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それぞれの思惑
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親に捨てられた時から、一度だって涙を流した事などなかったのに、どうにもならない悔しさは、抑えきる事が出来なかった。
自分の不甲斐なさに、込み上げる情けなさに、涙が止まらなかった。
「龍吾」
低く優しい声と共に肩に手が置かれた。ずっと静観していた、兵藤だった。
龍吾の隣に屈み、顔を上げた龍吾と視線を合わせる。
「お前にコレを」
兵藤は龍吾に重く厚みのある茶封筒を手渡した。
「セイジからだ」
「?」
怪訝な顔をしながらも、手渡されたその封筒の中を恐る恐る覗いた龍吾は驚愕した。
札束だった。
「保さん、これは!」
「それを凛花に渡せ」
「……っ」
言葉を失う龍吾に兵藤は続ける。
「セイジがお前の入院中に用意した物だ。渡すタイミングは全て俺に一任されていたんだけどな」
剣崎と兵藤のコンビは、あうんの呼吸で有名だった。
同じデザインの片耳ピアス。剣崎が右、兵藤が左。
天使の翼を型取り赤い石付いている。時折、生きているかのように石がキラリと光っていた。
「これを、凛花に?」
身動ぎ一つせず目を見開いたままの龍吾に兵藤はフッと笑った。
「凛花を無事に略奪出来たら、だな」
「それは必ずやってみせる!」
「その意気だ。当面の逃亡先もセイジがちゃんと考えてある。長崎の離島にある小さな教会、俺達がガキの頃ずっと世話になってた場所なんだ。アソコなら大丈夫だ」
長崎。
剣崎と兵藤が幼少期を長崎で過ごしていた事を龍吾は初めて知った。
そして何より、剣崎がそこまで考えていてくれた事も。
「お前が」
兵藤は真剣な目で龍吾と向き合う。
「凛花と一緒に逃げても充分なだけアイツは準備している。これはお前が決める事だ。お前自身が決めた事にはアイツは何も言わない。全て、龍吾自身の裁量に任せる、と言っていた」
言葉が出なかった。
一緒に、逃げる?
そんな選択肢は、端から持ち合わせてはいなかった。
俺の裁量ってセイジさん……。
龍吾は目を閉じ、首を振った。
正直、一緒に逃げたい。でもそれは違う!
黙り込んだ龍吾に、兵藤は柔らかな声音で話しかけた。
「無傷で凛花を強奪できる、なんて思ってはいないんだろ」
龍吾は兵藤を見た。覚悟を決めた、鋭く光る瞳で強く応えた。
「当然だ!」
「よし」と兵藤は龍吾の頬に拳を当てる。
「知り合いのマルボウのデカにハナシはつけてある。ムショに入るなんてどってことないな? 思い切り暴れて来い!」
†††
凛花の仕事最終日は、長きに渡りナンバーワンとして君臨したキャバ嬢の勇退とはとても思えない、寂しい幕引きだった。
表舞台から消える彼女を、少しでも客達に残像として残さないようにする田崎の意向だった。
「じゃあ凛花ちゃん、元気でな」
「寂しくなるなぁ……」
「また、どこかで会えますわ。私がいなくなっても、お店にはちゃんといらして下さいね」
酒に酔った客達は、微笑む凛花を抱き締め、名残惜しそうに店を後にした。
彼等に「ありがとうございました」と、深々と頭を下げ凛花は見送った。
『また会えます……』
そんな事、絶対にないのにね。
見え透いた社交辞令に、凛花は胸を痛めた。
この先の自分の人生に、自由などない事は分かりきっていた。母と同じ道を辿るであろう事も。
「あの男も諦めたんだろう」
迎えに来た田崎は、凛花の肩を抱き、地の底から湧き上がるような不気味な声で勝ち誇ったように笑った。
「凛花、お疲れ様ー」
「元気でね。これは私達から。凛花が居なくなると寂しくなるわ」
次にナンバーワンになるであろう人気を誇るキャバ嬢が大きな花束を凛花に差し出した。
彼女の微笑みには、言葉とは裏腹に寂しさなど微塵も感じられなかった。
「ありがとう。こんな素敵な花束、嬉しいわ」
凛花は優しい笑顔を見せて、ズシリと重い花束を受け取った。
花束の重さには、悲しいくらい渦巻くそれぞれの想いが重なる。
「行くぞ」
田崎に声を掛けられた凛花は、長くフロアに頭を下げた。
店を出ると、雨が降っていた。暗い夜空から落ちる雨粒が凛花の頬に当たる。
龍吾。
凛花の中に、雨の公園で重ねた肌が甦り、胸を締め付けられるような痛みが襲う。
『待っていろ』
あの手紙の言葉を期待した訳じゃない。きっと、自分が店を辞める事も龍吾には伝わらないだろう。
凛花は諦めていた。雨で濡れた頬を、涙をごまかす為に敢えて拭わない。
店の前に横付けされた黒塗りの車。前を歩く田崎に続いてそこに乗り込めば、全てが終わるのだ。
さよなら、龍吾。
凛花は深呼吸をし、目を閉じようとした。その時だった。
田崎に、誰かが、黒い何かが脇から体当たりした。
一瞬、時の流れが止まったかのような静寂に包まれた後、田崎が地面に倒れ込んだ。
「た……田崎さん⁈」
「テメーは、剣崎んとこの!」
地面に倒れ、脇腹を押さえたまま動かない田崎の腹部から赤黒い液体が拡がるのが見えた。
自分の不甲斐なさに、込み上げる情けなさに、涙が止まらなかった。
「龍吾」
低く優しい声と共に肩に手が置かれた。ずっと静観していた、兵藤だった。
龍吾の隣に屈み、顔を上げた龍吾と視線を合わせる。
「お前にコレを」
兵藤は龍吾に重く厚みのある茶封筒を手渡した。
「セイジからだ」
「?」
怪訝な顔をしながらも、手渡されたその封筒の中を恐る恐る覗いた龍吾は驚愕した。
札束だった。
「保さん、これは!」
「それを凛花に渡せ」
「……っ」
言葉を失う龍吾に兵藤は続ける。
「セイジがお前の入院中に用意した物だ。渡すタイミングは全て俺に一任されていたんだけどな」
剣崎と兵藤のコンビは、あうんの呼吸で有名だった。
同じデザインの片耳ピアス。剣崎が右、兵藤が左。
天使の翼を型取り赤い石付いている。時折、生きているかのように石がキラリと光っていた。
「これを、凛花に?」
身動ぎ一つせず目を見開いたままの龍吾に兵藤はフッと笑った。
「凛花を無事に略奪出来たら、だな」
「それは必ずやってみせる!」
「その意気だ。当面の逃亡先もセイジがちゃんと考えてある。長崎の離島にある小さな教会、俺達がガキの頃ずっと世話になってた場所なんだ。アソコなら大丈夫だ」
長崎。
剣崎と兵藤が幼少期を長崎で過ごしていた事を龍吾は初めて知った。
そして何より、剣崎がそこまで考えていてくれた事も。
「お前が」
兵藤は真剣な目で龍吾と向き合う。
「凛花と一緒に逃げても充分なだけアイツは準備している。これはお前が決める事だ。お前自身が決めた事にはアイツは何も言わない。全て、龍吾自身の裁量に任せる、と言っていた」
言葉が出なかった。
一緒に、逃げる?
そんな選択肢は、端から持ち合わせてはいなかった。
俺の裁量ってセイジさん……。
龍吾は目を閉じ、首を振った。
正直、一緒に逃げたい。でもそれは違う!
黙り込んだ龍吾に、兵藤は柔らかな声音で話しかけた。
「無傷で凛花を強奪できる、なんて思ってはいないんだろ」
龍吾は兵藤を見た。覚悟を決めた、鋭く光る瞳で強く応えた。
「当然だ!」
「よし」と兵藤は龍吾の頬に拳を当てる。
「知り合いのマルボウのデカにハナシはつけてある。ムショに入るなんてどってことないな? 思い切り暴れて来い!」
†††
凛花の仕事最終日は、長きに渡りナンバーワンとして君臨したキャバ嬢の勇退とはとても思えない、寂しい幕引きだった。
表舞台から消える彼女を、少しでも客達に残像として残さないようにする田崎の意向だった。
「じゃあ凛花ちゃん、元気でな」
「寂しくなるなぁ……」
「また、どこかで会えますわ。私がいなくなっても、お店にはちゃんといらして下さいね」
酒に酔った客達は、微笑む凛花を抱き締め、名残惜しそうに店を後にした。
彼等に「ありがとうございました」と、深々と頭を下げ凛花は見送った。
『また会えます……』
そんな事、絶対にないのにね。
見え透いた社交辞令に、凛花は胸を痛めた。
この先の自分の人生に、自由などない事は分かりきっていた。母と同じ道を辿るであろう事も。
「あの男も諦めたんだろう」
迎えに来た田崎は、凛花の肩を抱き、地の底から湧き上がるような不気味な声で勝ち誇ったように笑った。
「凛花、お疲れ様ー」
「元気でね。これは私達から。凛花が居なくなると寂しくなるわ」
次にナンバーワンになるであろう人気を誇るキャバ嬢が大きな花束を凛花に差し出した。
彼女の微笑みには、言葉とは裏腹に寂しさなど微塵も感じられなかった。
「ありがとう。こんな素敵な花束、嬉しいわ」
凛花は優しい笑顔を見せて、ズシリと重い花束を受け取った。
花束の重さには、悲しいくらい渦巻くそれぞれの想いが重なる。
「行くぞ」
田崎に声を掛けられた凛花は、長くフロアに頭を下げた。
店を出ると、雨が降っていた。暗い夜空から落ちる雨粒が凛花の頬に当たる。
龍吾。
凛花の中に、雨の公園で重ねた肌が甦り、胸を締め付けられるような痛みが襲う。
『待っていろ』
あの手紙の言葉を期待した訳じゃない。きっと、自分が店を辞める事も龍吾には伝わらないだろう。
凛花は諦めていた。雨で濡れた頬を、涙をごまかす為に敢えて拭わない。
店の前に横付けされた黒塗りの車。前を歩く田崎に続いてそこに乗り込めば、全てが終わるのだ。
さよなら、龍吾。
凛花は深呼吸をし、目を閉じようとした。その時だった。
田崎に、誰かが、黒い何かが脇から体当たりした。
一瞬、時の流れが止まったかのような静寂に包まれた後、田崎が地面に倒れ込んだ。
「た……田崎さん⁈」
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