で走った後よりも心臓がうるさく、流れる汗が身体を冷やす、震えは全くおさまらない。それでも、生きている。それが実感できただけでも嬉しかった。
そのままどれだけの時間ぼおっとしていたか分からないが、少し落ち着いてきた頃、辺りの状況を確かめた。みんな、俺と似たようなもんだった。転校生がそばにいなかっただけで、敵意は向けられていたタケシとイチロウ、そして、救われる側の巴ですらもみんな。
「なんなんだよ、あいつ……」
掠れたような声が出た。いつもとは違う、人が変わったような転校生。
ーーあれが、本当のあいつなのか?
分からない。でも、一つだけ確かなことがあった。あれは関わってはいけないものだ。
奴は、俺の方すら見ようとせずに独白しはじめる。
「やめさせた方が楽だよね」
目が合った。そう思った瞬間、少女の姿が消えた。
「え?」
標的を外したことでバランスを崩すが、なんとか転ばずに踏ん張る。そして、呆然と転校生の姿を探した。予想外の出来事に、心臓はうるさく鳴り響く。
ーー居た……。
彼女は、さっきより離れた場所に立っていた。そして、見つけて更に状況は飲み込めなくなる。あいつの脇には、襲い掛かったはずのタケシとイチロウが悶えるように倒れこんでいたのだ。
「っ……何しやがった転校生!」
困惑を怒鳴りに変えて叫ぶ。そうしないと弱い俺が出てきそうな気がした
「何をって……やり返した?」
全ての元凶は、単調な声でそう言った。やり返した? チビのこいつがあいつらを倒した? んなことある訳ねぇだろ。だったら何があったって聞かれても答えられねぇけど、そんなことはある訳はねぇ。
「だったら、俺にもやり返してみろよ!」
感情をぶつけるように怒鳴って走り出し、思いっきり殴りかかる。唸りを上げる棒。動かない転校生。それは、奴の頭をきっちり捉えた。
ーー貰った。
そう思ったのもつかの間。転校生は身体の位置を変えるだけでその攻撃を躱すと、バランスを崩した俺の腕を持ち、綺麗に地面に投げ飛ばした。不意を突かれた衝撃に、息が詰まって全身がビリビリと痛む。
「これでいい? まだやる?」
声だけがする。いつもの機械的な声。仰向けの俺の視界に彼女は映っていず、澄んだ青空だけが見えていた。
「でもーー」
突然、俺の世界に転校生が入りこむ。だけど、それはあいつじゃなかった。
「これ以上やるなら、手加減しないかもよ?」
響いたのはいつもより低く、楽しげな声。
「…………」
別人かと思う様な少女の雰囲気に、何も言えなくなり、全身が凍った。身動きしたら殺される。そう直感が告げていた。ガタガタと身体が震え始める。そっと首元に当てられた棒。俺が使っていたその木片は、刀のような緊張感を孕んで俺圧迫し、いつもと違う光を持った双眸は、俺の息を止めさせる。そして、何より、一番恐ろしかったのは、初めて見た彼女の表情。
"笑顔"
そう分類されるであろうそれは、気圧されるほどに美しく、この世の何よりも冷たい。指の先すらも動かすことのできない俺を嘲笑するように君臨している。
ーー俺はこいつに敵わない、敵う筈がない。
俺を生かすも殺すもこいつ次第、俺の全てはこいつの手の中だ。俺が強者なんてとんでもなかった。俺は、こいつに比べりゃ蟻ほどの強さも持っていやしない。混乱する様に、降参を、敗北を訴える声が体に溢れた。早くここから逃げ出したい。生きて帰りたい。そんな事だけが唯一の望みだった。
「そう」
転校生は一声だけ呟くと踵を返す。恐ろしい瞳から、冷笑から解き放たれた。それでも緊張は解けない。あいつの支配はこの場の全てだから。少しでも動いたら殺される。
そうして、奴の姿が完全に消えて初めて金縛りは消え去った。
「はぁ……はぁ」
全速力で走った後よりも心臓がうるさく、流れる汗が身体を冷やす、震えは全くおさまらない。それでも、生きている。それが実感できただけでも嬉しかった。
そのままどれだけの時間ぼおっとしていたか分からないが、少し落ち着いてきた頃、辺りの状況を確かめた。みんな、俺と似たようなもんだった。転校生がそばにいなかっただけで、敵意は向けられていたタケシとイチロウ、そして、救われる側の巴ですらもみんな。
「なんなんだよ、あいつ……」
掠れたような声が出た。いつもとは違う、人が変わったような転校生。
ーーあれが、本当のあいつなのか?
分からない。でも、一つだけ確かなことがあった。あれは関わってはいけないものだ。
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