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盈月
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「弘さん」
声がした。ぼんやりとしていた視界が徐々にはっきりとしてくる。
「あぁ、ごめん」
"あいつ"との思い出に浸ったままかなりの時間が経ったらしい。すっかり身体が冷たくなっていた。
「寒かったね。ごめん、帰ろうか」
身を起こし、ゆっくりと立ち上がる。少し目眩がした。
「さ、帰ろうか」
ーー本当はやりたい事があったけど、これ以上おれの我儘に瑠璃を付き合わせるのは酷だろうな。
ゆっくりと足を踏み出す。地面の感触が過去と今で曖昧だったおれを現実に戻してくれる。
ーーん?
数歩歩いた所で気がついた。気配がついてこない。
「瑠璃……?」
振り返る。彼女は先程と全く同じに座り込んでいた。
「どうした? 疲れーー」
「弘さん」
被せるように言葉が響いた。近寄ろうとしていた足が止まる。いつもの瑠璃と違った。どこか初めて会った時、チカラの事を話そうとしている彼女と似ている。
「弘さん……弘さんはわたしの事が怖くないの?」
唐突にそう呟かれた。瑠璃の表情は、闇に隠れて分からない。ただ、声に、いつもは見せない色がついていた。
「怖く……ないかな?」
「嘘」
即座に、非難するように声が響いた。それは、おれの心を見透かしている。
「嘘……ではないかな。記憶を変えるチカラは怖いけど、それを使う瑠璃の事は怖くないから。信じるって決めたし」
「…………」
息を呑む気配がして沈黙が堕ちた。風が吹き抜け、夜の暗さが色を増していく。身体は夜風に冷やされて、温かさを求め始める。
でも、そんな中で瑠璃は微動だにしなかった。いつもは即答する彼女は悩む様に黙り込んでいた。
「なんで……怖くないの」
長い静寂で、ようやく言葉が発される。
「信じてる? それ自体もわたしが作った感情かもしれないのに?
既に、あなたはわたしのチカラに洗脳されてて、感じてる全てがわたしが作った偽物で、あなた本来の物じゃないかもしれないのに?
わたしに信じられる要素なんて一つもないのに。なのに、なんで……?」
少し声が震えていた。
初めてだった、瑠璃が自分を見せてくれるのは。初めてだった、彼女の声がこんなに感情を伴っているのは。
「確かに、瑠璃の言う通りにさ、この感情がおれの物だって確証はない。でも、それでもおれは信じるよ。何であろうと、今のおれはそうしたいから」
少女が身じろぎをする。その全身は感情を奏でていた。
再び流れる静寂。
長い。空気が重い。どうすれば良いか分からない。
「あのさ、おれ……」
沈黙に耐えかねて、空気に触発されて口からこぼれた。でも、先が続けられない。
ずっと思っていた事、今なら言えるかもしれない。そう思ったから口に出した。
でも、本当に今言うべきなのか。彼女に受け入れてもらえるか。早すぎるのではないのか。
マイナスな思考がおれを邪魔した。なんでもなかった事にしてしまいたくなる。それがいい気がしてくる。
でも、本当にーーそれでいいのか?
「おれは……」
迷いを内に押し込める。
「おれは、瑠璃を信じたい。瑠璃もおれを信じて欲しい。受け入れて欲しい。それでさ、あの……親子になりたい」
言ってしまった……。途端に気恥ずかしさが湧いてくる。やってしまったという感じがひしひしと溢れてきた。穴があったら入りたい。
「あの、なんていうかさ、戸籍上の問題とかじゃなくて、あの……感覚的に。そう、感覚的にさ、今みたいなハリボテ親子みたいな感じじゃなくて本当の親子みないに、なんか、信頼関係って言うかさ、愛情っていうか、あの……」
誤魔化すように口が動く。自分が何を言っているのかがまったく分からない。
瑠璃は俯いたまま固まっていて、怒っているのか、くだらないと思っているのか、何も分からなかった。それがかえって怖い。
「あの、えっと……」
何も言う事が出来なくなって、また沈黙が流れた。不安が増していく。
"赤の他人にすぎない"
またそう突き放されるんじゃないか。瑠璃との間に溝ができるんじゃないか。愛想つかされるんじゃないか……。
心配。
ーーなんで言っちゃったんだろう。
泣きたくなってきた。
声がした。ぼんやりとしていた視界が徐々にはっきりとしてくる。
「あぁ、ごめん」
"あいつ"との思い出に浸ったままかなりの時間が経ったらしい。すっかり身体が冷たくなっていた。
「寒かったね。ごめん、帰ろうか」
身を起こし、ゆっくりと立ち上がる。少し目眩がした。
「さ、帰ろうか」
ーー本当はやりたい事があったけど、これ以上おれの我儘に瑠璃を付き合わせるのは酷だろうな。
ゆっくりと足を踏み出す。地面の感触が過去と今で曖昧だったおれを現実に戻してくれる。
ーーん?
数歩歩いた所で気がついた。気配がついてこない。
「瑠璃……?」
振り返る。彼女は先程と全く同じに座り込んでいた。
「どうした? 疲れーー」
「弘さん」
被せるように言葉が響いた。近寄ろうとしていた足が止まる。いつもの瑠璃と違った。どこか初めて会った時、チカラの事を話そうとしている彼女と似ている。
「弘さん……弘さんはわたしの事が怖くないの?」
唐突にそう呟かれた。瑠璃の表情は、闇に隠れて分からない。ただ、声に、いつもは見せない色がついていた。
「怖く……ないかな?」
「嘘」
即座に、非難するように声が響いた。それは、おれの心を見透かしている。
「嘘……ではないかな。記憶を変えるチカラは怖いけど、それを使う瑠璃の事は怖くないから。信じるって決めたし」
「…………」
息を呑む気配がして沈黙が堕ちた。風が吹き抜け、夜の暗さが色を増していく。身体は夜風に冷やされて、温かさを求め始める。
でも、そんな中で瑠璃は微動だにしなかった。いつもは即答する彼女は悩む様に黙り込んでいた。
「なんで……怖くないの」
長い静寂で、ようやく言葉が発される。
「信じてる? それ自体もわたしが作った感情かもしれないのに?
既に、あなたはわたしのチカラに洗脳されてて、感じてる全てがわたしが作った偽物で、あなた本来の物じゃないかもしれないのに?
わたしに信じられる要素なんて一つもないのに。なのに、なんで……?」
少し声が震えていた。
初めてだった、瑠璃が自分を見せてくれるのは。初めてだった、彼女の声がこんなに感情を伴っているのは。
「確かに、瑠璃の言う通りにさ、この感情がおれの物だって確証はない。でも、それでもおれは信じるよ。何であろうと、今のおれはそうしたいから」
少女が身じろぎをする。その全身は感情を奏でていた。
再び流れる静寂。
長い。空気が重い。どうすれば良いか分からない。
「あのさ、おれ……」
沈黙に耐えかねて、空気に触発されて口からこぼれた。でも、先が続けられない。
ずっと思っていた事、今なら言えるかもしれない。そう思ったから口に出した。
でも、本当に今言うべきなのか。彼女に受け入れてもらえるか。早すぎるのではないのか。
マイナスな思考がおれを邪魔した。なんでもなかった事にしてしまいたくなる。それがいい気がしてくる。
でも、本当にーーそれでいいのか?
「おれは……」
迷いを内に押し込める。
「おれは、瑠璃を信じたい。瑠璃もおれを信じて欲しい。受け入れて欲しい。それでさ、あの……親子になりたい」
言ってしまった……。途端に気恥ずかしさが湧いてくる。やってしまったという感じがひしひしと溢れてきた。穴があったら入りたい。
「あの、なんていうかさ、戸籍上の問題とかじゃなくて、あの……感覚的に。そう、感覚的にさ、今みたいなハリボテ親子みたいな感じじゃなくて本当の親子みないに、なんか、信頼関係って言うかさ、愛情っていうか、あの……」
誤魔化すように口が動く。自分が何を言っているのかがまったく分からない。
瑠璃は俯いたまま固まっていて、怒っているのか、くだらないと思っているのか、何も分からなかった。それがかえって怖い。
「あの、えっと……」
何も言う事が出来なくなって、また沈黙が流れた。不安が増していく。
"赤の他人にすぎない"
またそう突き放されるんじゃないか。瑠璃との間に溝ができるんじゃないか。愛想つかされるんじゃないか……。
心配。
ーーなんで言っちゃったんだろう。
泣きたくなってきた。
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