永遠のヴァージン【完結】

深智

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アナベル1

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 ケンさんが高校生の時、お兄さんは山での滑落事故で亡くなった。ケンさんを助ける為だった。

 先生が教えてくれた真実は、わたしの深層に重く落とされた。



 ケンさんはきっと、自分を責めて、苦しんできたんだ。ケンさんの時折見せる深海のような瞳の理由はそこにあったのかもしれない。

 何も知らないわたしが踏み込んだらいけない領域が、きっとある。

 わたしの歩みが、止まってしまいそう。

 ケンさん。ケンさん。

 手探りでもがくわたしに、神様は混沌の渦に突き落とすもう一つの試練を下さった。とても重い試練を。



 どんなに辛いことがあったって、朝は来ます。

 わたしの、昨日の夕方からの記憶が、曖昧です。靄がかかったように。

 ベッドの上で暫しボンヤリしていたわたしだったけれど、のろのろ起きて東側の窓辺に立ち、カーテンを開けた。

 朝の光が眩しくて細めたわたしの目に、お庭の片隅で群生する紫陽花が映り込んだ。紫や水色の紫陽花達が、ボンヤリする頭の中を整理していく。

 ゆっくりゆっくり始動したわたしの思考が昨日の出来事を脳裏に映し出し始めた。

 昨日は学校を出る時にママにお使い物を頼まれて横浜に行った。そごうデパートに行く為に中央改札出て東口に向かって、それで、それで。

 わたしの思考が止まる。現実が、受け止められない。信じたくない。

 開けたカーテンをサッと閉めてしまった時、わたしのスマートフォンが着信を知らせた。

「オハーッ、ひまり」

 おケイちゃんの底抜けに明るい声が耳に飛び込んできた。

「おげいぢゃん」

 起き抜けに声を出して、自分の声に驚いたのは初めてかもしれない。

「ひまり、なにその酒やけしたみたいな声!」

 おケイちゃんに言われてわたしは頭を抱えそうになった。わたしの声は、某ハスキーボイスプロレスラーさんもビックリな声になっていた。

「なにかあった?」

 さすがおケイちゃんです。昨夜は、たくさん飲みました。色々ありまして。ママとパパと一緒に、家呑みですが。呑み始めたら止まらなくなっちゃって。でも、酔えなかったんです。

 お話ししていくうちに哀しくなって来て、うう、ってなっていると、おケイちゃんが言った。

「ひまり、今日おヒマ? ちょっと付き合って欲しいところがあるの」



 おケイちゃんとは講義が終わってから落ち合って、一緒に学校を出た。

 学校のある目白駅から山手線に乗って、上野方面に向かう。

「おケイちゃん、何処に行くの?」

  おケイちゃん、フフフと笑って「いいとこ」とだけ答えた。
 
 いいとこ?

 首を傾げたわたしにおケイちゃんは優しく言う。

「声、朝よりは少しまともになったみたい」

 わたしは恥ずかしくなって首を竦めた。

「たくさんのど飴舐めました」

 幸い、と言っていいのか分からないのだけど、今日はスケジュールが合わなくて、ケンさんに会えなかった。

 モヤモヤする気持ち抱えた上にあんな声でお話しなんてしたら、と考えるだけで怖くなるので、幸い、としておきます。

 今は、気持ちの整理が最優先かもしれないです。でも、どうやって。

 おケイちゃん、体調は大丈夫なの。大丈夫。平田さんはどう。頑張って毎日パパに会いに来てる。

 わたしの中の言葉に出来ない気持ちをおケイちゃんは聞かないでいてくれる。

 何気ない会話をするうちに電車は鶯谷駅のホームに滑り込み、停車した。

「ここで降りるよ」

 おケイちゃんに促され、電車を降りた。

 初めて降りた駅にわたしはキョロキョロした。鶯谷と言えば、ホテル街で有名で、色んな意味でドキドキする。

「ねぇ、おケイちゃん、何処に行くの?」
「いいから私に着いて来て」

 意味深な笑みを浮かべるおケイちゃんにわたしは素直に従って歩き出した。
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