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第1話 - Ⅰ(ジム)
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今日のティーチャーは一限目にウィンストン・チャーチル、二限目にアーネスト・ヘミングウェイ、三限目にミシェル・フーコーだった。ジムにとって、フーコー以上に優秀なティーチャーはいなかった。
午前中の授業を終えたジム・ロックは友人のダンと一緒に昼食を取っている最中で、教室には数名のティーチャーと生徒が混在していた。白髪で前頭部だけ禿げているのがあの有名なトーマス・エディソンで、修行僧めいた髭面はフェリペ二世。もう一人のティーチャーをジムは知らなかった。
彼らが乗っている宇宙船〈ヴァーミリオン〉内部の環境は地球と変わらない。重力も気温も、地球のそれに近いーー全てが人によって真似された「疑似」の地球だ。まあ、そんな旅も、あと三週間で終わる。
ジムは地球に行ったことがなかった。彼は火星で生まれた「最初の世代」なのだ。
「あのひと、誰か分かるか?」
配給された昼食を食べながら、ジムが尋ねる。この航行に唯一不満があるとすれば、この質素な食事だ。配給制の食事というものはなんとも味気ない。
「フランク・ジャクソン、フランスの哲学者だよ。授業を受けたことはないけどな」
と、ダンが答える。彼もまた火星生まれだ。
「最近増えたよな、無名のティーチャー。イカれてる奴も増えてるし」
「無名じゃないさ、俺らが知らないってだけで名前はある、どんな人間にも」
ダンの揚げ足取りは、もはや彼の専売特許だ。頭脳明晰でハンサムだが、こういったひょうきんな所が致命的に残念である。
「あの人がイカれてるかどうか、試してみるか?」
皮肉めいた表情でダンが言う。腹の立つ表情だ。ジムが首肯してみせると、ダンは席を立ち、フランス人哲学者の元へ歩き出した。
「ハロー、ティーチャー。少し話をしてくれ」
ダンの口調はどんなティーチャーに対しても強気だ。ダン曰く、それが「取り込まれないため」の最善策らしい。
「そうですね、ダン・シモンズくん。それでは、マリーの話をしましょうか」
ジャクソンはそう言うと、組んでいた足を組み直す。
「前提として、マリーという少女は、白黒の部屋で白黒のテレビ画面を通してだけしか外界の世界を知りません。彼女は神経生理学の知識を有していて、例えば、トマトを見たときに生じる物理学的過程に関して得られるすべての物理情報を理解しています。つまり、科学の上では「仕組み」のすべてを知っているのです。「赤い」という言葉の意味や使い方も知っています。さて、そんなマリーが白黒の部屋から解放されて外界に出たとしたら、何が起こるでしょう? 彼女はなにかを学ぶと思いますか?」
隣をチラ見すると、ダンがニヤついている。
「どうだ、イカれてると思うか?」
午前中の授業を終えたジム・ロックは友人のダンと一緒に昼食を取っている最中で、教室には数名のティーチャーと生徒が混在していた。白髪で前頭部だけ禿げているのがあの有名なトーマス・エディソンで、修行僧めいた髭面はフェリペ二世。もう一人のティーチャーをジムは知らなかった。
彼らが乗っている宇宙船〈ヴァーミリオン〉内部の環境は地球と変わらない。重力も気温も、地球のそれに近いーー全てが人によって真似された「疑似」の地球だ。まあ、そんな旅も、あと三週間で終わる。
ジムは地球に行ったことがなかった。彼は火星で生まれた「最初の世代」なのだ。
「あのひと、誰か分かるか?」
配給された昼食を食べながら、ジムが尋ねる。この航行に唯一不満があるとすれば、この質素な食事だ。配給制の食事というものはなんとも味気ない。
「フランク・ジャクソン、フランスの哲学者だよ。授業を受けたことはないけどな」
と、ダンが答える。彼もまた火星生まれだ。
「最近増えたよな、無名のティーチャー。イカれてる奴も増えてるし」
「無名じゃないさ、俺らが知らないってだけで名前はある、どんな人間にも」
ダンの揚げ足取りは、もはや彼の専売特許だ。頭脳明晰でハンサムだが、こういったひょうきんな所が致命的に残念である。
「あの人がイカれてるかどうか、試してみるか?」
皮肉めいた表情でダンが言う。腹の立つ表情だ。ジムが首肯してみせると、ダンは席を立ち、フランス人哲学者の元へ歩き出した。
「ハロー、ティーチャー。少し話をしてくれ」
ダンの口調はどんなティーチャーに対しても強気だ。ダン曰く、それが「取り込まれないため」の最善策らしい。
「そうですね、ダン・シモンズくん。それでは、マリーの話をしましょうか」
ジャクソンはそう言うと、組んでいた足を組み直す。
「前提として、マリーという少女は、白黒の部屋で白黒のテレビ画面を通してだけしか外界の世界を知りません。彼女は神経生理学の知識を有していて、例えば、トマトを見たときに生じる物理学的過程に関して得られるすべての物理情報を理解しています。つまり、科学の上では「仕組み」のすべてを知っているのです。「赤い」という言葉の意味や使い方も知っています。さて、そんなマリーが白黒の部屋から解放されて外界に出たとしたら、何が起こるでしょう? 彼女はなにかを学ぶと思いますか?」
隣をチラ見すると、ダンがニヤついている。
「どうだ、イカれてると思うか?」
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