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決戦6
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篤の視線の先には、ベンチ前でバットを振る北田の姿があった。身体の芯を突き抜けるような電流が篤をブルッと震わせた。前に、視聴覚室で北田の姿を見た時と同じ。
武者震いだ!
篤は主審とバッターボックスの間の定位置に着き、マスクを被った。
雲一つない真っ青な空から真夏の日差しが降り注ぐ。ぐんぐんと上がる気温が正面マウンドに陽炎を見せる。ヒートアップは、篤の気持ちも同じだった。
熱い胸を抱え、握った拳でミットを一つ叩いた篤はバットを肩に乗せてゆっくりとこちらに向かって来た北田を睨み付けていた。
待っていたぜ、この日を!
高鳴る胸と逸る心を落ち着ける為に、篤は深呼吸をした。そして、バッターボックスに立った北田の足元を見、そこから頭の先まで注意深く観察し、マウンドに立つ貴史を見た。
貴史はこちらを見ずに手の上でロージンバッグを跳ねさせていた。落ち着いて見えたが、精神統一の儀式にも見えた。
篤は初回の投球を思い出していた。
どの球も構えたミットよりもうちだった。勝負をさせろ、という無言の訴えにも思えた。貴史が、確実に成長していた。
初球は、厳しく内角攻めるか。篤が気合を込めてミットを叩いた時だった。
「お前の事、ノーマークだったぜ。わりぃな」
バットをマウンドに向けながら足元をならす北田が篤に話し掛けてきた。
「この試合、ちょっとは楽しめそうだ」
立ち位置を決めた北田は軽くストレッチしながら言葉通り楽しそうに言った。
「そいつはどうも」
篤はムッとしながらも平静を保ちながら答えた。その上から目線を後悔させてやる。胸にこみ上げる口惜しさを噛みしめた。
北田がバットを構えた時、空気が変わるのを篤は感じた。
これが、超高校級スラッガーだ。下から見上げるキャッチャーに逃げ腰のリードをさせかねない。思わずミットを外に構えそうになる。
後ろにいても感じる威圧感に一瞬呑み込まれそうになった篤は頭を軽く振り、マウンドを見た。
貴史はまっすぐに北田を見据えていた。その目は、逃げようとなどしていない。篤は、内心でフッと笑った。
貴史の闘志は、自分への信頼とセットであることを知っている。
貴史、ストレート、インハイだ。篤はミットを構えた。マウンド上の貴史が頷いていた。
主審の声と共に、貴史はワインドアップ。そして――、
キイーンッ! という豪快な金属音と共に遥か向こうに消えるように飛んで行った球に、篤はゾクッとした。瞬時にマスクを上げて立ち上がったが、打った本人である北田は走り出そうとしていたが、冷静に打球の行方を見つめ、吐き捨てるように呟いた。
「駄目だ、引っ張り過ぎた」
言葉通り、白球はポールの僅か外の外野スタンドへと消えた。
命拾いした、と内心で胸を撫でおろす篤はマスクを被り直し、主審から球を貰った。平静を装いながらマウンドに返球したが、手が震えそうだった。
すげーパワーだ! スイングも他の選手の比じゃねえ。篤の胸が高鳴る。絶好調の投手の球とバッテリーを組んで最高の打者を迎える。野球人生に於いてこれほど幸せな瞬間はない。痺れるような興奮を落ち着けよう、と篤はミットをパンと叩いた。
バッターボックスに入って来た北田に篤は低い声で言った。
「ワンストライクだ」
「次は捉えてやるよ」
北田は前を向いたまま答えた。
二球目だった。前の打音よりも遥かに芯のある快音が空気をつんざいていた。宣言通り真芯で捉えられた球が弧を描く軌道に乗ってライトスタンドに飛び込んで行った。
打たれた貴史は、と言うと。マウンド上で腰に手を当て、打球の行方を追っていた。暫し白球が消え行ったライトスタンドを見たまま動かなかった。篤は背番号1の背中から、その心境を探ろうとしていた。
興奮に包まれる大歓声の中、ダイヤモンドを回って来、ホームベースを踏んだ北田が、立ち尽くす篤に行った。
「会心の当たりではないぜ。俺はあのコース、得意じゃねーんだ。よく研究してたな」
得意じゃなくても平気でホームランにしたんだぜ、とでも言いたいのか。篤はベンチに戻っていく北田に向けでミットを投げてやりそうなり、寸でのところで思い止まった。
ひと試合につき、守備のタイムは三回までしか取れない。もうここで二回目を使ってしまう事になるがここで取らなければ、と篤は主審に球を貰ってマウンドに駆け寄っていた。内野陣も自然、マウンドに集まってくる。
マウンド上の貴史は思いの外穏やかですっきりした顔をしていた。心配する篤から球を受け取りながら笑った。
「失投じゃないよ。北田が会心の当たりじゃなくても、僕は会心の球だった。ごめん、目が覚めたよ。これからはちゃんと抑える」
コイツ、いつこんなに強くなった? と驚きつつも篤はクッと笑い、ミットをした手で貴史の胸元を小突いて言った。
「じゃあ、これからは俺のサインに少しは従え」
「はい、きゃぷてんっ」
篤と貴史のやり取りに仲間たちが笑った。篤は「大丈夫だ」と強く言う。
「俺たちが必ず振り出しに戻す!」
全員が頷き、貴史も深く頷いていた。
「ランナーがいなくて良かった、それだけの事さ!」
ファーストを守る権田が笑いながら貴史の尻を軽く叩き、それを合図に全員守備位置に戻って行った。その中で、マスクを被りながら戻ろうとした篤に貴史が言った。
「篤が真っ向勝負をさせてくれたから悔いはないよ、必ず投げ抜いてみせるよ」
篤は何も答えなかったが、マスクの奥でニッと笑って軽く手を挙げ、本塁ベースの方へ戻って行った。
武者震いだ!
篤は主審とバッターボックスの間の定位置に着き、マスクを被った。
雲一つない真っ青な空から真夏の日差しが降り注ぐ。ぐんぐんと上がる気温が正面マウンドに陽炎を見せる。ヒートアップは、篤の気持ちも同じだった。
熱い胸を抱え、握った拳でミットを一つ叩いた篤はバットを肩に乗せてゆっくりとこちらに向かって来た北田を睨み付けていた。
待っていたぜ、この日を!
高鳴る胸と逸る心を落ち着ける為に、篤は深呼吸をした。そして、バッターボックスに立った北田の足元を見、そこから頭の先まで注意深く観察し、マウンドに立つ貴史を見た。
貴史はこちらを見ずに手の上でロージンバッグを跳ねさせていた。落ち着いて見えたが、精神統一の儀式にも見えた。
篤は初回の投球を思い出していた。
どの球も構えたミットよりもうちだった。勝負をさせろ、という無言の訴えにも思えた。貴史が、確実に成長していた。
初球は、厳しく内角攻めるか。篤が気合を込めてミットを叩いた時だった。
「お前の事、ノーマークだったぜ。わりぃな」
バットをマウンドに向けながら足元をならす北田が篤に話し掛けてきた。
「この試合、ちょっとは楽しめそうだ」
立ち位置を決めた北田は軽くストレッチしながら言葉通り楽しそうに言った。
「そいつはどうも」
篤はムッとしながらも平静を保ちながら答えた。その上から目線を後悔させてやる。胸にこみ上げる口惜しさを噛みしめた。
北田がバットを構えた時、空気が変わるのを篤は感じた。
これが、超高校級スラッガーだ。下から見上げるキャッチャーに逃げ腰のリードをさせかねない。思わずミットを外に構えそうになる。
後ろにいても感じる威圧感に一瞬呑み込まれそうになった篤は頭を軽く振り、マウンドを見た。
貴史はまっすぐに北田を見据えていた。その目は、逃げようとなどしていない。篤は、内心でフッと笑った。
貴史の闘志は、自分への信頼とセットであることを知っている。
貴史、ストレート、インハイだ。篤はミットを構えた。マウンド上の貴史が頷いていた。
主審の声と共に、貴史はワインドアップ。そして――、
キイーンッ! という豪快な金属音と共に遥か向こうに消えるように飛んで行った球に、篤はゾクッとした。瞬時にマスクを上げて立ち上がったが、打った本人である北田は走り出そうとしていたが、冷静に打球の行方を見つめ、吐き捨てるように呟いた。
「駄目だ、引っ張り過ぎた」
言葉通り、白球はポールの僅か外の外野スタンドへと消えた。
命拾いした、と内心で胸を撫でおろす篤はマスクを被り直し、主審から球を貰った。平静を装いながらマウンドに返球したが、手が震えそうだった。
すげーパワーだ! スイングも他の選手の比じゃねえ。篤の胸が高鳴る。絶好調の投手の球とバッテリーを組んで最高の打者を迎える。野球人生に於いてこれほど幸せな瞬間はない。痺れるような興奮を落ち着けよう、と篤はミットをパンと叩いた。
バッターボックスに入って来た北田に篤は低い声で言った。
「ワンストライクだ」
「次は捉えてやるよ」
北田は前を向いたまま答えた。
二球目だった。前の打音よりも遥かに芯のある快音が空気をつんざいていた。宣言通り真芯で捉えられた球が弧を描く軌道に乗ってライトスタンドに飛び込んで行った。
打たれた貴史は、と言うと。マウンド上で腰に手を当て、打球の行方を追っていた。暫し白球が消え行ったライトスタンドを見たまま動かなかった。篤は背番号1の背中から、その心境を探ろうとしていた。
興奮に包まれる大歓声の中、ダイヤモンドを回って来、ホームベースを踏んだ北田が、立ち尽くす篤に行った。
「会心の当たりではないぜ。俺はあのコース、得意じゃねーんだ。よく研究してたな」
得意じゃなくても平気でホームランにしたんだぜ、とでも言いたいのか。篤はベンチに戻っていく北田に向けでミットを投げてやりそうなり、寸でのところで思い止まった。
ひと試合につき、守備のタイムは三回までしか取れない。もうここで二回目を使ってしまう事になるがここで取らなければ、と篤は主審に球を貰ってマウンドに駆け寄っていた。内野陣も自然、マウンドに集まってくる。
マウンド上の貴史は思いの外穏やかですっきりした顔をしていた。心配する篤から球を受け取りながら笑った。
「失投じゃないよ。北田が会心の当たりじゃなくても、僕は会心の球だった。ごめん、目が覚めたよ。これからはちゃんと抑える」
コイツ、いつこんなに強くなった? と驚きつつも篤はクッと笑い、ミットをした手で貴史の胸元を小突いて言った。
「じゃあ、これからは俺のサインに少しは従え」
「はい、きゃぷてんっ」
篤と貴史のやり取りに仲間たちが笑った。篤は「大丈夫だ」と強く言う。
「俺たちが必ず振り出しに戻す!」
全員が頷き、貴史も深く頷いていた。
「ランナーがいなくて良かった、それだけの事さ!」
ファーストを守る権田が笑いながら貴史の尻を軽く叩き、それを合図に全員守備位置に戻って行った。その中で、マスクを被りながら戻ろうとした篤に貴史が言った。
「篤が真っ向勝負をさせてくれたから悔いはないよ、必ず投げ抜いてみせるよ」
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