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盈月
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ーー瑠璃からちゃんと話を聞く必要があるかな。
授業には充分すぎるほどについていけていて、友達とは仲良くしている。状況は想像以上で最高だ。だけど、親として少しの懸念も消しておきたい。
「よし! 今日は何が何でも瑠璃から学校の事を聞き出してやる」
「それは良い心がけですね」
ーー!?
「うわぁ」
転びそうになりながら後ろに飛び退く。どこから現れたのか、すぐそばに初老の男性が佇んでいた。
「お子さんと話そうという心がけは大切です。私は吉田と申しまして、この高校で校務員をしていますが、生徒達を眺めていると常々そう感じますよ」
「はぁ……」
間抜けな声で同意した。唐突過ぎてそんな反応しか返せない。
「で、瑠璃と言いますと、もしかして西山瑠璃さんのお父様ですか?」
「瑠璃の事を知っているんですか?」
「えぇ。転校生という事で上手く馴染めていないようでしたので気にかけていました。友達ができたようで一安心してたんですよ」
この人は学校での瑠璃を知っているんだ。当たり前の事に今さらながら気がつく。この人に聞けば何か分かるかもしれない。
「その友達とは、吉田さんから見ても仲良さそうなんですか?」
「そうですね、私的には良いコンビだと思いますよ」
優しい笑顔がおれを向く。強張っていた身体の力が抜けた。彼の声には心を落ち着かせる魔力があった。
「いじめでも懸念していましたか?」
「え……」
校務員はなんでもない風に微笑んでいる。
「図星のようですね。職業柄、人と触れ合う機会が多いので、なんとなく分かってしまうんですよ、そういう事」
言葉を切ると、彼は窓際に歩いていって空を見上げた。
「ご存知なのだとは思いますが、瑠璃さんはいじめられていました。転校生という事と、あの性格。きっと格好の的だったのでしょう」
「…………」
「情けなくて申し訳ない話ですが、私はそれを止められなかった。止めたのは篠崎さんです。私が校務員という職の中でオロオロしている内にいじめは消えた。私は何も出来ませんでした」
吉田さんは遠くを見つめ、眉間に皺を寄せて苦渋に顔を歪ませる。自分の無力への後悔。それがありありと感じられた。
ーーこの人はきっと優しいんだな。
おれはゆっくりと目を伏せる。
「じゃあ、瑠璃はもうーー」
「いじめられてはいません。篠崎さんは正真正銘彼女の友達です」
「……そうですか。良かったです」
それしか言葉が出なかった。それが本心だった。いじめた奴は許せないけど、今瑠璃が無事なのであれば、ひとまずはそれで良い。
「ありがとうございます。お陰で安心できました」
「いえ、私は何も。逆に助けられなくて申し訳ないです」
「吉田さんが瑠璃の事を案じてくださったのは分かりましたから。それだけで充分です」
今度はおれから笑顔を向ける。
「それでは、そろそろ失礼します」
一礼をして背を向けた。あまり謝られすぎると申し訳なくなってくる。このくらいの頃合いが潮時だ。
一つの気配が遠ざかって向けられた視線が薄くなる。夕暮れ色の日を浴びながら歩む足はいつもよりもどこか軽かった。
「ー…ーー~…」
「え?」
何か聞こえた気がして振り返る。吉田さんはもう居なかった。
「気のせいかな」
再び歩みを再開させた。きっと空耳だったのだろう。
"花は危険な香りを持っていますよ"
そんな事、今言う必要が無いのだから。
授業には充分すぎるほどについていけていて、友達とは仲良くしている。状況は想像以上で最高だ。だけど、親として少しの懸念も消しておきたい。
「よし! 今日は何が何でも瑠璃から学校の事を聞き出してやる」
「それは良い心がけですね」
ーー!?
「うわぁ」
転びそうになりながら後ろに飛び退く。どこから現れたのか、すぐそばに初老の男性が佇んでいた。
「お子さんと話そうという心がけは大切です。私は吉田と申しまして、この高校で校務員をしていますが、生徒達を眺めていると常々そう感じますよ」
「はぁ……」
間抜けな声で同意した。唐突過ぎてそんな反応しか返せない。
「で、瑠璃と言いますと、もしかして西山瑠璃さんのお父様ですか?」
「瑠璃の事を知っているんですか?」
「えぇ。転校生という事で上手く馴染めていないようでしたので気にかけていました。友達ができたようで一安心してたんですよ」
この人は学校での瑠璃を知っているんだ。当たり前の事に今さらながら気がつく。この人に聞けば何か分かるかもしれない。
「その友達とは、吉田さんから見ても仲良さそうなんですか?」
「そうですね、私的には良いコンビだと思いますよ」
優しい笑顔がおれを向く。強張っていた身体の力が抜けた。彼の声には心を落ち着かせる魔力があった。
「いじめでも懸念していましたか?」
「え……」
校務員はなんでもない風に微笑んでいる。
「図星のようですね。職業柄、人と触れ合う機会が多いので、なんとなく分かってしまうんですよ、そういう事」
言葉を切ると、彼は窓際に歩いていって空を見上げた。
「ご存知なのだとは思いますが、瑠璃さんはいじめられていました。転校生という事と、あの性格。きっと格好の的だったのでしょう」
「…………」
「情けなくて申し訳ない話ですが、私はそれを止められなかった。止めたのは篠崎さんです。私が校務員という職の中でオロオロしている内にいじめは消えた。私は何も出来ませんでした」
吉田さんは遠くを見つめ、眉間に皺を寄せて苦渋に顔を歪ませる。自分の無力への後悔。それがありありと感じられた。
ーーこの人はきっと優しいんだな。
おれはゆっくりと目を伏せる。
「じゃあ、瑠璃はもうーー」
「いじめられてはいません。篠崎さんは正真正銘彼女の友達です」
「……そうですか。良かったです」
それしか言葉が出なかった。それが本心だった。いじめた奴は許せないけど、今瑠璃が無事なのであれば、ひとまずはそれで良い。
「ありがとうございます。お陰で安心できました」
「いえ、私は何も。逆に助けられなくて申し訳ないです」
「吉田さんが瑠璃の事を案じてくださったのは分かりましたから。それだけで充分です」
今度はおれから笑顔を向ける。
「それでは、そろそろ失礼します」
一礼をして背を向けた。あまり謝られすぎると申し訳なくなってくる。このくらいの頃合いが潮時だ。
一つの気配が遠ざかって向けられた視線が薄くなる。夕暮れ色の日を浴びながら歩む足はいつもよりもどこか軽かった。
「ー…ーー~…」
「え?」
何か聞こえた気がして振り返る。吉田さんはもう居なかった。
「気のせいかな」
再び歩みを再開させた。きっと空耳だったのだろう。
"花は危険な香りを持っていますよ"
そんな事、今言う必要が無いのだから。
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