パンドラ

須桜蛍夜

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盈月

63

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「西山! よそ見をするなんていい度胸だな。そんな態度取るくらいなら、聞かなくても全部理解しているんだよな?」

授業中、生物教師の森本の怒鳴り声が教室中の空気を振動させた。みんなの視線が一人の少女に降り注ぎ、沙羅もつられて目を向けた。

ーーほんと、キモい。

無意識に奥歯を噛みしめる。西山瑠璃は、怒気や視線を全身に受けながらも、涼しい顔のままで窓の外を眺め続けている。人間らしさを欠片も持たぬ人形みたいに。

「俺の言葉なんて聞く意味無いってか? いい度胸だな、西山」

怒りが机を蹴り上げる。勉強道具が弾けるように宙を舞い、机が地面を転がった。

「…………」

音に驚いたのか、西山瑠璃はビクッと一つ肩を震わせてゆっくり窓から視線を離した。

真っ赤な顔で感情に支配された鬼と冷たく無機質な人形。二つの視線が混ざり合う。

「おい、なんとか言えよ」

胸ぐらでも掴みそうな勢いで詰め寄る森本。

それに対して彼女は静かな口調で
「光合成」
それだけを言った。

「は?」

咄嗟のことに勢いを削がれ、森本は立ち止まる。対照的に西山瑠璃は反撃を開始した。

「次にあなたが言う単語。化学式的には12H2O+6CO2→C6H12O6+6O2+6H2O。端的に言うと高等植物などが葉緑体内で行う二酸化炭素の固定反応。教科書レベルだとこんな感じだったと思うけど。まだ言う? ヒドロゲナーゼとかz機構とかまで」

お経のように淡々とした音は意味不明の羅列を描く。それに呼応して森本の顔は赤くなり、青くなる。しかし反論は出来ないのか瞳が泳ぎまくっている。

「西山、大人を舐めてると痛い目見るぞ」

「舐める? あなたにそんな価値もあるとは思えないけど」

そして吐かれた苦し紛れの捨て台詞はナイフの言葉に切り裂かれた。



ーーふふっ。

目の前の光景に、自然と口元が緩む。

本来なら笑えない場面。頭の良さをみんなの前で自慢するなんて生意気。気にくわない。腹立たしいにも程がある。だけど、今日は違う。これは、願ってもないほどの最高のシナリオ。これから始まるショーに相応しすぎる序章。

ーーさぁ、覚悟しなさい。

これからを考えると楽しくて仕方なかった。
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