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盈月
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「え?」
よく意味が理解できない。
「人が来ない静かな場所、気に入った。だから、それちょうだい」
こっちを向いた瞳は驚くほど静かで、感情を灯していない。
「あげることはできないけど、来たいなら、また連れてきてあげるよ」
「わたしはあなたに管理されるつもりはない。来たい時に来る。だからそれが必要なの」
私の言葉に被せるように、彼女は淀みなく、音だけを紡ぐ。
「管理って……」
西山さんが少し怖かった。この間の物とは違う、得体の知れない恐怖。不気味な程機械的に要求だけを告げてくる無感情さがなんだか気味悪い。
「んー、無理かな。私だってここお気に入りだし」
それでもなんとか、いつもの調子で言葉を作る。諭すような笑顔を向ける。
「そう」
視線を外した西山さん。それを見て息をつく。ほっとした。諦めてくれたと思った。
「それ、合鍵でしょ?」
「えっ? あ、うん」
その問いは意図が読めない。確かにこれは、学校の鍵を拝借して、知り合いの鍵屋に作ってもらった物だけど……。
「軽犯罪法。それに触発する可能性がある。触れなかったとしても褒められた事じゃない」
軽犯罪法……。詳しくは知らないけど、私がやってるのは犯罪だって事? だから何? 不審感と警戒が募っていく。
「学校に知られたらただじゃ済まない。それは、みんなに好かれる"巴ちゃん"としてどうだろうね」
なるほど、これは脅しだ。鍵を渡さなければバラすと彼女は言っているのだ。
「確かに、バラされたくはない事だね。でも仮に、これをあなたに渡してどうなるの? 私は、西山さんが合鍵を持ってることを知ってる。それを作ったのはあなただって言うこともできる。なら、貰っても危険なのはあなたでしょ」
冷ややかに目を向け、棘のある口調で言い返す。腹が立っていた。私はここを教えてあげたのに、二人で秘密を共有しようと思っていたのに、彼女は恩を仇で返そうとしている。これほど心外な事は無い。
「わたしは別に構わない。学校での立ち位置なんて関心に無いから。"巴ちゃん"とは違うの。それに、実際、交渉なんて面倒なことしなくても、わたしはそれを手に入れられる。渡した方が得だよ」
こっちを向いた双眸。それは微かに銀色に見える。交渉しなくても手に入れられる? まぁ、そっか。あの強さ考えれば、私から鍵を奪うなんて簡単かもね。
ーーでも、私だってそう簡単に渡す気は無い。
何も映さない瞳を、仮面のような無表情を真正面から見つめ返す。西山さんの強さも恐いと思わない程、頭に血が上っていた。悪びれない我要求が癇に触る。渡すもんかと心が固まる。
しかし、そんな私と対照的に、彼女には、何の色も無かった。敵意も、脅すという優越感も何も……。
ーーそういうことか。
目を開き、息を吐いて力を抜く。その理由を悟って愕然としていた。西山さんは、私を自分と同列の人として見ていないんだ。彼女の目に私は居ない。だからただ、西山さんは虫を払うように邪魔を取り除いてるだけ。そういう事なんだ。だから、無茶な要求もするし、実力行使も厭わない。
「そっか、いいよあげる」
鍵を差し出した。なんだか、どうでも良くなっていた。怒りを抱くのも馬鹿らしくなった。
西山さんが他人に興味が無いことは、知っていたつもりだった。それでも私なら近づける自信があった。だから関わった。いつか友達になれると信じて。
でもそれはただのまやかし。彼女の目は私の姿を映さない。私はただのその他大勢で空気とも等しい有っても無くてもいい存在。そこから変わる事はきっと無い。
「ありがと」
鍵を受け取ると少女は平然と私の前から姿を消した。一人残った秘密基地で、砂を含んだ風を感じる。あぁ、これに当たるのも最後かな。感慨深くはあるけど、もう、どうでもよくなっていた。
「西山さん、ちょっと、これ何?」
担任のたま子先生の声で目が覚めた。そのままぼうっと周りを見回す。どうやら、帰りのホームルームの最中のようだった。
ーー随分長い間ぼんやりしていたみたい。
時計の針は三時五十三分。でも、最後の記憶は屋上の鍵を持って立ち去る西山さんの姿。自分が今まで何をやっていたか記憶にない。
「まったく、何やってんだか」
自分の体たらくに苦笑する。記憶に残らない程無気力に過ごすなんて、私らしくもなかった。
「西山さん、なんでこんな物持ってきたの?」
その時、気になるあの子の名前が呼ばれた。見ると、咎めている風の担任が彼女の前に立っている。
「……ホームルーム終わったら一緒に来て。それじゃあ、手荷物検査続けるわよ」
たま子先生は諦めたようにくるりと西山さんに背を向ける。なるほど、手荷物検査で西山さんが引っかかった訳ね。
ーーで、そのブツがセブンスター……。
たま子先生がポケットに突っ込んだ白いパッケージのタバコ。それは見た事がある。
ーー犯人は、沙羅達か。
あれは彼女達が好む銘柄。それに、沙羅は隠しきれていないニヤニヤで西山さんを見つめている。事の真相なんて名探偵じゃなくても一目瞭然だ。
ーーまぁ、どうでもいいけど。
微動だにしない西山さんからも、笑っている沙羅からも目を離す。私はもう、西山さんとは関係ない。もう関わるつもりもない。
沙羅達が彼女を標的にしたのは私のせいだろうから、引け目はあるけど、何かあっても、彼女は一人でケリをつけられる。私がやる事なんて何もない。
それに、今は、何もしたくなかった。何も考えたくなかった。そうしてそのまま、私は全てから目を逸らすように机の上に突っ伏した。
よく意味が理解できない。
「人が来ない静かな場所、気に入った。だから、それちょうだい」
こっちを向いた瞳は驚くほど静かで、感情を灯していない。
「あげることはできないけど、来たいなら、また連れてきてあげるよ」
「わたしはあなたに管理されるつもりはない。来たい時に来る。だからそれが必要なの」
私の言葉に被せるように、彼女は淀みなく、音だけを紡ぐ。
「管理って……」
西山さんが少し怖かった。この間の物とは違う、得体の知れない恐怖。不気味な程機械的に要求だけを告げてくる無感情さがなんだか気味悪い。
「んー、無理かな。私だってここお気に入りだし」
それでもなんとか、いつもの調子で言葉を作る。諭すような笑顔を向ける。
「そう」
視線を外した西山さん。それを見て息をつく。ほっとした。諦めてくれたと思った。
「それ、合鍵でしょ?」
「えっ? あ、うん」
その問いは意図が読めない。確かにこれは、学校の鍵を拝借して、知り合いの鍵屋に作ってもらった物だけど……。
「軽犯罪法。それに触発する可能性がある。触れなかったとしても褒められた事じゃない」
軽犯罪法……。詳しくは知らないけど、私がやってるのは犯罪だって事? だから何? 不審感と警戒が募っていく。
「学校に知られたらただじゃ済まない。それは、みんなに好かれる"巴ちゃん"としてどうだろうね」
なるほど、これは脅しだ。鍵を渡さなければバラすと彼女は言っているのだ。
「確かに、バラされたくはない事だね。でも仮に、これをあなたに渡してどうなるの? 私は、西山さんが合鍵を持ってることを知ってる。それを作ったのはあなただって言うこともできる。なら、貰っても危険なのはあなたでしょ」
冷ややかに目を向け、棘のある口調で言い返す。腹が立っていた。私はここを教えてあげたのに、二人で秘密を共有しようと思っていたのに、彼女は恩を仇で返そうとしている。これほど心外な事は無い。
「わたしは別に構わない。学校での立ち位置なんて関心に無いから。"巴ちゃん"とは違うの。それに、実際、交渉なんて面倒なことしなくても、わたしはそれを手に入れられる。渡した方が得だよ」
こっちを向いた双眸。それは微かに銀色に見える。交渉しなくても手に入れられる? まぁ、そっか。あの強さ考えれば、私から鍵を奪うなんて簡単かもね。
ーーでも、私だってそう簡単に渡す気は無い。
何も映さない瞳を、仮面のような無表情を真正面から見つめ返す。西山さんの強さも恐いと思わない程、頭に血が上っていた。悪びれない我要求が癇に触る。渡すもんかと心が固まる。
しかし、そんな私と対照的に、彼女には、何の色も無かった。敵意も、脅すという優越感も何も……。
ーーそういうことか。
目を開き、息を吐いて力を抜く。その理由を悟って愕然としていた。西山さんは、私を自分と同列の人として見ていないんだ。彼女の目に私は居ない。だからただ、西山さんは虫を払うように邪魔を取り除いてるだけ。そういう事なんだ。だから、無茶な要求もするし、実力行使も厭わない。
「そっか、いいよあげる」
鍵を差し出した。なんだか、どうでも良くなっていた。怒りを抱くのも馬鹿らしくなった。
西山さんが他人に興味が無いことは、知っていたつもりだった。それでも私なら近づける自信があった。だから関わった。いつか友達になれると信じて。
でもそれはただのまやかし。彼女の目は私の姿を映さない。私はただのその他大勢で空気とも等しい有っても無くてもいい存在。そこから変わる事はきっと無い。
「ありがと」
鍵を受け取ると少女は平然と私の前から姿を消した。一人残った秘密基地で、砂を含んだ風を感じる。あぁ、これに当たるのも最後かな。感慨深くはあるけど、もう、どうでもよくなっていた。
「西山さん、ちょっと、これ何?」
担任のたま子先生の声で目が覚めた。そのままぼうっと周りを見回す。どうやら、帰りのホームルームの最中のようだった。
ーー随分長い間ぼんやりしていたみたい。
時計の針は三時五十三分。でも、最後の記憶は屋上の鍵を持って立ち去る西山さんの姿。自分が今まで何をやっていたか記憶にない。
「まったく、何やってんだか」
自分の体たらくに苦笑する。記憶に残らない程無気力に過ごすなんて、私らしくもなかった。
「西山さん、なんでこんな物持ってきたの?」
その時、気になるあの子の名前が呼ばれた。見ると、咎めている風の担任が彼女の前に立っている。
「……ホームルーム終わったら一緒に来て。それじゃあ、手荷物検査続けるわよ」
たま子先生は諦めたようにくるりと西山さんに背を向ける。なるほど、手荷物検査で西山さんが引っかかった訳ね。
ーーで、そのブツがセブンスター……。
たま子先生がポケットに突っ込んだ白いパッケージのタバコ。それは見た事がある。
ーー犯人は、沙羅達か。
あれは彼女達が好む銘柄。それに、沙羅は隠しきれていないニヤニヤで西山さんを見つめている。事の真相なんて名探偵じゃなくても一目瞭然だ。
ーーまぁ、どうでもいいけど。
微動だにしない西山さんからも、笑っている沙羅からも目を離す。私はもう、西山さんとは関係ない。もう関わるつもりもない。
沙羅達が彼女を標的にしたのは私のせいだろうから、引け目はあるけど、何かあっても、彼女は一人でケリをつけられる。私がやる事なんて何もない。
それに、今は、何もしたくなかった。何も考えたくなかった。そうしてそのまま、私は全てから目を逸らすように机の上に突っ伏した。
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