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カルテ3 鼓動の封印2

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「菊乃、お扇子が下がってるわよ! その腰は何!」

 母の声が総檜造りのお稽古場に響き渡る。

踊りの舞台から見える、稽古場の真ん中に正座してどんと構える母。
美しく凛とした張りのある声は、稽古場に居合わせる者全員の気持ちを引き締めさせるようで、皆自分が怒られたのかと思う程、背筋を伸ばしていた。

 嫌で嫌で仕方ない時期もあったけれど、着物を着て扇子を持って舞台に立つと、気持ちが引き締まる。

 日舞は結局、わたしの一部になっている。

 長唄〝藤娘〟に合せて躍る。

でも、飛び入りのように入ったわたしと綾乃ちゃんは、他のお弟子さん達のお邪魔にならぬよう、隅で躍った。

 それにしても、日舞はずっと中腰で。

しとやかに、しなやかに舞っているように見えて実は結構ハード。

明日は確実に、地味に筋肉痛だわ。



 お稽古があった日は、夕食はお弟子さん達と共に取るのが、この家の習わし。

夕食の準備はお弟子さん達がお当番制でしてくれている。

お稽古が終わり、上がってくるともう食卓には食事の用意ができていた。

「菊乃ちゃんはやっぱり先生や先代様が仕込んだだけはありますね。
それにスポーツやっていた方は足腰の入り方が違うのでしょうか」

広い食堂の長方形の大きなテーブルを全員囲み、食事が始まると、お弟子さんの誰かがお世辞を言った。

主賓席みたいな場所にどんと構える母はそれを聞いて厳かに言う。

「とんでもない。
今名取や師範名取を目指して日々精進してらっしゃるあなた達の方がよっぽど立派に踊れていますよ」

 はいはい、その通りですよ、と思ったけれど、母の言葉を受けて誇らしげな顔をするお弟子さん達の姿を見ると、なんだか悪い気はしない。

みんな、切磋琢磨して頑張っているのよね。

「菊乃にはダイナミックな動きはもう少し抑えてしとやかな動きを増やしてもらいたいものだわ。
その点では、綾乃の方が色気はあるわね」

 母の言葉に、一同頷く。

それにはちょっとムッとくる。

 媚態を作るのが苦手で、悪うございましたね。

 ムスッと黙っていると隣にいた綾乃ちゃんが、ケラケラと笑った。

「だって、菊乃姉はもうここ数年男の人とデートすらしてないから~」
「デートくらいしてるわよ!」

 ただ、男の方が勝手に逃げて行っただけ! という言葉は呑みこんだ。

 お弟子さん達の忍び笑いが、痛い。

ここは返って明るく笑い飛ばしてもらいたい。

母の手前、笑えないのだろうけど。

「綾乃、はしたないことをこんな場所で言わないの。
菊乃もムキになってみっともない」

 母の厳しい声は、ボリュームはないけど迫力はある。

わたしも綾乃ちゃんも、すみませんと素直に謝った。

 その後は、終始和やかに食事は進み、片付けが終わると、お弟子さん達はちゃんと一日の終わりの挨拶をして帰って行った。




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