火星教育律法

鴨居ダンテ

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第3話 - Ⅲ(ヘンドリック)

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 ドアから姿を現したのは、米国の官房長官であるエイブラハム氏だった。 
 
 みなが一様にホッとした表情を浮かべるなか、〈マザー〉だけは違った。表情が明らかに変わったのだ。少なくとも、エイブラハムはその変化を見逃さなかった。
 
 彼女の目が見つめていたのだ、たしかに、人間《たにん》を。

「悪いな、遅れて。用件が立て込んでいたもので」

 そう言ってエイブラハムが船長の隣の席につく。彼は待遇だけでなく、船内における権限も強い。それもそのはず、船乗りと学者では意見が噛み合うわけもないのだ。船内で意見が割れるたび、最後の決断はほぼ彼に委ねられてきた。

「それで、首尾は? 侵入者は知的生命体なのか?」

 エイブラハムの視線が向かう先は、もちろん〈マザー〉だ。彼女は質問を投げかけられている。しかし、その口は固く閉ざされたまま。その青い瞳だけがまるで生きているように煌々と輝いている。
 
 ややあって、〈マザー〉は意を決したように言う。

「侵入者に関する情報はまだ多くありません。しかし、彼らが地球外生命体だと仮定するならば、状況は芳しくないでしょう。まずは乗客全員を〈パブリック・スクール〉へと避難させましょう。監視カメラの管轄内に」

「よし、それでいいですかな、エイブラハム氏?」

 エイブラハムの顔は極めて真面目だ。いかなる感情をもその表面に現さない強さがある。だがーー。

「構わん」

 だが、違う。ヘンドリックの直感は訴える。違う、前に見た彼と違う。以前の彼はもっと感情的で、もっと高慢で、もっとーー。

「ミスター・エイブラハム」と〈マザー〉が言う。冷たく、重い声だ。「地球外生命体に関する情報を私は持ち合わせていません。〈マザー・システム〉本体にアクセスしても、閲覧制限が掛かっていました。そんな情報に出会ったのは初めてです。何か心当たりなどありませんか?」

 〈マザー〉の視線は鋭い。沈黙が目に見えるようだった。
 
「どうだろうな。君にアクセスできない情報があるとは思わなかった。よし、こちらから打診してみよう、〈マザー〉本体に」

「では、警戒レベルを〈レベル5〉とし、各自乗客の避難に尽力してくれ。クルーは移住区画からパブリック・スクールへと続く回廊の誘導と警備を。科学者の皆さんは、対策を練ってほしい。あいにく、この船にこれといった銃火器はありません。拳銃も、船首室にある一丁だけです。なので、戦闘になった際の対抗策を考えていただきたい。まずは皆さんも、パブリック・スクールへ」
 
 会議は船長の言葉とざわめきのなかで終わりを迎えた。
 
 ヘンドリックは自分のなかで言葉を整理していた。ドアの向こう側へと消えるエイブラハムの後ろ姿は、毅然としていて、強さに溢れている。

 そうだ、以前の彼はもっとーーもっと人間らしかった。
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