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龍吾の事情
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ローザは基本的に給料は手渡しで、大抵は店長から渡される。だがこの日はオーナーである剣崎セイジが店に来た。
オーナーとは言っても本職は何なのか、知るものは少ない。
裏稼業蔓延るこの街で、若くして手広く商売をする彼がどれだけ裏の世界に通じているかだけは、誰の目にも明らかではあったが。
黒地に微かなグレーストライプの細見のスーツで剣崎セイジは現れた。
整列し、かしこまる従業員1人1人に丁寧に接するその姿は紳士そのものだが、年齢不詳だ。
誰一人として実年齢を知らない。ただ三十代前半であろう事しか。
一人一人に話しかけて来た剣崎は、最後に龍吾の前に立った。
「お前は後で俺の部屋に来い」
射抜くような鋭い眼光で龍吾を見ていた。
ああ、あまりいい話ではないな
龍吾は覚悟を決めた。
剣崎は、十四歳で児童養護施設を飛び出してこの街に迷い込んだ龍吾を拾い、二十歳になる今まで育てたいわば恩人だ。
龍吾にとって決して裏切る事のできない親以上の存在だった。
ターミナル駅傍のテナントビル最上階に剣崎の事務所はあった。
エレベーターを降りると、強面の男達が龍吾に明るく話しかけてきた。
「よお、龍ちゃん。呼び出しか」
「今日はちと機嫌悪いぜー。覚悟しとけ」
口ぐちに好き勝手な事を言い、笑いながら彼らは去って行った。
龍吾はため息をつきながら剣崎の部屋のドアを開けた。
廊下の薄暗さが慣れたその目には蛍光灯の明るい光が眩しい。
「来たか、龍吾。そこに座れ」
大きな窓の向こうに広がる摩天楼の夜景を見ていた剣崎は振り向くと、龍吾に目の前のソファに座るよう促した。
見た目も声のトーンも穏やか。だが、彼の内情を知る人間にしてみれば、その姿勢にかえって恐怖を煽られる。
「龍吾、お前にクレームが来てるぞ」
ソファに腰を下ろした龍吾は、え? と顔を上げた。
「客ですか?」
驚きで声が上擦った。
「いや……」
剣崎が煙草をくわえながら向かいに置かれたソファに座るのを見た龍吾は、慌ててライターを取り出し火を点けた。
「お前、最近好きな女とかできたか」
ライターを持ったまま、龍吾が固まった。
剣崎は煙草の煙を茫然と固まる龍吾に吹きかける。瞳が鋭い光を放っていた。
「お前さ、そんなバカじゃねえよな」
低く響く落ち着いたトーンの声は機嫌の悪い証拠だ。龍吾は全身からサーッと血の気が引いていくのを感じた。
セイジさんはなにを知って?
「クレームの主は田崎だ」
ああ、やはりか!
「俺は」
「龍吾。お前はこの街で働くようになって何年になる? 一々教えなくてもわかるだろ。俺の顔に泥を塗るようなマネはしてくれるな。いいな!」
有無を言わせぬ迫力に龍吾はぐうの音も出なかった。
肩を落としたままドアの向こうへ消えた龍吾の足音が遠ざかっていく。
「アイツはまだ二十歳になったばかりだったな」
傍らで黙って聞いていた剣崎の相棒である兵藤保が静かに口を開いた。
「ああ。俺の知る限りでは、意外と女を知らないんだ、アイツ。この世界で生きていくのに女を知らないと、この先必ず痛い目に合う。本当は黙って見過ごしてやりたいが、今回は相手が悪すぎる」
「凛花はマズイな」
「かなりな」
煙草を灰皿に押し付けもみ消すと、剣崎は立ち上がった。
「田崎のジジイ、俺の銀座の店の隣を買ったらしいな。どこまでも俺の邪魔する気か。龍吾のヤツ、時期も悪いぜ」
兵藤が苦笑いをする。
「悪い、保。アイツを暫く見張ってくれ。手塩にかけて育て上げてきた大事な舎弟を田崎なんかに潰されてたまるか」
「わかってるさ」
静かに頷く兵藤が窓の外を見た。欲望が渦を巻く、眠らぬ夜の街の光が広がっていた。
オーナーとは言っても本職は何なのか、知るものは少ない。
裏稼業蔓延るこの街で、若くして手広く商売をする彼がどれだけ裏の世界に通じているかだけは、誰の目にも明らかではあったが。
黒地に微かなグレーストライプの細見のスーツで剣崎セイジは現れた。
整列し、かしこまる従業員1人1人に丁寧に接するその姿は紳士そのものだが、年齢不詳だ。
誰一人として実年齢を知らない。ただ三十代前半であろう事しか。
一人一人に話しかけて来た剣崎は、最後に龍吾の前に立った。
「お前は後で俺の部屋に来い」
射抜くような鋭い眼光で龍吾を見ていた。
ああ、あまりいい話ではないな
龍吾は覚悟を決めた。
剣崎は、十四歳で児童養護施設を飛び出してこの街に迷い込んだ龍吾を拾い、二十歳になる今まで育てたいわば恩人だ。
龍吾にとって決して裏切る事のできない親以上の存在だった。
ターミナル駅傍のテナントビル最上階に剣崎の事務所はあった。
エレベーターを降りると、強面の男達が龍吾に明るく話しかけてきた。
「よお、龍ちゃん。呼び出しか」
「今日はちと機嫌悪いぜー。覚悟しとけ」
口ぐちに好き勝手な事を言い、笑いながら彼らは去って行った。
龍吾はため息をつきながら剣崎の部屋のドアを開けた。
廊下の薄暗さが慣れたその目には蛍光灯の明るい光が眩しい。
「来たか、龍吾。そこに座れ」
大きな窓の向こうに広がる摩天楼の夜景を見ていた剣崎は振り向くと、龍吾に目の前のソファに座るよう促した。
見た目も声のトーンも穏やか。だが、彼の内情を知る人間にしてみれば、その姿勢にかえって恐怖を煽られる。
「龍吾、お前にクレームが来てるぞ」
ソファに腰を下ろした龍吾は、え? と顔を上げた。
「客ですか?」
驚きで声が上擦った。
「いや……」
剣崎が煙草をくわえながら向かいに置かれたソファに座るのを見た龍吾は、慌ててライターを取り出し火を点けた。
「お前、最近好きな女とかできたか」
ライターを持ったまま、龍吾が固まった。
剣崎は煙草の煙を茫然と固まる龍吾に吹きかける。瞳が鋭い光を放っていた。
「お前さ、そんなバカじゃねえよな」
低く響く落ち着いたトーンの声は機嫌の悪い証拠だ。龍吾は全身からサーッと血の気が引いていくのを感じた。
セイジさんはなにを知って?
「クレームの主は田崎だ」
ああ、やはりか!
「俺は」
「龍吾。お前はこの街で働くようになって何年になる? 一々教えなくてもわかるだろ。俺の顔に泥を塗るようなマネはしてくれるな。いいな!」
有無を言わせぬ迫力に龍吾はぐうの音も出なかった。
肩を落としたままドアの向こうへ消えた龍吾の足音が遠ざかっていく。
「アイツはまだ二十歳になったばかりだったな」
傍らで黙って聞いていた剣崎の相棒である兵藤保が静かに口を開いた。
「ああ。俺の知る限りでは、意外と女を知らないんだ、アイツ。この世界で生きていくのに女を知らないと、この先必ず痛い目に合う。本当は黙って見過ごしてやりたいが、今回は相手が悪すぎる」
「凛花はマズイな」
「かなりな」
煙草を灰皿に押し付けもみ消すと、剣崎は立ち上がった。
「田崎のジジイ、俺の銀座の店の隣を買ったらしいな。どこまでも俺の邪魔する気か。龍吾のヤツ、時期も悪いぜ」
兵藤が苦笑いをする。
「悪い、保。アイツを暫く見張ってくれ。手塩にかけて育て上げてきた大事な舎弟を田崎なんかに潰されてたまるか」
「わかってるさ」
静かに頷く兵藤が窓の外を見た。欲望が渦を巻く、眠らぬ夜の街の光が広がっていた。
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