パンドラ

須桜蛍夜

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盈月

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「なんで突っぱねてくれないの」

風の音に呟きが混ざる。

「弘さんが他の人みたいに見れなくなって、他人になんて興味ないはずなのに、弘さんだけが違って。

人を信用するなんて愚かだって嫌というほど識ってるのに、信じてくれるあなたに応えたくて。

このままだとわたしが変わっちゃう気がした。

突っぱねて欲しかったのに。

『怖い』って言ってくれれば、またわたしは孤独に戻れたのに、今まで通りいられたのに、なのに、なんで……」

人間関係に不器用で、孤独だけを見てきたような少女は、怒ったように、戸惑ったように、嬉しいように、悔しいように全てを吐き捨てた。

「ごめんな、でもおれは瑠璃を突っぱねたくない」

いつもより小さく見える彼女に近づき、抱き締める。表面は冷たいが、温かさの伝わってくる身体。それは人形なんかではなく、ちゃんと生きた人間のそれだった。

おれの行動に、瑠璃は驚いたように身を硬くしていたが、やがてゆっくりとおれの腰に手を回してくる。そしてーー。

「わたしも……弘さんの娘になりたいな」

小さく囁いた。

「っ……」

不意打ちに、今度はおれが身を硬くする。

「……良かった。拒絶されたらどうしようかと思ってたんだ」

笑って、もう一度強く抱きしめた。

体温が伝わってくる。感触が柔らかい。

「じゃあ、改めてよろしくね、瑠璃」

囁く。

「うん、よろしく、弘さん」

息づかいが交わり、二つの声は合わさった。

抱き合う二人。繋がりあった親子。静かな空間。真剣な場。

心地よいしじまが程よく緊張感を運んでいった。


 
「帰ろ」

しばらくして瑠璃は身体を離した。そして、顔を隠すようにしながら歩き出す。

「待って」

それを引き留め、近づいていっておれは彼女の肩に手を置いた。

「ここには、瑠璃を紹介しようと思ってきたんだ」

少女はこっちを見上げながら何も言わない。

「たぶんあいつは、おとなしく墓なんかに入らないでここに居ると思うから」

息を思い切り吸い込んだ。おれのせいで死んだのに、最期に『幸せにならなきゃ承知しないよ』と笑った"あいつ"に、おれの幸せを見せてやる。

「美玲~! おれに娘ができた。絶対に瑠璃と幸せになってみせる。だから……だから安心してくれ!」

思ったことを全力で叫ぶ。"あいつ"が成仏できるように、もう心配をかけないように。

「はぁ……はぁ」

叫び終わると、空気を全て出し切ってしまった為に息苦しかった。酸素が全然足りていない。でも、辛さに反比例するように気分だけは晴れやかだった。

「じゃ、帰ろうか」

息を整えて娘に笑う。静かに首が上下に振られる。そして、どちらからともなく歩き出す。空には星がおれらを祝福するように瞬いていた。
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