4 / 13
プロローグⅣ
しおりを挟む
背筋になめらかな女の指を感じる。恐怖を知らないヴォーグにも、それがなにを意味するか、本能的に理解できた。喰われる。純然たる未来の既成事実として、それはヴォーグの前に現れた。
〈お前の教育者は誰だ? そんな修辞法《レトリック》を誰が教えたんだ? 作家《ブック・メイカー》か?〉
〈別にレトリックじゃないのよ、あなた〉
その声音に、彼の神経は過敏に反応していた。俺はこの声を知っている!
〈その声、レムか? レムなのか?〉
〈あなた、ほんとうに間抜けなのね。あなたの奥さんがこんなところにいるはずないでしょう〉
そうだ、彼女《アレ》がいるはずはない。俺はアレを置いてきたんだ。
〈それで、死んでくれるの? 私、同族喰い《ともぐい》はしない趣味なの。あんたたち、不味いじゃない、特にあなたは最悪ね。だからね、ここから消えて欲しいだけなの。久しぶりのご馳走だもの、横取りされちゃたまらない〉
そういうことか、ヴォーグは思う。彼らテレパシー能力は極めて高度に発展している。思考と思惟の区別がついており、彼らは半ば無意識にそれらを使いわけることができる。思考のすべてが相手に伝わるわけではない。
〈いいだろう、消えてやるさ。だが、俺がいまこの作業を止めたらどうなる? お前は二十九番目だと言ったな。お前は俺とは違う。俺の能力はこうして機械に侵入《ハッキング》することだが、おそらくお前は生物の脳内認識を操るんだろう。触れたモノの神経にハッキングし、認識を狂わせる。二十番代は、たしかそんな能力だったな〉
〈おおかた正解、といったところね。それで、それは脅し?〉
ヴォーグの頭のなかは、もうすでに冷静さを取り戻していた。これもまた、この女の意図した結果かもしれないが。
〈お前に欠けているものを、お前のティーチャーの代わりに教えてやろうか? それはな、「未来を考える力」だよ。お前はこの船を乗っ取ったあとのことを考えない。この船がどこへ行こうとしているか、それも知らない〉
背中合わせの沈黙が彼の思考を加速させる。選択肢はひとつ。こいつと協力することだ。
〈この船は、とある惑星に向かっている。その惑星では、こいつらの文明が絶頂期を迎えているだろうし、それでいて、俺らの世界よりはずっと幼稚なものだ〉
〈つまり、二人で協力して、こいつらの惑星まで行くと?〉
〈あと、小一時間で船のシステムは掌握できる。俺はこの船を操れる〉
そう言うと、彼は作業に集中した。この女の矮小な脳でも分かっただろう、俺の計画の有能さが。ここへ辿り着いたころは考えてもいなかったが、実際協力者がいるにこしたことはないのだ。それに、この女の能力は使える。
〈あなた、不思議な考え方をするわね〉ドリーンと名乗る女がいう。〈他人と協力しようなんて、普通考えないわ。よっぽど、あなたのティーチャーを疑うわね〉
ヴォーグとしても、自分の閃きが信じられなかった。
生命体の減少によるハイパー個人主義が染み付いていた彼らの文明に、協力という概念は無きに等しかった。彼らの高度に発達した脳と身体は、すべての主眼を自分に置いて、物事を遂行する。自分にできないことは不可能性として焼却される。彼らにとっての他者とは、利害関係という度量衡では計れない。他者は他者でしかないのだ。
ヴォーグはそのとき、自分の進化を確信した。俺は学んだのだ、この船から。この船のシステムから、他者と協力することの有用さを。
進化がここまで心地よいものだとは。彼は不気味な笑みを浮かべる。
〈お前の教育者は誰だ? そんな修辞法《レトリック》を誰が教えたんだ? 作家《ブック・メイカー》か?〉
〈別にレトリックじゃないのよ、あなた〉
その声音に、彼の神経は過敏に反応していた。俺はこの声を知っている!
〈その声、レムか? レムなのか?〉
〈あなた、ほんとうに間抜けなのね。あなたの奥さんがこんなところにいるはずないでしょう〉
そうだ、彼女《アレ》がいるはずはない。俺はアレを置いてきたんだ。
〈それで、死んでくれるの? 私、同族喰い《ともぐい》はしない趣味なの。あんたたち、不味いじゃない、特にあなたは最悪ね。だからね、ここから消えて欲しいだけなの。久しぶりのご馳走だもの、横取りされちゃたまらない〉
そういうことか、ヴォーグは思う。彼らテレパシー能力は極めて高度に発展している。思考と思惟の区別がついており、彼らは半ば無意識にそれらを使いわけることができる。思考のすべてが相手に伝わるわけではない。
〈いいだろう、消えてやるさ。だが、俺がいまこの作業を止めたらどうなる? お前は二十九番目だと言ったな。お前は俺とは違う。俺の能力はこうして機械に侵入《ハッキング》することだが、おそらくお前は生物の脳内認識を操るんだろう。触れたモノの神経にハッキングし、認識を狂わせる。二十番代は、たしかそんな能力だったな〉
〈おおかた正解、といったところね。それで、それは脅し?〉
ヴォーグの頭のなかは、もうすでに冷静さを取り戻していた。これもまた、この女の意図した結果かもしれないが。
〈お前に欠けているものを、お前のティーチャーの代わりに教えてやろうか? それはな、「未来を考える力」だよ。お前はこの船を乗っ取ったあとのことを考えない。この船がどこへ行こうとしているか、それも知らない〉
背中合わせの沈黙が彼の思考を加速させる。選択肢はひとつ。こいつと協力することだ。
〈この船は、とある惑星に向かっている。その惑星では、こいつらの文明が絶頂期を迎えているだろうし、それでいて、俺らの世界よりはずっと幼稚なものだ〉
〈つまり、二人で協力して、こいつらの惑星まで行くと?〉
〈あと、小一時間で船のシステムは掌握できる。俺はこの船を操れる〉
そう言うと、彼は作業に集中した。この女の矮小な脳でも分かっただろう、俺の計画の有能さが。ここへ辿り着いたころは考えてもいなかったが、実際協力者がいるにこしたことはないのだ。それに、この女の能力は使える。
〈あなた、不思議な考え方をするわね〉ドリーンと名乗る女がいう。〈他人と協力しようなんて、普通考えないわ。よっぽど、あなたのティーチャーを疑うわね〉
ヴォーグとしても、自分の閃きが信じられなかった。
生命体の減少によるハイパー個人主義が染み付いていた彼らの文明に、協力という概念は無きに等しかった。彼らの高度に発達した脳と身体は、すべての主眼を自分に置いて、物事を遂行する。自分にできないことは不可能性として焼却される。彼らにとっての他者とは、利害関係という度量衡では計れない。他者は他者でしかないのだ。
ヴォーグはそのとき、自分の進化を確信した。俺は学んだのだ、この船から。この船のシステムから、他者と協力することの有用さを。
進化がここまで心地よいものだとは。彼は不気味な笑みを浮かべる。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる