火星教育律法

鴨居ダンテ

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プロローグⅡ

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 数十時間の追跡を経て、ヴォーグはようやく船の全体像を視覚的に把握できる位置まで辿り着いていた。追跡を続けるなかで、彼の空腹度合いはますます大きなものになっていた。

 だが、それ以上に、恐怖や不安といった感情が自分のなかで芽生えていたことに驚かざるを得なかった。

 船内の動きを見るにまだこちらを捕捉してはいないようだ。サーモグラフィーのように映し出された生命体の多くは、長らく静止したままだった。しかし、生命体エネルギーは確かにある。

 つまり、死んでいないということだ。

 高度に発達した脳が推論を導き出す。これは「睡眠」なのだ。習ったことがある、大昔我々の先祖もこの「睡眠」とやらを生活の一部としていたという。文明の早熟期に見られる、一種のエネルギー補給方法だ。彼らの多くはいま「睡眠」しているのだ。

 この仮定が正しいとすれば、恐怖を抱く必要はない、とヴォーグは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。彼らの文明はまだまだ未熟なのだ。知能レベルも低いはず。機械文明には達しているのだろう、この宇宙船そのものが証明だ。しかし、移動速度からして、さほど優れてはいないように見える。なによりも、武器らしい武器が見つからない。

 そこまで考えると、先ほどまでの感情が嘘のように晴れていった。

 恐怖はもうない。彼らの文明はまだ幼い。そう思うや否や、彼は船体へ取り付いた。蛸の吸盤のように変形した掌は、彼の時代ではすでに廃れていたはずの未知の金属の正体をすかさず理解し、離れることがないように適応していた。彼は高度に発達した己の肉体と、己の幸運に感謝した。

 これなら数時間で中枢神経まで侵入できる、と彼は心のなかでひとりごち、悦に入ったような表情を浮かべた。

 彼の身体はその大半が「人工物」からできている。機械に直接働きかけることのできる特殊な素材が、彼の身体のほぼ全てなのだ。彼らの世界では、生殖活動によって誕生するのは脳だけであり、それ以外は人造人間《サイボーグ》のように人工の物質が継ぎ接ぎされていた。

 ヴォーグの手足は、いま船内のシステムを支配しようと働いている。ちょうどパソコンに寄生する虱《バグ》のように。この作業によって、手足の自由は効かない。

 これは賭けだった。船のシステムが彼に掌握されるより前に警告を出すか、彼のほうが早いか。彼は自分に賭けた。いや、賭けたという認識すら彼は持ち合わせていない。

 彼らの文明には、恐怖や不安といった感情が明らかに欠如していたからだ。あるのは、確定された未来であり、物事のはじまりは同時に物事の終わりだった。

 すべてがあらかじめ決定された世界。ヴォーグの世界はこの船が生まれた世界とは決定的に、そして致命的に異なっていた。

 そのときだった、生命の存在を感じたのは。
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