火星教育律法

鴨居ダンテ

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プロローグⅠ

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 宇宙の闇、闇の底から一隻の宇宙船が黒々と浮かび上がる。しかし、彼の脳が捉えたのは視床的情報ではない。感知したのだ、「生命の存在」を。
 
 感知するや否や、ヴォーグは深い睡眠状態から復活した。身体の四肢という四肢が脈打つ。それは彼の意思を介さない、本能的な復活劇だった。あるいはシステムによる単なる起動だったのかもしれない。両者の差異は、彼にとってーー彼が暮らしていた文明にとって、あまりに曖昧で、どうでもいいものだった。

 あの船はヴォーグとヴォーグの文明が長らく追い求めてきたものだった。意識の底、言語化で雄叫びが上がる。しかし、彼の高度に発達した脳でも、この現実を処理するにはいくらかプロセスが必要だった。

 まずは記憶である。

 倒錯した認識の糸が記憶という荒波に揉まれて、徐々に解けていく。強力なアンフェタミンを注射され、朦朧とした意識のなか、俺は宇宙空間に投げ出された。それが彼に残っている最後の記憶だったが、今の状況とうまく噛み合わない。今と過去の大きな空白が矛盾《ジレンマ》を生み出しているのだ。

 現実の矛盾を。

 どれだけの時が経っただろう、俺が宇宙に投げ出されたあの時から。

 考えても仕方ないな、遠くに浮かび上がる宇宙船を見つめながらヴォーグは思う。いずれにしたって、俺は復活したんだ。二度目の生が俺のなかにはある。とりあえずは、それで十分なのだ。

 そう結論付けると、急に空腹を覚え始めた。自分の身体を一瞥してみても、とても自分のモノだとは思えないほど、痩せ細っていた。

 死人らしい身体だな、とヴォーグは呟き、ニヤリと不気味な笑みを浮かべる。口元には真っ白な歯が綺麗に整列している。

 彼の目は、遠くに浮かぶ獲物に釘付けになっている。その眼にはサーモグラフィーのように光る極彩飾の生命体情報の数々、つまり、彼にとっての獲物の数が写っている。船内には百を超える生命体がいるようだ。彼はあまりの興奮に身を震わせた。こりゃ、数世紀ぶりのご馳走だぞ。

 彼の身体は徐々に変形を始めていた。手は巨大な水かきとなり、足はひとつに束ねられ、次第に尾鰭のようになっていく。陸生動物というよりは、水生動物のような出で立ちだ。

 あの船を逃すわけにはいかない。

 俺はいま、とても腹ペコなんだ。

 ヴォーグは宇宙のしじまに向かってうねり声をあげると、獲物に向かって宇宙を泳ぎ始めた。
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