黄泉小径 -ヨモツコミチ-

小曽根 委論(おぞね いろん)

文字の大きさ
12 / 83
弐 平成三年

鏡越しの真由子。

しおりを挟む
「ぇえっ!?」

 変な声が出た。思わず振り返る。
 誰もいない。

「ちょっと、どうしたの?」

 間を置かず、私の素っ頓狂な声を聞いた母が心配そうにやって来た。

 私は気にも止めず周囲を見回すが、やっぱり誰もいない。

「何?ゴキブリでも出たの?」

 落ち着きなくキョロキョロする私を見れば、そりゃそんな風に思うだろう。私の焦りがうつったようにして、母も気忙しく辺りを見る。

 勿論、実際はそんなものがいたわけではない。

「ううん。ゴメン、何かの見間違いみたい」

「見間違いって……」

 ここで「あ、そ」と私の言い分を素直に聞き入れてくれる母なら、私も苦労はしない。

「……そんなわけないでしょ。あんなに大きな声だったんだから」

 案の定、母は食い下がってきた。こうなると何を言っても中々信じてもらえない。
 が、

「おい、行ってくるぞ!」

 不機嫌そうな父の一声が、母の推理を遮った。

 いつも自分勝手なタイミングでものを言う父を疎んじていたが、この時だけは彼のその習性に感謝した。

「あ、ハイハイ!」

 母は、いきなりの父の呼び出しを受けて、そそくさと私の前から姿を消した。

 私は、あらためて鏡を見た。

 真由子の姿は、未だそこに居座っていた。

 私は、右のこめかみ辺りを軽く何回か小突いてみた。

 ちゃんと痛覚は感じる。とりあえず夢ではないようだ。

 改めて見ると、鏡の中の真由子は小さな手をひらひらさせながら「おいでおいで」をしている。

 何だろう?

「ちょっと待ってね」

 誰にも聞こえないような小声で言うと、手早く身支度を整える事にした。

 少しして、父を見送った母が戻ってきた。

「母さん。やっぱりこの辺、虫がいるみたいだから」

 適当な嘘でごまかしつつ、メイクを簡潔に仕上げる。

「やだ。殺虫剤焚かないと」

 真に受ける母。当然こちらはその話を長々と続けるつもりはない。

「じゃ、私も行くよ」

「あら、今日はちょっと早いんじゃない?」

「そう?」

 確かに10分ほどは早いが、そんな事はどうでも良い。

 私は玄関で振り返り、化粧をチェックする振りをしながら、コンパクトの鏡を覗きこんだ。

 案の定、真由子が身振りで私を外へ誘っている。

「久美子」

 コンパクトをしまったその時、不意に名前を呼ばれた。

 見ると、祖父が直立の姿勢でこちらを見ていた。

「え、ちょっと大丈夫なのおじいちゃん!?」

 名前を間違えられなかった事よりも、体の弱い彼が真っ直ぐに立っている方が衝撃だった。私は駆け寄って祖父の肩を持つ。

 祖父は、強い視線で私を真っ正面から見据えていた。

「どこへ行くつもりだ、久美子」

 いつもの弱々しさが全く無い。私は戸惑い、祖父へ返事が出来ないでいた。
 すると、

「真由子についていくのか?」

 予想外の指摘に、ぎょっとして祖父を見る。

「やめろ。お前まで行ってしまうのか」

 私は、玄関に目をやった。
 私には見えないが、真由子がそこにいるはずだ。

 あの日、
 私が見失ってしまった、私の妹。

「……ゴメン」

 私は祖父の肩を離すと、駆け足で走り去った。

「待て!久美子!」

 後ろに響く祖父の声を振り切り、私は車に乗り込んだ。

「行くよ、真由子!」

 バックミラーで確認しながら言うと、ミラーの中の真由子は嬉しそうに頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

隣人意識調査の結果について

三嶋トウカ
ホラー
「隣人意識調査を行います。ご協力お願いいたします」 隣人意識調査の結果が出ましたので、担当者はご確認ください。 一部、確認の必要な点がございます。 今後も引き続き、調査をお願いいたします。 伊佐鷺裏市役所 防犯推進課 ※ ・モキュメンタリー調を意識しています。  書体や口調が話によって異なる場合があります。 ・この話は、別サイトでも公開しています。 ※ 【更新について】 既に完結済みのお話を、 ・投稿初日は5話 ・翌日から一週間毎日1話 ・その後は二日に一回1話 の更新予定で進めていきます。

【完結】知られてはいけない

ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。 他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。 登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。 勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。 一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか? 心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。 (第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

(ほぼ)1分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話! 【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】 1分で読めないのもあるけどね 主人公はそれぞれ別という設定です フィクションの話やノンフィクションの話も…。 サクサク読めて楽しい!(矛盾してる) ⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません ⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください

ヴァルプルギスの夜~ライター月島楓の事件簿

加来 史吾兎
ホラー
 K県華月町(かげつちょう)の外れで、白装束を着させられた女子高生の首吊り死体が発見された。  フリーライターの月島楓(つきしまかえで)は、ひょんなことからこの事件の取材を任され、華月町出身で大手出版社の編集者である小野瀬崇彦(おのせたかひこ)と共に、山奥にある華月町へ向かう。  華月町には魔女を信仰するという宗教団体《サバト》の本拠地があり、事件への関与が噂されていたが警察の捜査は難航していた。  そんな矢先、華月町にまつわる伝承を調べていた女子大生が行方不明になってしまう。  そして魔の手は楓の身にも迫っていた──。  果たして楓と小野瀬は小さな町で巻き起こる事件の真相に辿り着くことができるのだろうか。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...