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ネオン蝶
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彼女は、ネオンまばゆいこの街の、夜の蝶だった。
「すみません、それ、私の」
「ああ、コレ?」
「ええ」
2人を結びつけたのは、ピンク色が基調となったスワロフスキーのシガレットケースだった。
*
この街におおよそ不似合いな朝の光が射し込む頃、ネオンの蝶達に散々翻弄された男達がゾンビのようになって帰路に着く。
キャバクラのボーイ兼用心棒の龍吾は、店の女の子達を見送る。
「りゅうチャーン。あたし達の誰か選んでぇ」
キャバ嬢達がキャアキャアと龍吾に甘えた声を掛けた。
「ばーか。店の女に手ぇ出したらセイジさんに東京湾に沈められるわ」
龍吾は、やだーマジー!? と笑う彼女達を軽くあしらい大通りでタクシーに乗せ、店の前に戻るとタバコに火を点けた。
くゆる煙に目を細めた時、龍吾は道端で朝日を反射しキラリと光る物に気が付いた。煙草をくわえたまま近づき拾う。
シガレットケースか。
夜の街の商売女の持ち物である事が一目で分かる装飾が施されていた。
朝日を浴びて光り輝くスワロフスキーのシガレットケースの側面に、深紅の小さな石がRINKAという文字を象っていた。
リンカ。
名前に聞き覚えがあった。
龍吾が思考を巡らせていた時、柔らかな甘い声が龍吾の耳に滑らかに響いた。
「それ、私のです」
龍吾はこの街に来て長い。この世界で女を綺麗だと思った事は一度もなかった。
彼女に会うまでは。
朝の光を反射する、艶めく黒髪。陶器のような白い肌。
スラリとした手足にジャケットを肩がけにしていたが、深く開いたドレスの胸元には豊かな谷間が覗く。
鏡のような漆黒の瞳が、龍吾を見つめていた。
シガレットケースを手渡すと、咲き誇る花のような笑顔を見せた。
「ありがとう」
仕事上がりのはずなのに、化粧っ気がなかった。なのに、龍吾が今までに見てきたどの女よりも美しかった。
思わず固唾を飲む。
「あ、いや」
柄にもなくどぎまぎする自分に戸惑った。
「じゃあ」
彼女はシガレットケースをバッグにしまうと柔らかな微笑と共に微かな会釈をし、夜明けの街に消えて行った。
「誰だ?」
店の子達を一緒に大通りまで送ってきた用心棒仲間のシュウが、煙草をくわえながら龍吾に聞いた。
「どっかの店の子らしいな。リンカって名前らしい」
ライターを灯したシュウが、口にくわえていた煙草を落とした。
「鈴蘭の凜花だ!」
あ! 鈴蘭の!
〝鈴蘭〟とは、この街最大のキャバクラだ。凜花はその店のナンバーワンだった。
知らない者はいない、と言われる伝説の、稀代のキャバ嬢だ。
「化粧してなかったからわからなかったな」
「いや、でもスゲー綺麗だった……」
「龍吾。あの女だけはやめておけよ」
シュウは、彼女が去って行った方角から視線が動かない龍吾に警告する。
「わかってるさ、鈴蘭の商品に手を出すようなマネするほどバカじゃねぇよ」
龍吾はそう言いタバコを捨て、足で火を揉み消した。
もう、会う機会もないさ。きっと。
「すみません、それ、私の」
「ああ、コレ?」
「ええ」
2人を結びつけたのは、ピンク色が基調となったスワロフスキーのシガレットケースだった。
*
この街におおよそ不似合いな朝の光が射し込む頃、ネオンの蝶達に散々翻弄された男達がゾンビのようになって帰路に着く。
キャバクラのボーイ兼用心棒の龍吾は、店の女の子達を見送る。
「りゅうチャーン。あたし達の誰か選んでぇ」
キャバ嬢達がキャアキャアと龍吾に甘えた声を掛けた。
「ばーか。店の女に手ぇ出したらセイジさんに東京湾に沈められるわ」
龍吾は、やだーマジー!? と笑う彼女達を軽くあしらい大通りでタクシーに乗せ、店の前に戻るとタバコに火を点けた。
くゆる煙に目を細めた時、龍吾は道端で朝日を反射しキラリと光る物に気が付いた。煙草をくわえたまま近づき拾う。
シガレットケースか。
夜の街の商売女の持ち物である事が一目で分かる装飾が施されていた。
朝日を浴びて光り輝くスワロフスキーのシガレットケースの側面に、深紅の小さな石がRINKAという文字を象っていた。
リンカ。
名前に聞き覚えがあった。
龍吾が思考を巡らせていた時、柔らかな甘い声が龍吾の耳に滑らかに響いた。
「それ、私のです」
龍吾はこの街に来て長い。この世界で女を綺麗だと思った事は一度もなかった。
彼女に会うまでは。
朝の光を反射する、艶めく黒髪。陶器のような白い肌。
スラリとした手足にジャケットを肩がけにしていたが、深く開いたドレスの胸元には豊かな谷間が覗く。
鏡のような漆黒の瞳が、龍吾を見つめていた。
シガレットケースを手渡すと、咲き誇る花のような笑顔を見せた。
「ありがとう」
仕事上がりのはずなのに、化粧っ気がなかった。なのに、龍吾が今までに見てきたどの女よりも美しかった。
思わず固唾を飲む。
「あ、いや」
柄にもなくどぎまぎする自分に戸惑った。
「じゃあ」
彼女はシガレットケースをバッグにしまうと柔らかな微笑と共に微かな会釈をし、夜明けの街に消えて行った。
「誰だ?」
店の子達を一緒に大通りまで送ってきた用心棒仲間のシュウが、煙草をくわえながら龍吾に聞いた。
「どっかの店の子らしいな。リンカって名前らしい」
ライターを灯したシュウが、口にくわえていた煙草を落とした。
「鈴蘭の凜花だ!」
あ! 鈴蘭の!
〝鈴蘭〟とは、この街最大のキャバクラだ。凜花はその店のナンバーワンだった。
知らない者はいない、と言われる伝説の、稀代のキャバ嬢だ。
「化粧してなかったからわからなかったな」
「いや、でもスゲー綺麗だった……」
「龍吾。あの女だけはやめておけよ」
シュウは、彼女が去って行った方角から視線が動かない龍吾に警告する。
「わかってるさ、鈴蘭の商品に手を出すようなマネするほどバカじゃねぇよ」
龍吾はそう言いタバコを捨て、足で火を揉み消した。
もう、会う機会もないさ。きっと。
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