舞姫〜花舞〜

深智

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「ほな、姫扇さんねえさん、また明日。
ムリせんとくれやす」

 山吹色の絣の着物姿の舞妓が、マンションのエントランスまで見送りに出た姫花に日本髪に結い上げた頭をペコリと下げお辞儀した。

「姫千代ちゃん、おおきに。おかあさんによろしく伝えとくれやす」
「へぇ」

 振り向きながら手を振るまだ幼い、可愛らしい姫千代を姫花は見えなくなるまで見送った。

 お座敷を休むようになっても、屋形のおかあさんの気遣いで毎日入れ替わり立ち替わり、妹分の舞妓や、同じ屋形のおねえさんである芸妓が顔を見せに来てくれた。

 彼女達はおかあさんの手作りのお弁当を置いてゆく事もあれば、時折仕出しのお弁当を持参し一緒に食べてゆく事もあった。

 みな、深く詮索したりはせず、優しく、姫扇の身体を気遣ってくれた。それが却って辛い事も、あった。




 
 姫花はフワリとしたAラインの上着の腹部を軽く撫でた。胎児は八ヶ月というのに細身の身体のその部分は言われなければ分からないくらい目立たなかった。

 ポストを確認した彼女は、ふぅ、とため息をついた。

 ダイレクトメールやチラシ、夕刊。うちったら、何を期待しとるんやろ。

 締め付けるような切なさに痛む胸を抱えて、姫花はうつ向いた時、ポコポコとお腹の中から叩く愛しい感触があった。

 フフと微笑んだ姫花は優しくお腹を擦る。

 うちは一人やなかったね。

 でも、と姫花は歩きながら襲いかかる寂しさと不安と戦う。



 妊娠が分かったのは、武に別れを告げられた後だった。

 武はん。うちは武はんを忘れられへんの。

 あない酷い事を言われたんに、うちはバカやね。

 部屋のドアを閉めた姫花は、お腹を抱えながらそこに座り込んだ。

 結局、うちは武はんを止められへんかった。

 武の故郷であった事を、姫花は新聞とニュースで見知っていた。

 加藤大臣のお座敷は幾度もあり、彼のお気に入りだった姫扇はその度に呼ばれたが、姫扇と別れた武は、祇園に姿を見せなくなった。

 武が祇園以外の花街に行っている様子はなく、そのうちに、通産省を辞めた事を知った。

『武君はやり手だよ。彼は官僚のトップに収まって満足しているような男ではないからな』

 武の事を話す大臣が意味深に笑っていた



 武はん、武はん。うちのお腹に武はんの赤ちゃんがいるんどす。

 座り込んでいた姫花の目から、ポロポロと涙がこぼれた。

 武との関係の証、繋がりを失いたくなかった。

 姫花は涙で頬を濡らしながらお腹を優しく撫でる。

 決して、武はんに話したりはせえへんけど。この子はせっかくうちとこに来てくれたんやもん。

 産んであげへんと。うちが守ってあげへんと。

 でも、苦しいんよ。寂しいんよ。

 どないしたらええんやろ。

 誰か、誰か助けてーー!

 うつ向く姫花が涙を溢していた時、リビングで電話が鳴り、パッと顔を上げた。



†††
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