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盈月
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そして、俺らはそのまま近くの公園で落ち合って学校へと向かった。二人とも無言のまま早足で歩き続ける。酷く落ち着かない。気持ちばかりが先回している。
「ちっ、なんだよこれ」
学校に入ると、雰囲気がいつもと明らかに違った。俺らがよく西山とつるんでいるからなのか、いくつもの不躾な視線が向けられ、こそこそと囁かれる。空気全体が胸糞悪い。苛々する。
「賢太郎、落ち着いて。怒鳴ったりしたら火に油注ぐから。それより瑠璃が心配」
声と目が俺を刺す。いつもは見えない不安と心配が入り混じった視線。それが俺を冷静にさせた。
「わりぃ」
小さな声で謝って足を進める。巴が冷静であろうとしているのに俺がキレる訳にはいかない。
「瑠璃、これどうなってるの?」
教室に着いた途端に巴は何かが切れたように走り出し、友人の机を叩いた。周囲に溢れた気持ち悪い視線は、好奇を満たすように一人の少女を舐め回している。吐き気がするくらいに嫌悪にまみれた教室。その中心で彼女はーー。
「あ、巴おはよう」
何事も無かったように挨拶をした。
「へぇ、本当にばら撒いたんだ」
そして、差し出された巴のスマホを一瞥すると特に感動もなくそう告げて、伏せていた本に手を伸ばす。
「説明して」
巴はその手を掴み、ドスを効かせて言葉を吐く。珍しく彼女は怒っていた。
「別に気にしてないし、説明するともっと面倒くさくなるからやだ」
手を振り払い、速やかに読書に戻る少女。
「瑠璃!」
巴は喚いて、狂ったように小説を奪おうとする。しかし、西山は殻にこもり、何にも動じない。
「巴……」
駆け寄ろうとしても、そこには近づきがたい何かがあった。
「ともーー」
「西山さん、ちょっと来て!」
それでも近づこうとした俺の声は廊下からの焦った声に潰された。
「…………」
西山は億劫そうに立ち上がり、たま子先生に続いて出て行く。
「巴!」
駆け寄る。少女は膝をつき、崩れていた。
「賢太郎、どうしたらいいの?」
弱さと毅然さが入り混じった声。燃え尽きて、憔悴しきった覇気の無い表情。
「落ち着けよ、巴。お前がそんなんでどうすんだよ」
その両肩に手を置き、強く言う。これしか言えない自分に歯噛みする。本当に情けない。だけど、今は拙い言葉で必死に語りかけるしか無かった。
「落ち着く……そっか、私、落ち着いてなかったんだ」
ぼんやりとした呟いて、彼女は目を閉じる。
「ごめん、ありがと」
目を開けた彼女は、いつもの巴だった。
「焦っててもしょうがないもんね」
そして、いつものように笑う少女。強いなと思う反面、その変わり身の速さに少し心配を覚えた。
巴は俺の腕を離れてゆっくりと立ち上がると口を開く。
「みんな、瑠璃の事どんな奴だって思ってる?」
「へ?」
突然の問いに思わずとぼけた声が出る。質問の意味が分からなかった。勿論誰も答えない。
「根暗で孤独で生意気な奴? 何考えてるか分からないキモい奴?」
西山が居ないのを良い事に巴はそんな事をまくしたて始める。スラスラ言葉が出てくるって事は巴自身もそう感じているという事……だよな?
「間違ってないと思うよ。私だってそう思ったりするもん。でもさ、瑠璃は確かに変な奴ではあるけど、万引きなんかすると思う? いじめられても抵抗する事すら面倒くさがるような面倒くさがりのあの子が自分から動くと思う? しかも、ゼリーなんて安い物を盗る為だけに」
おちゃらけたような彼女の言葉は、周りの嫌悪を責めるでもなく受け流して、自分の言いたい事を周囲に染み込ませていく。
「だからこの写真、合成じゃないかって思うんだよね」
演説と言うには堅苦しさが無く、会話と言うには真剣過ぎる語りかけにいつしか誰もが聞き入っていた。
「別に私は、瑠璃だからって心配してるんじゃ無いんだ。あの子がこんな事やる訳ないって思ってるから心配してるし怒ってる。もしこれが沙羅だとしても三嶋さんだとしても優馬くんだとしても誰だって同じ。みんなが万引きするような人じゃないと思ってるから私は冤罪を晴らしたい。もし本当に魔が差してしまったんだとしたらきちんと罪を償って欲しい。私は真実が知りたい。だから何か知ってる人が居たら教えて欲しい」
最後に彼女は笑みを浮かべた。聖者のように優しい笑み。みんなを信じている。誰だって平等に心配する。それはその言葉を体現するには相応過ぎる笑顔だった。
「……僕は直接知らないけど、三組の井上君の所に最初に写真が届いたって聞いた気がする」
「四組の酒井さんにも届いたって言ってた」
「広まり始めたのって昨日の夜からだよな?」
ぽつぽつと広がった告白の波は一瞬で教室中に広がった。いつの間にか気持ち悪い空気は晴れていて団結するような明るい雰囲気が台頭している。
それを優しく見つめ、笑顔で頷く巴に俺は何故だかうすら寒さを感じていた。
「ちっ、なんだよこれ」
学校に入ると、雰囲気がいつもと明らかに違った。俺らがよく西山とつるんでいるからなのか、いくつもの不躾な視線が向けられ、こそこそと囁かれる。空気全体が胸糞悪い。苛々する。
「賢太郎、落ち着いて。怒鳴ったりしたら火に油注ぐから。それより瑠璃が心配」
声と目が俺を刺す。いつもは見えない不安と心配が入り混じった視線。それが俺を冷静にさせた。
「わりぃ」
小さな声で謝って足を進める。巴が冷静であろうとしているのに俺がキレる訳にはいかない。
「瑠璃、これどうなってるの?」
教室に着いた途端に巴は何かが切れたように走り出し、友人の机を叩いた。周囲に溢れた気持ち悪い視線は、好奇を満たすように一人の少女を舐め回している。吐き気がするくらいに嫌悪にまみれた教室。その中心で彼女はーー。
「あ、巴おはよう」
何事も無かったように挨拶をした。
「へぇ、本当にばら撒いたんだ」
そして、差し出された巴のスマホを一瞥すると特に感動もなくそう告げて、伏せていた本に手を伸ばす。
「説明して」
巴はその手を掴み、ドスを効かせて言葉を吐く。珍しく彼女は怒っていた。
「別に気にしてないし、説明するともっと面倒くさくなるからやだ」
手を振り払い、速やかに読書に戻る少女。
「瑠璃!」
巴は喚いて、狂ったように小説を奪おうとする。しかし、西山は殻にこもり、何にも動じない。
「巴……」
駆け寄ろうとしても、そこには近づきがたい何かがあった。
「ともーー」
「西山さん、ちょっと来て!」
それでも近づこうとした俺の声は廊下からの焦った声に潰された。
「…………」
西山は億劫そうに立ち上がり、たま子先生に続いて出て行く。
「巴!」
駆け寄る。少女は膝をつき、崩れていた。
「賢太郎、どうしたらいいの?」
弱さと毅然さが入り混じった声。燃え尽きて、憔悴しきった覇気の無い表情。
「落ち着けよ、巴。お前がそんなんでどうすんだよ」
その両肩に手を置き、強く言う。これしか言えない自分に歯噛みする。本当に情けない。だけど、今は拙い言葉で必死に語りかけるしか無かった。
「落ち着く……そっか、私、落ち着いてなかったんだ」
ぼんやりとした呟いて、彼女は目を閉じる。
「ごめん、ありがと」
目を開けた彼女は、いつもの巴だった。
「焦っててもしょうがないもんね」
そして、いつものように笑う少女。強いなと思う反面、その変わり身の速さに少し心配を覚えた。
巴は俺の腕を離れてゆっくりと立ち上がると口を開く。
「みんな、瑠璃の事どんな奴だって思ってる?」
「へ?」
突然の問いに思わずとぼけた声が出る。質問の意味が分からなかった。勿論誰も答えない。
「根暗で孤独で生意気な奴? 何考えてるか分からないキモい奴?」
西山が居ないのを良い事に巴はそんな事をまくしたて始める。スラスラ言葉が出てくるって事は巴自身もそう感じているという事……だよな?
「間違ってないと思うよ。私だってそう思ったりするもん。でもさ、瑠璃は確かに変な奴ではあるけど、万引きなんかすると思う? いじめられても抵抗する事すら面倒くさがるような面倒くさがりのあの子が自分から動くと思う? しかも、ゼリーなんて安い物を盗る為だけに」
おちゃらけたような彼女の言葉は、周りの嫌悪を責めるでもなく受け流して、自分の言いたい事を周囲に染み込ませていく。
「だからこの写真、合成じゃないかって思うんだよね」
演説と言うには堅苦しさが無く、会話と言うには真剣過ぎる語りかけにいつしか誰もが聞き入っていた。
「別に私は、瑠璃だからって心配してるんじゃ無いんだ。あの子がこんな事やる訳ないって思ってるから心配してるし怒ってる。もしこれが沙羅だとしても三嶋さんだとしても優馬くんだとしても誰だって同じ。みんなが万引きするような人じゃないと思ってるから私は冤罪を晴らしたい。もし本当に魔が差してしまったんだとしたらきちんと罪を償って欲しい。私は真実が知りたい。だから何か知ってる人が居たら教えて欲しい」
最後に彼女は笑みを浮かべた。聖者のように優しい笑み。みんなを信じている。誰だって平等に心配する。それはその言葉を体現するには相応過ぎる笑顔だった。
「……僕は直接知らないけど、三組の井上君の所に最初に写真が届いたって聞いた気がする」
「四組の酒井さんにも届いたって言ってた」
「広まり始めたのって昨日の夜からだよな?」
ぽつぽつと広がった告白の波は一瞬で教室中に広がった。いつの間にか気持ち悪い空気は晴れていて団結するような明るい雰囲気が台頭している。
それを優しく見つめ、笑顔で頷く巴に俺は何故だかうすら寒さを感じていた。
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